藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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モノクロームの夏
渡辺美里を聞くにはもう遅いし、広瀬香美を聞くにはまだ早い季節になった。

今の季節、沢渡で聞くのにぴったりなのが鈴木祥子の「モノクロームの夏」。
シングル「True Romance」にのみ収録されていて、アルバム未収録なので
鈴木祥子のファンでも知らない人は知らない曲なのだけど、歌詞もメロディも
懐かしくて旅に誘う曲。一番はこんな歌詞だ。

サイダアの泡のようなモノクロームの夏が行く
爪先で履くサンダル 知らない路地へ迷い込む いつか きっと
あの角を曲がれば会えるような気がした 日傘のレースの上 風が踊ってる
白い日差し 腕の中に溶けて 
目を閉じたら ふたりの肩越しに燃え落ちてゆく夕日
モノクロームの夏が逝く

本州で過ごす最後の夏を見送りながら聞いているうちに、どんどん日が
落ちて空の色が変わってゆく。昼間はあんなに暑かったのに、夕方5時を
回るとすっかり秋の色が聞こえる。さて、そろそろ草津に帰ろうか。
| SHO | 音楽 | 20:09 | comments(0) | - |
アネーロと不安のこと
ライダーハウス「粒麗荘」のホームページから「Visitor」→「2006」→「40」
とクリックしてもらうと私と愛車・アネーロの写真が載っている。私の
パソコンが壊れていて、デジカメからデータ移行ができないので、自分と
アネーロの写真を見るのは初めて。以前乗っていたCRM50と比べると、
アネーロは車格がはるかに大きい。やっぱり250ccだなぁ〜。我ながら
なかなか似合っていて、いかにも楽しそうだ。

CRMからアネーロに乗り換えて、走りの性格が変わった。元がエンデューロ
レーサーのCRMはとにかく乗り手を急き立てるバイクで、いつも目一杯飛ばす
走り方になっていたのだけど、ZZ-R250とほぼ同じエンジンを搭載する
アネーロはクルーザーというかロングツアラーで、パワーはあるけど鈍重で
乗り手を急き立てる感じはない。40〜60km/hでのんびり流すのが楽しい
バイクで、沢渡と草津の間の所要時間は、アネーロに乗り換えてかえって
長くなったほどだ。シャカリキに飛ばせばアネーロの方が相当パワーがあって
速いはずなのだけど、アネーロはそういうバイクじゃないのだ。

急勾配のカーブの立ち上がりで、3速に落としたアクセルをグワッと開けると
8000回転くらいまで一気に加速する。最大馬力を発揮する11000回転、
最大トルクを発揮する10000回転まで回したことはまだ一度もない。私には
まだアネーロの全力走行は扱い切れない。一般道で使うのは6000回転から
せいぜい7000回転まで。その回転域では鈍重で操作がパワーに負けることは
ないバイクなので、二輪の初心者にも安心して扱えるバイクと言える。
まだまだポテンシャルを秘めているので、これからが楽しみだ。

ところで徳山高専の殺人事件はショックだった。ものすごい衝撃。私は
高専出身で、しかも同じ山口県の隣の高専を出ているので本当にショック。
学校の雰囲気が分かるだけに、本当に痛ましくてやりきれない。なぜ…と
とても悲しく悔しい気持ちだ。

次の話題に移る。
大きな変化を受け入れる時は、必ず何らかの居心地の悪さや恐れ、痛みの
感覚が沸き上がってくるそうだ。痛みや恐れがあがってきたら、それを
嫌うのではなく、その感覚と一緒にいて、本当に感じてあげることが大事
らしい。私も毎日ものすごい痛みや恐れを感じている。これから、もしかすると
今すでに大きな変化が起こりつつあるのだろう。今はこの痛みや恐れや不安の
感覚をただ感じて味わって行こうと思う。この先に何が待っているのだろう。
| SHO | バイク日本一周 | 05:29 | comments(0) | - |
傷つくのが怖い
今日も雨の中を沢渡へ。
危うく風邪を引くところで、帰ったらすぐにフリースを着て電気ヒーターの
前で熱い紅茶を飲んだ。そのまま羽毛布団と毛布にくるまって、ようやく
じわっと汗が出てきたところ。もうメッシュジャケットの季節は終わりだなぁ。

自分の中で、「傷つくのが怖い自分」がいることを最近自覚した。恋愛に
してもそうだけど、生き方全般を変えようかなぁ、今までの生き方を変える
ことを、そろそろ自分に許可しても良いんじゃない?と思うようになった。

今は、今までの生き方を変えたくてうずうずしているというか、自分に
合わなくなった古い服を脱ぎ捨てて、新しい服に着替えたいと言う感覚に
近い。他人と深く関わることを避ける、あるいはひとりで生きることを自らに
強いる今までの生き方が、今の自分にはもう合わなくなってきたのを感じる
のだ。だから新しい生き方をしたい、受け入れたい、と思うようになった。

私は傷つくのが怖い。うまく行きそうなものほど、もしそれがうまく
行かなかった時のことを心配してしまう。だから恋愛も北海道移住も転職も、
潜在意識でうまく行きそうだと認識しているものほど真剣に怖い。

怖い怖いと言いながら、断固として北海道移住と転職の方向に向かうと宣言
しているのは、私はうまく行きそうなものほど怖いのだとはっきり自覚した
からだ。新しい事態を受け入れることで、もしかすると心が傷つくかも
しれないことを、私は受け入れると決めたからだ。
| SHO | Iターン | 20:29 | comments(0) | - |
レイキを始めて変わったこと
私はレイキ・ヒーラーでもある。
レイキのアチューンメント(伝授)を受けてから、3ヶ月半になった。
レイキは今のところ自己ヒーリングにしか使っていないので、他人の
ヒーリングはやり方を忘れてしまったくらいなのだけれど、そういえば
この3ヶ月でかなり人生変わったなぁ、と思うので記してみたいと思う。

レイキとは外気功の一種で、感じたまま言えば呼吸と一緒に頭から気を
取り入れて、体から頭を通ってまた気を体外に返す気功法のこと。
気を通すパイプが太ければ太いほど感じる力が強くなるのが特徴だ。
この気のパイプを最初に通す作業のことを、アチューンメントと
言うのだ。

この3ヶ月で、事態は思わぬ方向へ動き始めている。
7月に北海道移住というキーワードがふと浮かんで、8月には
それが具体化してしまった。また、独り言をいうときに、
自分自身に対して否定的な言葉を使わなくなった。それと
同時に、自分の活動に対して他人の承認を得るというか他人の
評価に左右されて動くことは少なくなったように思う。

たとえばこういうことだ。
私が勤めているのは旅館なので、お客様からチップを頂くことが
ある。その一部は直接チップを頂かない職種、たとえばフロント系の
人間にも分け前が回ってくるのだけれど、今日は一部の人には
チップがあって一部の人にはチップが配られなかった。理由は
よく分からないけれど、とにかく事実はそう。ちなみに私は
配られていない。

そういう時に「いじめだ〜」とか「オレの仕事はちゃんと
評価されていないのか」とか思わなくなった、ということだ。
チップがもらえるならばそりゃ欲しいけれど、もしかすると
事務方の手続き上の問題でチップの遅配が発生しているだけかも
しれないし、あるいは本当に私の仕事が評価されていないだけ
かもしれないけれど、それはどうでもいい、ということだ。
他人に評価されなくても、私は自分の仕事を自分で評価して
自分で承認しているから。だから「オレもチップ欲しいなぁ〜」
くらいは思うけれど、チップがもらえないから自分の仕事が
ダメだとか評価されているとか、そういうことは全く思わない。

でも、昔だったら私も「私の仕事は評価されていないのかも
しれないな〜」とか思っただろうな、と思うのだ。そういう
部分で自分自身を癒すことがちゃんと今はできていると思うし、
必要以上にがっかりすることもなくなった。以前よりははるかに
高いレベルで自己承認ができている、ということだ。

自分の現実は自分が作り出している、ということの意味が、
ようやく少し分かりかけてきたと思う。たとえば私は友達も
少ないしパートナーもいないけれど、それは自分の本心が
そう望んだ結果が現状なのだな、と承認することができる。
私は、ごく一部の友人を除けばそんな頻繁に他人と連絡を
取る方じゃないし、その必要も感じない。だからそういう
現実を招いているわけだし、パートナーがいないのも、欲しい
欲しいといいながら、やっぱり本心ではパートナーがいざ
できたら‥と思うとしり込みしたい気持ちを持っていること
にも気づいた。そのことそのものは良いことでも悪いこと
でもない。

起こっている現実の事態に対して「あぁ、だから自分は‥」
と否定的な言葉を吐くことがなくなった、ということだ。
現実に起こった客観的な事態と、それについての自分なりの
考察を切り離して考えられるようになった、と言っても良い。
良いか悪いかを判断するのは自分の頭の中の考察なのであって、
それに支配されて世の中の現実を見る必要はない。

現実に起きたことは、あぁ自分が本心では望んでいること
なのだな、と思うし、現実に起こっていることは無意識の
自分の思考の表れなのだと思うようになった。自分の無意識が
何を望んでいるかは、その人に起こっている現実を見れば
正確に分かるのだ。その人に起こっている現実が、その人が
本心から望んでいることなのだ。

だから、人に不必要に同情することもなくなった。大変そう
だなぁ、というのと、だからその人が可哀想なのとは別問題。

たとえばワーカホリックに働き続けていつも「休みが欲しい」
と言っている人を見ても、その人が休みを取らない(取れない、
のではありません。「取らない」のです)ことで得ているものは
何なのだろう、ということに目を向けてみると、そんなに同情
する必要はなかったりする。それは他人の目を気にしている
ことだったり、あるいは自分の無価値感を埋めて「どうだ、
オレはこんなに働いているんだぞ」と他人に認めてもらいたい
欲求だったり、とにかく休みを取らない代償として得ている
ものが必ずあるのだ。だから同情する必要はない。

むしろ、同情したい気持ちの裏側には自分の中に何か癒されたい
ものがあって、その人を見ていると癒されていない何かが刺激
されるから同情するのかな、と思う。

だから、例えば私にパートナーがいない、という現実があると
したら、「じゃあ、私はパートナーがいないことで何を得ている
んだろう」と今では考える。自分に対して同情していないから
そういう発想になる。すると、私はパートナーを持つことに
非常に恐怖心を持っていることに気づく。パートナーだけじゃ
なくて、多くの他人と深く関わることそのものに非常に恐怖を
覚えていて、その望んだ結果が友達の少なさやパートナーが
いない現実だったりするわけだ。それは私が望んだことなのだ。

私が何に対して恐怖心を持っているかというと、私は初恋の
時点でこっぴどく振られたことがあるので、傷ついたというか
心の中にしこりになって残っているものがあって、傷つきたく
ない現実(つまりパートナーを持たないってこと。パートナーを
持たなければ傷つかないから)を作り出していたってことなのだ。
傷つくかもしれないリスクを受け入れることが私には必要だし、
自己承認ができれば、仮にうまく行かない現実に対しても「でも、
よく頑張ったよ」と自分をヨシヨシしてあげることができる
気がする。自己承認とは、現実を受け入れた上でさらに前に
進むために必要なことなのだ。

ただ、そろそろその現実を変えてもいいかな、と思い始めて
いるので、そう遠くない将来にパートナーなり親しい友人なりが
出来るのではないだろうか。パートナーに関しては北海道移住まで
封印するつもりなのだけれど、自分の現実を変えることを自分が
受け入れたなら、現実は勝手に変わっていくものなのだろう。

自分の現実を変えることを、自分で受け入れることが大事なのだ。
その前提として、自分の現実は自分が望んだことなのだと知る
ことが大事なのだ。そのためには自己承認を受け入れる必要が
あって、つまりレイキを活用し始めて変わったのは、私は自分の
現実を自分が望んだものだと受け入れた、ということなのだ。

自分の中に、自分の無価値感を埋めるために何かをしている現実が
ある、と認めたことも大きい。たとえば余計な仕事をしていたり、
本心に反することを他人に評価されたいがために行っていたり。
大型バイクや日本一周も、あるいは転職活動も、なぜそのことを
するのかに目を向けてみると、自分の中の動機よりも他人に
評価されたいことを優先して選んできた現実が私にはある。

じゃあ、どうしたらいいんだろう。
私の中の現実を認めた上で「よく頑張っているよ」とヨシヨシして
あげることかなぁ。たとえ他人が承認しなくても、自分が承認して
いるならそれでいい。心の中に、つらい思いをして頑張っている
自分がいるんだ、と認めてあげることじゃないだろうか。自分が
頑張っていると認めてあげられるなら、他人に評価される必要は
ないし、必要以上に他人の評価に左右されることもない。それが
自己承認ができている、ということなのだ。

ヒーリングをして目指すものは、ニュートラルな状態に自分を
(あるいはヒーリングの対象を)戻す、ということじゃないだろうか。
ニュートラルな状態であれば、他人の評価云々は関係ないし他人に
寄りかかる(他人の評価を欲しがる、とはそういうことだ)必要もない。
スタンドアローンの状態でいられるのである。そのためには自分の
中の執着を手放すことだと思うし、執着を手放すためには執着する
原因になっている自分の中の癒されない何かを癒す必要がある。

癒すとは、気の滞った部分を太い気のパイプでもって、洗い流して
やる、というイメージでとらえてもらえれば良いと思う。だから
レイキでは気の流れの太さに非常に神経を使うわけだし、体全体を
太くて大きな気のパイプと化していくことがレイキ流の修行なのだ。
気の流れが圧倒的に太くなればなるほど、癒そうと思わなくても
勝手に癒されていくものだと私は感じる。
| SHO | 雑談 | 03:08 | comments(2) | - |
北海道が怖い・その2
最近、「北海道が怖い」「移住が怖い」ってことをよく書いている。本心を
言えば「やったら絶対楽しいだろうけど、やったら絶対楽しいだろうから
怖い。もし実現しなかったら…と考えると怖い。絶対実現する!という
自信がない」ってことになる。実現したら楽しいだろうなぁ、って思う
ことが、もし実現しなかったら…と思うとたまらなく怖いのだ。そう、私は
北海道移住と望む仕事に就くことが、実現することも実現しないことも
怖いのだ。でも、どっちも怖いのなら実現した方が良いに決まっている。

実現しないのが怖いのは、転職と北海道移住は本心から実現したいからだ。
本心から実現したいことが実現しないことで、挫折感を味わうのが怖いのだ。
だったら言い訳して最初からチャレンジしない(=実現しない)ことを
選んだ方が良いのかな、とか思ってしまう自分がいる。でも、転職と移住に
最初からチャレンジしないことで、私はもっと挫折感を味わうはずなのだ。

何よりマズイのは、チャレンジして実現しないのなら自分の人間としての
誇りは傷付かないけれど。チャレンジしないでチャンスを見過ごすことは
自分にとって最大の屈辱なのだ。セルフイメージも大幅に下がるし自分に
誇りや自信を持つこともできなくなる。だから結果を心配しないで今は全力で
チャレンジしなければ。そうすることが自分に自信と誇りを持つことになる。

「どんな大人になりたいか」と考えたら、私は自分に自信と誇りを持って
いる人、と答えたい。どんな人が好きか、と考えたらやっぱり自分に誇りを
持っている人。女性なら、内省的で繊細な人。ともすればネクラと取られがち
だけれど、私はネクラな人が好き。もちろんネアカな人も悪くないけどね。

逆にダメなのは内省的で繊細な人を装ったガサツな性格の人。本来がガサツな
人はガサツなままでいてくれた方が気を使わないでいいから良いのだけれど、
繊細な人に憧れるのか変に繊細ぶった文章を書いたりすると気持ち悪い。
そんなこともしても、本来が内省的で繊細な性格の人(つまり私)には分かる。

私だって、北海道移住も転職も顕在意識レベルでは、実現しなかったら自分への
信頼が崩れる気がして怖い。いくら潜在意識では自信を持っていると言っても。
私は傷つきたくない。失敗することで心が傷つくのが、たまらなく怖いのだ。
| SHO | Iターン | 01:19 | comments(0) | - |
リーディング再び
矢尾こと葉さんのリーディングを受けるために東京に行ってきた。ついでに
上野の光輪でバイクのタンクバックを買って、八重州ブックセンターで
吉川宏志の第三歌集「海雨」を買ったら昼ご飯を食べる時間がなくなった(泣)。

午後からリーディングを受けた。前回は3時間半の最長不倒記録を樹立したが
今回は2時間。転職と、それに伴う北海道移住に関する私の潜在意識の結論は
「すんなり行くんじゃないかなぁ〜。ただし言うべきことをちゃんといえば」
だった。つまり潜在意識レベルでは転職と北海道移住をともに「大丈夫」と
OKしているってことだ。

北海道移住が怖いのは、自分が大きく変化していくことが分かっているから。
自分の中に、変化することを怖れる気持ちがあるのだ。北海道移住と聞いて
ワクワクするかと言われたらワクワクするから、怖い気持ちはワクワクする
気持ちの裏返し。ワクワクする気持ちと恐怖は、同じ気持ちの裏返しなのだ。

いざ北海道移住OKとなると、北海道移住できない理由を探してしまう。
私の気持ちの中では、北海道移住は本当に恐怖以外の何物でもないのだ。
本当に第一希望の会社に採用されて北海道へ移住してしまうと、親よりも
幸せになってしまう。何かの間違いで…と言いたいくらいの気持ちはある。
自分の幸せを自分で壊してしまいたい自分が、確かにいる。潜在意識が
OKしているほどの第一希望ならなおさらのこと。本当に怖いのだ。

とにかくやるしかない。できない自分探しをして幸せを壊し続けますか?
それとも思い切って幸せになる方に足を踏み出しますか?と考えると、
ここで思い切って幸せになりたい。踏み出したら幸せになる確率が100%
ではないけれど、少なくとも50%はある。でも踏み出さなければ幸せに
なる確率は0%のままだ。とにかく私は幸せになりたいし、目をつぶっても
断固として幸せになる方向に人生の舵を切ると決めたのだから。

考え過ぎかもしれない。
でも、私は幸せになりたい。今が幸せじゃないわけじゃないけど、今よりも
もっと幸せになりたい。だから転職も北海道移住も具体化するんだ。
| SHO | Iターン | 18:17 | comments(2) | - |
さよならCRM
今日、4月に買ったCRM50を下取りに出してきた。買ったバイク屋で
それなりに高く買い取ってもらえて満足。アネーロを買ってからしばらく
乗っていなかったのだけれど、お別れにチェーンなどの整備をしてから
久しぶりにエンジンをかけるとキック一発で「ウォォーン!」とかかった。
フロントアップするわミッションは抜けるわ、50ccのくせに燃費はアネーロより悪いわ、すごく
やんちゃな跳ね馬だったけど、タフで軽くて良いバイクだった。私のバイク
ライフの本格的な第一歩を記した記念すべきバイク。本当にありがとう。

最後のツーリングは、いつも通った富岡までの道。CRMと過ごしたあんな日、
こんな日の事が思い出されて感無量だった。思えばこのバイクを買った頃は
まだ二輪の免許も持っていなくて、バイクウェアもなくて、とにかくバイクに
乗るのが楽しくて夢中で乗っていたっけ。250ccで普段はたどる暮坂峠を
越えると、4月よりは余裕を持ってワインディングを走っている自分がいる。

さよならCRM。まだまだ走れるのに手放すのは胸が痛むけれど、まだまだ
走れるからこそ手放さなければ。また誰か素敵な持ち主に巡りあうことを
心から祈っている。
| SHO | バイク日本一周 | 17:06 | comments(0) | - |
初・立ちゴケ
もう一昨日の話だけど、給油しにガソリンスタンドに寄ったら立ちゴケした。
スタンドを出すために車体を右に傾けたらそのまま戻らず、車体の下敷きに
なって右へゴロン。首のムチ打ちの古傷が痛い。車体はブレーキレバーが
クニャッと曲がってしまい、3本指で握れるもののあわれな姿に。右の
サイドカウルとナックルガードにも擦り傷がついた。
かなりへこんだ。転倒歴なしの車だったのに…。それでもエンジン停止後で
給油口を開ける前だったのは不幸中の幸いだった。

へこんだと言えば、一昨日はガソリンスタンドでこけて、へこんだまま草津の
街まで戻ってきたところで突然の豪雨に降られ、しかも普段なら2〜3分も
かからない距離で渋滞に巻き込まれ、半クラッチで走っていて振り返ると
買い物の荷物がキャリアから外れて落ちかかっていた。アップマフラーの
下まで垂れ下がって、もう少しで完全に脱落するところだった。ツーリング
ネットが少し大きすぎるらしい。ズブ濡れの豪雨の中で荷物を積み直し、
やっと帰ってきたのだけれど、上から下までズブ濡れ。意気消沈していた
のでゆっくり帰ってきたのが裏目に出た格好になった。
| SHO | バイク日本一周 | 03:07 | comments(0) | - |
波長の話
自分を信頼すること、について考えていた。
波長の合う人、波長の合う場所、波長の合うバイクってものは存在する。

何度も書いているように、私のバイク、カワサキ・アネーロはもともと
欲しかったバイクではない。国際ラリーライダーの山村雅康さんに薦められた
バイクのひとつで、その中からアネーロを選んだのは私のセンスだけど、
とにかくお見合いで選んだバイクである。

ホンダ・ゼルビスは「君には向いてない」、カワサキ・ZZ-R250は「君が
乗っている姿をイメージできない」ってな具合で、全然具体的な理由じゃない
理由で反対されたので、はっきり言って反対された理由がちんぷんかんぷんで
さっぱり分からなかった。ただ、すごく印象に残っているのは「イメージを
大切にしなさい。そのバイクに乗っている自分の姿や表情がどんなものか、
明るく楽しい表情で乗っている自分を、ありありとイメージできるバイクを
選びなさい」って言われたこと。今だから言うと、3候補の中で明確に
イメージできたのは日本一周のゴールのガッツポーズ直江津駅前でしている姿、
そして青いアネーロに跨っている自分の姿だった。レイキの伝授の際に
明確なイメージが浮かんだのが決定打だったけど、その前にそんなことが
あった。そしてアネーロの初ツーリングの2日目に、たまたま信号待ちで
停車していた時に車のディーラーのショーウインドウに映った自分とバイクの
姿を見て気がついたのだ。「よく似合ってるじゃん!」と。その時から、
アネーロは私の愛車になった。このバイクを大事にしよう、と思ったのは
この時からだ。

ハーレーは私には合わないなぁ、と思うのは、波長が合わないから。
どうにも、たぶん表面的なものではなくて深層に流れているアメリカン
バイクの哲学みたいなものが私には合わないのだろう。

波長の合う人、波長の合う場所、波長の合うバイク。その人の居場所や
持ち物を見ていたら、その人が分かる気がする。日本一周も、バイクや
自転車を見れば正確にその人の人となりが分かるのだ。
| SHO | バイク日本一周 | 06:09 | comments(0) | - |
北海道が怖い
北海道、北海道、来年の春には北海道♪と言っているうちに、北海道へ
行くのが本当に恐ろしくなってきた。理由も分からないのに本当に恐ろしい
ってことは、あえてやるべきなのだろう。怖いってことは分かるけど、
なぜ北海道がそんなに怖いのか。おそらく本当にやりたいことが北海道に
あるからなのだろう、と考えている。「恐ろしい、怖い。でも冷静になって
考えてみたら、なぜ怖いのか、端から見たらさっぱり合理的な理由がない」
ってことは、本当にやりたいことがそこにある可能性がある。

ガツンとやられたなぁ、と思うのは大学に進学したこと。大学の勉強以外は
進学してホント良かったと思っているのだけど、勉強だけは進学して手痛い
失敗だった。就職して大学を退学してからの私の人生は大幅に好転している
ので、やはり大学を退学して正解だったのだろう。でも、草津で2年にも
及ぶ闘病生活をしなければ、気づかなかったことかもしれない。もっと早く
大学に見切りをつけて海に戻るんだった。

「生まれ変わったら何になりたい?」という質問はライフワークを探すのに
有効な質問らしい。私は即答で、生まれ変わったらもう一度船乗りになりたい。
だから私は海に戻るべきなのだ。今生きている時間のうちに。手に職を
取り戻したら、今度はもう二度と手放さない。

船乗りを辞めた直後に、父の知り合いの税理士とお会いした時に言われた
言葉が今も心に引っ掛かっている。「海と船の話をする時に、実にいい顔を
する。普通は辞めた仕事の話はしたがらないものなのに。」私にとって、
船乗りという仕事は自信と誇りの最大の源泉だった。それは今もってそうだ。
だから大学に入って私は深刻なアイデンティティ・クライシスに陥ったのだ。

よく考えるのは、今度の転職は何のためにするのか、ということだ。自分の
ために、とかそんなことじゃなくて、名声のため?お金のため?人から
良く思われたいため?そういう理由でなら、最後の
転職理由としては間違っている。どういう理由で現在の第1希望の会社を
選んでいる?「船乗りに戻る気はありませんか」「乗船履歴をつけるために
船に乗る気はありますか」という言葉が殺し文句になっていることは確か。
でもそれだけで100%信用するのは危なすぎる。第一に、他の業務に回される
可能性だって十分にあるのだ。

自分の人生を信頼するしかない。「なるようになるさ」と諦めるのではなく、
「人は必ず幸せになるように出来ているのだ」と信じて何事にも当たるしかない。

私は生きがいを感じて充実した人生を送りたい。全てのことは、そのための
手段に過ぎない。私は第1希望の職場に何を期待しているんだろう。海運
業界に対する夢ははっきり言って色あせているし、今さら航海士の仕事に
戻っても、そこに求めているものが「外国航路の航路士をしているなんて
カッコいいだろうな」(←今はそんなこと全然思ってませんが)なんてこと
だったら意味がない。親や世間に認められたい自分はいないだろうか?
別にいても良いのだけれど、それを期待して転職活動するのなら、やっぱり
違うと思うのだ。自分の無価値感を補填するために転職活動しても良い
けれど、それに支配された転職活動なら違うと言いたいのだ。

私はどう生きて行きたいのだろう。

ウチの旅館には、大型バイクでお泊まりのお客様がよく来る。なぜ大型バイク
なのか?私自身、自分の愛車でウチの職場に乗りつけようとは全く思わない
のだけれど、自分の無価値感を補填するために大型バイクに乗る人もきっと
いるだろう。私がウチの旅館に泊まりたくないのは、自分の器に合って
いなくて居心地が悪いから。カワサキ・アネーロはユースホステルやとほ宿や
ライダーハウスの軒先に止めてこそふさわしい。逆にハーレーがライダー
ハウスの軒先に止まっていたら、やっぱりおかしいだろう。ハーレーを買う
お金があるなら、もっと良いお宿に泊まったら?と思う。

他人を批判したい時、批判したい内容がそっくりそのまま自分へのメッセージで
あることが多い。だから私は他人を批判したくなることは必ずしも悪く
ないと感じている。ただし「無意識から自分へのメッセージ」という
フィルターを意識しながら文句も批判もすることが大事だけど。
| SHO | Iターン | 02:55 | comments(0) | - |
上がり湯
久しぶりに湯治の話。
昨日、就職前に住んでいたマンスリーマンションのパパさんに会いに
行ってきた。来年の春から秋のどこかで湯治を終えて草津を出ようと思う、
という話から、どうやって湯治を上がるかという伝統的なやり方を教えて
もらった。何事も8割終えるのは比較的易しく、残り2割を完全に終える
のは本当に難しい。

まず、今日から1ヶ月は草津のお湯に入らないで、沢渡温泉まで毎日通う
ことにする。沢渡温泉は泉質がアルカリ性で昔から「草津の上がり湯」と
言われている温泉。逗留するなら一週間なのだが、私は草津から通うので
毎日1回しか入れないので1ヶ月かかるそうだ。それから草津の湯に戻り、
また沢渡…という順で半年かけて体を草津の湯から徐々に離していく。
来年の春に草津を出ることで話は決まった。

自分は豊かだとか幸せだとか宣言しようとすると、豊かになったり幸せに
なる資格が自分にあるんだろうかと怖くなる。幸せになってしまったら
今までの不幸せが自分で思い込みに過ぎないことがバレてしまう気がして、
とても恐怖だ。豊かさとか幸せを受け取ってしまうと、今までの自分を
否定された気がしてとても怖いのだ。つまり私は今まで豊かさや幸せを
受け取ることを自分で拒否していたことに気づいて、みぞおちの辺りが
スースーする感じがする。断崖から海を見下ろした時のように怖い。
| SHO | 湯治 | 05:41 | comments(0) | - |
来年は北海道
子供の頃、どんな出来事だったかは忘れたけれど、「ひとりでさすらって
生きるんだ」と思って、その延長線上に今の私がいる。子供の頃に「僕は
こう生きるんだ」と思った自分自身との契約だけど、そろそろ解除しよう。
そろそろ生き方を変えていいんじゃない?違う生き方もあるというか、
もういいよ。バイク日本一周の旗は下ろさないし下ろす必要もないけれど、
自分の人生が急激に変わりつつある以上、子供の頃の傷にいつまでも固執する
気がいつか消えつつある自分がいる。きっと、人生が変わるってこういう
事なんだ。これからも傷がぶり返すことがきっとあると思うけど、それを
ひっくるめて、きっと人生なんだ。

過去の傷に固執し続ける人生を選ぶ人を愚かだとは思わない。過去の傷に
固執し続ける人生を選ぶか否かは単なる選択の問題で、同情する必要もないし
バカにする必要もない。相手の人生を信頼して、ただ黙って見守ってあげる
しかない。それ以上の手出しをする必要はない。その人の人生なのだから。

幸せになるとは自分を受け入れることだ。自分を受け入れることが幸せに
なることだ。別に嫌だったら無理に受け入れなくても構わない。自分を
受け入れる自分も受け入れたくない自分も、全部ひっくるめてみんな自分
なのだから。受け入れる自分も受け入れたくない自分も、全部ひっくるめて
自分なのだと認知することが自分を受け入れるってことなんだ。受け入れる
ことが良いことでもなければ、受け入れたくない自分がいて、そんな自分を
受け入れたくないことが悪いことでもない。全ては選択の問題。

来年の今ごろは、きっともう北海道だ。考えるだけでワクワクする。やりたい
仕事が北海道の企業で見つかりそうだから、あくまでも仕事をするために
北海道に渡るのだけれど、週末には旅人に、ひとりのツーリングライダーに
戻れる。そんな生活を私は送りたい。それが来年に向けての私の夢だ。
| SHO | Iターン | 08:22 | comments(0) | - |
懲りてない
北海道に移住する、とハローワークで決めてから2日が経って、「来年の
今頃は北海道か〜」と考えると、だんだん怖くなってきた。バカな決断を
したんじゃないか、と思ったりもして、なんだか北海道移住なんてとても
遠い話のように感じる。でも来年の今頃は北海道なんだぞ、と考えると
とてもブルーになってくる。ないものねだりなんだけど、山陰とか信州とか
他の候補だった土地のことがどんどん浮かんできて、しかも、100%満足
とはいかないかもしれないけれど、もはやリスクの少ない土地と言える
上田を捨ててまで北海道に行こうとするなんて、なんてバカなことを考えて
いるんだろう、と思ってしまう。限りなくリスクの高い選択じゃないか。

私は典型的な行動派タイプで、行動しながら後で検証するタイプ。だから
気がつくとハイリスク・ハイリターン人生真っしぐらで、成功も多いが
後で「失敗だった〜(泣)」と後悔したり痛い目に遭うことも相当多い。
第1志望の企業が北海道だからって、縁もゆかりも
ない土地にいきなり行くことを決めて宣言するなんて、我ながら懲りてない。
| SHO | Iターン | 02:35 | comments(0) | - |
重要な決定・続き
先の記事の続き。
上田のハローワークで決定したことは、つまり上田が移住の第1候補から
滑り止めの移住先に変わったことを意味する。上田のハローワークの
キャリアカウンセラーが承諾どころか、私が縁もゆかりもない、登別温泉
だって効くかどうか分からないのに苫小牧に移ることを積極的に勧めたのには
驚いたが、私にとって何が本当の幸せなのか、気づいた上での判断なのだろう。
とてもありがたかった。1年半もお世話になって上田へ移住することを
前提に話を進めていたのに、話をくつがえして戻るべき道に戻ろうとする
ことを、私はとても気が咎めていたのだ。

上田が滑り止めになったことは決して無意味ではない。どうしてもダメなら
上田に住めば良い。さらに言えば私は在職者なので、当面食べて行くのは
とりあえず困らない。だから安心して全力でぶつかることができるのだ。

船の現場に戻ることだけが船乗りに戻ることじゃない。陸上で船員として
働く働き方もあるし、私はむしろそうしたいのだ。

船乗りというアイデンティティに象徴される私の生き方って何だろう。
人生の目的って何だろう。おそらく船乗りに戻るか否かが問題じゃない。
でも船乗りという言葉は大事なキーワードなのだ。

私は幸せになりたい。足元からワクワクする方向に足を向けたい。「こうで
なければならない」と自分を枠で縛ることはないけれど、「この道だけが
道じゃないよ」と本来進みたい方向に目を背けて生きるのはもっと問題だ。
自分の気持ちに蓋をして生きることと、一方向に進むべき方向を限定する
ことは紙一重で、良く似ているけれど何かが違う。自分で「こうすることが
幸せなんだ」と思い込もうとすることと、本当に幸せなことは何かが違う。
違和感がある、というのは大事なことで、足るを知ることと、違和感を常に
感じながら「私は幸せなんだから」と思い込もうとすることは何かが違う。
でも、その違いのポイントって何だろう。私はもう分かっている、というか
もう気づいている気がするのだが。

「私は船乗りに戻る」ってさっき書いた。現場に戻るかどうかは分からない
けれど、「船乗り」として仕事のできる場所に行くと書いた。何が自分を
幸せにするのだろう。私にとって1番幸せなことって何なのだろう。
私はもう気づいていると思う。いや、ずっと前から気づいていたはずで、
気づいても行動しないことで「安心」していたのだ。自分がいつまでも
不幸でいられることで「私は悪くない」と被害者でいられるからだ。でも、
およそ世の中に起こることで自分に何らかの責任のないことなどない。
確かに不幸に陥った原因に責任はないかもしれないけれど、不幸で居続ける
ことを選択するならそれは本人の責任なのだ。つまり、自分の幸せにずっと
目を背け続けるのなら、それは本人の責任なのだ。だから私は自分に許可を
した。私は今よりももっと夢と幸せと冒険に満ちた人生を送っても良いと。
| SHO | Iターン | 15:41 | comments(0) | - |
重要な決定
昨日、上田のハローワークでとても重要な決定をした。

決定してから気づいたのだ。私はどうありたいのか。どういう生き方を
したいのか。それはあまりに私の人生の根幹にあり過ぎて気づかなかった。
私は何のために生まれてきたのか。何が今なお私の自信と誇りとキャリアの
最大の根幹なのか。それこそが私の最大のアイデンティティなのだと。

さんざん自分のありたい自分の生き方を探して迷ったけれど、それは私の
本当に足元にあった。足元過ぎて気づかないほどに。

私は「船乗り」に戻る。
現場に戻れるかどうかは分からないけれど、「船乗り」として仕事のできる
場所に行く。私はずっとそうしたくて、でも自分に許可を出せなかったのだ。
でも、本当はずっとそうしたかったし、自分にそうしてあげたかったのだ。
だから私は自分に許可をした。
| SHO | Iターン | 04:22 | comments(0) | - |
「これでいい」のか「これがいい」のか
昨日の話の続きである。
上田なら上田で、どこに住むか、という問題がある。
改めて自分の知っている上田の範囲を考えてみると、
私の知っている、というか行ったことのある上田とは
鳥居峠から旧真田町にかけてと上田の中心街、そして
塩田平にかけての一帯に過ぎない。草津との便を考えると
住むにしてもその辺りにならざるを得ないかもしれない
のだが、それにしても上田のことを知らなさ過ぎる。

どんな景色のところに住みたいんだろう。どんなところを
私は求めているんだろう。そう考えると、まだまだ私の中で
自分のありたい生き方というか自分のありたい住み場所と
いうか、そういうものが出来上がっていないことに気づく。

「これでいい」のか「これがいい」のか。
まだ、今の私は「これでいい」段階の上田しか知らない。
上田以外にも苫小牧とか志向がブレているのは、そこまで
自分の中で何を求めているのか追求が出来ていないから
でもある。どうでもいいけどどうでも良くないことを
言うと私は非電化単線のローカル線の近くに住みたいと
思っていたりもして(上田にも単線のローカル線は
あるけれど、残念ながら電化路線である)、そういうことを
考えると上田は満たしてはいない。

「これでいい」段階だから上田なのだろうか。それとも
「これがいい」場所が上田周辺に見つかるのだろうか。
自分がどのようにありたいのか、自分の中でどうしても
譲れないこだわりがひとつやふたつはあるはずで、
完全に条件を満たしていても最後は相性ってものもある。
そこにあるものを好きになるのか、好きだからそこに
あるようになるのか、どちらも同じ結論に最後はなる
ような気がするのだが‥。

バイクにしてもそうだ。
私の新しい愛車になったカワサキ・アネーロはもともと
欲しかったバイクではなくて、日本一周に使うバイクを
探していた当時はブログには名前を伏せていたが、実は
山村雅康さんの紹介で知ったバイクである。私は当初は
ホンダ・ゼルビスが欲しかったのだ。だから今の愛車との
出会いは「お見合い」である。「恋愛」ならゼルビスを
買っている。

バイク選びをしていた当時、どうしても山村さんと私の間で
意見が合わなくて、山村さんが4車種ほど挙げたバイクの中で
唯一ピンと来たのがアネーロだったのだ。振動の問題で
単気筒のバイクは避けたい、と思っていたものの、4車種の
中で唯一2気筒だったというのは後で知った。とにかく
挙げられたバイクの中で唯一ピンと来たのがアネーロだったのだ。

ただ、今思うのは、ゼルビスじゃなくてアネーロで
やっぱり正解だったのかも。ってこと。どういうことかと
いうと、奥志賀林道から雑魚川林道を通って秋山郷へ
抜けているときに、舗装林道ながら路肩が崩れていたり
山側から落石が流れ出していたりして走りにくい場所が
何ヶ所かあって、そういう場所を走るのなら、やっぱり
オフロードにある程度は対応したバイクじゃないとダメ
なのだ。ゼルビスも、もうひとつの候補だったZZ-R250も
完全なオンロードバイクなので、こういう場所は苦手
だろうな、と思ったのだ。

アネーロは、私の知る限りでは国産唯一の「オフロードに
入ることを考慮した4ストの250ccツアラーバイク」である。
風防はないものの、ハーフカウルがついているので中速域
までは風防効果がある。本格的なオフロードバイクでは
ないものの、剣山スーパー林道をこれで走破したという記録も
あるし、私も日本一周で北海道の函岳へ登るためにアネーロを
選んだという経緯がある。ゼルビスやZZ-Rでは、何十キロもの
ダートが続く道北スーパー林道に入るのは物理的に無理で、
どうしても250ccのツアラーでここに入りたければ、アネーロ
以外に選択肢はなかったのだ。

私は、買うならツアラーというこだわりがあったので、
やっぱりアネーロで良かったのかな、と思う。深い青の
車体色も気に入っている。ゼルビスだったら絶対に赤!と
決めていたのだけれど、私が好んで身に付ける色の代表的な
色が深い群青色なのだから(つまり「藍青」だ)、やっぱり
これで良かったのかもしれない。恋愛ではなくお見合いだった
けれど、結果的にはこれで良かったのかなぁ、と思っている。

私がバイクを買うときに挙げた条件は、以下の4つだった。

1、オンロードが主体であるものの、オフロードに入ることを
 考慮したバイクであること。
2、長距離ツーリングに適したバイクであること。
3、振動、騒音の少ないバイクであること。
4、250ccバイクであること。

4つを全て満たすバイクは、結果的にはアネーロしかなかった。
日本で販売されている全ての車種のバイクの中で、ただ1車種しか
全てを満たすバイクはなかったのである。「にしむらさんに
アネーロを推した人は、本当にすごいですね」とレッドバロンで
言われた。まさしく「これでいい」のではなく「これがいい」
レベルまで追求して選ばれた1車種なのである。

そこまでの自分のありたい姿が、移住に関しては描けている
だろうか。まだ私には描けていない自覚がある。上田に関しても
上田のどこに住むのか、あるいは上田周辺のどこに住むのか、
どういう場所を求めているのかによっても住むところの条件は
全く変わってくる。そこまでの追求が自分の中にはまだできて
いないという自覚が、私の中にはある。
| SHO | Iターン | 01:17 | comments(0) | - |
焦りと不安とあと半年
自分のありたい自分の生き方、というものについて考えていた。
この数日書いていることだけど、「いつも彷徨していたい」のは
本当にそうで、でもそこから先がまだ見えていない。

苫小牧と上田と、主に上田についての資料をいろいろ調べながら、
でもまだハローワークとリクナビnext以外の転職機関に登録する
ことに躊躇している自分がいる。登録すれば確実に動き始める
わけだけど、早ければ来年の春には草津を離れるつもりなので、
やっぱり動き出さそうと思う一方、何かとても怖いのだ。
動き出すと、今までの一応安定した部分は足元から消えて
なくなることになる。違う次元へチャレンジすることになる
のが、リアルにすごく怖いのだ。

つまるところ、自分のありたい自分の姿に向かってはっきりと
動き出すのが私は怖いのだ。現状維持でいいや、と思ってしまう
自分も確かにいる。清水の舞台から飛び降りるような覚悟で
目をつぶって動き出すことになるのだろうな、きっと。

このブログで何度も何度も引用している言葉だけれど、
山村雅康さんが初めて東京から移住したときのことを
こう書いている。

僕たちは、都会から移住し、既に自然暮らしを実践している先輩たちの
もとを訪れ、話を聞いたり暮らしぶりを見せてもらったりしていた。
どの暮らしぶりも、その人らしさがにじみ出ていて素敵だった。
うらやましかった。建物にしても、回りの環境にしても、全てはその人の
在り様が形になっていて、つまりはその人の作品と呼べるものだった。
果たして自分にそういったものが、形作れるのだろうか。そこまで
きちんと自分が在りたい形が、僕の中には形成できていないという
自覚があった。
(中略)
先輩たちの暮らしぶりから僕が学んだことは、具体的な暮らし方の
ノウハウではなく、いかに自分を見つめ、そしてその形にしていくのか。
更にいえば、自分の欲している自分の有り方が見つかれば、おそらく形は
自然に構築されるのだろう、ということだった。だから、そこから
始まる僕たちの場所探しの放浪は、実のところ自分自身の有り方探しの
放浪だったのである。


今の私の心境と寸分違わない。あと半年。逃げ場のない思いと
一緒に、あと半年で何が何でも自分のありたい生き方は、
そして形は見つかるのだろうか。そんな焦りにも不安にも似た
思いで今はいっぱいだ。
| SHO | Iターン | 04:30 | comments(0) | - |
怖さと言い訳
常に彷徨していたい、そんな無意識の欲求が私を船乗りにさせ、旅をする
ようにさせたのではないか、と思う。だから、仕事を探す時も「あちこち
飛び回れる仕事」である必要があるのだろう。会社が私を世界各国へ飛ばして
くれるなら喜んで飛んでいく。また、そんな仕事でないと長続きしないの
だろう。私は定住を好まず、世界を常に彷徨していたいのだから。私の現在の
メンターが山村雅康さんであるのは、彼が私のありたい生き方を一面で実に
良く表現しているからであって、とても示唆的だ。

「仕事をしたい、というのとバイクで日本一周したいのは、両方実現しても
良いんじゃない?片方の実現のためにもう片方を我慢することなんて、
しなくて良いんじゃない?両方同時に実現したら?」と思う。じゃあどうやって?

会社人をやりながら、分割で日本一周やっても良いんじゃない?それなら
来月から日本一周に挑戦できるでしょう?再来年まで待たないといけない、
日本一周は一気にやらなければならないって、自分を枠に縛っているのは
自分なんだよ?状況が半年前とは変わっているのだから、スピードに応じて
日本一周のやり方も変わるんじゃないの?

2年後に草津を出る計画が、1年以内に移住する方向へ変わっているのなら、
日本一周も1年以内に実現できる方向に変えて良いんじゃないの?私が怖れて
いるのは、無職になること、条件を下げて転職すること、そして転職が
日本一周への挑戦を断念することにつながることなのだから。そして転職が
土地に私を縛りつけることになるのも怖い。

私は仕事とバイク日本一周の両方を手に入れたいのだ。それを自分に許可
するのもしないのも自分次第なのだ。それを両方手に入れてしまうと自分に
言い訳できなくなるから、だから私は怖いのだ。

恋をするのも私は怖いのだ。癒えていない過去の傷に直面してしまうから、
考えて想像するだけで怖くて、そこから目をそらしたくなるのだ。
| SHO | バイク日本一周 | 16:55 | comments(0) | - |
日本一周‥。
バイク日本一周のことを考えていた。
今の私は、日本一周の実現へ動いているんだろうか。なんだか、
目先の就職活動を考えているうちにずれて行ってるな〜と
感じているのだ。

短期的(ちなみに数ヶ月以内)には体を治すことと転職準備が
やはり一番に来るのだけれど、中期目標(1〜3年以内)には
日本一周が最大のイベントとして控えている。そもそもアネーロは
そのためのバイクなんだし、日本一周ができることで何が
私にとってはメリットなんだろう。

仕事もしながら、バイク日本一周も実現させながら、
そんな方法はないものか。そういう人生が実現したら
どうしちゃうだろうか。現実にそうなったら、
いったい私はどうしたいんだろう。

今の自分の現実は自分で作り出しているとしたら、
今の自分に何ができるんだろう?

そもそも、私の人生の役割って何だろう。
「つなぎ」の役割をすることが、私の人生ではすごく多い。
世代と世代の層が薄くなった時に、次の世代に伝えるために
何かをつなぐ役割を果たすことが、とても多いのだ。
人生全般でその傾向があることは言えるだろう。
でも、それだけじゃない気がする。

そもそも、自分の才能ってなんだろう。
そう考えると、自分で自分のことがよく分かっていない
ことに気づく。文章を書くこと?旅行すること?
私の才能が何なのか、もしこれを読んでいる人が
気づいたら教えて欲しい。

日本一周したからと言って、人からよく思われるだろうか?
そんなことはどうでもいい問題から、日本一周は発生している。
あえて言えば、自分の夢だから、心の底から「やりたい!」と
思うことだから日本一周はやりたいのだ。

じゃあ、草津を出て上田や苫小牧に行くことは?転職を
考えるときに、自分のために転職するのだろうか?それとも
人からよく見られたいために転職するのだろうか?それを
間違えると、一度就職で失敗したように、うまくいかない
結果になってしまうのだろう。

じゃあ、どうして前回の就職はうまくいかなくて、
現在の就職は限定された範囲でながら成功したのだろう。
やっぱり「世間体」を気にしていた面はないだろうか。
もっと言えば、船乗りになることそのものは人生の目的に
大きく関わっていたことだけれど、就職してから直面した
現実に対して、私が意識した部分に「世間体」があって、
私はそれに耐えられなかったんじゃないだろうか。

現在の就職が、短期的に見れば成功だと言える理由は
「湯治期間の生活費を稼ぐ」「湯治しながら人生の次の
ステップに向けて準備する」「自分の人生を生きるための
経済的な裏付けを与える」という目的があり、まさに
その目的のために現在は働いているからだ。しかし
中長期的に現在のまま働くのはマズイのだ。

もう一度船乗りをやりたいか?という質問を時々受ける。
先日、UIターンフェアで、実はある会社の人事部長さんに
言われたのだが、「完全に船乗りに復帰することは難しいと
思います。でも、船に関わる業務に就かせて頂けるのなら、
喜んで働きます」と言った。そうすると次に「じゃあ、
二級海技士の乗船履歴をつけるために船に乗る気は
ありますか?」と尋ねられたのだ。「喜んで乗ります!」
ってのが私の答えだった。船乗りを辞めたことは、私の中で
ずっと引っかかっているからだ。もし生まれ変わったら、
次の人生で何になりたい?と言われたら「船乗り!」と
即答するほどに。いつも「オーラの泉」のオーラチェックを
見ながら思っていることは、そのことなのだ。
| SHO | バイク日本一周 | 02:45 | comments(0) | - |
1年以内
草津を出る時期を1年以内にしようと思い始めている。今春の時点では
2〜3年後となっていたのが、最近になって「あと1年で転職解禁」になり
「1年以内。来春から秋までに決める」に変わってきた。体の復調がペースを
上げてきたこともあるし、ほとんど休みなしで50日も働く人を、世間では
病人と言わないだろう。今はまだ草津を出るのは早すぎるけれど、体の回復に
一定の目処が立ちつつあることも大きい。それを踏まえての「あと1年以内」
なのである。

しかし日本一周の準備が問題だ。来年行うのは、どう考えても準備時間が短い。
お金が貯まるのか…?できれば一ヶ所で長く働きたいので、来年できなければ
いつになるか分からない。やっぱり来年やるしかないのだろうか。先行投資
モードから貯金モードに早く入らなければ。しかし、来年やるのは何かが
引っ掛かるのだ。来年はまだやりたくない自分がいる。

キャリアプランが現実の速度に追い付いていない。1〜3年後の私がどこで
どうやって生きているのか、キャリアプランを大幅に前倒して修正できる
ものとできないものがある。お金の問題はどうしよう…?北海道に移住する話は
どうなった?現状で移住準備が出来つつあるのは長野県上田市であり、
1年以内に考えるのなら上田が当然の第1候補になる。上田に関しては、
企業と業種の絞り込みの段階に来ている。ここからが長いとは言うものの、
進捗具合は第2候補の北海道・苫小牧市周辺の比じゃない。

私は今、キャリアプランの早急かつ大幅な修正を迫られている。今春時点の
キャリアプランでは、現実にもはや対応し切れないのだ。
| SHO | バイク日本一周 | 16:49 | comments(0) | - |
リフレッシュ!
野沢温泉で結局2泊して、心身ともに完全休養した。新しいバイク、
カワサキ・アネーロも快調で、奥志賀高原から秋山郷へ続く林道や、
千曲川沿いの旧道をゆっくり走るのが気持ち良い。路面の荒れた林道では、
むしろゼルビスより向いているのではないだろうか。高速走行は怖くて、
高速道路では風圧がすごくてバイクにしがみついていたけれど。3日間で
500km走って、自分の使用目的に良く似合うバイクという印象を持った。
「お見合い」はうまく行って良かった。「恋愛型」であればゼルビスを
買っていたのは間違いなく、「お見合い型」でアネーロを買ったのだけど
大満足だった。深いブルーの車体に愛着も湧き始めたところ。

上田のハローワークでは、話がかなり具体的になった。キャリアカウンセラーの
頭の中には、求人が出たら応募すべき具体的な会社名と業種がしっかり
あるようだった。バイクの日本一周に支障があっては困るけど、日本全国、
できれば海外にも行ける職種になりそう。どうなるだろうか。

明日はリクナビnext主催のUIターンフェアが東京で開催されるので、
長野県上田地方と北海道の情報を集めに行ってくる。
| SHO | バイク日本一周 | 14:16 | comments(0) | - |
アネーロ納車!!

昨日、アネーロが納車された。今日は1ヶ月ぶりの休みで、野沢温泉に来ている。
今日は秋山郷に行ってきた。これから風呂に入って、飲むぞー!!
| SHO | バイク日本一周 | 18:13 | comments(2) | - |