藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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こだわること
明日は面接。寝ても覚めても考えるのは面接と、そして将来のこと。

バイクに関しては、希望が通ったら逆に走行距離が今までよりも落ちるんじゃないだろうか。次こそはきっと海外にも行くと思うし。バイクを降りるつもりはないけど、もし関東に移るのなら、弐号機以外の車とバイク(弐号機と原付2台と車で、計4台!)は全部処分すると思うんだよな〜。特に車は、毎月の駐車料金だけで馬鹿にならないし、自動車重量税だ車検だ保険だと維持費が大変だから。

もしかすると実家近辺に戻るかもしれないけれど、東京都内の隣の千葉県なら、弐号機はガレージを借りて保管する必要があるから、なおさら維持費がかかる。群馬に住むとしても保管場所の問題があり、いっそバイクの長期保管サービスが充実している札幌の方が問題はないのかも。

取らぬ狸の皮算用をしても仕方がないから、明日の面接を頑張ろう。

もっとも、実はまだ明日休むって会社には言ってないんだよね〜。今日は松山泊の予定だけどホテルもまだ取っていないし。今日の朝のミーティングで上司に言うとしよう。

ネットサーフィンをしていると、いろんなブログがある。それぞれのブログの名前には、名づけた人の個性がきっと反映されている。

自分の人生を振り返る時、私はこういう人生もありなんじゃない?と感じる。他人から見たら私の人生って(社会人的には)あちこちと漂流しているように見えるみたい。今の上司にはよくそのことで馬鹿にされるのだけれど、JR全線完乗とか日本一周とか、そういう話は会社じゃしないからね〜。

船乗りをやっている友人にも、なぜか私の友人は機関科の人が多いのだけれど、外国航路の大型船で一等機関士をしている人もいれば、紆余曲折の末に母校で教鞭を取っている人もいる。そういう人生も素晴らしいと思うけど、私のようにいったん仕事を辞めても、それでも結局は船の仕事を選び直して、時間はかかったけれど船に乗る道を選ぼうとしている人生も、それはそれで素晴らしいんじゃないかと思うのね。

効率の悪い人生だし、私はたぶんエリートにはなれないんだけど、それでも船にしがみついて、結局は海が好きだから今の仕事をしている、という人生も、それはそれでありだと自分では思う。船を完全に降りてしまった友人も多い中で、私はまだ生き残っているのだから。私はまだ生き残っている、ということが大事なんだ。

私は自分がこの仕事に適性があるなんて思っていない。どちらかと言えば苦手な分野の仕事だと思う。他の人と同じようにやっても同じようにできない。どうして今もこだわり続けているのか?と自問自答していることもしょっちゅうある。

それでも、海と船にこだわり続けることで今まで人生が開けてきたことも事実。そして今もね。人生の潮流というものがあるとしたら、それが私は海のほうを向いていたし、今も向いているんだろう。そうでなければ説明ができないくらい、たくさんのミラクルの末に今の私がいる。

プロ野球で言えば元阪神の野口や元カージナルスの田口、今も現役の選手では日本ハムの木田や中嶋のような人に、今は惹かれる。
| SHO | 再就職 | 06:37 | comments(2) | - |
下見
今日は仕事が終わって晩御飯を食べてから、土曜日の面接の下見に高松まで来ている。高松中央インターから高松空港までの間でお店を探して、良さそうなお店は一軒しかなかったので、ここに決めよう。コーヒーもケーキもおいしいし。

7月の予定が決まり、3週連続で土曜日は夕方まで勤務、しかも日曜出勤ありというすさまじいスケジュールになった。当然、平日に休めるはずもないので30日に松山と高松をハシゴというハードスケジュールになる。良くも悪くも一発勝負。

ということが決まってから、初めてバイクで一般公道を走った時と同じくらい緊張している。そりゃ緊張するわなぁ。

1曲リピートで樋口了一の「1/6の夢旅人2002」を聞きながら、最新号の「鉄道ジャーナル」(札幌の通勤電車特集!)を読みながら、北海道に今年中にまた行けるかなぁ、なんて考えている。仮に8月から乗船できても、日本シリーズが終わるまでに下船できるかどうかは微妙な話で、もしかすると下船できないかもしれないのだけど。今年はファイターズの応援は2試合だけかなぁ…。

取らぬ狸の皮算用をしても仕方がないので、まずは面接を頑張ろう。うまく通れば、今の会社とは全く別次元の連続休暇が取れる。取れるようにしよう。
| SHO | 再就職 | 21:27 | comments(0) | - |
松山まで飲みに


今治で散髪してから山越えして道後温泉に入り、松山の「いずみや」まで飲みに来ている。

ここは「水曜どうでしょう愛媛藩」コミュの台所になっていて、西条時代に参加して以来、用事がなくても時々飲みに来ている。平日の夜に仕事が終わってから飲みに来たこともある。善通寺から松山まで片道130km。片道1時間あまり。弐号機なら十分に飲みに行ける距離だ。なんて言えるのは四国だからだけど。練馬から渋川まで帰るよりも距離は長いけど、所要時間は短い。

「いずみや」にも、3年半で何回来たんだろう。もう数え切れないくらい来ているけれど、仲間と一緒だったり一人で飲みに来たり。できれば、転職しても定期的に飲みに来たいお店。転職先が松山の会社だったら定期的に飲みに来れるんだけど、それはどうなるか、まだ分からない。

今治から峠越えしたわけだけど、増設したヘッドライトの効果は抜群!遠距離まで光が届くわけではないけど、ほぼ180度近く光が届くので、今までみたいに右カーブでほとんど視界ゼロになることはない。これなら夜間の動物の接近も早めに分かってブレーキをかけられそうだ。

夜11時過ぎまで松山にいても、明日は日曜日なので大丈夫。でも眠いので(夜11時って、普段なら寝ている時間)、そろそろ帰ろう。
| SHO | 雑談 | 23:29 | comments(2) | - |
カウントダウン

ただいま今治まで散髪に向かう途中の入野パーキングエリア。

転職を控えているので遠出は控えている。今日はリニューアルした弐号機のシェイクダウンも兼ねているけど、スイングアームのベアリングを交換しても微妙な振動が収まらないのは、リヤタイヤのベアリングも多少損傷しているのかもしれない。

新しいウォークマンにはノイズキャンセリングヘッドフォンが標準で付属しているのだが、あまりの性能に驚いた。エンジンノイズを消してしまうので、気がつくとあまりにスピードが出てしまって青くなった。後ろでサイレン鳴らされても気づかなかったらと思うとゾッとする。

入野パーキングエリアは3年間で何十回と来た場所だけど、あと何回走るんだろう。

香川での残り時間は、確実にカウントダウンが始まっている。何がどうなろうと、私はたぶん近いうちに香川を離れるし、仕事も今の会社から変わるだろう。

西条に住んでいた時から、いや今の会社の最終面接の前日にたまたま寄ってから、3年半以上通っている今治の床屋で、野球談義をしながら散髪するのは、松山の会社に転職しない限り、あと1回かせいぜい2回のはず。

香川には未練を全く感じないのだけど、愛媛では友達がたくさんできた。転勤してから3年間、毎月1〜3回は必ず愛媛に通い続けた。松山自動車道を走った回数は100回なんかじゃ収まらないだろう。だから寂しい。
| SHO | 携帯から | 16:04 | comments(0) | - |
ウォークマン買い替え
5年間使ったウォークマンが、とうとう壊れかけて真っ二つになりかけたので、買い換えた。買い換えてもiPadとかiPodにしないのは、3000曲あまりの音楽データがすべてウォークマンの形式で保存されているから。

新しいウォークマンは、今まで使っていた4GBの赤×黒のスティックタイプのものから、iPodみたいな形の32GBのSシリーズになった。色はライトピンク。私は携帯もパールピンクを使っていて、つまり淡い目のピンク色が好きってこと。白い半透明のシリコンカバーをつけたので、余計に可愛くなった。

5年の進歩はすごい。記憶容量が8倍になったのにとどまらず、以前はアルファベット順でアルバム検索するしかできなかったものが、アーティスト順、アルバムの50音順、よく聞く曲のブックマークなどなど機能が盛りだくさんで、しかも説明書がなくても直感的に分かるほど簡単な操作で使いこなせる。よく考えられていると感心した。しかも、これで最大稼働時間は50時間!短いツーリングなら、まず十分な使用時間だ。

私の携帯のストラップは映画「Mamma Mia!」のストラップで、ミラーボールなどが下がっている。以前はしょっちゅう「それ、男の人の携帯ですか?」とか「彼女とお揃いにさせられたんですか?」と聞かれたもの。新しいウォークマンにはミュージカル「Mamma Mia!」のストラップを下げて、しかも車のキーのストラップもミュージカル「Mamma Mia!」の別バージョンのストラップ。どれも可愛いデザインなので、携帯、ウォークマン、車のキーと3つ並べると、我ながら男の人の持ち物には見えない。

本当は、映画(あるいはミュージカル)の「Mamma Mia!」が好きでABBAの大ファンという意味なのだけど、それに気づく人はほとんどいない。

32GBを選択したのはいいけれど、8000曲入るらしい。まだ3000曲あまりしか入っていないけど、これから5年使うとして5000曲も埋まるのだろうか?
| SHO | 雑談 | 23:58 | comments(0) | - |
群馬
今朝まで台風崩れの低気圧で大変だったけど、今日は暑い。

昨日、段ボール箱を整理していたら、3年間も今の部屋に住んで、どこにあるのだろうと思いながら一度も読んでなかった本がザクザク出てきた。

「頭文字D」は全巻揃えているのだけど、読んでいたら「群馬に帰りたいなぁ〜」と思った。だって知っている景色が多いんだもの。

バイク乗りとしての私は群馬県の出身。わざわざ暮坂峠まで峠を攻めに行ったことはないけど、沢渡温泉と草津を往復するのにいつも暮坂峠を走った。

もし今住むのなら中之条かな。よく行った渋川のパン屋さんや、群馬原町のベイシアや、よく知っている榛名のワインディングが懐かしい。そしてもちろん沢渡温泉と暮坂峠も。中之条なら沢渡温泉に近いし、雪もそんなに降らないし、渋川伊香保インターから20分で帰れるし、草津ほどじゃないけど高崎や前橋よりは涼しい。

移り住むなら北海道か群馬、という気持ちは変わらない。予定通りなら、あと1〜2ヶ月で丸亀を離れるだろう。
| SHO | 携帯から | 12:42 | comments(0) | - |
R6弐号機!

1ヶ月あまり入院して整備していたR6が復活したので、新居浜まで取りに行ってきた。

ヘッドライトを増設したフロントマスクは、意外に増設ヘッドライトが目立たなくていい感じ。ミラーの付け根にヘッドライトを増設したのだけど、4つ目の並び具合がエヴァンゲリオン弐号機みたい。これで赤とオレンジの塗装ならカンペキだ。

乗り出す時は少し緊張する。エンジン音や振動が、いつもと違う。ステムとスイングアームのベアリングを交換したのでゴリゴリする不快な振動はなくなった。そしてクラッチが軽い!3速くらいまで指2本は使わないと変速が難しかったのが、指1本でサクサク変速できる。いい感じ。

転職活動中なので当分は長距離を走る余裕がなさそうだけど、住居が日本にある限り、R6弐号機を手放すつもりはない。
| SHO | 携帯から | 22:43 | comments(0) | - |
原付で野球観戦ツアーその2
5月19日 602.7kmの続き

熱い熱い温泉津温泉のお湯につかって、さっぱりして9時30分に出発。本気でここなら住んでもいいなぁ、と思う。私が北海道だ信州だと移住の計画を立て始める前に、最初に「ここに移住したい」と思ったのは、島根県だった。四国に住んでから島根には何回も来ているけれど、景色もきれいで夕日がすごくて、日本海の海岸線もすごくて温泉もお気に入りで、夏はそんなに暑くなくて冬は雪が降る。島根県内の山陰本線も非電化で高速で、しかも1〜2時間に1本は列車があるという便利な場所。何回来てもいいところ。

福光から県道に入り、石見川本で江の川を渡る。江津からずっと川沿いに走れば楽しいだろうけど、今日は野球観戦というメインイベントがあるのでガマンガマン。今日は時間がないのだ。

でも、広島に向けて走っているうちに眠くなってきた。昨日は高松から宇野へフェリーで渡る1時間寝ただけなので無理もない。なるべく早めに行動しているのは、絶対に途中で眠くなると分かっているからでもある。中国山地の見事な峠越えを終えて、10時12分に着いた道の駅瑞穂で30分ほど仮眠。よく晴れた土曜日だからかバイクが多い。グループやカップルもいて、カップルでバイクなんてうらやましいな〜。

30分ほど熟睡してから目が覚めて、腹ごなしに地元で取れたらしい蕎麦粉を使った蕎麦を食べる。おいしい。でも、どう見ても通勤車の原付二種スクーターなので、あんまり声をかけてもらえない(泣)。それでも、これから私と逆方向に向かうというスクーターの人と話をして楽しかった。私と同じR6に乗っている人もいたのだけど、普段なら私も同じバイクだけど、私のバイクはただいま入院中なのよ…。

道の駅瑞穂を出発して、さらに南下。可部からは広島市街になり、路線の大半が廃止されてしまった可部線に沿って走る。可部線の廃止区間に最後に乗ったのは2003年の夏。もう9年前の話なのか…。

13時50分にマツダスタジアムに到着。「マツダスタジアムには駐輪場がある」との情報どおり、大きな駐輪場がある。ここで意気揚々とレフト側のビジターパフォーマンス席を購入。スタジアムに入ると「背番号3、田中賢介」のレプリカユニフォームに着替えて応援の準備はバッチリ。

15時に試合開始。ファイターズは斉藤祐樹、カープは野村裕輔の先発で始まった試合は投手戦になった。5回まで0-0だったのだが、6回にホームランで1点を入れられてしまい、ファイターズは再三チャンスを作るも、そのまま1-0で完封されてしまった。3塁までは進むのだけど、あと1本が出なかった…。

稲葉の400号二塁打も見たし、マツダスタジアムなのに稲葉ジャンプしたりして、いい試合と言えばいい試合だったけど、5日に続いて19日もファイターズの負け(しかも、どちらも連戦中唯一のファイターズの負け)という悔しい結果。翌日は4-0の9回表ツーアウトから大逆転勝ちを収めたので、見るならこちらを見たかったな〜。広島ファンの友人は「もう今年は応援に行かない!」と怒っていたけれど。

観戦後にマツダスタジアムの駐輪場で身支度をしていると、隣のバイクのご夫婦から「いい試合でしたね〜」と声をかけられた。「いい試合でしたね〜」と答えると「勝ちましたしね〜」と向こうは上機嫌。思わずジャケットのファスナーを下ろして、ニヤリと笑って「こっちは負けました…」と言ってしまう。ジャケットの下の、ファイターズのユニフォームを見て相手も苦笑。負けたのは悔しいけれど、いい試合だったから、まぁいいや。

18時16分にマツダスタジアムを出発。あちこち中古CD屋で沈没しながら東に向かい、でも風呂に入っていなかったので、国道沿いの温泉街のホテルに行ったら、夜8時までしか外来入浴をしていないとのこと。広島空港の近くのホテルで外来入浴をやっていると聞いて、そちらに向かう。

20時40分に広島空港手前の獅子伏温泉ウイングパークホテルというところに着いて、ゆっくりと温泉に入ってさっぱり。風呂から上がって、Tシャツの上からファイターズのレプリカユニフォームを着ていると、隣のおじさんから「明日の試合を見に行くんですか?」と声をかけられる。「今日の試合を見てきたんです」と答える。おじさんは明日の試合を見に行くとのこと。「いい試合をしましょう」と別れたものの、翌日の試合結果はカープファンには可哀相な残酷な結末に…。私もおじさんも、せっかく見に行った試合でひいきのチームが負けて可哀想。見に行く試合が逆だったら良かったのに…。

風呂から上がると眠くなってロビーで少し寝てしまい、結局2時間もいてしまって22時47分にホテルを出発。今日中にしまなみ海道を走って四国には入らなければ。

三原のセブンイレブンで休憩して、0時過ぎに尾道からしまなみ海道に入る。しまなみ海道は何度もR6で走っているのだが、高速を走れない原付だと大変!深夜なので道が分からないし、道をようやく見つけても獣道みたいな細い道をうねうねと登って、橋の下とか端っこの狭い道路を渡ると(高所恐怖症の人には絶対にオススメしません…。ちなみに私は高所恐怖症です!)、またウネウネと狭い下り坂を下って一般道に出る。この繰り返しは、昼間ならともかく夜間は疲れるぜ!

生口島瀬戸田のサークルKで1時過ぎに休憩。1時30分に出発して、ようやく今治に辿り着いたのは夜中の2時過ぎ。道の駅今治湯の浦温泉へ2時40分に辿り着いたところでダウン。寝袋を敷いて寝た。
| SHO | バイク日本一周 | 14:35 | comments(0) | - |
原付で野球観戦ツアーその1
5月5日に、北海道日本ハムファイターズの応援に札幌ドームに行ってきた。そして、次の週末にR6は重整備のためにドック入りしてしまった。

ところが、5月19日、20日と広島市民球場(マツダスタジアム)で広島対日本ハムの交流戦がある。普段は周辺200km以内では見られない、日本ハムの応援ができる!

というわけで、5月19日、20日とうまく休みが取れた。20日はもともとヨットレースの予定が入っていて、クルーとして参加することになっているので観戦不可。19日に観戦することにした。

5月19日はデーゲームで14時に試合開始になる。北海道に行ったばかりでお金がないので、今回は通勤車のキムコ・グランドディンク125Z(原付二種)で行くことにしたのだけど、せっかく広島まで原付で行くのに、19日の朝に出発したのでは単純すぎて面白くない。18日金曜日の夜に仕事が終わってから出発して、島根県は温泉津温泉に寄り道することにした。

5月18〜19日 602.7km

22時17分に丸亀を出発。22時50分に高松フェリーターミナルに到着。宇野行きの国道フェリーに乗り込む。23時に出発。1時間ほど仮眠して宇野港を0時12分に出発。

なんだか寒い。倉敷市街の手前で7-11に入り、うどんを食べる。北海道に行った翌々週ということもあり、本州の寒さをナメていたのがこの後どんどん裏目に出ることになる…。1時27分に出発する。

総社のENEOSで1時51分に給油。ここで給油しておかないと、次はどこで給油できるか分からない。この深夜だから、中国山地を越える前には新見以外では給油できないだろう(事実、できなかった)。

この頃はまだ気温がかろうじて10度を上回っていたのだが、R180を北上しているうちに5度まで下がってきた。いくら深夜とはいえ、まさか10度を切るとは予想外。だって5月の下旬になろうかって季節の中国地方ですよ!?

きっと昼間なら景色が良いはずの高梁川の夜景と、たまにJRの保線作業の明かりを見ながら新見へ。2時49分にポプラで休憩すると、カレーにはお店で炊いたご飯を入れてくれるという。おいしそう!だけど、この時間に食べると眠くなるのは間違いないのでやめておく。新見からのルートは考えたのだけど、温泉津への最短ルートになる、東城に抜けて奥出雲おろちループを経由するルートにする。温泉津に行くのに、その手前の須佐神社に行かないってのも抵抗があるし、日本海岸も走りたい。

東城の手前の、道の駅鯉が窪で3時31分にトイレ休憩。あまりに気温が下がったので、お腹が痛くなってきた。3時52分に出発して間もなく、夜が明けてきた。東城でR314に入り、備後落合から三井野原を目指す頃には気温は3度から2度になった。ほとんど真冬じゃん。メッシュジャケットで来たのに!合羽がなかったら確実に凍えていた…。

4時34分に道の駅奥出雲おろちループで休憩。すっかり明るくなった木次線沿いを走っていく。もう何度も来ている出雲地方だけど、何回来ても良いものは良い。

5時23分に三刀屋のキグナス石油でようやく給油。総社から167.8kmを走って燃料消費は5.87L。リッター30km弱だからまずまずの成績かな。いつも代車で借りるスズキ・アドレスV125だとリッター40kmは走るけど、あちらは燃料タンクが小さい。

通いなれた道を走って佐田町の須佐神社には6時18分に到着。朝の清清しい空気の中を参拝するのは気持ちがいい。須佐神社は小さな神社なので6時40分には出発して、7時01分に道の駅きらら多伎で日本海岸に出る。

日本海を眺めながらのんびりして、開店直後のパン屋でパンを買って7時25分に出発。8時17分に温泉津温泉元湯に到着する。ここまで丸亀から314.6km。温泉津は3回目だけど、ここは住んでもいいなぁ〜。お湯も熱くて強くて、大好きな温泉のひとつ。でも、45度を超えるお湯に入れなくなっている自分が情けない…。

続く
| SHO | バイク日本一周 | 21:56 | comments(0) | - |
2012年GW東北・北海道ツーリングその9
5月5日〜6日 314.9km

夜中の1時に寝て、起きたら7時。焼きそば弁当(たらこ味)を朝ご飯に食べて、9時には就寝。起きたら13時で、また昼ごはんを食べて寝たのが15時。

とにかく体が疲れていたらしい。こんなけ走れば当たり前か。初めて「今回は、もういいや…」と思ったものね。昨年夏の東北ツーリング以来2回目の3000kmオーバーもすでに確定している。

寝ていたらエンジン音がおかしいので目が覚めた。船長から放送が入り、エンジントラブルのために舞鶴の入港が1時間半から2時間遅れる見込みという。舞鶴21時着だから、夜中の1時くらいに丸亀まで帰れれば翌日もそんなに辛くないなぁ…と思っていたのだが。

18時で風呂が閉まるのでその前に風呂に入り、1日インスタント食品で過ごしたので夕食はおいしいものを食べたくてレストランへ。日本海に落ちる夕日がきれいだ。

夕食を食べて19時半くらいには寝たのかな?22時に入港1時間前で起こされたのだけれど、本当にぐっすり寝ていた。寝ても寝ても寝足りないくらいで、相当に疲れていたらしい。

23時に舞鶴に到着。23時12分に舞鶴フェリーターミナルを出発。フェリーの船内でずっと一緒だったGB250クラブマンのライダーと連絡先を交換して、舞鶴東ICの手前で別れる。おかげで楽しい船内でした。本当にありがとう。

舞鶴東ICから舞鶴若狭道に入ったのだが、寒い!気温が12度しかない。これじゃ北海道と同じじゃん!すっかり夏用装備にしたというのに!

寒さにたまりかねて23時53分に六人部PAで休憩。厚着してようやく震えが収まった。日付が変わって0時20分に出発。定時なら、そろそろ四国には入っている頃だったのだが…。

四国に渡るのには、フェリーを使わない限り難所が必ずある。それは本四連絡橋。中でも明石海峡大橋は恐怖の道のひとつで、横風に弱いYZF-R6に乗る私は何回も怖い思いをしたことがある。でも今日は風で吹っ飛ばされることもなく、1時16分に淡路SAで休憩。

トイレに行って温かいものを飲んだら、すぐに1時30分。R6の実用航続距離は250kmなので(計算上は340km走るけど…)給油しておく。丸亀を基点にして旅に出る時、東に向かう時は淡路SAまたは西宮名塩SA、西に向かう時は小谷SAか宮島SAには、給油のために必ず止まる。1時42分に淡路SAを出発。後はいつもの鳴門西PAでの休憩を残すのみ。

四国島内だと、八幡浜に向かう時は入野PA、内子PA、東に向かう時は鳴門西PA、淡路SAという順に止まることが多い。北へ向かうなら岡山道の高梁SAに止まることが多い。何時間も止まらないで走り続ける人もいるみたいだけど、眼精疲労の持病を持っている私には無理。連続走行時間が2時間を超えることは滅多になく、普通は連続運転が1時間半以内で休憩を取る。

1日800〜1000kmも走っていると誤解されるけど、私は決して長距離を走るのに恵まれた条件の体の丈夫さではない。首には交通事故の後遺症の椎間板ヘルニアを抱えているし、いつ発症するか分からない眼精疲労という持病もあるし、むしろ他の人より身体的条件では劣るのでは?運転のセンスなんて全然ないのは自覚しているし、そんな人がR6なんかに乗りたいから、とにかくセンスのなさを走行距離と経験の量でカバーしているのが実情。「今の条件で、じゃあどうしたら日本一周できるか」を追求していたら、いつの間にか1日800kmオーバーでも走れるようになっただけのこと。

2時22分に鳴門西PAに到着。トイレ休憩して缶コーヒーを飲んで、いよいよラストコース。坂出ICで高速を降りて、丸亀に帰り着いたのは3時31分。2時間だけ寝て、また仕事に行かなくちゃ。

6日間の総走行距離は3268.5km。私のツーリングの歴史上では走行距離No.1を更新した。一昨年GWの宗谷岬、昨年GWのとどヶ崎、尻屋崎、大間崎、昨年夏の竜飛崎、冬の沖縄本島荒崎、瀬長島に続いて、最後の難関だった納沙布岬に到達。いよいよ日本一周は浜松〜久里浜を残すのみとなった。14年ぶりの久里浜まで、残す旅はあと1回!
| SHO | バイク日本一周 | 21:10 | comments(4) | - |
転職して、何がしたいの?
転職したら何がしたい?どういう生活スタイルを実行したいから、どういう形の転職をするの?という話をよく考える。

転職直後は陸上休暇になっても研修があるだろうし、休みはそんなに取れないと思う。でも、それを過ぎたら?

連続1ヶ月の休暇が取れるなら、海外の帆船に乗りたい。日本の帆船でも別にいいけど、バイク日本一周が終わったら、次は海外に行きたい。日本も一生旅するとは思うけど、やっぱり次こそは海外に行きたい。最も現実的な形で海外の帆船に乗りに行ける方法が、転職するということなのだ。

結婚なんてしている暇が無いかも、と思ったりもする。もし「海外に行くな、旅行に行くな」という人が相手だったら、たぶん私とは結婚できないんじゃないだろうか。たぶん、私はそういう相手を邪魔に思うだろうから。

なぜかと言うと、私にとって人生で最大の価値観を持つのは「旅」だから。それは子供の頃からそうだし、今もそうだし、今後も変える気はない。

昨日は、一昨日の海技者フェアで履歴書を渡した会社の社長さんから電話があって40分くらい話をしていた。社長さん直々に電話してくるのは、組織が小さいのか、本気で私に興味があるのか、その両方なのかだろう。40分間の事実上の電話面接の後で、次回のアポイントが取れたから、次は対面しての面接になるのだろう。

今のところは、転職の候補は2社。まだどうなるか分からないけれど、希望の順番はある。緊急乗船が比較的少なさそうで、メインバンクを変える必要がなくて、陸上休暇(船上休暇では旅に出られないので)が多い方。「転職して何がしたいのか」と考えて即「海外の帆船に乗りたい」と答えるのなら、そのライフスタイルに合いそうな方を選ぶ必要がある。そして海外の帆船に乗るために必要なのは、時間とお金と英語力。

今回受ける2社は、どちらもせいぜい総トン数1000トンもいくかいかないかの船で、私が操船してきたあらゆる大型船舶よりも小さい。でも、そんな小さな船で大きな海を渡るなんて、怖いけど怖いのと同じくらいワクワクするじゃないか。何万トンもある船で大きな海を渡ってもワクワクしない。

外国航路の航海士をしていた時、休暇を使って「SAIL OSAKA '97」のレースに参加した時のカルチャーショックを忘れられない。私がレースに参加した練習帆船「海星」はせいぜい100トンそこそこの船だったけど、直前まで乗っていたヨーロッパ航路の6万トンのコンテナ船と比べて、海面が近いことが私はとにかく嬉しかった。五感で風を感じながら操船することが、とにかく楽しかったのだ。同じ不満を私は今も持っていて、小さくても28000トン、大きかったら95000トンもあるような船じゃなくて、もっともっと小さな船に私は乗りたい。

どうなるかは分からない。でも、いずれにしても船には再び乗船する。今も「履歴のつかない海上職」だけど、次は本当に履歴のつく仕事にしたい。

海技者フェアで、すごく人気のあったブースが津軽海峡フェリーだった。津軽海峡フェリーに魅力を感じないわけではなかったけど、私の求めるライフスタイルとは違う。私はまとめて休暇が欲しいし、毎日家に帰れる生活なんて望んでいない。

「北海道に住みたいのか、休暇になったらいつでも北海道にいれるライフスタイルでいたいのか」と考えると、私は文句なしに後者だ。「北海道に住む」のが目的なのと「北海道にいつでも行ける」のが目的なのとでは、ライフスタイルは似ているようで全く違う。私の場合、北海道には住みたいけれど、北海道に住んだから日本中のどこにも行けませんでしたでは本末転倒なのだ。私は北海道に住んでも、北海道を起点にして休暇になったら旅に出たいのだ。

だから、北海道にはいずれ移住するにしても、もしかするとそれが今ではないかもしれない。もし第一希望の会社に受かったなら、引越しはするけど、当座の住所は四国から出ないかもしれない。もっとも第二希望の会社に受かったなら、今度は四国を出る可能性が大きい。

Coccoの「樹海の糸」を聞いていると沖縄の海を思い出す。相馬裕子の「永遠を探しに」を聞いていると北太平洋の海を思い出す。どちらの会社に転職できても、その両方を見られるのではないかと期待している。だから、まず今は面接に受かるようにしなければ。
| SHO | 再就職 | 21:38 | comments(2) | - |
2012年GW東北・北海道ツーリングその8
5月5日 165.8km

朝6時には、いつもの習慣で起きる。でも、泊めていただいた移住家族の友人は朝寝坊なのであった…。朝9時まで起きないことは普通だと言う。

泊まった部屋からの素晴らしい景色を堪能して、朝9時から朝ご飯を食べて10時11分に出発。実は出発が予想外に遅かったので、後の行程に影響を与えることになるのだが、それはまた後の話…。

高速に乗る前に給油しておく。深川西ICで深川留萌道に乗り、そのまま札幌へ。砂川で雨が降ってきた。合羽を着てきて正解なのだけど、眼精疲労はやっぱり治っていないので、目がショボショボする。今日は小樽までの短距離だからいいけどね。

お腹の調子が悪くて岩見沢SAで11時5分に休憩。そうしたら親から電話がかかってきて、時間が押してしまい出発は11時50分。ヤバイ。大丈夫かな…。

当初は札幌から電化前の札沼線にでも乗りに行こうと思っていたのだが、そんな時間はなくなった。南平岸駅前にあるHTBの裏手、「水曜どうでしょう」の枠撮りが行われる平岸高台公園もとりあえず後回しにして、札幌ドームへ直行する。

12時34分に札幌ドームに到着。感心なことにはバイクと自転車専用の駐輪場があり、屋根もきっちりしていて雨に濡れた合羽を干すこともできる。続々と球場に吸い込まれていく観客に混じって私も3塁側の内野指定席のチケットを買う。今回の旅の大きな目的のひとつが、札幌ドームで北海道日本ハムファイターズの応援をすること。可能なら稲葉ジャンプをしてみたい、ということなのだ。

応援グッズも買ったのだけど、初めは稲葉選手の背番号41のTシャツを買って着ていたら、Tシャツとレプリカユニフォームでは質感が全然違う。やっぱりレプリカユニフォームが欲しくなったのでスタジアムショップに行ったら、稲葉選手の41、糸井選手の7、小谷野選手の5といずれもなくて、結局は田中選手の3を買った。斉藤選手の18あたりは、ちょっとベタすぎて嫌だし、スレッジ選手の10も良いけど、いつまでいるか分からないし…。

14時に試合開始。我らがファイターズはバファローズに終始押され気味の展開で、8回に一度は4-4の同点に追いついたものの、最後は9回表に1点を入れられて万事休す。5-4で負けてしまった。それなりに見せ場もあったし、稲葉ジャンプもできたのだけど、なんか消化不良。一度は追いついたのだから、4-4の引き分けで終わって欲しかった…。それでもスタジアムは楽しかったし、また応援に来ようと思ったのだけどね(半月後に、今度はマツダスタジアムまで応援に行った)。

18時前に試合が終わって、バイクで急いで平岸高台公園へ。少し道に迷ったのだけど、本当にHTBの裏手だった。「門別沖釣りバカ対決」で出てくる通り、ONちゃんが屋上に飾られてあって「おぉ〜」とは思ったのだけど、残念ながら展示物は見られなかった。

平岸高台公園は思ったよりもこじんまりとした公園で、けっこうな高低差があるので、なるほどソリ遊びができるわけだ。「水曜どうでしょう」では、ソリで公園を上から下に滑り降りるミスターが、いつも必ず吹っ飛ばされるのだけど、なぜだか判明。ちょうど吹っ飛ばされるポイントに道路が走っていて、急斜面の中でそこだけが平らなのだ。だからソリが吹っ飛ばされるってわけ。下からではまったく分からなくて、上から撮影されるときはだいたい冬だから分からないんだよなぁ〜。

上に行ったり下に行ったりウロウロしていると、明らかに「どうでしょう藩士」らしきカップルを発見。写真を撮ってあげると感謝された。日は暮れていたけれど、ギリギリちゃんと写っていた。それにしても、カップルそろって「水曜どうでしょう」のファンなんて、良いなぁ〜。

それから札幌駅前のヨドバシカメラで買い物をして、小樽フェリーターミナルに着いたのが21時45分。乗船手続きを済ませて、いよいよ北海道を離れる準備をする。

私の後ろに止まったホンダGB250クラブマン乗りの方と仲良くなって、フェリーに乗っている間ずっと一緒にいることになる。JR北海道のB個室寝台「デュエット」みたいに二等寝台が改造されていて、上段寝台の居住性は今までよりもぐっと良くなった。23時30分に小樽を出港。いよいよ本州へ向かう。
| SHO | バイク日本一周 | 22:13 | comments(0) | - |
海技者フェア
今日は早出で日曜出勤。

今日はもともと神戸で海技者フェアという海技従事者(船乗りの国家資格を持っている人)の就職、転職フェアがあって、それに行く予定だった。ところが台風の影響で今日が日曜出勤になり、あえなく潰れた…はずだった。

入場が14時で締め切られるので、お昼の12時までかかる予定通りのスケジュールでは参加は無理だった。でも一応、もし早く行ける状況になれば行けるように(こんなチャンスは滅多にないのだ!)、履歴書も書いてスタンバイだけはしておいた。

そうしたら、仕事が11時に終わった!12時なら完全アウトなのだが、11時なら急げば何とかなりそう。急いで帰って普段着に着替えて、12時前の特急で神戸へ。スーツなんて着ると転職活動中と一発でバレるので、スーツに着替えたのは新幹線の中。

新幹線で新神戸に着いたのが13時21分。タクシーを飛ばして、間に合いました!海技者フェアは15時で終わってしまうので1時間だけだけど、それでも参加できないより全然マシ。

結果は、3社回って1社は履歴書の提示を求められたので、履歴書を渡しました。私の経歴が生かせそうな会社だったので(英語OK、航海士としてケーブル敷設船の乗船経験有り、タグボートを使ったデッドシップの操船経験など…)、どうなることやら。履歴書を持ち帰って社内で検討するとのこと。油断はできないけれど、興味を持ってもらえて嬉しい。母校の先輩がたくさんいる会社みたい。

実は、海技者フェアの会社以外にもう1社、こちらはたぶん書類選考は通るのではないか、と期待しているのだけれどどうなるか分からない会社があって、今のところ書類が通るかもしれない会社が合計で2社かな。

でも、人事のこういうのって、最善を期待しながら最悪を予期して動かないといけないからね。今日お会いした会社は「なぜこの会社なのか」をいくらでも言えるし、もう1社も今のところ人の良さそうな印象。でもこういうのって、どんなに印象が良くても分からないんだよなぁ…。

それより驚いたのは、母校の教官に会ったり、母校の卒業生を多数紹介されたり、練習帆船「日本丸」時代の次席一等航海士が私のことを覚えていて声をかけてきて下さったり、いろんな人とお会いしたこと。狭い世界だけれど、母校のつながりというだけで親しく話ができて、学閥って良いなぁと改めて感じる。

大学は分からないけど、商船高専には学閥というものがあって、違う学校の人は何か雰囲気が違う。出身校によって雰囲気が違うのだ。ちなみに私の出身校は…、どこかのんびりしていて、おっとりした雰囲気の人が多い(ような気がする)。

海技者フェアの終了後に某海運会社の面接官(上司も部下も母校の卒業生)と話がはずんで、新神戸までタクシーを使うはずだった先方と結局地下鉄三宮駅まで一緒に歩いたりしたのも楽しかった。母校の話題だけで、どうしてこんなに盛り上がれるのだろう…。私も母校が本当に大好き。卒業後もいろいろお世話になっていて、母校には足を向けて眠れません…。

神戸は私の出身地。一緒に帰りませんかと誘われたのだけど、少し神戸の町を歩いて帰りたいので三宮駅でお見送りして、ただいま三宮センター街のマクドナルド。ここは30年前から変わってないねぇ〜。
| SHO | 海事 | 17:26 | comments(3) | - |
2012年GW東北・北海道ツーリングその7
5月4日 根室〜深川 497.7km の続き

足寄を出発すると、北海道ちほく高原鉄道の廃線跡に沿って池田に向かう。高速はやっぱり池田まで通行止め。もっとも池田ICは池田の市街よりだいぶ北側にあり、池田の市街まで走るわけではないのだけれど、雨とあって高速で一気に距離を稼ぎたいところ。

池田から高速に乗った途端にお腹の調子が悪くなり、長流枝パーキングエリアで14時33分に休憩。もし高速で札幌まで行くとしたら本別または足寄から輪厚まで無給油で走らなければならないことになり、これ以上高速が伸びるとバイクで走りきるのは難しい。十勝平原SAに給油設備が欲しいところだ。

音更帯広ICで高速を降りて帯広市内へ。道を間違えて帯広駅でUターンして、15時22分に念願の六花亭本店へ。賞味期限3時間の「サクサクパイ」にありつく。賞味期限2時間の「雪こんチーズ」というのも試してみる。どちらもおいしい!

せっかく六花亭本店にいるので、「サクサクパイ」と「雪こんチーズ」は今日お世話になる友人宅にお土産として持って行く。賞味期限は切れてしまうけど、たぶんサクサク感がなくなるだけで衛生的には問題ないはず。道内に移住した人は、意外と「サクサクパイ」なんて食べないだろう。

15時56分に六花亭本店を出発。雨の中を狩勝峠を越えて深川を目指す。もう左目が全然開けられない状態で、2年前の北海道ツーリングでも眼精疲労には悩まされたけれど、だいぶ深刻な状態。体は連日の長距離走行に耐えられても、視神経が耐えられないらしい。私は目が弱いのかもしれない。

16時34分に十勝清水で燃料補給。まだ燃料を半分も使っていないのだけれど、たぶんこの後は富良野まで燃料補給ができないはず。十勝清水から富良野までは100km近くある。

夕方5時過ぎに狩勝峠を越える。車窓は霧。前の車のテールライトを目がけて走っているうちに、見覚えのある峠を越える。ただし十勝側の視界はほとんどゼロ。空知に入ると、次第に霧が晴れてきた。

雨もだんだん上がってきて、18時05分に富良野に到着。日没までに富良野までは到着しようと思っていたのでホッとする。富良野から先は交通量もそこそこあるから、動物との接触の危険も富良野以東よりは少ないはず。

明日の札幌ドームの日本ハムファイターズ対オリックスバファローズの試合は、まだ残席が十分にあることを確認して富良野を出発。北海道最終日の明日は深川から小樽まで走るだけで、メインイベントは札幌ドームでの野球観戦と、「水曜どうでしょう」の前枠、後枠の撮影地である平岸高台公園に行くこと。本格的に走りを楽しむツーリングは今日が最後。

もっとも調子に乗って根室から稚内まで走っていたとしたら、眼精疲労で明日は大変なことになったに違いない。完全に片目が見えない状態まで悪化したら、一晩では眼精疲労が回復しない。

眼精疲労が大変だったのは富良野から先。日没までに深川に着くんだったとかなり後悔した。とにかく目が見えないのだ。正確に言うと、見えているけど視覚情報が目に入っていないとでも言うのかな。完全に視神経の問題なのだけど、暗くなって目に入る情報量が極端に落ちると、まだ雨が完全に上がっていないこともあって前方の視界がほとんどない。前の車のテールライトについていくのがやっとの状態。

赤平の先で江部乙にショートカットして抜ける道道に入って江部乙へ。江部乙からのR12は、もう深川まで短距離だからと江部乙で休憩しないで走ったら、目がショボショボして涙が出る。やっぱり休憩しようと思ったときには時すでに遅く、深川の道の駅に着くまでコンビニはないのであった。

たまりかねて深川の道の駅で休憩。以前教えてもらった道を走って、20時1分に友人宅に辿り着いた。なんでも中国人から中国の餃子の作り方を教わっていたとかで、水餃子に焼き餃子の餃子づくしの夕食を食べながら、夜の12時まで北海道移住の話に花が咲いた。
| SHO | バイク日本一周 | 20:40 | comments(2) | - |
2012年GW東北・北海道ツーリングその6
5月4日 根室〜深川 497.7km

朝5時過ぎに起床。朝食に「焼きそば弁当」を食べ、身支度を整えて6時50分に根室を出発する。まだ雨は降っていないのだが、今日は確実に降られるので合羽を着込む。ここまで降らなかったことの方が奇跡なのだ。

音根沼大橋を渡る頃から雨が降ってくる。やっぱりね…。ノンストップで厚床まで走り、奥行臼で別海方面に進路を取って別海へ。ここの交通ターミナルで別海在住の友人と待ち合わせているからなのだが、別海の市街で道に迷う。挙句の果てに市街の反対側まで行ってしまい、引き返してようやく辿り着いたのが7時45分。道に迷わなかったら、根室から別海まで45分で走っていた…。速すぎ。

別海交通ターミナルで無事に友人と合流。2年前に開陽台で会って以来だ。昨日は彼の家に泊めてもらう、という方法もあったのだが、昨日は1日600kmオーバーの長距離を走る上に、到着時間も、1日を終える場所がどこなのかも分からない状態だったので、泊まることができなかった。

ここは昔の国鉄標津線別海駅らしいのだが、そんな痕跡はもうどこにもない。札幌への高速バスの停留所が厚床だったりして(別海から厚床まで、けっこう距離があるぞ!)北海道だなぁという感じがする。私は北海道に移住するなら札幌周辺、と決めているのだけど、北海道で何がしたいのかというライフスタイルによって、移住するにしても住む場所が変わるよね、という話になる。

これから出勤する友人を見送り、私も8時26分に別海を出発。根釧台地をひたすらアップダウンするR243を虹別から弟子屈に向けて突っ走る。弟子屈にある道の駅摩周温泉に着いたのが9時23分。足湯があるので、しばらく浸からせてもらう。温かいお湯が気持ちいい。雨の中を走って、すっかり体が冷え切っている。

10時4分に道の駅摩周を出発。ここから足寄までは阿寒湖経由で2年前と同じコースを逆走する。太平洋側は今日は強風と大雨で大変らしい。こちらはそこまでではないけれど、道の両側に雪が積もっているほど寒いし、雨が降り続いている。

10時42分に阿寒湖のセイコーマートで休憩する。目一杯着込んでいるけれど寒い!それと、とうとう持病の眼精疲労が出てきて、左目が見えなくなってきた。今日はとうとうその状態のまま深川まで走りきったのだが、見えていたのは実質右目のみという危ない状態で、しかも雨で最後は夜。今回の旅の中で、最も過酷な状況になったのは今日だった。

11時9分に阿寒湖を出発。北海道らしい風景の中をひたすら走って、11時54分に足寄の手前で燃料補給。太平洋側が、なんでもえらいことになっているらしい。12時4分に道の駅足寄銀河ホール21で休憩。ここは旧北海道ちほく高原鉄道の足寄駅で、私が前回来た2年前にはまだ駅ホーム部分が残っていたのが今回はリニューアルが完了している。

ここで情報を仕入れたところ、高速は足寄〜池田が大雨のため通行止め。道央自動車道も室蘭のあたりで通行止めらしい。つまり、ものすごい雨ということだ。

いったんは、置戸まで北上して石北峠を越えることにした。しかし、状況からして標高1000mを超える石北峠も危ない(事実、北見側でこの日、通行止めになったと後で知った)。最悪は遠軽まで迂回して旭川紋別道を通らないといけないかも…と覚悟した。

しかし、私は帯広の六花亭本店で「サクサクパイ」を食べたいのだ。そのために雨の中を頑張ってきたのであって、そうでなければ摩周温泉から美幌峠を抜けて北見に抜けている。

疲れていることもあり、思考停止状態に近いので道の駅構内の蕎麦屋へ。地元の蕎麦を食べながら考えているうちに、やっぱり池田まで下道を走り、帯広経由の最短距離で深川を目指すことにした。今日は深川の友人宅に泊まるので、到着が遅れる旨を伝えておく。

結局、足寄を出たのが13時50分。それだけ疲れていたということだ。

続く。
| SHO | バイク日本一周 | 06:23 | comments(0) | - |
2012年GW東北・北海道ツーリングその5
5月3日 627.0km の続き

14時20分に厚岸を出発して、北太平洋シーサイドラインに入る。ここは途中まで自転車日本一周で走っており、でもあまりのアップダウンに音を上げて内陸に逃げてしまったという思い出の道。今日は半日で走ってしまうけど、日本一周では悪天候にも見舞われ3泊を要した思い出の道。

自転車でヒーヒー言いながら登った山道もR6にとっては物の数ではなく、ただ霧で視界が悪いため、動物の飛び出しには細心の注意を払う。今回の旅では鹿で4回、キタキツネで2回急ブレーキをかけており、北海道の野生動物は本当に危ない。

北海道では夜間走行をなるべく避けるのも動物との接触事故を避けるため。私自身、群馬での話だけど時速80kmで鹿と衝突して、バイクは一発廃車、私も前方宙返りして藪に落ちて偶然無傷という、九死に一生の目にも遭っている。もう二度とあんな目には遭いたくない。次はもう無傷では済まないだろう、というか次またあんな目に遭ったら、たぶん今度は死ぬだろう。

14時48分に琵琶瀬展望台に到着。前回は湿原がよく見えたものだけど、今回は完全に霧の中。山を降りて霧多布の街の中に入り、前回泊まった宿を探したのだけれど、結局は分からなかった。

霧多布から、さらに霧の中を走る。晴れたら景色が良いのだろうけど、今回は本当に霧の中。羨古丹駐車場という、たしか自転車日本一周でも休憩した場所で休憩したら、反対側から来たカップルの車と一緒になった。今日は落石から納沙布経由で来たとかで、私が半日以下で走るコースを1日かけている。こういう旅もきっと楽しいだろうと思うのだが…現状ではちょっと無理。

初田牛でJR根室本線と合流。根室までほぼ並行して走る。鉄道の旅もきっと楽しいはず…(もちろん根室本線のこの区間に乗ったことはあるけど)なのだけど、バイクの機動力を知るとバイク旅になってしまうのだよな。

落石では、落石岬にも寄らないで先を目指す。本当は寄りたいところがたくさんあるのだけど、今回は納沙布岬まで日本一周を完結させなければいけない。とにかく、そうでなければ今回は帰れない。でも明日は朝から暴風(強風ではない!)の予報が出ており、納沙布にバイクで行くのは絶対に無理。何が何でも今日の日没前に納沙布岬まで往復しなければならないのだ。

今日の日記に雨の話が帯広周辺でしか出ていないけれど、実は「山では雨男、海では晴れ男」の本領発揮で、池田以来一度も雨には降られていない。でも、これはあくまでも奇跡なのであって、今日は釧路以西の北海道太平洋岸の全域で大雨が降っているのだ。たまたま北海道の東の果てまで雨雲よりも速く逃げたから、雨に降られなかっただけ。

昆布盛を過ぎて、花咲で漁港に下りてみる。広々とした道。ロシア語の看板のたくさんある漁港。まるで日本じゃないみたい。そして、ここは日本の中の外国なのだろう。花咲漁港の近くで給油して、納沙布岬までの所要時間を聞く。ギリギリ日没には間に合いそうだ。

根室の町に入り、折り返してJR最東端の駅、東根室へ。ここも自転車日本一周で来ているはずだが、JRの列車から降りたことはない。1日に何本かしか列車の走らない駅に通じる、腐ったような舗装路ともダートとも言いかねる道が、いかにも最果てという感じがする。

少し道に迷ってから、ようやく納沙布岬へ向かう道を見つける。近くにあるはずのライダーハウス「インディアンサマーカンパニー」が見つからず、結局は別の宿に泊まることにする。

根室半島をひたすら東に走る。森林限界を超えたかのような、木の生えない原野をひたすら貫いて道が伸びていく。14年前には勢い込んでペダルを漕いだ同じ道を、今度はバイクで飛ばしていく。納沙布岬に来るのは4回目だけれど、今回は初めて完全に霧に閉ざされた納沙布だ。

日本最東端の郵便局がある歯舞を過ぎ、なおも東に走っていると、見覚えのある門が見えてくる。標識に従って右折して、16時53分に納沙布岬に到着。これでとうとう、本土四端(宗谷岬、納沙布岬、神崎鼻、佐多岬)、そして2012年5月現在、バイクとフェリーで行ける日本四端(宗谷岬、納沙布岬、瀬長島、荒崎)にR6ですべて到達した。本当は与那国島、そして波照間島まで行きたいのだが、沖縄〜石垣島のフェリーがない現在では不可能。沖縄本島がフェリーとバイクで行ける日本最西端、そして最南端になる。

これであと1回の旅で、浜松〜久里浜を走れば自転車と併せた日本一周が完了し、市川の実家まで帰ればバイク単独でも日本一周が完了する。自転車日本一周から14年間追い続けた夢が、いや賀曽利隆の「50ccバイク日本一周二万キロ」を読んだ高専時代から数えれば20年間追い続けた夢が完結する。

2007年5月に、自転車日本一周ではとうとう辿り着けなかった鹿児島県の大根占〜佐多岬をヤマハFZ400で走って再開した日本一周が、とうとうあと1回の旅で完結できる場所までやってきた。今思うと、1998年11月に鹿児島県指宿で自転車日本一周を中断してから、2007年5月に大根占からバイク日本一周の旅を再開するまで、9年の間よく一度も日本一周を諦めなかったものだ。体調を崩して草津温泉に4年間住んでいた間も、バイクの免許もまだ持っていないのに、体を動かすこともままならない布団の中で、バイク雑誌を眺めながら「どのバイクで、どうやって日本一周しようか」と飽きもせず考えていた、そんな自分がいたからこそ、今の自分がいる。

今から思うけど、きっと日本一周を達成したら泣くんだろうな。ありとあらゆる困難に負けなかったから、構想から20年、着手から14年、バイクで再開して5年、今のバイクに乗って3年でここまで辿り着いた。普通に一括で一周していれば見えない景色も、きっと原付時代から数えて延べ7年間に107,000km走った中でたくさん見たはず。

まだ完結はしていないけど、日本一周という言葉がものすごく重い14年間だった。早く解放されたいような、もう少し達成間近の気持ちを味わいたいような、複雑な気分だ。

もっとも、今日の納沙布岬は感傷も吹き飛ばすような濃霧で、北方四島なんて見えやしない。でも、こういう納沙布も、これはこれで良い。満足して17時20分に出発した。

20分ほどで根室の市街に戻り、明日に備えて燃料補給する。根室駅まで来たものの、もう日没。さすがに疲れてこれ以上動く気がしない。それに夜間は野生動物との衝突の危険も大きいから、今日はこれ以上走りたくない。根室駅の看板に出ていた「たかの」という民宿に素泊まり3500円で泊まることにする。18時29分に辿り着いたら、ドッと疲れた。

せっかく根室に泊まるので、晩御飯はエスカロップを食べたい。エスカロップとはバターライスの上に豚カツを乗せてデミグラスソースをかけた根室のローカルフード。地元の名店「どりあん」に向かうと、HTBの深夜番組「おにぎりあたためますか」のサイン入りポスターが大きく張ってあった。味もなかなか。カロリーが気になるけど、おいしい。

「どりあん」を出ると霧の根室の町で風が泣いている。明日はきっと、大風が吹くのだろう。部屋に帰って、少し寝てから「かきめし」とサッポロクラシックで晩酌したのだった…と言いたいけど、目覚めた時間が遅すぎて深夜すぎて、「かきめし」はただの夜食になり、サッポロクラシックはダッフルバックの底にしまわれたのだった。
| SHO | バイク日本一周 | 21:44 | comments(0) | - |
松村正直「駅へ」と、私の価値観
松村正直という歌人に「駅へ」という歌集がある。発売当時は「フリーターの歌集」として有名だったのだが、フリーターをしながら全国を転々と定住しないで暮らした暮らし、そして結婚へとつながる話が歌集のストーリー。歌集の時点では別居婚だったのだが、子供ができて奥さんの働く京都に今は定住している。私は著者と面識があるのだけれど、今はもう京都が最も長くなったと昨年メールで話していた。

今日もよく働いたよと誰にともなくつぶやいてタイムカードを

二年間暮らした町を出て行こう来た時と同じくらい他人か

逃げ回り続けた眼にはゆうやみの色がかなしいまでにやさしい

温かな缶コーヒーも飲み終えてしまえば一度きりの関係

「まだ」と「もう」点滅している信号に走れ私の中の青春

辞めていったたくさんの人を思い出す私自身が辞めていく日に

もう子供の生まれない春が来ないかな河口に続く空を見ている

こうやって家族四人が揃うのは十二年ぶり(きっと最後だ)

遠き日の三つの誓い「結婚しない・就職しない・定住しない」

七年で六つの町に暮らしたり僕は僕から出られないまま


これらの歌は、まるで私自身が詠んでいるんじゃないかと思うほど私は共感して読んでいる。私自身、最近の10年だけでも仙台、市川、草津、西条、そして丸亀と移り住んでいるけれど、私は結局私にしかなれなかった。

この歌集の解説で吉川宏志が「温かな〜」の歌について「人間関係についての(歌集前半部での)志向がはっきりとあらわれている歌である。(中略)ある理由から彼は、他者と濃密な関係になって傷つけあうよりも、お互いにドライな間柄でいたいと考えるようになったからだ。」と書いている。

私の中にも、同じ葛藤がある。結局、この歌集の後半部から著者は恋をし、結婚し、そして歌集の後で奥さんの住む土地に定住することになるのだが、私は36歳になった今も、この歌集の前半部から何ら変わることがない。「他人と深く関わることへの恐怖」という点では、むしろ著者より徹底している気すらする。

今の私は、世間的に見れば結婚はしていないけれど就職も定住もしている。でも、内面的な実態を言えば「結婚も、就職も、定住も」どれもしていない。20代からずっとそうで、今もそう。

それを放浪癖という言葉でくくって良いのかどうかは、私にも分からない。でも、本音で言って就職とは「旅に出るための資金稼ぎの手段」でしかない、のだし、定住とは「戸籍がないと生活に支障があるから」でしかない。

たぶん、今の仕事の、うまく行っていない状況の本質的な原因はここのような気がする。おそらく、私のいろんな部分に真剣味が足りないように周囲からは見えるのではないだろうか。本当はそれは違うのだけど、たぶん理解してはもらえない、と諦めている。

私にとって価値観の中心はずっと「旅」だった。今までもそうだったし、これからもきっとそう。私は自分の価値観に忠実なだけなのだけど、自分の価値観に忠実であればあるほど現在の環境とは軋轢を生み、現在の環境に順応しようとすれば自分の心が軋みを上げる。それが今の状態だ。

じゃあどうすれば良いのか。それが分からないから困っている。
| SHO | 短歌 | 06:29 | comments(2) | - |
仕事の愚痴
今の職場に復帰して1ヶ月あまり。

「今ここにいる以上は、与えられた仕事はきっちりしよう」と自分に毎日語りかけているけれど、たぶん「私はここにいたくない」オーラが全開で出ているのだろうな、と思う今日この頃。

実際に本音のレベルではそう思っているし(復帰前から「今の職場に戻すのだけはやめてください」と言っているし、復帰後は言うべき場以外ではその言葉は封印している)、それを職場で出したらいけない、と思っているから余計に複雑なことになっている。言葉には出なくても、態度やふとした言動では、きっと出ているんだろう。

「復帰してからおかしい」って話を言われたことがある。たしかに、自分でも信じられないミスをすることがある。実は昨日もやってしまい、しょげこんでいた。

「どうしてだと思う?」と考えると、「心のどこかで、仕事へのモチベーションが完全に切れている」からだと思う。だから他の人からは、仕事への真剣味が足りないように見えるんじゃないだろうか。それで「今ここにいる以上は、与えられた仕事はきっちりしよう」という冒頭の言葉を毎日自分に言うようになっているのだろう。

よく「本音で生きなさい」って言う。その言葉に従えば、私のするべきことは、もう決まっている。

早く履歴書をたくさん書いて、転職しなさいってこと。
香川という土地がどうしても好きになれないのなら、早く出て行きなさいってこと。

でも、その本音は会社で言っていいことだとは思えない。「本音を言いなさい」と言われても、そんな本音は言えない。

たぶん、私には他人を拒否するオーラも出ているんだろう。自分を否定され続けることに、疲れてしまっているから。「人の話を聞いていない」んじゃなくて、ちゃんと聞いてはいるけれど、結果的に何を言われてももう数時間後には忘れているから、やっぱり人の話を聞いていないのかもしれない。

毎日「おまえは病気だ。(頭は)大丈夫か?」とか職場で言われ続けてたら、そりゃあその人の話は記憶に残らない。いちいち記憶に残していたら自分が崩壊する。

たぶん先方の話も、それはそれで真実なんだろう。でも、そう言われ続けるこちらは、その言葉にどう答えればいいんだろう。話す言葉なんて、何もないと思うのだが。

話す言葉が何も無いから何も言わない、というのが余計にエスカレートする原因なのかもしれないが。

あなたに話すこと、話したいことは何も無い、ともし自分が言われたら、たぶんその人との関係を切るだろう。でも実際に何もないのだし、何か積極的に関わりたいともまったく思わない。思えない。

その人間関係の結論は、もう出ているよね。あなたとは関わりたくありません。ということ以外にないではないか。

そうやって、うまくいかない人間関係をバッサバッサと切っていったら誰も残らない、という意見もある。たしかにそうなのだけど、今の人間関係を続けることで幸せになる人など、誰もいない。

仕事なのだから、仕事の話はもちろんする。でも、仕事の話でお願いしたら拒否する、私のその業務上の指示に妥当性がないと1時間も30分も説教する、常日頃から「おまえは病気だ」「(頭は)大丈夫か?」と言うような人と、何を会話すると言うのだ。

今の職場は、休みの日に連れ立ってゴルフに行ったりする人が多いみたい。そして、だいたいの情報は口から口へと流れて、次の日には説教のネタにされていたりする。うっかり話したら次の日には本人の耳に入っているから、愚痴も言えない。

私は言いたいことの10分の1も言えない。どう答えたらいいか分からなくて黙り込んでしまう。だから余計に言われるのだろう。「思ったことを言えばいいじゃないか」ともよく言われるけど、思ったことを言えば「あなたとは会話になりませんから話もしたくありません。だから関わらないで下さい」って言っちゃうよ?仮にそう思っていたとしても、会社で言うべきことではない。
| SHO | 再就職 | 06:27 | comments(0) | - |
2012年GW東北・北海道ツーリングその4
5月3日 627.0km の続き

昆布刈石展望台へは、十勝川河口から十勝太を目指して、そこからダートで向かうことになる。ここのダートは絶景らしいので楽しみにしているのだが、国道が未整備らしい。十勝太でロランCという地上波の航法システムの基地局への道が分岐しているのを眺め、海岸線をはるか下に見ながらR336を走っているうちに、厚内へと続く道道に出てしまった?あれ?まだ開通していなかったんじゃ?

海岸線をダートがうねうね走っているのは眼下に見えたので、するとあれが噂のダートだったのか。ともかくこのままではつまらないので、道道から十勝太方面に向かう海岸線沿いのダートに入る。フラットダートというにはやや荒い路面のダートの坂道を上がりきる手前に昆布刈石の展望台があった。あいにくの霧なので「0円マップ」に出てくるような絶景は望めないのだが、霧に煙る太平洋の景色も、これはこれで良い。満足して11時3分に出発した。ダートを再び引き返し、海岸線沿いの道道を走る。

音別でこの旅初めてのホクレンSSに入って給油。昔のように旗をもらえるわけじゃないけど、ホクレンを見つけるとなんとなく嬉しい。湿原の中を走り、白糠の町を通り過ぎて道の駅白糠恋問で昼食タイム。ここの豚丼が名物で、たしか自転車日本一周では食べていないのだ。もし食べていたとしても14年ぶり。

連休ということもあってか満員で、しばらく待ってからお一人様用の席に通される(こんな席があるなんて…びっくり)。豚肉6枚入りの豚丼を頼んで、待つことしばし、出てきた豚丼はボリュームたっぷりで満足。12時55分に白糠を出発する。

大楽毛からバイパスに入って釧路の街をバイパス。釧路の街中も良いのだろうけど、今回は北太平洋シーサイドラインを走りたいので時間がない。釧路湿原の南の端っこなのだろう湿原を一直線に貫き、国道44号線に合流する。日本一周の時は釧路で一泊して海岸線沿いを走ったので、このルートで厚岸を目指すのは初めて。けっこう山の中だけど、生えている植物が明らかに本州とも道南とも違う。

海岸線に出ると厚岸。14時03分に厚岸駅に着くと、ちょうど列車交換をしている。入場券を買ってホームに入れてもらうと、列車の旅もいいな〜と思う。たぶん、根室本線のこの区間は学生時代以来15年以上は来ていないんじゃないかな?

厚岸駅のキオスクで今日の夕食(結局は夜食だったけど…)に「かきめし」を購入して、北太平洋シーサイドラインに向かう。こんな小さな駅なのにキオスクがあるのが嬉しい。

続く
| SHO | バイク日本一周 | 05:09 | comments(1) | - |
2012年GW東北・北海道ツーリングその3
5月3日 627.0km

夜中の3時前に目が覚める。5時間しか寝ていないのだけど、起き出して出発準備。4時36分に小樽を出発する。

今日は日高自動車道を通って襟裳岬経由で納沙布岬を目指す計画。だったのだが、雲行きが怪しい。小樽から札幌の間でも強風に吹かれたし、5時18分に輪厚パーキングエリアに入って様子を見ることにする。

ところで北海道内の高速道路には、24時間営業のガソリンスタンドが輪厚にしかない。つまり、このパーキングエリアは事実上のサービスエリア。道南〜道東を高速で抜ける場合、深夜帯にかかると有珠山サービスエリアもやっていないので燃料補給ができない。どこかで一般道に下りないといけないということになる。250km無給油で走行可能なR6でも、これは怖いねぇ〜。

結局、襟裳岬まで下りると雨雲に追いつかれる可能性大と判断。日高自動車道ではなく、道東自動車道で中札内を目指すことにする。道東自動車道も初めてだけど、交通量が少ないので快適。追分から山の中に入り、紅葉山からさらに山が深くなる。一気に狩勝峠を越えても良かったのだけど、せっかく十勝に行くのにそれではつまらない。そう思って占冠ICで高速を下り、日勝峠を越えることにした。

6時46分に着いた道の駅日高で朝食と給油を済ませ、昨年は夕方走った道を今度は十勝へ向かう。峠が迫るにしたがって両側に雪が積もり始め、霧に包まれたかと思うと雨が…。

そう。なんと峠の十勝側は雨だったのだ!合羽を着ていないし、濃霧で前の車のテールライトを見ないとスピードなんて出せない状態なので止まれない。本当なら楽しいはずの道なのだが、疲労困憊しながら十勝清水ICまで下りてきた。こんなことなら高速で一気に抜けるんだった…。

今日の目的地のひとつが昆布刈石のダートを走ること。ただしR6はオンロードバイクなので、路面が濡れていたらフラットダートでも走れない。ここへ行くためには路面が濡れていないことが絶対条件なのだ。

合羽を着てトイレに行って…としているうちに45分が過ぎてしまい、8時45分に十勝清水ICを出発。やっぱり体が疲れているみたい。とりあえず本別まで走って釧路に直行するか、可能性に賭けて池田ICで降りるか…。

結局、可能性に賭けて池田ICで高速を降りると、南下するに従って路面が乾いた!大喜びで池田町内へ。9時30分に池田のセイコーマートで休憩し、十勝川に沿って南下する。宮脇俊三の「ローカルバスの終点へ」に出てきた十勝川河口の大津の町をぐるっとバイクで散策して、十勝川河口大橋(14年前の日本一周の時はかかっていなかった!)を渡って昆布刈石に向かう。

続く
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