藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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打開策
相変わらずシステムディスクが見つからない。それどころか携帯のパッケージ
そのもがないってどういうこと?まさか実家でパッケージを開けたまま実家に
忘れてきたんじゃ…という恐怖が頭をよぎる。

仕方がないので当面の打開策を考えた。パソコンはとりあえずOfficeが使える
状態で、バックアップ用のHDDに収められている昨年書いた職務経歴書は
新しいパソコンに移した。256MBのUSBフラッシュメモリーが使えるので、
水曜日はとりあえずこれにデータを移して上田のハローワークでプリント
アウトすることにしよう。と思ったら、インターネットで承認しないとOfficeも
使えないらしい。ヤバイ。これは本当にピンチだ。やっぱりW-ZERO3内に
格納してあるデータを使うしかないのか…。
| SHO | 携帯から | 18:06 | comments(0) | - |
ディスクはどこへ行った?
パソコンに携帯の母艦機能を持たせるためのシステムディスクが
見つからない(泣)。これがないとパソコンでインターネットを見る
ことができないので死活問題。部屋がいかにぐちゃぐちゃに
ひっくり返っているか、という証明なのだけど、そろそろ本の箱詰めも
始めた方がいいかもしれない。とにかくモノが多すぎる。

絶対に、2ヶ月以内に草津を出てやる、と思っている。そのためには
まずシステムディスクを探さなきゃ。でないとメールで職務経歴書を
見てもらうことができない。

Yaeの「Blue Line」を聞いている。結局、この間の吉野・天河行きでは
ほとんどCDを聞かなかったのだけど、頭の中ではこのアルバムと
やはりYaeの「New Aeon」が流れ続けていた。

天河に行くと、必ず何か大きな試練みたいなものに突き当たる。
初めて天河神社に行ったのは2002年9月の観月祭だった。呼ばれた
としか言いようのない出会い方で行ったのだけど、行った2週間後に
私は自殺の直前まで行ったのだった。あれは本当にヤバかった。

「さまよえるオランダ人」の物語に思いをはせると、どんなに長生き
したくなくてもなぜか長生きしてしまう、ということの不幸に突き当たる。
長生きすることは幸せなこと、では決してないと思うけれど、なぜか
私は死ぬ目に何度も遭っていながらまだ生きている。土壇場では
私はとっさに生き延びるための適切な行動を取り、そして大いなる
幸運にも恵まれて、なぜか私はまだ生きている。「長生きしたくない」
と口癖のように言っているのに。

じゃあ「早死にしたい」ってことなのかと言われたら少し違う。少し違う
からこそ、私はまだ生きているのか。たしかに「長生きしたくない」のと
「早死にしたい」のとでは意味が少し違う。私があと10年や20年生きて
死んだとしても、だから私が「長生きした」ことにはならないものね。
まだ私が生きているのは、まだこの世で生きてするべきことがあるから
なのだろう、とはカモシカとの衝突事故で感じたことだけど、じゃあ
生きてするべきことっていったい何だろう?

新聞を読むと「いじめ」のことについて連日コラムニストが筆を
走らせている。でも、彼らの言葉は私には虚空に向かって投げられて
いるだけのように見える。いじめられた時の、あの辛さを今もまざまざと
覚えているかい?「とにかく生きろ」だなんて、死ぬ思いをしている人に
本当に言えるかい?自分の子供がもしいじめられたとしたら、私だって
「とにかく生きて欲しい」というだろう。でも、それは「自分の大切な存在
だから」というエゴから出ていることだろうとも、私は承知している。

結局、大人が精神的に裸でぶつからないと子供は救われないし、
裸でぶつかってもなお、死ぬ思いをしている人に届くかどうかは
分からない。「事情を知りもしないくせに、知ったような口を叩くな」と
私だったら思うものね。「死ぬ思い」とは、他の人の感情が介入する
余裕もないほどの苦しみだから「死ぬ思い」なのだ。その事実の前に
立つと、いかに自分が無力かを思い知らされる。そして、その自覚
なくして人の心に立ち入る資格はない、と私は思う。

結局、人の苦しみや悲しみは個別のものなのだ。喜びも悲しみも
分かち合うために人は人と一緒になるのだと思うのだけど、私は自分の
パートナーの苦しみを本当に自分の苦しみとして受け止めることが
できるだろうか?正直言って自信がない。私に分かるのは、人の
大きな苦しみ、悲しみを前にした時の自分の無力さ加減くらいなもの。

もちろん、自分の無力さ加減が分かっているからこそ、人と向かい合う
資格もあるのだと…他人には言うのだが、じゃあ自分にその資格が
あるのかと言われれば、自分の愚かさ加減を思うと「本当にオレで
いいの?」とも思ってしまうのである。
| SHO | 携帯から | 04:44 | comments(4) | - |
パソコン起動
昨日買ってきた中古パソコンだけど、まだソフトウェアが完全にインストール
されたわけではないので、まずはOffice2003をインストールしているところ。
それと通信ソフトをインストールして、早くW-ZERO3の母艦機能を持たせないと
いけない。

中古のパソコンを買ってきて自分で使えるようにする、というのは気分が
いいものだ。自分で自分を褒めたくなる。もう半年以上も不便を感じてきた
ので、早くこの不便な状態を解消したい。

ミクシィの日記にこのブログの登録を行った。
うまく行くといいのだけど、珍しいプロバイダのブログなので、どうなるだろう。
| SHO | 携帯から | 15:42 | comments(2) | - |
The Memory Of Trees
仕事しながら、なんだか手持ち無沙汰な自分がいることに気づいた。
頭の中では、ぐるぐるとenyaの「The Memory Of Trees」という曲が
さっきから流れている。同名のアルバムのオープニング曲だけど、
メロディーがとても好き。歩いたことはないけれど、深い森の中を
歩いているような気持ちになる。

もう、動かなきゃ。考えられる限りのことは考えたのだから。

4回目の天河神社に着いたのは、もう夕方も深まろうという頃だった。
初めてバイクで天河に行ったので、以前から切望していた旧道での
峠越えを果たしたのだが、旧道に入った途端に背筋が寒くなった。
もう何年も使われてないかのように落ち葉が敷き詰められていた
からではない。昔から天河へ向かう人が峠を越えるたびに感じた
何かを私も感じたのだと思う。

背筋が氷水で洗われるかのように寒い峠越えを、2速と3速のギヤを
使ってやっと着いた天河では、思いがけなく宮司さんと、そして
いつ見ても美人でこの世の人とは思えないような巫女さんに
出迎えられた。今まで4回も天河に通って、社務所に上げて頂いた
のは初めて。お茶を頂きながら、ここまでのルートとこれからの
ルート予定を話したら、天河から名阪国道への短絡ルートを
教えて頂いた。でも、後から思うとあっさりと橿原あたりで泊まる
んだった。私は自分の体の疲労度を読み違えていたのだ。
天河を出発してわずか1時間半で、疲労のために動けなくなる
なんて思いもしなかったのだ。

それはともかく、バイクの交通安全のお守りを買おうと思っている、
と言うとなぜか勧められたのは五十鈴のお守りだった。結局それを
買ったのだけど、できれば常時そのお守りを身につけていたいので
ついさっき、携帯電話についていた天河神社の鈴のお守りを
バイクの鍵へ、そしてバイクの鍵についていた五十鈴のお守りを
携帯電話へとコンバートした。小さいながらも本物の五十鈴の音が
するので、持ち運ぶとシャラララーンとうるさい。この音を聞くたびに
何かを訴えられている気がする。今まで見ようとしなかった自分自身の
ある面に、無理やりにでも顔を向けさせられている気がするのだ。

見る人が私の携帯電話を見れば、私がどこの神社に縁のある人なのか
すぐ分かるだろう。それくらい、五十鈴は天河神社のシンボルマークと
なっていて、さらに五十鈴の紋章である3つの渦巻きは、enyaの故郷、
アイルランドの古い紋章でもある。面白いことにユーラシア大陸の
東端と西端の島にそれぞれ同じ紋章が伝承されているのだ。

私は直感を信じて動けているだろうか。バイクもパソコンも今使って
いるものはいずれも直感で選んだものだけど、転職するにあたって
将来とかお金の心配で企業を選んでいないだろうか。それが大事
じゃないとは言わないけれど、それに目がくらむと大学や最初の
就職のような苦い思いをすることになるのだろう。
| SHO | 携帯から | 05:32 | comments(0) | - |
ミクシィに加入しました
昨日は昼前から上田へ行ってきたのだけど、帰ってきたら夕方の4時半で気温は
プラス1度だった。今晩は道路が凍結するだろうな〜。午後9時で気温はマイナス
2度だったらしい。

金峯山寺の執行長、田中利典さんの招待で私もミクシィに参加することにした。
ミクシィ加入者の方がいらっしゃったら、名前でも住所でも一発で検索されるはず
なので、そちらでもどうぞよろしくお願いします。っていうところだけど、実はまだ
使い方がよく分かっていない。ブログではメッセージを受け付けていないので、
もし私にメッセージを送りたい方はミクシィから送ってもらえると嬉しいです。
みなさん仲良くして下さ〜い。

上田でハードオフに行ってきて、パソコンを中古で買った。W-ZERO3は携帯端末
としては優秀で使えるマシンなのだけど、いかんせん職務経歴書などを書くに
あたっては画面とキーボードが小さすぎて使いにくい。転職活動が本格化する
のに合わせて、とうとう母艦となるべきマシンを、2002年型の富士通FMV-VIBLO
だけど買った。なんとパソコンの製造年が古いパソコンに買い替えたのだけど、
HDDは40GBあるしWindows XPだしOffice 2003が標準で付属しているので
半年使えばいいと割り切れば性能に不足はない。31500円だから割り切れる。

パソコンを買うのは通算4台目。IBM以外のパソコンを買うのは生まれて初めて
だけど、IBMも2004年に買ったThink Pad R50はレノボ買収前の最後のマシンだけ
あって全てにやる気が感じられず、1990年代のIBMのあの良さがあまり感じられ
ないのは残念だった。実際にたった2年で完全に起動不能になったし、やっぱり
最後の頃のBMは品質が落ちていたと言われても仕方がない。

あと2ヶ月で草津を離れる予定なのだけど、今年は予定の前倒しばっかりで
準備がまだ全然できていない。レイキの効果でよく聞く「人生の展開が早くなった」
というのは私に関しては完全にそう。

仕事は「海外とかかわる仕事」でかつ「人と接する仕事」がしたい。そういう
観点で職務経歴書を書かなければ。4社に絞り込んだので、これから本当の
転職活動が始まる。どうか上位2社、できれば第1希望で決まりますように。
そうしたら1月中には草津を出て北海道に移ることになる。
| SHO | 携帯から | 01:12 | comments(2) | - |
北海道へ行く時期、早まる
久しぶりの更新になるが、無事に大阪、吉野、天河と回って帰ってきた。
ただし21日は宿が取れずに漫画喫茶で夜明かししたので、帰ってからも
仮眠なしで丸2日間ぶっ通しで起きていることになった。もちろん昨日の
昼間はぐっすり寝たが疲れがまだ取れず、今日も仮眠を取ってから上田に
出てきた。鳥居峠はもう凍結が始まっていて、朝夕に通るのはかなり危険。

北海道への渡道時期をさらに繰り上げて、1月末までに移ることにした。
バイクは富岡に春まで預けたまま。移住時期がどんどん早まって行く。
今日は上田で応募する会社を4社に絞り込んで、できれば上位2社、
いや、できれば第一希望で決めたいところ。さてどうなるか。

応募条件は8月から変更なし。「海外とつながる仕事」で「人と会う仕事」
という条件だといわゆる「職種」という分類はできなくて、とにかくぶっつけで
やるだけ。職務経歴書が、これから大車輪で書くべき緊急課題。

今は上田のイタリアン・レストラン「パパ・オルソ」でパスタランチを食べた
ところ。以前も来た私のことを覚えていてくれて、とても嬉しい。上田に
滞在できる時間が限られているので、もう行かなきゃ行けないのが残念。
| SHO | 携帯から | 14:28 | comments(0) | - |
ただいま関西
昨日は1日で500km弱を走破して、夜の8時過ぎに芦屋の友人宅に着いた。

出発したのは9時20分。途中、丸子町のガソリンスタンドで気温は11度。
鳥居峠も気温は4度だったし、ずっと雨なのでこれなら和田峠を越えても
大丈夫なので、最短ルートである和田峠を通って岡谷を目指した。
和田峠を南進する場合、下り勾配は南斜面になるので、仮に道が凍り
ついても昼前には溶けやすいってこともある。実際、頂上の気温は
7度もあった。

ずぶ濡れになりながら岡谷で高速に乗って、駒ヶ岳サービスエリアで
9月に食べられなかったソースカツ丼を食べる。体が芯まで冷えていて、
オーバーパンツを履いていてもまだ寒いのでジーンズの下にもう1枚履く。
気温は10度前後だから大して寒くないはずなのだけど、叩きつけるように
雨が降っているせいだろう。あんまり寒いので五平餅を食べて熱い
お茶を飲んで、眠気覚ましのドリンクを飲んで出発する。すっかり沈没して、
1時間半もいてしまった。13時過ぎについて14時半に出発。

駒ヶ岳から先もずっと雨。恵那山トンネルは片側が車線規制になっている。
徹夜明けだし、駒ヶ岳到着時点で2時間、出発時点でも30分も当初の予定
通過時刻より先行しているので急ぐ必要はないし、雨だし、500kmも1日に
走るのは初めてだし、というわけで時速80kmの一定速度で走行する。
実際、この速度だとFZ400は優秀なウインドプロテクションのせいもあって
とても快適。低い風切り音と、アクセルを開けた時の低い排気音以外に
何も聞こえない。雨の中をずぶ濡れになりながら走って15時20分に恵那峡
サービスエリアで休憩。少し早いけど、ここで2回目の給油をする。

小牧ジャンクションから名神高速に入ると雨が上がった。でも交通量が
増えてきて気を使う。一宮から養老サービスエリアまでがけっこう長く
感じてしまう。養老サービスエリアには17時に到着。ちょうど神奈川から
大阪に向かう2人連れのバイクと一緒になる。透明はずっと15度くらい
だったとのこと。彼らは「日が落ちて寒くなってきましたね〜」、私は
「養老まで下りてきて、やっと雨が上がって暖かくなりましたね〜」と
言っていることが全然違う。

養老を出発すると夜間運転。ヘッドライトをハイビームに切り替えて
一路疾走する。それにしても名神高速は交通量が本当に多くてびっくり。
今まで上信越道や関越道しか走ったことがなかったので本当に驚いた。
大津サービスエリアまでがなんだか遠い。これなら途中の多賀サービス
エリアで臨時休憩しても良かったかも。骨盤の位置がずれていて、
少し左足の付け根の方が下がっているので左足が圧迫されている。
やれやれ、という感じで18時半に大津サービスエリアに到着。3回目の
給油をしてから、友人にメールと友人宅に電話して20時過ぎに到着の
予定と伝える。

19時過ぎに大津を出発。京都からはさらに交通量が増えて、しかも
時速100km近いペースで飛ばすので怖い。なるべく流れに乗れない
時速80kmくらいの車を見つけてその後ろに入るのだが、京都からは
そんな車もなかった。豊中を過ぎると風がものすごく強くて、できれば
時速70kmくらいまで落とさないと車重の重いFZ400でも左右に車体が
振られてしまう。西宮インターチェンジで6550円を支払って一般道に
下りると、ようやくホッとした。

国道43号線で友人の家を目指すのだが、出身地なのに震災前とは
目標物がかなり変わってしまっているので分からない。しかも自分で
運転して関西を走るのは初めてなのでなおさら。一方通行も多くて
道に迷ったものの、20時10分過ぎになんとか到着。マンションの
狭い駐輪場に、400ccとしても大型のFZを押し込むと疲れがどっと
押し寄せてきた。
| SHO | 携帯から | 06:23 | comments(0) | - |
明日から関西に行きます
天気予報では、今日は1日中雨。明日も1日中雨の予報。この天気では
夜間と朝方は鳥居峠が凍るに決まっているので、仕事明けに一眠り
して昼前から関西に向かうことにする。関西に行く最大の関門が草津から
上田に抜ける鳥居峠。標高1400mまで上がる上に(これでも周辺の峠では
最も低い)ここの下りが急勾配なので全線で最も危ない。

次の難関が標高1100mの三才山トンネル。松本まで行けば標高1000mを
超えることはないので、あとは夜間走っても大丈夫。どんなに遅くても
午後3時までに松本から高速に乗らないとスケジュールが大きく狂う。
松本から私の出身地、兵庫県西宮市までは高速で400km弱。たぶん
6時間から7時間あれば走破できるはず。東京から岐阜あたりまで高速で
走るのと同じことなのか。まぁ、そんなものだろう。

片道500kmのツーリングは生まれて初めて。松本で高速に乗る前と、
養老SAで燃料補給の予定。燃料タンクが18Lあるので、燃料警告灯が
点く15Lまでに300kmは走れる計算。現在は前回の燃料補給からほぼ
150km走っているので、100km強の松本までは燃料がもつ計算になる。

明日さえ我慢すれば明後日からは晴れの予報。初めてバイクで行く
吉野・天河だが、とても楽しみだ。大阪に住む祖母と会うのはおそらく
今回が人生で最後になる。老衰なのだから幸せというべきか。次に
祖母と会うとしたら、おそらく訃報を聞いた時だろう。

不安なのは初めてだから。片道500kmなんて経験したことがないから。
今晩は眠れないのかなぁ(仕事だから当然眠れません)。道路凍結が
心配だけど、草津で明日の昼前にもし雪なら、あきらめて高速バスで
名古屋に向かい、新幹線で行くしかない。
| SHO | 携帯から | 15:02 | comments(0) | - |
「海」と「人」に関わる仕事を
草津は今日で草津志賀道路が冬季閉鎖。どんよりした暗い空だけど、
私はこの季節が大好き。バイク乗りにとっては辛い季節だけど、
山頂付近のスキーコースが白く積もっているのを見ると胸がときめく。

来週、再来週と上田のハローワークに行くことにした。いよいよ社会人の
来春採用枠のエントリーが始まったからで、今月末までには仕上げなければ。

「海」と「人」に関わる仕事がしたい。
「北海道開拓使の会」という北海道移住希望者支援のNPOがあるのだが、
そこの入会申込書と付属のアンケートを書いていて、電撃のようにペンが
勝手に走ってそう書いていた。そうなのだ。私の職業歴を語る時に外せない
ふたつのキーワードは「海」と「人」なのだ。

船乗りとして社会人のキャリアをスタートさせて、その後海運の勉強をする
ために大学の土木工学科に進学した私。そして私は自分が海運ビジネスに
興味があるものだとてっきり思っていたのだけど、それは間違いだった。
私は「海運ビジネス」に興味があるのではなく、海を通して人と関わることに
興味があったのだ。だから大学で手痛い「神様のトンカチ」を浴びることに
なったのだ。

でも「海」は私のアイデンティティを語る上で絶対に外せない項目で、船乗り
だったことにも、船乗りとしての私の出身校にも私は非常に誇りを持っている。
このブログの名前「藍青」は、練習帆船日本丸(二代目)の船首像の名に
由来している。現在就航中の日本丸は私の船乗り人生の原点になる船で、
私は10年前に練習帆船日本丸で商船高専の航海科の実習生として半年間
乗り組んでいたことを一生の誇りとしている。

大学に入る前から、大学を休学して職業訓練校も退学して草津に移るまで、
私は社会人入試や大学編入、大学院入試などを専門にする予備校で5年半
ほど受付事務のアルバイトをしていた。今の仕事も旅館の夜間フロントだから
フロント業務は合計で6年半のキャリアがある。私はお客さんと直接接して
話をするのが好きだし、人と接する仕事が基本的にストレスにはならない
性質である。だから今後も人と接する仕事がしたいのだ。

「北海道」で「海」と「人」かぁ。苫小牧、室蘭、小樽、函館、釧路くらいしか
場所が浮かばないのだけど、マイナーな求人をこつこつ探すしかないのか。
もっと広い意味で「海」と「人」に関われる仕事ができればそれでいいんだ。
| SHO | 携帯から | 17:43 | comments(3) | - |
今までの生き方を手放す、ということ
先日のレイキの練習会でやってもらったチャクラヒーリングはとても
効果的だったのだけど、おなかの辺りの違和感はあったりなかったり。
今はない状態なのだけど、違和感がない状態の今、私は何を感じて
いるのだろう?そして本当は何を望んでいるのだろう。

今、感じているのは「幸せ感」かな。仕事しながらとても充実しているし、
満たされた感覚がある。幸せな時は違和感はない、のだろうか?
本当は何を望んでいるのだろう?究極的には、私は「幸せになりたい」
のだ。ただし、それは今も幸せだけど、今よりももっと幸せになりたい、
ということなのだ。

「早く結婚したい、パートナーが欲しい」と言っている時の私の感情を
再現してみると、自分はとても「悲しい」のだな、と分かる。その悲しさは
いったいどこから来ているのだろう。「自分が他の人の役に立っている、
という実感がない」ってことかな。

湯治していた頃にいつも悲しかったのも「自分が風呂に入っている
ばかりで働くこともできなくて、自分が世の中の何の役にも立って
いない気がする」ってことだった。今思い出しても、それは錐を揉み
込まれるような痛みだった。「自分が誰の役にも立ってない気がする」
時に他の人から「お前なんか」みたいなことを言われると「人様の役に
立ってないのなら、自殺した方がいいのかなぁ」と思うようになって
しまう。

冷静に考えると「あたしって、生きてるだけで価値がある」なんて言って
いる人の方がよほど自分を大切に考えていない気がするのだけど、
ホントに悩んでいる時は、その悩みが自分に対して真剣に向き合って
いる証拠なのだと分からないものだ。

自分ひとりで生きていくことは気軽だけど、「悲しい」という感情が
だんだん大きくなってきた。

先日、実家に帰った時に仕事の愚痴を両親にこぼしていたら、父が
アドバイスをしてきた。別にアドバイスして欲しいわけじゃなかったので
そのまま聞き流したのだけど、聞き流しながら悲しかった。「あぁ、
この人は自分の言いたいことを言っていて、僕の話を聞いてくれない」
って思って。サービス業という仕事柄、どう考えても理不尽なことを
お客様に言われてやりきれないこともあるわけで、それをただ黙って
聞いてくれればそれで良かったのに。

父の仕事に間接的に関連することだったので、専門家として思わず
アドバイスを自動的にしてしまったのだろう。父も父で今の仕事に
一生懸命打ち込んでいるのは分かっているので反論もせずに聞き
流したのだけど、いちいちアドバイスされると「それでうまくいくのなら、
とっくにそうしているんだけどなぁ」って思って悲しかった。だ・か・ら、
理不尽な客というのは常識が通用しないの。だからやりきれないの。
黙って話を聞いて欲しかっただけなのに。

「嬉しい時も悲しい時も、ただ一緒にいて。ただ黙って話を聞いて。」
おそらく私が相手に求めているのも、相手が私に求めているのも
そういうことなんだろう。ただ、黙って「そうなんだ」って相槌を打って
くれればそれで十分なの。別にアドバイスなんてくれなくていいから、
ただ一緒にいて黙って話を聞いて相槌を打ってくれれば、それで
いいの。自分で何とかするしかないのは、分かりすぎるくらい分かって
いるのだから。

嬉しい時も悲しい時も、ただ一緒にいてくれる人が欲しい。別に四六時中
べったりしている必要はないし、そんなのは別に望んでいないのだけど、
悲しくてやりきれない時に(そういう時ってないですか?)ただ一緒にいて
くれるだけで心は満たされるのに。そして、それは(広い意味で)独身では
どうしてもできないことなのだ。

今まで、強くなろう、ひとりで生きよう、と強く思って生きてきたのだけど、
もう今までの生き方を手放す時期が来ている。拠り所がなくなる気がして
すごく怖いのだけど、でも手放さなければ。次のステージに進むために。
「今までと同じままの自分で、違う現実は創ることが出来ない」のだ。

生き方にこだわるよりも、自分の「悲しい」という感覚にちゃんと目を向けること。
今までと違う現実が欲しいのなら、これまで31年間築き上げてきた自分の
生き方を完全に手放すこと。もう、そうすべき時期が来ているのだ。
| SHO | 携帯から | 02:53 | comments(0) | - |
ハンドルネーム、近々変えます
ついさっき、記事を投稿したのと同じ送受信でメールが来て、「そろそろ
ハンドルネームを変えては?」と言われた。「もうひとりじゃないから」って。

たしかに、そろそろハンドルネームを変える時期に来ているのかも。「名は
体を表す」って昔から言うもんね。いつまでも「一人」では名前が独身を
物語っているようで、今の状態とは離れつつあるものね。

「一人」の名は短歌同人誌「かばん」入会時の1999年初頭から8年近く
使ってきた名前だけど、今考えているのはアルファベットを変えずに
漢字だけ変えるということ。なぜなら、すでに私の名前は短歌関係者には
知れ渡っているからで、瀬戸内晴美が瀬戸内寂聴になったほどの違いは
なくてもやっぱり「一人さん」で知れ渡っているものが数年ぶりに会ったら
名前が変わってました、では、う〜ん、先輩歌人の雅号変更は経験して
いるけれどあんまり違和感がないのか。変わった名前によるなぁ、それは。
でも私が思っているほどの違和感はどうやらなさそうだ。

ともあれ名字は変わりません。本名も私は西村さんなので、うちの玄関の
ポストに短歌関係者からの手紙が届かなくなったら困ります。でも、
名前はそろそろ変える時期っぽいので、何か考えることにします。
| SHO | 携帯から | 02:53 | comments(0) | - |
ステージを変える、パートナーを組む
学びのことを考えていた。

独身での学びはどうやらほとんど終わったらしい、ということはこのあいだの
チャクラヒーリングで確信になったのだけど、「ほとんど」なのはまだ終わって
いないから。最後に、いろんな意味で自分の生きるステージを変える、という
重要な作業がまだ残っていて、そのことを考えるとなんだか尻ごみするような
怖さがある。

これから住む場所も変えよう、仕事も変えよう、そして人生を一緒に送るための
家族関係も今までとは違う価値観のもとで生きていこう、すべてを新しく今の
自分の学びに合った形に変えていこう、と宣言しつつ、恐怖におののく自分が
いる。行動したら今までとはまったく価値観の違う世界に飛び込むことが
分かっているからものすごく怖い。全てがほとんど同じタイミングで変わる。
いや、自分の生きるステージを変化させていくことを選択するのだ。

もう、次のステージに行きなさい、と全てのものが告げている。そのために、
おそらく祖母から私への今生で最後の置き土産なのだろう。来週の関西
ツーリングは。生きている祖母と会うのはおそらく今生で最後になる、という
確信がなければ、おそらく吉野、天河へ今のタイミングで行くことはなかったろう。
そして、今回のツーリングは生まれ育った関西に行く最後の機会になるだろう。

次のステージに踏み出すための一歩を、始めることにしたのだ。自分のために
生きる、ということがつまらなく感じるようになったのなら(いや、ずっと前から
その感覚はあったんだけど…)まず自分の今できる範囲で誰か他の人の
ために、そして世界全体のために生きること。そして私に今できる行動って
一体なんだろう。行動することが生きることなら、今の私にできる行動って
いったいなんだろう。

私がこれまで執着してきたことのひとつに、仕事でも家庭生活でも「ひとりで
生きる」ってことがあった。それをもう手放す。仕事もひとりでする仕事じゃ
なくて誰かとチームを組む仕事にしたいし、今度は家庭生活も誰かとチームを
組むことを選ぶ。選ぶ、と宣言しつつものすごく怖い自分がいて、本当に
尻ごみしつつ自分で自分の背中を押している。大丈夫だ、と。今の私の
仕事上のパートナーとうまく行っている、そのエッセンスはなんなのだろう。
相手の存在を受け入れること、に集約される気がする。今の職場でうまく
行っているのは、いつも相手の存在に感謝するよう心掛けていることと
無関係ではないだろう。

誰かとパートナーになることを選びたい、というのは、これまでの自分の
価値観というより執着してきたもの、しがみついてきたものを手放したい、
ということであって、今までの自分のステージとは違うもののひとつに
人生でパートナーを組んでやっていく、ということがきっとあるのだ。

「チームを組む」「パートナーを組む」という言い方が最近多い。つまり、
それは今の私が「どういう人生を送りたいか」に対して基本的に持って
いる価値観であって、私が求めているパートナーシップとは対等な関係
なのだ。まぁ、実は今の仕事上のパートナーとは私の方が上司になるの
だけど、そんなことを意識するのは、う〜ん、いつも意識しているけれど、
それは対外的に外に出なければならない時にどちらが責任者として
外に出なきゃいけないか、ってことなのだ。

船乗り時代も基本的にそうだったけど、階級の違いは対外的な責任の
所在を明らかにするためのものであって、人と人とのパートナーシップ
という点では上司も部下も関係ない。必要な場面では協力するけれど、
逆に言えば責任の所在が明らかにならないパートナーではパートナーの
意味がないんじゃない?と思う。

今の職場のパートナーとうまく行っているのは、お互いに得意分野と
不得意分野を補完しあいながらも、決してお互いにお互いを頼っている
わけではないから。私はいざとなればいつでも一人で仕事をする覚悟で
一緒にいても仕事をしているし、それは相方も同じだろう。片方がもし
ミスをした結果としてミスが対外的に波及したら、対外的には私が
責められるわけだけど実のところ相手のミスでも私が相手に指摘は
しても責めることはしない。パートナーの私がダブルチェックを怠った
責任があるからで、パートナーとはそういうものだ。「パートナー」を
「上司」と読み換えても私にとっては同じこと。

「誰かとパートナーを組んだらどうなる?」と想像してみると、今よりも
ずっと豊かな人生になるような気がする。寂しくない、というだけじゃ
なくて、もっと豊かなプラスアルファがありそう。誰かとパートナーを
組むことは、きっと楽しい。
| SHO | 携帯から | 02:11 | comments(0) | - |
アウトプットの絶対量
私は無口の時とおしゃべりの時があるけれど、オフラインで私を知るほとんどの
人は私について「四六時中よくしゃべる人」「話が長い人」という印象をお持ち
ではないかと思う。しゃべっても長いしメールも長い。職場でも「もっと簡潔に」
ってのはよく言われてて、論点を整理しないで話しだすと際限なく話が長くなる。
ブログもよく「携帯電話から、よくそんな長いメールが打てるね」と言われるけれど
正真正銘、携帯電話から私のブログは書かれている。

なぜ私がよくしゃべるかと言うと、アウトプットすることで考えを整理したり
まとめたりするために、とにかく際限なくアウトプットすることが生きるために
私には必要だから。これも私の大きな特質で、独身である今の状態が不自然で
限界に来ているというのは、とにかく毎日よくしゃべってアウトプットしていないと
私は窒息してしまうからなのだ。だんだんアウトプットが質量ともに増えている
ので、メールだのブログだので思いをアウトプットできる質や量の限界に達し
つつあるのだ。だから毎日オフラインで話をしてくれる存在が必要なのだ。

愛情表現の絶対量が、メールやブログで処理できる限界の量を超えつつある
と言っていいと思う。これだけ毎日ブログを更新したりしていても、だんだん
自分の愛情表現の量がブログでできる愛情表現の絶対量というかブログの
限界を凌駕しつつあることは感じていて、つまりアウトプットしてもアウトプット
してもまだまだ足りなくて、慢性的な愛情表現窒息状態にあるのだ、今は。

今気づいたことだけど、つまり、転職するにしても私は口頭でアウトプットが
できる仕事、何らかの形で伝えたいものをアウトプットできる仕事が向いて
いるってことなのだ。なぜならアウトプットすることが私の人生でものすごく
必要だからで、それは仕事とプライベートを分けない。絶対量が多いから、
プライベートだけでも仕事だけでもアウトプットし切れないだろう、人生の
全ての時間をかけてアウトプットすることが私には必要だってことなのだ。
| SHO | 携帯から | 18:05 | comments(0) | - |
レイキ練習会
昨日は矢尾こと葉さんのところでレイキの練習会。チャクラヒーリングをして
もらったのだけど、重要な気づきがいくつかあった。最大のものは「独身で
いることは、もう限界に来ている」ってこと。ひとりでいること、つまり感情や
思っていることのアウトプットが直接できない状態は今の私にとって不自然で、
誰かと一緒に人生の計画に当たりたい、チームを組んで目標を共有しながら
人生を過ごしたいってことなのだ。「愛を表現する対象がないことが不自然」
ってことなのだそうだ。私は、もっといろいろな形でたくさん愛情を表現したい
んだとか。「独身で学ぶことは、もう学び終わったってことかもしれない」とも。
次のステージに進むためにはパートナーが必要、ってことなのだ。

ずっとおなかのあたりにガーゼでくるまれたモノがあるような違和感があった
のだけど、違和感は何だろう?ってフォーカスしてみると「二人で人生を
過ごしたい」ってことだった。「ひとりはイヤ」なんじゃなくて「ふたりで人生を
過ごしたい」。客観的には同じことだけど意味が違う。「どんな風に人生を
過ごしたいですか?」って訊ねられた時にスッとビジョンが浮かんできたのは、
「白い内装の洋室の居間で、外が明るい日曜日の昼に、木のテーブルと
椅子に座って紅茶を飲みながらおしゃべりしている」ってビジョン。相手の
人は色白で髪が長かった。

こういうイメージを広げて、「バイクに乗るなら相手もバイク乗りだろうか?
それともタンデムだろうか?」「スキーをするなら相手はスキーだろうか?
スノーボードだろうか?」「買い物に行くなら本屋?」「食事に行くならどんな
お店に行って何を食べたい?」と次々にイメージをストックしておくのだそうだ。
こういうイメージの似合う人、そして相手にもイメージを聞いてみて、いくつか
イメージの接点のある人と出会うとピンと来る、のだそうだ。矢尾こと葉さんの
旦那さんのホトケさんは、独身時代にこのイメージをストックしていて、
こと葉さんと出会った時に二晩徹夜して話をして、「この人だ」とピンときたん
だそうだ。

そういえばウルヴォイ彩佳さんも今のご主人と出会う前から「こういう人が
いい」ってイメージをはっきり持っていて、そのイメージ通りの人と結婚して
いる。ビジョンは人を引き寄せる、だけではなくて、現実にその人が目の前に
現れた時にピンと来る、というのも大事な要素。ピンと来なければ、いくら
その人と出会っても目の前をそのまま通過してしまうだけだから。

それと、家族に関しては草津にいる間になるべく帰省した方が良さそうだ。
北海道へ行ったら本州には帰らないつもりでいるからで、とにかく向こうで
頑張るつもりなので、北海道に行ったらあまり頻繁には帰れないと思うから。

練習会で指摘されたことだけど、私は「考えるのが趣味」のところがあって、
ものすごく頭にエネルギーが集中する傾向があるんだとか。だから頭で
理屈を考えてばっかりで、せっかくファーストインプレッションが来ているのに
直感に従わないで考えているうちにタイミングを逃す、ということがあるらしい。
たしかにそのパターンで逃した恋愛が過去に何度もあった。それと、いったん
集中しだすとそっちの方向ばっかり見えていて他が全然見えない。たしかに
そうで、本当にひとりの人を好きになると他の女性に関心がなくなる。

どちらかと言うと、いったん集中すると他の全てのものが視野に入らなくなる、
という私の特質はネガティブな意味で言われることが多かったのだけど、
これは是正すべきというよりも、もっと伸ばしていい特質のような気がする。
なぜなら、これが私の特質だから。もちろんそれが迷惑な方向に進む時は
問題なのだけど、いったんポジティブな方向に振れるとこれはなかなかない
特質なんじゃないかと思うけどなぁ。無意識のうちに「集中して物事に
当たってはいけない」という妨害する気持ちが働いていることに気づいた。

レイキの練習会が終わってから、新宿に行った。お金を下ろしに行ったら
すぐそばにHMVがあったので、何の気なしに店内をぶらついていたらZARDの
新しいベスト盤があった。都内の大型店だと初回盤は売り切れているのだけど、
「欲しい!」と思いながらさんざん迷っていた、3種類の初回特典DVDのうち
「揺れる想い」のCM画像のDVDが入った「AQUA」盤が1枚だけ残っていた。
ええい、もう買ってしまおう、買うぞ!ということでレジへ直行。これでいいのだ。
今、聞きながら書いているけれど大満足しているし。やっぱり「揺れる想い」は
最高で、ZARDの曲の中で一番好き。

その後で自転車屋に行って、スキーのチューンアップについての打ち合わせ。
きれいに乗れているので、まだチューンの必要なしとのこと。ただし足慣らしが
終わった段階でチューンした方がいいとも言われた。今年は昨シーズンとは
逆の板で、PROSKIと書かれた方を右足で履くように。今年の冬で2級検定を
目指した方がうまくなる、今年一年フルシーズン履いたら、来年は違う板に、
もっとハードな板に乗り換えた方がいいとも。板のレベルと私のレベルが今は
ちょうど合っていて、来年はもっと性質の違う板に乗れば、いろんな板に乗る
ことでどんな板でも乗れるようになるからだとか。

2シーズン(しかも最初のシーズンは2月から)しか乗っていないことを考えれば
しっかり乗れているらしい。最初のシーズンにしっかりとスクールで基礎を
固めたのが良かったらしい。基礎ができているからどんな斜面でも対応が
できる、ということなのだ。

それから東京・丸の内の丸ビル前で矢尾こと葉夫妻とウルヴォイ彩佳ご夫妻と
待ち合わせ。スーツをおしゃれにビシッと決めたきれいな紳士淑女がたくさん
いて、トレーニング帆船の甲板からそのまま抜け出してきたようなジーパンに
カティ・サーク帆船レースのポロシャツを着てスキーバックをかついだ私は
すごく場違いなところに来た気がして居心地が悪い。こんなところへ来るん
だったら、もっとちゃんとした格好をしてくるんだった。って大した服は
持っていないけど。

ウルヴォイ氏とはお互いに専門が同じなので、船と海とバイクの話題で
盛り上がった。英語で4時間マシンガントークをしていたら、しまいには
日本語で話し掛けられてもとっさに英語が出てきて困った。意味は
分かるのだけどとっさに英語しか出てこなくなるのだ。もっと進むと
日本語をとっさに聞いてもどこか未開の言語のように分からなくなる
のだが、昨日はそこまではならなかった。

「脳が英語で考えるように切り替わっているでしょう」と言われたけれど、
正確には英語の単語を聞きながら脳内で意味を切り貼りしてイメージで
意味をとらえるので、完全な英語脳ではない。分からない単語は一度
日本語に変換してから再度英語に変換することが必要になるし。

ともあれ、ほとんど通訳なしに4時間しゃべり倒したので、矢尾こと葉
ご夫妻とウルヴォイ彩佳さんには「西村さんがこんなに英語が話せるとは
思わなかった」と驚かれた。ウルヴォイ氏にも「北海道でカヌーやスキーの
インストラクターをしたら?ガイジン相手でも君の英語なら通用するよ」
と言われて嬉しかった。ただし私の英語力はTOEIC470点。現場で覚えた
英語なので、文法を全然知らないのと語彙が少ないのが大きな弱点。
典型的な「話せるけど書けない」英語なのだ。それとネイティブが相手だと
私のエイジアン・イングリッシュは聞くのも話すのも苦労する。今回は
ウルヴォイ氏がノルウェー人で、ネイティブではないことも有利だった。

とても痛快な4時間を過ごして零時前に帰宅。風呂に入ってさっさと寝た。
| SHO | 携帯から | 13:37 | comments(0) | - |
「努力」について
昨日の記事の続き。

「自分の人生を投影する対象がない」ってことに私は苛立っているのだ。
自分の人生が、血縁のない誰かに何の重大な影響も及ぼさない、という
状態に(広い意味で、独身とはそういうこと)耐えられなくなった、ってこと
なのだろう。親友という関係とは異質の意味で、重大な影響を互いに
及ぼしあう他人がいない、という事実が本当につまんなくて仕方ないのだ。

だって、生きているって互いに影響を及ぼしあってナンボのものでしょう?
そういう考え方自体が今までの私とは異質の考えで、なぜそういう風に
考えが変わったのかは詳しく分析中、というか絡まったままなのでブログを
書きながら分析していくことになるのだけど、ひとつ言えるのは「人は本質的に
孤独だし、ひとりなら誰に束縛されることなく生きられるから、ひとりで生きる」
っていう今までの価値観が根元からひっくり返されそうとしているってこと。

気持ちの中に入ったヒビが裂けて、感情がヒビからものすごい勢いで噴き
出してきて、「自分はひとりでは生きられない」と認識したのだ。その認識を
抑え込むのにものすごく労力を使ってきた自分と、もはやどんな手段を持って
しても抑え込むことが完全にできなくなった自分自身に気づいたのだ。
気持ちをこれ以上抑え込もうとすることに、敗北したのを認めたのだ、私は。

認めてラクになったけどね、実は。
あぁ、これでもう「努力」しなくてもいいんだと分かったから。

例えば今の私の状態で、だから努力して相手を探すぞ!って状態になったら
方向性が違うな、と思う。それだと今まで通りなんじゃないかな。むしろ、
努力しなくても付き合っていける関係、一緒にいてあんまり努力しなくて
いい関係、一緒にいてラクだと思う関係に「気づく」ことの方が近道なんじゃ
ないかという気がする。その方が、好きかどうかよりもよっぽど大事なんじゃ
ないだろうか。

私の最大の親友が来年結婚するのだけど、彼と結婚することになった人
とのもともとの関係を思い出すと、彼はあるタイミングで「気づいた」のだと
思う。もちろん縁とタイミングがあっての話なのだろうけど、気づいた
タイミングでちょうど目の前に現れたのだろう。順序が逆かもしれないけど。
とにかく、なぜその人なのか、という理由を以前メールで聞いたことが
あって、今気づいたことと当時の彼のメールの内容がとてもリンクして
なるほどなァ、と深く納得したのだ。

今日はこれから朝まで仕事したら休みで、朝から東京までレイキの
練習会に行ってくる。そのあとで、アートセラピストのウルヴォイ彩佳さんと
その旦那さんを紹介してもらうことになっている。ノルウェー人の旦那さんが
海と関わりのある方で、エッセイストの矢尾こと葉さんと前回お会いした時に
「にしむらさんにぜひ紹介したいですねぇ」って話になったのだ。そういえば
日本人の私の年齢で本当に船乗りだった人なんて稀も稀、ほとんどいない
のだから、向こうにとっても楽しみだろうし、私もとても楽しみだ。

と思ったらどうも夜から体調がおかしい。どうも無意識がお会いすることを
恐れているんじゃないかという気がする。私の人生にとって、ものすごく重大な
変化が間近に迫っているということなのだろう。だから無意識が東京に今日
行くのを怖がっている、どうもそんな気がする。
| SHO | 携帯から | 03:27 | comments(0) | - |
雪!雪!
昨日の夜半から降り出した雪が朝には屋根に積もった。今シーズンの
初積雪だ。来週じゃなくて良かった〜。月曜日の朝からバイクで関西に
出かけられなくなるところだった。

もうすぐバイクに乗れない季節がやってくるのは残念だけど、雪が降ると胸が
高鳴る。いよいよ待ちに待ったスキーの季節だー!広瀬香美や槙原敬之が
本格的に(私は年中聞いてるけど)ヘビーローテーションになる季節になって
きた。今、聞いているのは槙原敬之の「冬がはじまるよ」で、その前に聞いて
いたのは広瀬香美のアルバム「Love Winters」。やっぱり冬が来たらこれ
でしょう!と思いつつ、歳の離れた友達にメールを書いていたら「もしかして、
僕ってもう世代が古いのかな?」と思った。僕の青春時代は1990年代だから
な〜。今の現役世代とは10年の違いがある。

ある友達にメールを書いていて、気持ちの裂け目から思いもよらない(って
ことはないけど)本音が飛び出して驚いた。それは、「ひとりで人生を送る
ことが、もうしんどい」ってこと。平たく言えば「早く結婚したい!」ってことなの
だけど、まるで心の中に入ったヒビが裂けたみたいに言葉が強い調子で
飛び出してきて、自分で自分に驚いた。

「いろんな意味での条件を下げてでも、とにかく早く結婚したい!」なんて
言う日が自分に来るとは思わなかった。20代の頃に持っていた理想を曲げて
でも、というのが30代になった証拠なのだろう。すごくよく聞く30代の結婚の
現実の心境に、だんだん自分も近づいているみたい。これを「妥協」という
のかと言えば、YesでもありNoでもある。

日経のWoman欄に連載されていた「Smart晩婚講座」というコラムに、30代の
結婚の現実として「20代に今の結婚相手と出会っていたら、結婚していま
したか?」という問いの答えの大半が「No」だったのを思い出すけど、現実に
30代になった今、たしかにそうかもしれない、と思うのだ。こう書くとネガティブな
意味に取られるかもしれないけれど、むしろ前向きな意味で、「20代の頃に
結婚に対して持っていたこだわりは、もう捨てる!」ってこと。平凡かも
しれないけれど、幸せになれる方向に舵を切る!ってことなのだ。

北海道移住計画が今ひとつ進まないのをこれのせいにしてはいけないの
だけど、自分ひとりで生きているのがもうしんどくて、本当にイヤなのだ。
自分ひとりで自分の人生の計画を立てて、実行して…というのが、こんなに
つまらなく思う日が来るなんて思わなかったんだけどなー。私をよく知る人は
分かることだけど、この心境の変化は私の中では大事件で、何が変わったの?
って自分で自分に対して思う。自分ひとりで生きていることのつまらなさに
耐えられなくなったのだ。って心の表面に浮かんでくる動機の、奥に隠れた真の
理由はいったいなんだろう?何がそんなに突き動かそうとしているんだろう?

この1〜2年の間に、親友が次々に結婚したり来年結婚を控えたりしている
からだろうか?やっぱり、それはありそうな気がするなぁ。それもあるけれど、
やっぱり一番大きいのは「ひとりで人生を送るのが、とにかくつまらなくなった」
ってこと。たしかに独身は気楽にお金を使えるし自由なんだけど、何かを
達成しても誰か一緒に喜んでくれるわけじゃない。そして何か悲しいことが
あっても誰かが一緒に悲しんでくれるわけじゃない。私はそれがもうイヤなのだ。

例えば私が転職先をうまく探して北海道移住を決めたとして、誰がそれを
一緒に喜んでくれる?それは家族じゃない。だって家族は私が関東から遠く
離れることを本当は嫌がっているから。私が北海道へ行くのに賛成したのは
現実に東京に戻って暮らせる体にはもう戻らないだろうし、私が東京の混雑も
気候も嫌いで仕方ないのを知っているから。じゃあ友達が喜んでくれる?
そりゃあ喜んではくれるだろうけど、私が北海道に行くことで自分の人生に
重大な影響が及ぶわけじゃない。あくまでも「私が自分の進む道を進んでいる
から嬉しい」のであって、真剣味がそりゃあ違うだろう。彼らは彼らで自分の
パートナーと自分の人生を歩んでいるのだから。たとえ親友同士でも、相手に
人生のパートナーがいれば、それは真剣味が違うことは最近はっきりと感じる。

「自分ひとりのために生きるのが、もうイヤ」ってことなのだろう。自分ひとりの
ためじゃなくて、誰かのために生きたい。そうすればもっと人生に張り合いが
出そうな気がする。人生の喜びも悲しみも共有してくれる人、人生を一緒に
喜んで一緒に悲しんでくれる人、というのが今、結婚に望む唯一の条件。
おそらくそれが結婚の「本質」なのだし、私もそのことに気づいたのだ。

もうひとつ条件を挙げるなら、無条件で私の味方になってくれる人。別に今の
職場に敵がいるわけではないのだけど、無条件で本音を打ち明けられる人が
いないのも事実。仕事を通して思ったいろんなことを私は誰かに話したいのだ。
話すことで頭の整理も気持ちの整理もしたいのだ。それはおそらく相手にも
同じこと。

職場で誰彼かまわずに本音を言っていたらお互いに身が持たない。そんな
生活を繰り返しているうちに、なんだか窒息しそうな気がしている自分に
気づいたのだ。物理的なことはともかく、私は精神的に窒息しているのだ。
私は「北海道に住みたい」という今一番の重要課題ですら、職場でそれを話す
わけにはいかないのだから。仕事から帰ったらひとりだから、余計にそのことを
口にすることはない。そんな状況で生きているうちに、だんだんひとりで生きて
いることがイヤになってきたのだ。口に出して夢を語れないんじゃ生きていても
張り合いがないから。

こうして書いているうちに、自分が結婚に何を求めているのかはっきりしてきた。

1、人生を一緒に喜んで一緒に悲しんでくれる人
2、無条件で味方になってくれる人
3、口に出して夢を語れる人

こうして見ると当たり前のことばっかり書いている。でも、その「当たり前」に
気づくのに私は31年かかった。それ以外の学歴だの収入だのルックスだの
年齢差だのという条件は、あくまでも「つけたし」だと思う。なるほどなぁ、
だから私はひとりでいることがつまらなくて、早く結婚したいと思うように
なったのだ。
| SHO | 携帯から | 17:52 | comments(0) | - |
直感にまかせる
このブログの常連さん、ライラさんのブログにこんなことが書いてあった。


そういう折り合いのつかないことに関しての「選択」というのは、ある意味本当に
極限状態にこそなされるのかもしれない。
一人の人間と、もう一人の人間のいい分が衝突しているところで、相手を批判
していられるのは実は余裕があるわけで、実際にそこで行動しなくてはならない
時には大事なのは自分の主張を貫くことではなくて、この事態を収拾するため
にはもうコレしかない!という究極の選択になるような気がする。つまりは、
折れる、ということ。


なるほどなぁ、と思いながら読んだのだけど、読んで思い当たったのはバイクを
買った時の話。先代の愛車、カワサキKLE250アネーロが不慮の事故で廃車に
なって、次に何を買う?とにかく今月中に買わないと冬を越すことになってしまう!
という事態になったのだ。延々と悩んだ経過は10月の過去ログに実況中継して
いるので読んでもらうとして、要求条件を一定以上満たしたバイクを、とにかく
何がなんでも今月中に買わなきゃいけない、という事態になったのだ。

これって究極の選択だよね、とホンダ・トランザルプ400とホンダVFR400Rと、
そしてどうしても買いたかったホンダ・ゼルビスの亡霊との間で悩んだ揚げ句、
どれも条件に合うのがなくて結局買ったバイクは上記3車種を足して3で割った
ような性能のバイク、ヤマハFZ400だったのだ(あれ?メーカーが違う)。

自分の主張を曲げなければ、たぶんVFRを買ったはず。トランザルプも長期的な
見方ではいいバイクだと思うけれど、今だから言うとずんぐりしたスタイルで、
あんまりカッコ良くなくて、しかもVRじゃなくVNではなー。本当のところ、FZを買う
お金があればVFRは買えたのだけど、あの事態を収拾するにはFZがやっぱり
一番いい選択だったように思う。ピンと来る選択だったのだ。一口に言えば。

「このバイクに乗るだろうな」と何となく思った希少車種が、どういうわけか目の前に
たまたまあったのだから、これほどの偶然もないだろう。でも結果的にはレーサー
レプリカ的要素も多分にあり、排気音はアネーロとは比べモノにならないほど良く、
しかもツアラーとしての能力も優秀なバイクを選んだのだから、選択結果には
十分に満足している。フロントマスクが映画「スターウォーズ」のダースベイダーに
似ているのもご愛敬。密かに私は自分のバイクを「ダースベイダー」と呼んでいる。

バイクを買うのもそうだけど、大きな決断をする時は最後の最後は自分の
直感を信じるのが一番いい。それもファーストインプレッションを。セカンド
インプレッション以後はどうしてもエゴが絡むから。本当に縁があれば、どんな
偶然が重なってでも出会うものなのだ、と今は思う。最善の努力を尽くした後の
選択は、直感にまかせるのが一番正しいやり方なのだろう。
| SHO | 携帯から | 02:14 | comments(0) | - |
いじめ自殺について
最近、いじめ自殺がホットな話題になっている。

自殺予告の手紙が文部科学省に届いて大騒ぎになっているけれど、
私自身の経験で言えば、そうそう自殺はできるものじゃない。ただし
危険な状態にいったん陥ると、ほんのささいな心の揺れで自殺に
至るから厳重な警戒が必要だ。

識者から新聞などに「自殺に走らないで」という寄稿が寄せられていたり
するが、それらを読んで自殺を思いとどまる人などいるのだろうか。
私の心には、少なくとも響く文章はひとつもなかった。なぜなら「死なないで」
という結論ありきの寄稿ばかりだから。「自殺したい」という声を十分に
存分に聞くことなしに、そして「自殺したいんだ」という声に耳を傾けない
人が「自殺しないで」と語りかけたところで、なんの効果があるだろう。
識者がどう考えようと自殺したい人は自殺したい環境に置かれているのだ。
そのことにまず耳を傾けないで、どんな言葉が次に生まれてくるだろう。

私も大学時代に、本当に自殺の寸前まで行ったことがある。その経験から
思うことだけど、極限まで追い詰められた状態にある人というのは、
そうそう自分と異なる意見を受け入れられる状態にはない。そんな状態
なら自殺に追い込まれなどはしない。だからこそ、徹底的に「自殺したい」
という気持ちを聞くことがまず大事じゃないのか。

「自殺しないで」という寄稿によく見られるのが「かつては私もそうだった」
って文章。でも、自殺を考えている本人にとっては、過去がどうだった人の
ことなどどうでもいい。「あなたは今はそうじゃないんでしょ。だったら口を
挟まないでよ」って私なら思う。どれほど苦しかった過去のことを語った
ところで、識者の視点が識者自身の過去の傷に向いている以上は
自己満足に過ぎない。大事なのは識者の過去の傷をさらすことじゃない。
自殺しようとしている人が、その生の最後の力を振り絞って伝えようと
していることに耳を傾けることが、まずは第一なんじゃないだろうか。

いじめの加害者は殺人と同等の罪を犯しており、同等の処分を受ける
べきだ、というのが私自身の意見。自ら手を下さないだけで、いじめの
被害者の尊厳を踏みにじった上で一生残る心の傷をつけている。
どうしてそれが殺人に該当しないのだろう。そういう認識でいじめの
問題に当たっている教育関係者がどれほどいるのだろう。

いじめの加害者の問題は、それを取り巻く大人たちの認識が子供に
反映されていると考えるべきだ。「死なないで」なんて偉そうに言う権利は
大人にはない。「いじめなんか見返してやれ」というのも、そう言える人
だから言える言葉であって、自殺を考えるほど追い詰められた人に
とっては無責任極まりない。「死ぬほど辛かったんだね」と共感して耳を
傾ける以外に、大人にはどうすることもできない。結局は、大人が共感する
力を失っていることが、子供もまた人の心の痛みを思いやることのできない
社会を作っているんじゃないのか。

尾崎豊の「卒業」という歌の中で

先生、あなたもか弱き大人の代弁者なのか

って歌詞が出てくるけれど、残念ながら彼らもまた大人であり、私も
もはやいい大人だけど、やっぱり大人の代弁者なのだ。

自殺を思いとどまるよう教育することは、たぶんできない。1年間に大人が
多く自殺という形で生を終えることを選ぶこの時代に、誰が大見得切って
「生きろ」などと言えるだろうか。そんなことが言えるのは、今が幸せな人
だけだ。そこに「生きろ」なんてメッセージが伝わらない根本的な原因がある。

私が自殺寸前まで行って自殺せずに済んだのは、学校のカウンセラーに
「今の状態は極度にヤバい」とSOS(というよりもXYZ)を出したからだった。
そして、彼がどこまでも私の苦しみに耳を傾けたからだった。そのことに
感謝している…とは今もって言えないけれど、とにかく私はまだ生きている。

背負いきれないほどの苦しみを抱え込んでいる時は、苦しみを何らかの
形で吐き出すことが必要だ。一時しのぎには過ぎないかもしれないけれど、
とにかく一日一日を生き延びるだけで精一杯の時は、とても未来を夢見る
ことなどできない。そんな人に将来に希望を持てと言っても意味がない。

今だから言えることだけど、湯治している間だって私は何回自殺したいと
思ったか分からない。湯治するって、そんな甘いものじゃない。顔中、両肩
からも四六時中膿が出続けて止まらない状態で風呂に入っているのに、
「時間湯に行け」だの「時間帯をずらして入れ」だの心ない一般客に言われた
ことすらある。私は今はほぼ全快に近いところまで治ったけれど、私の回りには
今もってあと何年かかるか分からない不安に耐えながら湯治を続けている
人が大勢いる。将来に希望なんて持てずにその日その日を耐えながら
暮らしている彼らに、「そのうち治るよ」なんて私は言えない。そんな言葉は
無責任極まりない。

「いじめは殺人と同じだ」という認識を大人自身が持つことがいじめ自殺
解決への第一歩ではないだろうか。それができていない大人がいくら
「いじめはいけませんよ」と言ったところで説得力がない。上っ面だけで
きれいな言葉を並べ立てても、子供たちは大人の言葉じゃなくて背中を
真似して生きるだろう。
| SHO | 携帯から | 02:17 | comments(0) | - |
橘いずみと私
音楽の話題の続き。

橘いずみが好きだった、って話をひとつ前の記事で書いたけれど、1990年代
前半に聞いていて今も現役で聞いている当時の音楽は、相馬裕子、PSY・S、
鈴木祥子(この3組は今なおバリバリの現役で、普段持ち歩く12枚のCDには
必ず入っている)、東野純直、鈴里真帆、宇井かおり、西脇唯、井上昌己、
篠原美也子、ZARDなどなど。1990年代前半から半ばにかけての、ガールポップ
というムーブメントの影響をまともに受けて育った世代なので、女性の歌い手の
割合が非常に高い。

2000年に大学に行ってからはほとんどリアルタイムの音楽を聞いていない。
1990年代の音楽には一度聞かなくなってから改めて買い直したCDも多い。
だから、私の聞く音楽の世代は1990年代でほとんど止まっている。

私が当時は青春時代だったから、というのもあるけれど、当時は熱かったなぁ。
新しいCDの情報をいち早くキャッチしてはCDを買いに走ったっけ。お金が
なかったので、発売1ヶ月後のサンプル盤を狙って中古CD屋回りをしたりも
していた。最近の音楽は全然興味がない。音楽以外の趣味が圧倒的に多い
ので音楽にお金をかけられないし、現在持っているCDで満足しているので
新しい音楽を聞く必要がない、ということもある。

昨日、少し早い電車で草津に戻ったのだけど、なんだか欠乏感があるのに
気づいた。私はカバンがあれば容量いっぱいに強迫的に何か詰め込まないと
いけないタチで、東京で過ごす時間があれば用事を何か探して「上京している
うちにやっとかないと(←田舎モノ症候群)」って思う。安藤美保さんのお墓参りに
もう1年近く行っていないのが魚の骨が喉に刺さったように気にかかっているの
だけど、時間的にそこまですると仕事前の仮眠時間が取れないし、もう実家から
長野原草津口まで切符を買っちゃったし…と思ううちにそのまま電車に乗って
帰ってきてしまった。それでも途中の高崎で乗り継ぎが1時間近くあったので、
途中下車してサディスティック・ミカ・バンドのCDを買ってしまった。

私は何が足りないのだろう。何をそんなに強迫的に欠乏感を抱かないと
気が済まないのだろう。「寂しい」のだろうか?

孤独が嫌いな自分も、他人が精神的にそばにいてくれないとしんどい自分も
いる。その一方で、ものすごく人が嫌いな自分がいることも事実。東京に
いると人が多すぎてうんざりする。半日もいれば「もういい」って感じ。尋常で
ない電車内の人口密度の高さは、乗っているだけで神経をすり減らされる。
だから、私が東京に定住することはもう二度とないだろう。対人恐怖症気味の
自分と人懐っこい自分が私の中には同居しているけれど、そういう問題じゃ
なくて、東京の通勤電車のあの混雑は社会的犯罪の部類に入ると思う。

現在の私が孤独を意識することが多い、というのは、同じコインの表と裏の
ように寂しがりやと人嫌いの私が同居していて、人嫌いだから孤独な環境に
身を置こう、たとえ孤独じゃなくても孤独だという精神的環境に身を置こう、
としているからでもあって、でも寂しがりやなのでやっぱり孤独のまま何かを
するのも生きていくのもしんどい、ということでもある。そして、今は人を
遠ざける力の方が強く働いている、ということなのだろう。

私が孤独なのは、客観的に私が孤独かどうかとは関係ない。そして私が
孤独を選んでいるから私は孤独なのだ。他人と関わることで他人に自分の
人生を左右されたくないから、私は他人に自分の人生を左右されない人生
(孤独の本質的欲求とはそういうことだ)を送ろうとして、その結果として
孤独なのだ。

1日に300件から500件のアクセスがある私のブログが、ものすごくROMの
多いブログで、実はアクセスの割にコメントが少ない、というのは私本人の
パーソナリティが無言のメッセージを行間から発しているからだろう。
最近になってROMの方がコメントを下さることがあって本当に嬉しかった
のだけど、なかなか現実にコメントして下さる人は少ないだろうと思う。
でも読んで下さっている人がたくさんいることはデータから歴然としていて、
たとえ8〜9割がロボットソフトだとしても残りの人が相当いるのはありがたい。

今になって橘いずみを急に聞きたくなったのは、きっとこんな今の心境とも
リンクしているのだろう。自分では、このブログの書き主が橘いずみの大ファン
だった、というのは「やっぱりそうだろうな」と思うのである。

橘いずみの歌から伝わってくる感じと、私が自分の文章を読んで感じる感じ
とは、自分ではどこか共通点があると思う。Wikipediaの橘いずみの記事に、
彼女の歌を評して「ストイックなまでに自虐的」という表現があったけれど、
どこまでも自分を追及して「あーだこーだ」と四の五の言っている辺りがそう。
自分を許せない、のだろうか?相当な精神的な傷を負った人じゃないかと
私は推測しているし、でも会ってみると本人のパーソナリティはいたって
明るいんじゃないかと思うんだよね。こういう人は。私自身がそうだし。

橘いずみの「上海バンドネオン」「失格」「東京発」といった曲を聞きながら
この記事を書いている。1993年から1995年にかけての彼女の一連の曲は、
今聞いてもやっぱりいい。クサくてダサくて、でも熱くて一途で一生懸命に
生きている感じが伝わってくる。そんな橘いずみも昨年末に結婚したそうだ。
私にも、いつかそんな日が来るのだろうか。
| SHO | 携帯から | 18:26 | comments(0) | - |
立冬と橘いずみとサディスティック・ミカ・バンド
昨日は立冬だったらしい。草津も初雪が降ったらしい。「らしい」と伝聞形
なのは私は雪が降った瞬間を見ていないからで(昼間に風花が舞ったのは
見たけど)、でも夜、出勤前に起きると昨日までとは明らかに違う寒さの
質に「冬が来た」と思った次第。

高専生だった10代の頃、瀬戸内で育った私は毎年冬になると電車で雪を
見に旅行していた。新潟が多かったなぁ、当時は。いつか雪国に住みたい
とは思っていたけれど、仙台の大学に進学してから今冬で7シーズン連続で
雪国での冬を迎えようとしている。仙台で4シーズン、そして草津の冬も
はや3シーズン目だ。おそらく、来年も5年先も10年先も私は雪の降る土地に
住み続けるだろう。

交通事故のリハビリのために上京したついでに、最近上京してきた親友と
2年半ぶりに再会した。私の周りには鉄道会社に勤める人が多くて、彼も
ご他聞に漏れず、さる大手私鉄に転職したのだ。ほとんど3年ぶりに近いと
お互いの近況が全然変わっていて、彼が昨年結婚したのを一昨日初めて
知ってびっくり仰天。向こうも私が結婚の事実を知らないことにびっくり仰天。
道理で車で長距離通勤していたヤツが職場の近くへ急に引っ越したのか。

橘いずみの「GOLDEN BEST」を買った。こういうマイナーなCDがあるのは
さすが東京。感覚が当時とはずれてしまったのでアルバム単位で聞きたい
とは思っていないけど、「上海バンドネオン」とか「失格」「東京発」(この曲が
入っていたのは嬉しかった!)とか、時々聞きたくなる。自分の中の怒りの
やり場がなくて、でも生きていかなきゃけない時に。

久しぶりに聞くと、ダサくて、でも熱くて背中が震えた。高専時代に橘いずみの
大ファンだったのだ。尾崎豊と同じプロデューサーだったので女・尾崎豊と
呼ばれていた橘いずみ。逆境で彼女の歌を支えに生きていた10年あまり前も、
そして今も私はそんなに変わっていない。性格は少し穏やかになったけど、
相変わらず「怒れる17歳」の部分を持ち続けているし、孤独だ。

もう1枚買ったのが、サディスティック・ミカ・バンドの「ナルキッソス」。キリン
ラガーのCMでかかっていた「タイムマシンにおねがい」が好きで、でも
サディスティック・ミカ・バンドの名前は聞いたことがあっても聞いたことは
なかったので、木村カエラが新しいボーカルだとはWikipediaで調べて
初めて知った。調べてみると、ずいぶん他のメンバーとは歳の差がある。
私は2006年現在の今しか知らないから、木村カエラが元々からボーカル
なんだとばかり思っていた。それくらい声が音になじんでいる。

レベッカが好きな人ならサディスティック・ミカ・バンドの今の音が好きかも。
現代版レベッカって感じがした。もっともレベッカの現役世代には「それは
年代が逆」って言われるかもしれない。サディスティック・ミカ・バンドは
1970年代、レベッカは1980年代が活動時期だから。

他の曲では「Big-Bang,Bang」あたりも好き。カラオケで歌いやすそう。
私はちょうどNOKKOと声の高さが同じみたいで、カラオケでレベッカの
「フレンズ」を歌って997点を叩き出したことがある。あんまりロックを
聞かないポップス専門の私だけど、たまにロックも聞きたくなる。

あるメルマガの中で、「ワーカホリックやハードワーカーの人は、成功する
感じはあるかもしれないけれど、豊かさを感じることはできない。得た
お金は入ってきたのと同じ速さで逃げてゆく」と書いてあった。

じゃあ、「ワーカホリックでない人は、豊かさを感じることはあるかも
しれないけれど、成功する感じを得ることはできない」のだろうか?

そう考えてみると、私には「成功する=お金がたくさん手に入る」という
価値基準があることに気づく。このことはお金の話だけじゃなくて、
例えばバイクは排気量が大きくて高性能な方がいい、免許は普通より
大型の方がいいとか、学歴は少しでも高い方がいい、スピードは少しでも
出せた方がいい、収入は少しでも多い方がいい、社会的ステータスは
少しでも高い方がいい、精神的には傷つかない方がいい、あるいは
それらの裏返しとして、「少なかったら価値がない」、あるいは「たくさん
持っていてもそんなものは…」という(逆のことを言っているけれど
根っこは同じ)自動的な反応になっている、あるいはそう信じ込んで
いる自分を発見する。「だから自分は…」みたいなことも、思う。

で、どちらかが「良い」、どちらかが「悪い」という二元論の中で生きて
いるのも痛切に感じること。今こうして書いていても、「二元論で生きては
いけない」という心の声と「その考え方そのものが二元論じゃないの?」
という心の声が交錯している。

バイク選びについて、結局は私が大いにこだわって「欲しい」と言い続けた
2つのバイクの良いところ取りしたバイクを買ったよなぁ、と思う。その
2車種とはホンダ・ゼルビスとホンダVFR400R。ゼルビスの積載能力や
居住性とVFRの高速性能と高速安定性と。シリンダ配置の関係で
燃費はゼルビスより悪くVFRよりは良い。そして何より、私が好きな
ホンダ・ホーネットと同じ音の感じがする。アイドリング中はドゥドゥドゥ…
という太い音がして、加速するとキーンという甲高い音が伸びてゆく。
カムギヤトレーン採用車種ではないのに(カムギヤトレーンはホンダ
独特の技術で、FZ400はヤマハのバイクなので)同じ音がするのは
どういうことだろう。

インターネットで偶然見て「これに乗るかもしれないなぁ」と何となく
思ったバイクにまさか本当に乗ることになって、今回は縁だなぁ、と
思っているところ。まだ事故からのリハビリ中ということもあり、FZの
本気走りはしていないのだけど、本気で走れば相当速いバイクらしい。
スタイリングも「さすがヤマハでFZを名乗るだけのことはある」と
納得させる。レーサーレプリカではないけれど、このバイクを買って
FZ6フェーザーやFZ1フェーザーに親しみを抱くようになった。いかにも
ヤマハのFZという(うまく説明できないけど)スタイルなのだ。ただし
FZ400にはフェーザーのペットネームはついていない。私のFZは
黒一色なので、フロントマスク回りを見ていると「ダースベイダーに
似ているなぁ」ってつくづく思う。

優秀な性能を持ちながら、たった2年でカタログ落ちした非運の名車、
というのも気に入っているところ。それでいてオーナーからの評価が
総じて「高い水準で性能をバランスさせたバイク」なのもお気に入り。
バイク選びの大きな参考になるべきバイクインプレッションのサイト
「単車選び」の中で、マイナー車にも関わらず4つに分けないといけない
ほどたくさんのインプレッションが集まっていることからも、FZ400が
使い勝手と性能の両面で優秀なバイクであることが伺える。

だいたい、私の好きなものって「マイナーだけど知ってる人には評価が
高い」ってものが多いのだ。音楽では鈴木祥子、短歌では安藤美保、
そしてバイクではホンダ・ゼルビス。もしゼルビスがCB400SBなみに
売れるバイクで、安藤美保が夭折せずに俵万智なみの人気を博して
いたら、私がこれほどのめりこんで好きだったかどうかは疑わしい。
もちろん、ある程度以上は好きだったにしても。ライダーハウス
「粒麗荘」のご主人にも「相変わらず渋い趣味してますねぇ」と
言われたのだけど、FZ400が2年でカタログ落ちしてなかったら、私は
この車種をある程度以上好きになったのだろうか。もちろん、今回は
シンクロニシティの要素が非常に大きいのだけど、これがCB400SFで
同じことが起こるとは到底思えないのだ。

| SHO | 携帯から | 09:37 | comments(0) | - |
いつでも「人生最後」のツーリング
11月の半ば過ぎに、関西へツーリングに行くことにした。祖母がもう長くない
からで、私にとっては初の片道500kmを超えるロングツーリングになる。
祖母に会ってから、吉野と天河にお参りして帰るつもり。バイクを冬眠させる
寸前で、なんとか「吉野、天河にバイクでお参りしてから北海道に行く」という
公約は達成できそうだ。

いつもツーリングに出る時は「これが最後になるかもしれない」と思う。
本質的に事故の危険がある乗り物に乗っていることもあるし、2回も
交通事故に遭って、1回は全治4ヶ月の重傷で今も後遺症が残っていて、
もう1回は普通なら大怪我か死んでいる事故だったりして「次はない。
次にやったら死ぬかもしれない」と思っているからでもある。そんな
覚悟でどうしてバイクに乗るのかと言われても困るけど…。

自分がこのところ鬱気味であることは自覚していて、どうして鬱気味かと
いうと、自分にかけたプレッシャー通りには、現実に北海道移住に向けて
主観的には動いていないから。そんな自分を責め続けているから余計に
「移住するぞ!」という強い気持ちが空回りしている。

そして、そんな自分にすごく孤独感を抱いていることも事実。しんどい。

応援してくれる人が欲しい、と言いながら、まだ会社では話していない。
会社以外ではみんなに「来年の春で草津での湯治は打ち上げて、春から
北海道に移住する」と言いまくっているのだが、体の目処は立ったのに
転職先探しの目処が立っていない。自分にプレッシャーばかりかけていて、
実際の転職活動が全然進んでいない。

自分について知れば知るほど、これっぽっちしかできない自分を感じて
悲しくなる。焦る。どうしようって思うけれど、自分が本心から望んでいる
ことは何なのか、たとえ年収が下がろうともやりたい仕事って何だろう、
って考えると、全然自分のことを知らない自分を発見する。

どうやって仕事を探したらいいんだろう。何をすればいいんだろう。

もう第二新卒と言われる年齢ではないので、どうしても仕事では経験を
求められやすくなる。20代半ばから大学に行って、挫折の苦労だけは
たくさん重ねてきたけれど、即戦力としての社会人経験を求められると
どうしても弱い。どうして草津にいるのか、について私は明確に説明が
できるけれど、それでも失った20代の時間は二度と戻らない。

ともあれ2週間あまり後に関西に行ってくる。もう二度と関西には帰らない。
関東以西に住むことはほとんど、そして関西以西に住むことはもう二度と
ないだろう。今回は祖母と、そして自分の出身地と訣別するために関西に
行くのだ。そして、少し苦しいけれど、来年の春には北海道へ行くのだ。
| SHO | 携帯から | 05:10 | comments(2) | - |
試運転、結果良好!
ヤマハFZ400を受け取って、野沢温泉のライダーハウス「粒麗荘」まで
走ってきた。途中で70キロほど高速道路を使ったのだが、高速走行時の
車体の安定性やウインドプロテクションは、さすが400ccとうならせる
ものがある。アネーロとは比較にならないほど高速道路走行が楽なのだ。
11500回転で最大馬力のところ、5500回転から6000回転で時速90キロが
出る。フルパワーまで加速すれば時速180キロくらいは出るらしい。

今まで「直4のネイキッドなんて当たり前でイヤ」と偏見を持っていたの
だが、目から鱗が何枚も落ちた。カウルの効果も大きいのだろうけれど、
音が静かで振動もない。高速道路では、低い風切り音(風切り音が低い
のは、それだけ風防効果が高いということだ)以外にどれだけ耳を
澄ましてもエンジン音や排気音が聞こえない。どれくらい風防効果が
高いかと言うと、高速道路でシールドを少し開けても大丈夫なくらい。
アネーロでは、高速ではシールドを全閉にしないといけなかった。

減速車線に入ってスピードを落とすと、キュイィイーンという高い
排気音かエンジン音が聞こえてくる。音的にはアネーロよりもFZの方が
はるかに好き。まるでホンダ・ホーネットのような音がするのは、
シリンダの配置が同じ直列4気筒の水冷エンジンだからだろうか。

エンジン音の静けさは特筆すべきもの。エンジンらしい音とか鼓動感が
好きだという人には、この静けさや振動のなさがイヤだという人もいる
だろう(特に単気筒やアメリカンバイクが好きな人にはネ)。でも、私は
むしろ、この機械チックなキュイィイーンという高周波音が、まるで
ターボエンジンのようでカッコ良くて好きだ。アメリカンバイクのような
バシンバシンバシン!ドルルルルン!という音は、振動の大きさを音が
物語っていて好きじゃない。

ただし弱点もあって、最大の弱点はロービーム時の視界が暗いこと。
アネーロの方がロービームでははるかに明るい。ハイビームでも
FZよりはアネーロの方が明るかった。アネーロよりはFZの方がより
スピードが出るだけに、ヘッドライトの暗さは大きな弱点だ。カスタム
するとしたら、ロービームをHIDの黄色ライトに変えたいな。

車体の取り回しは重量の軽いアネーロよりもずっと楽。本当なら
車体が重い分だけ取り回しが大変なはずなのだが、たぶん重心が
低いのだ。シートの高さも低くて、装備重量199kgの車体が軽々と
動く。ただし最小旋回半径が2.9mあるので、少し早めに回さないと
うまく回らないようだ。

リアシートへの荷物の積載性は良好。フックが8ヶ所あるので好きな
ように固定することができる。シート下のトランクスペースが大きくて、
車載工具の他にバーロックとチェーンオイルやウエスなどの整備用品が
入るのは良い。書類も頑張ればなんとか入れられそうだ。

一晩ぐっすり「粒麗荘」で寝かせてもらったのだが、夜明けに雨だれの
音で目が覚めた。なんと雨!せっかく雨の降らない日を選んで試運転に
出てきたのに!昨日の夢はすごく良くて、北海道でいろんな旅人たちと
会う夢だった。その中にはGo!Go!娘。で一番楽しみに読んでいる人も
いて、夢の中の出来事とは言えびっくり。それにしても、どこのライダー
ハウスに泊まる夢だったんだろう。

野沢温泉で雨ってことは、今日は渋峠では雪の可能性が高い。無理を
しないで鳥居峠か三国峠経由で帰りなさいってことなのか。早く目が
覚めたから朝風呂って計画はあえなく頓挫した。

私がオンロードバイクに乗ると、みんな意外そうな顔をするなぁ。私は
デュアルパーパスに乗るものだとみんなてっきり思っていたらしい。
だ・か・ら、アネーロを買う時に最後の最後まで欲しくて迷ったのが
ホンダ・ゼルビスだったんだってば。私がヤマハFZ400を買ったのは
こういうスタイルのバイクが私はもともと好きってことなのだ。

FZに乗り換えて、ブレーキがガツンと効くのには驚いた。さすがフロントに
ダブルディスクを採用しているだけのことはある。それにしても、最初の
印象としてはいいバイクだと思うんだけどなぁ。実際は200kgもある車体が
すごく軽く動く感じがするし、車体の安定性もアネーロよりずっといいし、
乗ってて楽だし、どうして2年でカタログ落ちしちゃったんだろう。

最初からFZだと恵まれすぎていて分からないかもしれないけれど、きちっと
エンジンを回さないと使えないアネーロから乗り換えると、アネーロは
きちんと乗らないと乗れないバイクだからってこともあるけれど、う〜ん、
FZのことを褒めているつもりで改めて思い知るのはアネーロってバイクの
すごさだ。性能云々じゃなくて、あれはバイク乗りを育てるバイクだと
今さらながらに思い知る。きちっと乗りこなす腕がないときちんと
乗れないバイクで、あのバイクに乗ったからこそFZに乗り換えて楽だと
感じるのだ。

そういう意味では、最初からFZのようにマシン自体の性能で腕の悪さを
カバーできてしまうバイクに乗らなくて良かった。正直、そういう意味で
FZに乗るのはまだ早かったかな、と思う。

う〜ん、そういう意味ではトランザルプは次のステップとして良かったの
かもしれないなぁ。もっとも、私が調べた時点でトランザルプの在庫は
わずか2台。それも1台は37000km走って「年式、走行距離相当の
車両状態」、もう1台はヘッドライトがマルチリフレクターなのはいいけれど
リアキャリアが付いていないという状態。いくら安くても買えない。
現状ではFZがやっぱりベストだった気がする。

雨は上がったけれど渋峠は雪や道路凍結のおそれがあり、今日は渋峠を
越えるのはやめた方が良さそうだ。予報よりも1日早く天候が崩れた。
鳥居峠と三国峠と、どちらを越えて帰ろうかな。天候が急変するおそれは
ないけど標高1400mまで上がる鳥居峠と、標高は1000mだけど天候が
急変するおそれのある三国峠と。
| SHO | 携帯から | 11:54 | comments(0) | - |