藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
CALENDER
<< December 2006 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
+RECOMMEND
+RECOMMEND
+RECOMMEND
+RECOMMEND
+RECOMMEND
+SELECTED ENTRIES
+RECENT COMMENTS
+RECENT TRACKBACK
+CATEGORIES
+ARCHIVES
+LINKS
+PROFILE
+OTHERS
年内最後は西脇唯
今年最後の日記は、シンガー・ソングライター西脇唯の話題。私のペンネームは彼女の名前に由来する。1990年代後半の私を語るのに絶対に外せないアーティスト。

西脇唯を久しぶりに聞いている。毎年この時期になると聞きたくなるCDのひとつが彼女のファーストアルバム「さよならの場所で会いましょう」。今、草津には持ってきていないのだけど、西脇唯のアルバムは何枚か持ってきているので、その中の何曲かは聞くことができる。

「忘れない」、「風の住む星」、「クレッシェンド」、「Blue Roses」など、一曲一曲の歌詞がまるで短編小説のようで(事実、後に彼女は歌詞をもとに短編小説集を書き下ろしている)、部屋でのんびり紅茶を飲みながら聞くと豊かな気持ちになる一枚。好きな曲を一曲だけ挙げると「忘れない」。

彼女のアルバムのうち、特に最初の4枚「さよならの場所で会いましょう」、「いちばんやさしい風はあなたが持っている」、「恋していた時間が忘れるための時間」、「ふたりのあいだ」はどれを聞いても素晴らしい。決して声量が豊かなわけでもキーが広いわけでもないけれど、歌は上手いしメロディも声もきれいでシンプルで、一度聞いたら覚えてしまう。独特の世界観を持った歌詞なので、彼女の世界観と共感できる人ならハマること請け合い。ガンダムF91のテーマ曲、森口博子の「Eternal Wind」の作詞作曲者だと言えば、分かる人には分かるだろう。

今朝、職場のバーテンさんに「西村って、オレらとしゃべってる時は完ぺきにきれいな言葉遣いで話すよな」と言われたのだけど、たぶん私の世界観と西脇唯の世界観は本質的にとても良く似ていて、きれいなもの、穏やかなもの、あまりゴツゴツしないものが好き。弱さや精神的なもろさを裏側に併せ持つところまで似ている。人間の醜さをえぐり出すように歌うことを本質的に嫌うし、「見たくないものは、見ない」という価値観の持ち主でもある。かなりの理想主義者で、それが裏目に出ると非常にもろい一面も持っている。

もう一枚、彼女のアルバムで好きなものを挙げると4枚目の「ふたりのあいだ」。こちらは草津に持ってきている。特に最後の曲「今年最初の雪の夜」が好き。今のように雪国に住んでいると、夜に聞きたくなる。真夜中の歌なのだけど、聞いていると落ち着くし、私が嫌いな都会の風景も、この曲を聞いていると悪くない風景に見える。私にとっては理想の恋愛観の一曲。

年内最後の更新がまさか西脇唯の話題とは。ペンネームの由来になるくらい、私が大きく共感したシンガー・ソングライターだけど、この数年はほとんど聞いていなかった。なぜ、今ごろになって彼女の話題になったのだろう。

ご訪問くださったみなさま、本当にありがとう。来年もどうぞよろしくお願いします。良いお年をお迎え下さい。
| SHO | 音楽 | 18:45 | - | - |
大きな夢
今朝、2社目のエントリーをした。第二希望、というところだけど、本当のところは
ダブルエースと言った方がいい。どうなるか分からないけど、どちらに受かっても
その会社に入社するつもりだ。両方受かったら、それはその時に考える。

「もし、船乗りにならなかったら何の仕事に就きたかった?」という答えを、
もう十数年ぶりに思い出したのだ。そのものズバリの求人が北海道内で
出たので、応募した。リクナビNextで求人内容を見た瞬間に「ピーン!」と
来るものがあったのだ。1社目と比べると待遇条件ははるかに悪いのだけど、
大きな夢を実現させることができるかもしれない。

私の仕事のエンジンって、いったい何だろう。それは「お客様の喜ぶ顔を
見ること」だ。その意味では、貨物船の三等航海士というかつての仕事は
決して私には向いてなかったと言える。トレーニング帆船のインストラクター
になれば良かった、と今にして思うのだが、当時はまだそんなことは思いも
よらなかった。

今の仕事も「お客様の喜ぶ顔を見る」ことにささやかに貢献できている自負が
ある。けれど、私の大きな夢とは「みんなが笑顔でいれたらいいなぁ」ってこと。
もっと創造的な仕事はできないの、会社に入ってサラリーマンをすることで
実現できる自分の夢ってないの、と考えた時、第二志望の会社の求人が
目に飛び込んできたのだ。いや、第二希望の求人に応じることを決めた時に、
初めて、船乗りの仕事を続ける以外にも私にはずっと就きたい仕事があり、
大きく社会的に貢献できる夢があったことを十数年ぶりに思い出したのだ。

今、篠塚建次郎の「ラリーバカ一代」を読んでいる。1980年代から2000年代
前半にかけて三菱自動車のサラリーマンドライバーとしてパリ・ダカール・
ラリー優勝を含む数々の戦績を上げた名ドライバーの自叙伝だ。1997年の
パリ・ダカ優勝直後に書かれた「風のように」もかつて船乗り時代によく読んで
いたのだけれど、今回の方がずっと面白い。

この本を通して語られているのは、「サラリーマンだから実現できる創造的な
仕事や夢ってたくさんあるんだぜ」ってこと。私も昨年、8年ぶりに社会人に
復帰して思うことだけどサラリーマンも意外に面白い。会社に所属しないと
なかなかできない夢があるのなら、その会社に入って具体的に実現したい
大きな夢があるのなら、思い切って入社試験を受けてみればいいのだ。
試験で企画のプレゼンテーションをして、面白ければ採ってくれるだろう。

会社に所属しないとできない夢っていろいろあるだろう。自分ひとりで
できることには限界があるからだ。他人を「この指とまれ」と巻き込むことが
必要なのだ。そのための会社組織なのだし、「みんなが笑顔になる社会を
作る」という大きな目標を実現するために、この会社で実現できる夢がある
のなら、「こんな夢を実現したいから採ってくれ」と言えばいいのだ。

自分のビジョンに共感してもらえる会社を探すこと、会社のビジョンに
自分が共感できる会社を探すことが、とても大切なのだ。それは給料や
休日の多少よりもよほど重要な会社選びの要点じゃないだろうか。

大好きな北海道を元気にしたい、ということがまずひとつかな。そしてミクロな
単位では自分自身を元気にしたい、ということでもある。まず自分が元気に
ならなくちゃ、他人を元気にするどころじゃないだろう。それは病気で療養
したこの2年間が物語っている。自分を大切にすることが、他人を大切に
することにつながるのだ。自分をまず大切にしなきゃいけないのだ。

1月早々にも2社から呼び出しを受けるはず。どちらに転んでも全力を
尽くして働くのみだ。それはもちろん今いる会社でも。
| SHO | 携帯から | 23:17 | comments(0) | - |
entry
昨日は仕事明けに仮眠してからバイクの冬眠準備。まず
レッドバロンで冬眠前の点検。各部注油とエンジンオイル
交換。あと1000kmで前輪が限界らしい。2000km乗ったからな。
1ヵ月半足らずのうちに。

それから富岡に行って、限度いっぱいまで給油してバイク屋へ。
格安で冬季保管を引き受けてもらえて感謝感謝。バイクとキーと
ヘルメットを預ける。あとは春までバイクには乗らない。近くの
駅まで送ってもらうと、一気にホッと安心感がやってきた。常に
バイクに乗っていると緊張しているのだ。いつ事故を起こすん
じゃないかと。

昨日はそのまま碓氷峠を越えて上田駅前の安いビジネスホテルで
泊まった。晩御飯は回転寿司。帰ってから働かない頭でパソコンを
触ろうとしたがやっぱり頭が働かず、午前1時には就寝。

せっかくのホテルなのに、朝6時には目が覚めてしまう。自分の
神経がかなり過敏になっているのを感じる。もともと枕が変わると
眠れない性質で、外泊の最初の1泊目はそんなに眠れないのだけど、
せっかくの休みなのに眠れないのはもったいなく悔しい。睡眠が
長時間うまく取れないのは、きっと休みのたびに睡眠のリズムが
変わることもあるのだろうけれど。

朝から最後の手直しをして、チェックアウト時刻直前にホテルを
出て駅構内のドトールでさらに見直し。もう移住前に上田に来る
ことはないだろうから、昼食は駅近くのイタリアン・レストラン
「パパ・オルソ」でパスタを食べる。ここの店員は私=バイクで
来ると思っているのだが今回は公共交通機関で。冬だものね。

最後にハローワークで手直ししてリクナビからエントリーしよう
としたら時間切れ。電車とバスを乗り継いで、軽井沢経由で
16時半に草津に帰ってから再度エントリー作業にとりかかる。
2時間もかかって、ようやく第1希望のエントリーを終えた。
それにしても、こんな面倒くさい作業をみんなよくやるものだ。
もう2度とやりたくない。第2希望まではエントリーのつもり
だけど、1件送ったところで疲れてモチベーションが下がったので、
続きはまた明日。

結局、このまま明日の朝まで仕事なので24時間の徹夜決定。何の
ために上田で泊まってぐっすり寝ようと企画したのか分からない。
せっかくの休みなのに夜は眠れなくて昼間の変な時間に眠い
なんて。このまま草津にいても体力やモチベーションがジリ貧に
なるのは目に見えており、なんとしても第1希望で受かって欲しい。
今はもうそれだけだ。

もうエントリーは終わった。サイは投げられたのだ。北海道に
行けるか否か、あと1ヶ月以内には分かるだろう。
| SHO | Iターン | 19:40 | comments(0) | - |
酷道険道調査会
大学時代、鉄道研究会にj入っていたのだけど、今思うとかなり変な会
だった。4年間も中心メンバーのひとりとして活動していた私が言うのも
なんだけど、鉄道研究会のくせにバスが好きな人が多くて、宮城交通
バスツアーなるものも行っていた(た、と過去形じゃなく、今も後輩が
主催してやっている)。鉄道研究会の名前のままやるのは問題がある、
ということで「宮城交通バスファンクラブ」名義で旧年式車をわざわざ
探して借りていたのだった。

バスツアーの中身はというと、大型バスを借りて普通は小型のバスしか
入らないような(でも、車体限界上は大型バスもギリギリ入れるような)
道幅の狭いバス路線に大型バスを乗り入れて遊ぶというもの。一歩
間違えば脱輪するような道が続くのでドライバーさんは大変だったと
思うが、今思うと大型バスが入れる道を「狭い」と果たして呼べるのか
はなはだ疑問なところがある。バスが入らなきゃバスツアーは開催できない
ので、これは車体限界の問題で仕方がないのだけど。

そんなわけで、大学時代は「酷道険道調査会」と称して、狭いバス路線を
走るためにドライブによく出かけていた(今も後輩が伝統を引き継いで
出かけている、らしい)。宮城県内の主要な狭溢バス路線は私の代で
全部大型バスを乗り入れてしまったので、新たな狭溢バス路線を開拓する
余地はないのだけど(コミュニティバスの中には狭溢路線もあるけど、
小型バスが多いし道幅も小型バス比では広いしでつまらない)、廃止になった
かつてのバス路線を偲びながら夜中の12時や1時にドライブするのもまた
オツなものだった。お酒の飲めないメンバーが多かったので、コンパの後で
そのまま気仙沼だの雄勝半島だのとレンタカーをナイトパックで借りて
出かけたのも懐かしい。

で、なぜこんな話題を出したかというと、ミクシィのコミュニティの中で
酷道、険道、腐道、痴呆道などの専門コミュニティを見つけてしまったのだ。
その名も”酷道”。しかも見つけたのが女性ライダーさんのページだと
言うのがすごい。酷道趣味は男性の専売特許かと思ったら、バイク業界では
そうではないらしい。

ってなわけでミクシィ加入の鉄道研究会の後輩諸君、もしこの記事を
読んでいたら、即刻コミュニティを検索して行ってみるよーに。世の中は
とても広い(狭い?)のです。
| SHO | 携帯から | 16:31 | comments(0) | - |
ジレンマ
今日は底冷えがする。マイナス5度くらいあるんじゃないだろうか。
今季初めてダウンジャケットを出した。ジャンパーでは寒くなってきた。
今日も「煮川の湯」へ行く。このまま続けると皮膚の中の細かい傷口が
開くことは知っているのだが、そんなことを言ってられなくなった。
草津を出る前に沢渡へもう一度行って仕上げなければなるまい。

なんだか、会う人会う人みんな結婚していく今日この頃。「いいなぁ〜」と
指をくわえているのだけど、現実に出会いはあるのか?と考えてみると
仕事柄たくさんあるはずなのだけど、1年いて何にも起こらなかったと
言うのはたぶん「出会っていても、私が気づいてない」ってことなのだろう。
でも現実にドキッとすることがないんだよなぁ(涙)。早く結婚したいって
言いながら、まだその糸口さえつかんでいない。とても悲しい。

北海道行きの計画がちっとも進まない原因ははっきりしている。志望理由
その他のエントリーシートが出来上がっていないからなのだけど、なぜかと
言うと平日は体が疲れているし休日はもともと少ない上に草津を離れている
ので移動時間がかかるから。東京まで往復8時間かかるので、その時間が
もったいないのだが…。

ジレンマに陥っている。疲れても無理しないと転職活動はできない。でも
現実に体は今かなり疲れているのだ。ほとんど休みの日も草津にいないの
だから無理もない。夜勤だと睡眠時間が不規則な上に睡眠時間の長さも
質もとうてい昼間勤務の人にはかなわない。1年の夜勤生活で勤続疲労が
かなりあるのだけど、疲れているのに昼間は変な時間に目が覚める。

きちんと夜眠れる仕事に就きたいけれど、そのためにはある程度以上の
体力が残ってないと転職活動できない、今は無理しないといけないという
ジレンマにはまっている。アトピー再発症は、疲れとストレスも大きな原因。
アトピーと付き合って行く以上、体にも精神的にも大きな負担のかかる
仕事は今後できない。じゃあいったいどうしたらいいのか。

とにかくしんどい。進むのもしんどいけれど、これ以上草津に留まるのも
もうイヤなのだ。今はブレーキとアクセルを同時に踏んだような状態だ。
| SHO | 携帯から | 05:21 | comments(2) | - |
方位を見ると
草津から北海道を見ると北北東、逆に九州を見ると西南西になる。真北から
15度の境界線に近いので、精密に方位を測って見るのでなければ真北と北東、
真西と南西の両方を見るべきなので、それで方位盤を見てみた。

動くなら1月までに動け、という指摘の意味は、来年から3年続けて北海道に
動くには凶方位となるから。来年は本命殺が真北、本命的殺が真南、五黄殺が
北東、暗剣殺が南西になる。再来年も北東が本命的殺になるから北海道には
行けない。本命殺は今年が南、来年が北、再来年が南西、2008年が東、2009年が
南東、2010年が中宮となる。五黄殺は今年は西、来年が北東、再来年が南、
2008年が北、2009年が南西、2010年が東になる。つまり、1月中に動かないと
2010年まで北海道には行けない、ということなのだ。

(Tigers-net.comの日記なのであんまりミクシィの話は出したくないのだけど、
ミクシィも日記は共用なので…)ミクシィで、初めてライダーさんからマイミクの
申請があった。ライダーの友人って今までいなかったのでとても嬉しい。
今年1年は、ずっとひとりでバイクに乗っていたものなー。同い年の方で北海道
移住が決まったとあって、実にうらやましい。アトピーが再発したりで昨今かなり
めげていたので、私も…とすごく勇気をもらった。本当に嬉しかったのだ。しんどい
けれど、北海道移住に向けて私も頑張ろう。

以前、ウルヴォイ彩佳さんに言われたことだけど、私の印象はブログと実際に
会った印象で全然違うそうだ。ブログでは暗〜い性格が強く出ているけれど
現実の私はいたって明るくて驚いたとか。中島みゆきやさだまさしタイプって
ことなのだろう。逆にブログではムチャクチャに明るくてちょっと引いてしまった
ウルヴォイさんの印象は、低い声の落ち着いた大人の女性だった。

久しぶりに富岡のバイク屋に電話して冬季保管の話をする。乗っている
バイクの説明で「ヤマハFZ400」と言ってもちょっと分からないみたい。
「ヤマハ・フェザーの400ccです」と言うと、「あぁ、あの吊り目のバイクね」
と言われた。本当はFZ400にフェザーのペットネームはついていないのだけど、
手っ取り早く説明するには「ヤマハ・フェザー」の名前を出した方が速い。
ついでに言うと、FZシリーズのヘッドライトは2灯式だけど400だけは目が吊り
上がっていない。吊り目の方が格好良いと思うけど、FZS600やFZS1000
フェザーと比べればFZ400はカウル回りの印象がだいぶ違う。マイナー車だから
瞬時にどのバイクのことなのか理解してもらえないのはやむを得ないのか。

とにかく年内でバイクを草津に置くのもあと数日だ。雪が白根山の中腹まで
下りてきた。年内には草津も雪に埋め尽くされることだろう。
| SHO | 携帯から | 19:01 | comments(0) | - |
4ヶ月ぶりの草津温泉
アトピーの再発症を受けて、とうとう高島暦の来年の暦を買ってきた。で、
調べてみて愕然とした。来年のことではない。来年の9年前、1998年の
ことである。

私の九星占いの星は七赤金星である。来年の星の場所は真北。つまり
衰極の位置にあって、何があろうとも来年2月の節分から再来年2月に
年が明けるまでは動いてはいけない、じっと我慢するべき年なのだ。

そして問題の1998年。前回の衰極の年に私は動いてしまったのだ。何をしたか。
船乗りを辞めたことがひとつ。そして自転車日本一周に挑戦したことがもう
ひとつ。その後の9年間、私が死ぬほどの辛酸を舐めたのは私を知る人には
周知のこと。極めて深刻なアイデンティティ・クライシスに陥ったまま、とうとう
そこから抜け出せずに9年が過ぎて今の私がいる。立ち直るのに星回りの
丸々1ターンを必要として、なおかつまだ完全に立ち直ったわけじゃない。

ようやく立ち直りかけた今、絶対に来年は北海道へ行くな、もし行くのなら
旧暦の今年中に行け、という吉野で頂いたアドバイスは極めて正しいことが
私にはよく分かるのだ。前回、やってはいけない時期にやっては行けない
判断をしたことは、私にとって人生最大の侮恨なのだ。もし吉野に行って
いなければ、私は再び人生最大の失敗をするところだった。

非常に状態が悪化しているので、やむを得ず4ヶ月ぶりに草津温泉の
煮川の湯に入った。入ったと言っても10分だけだけど、やっぱり違う。
このまま草津に留まるのか、あるいは予定通り来年の1月に草津を出るのか。
これだけ体調が悪化したのに出るのか?それとも体を治すために夜勤の
今の仕事を続けるのか。いずれにしても、大きなストレスがかかれば
アトピー再発症の可能性がある、ということははっきりした。

さて、どうしよう。もう残された時間は多くない。
| SHO | 携帯から | 00:43 | comments(0) | - |
志望理由とアトピー再発症
リクナビ形式で志望理由を1000字にまとめているのだが、どうやら1000字を
軽く突破しそう。1000字って言えば40文字×25行だから相当の量なのだが。

改めて思い知ったのは、ものすごく強く私は「海」にこだわっていること。そして
ものすごく「海」が好きなこと。我ながら尋常の域じゃない。「生まれ変わったら
何になりたい?」と問われたら、昔も今も「もう一度、船乗りになりたい!」
と即答する。なぜ、これほど強く海にこだわっているのか分からないが、海と
切り離された人生なんて考えられない。今は山奥に住んでいるけれど。

もっとも、船乗りなんて睡眠時間は細切れだし不規則な生活だし、いいこと
なんて何にもない。だから陸上の暮らしの方がいいに決まっている。
船乗りを辞めてこれだけブランクがあるのに、なぜ船乗りを忘れないのかと
思うけれど、私は異常なほど船乗りであることに執着し続けている。

この数日で、アトピーが首を皮切りに肘と膝の裏側に出てきた。まだ
仕事に支障が出るような状態ではないものの、北海道に行くどころでは
ないのでは?と考えると恐ろしい。ストレスが体にかかっているのは
認めるけれど、体は思った以上に正直だ。私は北海道に行きたくない
のだろうか?北海道に行くのが怖い、ということは確実に言えるものの、
怖いのは行ったらダメってことなのか?それとも体が変化を恐れている
だけなのだろうか?

これからまた温泉に入るとして、1月末までに再び完全な状態に体を
仕上げられるのか?完全な状態に仕上げるとして、今度は草津を出てから
渡道するまでの間に沢渡温泉で逗留する必要があるだろう。バイクで
草津から通うわけにはいかないのだから。

1月末までに北海道へ行こうとした原因になった来年の九星図については、
実際に買って調べた方が良いだろう。草津を来月までに出るぞ!と宣言して
いたのは体が治ったからであって、その前提が崩れたら草津にずっと
いなければいけないのか?と考えるとゾッとする。

今回のアトピー再発症の本質は、いったい何なのだろう?ここから
何を学べと言うのだろう?とにかく、草津を1月で離れるつもりになって
いたのに…と思うと悔しい。これから、どうすればいいのだろう。

もし北海道以外の土地へ移動したら?ということも考える。具体的に
そういう話も実はあるのだけど、寒冷地ではないので夏場は暑いに
決まっているし、その話も体が治っていることが前提になる。だいたい
スキーのできない土地の都市部に住むなんて、考えただけでアトピーが
出てきそうだ。

草津を出た後、どうせ住むなら…と考えると、やっぱり北海道なのだ。
北海道以外の土地は見えていない、ってことだけど、夏場に35度も
あるような土地がアトピー持ちの体にいいわけないだろう。ましてや
冬場にスキーに行けない土地に住むなんてもってのほかだ。

スキーをするならパウダースノー、という生粋の草津っ子スキーヤーとしては、
近畿地方以西のスキー場なんかアウト・オブ・眼中である。ベタベタ雪の
スキー場なんてスキー場のうちに入らない、という方だから、余計に頭を
抱えている。この感覚、パウダースノーで育った人は分かりますよね?

もう一年草津にいろって言われたら、やっぱりもうイヤだ。
| SHO | 携帯から | 05:35 | comments(0) | - |
最後の鳥居峠
昨日は上田に行ってきた。バイクで鳥居峠を越えるのは今回が最後だろう。

2日続けて晴天だったおかげで峠は通行可能だったものの、峠の周辺では
特に群馬側ですでに道路上に根雪が形成されつつあった。轍が通るところは
氷が溶けているので大丈夫だが、轍の間の車線の真ん中とか両側には
晴れても溶けない薄くて固い氷の層ができている。このままきっと春まで
溶けずに行くのだろう。今、外では雪が降っている。

来週も上田へ行くのだけど、鳥居峠は来週越えられるかどうか。越えられる
かもしれないけれど、危ないと見るのが妥当だろう。バイクを草津に置いて
おけるのも、あと1週間以内だろう。駐車場内も氷が張って溶けなくなって
いる個所が出てきたし、そろそろバイクを脱出させないと危なくなってきた。

しかし問題なのは休日。今の職場は休日が月に6日なので、あと4日を
どう配分させるかが大きな問題になっている。昨晩は久しぶりに草津で
寝たらずいぶん体が楽だったのだけど、休みのたびに草津を出て東京やら
上田やら野沢温泉やら出かけていたら本当にしんどい。実家で寝るよりも
草津の自分の部屋で寝た方が楽なのは、そりゃそうだろう。

今回は平日にバイクを脱出させるしかないかもしれない。しんどいのは
分かっているけれど、貴重な休みの日は全て用事で埋まっているから
仕方がない。草津にいるうちに、2日くらいゆっくり草津で過ごす日
なんて二度とあるのだろうか。

今は転職サイトの形式に合わせてエントリーシートを書いている最中。
自分のキャリアをまとめるのが本当にしんどい。転職するって本当に
エネルギーを消耗する。こういうのを転職と言うのなら、転職なんて
もう二度とこりごりだ。
| SHO | 携帯から | 01:46 | comments(0) | - |
アニメ三昧
カイロプラクティクと歯医者以外の東京時間は、秋葉原で久々に中古CDと
ビデオを探して回っていた。今回のターゲットは「超音戦士ボーグマン」の
ビデオとサントラだったのだけど、ビデオは今回は手に入らなかった。
でも、「超時空要塞マクロス」のビデオと「ボーグマン」と「シティハンター」の
サントラが見つかって大満足。「赤い光弾ジリオン」のビデオも買おうとした
のだけど、なんとビデオテープが切れていた。残念…。

先日の関西ツーリングではバイクに乗りながら「超音戦士ボーグマン」の
オープニングテーマ「Don't Look Back」を口ずさんでいたのだった。
私が知っているアニメのオープニングテーマの中でも、この曲は一回
聞けば覚えてしまうメロディと単純明快なカッコ良さで抜群の出来。
適度に速くてノリがものすごく良い曲なので、バイクで高速道路を疾走
しながら口ずさむには最高の一曲だ。

というわけで、ゴキゲンで「Don't Look Back」を聞きながら帰りの高速バスの
車内にいる。草津まで片道4時間。昨日の午後からほとんど起きているので、
帰りはぐっすり眠るとしよう。
| SHO | 携帯から | 20:31 | comments(0) | - |
久しぶりの東京
久しぶりに東京に出てきた。

いや、本当は現在はまだ埼玉県内なのだけど、大宮以南は群馬県民にとって
東京みたいなもの。アトピーが少し出てきているので本当は良くないの
だけど、ただいまマクドナルドにいます(ってのが話題になるのが田舎モノ)。
わーい。マックだー。都会にやってきたなー。なんだかスタバをマック風に
アレンジしたような内装で、古いお店よりもおしゃれだ。

今日は1年ぶりの歯医者。左奥歯を昨年の今ごろに抜いたのだけど、
親不知を移植するはずが保険証の切り替えなどでノビノビになって今に
なってしまった。北海道に行く前にちゃんとしなければいけないことのひとつ。
それと1ヶ月ぶりにカイロプラクティク。10月の交通事故から2ヶ月弱が
経って、体の影響はほぼなくなった。これもひとえにカイロプラクティクを
やっている友人のおかげで、感謝感謝。

電車の中でよく寝たので元気を回復した。竹内まりやの「ボナペティ!」を
聞きながら今は友人を待っているところ。なんだか人生を送ってるって
感じだなー。こんなところでパソコンを広げて職務経歴書を書くのも
プライバシーをさらしているようで恥ずかしいので、書くのならスタバで
ちゃんと席を確保して書くことにしよう。それにしても東京は人が多すぎる。

私はタバコを吸わないので禁煙席にいるのだけど、東京に限らず喫煙席に
たくさんの人がいる。若い女性もけっこう多い。うちの旅館でもそうだけど、
けっこううら若き女性の喫煙者って多いのだ。クリスマス前とあって、
街中がなんだか華やかだ。昔はものすごくクリスマスって楽しみで、
もう10年近く前の話だけどものすごくイヤなことがあってからクリスマスが
来ても嬉しくなくなって、でも心の傷も癒えたのか今年はけっこう楽しみ。
クリスマスパーティーにも誘われたのだけど、12月23日の夜に東京へ
行っていたら職場放棄なので涙を飲んだ。サービス業はこういうところが
辛いなー。

ものすごくイヤなことがあった前の年は逆に一番楽しくて、パーティー
やったりしていた。当時の帆船ボランティアの人たちとも音信不通に
なってしまったけど、みんな元気かな?

友達が来たので、行くことにする。
| SHO | 携帯から | 13:04 | comments(0) | - |
真冬日
数ヶ月ぶりにパソコンでブログを書く。実に気持ちがいい。
やっぱりパソコンの書き心地じゃないとね。携帯端末は
携帯端末なので。それでも、まだキーボードを打ち慣れて
いないので間違いがある。指が変なところに触れてしまう
ようだ。

今日と明日は真冬日。これでは明後日にバイクを使うことは
難しそう。いよいよ本格的な冬がやってきた。そろそろ
バイクもふもとに下ろさないと、本当に春まで脱出させる
ことができなくなる。平日でもいいから、使える日に
昼前から脱出させるしかないのか。

職務経歴書が進まない。本当に、書き方が分からない。
1年前に書いたばかりだというのに、どうしてこんなに分から
ないのだろう。当時と今では転職のセールスポイントも動機も
ぜんぜん違う。昨年は昨年のベストを尽くしていたけれど、
今年は今年でさらに難しい。

スティービー・ワンダーを聞きながら職務経歴書を書いている。
もう、泣き言を言っている場合じゃない。とにかくやらないと。
あんまり進まないのでビリー・ジョエルの「Uptown Girl」に
変えた。ゴキゲンな曲ばっかり。こんなことやっているから
進まないのか。またエンヤに戻そうかな。なんて言いながら
今聞いているのは「Just the way you are」。本当にいい曲。

今度はカーリー・サイモンの「You're so vain」に変えた。
これも本当に好きな曲。以前、真夜中テレビでやっていた
「北斗星」の前面車窓ビデオのBGMばっかりだ。「北斗星」が
登場してから18年。中学生時代はそのビデオばっかり飽きずに
見ていた(18年たった今でも飽きない)。まさか本当に北海道に
住むとは当時は思わなかったけどね。でも「北斗星1号」で
北海道に行くという夢はまだ実現していない。

あぁ、早く北海道に住みたいな。住むのなら来月までに何とか
して就職活動を片付けよう。北海道へ来月行くつもりなら、
もう今はどうしてもやらないと。エントリーしないと就職活動は
始まらない。いや、就職活動はエントリー前に半分は終わって
いるんだけど、今はそのために頑張っている段階。

欲しいものを「欲しい」というのは本当に難しい。だからこそ
今は産みの苦しみを味わっているのだろう。泣き言なんて
言っていられない。今はとにかくやらないと。
| SHO | Iターン | 17:49 | comments(0) | - |
ミクシィを、使い始めて一週間
ミクシィに加入してから1週間が過ぎた。

驚いたのは、FZ400のオーナーでFAZER Owners Club in Mixiが占領されて
いること。こんなにもFZ400のオーナーっていたのね…。ってよりも、FZ6とか
FZ1といったマシンは大型車なので、有名であってもオーナーの絶対数は
少ないのだろうか。FZ400は2年しか製造されていないけど、一応400cc
だからオーナーの絶対数は多いのかな。それにしても、FZ400にはFAZERの
ペットネームがついていないけど、みんな大手を振って(私も)FAZERの
オーナーズクラブに入っていていいんだろーか。

鉄道関係と出身校に関しては、大学の鉄道研究会つながりと短歌会つながり
以外には基本的に参加していない。鉄道関係は悪い意味でオタクが多いから
イヤってことだし、出身校に関してはなんだか気が引けてしまって。別に悪い
ことをしているわけでもないんだけどね。

エントリーシートを作るために職務経歴書を要約する作業が進んでいない。
つくづく思うのは、昼間に寝る仕事は本当に疲れるし作業効率が悪いってこと。
やっぱり、次の仕事は夜ちゃんと寝られる仕事にしよう。とにかく疲れが
抜けないし、作業に身が入らない。慢性的な睡眠不足状態で、おまけに
寮の隣人がこんな夕方に(本人は無人なのに!)目覚ましを1時間もかけ
続けるものだから眠れない。先日も注意したばっかりなのに!自分が起きる
時間じゃないのだから、他人の迷惑を考えて欲しい。

あぁ、もう12月2日。1日が過ぎるのが速すぎる。でも、早く北海道には
住みたいな。クリスマスまでには面接を受けられるようにしないと。
| SHO | 携帯から | 17:51 | comments(0) | - |
「働け、働け!」はイヤなのはなぜ?
私の愛用するPHS兼ポケットPCのW-ZERO3のテレビCMを見ていて、すごく
イヤな気分になった。「働け!」とけしかけてくるCMなのだが、なぜ私は
このCMを見ていてすごくイヤな気分になったのだろう。

私が船乗りを辞めたのは、働きすぎで心身ともにおかしくしたから。もともと
船乗りは給料はびっくりするほど高いけど、危険だし責任は重大だしストレスの
逃げ場がないし、睡眠は細切れだし休みはまとめて取れる…と思いきや下船
しても研修ばっかりで乗船中に崩した体調を診てもらうことすらイヤな顔を
されたし、心身ともに限界まで疲れ果てていたのだ。多い時には1日18時間も
働いていた。当時いた会社は今や日本最大の会社のひとつになったけど、
従業員個人の人間らしい生活を踏みにじって達成した成果なのだから、私は
大手を振って喜べないと思っている。船乗りは自殺の多い職場なのだ。

「ゆとり教育」に対する批判がかみすばしいが、本当に「ゆとり教育」はダメ
だったのだろうか?授業時間数の減少に見合った学力水準では学力低下に
なるのは当たり前で、それでもゆとり教育が導入された背景には「現状の
受験戦争では、とても子供が子供らしい時間を過ごすことができない」という
反省があったからではないのか。私も受験戦争をくぐってきた世代だけど、
小学生の頃から塾に毎晩通い詰めた生活が正常なものとは今もって思えない。

問題はゆとり教育ではなく、大人の側が受験戦争当時の学力詰め込みの認識の
ままにゆとり教育を行ったからではないのか。その反省なしに「ゆとり教育」を
廃止しても、また「お母さん、○×中学に行けなくてごめんなさい」と自殺する
子供たちを生むだけだろう。彼らの死を無駄にしないためにゆとり教育が
導入されたのではなかったのか。今のままじゃ、彼らの死をまた無駄にする
ようで、私は我慢がならない。

話を戻すけれど、「働け!働け!」というのが私はイヤなのは、小学生時代
からの受験戦争当時の傷ついた自分の思い出、そして最初の社会人時代の
心身ともにおかしくなってなお余裕なく働かなければならなかった思い出を
刺激されて、たまらなく自分がみじめになるような、いたたまれない思いが
するからなのだ。思えば大学時代もそうだった。

私は地位や名誉が喉の奥から欲しくてたまらないくせに、いざそれを手に
すると短期間で手放したり手放さざるを得なかったりするのは、地位や
名誉に伴って生じる心身を極限まですり減らす生活のストレスに私は耐え
られないからなのだ。あえて言えば、私が一生をかけて今も戦っている
ものは、そして今も転職活動をしながら「また同じ生活が待っているんじゃ
ないだろうか?」という不安を拭えないものは、私を過去に苦しめ続けて
体調を崩して草津にまで追いやったものは、今もまだ私のそばにいる。
| SHO | 携帯から | 19:01 | comments(0) | - |
忘れられない一言
転職面接前の棚卸の最中、「今まで仕事について言われた言葉の中で、
どうしても忘れられない、無意識がよほど大切に保存している言葉って
何だろう?」と考えてみた。すぐ出てきたのは、こんな言葉だった。

父の知り合いに税理士がいるのだが、その方が一度私に会いたいと
いうことになってお会いしたのだが(その時、私は船乗りを辞めた1年後で
大学に行くかこのまま就職するか悩んでいた)、尋ねられるまま船の
仕事の話をしていると、ふとこんなことを言われたのだ。

「船の仕事の話をする時に、実にいい顔をするね。普通の人は辞めた
仕事の話なんてしたがらないものなのに」

今の第一志望の会社が第一志望である理由は「私のキャリアを正当に
評価してくれた会社だから」ということに尽きる。紆余曲折はしている
けれど、私の今のキャリアは船乗りからの延長線上にある。大学に
行った理由も、専門分野を選んだ理由もそうだった。夢敗れて体調を
崩して草津にやってきたけれど、私は今でも体さえ元に戻れば海に
接する仕事がしたいのだ。

だから負けられない。どうなるかは分からないけれど、今の全力を
持って転職活動に臨んでいく。私は自分の船乗りというキャリアに
ものすごく誇りを持っている。

でも、キャリアに誇りを持つことと執着することは違う。私は自分の
キャリアに誇りを持ってはいるけれど、自分の職業能力に自信がある
わけでは決してない。「これは船乗りに執着しているんだろうか」と
考えると、本当にこの進路でいいのか不安でもある。

私を知る多くの人が、私は船乗りを辞めてすでに長いにも関わらず
西村=船乗りと認識しているのは、他人から見て私はそれだけ強く
自分の職業を一生の誇りとしているからなのだろう。それが良い
ことなのかどうか分からないが。良し悪しの問題じゃなくて、事実と
して私の船乗り時代を知らない多くの人が私を船乗りとして認識
しているのは、私が発する言葉の端々に船乗りという職業への
強いこだわりを感じるからなのだろう。
| SHO | 携帯から | 08:52 | comments(2) | - |
今年最後の粒麗荘
一昨日の夜は休みだったので、今年最後の宿泊ツーリングで野沢温泉の
ライダーハウス「粒麗荘」に泊まりに行ってきた。たぶん、ライダーとしては
私が今年最後の客だろうという。たしかに、草津から野沢温泉まで往路は
1台のバイクともすれ違わなかったものなぁ。

野沢に行ったのは上田のハローワークで一昨日、昨日と職務経歴書の
下書きを書いていたから。一昨日は書くのに夕方の5時までかかったし、
鳥居峠をこの時間に超えるのは危険なので草津には帰らなかったのだ。
でも、実用上の話をすれば別所温泉の上田まほろばユースホステルにでも
泊まるんだった。往復とも時間の関係で坂城から豊田飯山まで高速道路を
使ったので、お金もかかったし時間も余分にかかる。あまりいい選択だった
とは言えないのだけど、ご飯もおいしかったしぐっすり寝られたしで、それは
それで良かったのか。ともあれ北海道移住前の最後の粒麗荘になるだろう。

ようやくパソコンからインターネットにPHS経由でつなげられるようになったか
と思ったら、なんと「粒麗荘」にPHSとパソコンをつなぐケーブルを忘れてきた。
出発前に点検したのに、たぶんコタツの布団に紛れてしまったのだ。仕方が
ないので電話して着払いで送ってもらうことにした。来週の火曜日にもう一度
上田へ行くので、その時にエントリーシートを出す予定。そろそろ証明写真を
撮ったりスーツも使う準備をしなきゃ。12月中旬には、できれば採用面接を
受けに北海道へ行きたい。これからはまず、受ける予定の会社それぞれ向けに
職務経歴書の下書きを要約してA4で1〜2枚にまとめないといけない。

いよいよ転職活動も逆算しての秒読みに入ってきた。1月末までには、なんと
しても北海道に移らなければ。
| SHO | 携帯から | 05:18 | comments(0) | - |