藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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ノンフィクションの青春
久々に短歌の話題である。今日は歌壇賞の締切日。
実は30首以上詠んでいて、もう選も終わっていたのだけれど今回は出さなかった。
どこにも発表しないのももったいないので、ブログに書いておく。

まともに作歌するのはちょうど1年ぶり。数日前に松村正直さんから第二歌集が
届いて、3日ほどで詠んだ。自分の無価値観を埋めるために作歌するのか、
自分の自画像が詠めればそれでいいのか。今までは人の評価に過剰に反応して
いて、だから自分の歌が詠めなくなっていたんだな。他人の評価は大事だけど
あくまでも他人の評価に過ぎない、最後は誰と読みが対立しても自分を信じなさい、
と私に言ったのは初期の頃に選歌して頂いた歌人、鳴海宥さんの言葉だけど、
ようやくその言葉の意味が分かるようになってきた。

結局、自分の無価値観を埋めるために作歌している間は自分の歌の評価を
他人に委ねているわけで、つまり自分の人生の舵取りを他人にされているって
ことなのだ。最後は他人に評価を委ねるわけだけど、それはそれ。自画像に
なっていない歌では意味がない。他人に評価されるための歌なのか、それとも
今の自分を確認するための歌なのか。どう評価されようと自分は自分以上の
ものではないし、自分は自分でしかないのだ。他人にどう評価されようと、
それで自分と言う人間の価値がなくなるわけじゃない。歌への評価と自分と
いう人間の評価とは別のものだ。

1年ぶりだから技術的には以前より落ちていると思う。でも、これが今の私です。

ノンフィクションの青春

ひとりきり朝(あした)の風を切ることのすがすがしくてバイクに乗りぬ

山麓をかけ上がりゆく二車線の道路は映す群青の空を

独身の一ページとして記録する愛車とわれの記念写真を

夕映えを追いかけながら夕映えの細かい色を言い表せない

夕暮れの静かな街に下りてゆく独身のまま二十代終わる

振り返れば幻のごとき遠い街に住んでいるのだ私は今も

朝霧が顔を濡らしてゆく道の忘れた頃に来る対向車

海に浮かぶ島のようだね遠くから眺める小さき街の夜景は

何者にもならない どこにも帰らない そう言いし頃の歌が流れる

頬を裂く空気の冷たさを好む 誰に甘えていきたくもない

われにまだ葡萄のような若さありその指で回す朝のスロットル

夕映えを追いかけてゆく高速道路(ハイウェイ)の輝きを増してゆく反射材

幸せになるために歌は詠まないと言う友に買う二冊の歌集

歌を詠んでも詠んでも幸せになれない 君はそれでも歌集を買いぬ

上滑り上滑りする歌たちよ「海雨」も「ひたかみ」も本棚にある

旅をした記憶のフィルム 幸せになるために歌を詠み続けた記憶のフィルム

穏やかに夜になりゆく国境のPAで見つける冬の星

旅人を続けることを選ばずに就職をすることを選んだ

後方へ飛び去って行く標識のように人とは出会い別れた

ジャケットを吹き抜く風はトンネルを出るたび冷たく冷たくなりぬ

一速(ロー)ギヤに蹴り下ろすとき遮断する配電盤のようなしずけさ

新着のメールが来ないさみしさを知りつつSAで開く携帯

なぜ旅に出るのだろうか…冷えきった頬に自分の手を当てるなり

遠き島の台風情報聞きながら百円で飲む熱きコーヒー

グローブをはめてゆく手はいつの日か誰かの髪を撫でるべき手

ヘルメット越しに関越トンネルを抜ければ急に深くなる秋

マタニティドレスのような山容の山あり山麓にリフトが伸びる

PAにカーテンを引くトラックの5年後はどこにいるか分からぬ

まだ誰のものでもなくて店頭にならぶ新車のバイクのように

いつまでが青春だろう高速を下りるときふと考えている
| SHO | 携帯から | 19:01 | comments(3) | - |
3000km点検
26日に誕生日を迎えて、31歳になった。

北海道のことを考えると、今なおおそろしい。そういえば日本ハムがレギュラーシーズン
1位通過とのことで、めでたい。来年は北海道に住めるといいな。

昨日は、前橋のレッドバロンに行っていた。そこで見かけたのがホンダのVFR400R。
最新号のGo!Go!誌に出てくるバイクだけど、レーサーレプリカなのにフックが4ヶ所
ついていて荷物もそこそこ積めそうだし、足つきも良くて乗りやすそう。買うお金は
ないけれど、いいなぁいいなぁ。でも1台だけ保有するとなると…アネーロ以上の
選択肢には今のところ出会っていない。乗りたいバイクはいっぱいあるけれど、
1台だけ保有する、趣味だけじゃなくて実用面を満たすバイクはそうないのだ。

月間1500kmの走行距離の、半分は趣味だが残り半分は用事で走っている。
高速性能、積載性能、航続距離、静粛性、低振動性などを考慮すると、実際に
保有して良かったと思うバイクと趣味として欲しいバイクは違うと感じる。
でも乗っていて趣味的にある程度は楽しくて、そして何より安心して乗れる
バイクというのも毎日乗るなら大事な条件なのだ。

積載性能は、アネーロのような本職のツアラーにかなうレーサーレプリカは
存在しないだろうし、山奥の温泉へ行くのにダートを走るかも…と考えると、
ある程度のオフロード性能は必要だ。ほとんど使う機会はないのだけど、
アネーロとゼルビスを分ける決定打のひとつが林道に入れるかどうかだったのは、
今も記憶に新しい。経済性も考えると250ccで2気筒ののデュアルパーパスツアラー
という選択は私にとってベストだったと今も思う。そのジャンルに入るバイクは
アネーロ以外にないのだ。

昨日は帰りに伊香保温泉の24時間立ち寄り湯に入って、榛名山を走ってから
帰った。夜中の榛名山を走るのは初めて。前輪を交換したので、慣らしが終わる
までは滑るのでバンクさせないように気をつけながら走った。途中の展望台は
夜景がきれいだったけど、諏訪湖ほどではなかった。エンジンオイルも交換した
のでカチッカチッとギヤが入ってエンジンが調子いい。帰ってきたら朝の4時半。
| SHO | 携帯から | 11:59 | comments(2) | - |
魚沼スカイライン
一昨日は高速を降りてから給油してみると140キロしか走ってないのに7リッターも消費
していた。リッター20キロ。高速に乗らない時はリッター25キロだから、高速では燃費が
大幅に悪くなることが分かる。時速110〜120キロで巡航できるわけだから性能は
250としては決して悪くないのだが…。

道に迷いながら来迎寺の加藤ゲストハウスに到着したのは20時。近所にある豊明という
店のバイキングに行ったのだが、1000円でお腹いっぱいと言っても肝心の味は…。
う〜ん、味が濃すぎるし全然流行ってないしで、いい経験だったけどもう一度行きたい
味ではなかった。ご飯と味噌汁以外に10皿食べてるから元は取ったはずだけどね。

21時過ぎに家の離れにあるゲストハウスに戻り、日記を書いているうちに23時。そろそろ
寝ないといけないので、シャワーを浴びて0時前には寝た。

日付は変わって23日。目が覚めたのは4時。もう少し眠れるなら寝ようと思っていたの
だけど、地図を見ながら今日の予定を立てているうちに完全に目が覚めてしまったので
5時から出発準備をする。荷物をバイクに積んで6時前に出発。朝霧の中を柏崎に
向かう。途中の塚山峠を越えると霧はうそのように消えて青空。水平線が見えて
嬉しい。海を見るのはいつ以来だろう。遠くかすかな水平線なら今月の初めに
見ているのだけど。

柏崎で国道8号に入り、鯨波の手前で海が見えてきた。バイク日本一周では、
上下浜で後方不確認で開けた車のドアにぶつけられて自転車が破損して柏崎まで
回送したので景色は全く覚えていない。だから事実上今回が初めて。こういう区間が
けっこうある。

鉄道では全国で最も好きな車窓のひとつが信越本線柿崎〜柏崎の区間。だから
今回はすごく楽しみだった。海沿いの断崖の上を国道が走っているので眺めは最高。
米山インターの手前でパーキングに入ると佐渡ヶ島が端から端まで見える。
ちょうど急行「きたぐに」が目の下を通過して行った。米山からは砂浜海岸になるが、
信越本線よりも一段高いところに道路があるので相変わらず見晴しがいい。
柿崎で海が車窓から離れるので、こちらも国道8号を離れて内陸に入る。

浦川原まで県道61号線を走る。走りながらふと「独身で社会人の青春時代を
満喫しているなぁ」と思う。今、そうすべき時期なのだ。学生と療養で自由に
お金を使えなかった20代後半を取り戻すために。人生の中で、次に進むべき
段階を迎える前に満喫しておかなければならないことがいくつかある。今年が
本州最後の年にするならなおのこと、本州に住んでいる今と言う時間を楽しんで
満喫しなきゃ。本当に好きなことにはお金と時間をつぎ込むべきなのだ。
今、休みのたびにバイクに乗って旅行に出ている生活は本当に楽しい。そして
北海道に住んだら今度は本州を走ることは今までよりずっと難しくなる。
だから、思う存分に今は草津に住んでいることを楽しむべきなのだ。

浦川原で、国道沿いを走っていて「!」とバイクを止めた。今はなき軽便鉄道、
頸城鉄道浦川原駅の駅舎ではないか!見た瞬間に一目で分かった。今は
頸城バスの浦川原バスターミナル。大正9年の建築というその建物は今も手を
加えられながら大事に使われている。建物の裏手にはホーム入り口であった
ことを物語る遺構も残っている。ほくほく線はかつての線路の真上に敷設している
らしい。これこそ文化財ものだろう。軽便鉄道の駅舎を今も現役で使っている
なんて、他に聞いたことがない。

浦川原から国道253号を東へ向かう。ツーリングのバイクがとても多い。
みんなどこから来てどこに向かうのだろう。手を上げてもみんなあんまり
返してくれない。儀明峠、薬師峠と越えて十日町へ。そのまま街をスルーして
八箇峠に向かう。国道のサミットになるトンネルを抜けたところに魚沼スカイ
ラインの入り口があり、急に狭くなった県道を峠に向けて上がっていく。魚野川
沿いの平地はまだ霧に覆われているが、峠は晴れ。素晴らしい絶景だ。

八箇峠から枡形山にかけてはどんどん標高が上がる。ちょうど稜線上を走る
ので、両側の景色がよく見える。メッシュジャケットでは少し寒い。季節は
すっかり秋というか冬が近づいているのを感じる。速度はあまり上がらない。
道は狭いし飛ばす道でもないだろう。十日町展望台で絶景を楽しんでから
バイクにまたがったらまたエンジントラブル。セルは回るのだがエンジンが
かからない。こんな人気のないところで…とゾッとするものの、しばらく経ったら
エンジンがかかったのでホッとする。

十日町展望台から先は徐々に稜線が太ってきて、今までのように両側の景色が
よく見えるなんてことはなくなる。それでも稜線の右に行ったり左に行ったりして
片方の景色は見えるのだが、上越国際スキー場の最上部を走っているので
頭上をリフトがまたいだりしている。ここから見る冬の夜景はロマンチックだろう。

だんだん景色が見えなくなってきて林の中を縫うようになると魚沼展望台。
越後湯沢から塩沢のあたりまで、谷が徐々に広くなっているのがよく見える。
ここで大型バイクばかり5人のグループと一緒になる。大型バイクの群れに
入るとアネーロはいかにも小さい。出発しようとしたらまたスタートトラブル。
押しがけしようか?なんて言って下さるのだが、それには至らずエンジンが
スタートして良かった。お礼を言って出発する。魚沼展望台から先はほとんど
展望が利かなかった。十二峠をトンネルで越えて石打に下りる。あたりは
スキー場だらけ。いいなぁ。冬にまた来てみたい。

越後湯沢でレッドバロンに電話。とりあえず今日は修理するのをあきらめて、
今週末に改めて前橋に向かうことにする。郵便局でお金を下ろし、観光案内所で
教えてもらった中野屋という駅前のそば屋でざるそばを食べて出発。湯沢を
出る前に国道沿いのガソリンスタンドで給油する。ざるそばはつなぎに海草を
使っているとかで、腰があっておいしかった。

湯沢から峠を越えて三俣へ。いったん貝掛温泉まで走ってからUターンして
三俣の「街道の湯」に入ることにする。あんまり皮膚病とは関係ないお湯で、
軽く流してから上がる。チェーンに少し錆が浮いているので、あわてて注油。
なんだかんだで1時間ほどいてしまう。国道17号は流れが良くて時速80キロで
走らないといけないようだ。

苗場を通るのは生まれて初めて。ユーミンの聖地はこんなところなのか〜と
感心する。プリンスホテルの正面ゲレンデからしてけっこうな斜面で、華やかな
イメージとは裏腹に実力がある人でも楽しめるゲレンデのようだ。苗場を出ると
いよいよ谷が狭まって峠になる。サミットの三国トンネルは意外に短かった。
気温はわずか14度。けっこう寒い。トンネルを抜けると深い谷の真上に躍り出て
驚く。急カーブと急勾配で一気に高度を下げていく。すれ違うバイクが多い。
峠を下りきったところが猿ヶ京で、さらに下って湯宿温泉で県道53号に入る。

ここから25キロで中之条なのだが、これが遠かった。スピードが出せないカーブが
続き、しかも時速30キロで走るファミリーカーが前にいる。あのねぇ。さすがに
追い越し禁止区間が終わるのを待って抜いてしまう。ようやく中之条に着いた
時にはぐったりして、マクドナルドで休憩。疲れているのか、気がつくとまた
1時間もいてしまった。群馬原町で雑誌を買って、結局16時半に草津へ帰着した。
| SHO | 携帯から | 03:58 | comments(0) | - |
初の高速ツーリング
今は新潟県の長岡市来迎寺の加藤ゲストハウスという安宿にいる。ライダーハウスとは
名乗っていないけれど、ここはセルフビルドらしき家の離れを旅行客に解放した宿なので
北海道ならライダーハウスと名付けているだろう。ライダーに限定して解放している
わけでは全くないのだが、なぜか最近ライダーが多いらしく、「どこでここのことを
知ったのですか?」と聞かれてしまった。私の場合は「全国安い宿情報」という
バックパッカー御用達のガイドブックのweb版で見つけたのだが。

今日は午後から出発しようとしたらエンジンがかからない。セルは回っているのだが
エンジンがどうしてもかからず、仕方なく前橋のレッドバロンに電話する。エンジンは
その後なんとか始動したものの、先週も諏訪湖ユーペンハウスユースホステルで
同じトラブルに見舞われたこともあり、沼田から関越自動車道に乗る予定を変更して
前橋に寄り道する。

レッドバロン前橋で調べてもらったところ、排気の炭化水素の数値が異常値を
示しており、シリンダーの排気温度が2気筒で20度くらい違うらしい。エンジンに
供給される混合気が濃すぎるとのことでキャブレターを調整してもらう。タイヤの
窒素圧も高速対応の圧力に上げてもらい、前輪があと1000キロももたないとの
ことなので注文する。おそらく来週にはタイヤを交換することになるだろう。

結局17時前に前橋を出発。今回のツーリングの目的である魚沼スカイラインを
走る時間はないので、前橋から関越道でまっすぐ小千谷を目指す。前回、
初ツーリングで高速に乗った時は風圧にびっくりして時速80キロも出せなかった
ものだが、今回は一気に100キロまで加速してから走行車線に移る。慣れたと
いうことなのだろう。1ヶ月半で2600キロ走った実績がそうさせているのだ。

アネーロは6速だと8000回転で時速100キロに達する。9000回転まで上げると
時速110キロ。電車と同じ速度だけど、電車の車窓から感じるのとバイクで実際に
時速110キロの風を受けるのとでは全然違う。ものすごい速度なのだ。20分ほど
走って赤城高原SAで休憩。ここでインナージャケットとしてウインドブレーカーに
加えてジャージタイプのウインドブレーカーをもう1枚着る。それでも少し寒そう
なので、きつねそばを食べて体を温める。

夕映えを追いかけながら高速道路を走るのはとてもロマンチックだ。対向車の
光や道路標識、ハイビームに反射する反射材などが映えて、写真に撮りたい
ほどだが残念ながら走行中に撮る余裕はない。登り勾配を時速100キロで巡航して
関越トンネルに突入。風圧であおられないように、自然と腕に力が入ってしまうので
意識的にリラックスする。トンネルを抜けた瞬間、急に温度が下がった。新潟県に
入って、夜になったのだ。

下り勾配に入ったからじゃなくて、慣れてきたので少し巡航速度を上げてみる。
実際のところ110キロ以上で巡航する必要はないので100キロで走っているの
だけど、ZZ-R250と同じエンジンを搭載するだけあってアネーロのエンジンは
高速域で余裕がある。100キロではまだまだ加速余力がある感じなのだ。
それにしても、時速100キロではどんどん抜かれてしまう。それでも転倒したら
終わりだから緊張する。

越後川口SAで休憩。ここで19時になった。時速120キロでは10000回転弱、
そして10500回転で時速130キロに達した。それでも抜いてくる車があるなぁ。
フルパワーの11000回転ではきっと時速140キロ前後出るのだろう。そんなに
出す必要もないし危ないから出さないけれど、自分のバイクのフルパワーが
どんなものなのか、ほとんどフルパワーまで出し切ったので満足。この速度で
ワインディングを走るわけじゃないから分からないけれど、やっぱりアネーロの
エンジンは高速域でその真価を発揮するようにできているんじゃないだろうか。
一般道だと8000回転以下しか使わないので、本当の迫力は知らないで来た
ように思う。19時20分に小千谷で高速を降りる。
| SHO | 携帯から | 22:29 | comments(0) | - |
バイクのBGM
バイクに乗っている時はヘッドホンをかけないので音楽をかけないのだけど、ツーリングの
計画を立てながらよく聞く曲がいくつかある。挙げてみるとこんなもの。

PSY.S「薔薇とノンフィクション」
PSY.S「Parashute Limit」

この2曲はどちらも1990年のベストアルバム「TWO HEARTS」から。「TWO HEARTS」は
私が最も良く聞くアルバムのひとつで、旅のお供には欠かせない。1980年代の曲を
集めたベスト盤で、元はどちらもアルバム「non-fiction」なのだけど、アルバムの構成上と
アレンジの問題から私はこちらの方が好き。どちらもアップテンポのナンバーで、聞いて
いると旅先の明るい晴れた景色が目に浮かんでくる。

相馬裕子「永遠を探しに」
相馬裕子「空と海の出逢う場所」

この2曲は1995年のベストアルバム「recollections」から。北海道のことを考える時に
特によく聞く。雄大な景色が目の前に浮かんでくるので、あんまり自然のないところへ
ツーリングするのには向かない曲。もっとも、自然のない場所へツーリングなんか
しないけど。

姫神「光の海南」

ベストアルバム「神の祭 風のうた」から。この曲は信州・野沢温泉とその周辺に
ツーリングする時にほぼ限られる。古き良き日本の田園風景に似合う曲で、
明るい農村風景が目の前に浮かんでくる。

鈴木祥子「モノクロームの夏」
鈴木祥子「Sweet Thing」
鈴木祥子「Swallow」
鈴木祥子「この愛を」
鈴木祥子「南にドライブして」

旅行と音楽の話になると絶対に外せないのが鈴木祥子。鉄道旅行の時代から
私のNo.1だったけど、バイクツーリングに旅行手段が変わってもその地位は
変わらない。孤独と旅がテーマになった楽曲群は、いつも私にとって懐かしく
今の自分の抱えるテーマとして胸に響いてくる。ひとりで夕暮れの田舎町に
入っていく不安めいた旅情がフラッシュバックしてくる。旅行にいつも持っていく
12枚のCDのうち、最低でも3〜4枚、多ければ6枚くらいは鈴木祥子が占める。
聞く曲は1990年前後の曲が圧倒的に多いけれど、最近のナンバーも時々は
聞く数少ないミュージシャン。

岡村孝子「夏の日の午後」
岡村孝子「風は海から」

1988年のベストアルバム「After Tone」から。岡村孝子は中学生の頃から今も
聞いている。聞くのはほぼ1980年代の楽曲に限られていて、現在の楽曲には全く
興味がないのだけど、その中でも好きな曲がこれ。20年前の楽曲だけど今も全く
聞き飽きない。旅先で、そして旅行の計画を立てる時に聞くと旅の風景がまぶたに
浮かんでくる。

Yae 「Carol」

2003年のアルバム「Blue Line」から。天河や吉野のことを考える時に聞くのがこれ。
修験道に関するツーリングを考える時にこのアルバムは外せない。

米米CLUB「浪漫飛行」

言わずとしれた1990年のヒット曲。中学校の修学旅行で中央自動車道で聞いて
以来の大好きな曲。現在の携帯のメモリにも真っ先に入れた。バイク好きでも
この曲が好きな人は多いんじゃない?旅への期待をかきたててくれる。いつか
中央自動車道の名古屋から信州方面の神坂PAでこの曲を聞くのが私の
ささやかな夢。

槙原敬之「9 x forever」
槙原敬之「3月の雪」

前者は私とメールをやりとりした人なら誰でも知っている、私のスタンダードナンバー。
もともとは「Love Letter From Digital Cowboy」の収録曲だけど、私が好きなのは
2003年のシングル「君の名前を呼んだ後に」のカップリングに収録されたバージョン。
聞いていてとても楽しい曲で、旅情を誘うから、旅への期待が高まるから聞くと
言うよりも、いつも聞いているからツーリングの計画を立てる時も聞いている。
後者はアルバム「君は誰と幸せなあくびをしますか」から。大学時代をいつも懐かしく
思い出すのだけど、大学時代は私のバイクライフの黎明期。当時の愛車、ヤマハ
Jog 2 アプリオで会津若松や秋田県湯沢などへ仙台からよく行ったものだ。あの頃の
私があって、カワサキKLE250アネーロに乗る今の私がいる。

そろそろ、こんなものかな。1980年代後半から1990年前半、そして2003年の曲
ばかりだ。私の愛車遍歴も1995年型と1992年型ばかり3台乗り継いでいるし、
この年代が私に決定的な影響を与えた青春時代ということなのだろう。

ともあれ明日は休み。「ツーリングGo!Go!」誌の最新号に載っていた魚沼スカイラインに
走りに行こうと思っていたのだけど、さてどうしようかな。晴れてくれるといいのだけど。

| SHO | 携帯から | 17:06 | comments(0) | - |
絶版車は楽しい
つい先日発売された「ツーリングGo!Go!」誌で「絶版車でGo!」という特集をやっている。

どうしてこんなタイムリーな話題を出すかと言えば、もちろん私の愛車、カワサキ
KLE250アネーロも絶版車だから。1990年代に発売されていた250ccデュアルパーパス
(オンオフ兼用ってこと。実際の性能は極めてオン寄りのモデルです)ツアラーで、私が
さんざん欲しい欲しいと言っていたホンダ・ゼルビスも同年代のオンロードツアラー。
とっくの昔に生産中止になったモデルで、おまけにどちらも超不人気車なので私は
アネーロに乗っている人もゼルビスに乗っている人も見たことがない。

ユースホステルやツーリング先で私の愛車の話になると言われるのが
1、懐かしいバイクに乗っているね
2、あのつづりが読めないんだよね(ANHELOと書くので)
3、アネーロってどういう意味なの?(スペイン語で「あこがれ」の意味です)
ってあたり。

生産台数の少ない希少車に乗っている、というのはけっこう自慢に思っている。
10年前のモデルなので、まさか免許取って2ヶ月半の人が乗るバイクとは思われない
のか、昔からバイクに乗っていると勘違いされやすいのもポイント高し。売れなかった
バイクだけど、知る人には評価が高いバイク、というのも嬉しいところ。

実際、乗っていて私の技量でも不安なく乗れるバイクなので気に入っている。
積載性能も良いし。エンジン音に混じって聞こえるヒュイーンという高周波数の
音もカッコいい。低回転のトルクが全くない、整備性が悪い、トランクスペース
へのアクセスがやっかいで事実上車載工具入れにしか使えない、ドルルルル…と
いうエンジン音がまるで耕運機みたいなのがイマイチだけど、乗っていて不安なく
操縦できるという一点だけでも買う価値ありかな、と思っている。ミッションが
抜けたりエンジンがすぐカブッたり操作を間違えるとフロントアップするCRMとは
大きな違いなのだ。

絶版車は楽しいってよりも希少車は楽しいって感じの話になってきたけれど、
私の場合、絶版車や希少車が好きだったんじゃなくて、あくまでも乗りたいバイクが
ことごとく絶版車であり希少車だったのだ。250のスポーツツアラーというジャンルが
今や絶滅危惧種なのだから仕方ない。結局、自分の用途に合っているか、そして
自分の技量に合ったバイクかで満足度は大きく変わるのだろう。絶版車ばかり
乗ってきた私がいうのもなんだけど、絶版車だから選んだんじゃなくて、選んだ
バイクがたまたま絶版車だったのだ、ってことは言いたい。
| SHO | 携帯から | 03:13 | comments(0) | - |
ツーリング3日目
土曜日の話になるが、旅行の続き。
朝8時半にスタートしようとしたらエンジンがかからない。何回かエンジンの
スタートトラブルには今まで見舞われており、バッテリーは納車前に交換して
いるのでスパークプラグかも。もう3000キロ近く走っているしね。

とにかくスタートに失敗するごとに感覚を開けながら10分くらいで始動。
茅野を経由してビーナスラインに入る。連休の中日とあってか車が多い。
女神平の展望台まで上がるとすごい展望。ここで反対側から来たバイク連れ
にお茶をいただく。大型バイク3台で来たようだ。中型バイクであるアネーロは
鉄道の列車種別で言えば長距離ドン行か快速列車のようなもの。ビッグ
バイクの醸し出す重量感は、やっぱりすごいなぁ。

それから車山に移動。リフトで山頂に上がってから麓まで歩いて1時間の
トレッキング。汗だくになったので下着を下山後交換する。ヒップバックに
下着と水と行動食糧が入っていて本当に良かった。よく晴れていて、富士山
から北アルプスまで360°の大パノラマ。ここが富士山レーダーなきあとの
気象レーダードーム設置場所になったのはうなずける。

再びバイクにまたがってスタート。車山から霧が峰まではどこかの団体
ツーリングの最後尾にくっついて走り、霧が峰から美ヶ原まではヤマハ
FJR1300とドラッグスター400の2人連れと一緒に走る。ドラッグスターの
壮年の紳士が初心者だとかで、迷惑でなかったか後で気遣われてしまった。
FJRの若い方は以前KLE400に乗っていたとかで、後ろからKLEの250が
追尾してくるのを見て懐かしかったそうだ。美ヶ原に着くとすぐに雲が
追いかけてきたので、10分いただけで下山する。

この後は、地蔵峠を越えて鹿沢温泉には入らず嬬恋温泉に入って
帰った。全走行距離は590キロだった。
| SHO | 旅行 | 05:03 | comments(0) | - |
諏訪湖の夜景

立石公園から見た諏訪湖の夜景。ここはデートスポットで、夜景を見に来たカップルばかり。
| SHO | 旅行 | 07:26 | comments(0) | - |
さびしい、という感情について
諏訪湖の朝である。昨日は諏訪湖の夜景や夕日がきれいな立石公園という
デートスポットで諏訪湖の夜景を見てからユースホステルに戻り、温泉に
入ってから11時半ごろまで談話室にいていろんな人の話を聞いていた。
自分から話し掛けて行こうという気には、ならなかった。

昨日はさびしかったんだな。そして「さびしい」って気持ちを味わい尽くしたかった
んだな。一人旅を続けていて。「さびしい」って気持ちを否定することはないんだ
って思った。さびしいのに「さびしくない」とか「いや、大丈夫」とか思おうとするから
話がおかしくなる。じゃあパートナーがいれば寂しくなくなるかといえば、やっぱり
私は「さびしい」って感じる場所へ行きたがると思うのだけれど。つまり私は
さびしさを受け入れようと、さびしさも間違いなく自分の中にある感情の豊かさ
なのだと人生を味わおうとしているってことかな。話が分からなくなってきた。

昼間、行動している時はひとりで十分に楽しいんだけど、夜になって静的な
モードになるとひとりはやっぱりさびしい。楽しいね、嬉しいね、と人生の中の
イベントとしてある旅を、というより人生そのものを一緒に共感する人が
いればなぁ、とすごく思う。人生のイベントって言っても実は人生に起こって
いることは全てイベントで、仕事だからプライベートな遊びだから、という
境界線なんてない。

「さびしい」って感情そのものはネガティブなものでもなんでもなくて、ひとりで
いて「さびしい」って思うこと、そして「さびしい」って感情を味わい尽くすこと、
「さびしい」って感情に耐えることは、きっと正常な感覚というか、人生を
ちゃんと豊かに味わっているということなのだろう。でも、寂しさに耐えられない
こともあるからやっぱりパートナーは必要なんだ。パートナーがいたら、逆に
孤独に飢えることもきっとしょっちゅうあるのだろうけど。四六時中べったり
する必要はないし、そうしたくもないけれど、いつもお互いを無意識のうちに
意識もしているし必要ともしている、そういう関係がいい。

北海道に移住するのも私の中では一大イベントだけど、同じ目標として
共有できる人がいたらなぁ、ってすごく思う。そういうことなしに、完全に
たったひとりの目標として人生が動いていくことにさびしさを感じるのだ。
今の人生が楽しくないわけでは決してないのだけど、何かが足りない。

今日はビーナスラインに行ってみようかな。雨は降っていない。今日は
ビーナスラインにもライダーがたくさん来ているのかな。そういえば今回は
ユースホステルに2泊も泊まってひとりのライダーとも会っていない。
| SHO | 雑談 | 07:17 | comments(0) | - |
マニアの巣窟

神岡鉄道の車内。車内はほとんどマニアばかり。
| SHO | 旅行 | 21:54 | comments(0) | - |
一人旅はつまらない
奥飛騨温泉口まで戻ってきてから、駅構内の喫茶店「あすなろ」でモーニングセットの朝食。
客がたくさんいてびっくり。地元の人だそうだ。これなら神岡鉄道が廃線になっても喫茶店は
残りそうだ。セットはおいしかった。

さて、これから出発なのだが雨が降ってきた。おまけに風邪を引きかけで吐き気がする。
とにかく一度目をつぶってから10時半に出発した。本当は猪谷に行きたかったのだが
雨は降るわ体調は悪いわで、諏訪湖で泊まることにしたので最短距離で高山に向かう。
国道41号線の旧道で山越えして古川へ。さらに高山の手前でいったん平湯方面に
向かい、木曽方面に向かうところで給油と昼ご飯。ユンケルを飲んで風邪の予防をする。

木曽方面に向かった…のは良いけれど、美女峠はすごい細道でびっくり。これでは国道
じゃなくて酷道だ。朝日村から時々とんでもなく細くなる道を走る。雨だし走行速度は
速いしで疲れてきた。野麦峠に向かう途中で「野麦の館」というお茶屋で休息。昔の人は
よくこんな峠を徒歩で越えたものだ。野麦峠では「野麦峠の館」という峠の資料館に
入る。群馬県人としては野麦峠の女工哀話は気になるところ。野麦峠は飛騨側より
信州側の方が景色は開けていた。

1時間ほど野麦峠にいて14時半にスタート。いったん峠を下りて、今度は境峠を
越えて木曽川の源流へ。鳥居峠を越えて奈良井宿で休憩。中村家という資料館に
入って、これから権兵衛峠を越えようと思っていたら雨が降りだした。伊那市や高遠に
行くのもあきらめて、体調も悪いしまっすぐ諏訪を目指すことにする。

今日の宿は諏訪湖畔の諏訪湖ユーペンハウスユースホステル。今は近所の
丼屋で夕食を食べたところ。

それにしても、夕暮れの諏訪湖畔を歩いていたらつまんなくなってしまった。以前は
こんなことなかったのに。旅は旅で楽しいんだけれど、ひとりでいることを楽しめなく
なってしまった。「寂しいなぁ〜」って今は思い切り感じるしかないのか。どうして
なんだろう。旅で一緒に楽しいね、嬉しいね、と共感してくれる相手が欲しい。
| SHO | 旅行 | 19:27 | comments(0) | - |
神岡鉄道乗車中
昨日の13時に草津を発って、神岡鉄道に乗るためにバイクでやってきた。
鳥居峠を越えたら長野県側は晴れ。道を間違えて東部湯の丸に行ったり
したが、丸子から三才山トンネルを越えて、松本を迂回して波田から
上高地方面に向かって昨日は乗鞍高原ユースホステル泊。島々から先は
なるほど鉄道など敷けそうにない道で、よくこんなところに道路を敷いた
ものだと思う。乗鞍高原に着いたら夕方5時になったので、今日は無理して
峠を越えなくて正解だったかも。泊まりは私だけ。さびしく白濁した温泉に
入って9時半には寝た。

今日は朝4時半に起床。5時半に乗鞍高原を出発して安房峠へ。
上高地への道路と分岐してからトンネルの手前まで、朝の6時前なのに
渋滞しかかっている。急な上り勾配を、パワ−がないんじゃなくて渋滞で
時速20キロも出せない状態でノロノロ運転するのはアネーロにとって
一番苦手な走り方。勘弁してくれ〜。旧道に入ってホッとしたかと
思うと、今度はせっまい道に大型バスやトラックが乗り入れてくる。
ここはオマエの来るところじゃねぇ〜!!

朝6時過ぎに安房峠に到着。途中から雲に突っ込んで視界が効かない。
でも岐阜県側は張れている!やった!岐阜県側に少し下ってから
振り返ると峠を境に雲が吹き流れてくるのが見える。岐阜県側から
上ったら、感動モノだろうなぁ〜。

だいぶ時間は余るのだが、平湯温泉にも新穂高温泉にも入らずに
7時過ぎに神岡に到着。奥飛騨温泉口駅に来ると、意外に開けている。
もっと山奥の駅を予想していたのだが。発車まで1時間あるので構内を
ウロウロしているとマニアとおぼしき人がチラホラ。おいおいどうやって
来たんだよ。7時半過ぎに列車が到着するとさらに多くのマニアが
ゾロゾロ降りてきた。「北陸」でみんな来たのかな?

車内に入るとそこはもうマニアの巣窟。こんなのイヤだ〜!!
それにしても鉄道マニアって、どうしてこう反社会的な空気を
醸し出しているのだろう…。服装といい雰囲気といい、秋葉原の
マニア街が神岡に突如出現したかのようだ。一往復して猪谷で
みんな降りるのかと思ったら、ほとんどそのまま折り返してしまう。
この列車は奥飛騨温泉口で折り返したら神岡鉱山前で車庫に
入る運用のはずなんだが…。みんなそれからどうすんだろう。

神岡鉄道は良かった。これが廃線になるのは悲しいけれど、マニアしか
乗ってないという現状が廃線やむなしと納得してしまう。第一次特定
地方交通線が、よく20年も持ちこたえたものだ。神岡の街を見て
いるうちに、諏訪湖方面にむかうはずだったのを切り替えて富山に
向かおうかなぁ、と思う自分がいる。すごい峡谷なのだけど、全線の
6割がトンネルなのでチラッチラッとしか見えないのだ。天気が悪く
なってきて、今日中には草津から100キロくらいに帰らねばならない。
さてこれからどうしよう。
| SHO | 旅行 | 09:23 | comments(0) | - |
ツーリング計画
気がついたら、とっくの昔に携帯を変えたのに
初更新である。先週末は帰省していた。

さて、2週続けて土曜日が休みになってしまった。
今週の中ごろにテレビの旅番組のロケがあって、
普通なら週の後半に取るはずの休みがずれたのだ。
そこでツーリングにでも行こうかと計画中。岐阜県の
神岡鉄道が11月で廃止になるので乗りに行くの
だが、ついでに走りたい道がいくつかある。

ところが問題がふたつある。ひとつは天候が雨続き
なこと。もうひとつは風邪を引きかけで体調が
今一つすぐれないこと。神岡まで片道で200キロ
あるので、帰りに少し寄り道すれば往復600キロ
近くになってしまう。2日の休みで下道だけだから
走行距離はこんなものだろう。むしろ疲れが心配だ。

地図を見ながらプランを立てていたら不安に
なってきた。初めて鉄道旅行で大阪から東京へ
行った時のような、未経験ゆえの不安。この感覚は
久しく覚えなかったもので、大学時代は原付で
1日に300キロ近く走っていたとは思えないほど
我ながら弱気。でも、これこそが未知の世界に
挑戦することそのものだ。
| SHO | 旅行 | 03:20 | comments(0) | - |
明日はリーディング
久しぶりにマイパソコンからの更新である。5ヶ月ぶり。

う〜ん、実に快適。やっぱり使い慣れたキーボードは
いいですな。親指でも相当な速さで打てるのだけれど、
キーボードはほとんど考えるのと同じ速さで打てるので
スピードがぜんぜん違う。

明日、もう一度矢尾こと葉さんのリーディングを受けてくる
ことにした。この3週間ほどなんとなく気が乗らなくて
職務経歴書を書いていなかったのだけれど(パソコンが
ぶっ壊れていて書けなかった、という事情はありますが)
来週からいよいよ書き始めることになりそう。Officeを
実家で再インストールする予定なので、ほとんどこれで
復旧ということになる。ただし、これから半年間は
またパソコンがぶっ壊れてもWARDが絶対に使えないと
まずいので、予備機を確保する目的でW-ZERO3は購入する
つもりだ。これから半年は一生の正念場なのだ。

パソコンがぶっ壊れたこの5ヶ月間、まさか予備機として
持っていた京ぽんでこんなに長く持たせるとは思わなかった。
なんとか情報処理はしていたけれど、京ぽんの能力では
かなり限界が見えていて、パソコンでなら使えていた
一部のインターネットの機能を削減して使っていたことも
事実。この半年に要求される予備機としての能力は、
明らかに京ぽんの能力を超えたものになるので代替する
ことにした。

この3週間の感覚は、職務経歴書を始めるのがおっくうと
いうか、職務経歴書を書き始めるともう後戻りできないので
怖い、という感覚に近い。変化することをものすごく怖いと
感じる感覚がある。変化することが怖いと感じることを
自分に許可したから感じるわけだけど、その怖さに圧倒
されるほどだ。書かない理由ばっかり探しているようだ。

親密になればなるほど本当の自分を見せられない自分がいる。
ごくわずかな友人を除けば、私は今も昔もあまり自己開示を
しないしする必要も感じない。このブログではかなりの
自己開示をしているが、逆にこのブログは家族には教えて
いない。以前持っていたホームページは家族もその存在を
知っていたけれど、ホームページからブログへは何の
アナウンスもなく移行したので、ホームページのみしか
知らない読者の多くはブログに移行した時点で消滅したはず。

もっとも、これだけ自己開示している場を家族に読まれたく
ない、という感情が働いていることも確か。たとえば私と
私の姉はとても仲がよいけれど、お互いのプライベートに
ついては子供の頃からほとんど知らない。私は姉と姉の
旦那がいつどんなきっかけで知り合ったのか知らないし、
興味はあるけど、聞いたこともなければ聞く必要も感じない。
大事なのは姉夫婦がいつ、どこで知り合ったかではなく、
姉夫婦がうまく行っているのかどうかなのだ。

私は家族と過ごすのがあまり好きではない。うちの家族は
私が子供の頃、寄ると喧嘩ばかりしていたので家族旅行など
私にはもってのほか。一緒に外食するのも、私以外の人が
みんなで行ってくる分には良いけれど自分も行くのは
今もって好きではない。自分が自分でいられない場所と
いうか、そのままをさらけ出したら文句が降ってくるから
リラックスできないし、そんな痛い思いをするくらいなら
初めからひとりの方がいい、と思っている。

自分の中に無価値感が今も根強く残っていることは自覚
している。「好きなように振舞ってはいけない」「親の
意向と違うことをしてはいけない」という制限がかかった
子供時代だったことを思うと猛烈に腹が立つのだけれど、
今はもう腹が立っても良いんだ、と思う。かつては腹が
立つという感情すら封印していた。自分の感情を押し殺して
生きてきた期間が私は長かったのだ。

「本当の自分を見せたら嫌われる」という怖れは家族を
通して出来上がったもので、そうやっているうちに私は
他の人と一緒にいても楽しもうとはしなくなったし、
いつも冷静でいよう、いつも醒めた視線でいようと思う
ようになった。たとえばYOSAKOIを踊っても、踊りに
熱中できない自分がいるのだ。踊りながら醒めていて
熱中できない、というのはとても悲しく辛かった。

自分には生きているだけで価値がある、なんて言えるの
だろうか。そう言い切れる人がどれくらいいるのだろうか。
自分に対して生きている価値があると言い切れないのに、
どうして他人に対して生きる価値があるなんて言えるの
だろう。そういうことを思うのだ。

たとえば大きなバイクが欲しかったり(草津で使うには
アネーロで必要十分なんだけど、大型バイクを見ると
「いいなぁ〜」と思ったりする)、あるいは大きな企業に
勤めている友人を見たり、あるいは自分の夢を実現して
いる人を見ると羨ましかったり、それはどうしてだろう?
と考えてみると、他人に認められたいから、他人に認め
られることを通して自分の無価値感を補いたいから、
という構図が見えてくる。たとえば結婚だって、そういう
理由で結婚するなら違うと思うんだよね。第一に相手に
対して失礼だと思うし。

今もそうで、幸せになってなおさらに幸せになりたい
理由はと考えると、幸せとはベクトルが違う方向で、
もっと経済的に豊かになったら、あるいは社会的に
ステータスが高いといわれる立場になったら、もっと
自分を認めてあげられるようになるのに、という感情も
やっぱりあるのだ。それはあると認める。でも、おそらく
そういう立場になったらなったで自分を認められるの?と
考えると、そういう世界にいる限り、やっぱり上には上が
いるので認められないんじゃないの?と思ったりもする。

自分の心の中の痛みを感じてもいいんだ、と思うと本当に
痛かったりする。そちらにフォーカスしてみると、自分の
心の痛みを感じることがいかに恐ろしいことか。痛みを
感じないように感じないようにしていたことが分かる。
痛みを感じる許可を自分にしないと、とても感じきれる
ような痛みじゃない。

昔から、私は「お金、お金」と言って働くことが嫌いだった。
でも、その一方でよりお金の稼げる仕事を、と考えて生きて
きたことも事実。権力とかお金に対して嫌悪感を持ちながら
それに対する興味とか欲求もすごく持っている。本当は
私は見栄も張りたいし権力もお金も欲しいのだ。欲しい、
と言っていいのだと思う。もちろんやせ我慢にはやせ我慢の
美学があって悪くないのだけど、やせ我慢では得られないから。

ともあれ、明日はもう一度リーディングを受けてくる。
北海道移住と船乗りへの復帰に当たって、心の奥深くの動機を
知りたい、というのが理由。単に見栄なのか、それとももっと
大きな動機があって突き動かされているのか。職務経歴書を
書くに当たって、自分が主張したい点、なぜこの仕事で
なければならないのか、なぜ北海道で働きたいのかを明確に
したいのだ。
| SHO | Iターン | 03:17 | comments(0) | - |
メール復旧
5ヶ月ぶりに、パソコンのメール送受信が可能になった。来週から、これで
職務経歴書に取り掛かることができそうだ。1ヶ月ぶりに事態が動きそうで
嬉しい。この1ヶ月、かなりイライラしていたのだ。

そろそろ草津は槇原敬之の「冬がはじまるよ」が似合う秋の季節になった。
来年のシーズンイン前に草津を離れるので、10月までにバイクで行きたい
道がたくさんある。神岡鉄道に乗るために飛騨へ行きたいのが筆頭だけど、
ビーナスラインや近場の鬼押ハイウェイや上信スカイラインなど、走りたい
道が山ほどある。北海道移住と同じくらい、今の人生を楽しむことも私には
大事だ。せっかく草津に住んでいるんだもの。楽しまなきゃもったいない。
| SHO | 雑談 | 10:37 | comments(0) | - |
携帯買い換え決定
今週末、携帯をW-ZERO3に買い換えることにした。フルキーボード付きで
大画面、大容量の機種に。ボーナスは貯金するつもりだったのに…。

昨日書いたように、パソコンがもはや完全には復旧しないためだけど、
最新鋭のモバイルコンピュータ(Windows Mobile搭載)を買うのは久しぶりで
ワクワクもする。京ぽんは「インターネットの見られる携帯電話」だけど
W-ZERO3は「通話のできるモバイルコンピュータ」。PHSなのにワードや
エクセルの編集もできるし、無線LANも使えるしフルキーボード搭載だし。
親指でメールを書くのも近々最後になる。かなり速くなったけどね。

問題は冬用バイクジャケットと改めてタンクバックを買わないといけない
ことで、理想を言えばライディングパンツも欲しいところ。またお金が飛ぶ。

パソコンを買い換えるか携帯を買い換えるかしばらく考えていたのだけど、
結論が出ないので父に電話した。話しながら情報を頭の中で整理して、
(ウチの父は今や僕よりもパソコンの最新情報に詳しい)、携帯を買い換える
ことにした。父の回りで使っている人の評判を総合しても、私のように
圧倒的にデータ通信主体で「通話もできるモバイルコンピュータが欲しい」
人に向いているマシンだそうだ。「合ってるんじゃない?」と言われた。

W-ZERO3は現在使っている京ぽん以来の革命的な携帯端末。京ぽんは
日本初の本格的なインターネットブラウザ搭載の携帯電話だけど、今度は
日本初のWindows Mobile搭載、フルキーボード搭載の携帯電話。性能的に
メインマシンとして十分使えるので、久しぶりにメインマシンとしてモバイル
コンピュータを持つことになる。もう5〜6年ぶりになるだろうか。

それにしてもすごい。僕が初めて買ったパソコンの3倍の処理速度と半分の
メモリ容量のマシンが、携帯電話として5分の1の価格で買えるんだから。
私はそもそも、遠隔地の寄港先から当時大好きだった人とどうしても連絡を
取りたくて、当時10万円もしたモバイルワープロを買ってメールを使い始めた
のだった。10年前のパソコン通信時代から、当時まだモバイルコンピュータの
一般的なOSだったMS-DOSを操って海外モバイルしてきた、モバイラーの
はしり世代のひとりである。最新鋭のモバイルコンピュータの性能が楽しみだ。
| SHO | 雑談 | 19:24 | comments(0) | - |
W-ZERO3に買い換える話
パソコンは相変わらず復旧せず。
だんだんイライラしてきた。この半月というもの状況が
変化しないことに。いや、湯治が最終の上がり湯の段階に
入っただけでも十分な変化なのだけど、職務経歴書が
いつになっても書けない。いや書かない自分に腹が立つ。
それって言い訳して先延ばしいるだけじゃん。

今週末は帰省するのだけど、W-ZERO3を買うかもしれない。
とにかくWARDが使えなくて困っている。母艦で書いたほうが
楽なのは承知しているし、今週末には母艦にもOfficeを
再インストールする。今、職務経歴書が書けないのは、
パソコン復活時に工場出荷状態に戻したため、Officeが
インストールされていないのが大きい。

基本は母艦となるパソコンで書くとしても、会社で
休憩時間に職務経歴書を書いたり、あるいは手を加えたり、
なんと言っても高速通信回線を使ってメールやファイルを
やりとりしたければ、やっぱり現在使っている京ぽんでは
ダメで、どうしてもW-ZERO3の性能が必要になってくるのだ。

それでも、京ぽんがインターネット携帯だったおかげで
どれほど助かっているか分からないのだけれど。
おそらく、京ぽんでなければ私のインターネット環境は
もっと早期に破綻していただろう。

それにしても、パソコンがここまで復旧できないとは
思わなかった。復活してなおとても危険な状態なので、
とても安心してインターネットを使える状態にはない。
一時的には予備アドレスの@niftyを復活させてWebで
データをやりとりしないといけないかもしれない。
あるいは送信はniftyで、受信はTigers-net.comで、
とか、そういう役割分担は今後必要になるだろう。

現在の京ぽんも、発売当時は画期的なPDAだったのだけれど、
W-ZERO3に買い換えたら一貫してモバイル路線を歩み
つづけているなぁ。初めて買った富士通OASYS pocket3が
1995年に買って、メールアドレスを取得したのが1996年の
3月だった。それからNECのモバイルギアMC-K1、MC-MK32と
なって、パソコンのIBM Think Pad 535、Think Pad 240に
いったん統合されて、IBM Think Pad R50と京ぽんという
役割分担に再び分離されたのが一昨年のこと。

小型キーボードのPDAでパソコン通信デビューしたので、
W-ZERO3ほど小さなキーボードとなると分からないけれど、
一般論としてフルキーボードじゃなくても私は対応できる。
今だって京ぽんで相当の長文も書くし、ブログの記事も
京ぽんからアップしている。

それにしても、お金を考えると使いたくないんだよな。
これから転職が控えているのに。そうは言っても転職する
ために職務経歴書を書く必要があって、そのためにPDAを
買うというジレンマに陥っている。もちろんパソコンを
買い換えることも考えたけど、それなりの性能のものを
求めたらやっぱり高くて一括では買えない。現在のR50の
HDD容量も十分に余っているし、それならPDAで我慢して
パソコンはスタンドアローンの母艦として使う方が
いいんじゃないか、という方向に現在は傾いている。

ともあれお金がまたかかってしまいそうで、頭が痛い。
| SHO | Iターン | 01:17 | comments(0) | - |
パソコン復旧せず
気がついたら、もう9月4日だ。
すっかり草津は秋。もうこれが最後の草津で迎える秋にする
つもりなのだけど、パソコンが復旧しないもので不安な毎日。
パソコンを買い換えようか、と思ったり、いやいや2年しか
使っていないしHDDはまだまだ余っているんだから、と思ったり
揺れ動いている。

いずれにしても、パソコンが復旧しないと職務経歴書を
書けないので転職活動も本格稼動できず、メールも使えないと
必要な場所に必要なメールを送ることすらできない。携帯を
先に買い換えるべきか、パソコンを買い換えるべきか…。
いずれにしても早急に結論を出さないといけない。

ボーナスが出たのはいいけれど、パソコンを買えるほどの
お金じゃないし、来年の春に転職するならば、なおさら今から
お金を貯めないといけない。英語の勉強をこれからしないと
いけないことを考えると、なおさら今お金を使うわけには
いかない。悩ましいところだ。

先日、信州中野のブックオフで徳永英明の「Live」を見つけた。
1990年に発売された限定生産のライブアルバム。これに収録
されているバージョンの「あなたのために」という曲が大好きで、
でもテープでしか聞いたことがなかったので、見つけてとても
嬉しかった。会社への行き帰りで毎日聞いている。

仕事中にある事件があったのだけれど、相手がどこの誰で
あろうと毅然とした対応をすることは大事。どういう基準で
判断するか、後で振り返ると私はDuty Officerとして、
Responsible Officerとして対応することを決めていた。

1日10時間、当直時間を預かる者として誰かに媚びることは
職責上許されない。どんな立場の人であろうと、Visitorで
ある以上は私の側に施設とお客様の物品の管理責任があり、
何かがあれば私は過失責任を問われる立場にある。だから
それを侵そうとする者に対しては、たとえその者も当館に
関わるVisitorであろうと、毅然として対応をする義務が
私にはある。

責任には権限が伴い、権限には責任が伴う。これは当たり前
のこと。必要とあれば私は権限上の強制力を発動することも
あるし、その場合に強制力を発動させた全責任は私にある。
それがResponsible Officerということだ。私の仕事観の
根幹には、今なお士官としての職業観と誇りが息づいている。
それは人を指揮する立場にある責任者としての職業倫理だ。
船内を館内と言い換えれば、私の仕事は昔と変わらない。

転職まであと半年。すんなり行くだろう、だけではなくて
今すべきことをきちんとこなさなければ。パソコンが
正常に稼動しない状態のまま、私はとても不安だ。

昨日の記事を書きながら、結婚したいとはずっと思っている
けれど、今は封印なのは転職と北海道移住が現在の最大目標で
あるためで、誰か特定の相手ができることは転職の最大の
障害になりかねない、と警戒しているのが遠因だと気づいた。

結婚したいとはずっと思っているけれど、結婚に依存はしなく
なったかな。昔は結婚したら、あるいは誰か特定の相手が
いれば幸せになれると思っていた。今は半分あきらめの部分も
あるし、冷静に感じた結果として、そうじゃないと思う。
幸せになる方法は独身のままでもいくらでもあるし、でも
結婚しないとできないこともあるんだろうな。それに、
やっぱりひとりだと寂しいということも大きい。職場に
やってくるカップルのお客様が仲良くしているのを見ていると、
正直に書くととても羨ましいし。

私が環境を変えようと思う理由のひとつは、今の職場環境は
熟年で独身の人が多いことも大きい。もう7年前になるけれど、
私が短歌結社を変えた理由の大きなひとつは、彼氏もちの
若い女子は多かったけど、彼女もちの男子が少なかったことも
ある。彼らの何人かは今は結婚しているけれど、私の望む
人間形成の場としてふさわしくない、と当時判断したからだ。

周りに独身が多いと自分も独身になってしまう…という判断は
間違っていないと思うけれど、環境を変えてもやっぱり回りに
独身の人が多いってことは、私の側の生き方の問題なのだ。
独身になっちゃう生き方を私が今までしてきた、独身である
ことを本心ではずっと望んできた、という証拠に他ならない。
周囲の環境は、本心で何を望んでいるかの反映なのだから。

私は生き方を変えることも、自分の周囲の環境を変えることも
すごく恐ろしい。今、ありありとそれを感じていて、本当に
生き方や生きる場所を変えられるのか、とても不安だ。
| SHO | Iターン | 05:08 | comments(0) | - |
1年前とは別人
今年の角川短歌賞を、京大短歌会出身の澤村斉美さんが
受賞した、らしい。「らしい」となっているのは確認した
わけではないからで、もう1年も短歌雑誌を買っていない。
そういえば、もう歌壇賞の応募時期かぁ。

澤村さんは私と同世代の大学短歌会の元主力メンバーで、
「全国学生短歌大会2001」の実行委員のひとり。彼女が
最初に短歌関係のメジャーな賞を取るとは。すごいなぁ。
東北大学短歌会時代の友人と「すごく嬉しいけれど、
心中穏やかじゃないなぁ」と話をした。どちらも本音。

私が昨年の歌壇賞を最後に短歌を完全に休止したのは
はっきり言えば短歌やっててつまんなかったからで、
自分の歌も周囲の歌も全く良いとは思えなかったし、
ある意味で所属結社の『心の花』にもついていけない
部分があった。それは今でもあるけれど。

1年前の私と今の私は全く別人だ。
今、履歴書に趣味を書くとしたらバイク、スキー、温泉と
言ったところで、昨年なら鉄道、短歌、スキーと言った
ところだったろうから、全然違う。このブログも昨年の
今ごろと今とでは全然雰囲気も話題も違うはず。住んで
いるのは相変わらず草津だけれど、草津に来る前と草津に
来てから2年が経過した今とでは、同じ人間でも中身と
いうかコンピュータなら基本ソフトが全く入れ替わった
くらいの違いはある。つまり生き方が変わったってこと
かもしれない。私を取り巻く現実が1年前とは全く違うと
言うことは。

私が当時、短歌に行き詰まっていたのは生き方に行き
詰まっていたというのと同義語であって、自分のために
歌を詠むのか、誰かに評価されたいがために、自分の
無価値感を埋めたいがために短歌を詠むのか分からなく
なっていた。周りの歌人の方々のアドバイスも何か自分の
欲しかった答えとは違っていたのだけれど、それは私の
内側に答えがあるからだと今は分かる。逆に言えば私の
内側にしか私の求める答えがなかったのだ。

じゃあ、今は生き方に行き詰まっていないのだろうか?
行き詰まっているかいないか、今はそういうことを全く
考えなくなったし、意識も全然しないし、生き方が行き
詰まっているのかどうか意識する必要も感じない。
現実に起こっている客観的な事態と、それを行き詰まって
いると判断するか否かは別の問題だ。行き詰まっていると
考えれば、いつまで経っても行き詰まっているのだろうし、
行き詰まっているかどうか考えることなんて、生きるため
にはどうでもいい、と言えば本当にどうでもいい。つまり
行き詰まっているか否かは自分の内面の投影でしかない。

今の私と来年の今ごろの私も、また全く違った人間だろう。
来年はおそらく北海道にいると思うし、なぜ北海道かと
言えば、私自身の内面の変化に伴って生きる場所も変わる、
ということに他ならない。自分の内面の変化に合わせて
環境も追従して変わっていくのだ。

内面を変えるためにはまず環境を変えることだ、というのも
真だと思うけれど、一方では、どんなに客観的な環境を
変えても、内面が変化しない限り内的な現実は変わらない、
というのも真だと思う。内面が変化すれば、客観的な環境は
変わらなくても勝手に内的な現実は変わっていくものだろう。

短歌の話に戻すと、「たかが短歌じゃないか。こんなもん」
と今は思っている。どうでもいいと言えば本当にどうでも
いいし、どうでも良くないと言えばどうでも良くない。
短歌が良く詠めることと、その人が幸せになることは全く
別の問題だ。結婚することとその人が幸せに暮らすことは
全く別の問題であるのと同じように。

名歌をたくさん残した過去の歌人の中にも、半径10km以内に
寄って欲しくない人はたくさんいる。そういう人とは勇気を
持って接触を避けることが肝心だ。自分は短歌を良く詠める
ようになりたいのか、それとも幸せになりたいのかをよく
把握することはとても大事な分岐点で、それを間違えると
短歌がいくら上手くなってもちっとも幸せじゃない‥という
ことになる。

それはそうで、短歌の賞を受賞することと本人が幸せになる
こととは、人生において全くの別問題なのだ。歌人としては、
短歌賞を受賞できるものなら受賞した方が良いに決まってる。
でも、幸せな人生を保証してもらうために、自分の無価値感を
埋めるために短歌賞を狙う、受賞するのだとしたら、受賞して
一時的に幸せにはなれても、本人が生き方を変えない限りまた
同じ現実が待っているだろう。短歌賞の受賞が永続的に幸せな
人生を保証するわけでは全くないだろう。

付け加えておくと、これは澤村さんが受賞したから書いている
わけだけど、私の脳裏に浮かんでいるのは何人かの過去の
受賞者であって、決して澤村さんじゃない。そして、ともすれば
自分の無価値感を埋めるために短歌賞への応募をしがちな
自分への戒めでもある。

結婚もそうなのかな、と思う。結婚したから幸せになれる
わけじゃないよ、というのはよく聞くことだけど(私は結婚
したことがないけど)、幸せになるために結婚するわけだけど
結婚したから幸せになるわけじゃない、結婚することがイコール
幸せな人生を保証するものじゃない、ってことは思う。結婚は
幸せになるためにするものであって、結婚が幸せな人生を
運んできてくれるわけじゃないと思うのだ。

独身でも幸せな人生を送る方法はいくらでもあるし、独身で
幸せになれない人が、結婚したから幸せになれるとは思えない。
幸せになるケースもあると思うけれど、それは結婚したことで
本人が生き方を変えたケースじゃないだろうか。結婚することと
幸せになることは別問題。誰かが幸せを運んできてくれるわけ
じゃない。自分が幸せになるんだ。そしてお互いに幸せになる
ために結婚するんだ。それを間違えちゃいけない。

私の場合、就職がそうだったな。たぶん他の人もそうだと思う。
1年前と比べて、今の私は正社員として就職していることも
大きな環境の変化だ。正社員として就職して、間違いなく私は
幸せになったと思うのだけれど、環境が変わった以上に私の
内面が変化しつづけている。正社員になったことは私にとって
大きな脱皮で、でも近い将来に再び大きな脱皮の時期を迎える
だろうという予感はあるし、脱皮すべき時期に脱皮することが
これからの人生にとって大事なのだろう。

独身でも幸せになる方法はいくらでもある、とさっき書いた。
そうなのだ。それに気づいたことがすごく大きかった。その
延長として結婚があるのなら、それはそれで嬉しいな、と思う。
それと同じように、幸せな人生の延長として短歌賞を受賞できる
のなら、私も受賞したい。
| SHO | 短歌 | 02:35 | comments(0) | - |
シフトチェンジと回転数
バイクに毎日乗っていると、シフトチェンジがショックなくできる時と
ショックがある時があるのに気づく。自分がどんなタイミングでシフトして
いるのか観察すると、シフトを今まではスピードで行っていたのが、回転数の
方が重要なのに気づいた。アネーロの場合、シフトアップは5000回転、
シフトダウンは3000回転が基本で、4000回転で3速にシフトダウンすると
かなりショックがある。4速にダウンだと、クラッチを切って3000回転近く
まで落ちたところでシフトダウンするとショックがない。なるほどなぁ。

アネーロは不人気車だけど、私には合っている。私にとっては良いバイク。
パワーがある分、乗り手のミスを許容する範囲はCRMよりはるかに狭い。
よりシビアな運転操作を要求してくるけれど、基本的に鈍重なバイクで
パワーをコントロールできない怖さはない。おとなしいバイクでありながら
パワーはあるので、回転数にさえ気をつければ暮坂峠のような急勾配の
ヘアピンカーブもCRMより不安なく通過できる。ただし3000回転以下に
落とさないこと。高回転型のエンジンなので、シフトダウンのタイミングを
間違えるとエンストする恐れがある。

いろいろエンジン特性を把握して使わないといけないところはあるけれど、
私にとっては本当に良いバイク。ハーフカウル付きでかっこいいのもポイント
高いところ。性格のおだやかなバイクで、でもパワーはある。

「(僕にとっては)美人で、性格がおだやかで(でもおとなしくはない)、
たくましいパワーがある」って、僕はこういうタイプが好みでかつ合って
いるんだな。一緒に長く付き合うなら、アネーロに感じるフィーリングの人が
良いなぁ。

バイクの好みと異性の好みって、一致してないだろうか?誰にでも合って
いる必要は全然なくて、自分に合っていて最高の相手が自分にとっての最高の
相手なのだろう。
| SHO | バイク日本一周 | 20:48 | comments(2) | - |
パソコン復活!のはずが。
昨日というか、もう一昨日のことだけれど、長野電鉄湯田中駅の
スイッチバックが廃止になるので乗りに行って、そのまま野沢温泉の
ライダーハウス「粒麗荘」に泊まってきた。相変わらず気持ちのいい
空間で、のんびりしてきたのだけれど、問題はバイク。2日間で
2度も転倒して、右のナックルガードは傷だらけに‥。ヒビまで
入ってしまったし。

転倒したのは全部右側。今まで3回転倒して、うち2回は立ちゴケ。
残り1回は昨日転倒したのだけれど、山道で間違ったところに
入り込んでしまって、急傾斜の場所でUターンしようとして失敗した。
いずれも車体のバランスが右に崩れた時に車体を体が支えきれない
のが原因で、乾燥重量146kgでこれだったら、大型バイクは無理
だなぁ‥と思った次第。もっとも、おとなしく車体につぶされて
いるのでバイクも体も最小限のダメージで済んでいるのは不幸中の
幸い。右手首を痛めっぱなしなのだけれど、素直に倒れないで
手をついたり抵抗していたら、おそらく骨折しているだろう。
バイクウェアの肘と肩と脊髄にはプロテクターが入っているため、
速度ゼロで転倒した程度では怪我しないようになっている。

5ヶ月近く起動不能の状態になっていたパソコンは、工場出荷状態に
戻した。やりたくないのはやまやまだけど、完全に基本ソフトが
破壊されてしまったのでやむを得ない。復活はしたけれど
めちゃくちゃ遅くて(なんで?)、デフラグしてもまだまだ遅い。
おまけにメールソフトの調子がおかしくて、受信したファイルが
どこに保存されているのかさっぱり分からないし、メールを書いても
変なところに保存されているのか、書いたばかりのメールが
送信箱に入っていない。どうなっているんだろう。

アップデートすべきものも全然アップデートできなくて、かなり
調子が悪い。どうなっているのやら。

う〜ん、これでは復活しても使えないではないか。
パソコンを買い換えるかなぁ、でもそんなお金ないなぁ‥。
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