藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
CALENDER
<< March 2006 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
+RECOMMEND
+RECOMMEND
+RECOMMEND
+RECOMMEND
+RECOMMEND
+SELECTED ENTRIES
+RECENT COMMENTS
+RECENT TRACKBACK
+CATEGORIES
+ARCHIVES
+LINKS
+PROFILE
+OTHERS
久々に短歌の話題を
久しぶりに短歌の話題を。
今、読んでいる歌集は河野美沙子の『無言歌』と梶原さい子の『ざらめ』。前者は先週末に帰省した時に
買ってきて(新作の歌集を買うのは、たぶん1年ぶり)、後者は東北大学短歌会の縁で送って頂いた。
今、『ざらめ』をスポット的に一首単位で書写しながら、どう感想を返そうか考えているところ。

頬づえの凝視のくしゃみの三人のサトウカナコが棲める教室

釜底のお焦げのような香ばしき欺瞞を持ちて人に逢いたり

『ざらめ』にはこんな歌が出てきていて、魅力的だ。頂いた歌集をスポット的に書写すると言うのは
初めての経験だけれど、それだけの価値のある歌集でなければ書写しないし、『ざらめ』は私に対して
書写したいと思わせるだけの価値のある歌集だと言うことだ。私は梶原さんご本人との面識はあるけれど、
短歌会の歌会以外の場では知らないので、彼女の知らなかった一面を垣間見たような気がして魅力的だ。

どちらも塔短歌会の会員の歌集で、私の持っている歌集は自分の所属する『心の花』以外では
『塔』会員の歌集が特に多い。6年半前に『かばん』から移籍しようと考えたときに候補に挙がったのが
『心の花』と『塔』で、さすがに候補の両頭だっただけのことはある。私は結局『心の花』に
移籍したし、その判断を今も後悔していないし、これから結社を移籍することも考えていない
けれど、『塔』に移籍してもそれはそれで楽しい短歌ライフだったかな、と思うことがある。

ただ、私にとっては『心の花』の方が縁が深かったと言うことだと思うし、俵万智と安藤美保と言う、
私が短歌を始めたきっかけの人と、短歌で最も影響を受けた人の両方が所属していたわけだし、
当時所属していたNIFTY-Serveの短歌フォーラムには『塔』の新規会員になる人がとても多くて、
それがうざかったと言うこともある。それともうひとつ、『塔』の拠点は京都で、『心の花』は
東京を拠点にする結社だと言うことも見逃せない。私にとっては京都よりも東京の方が縁が深い。

他に『佐佐木幸綱歌集』と牧水賞歌人特集の佐佐木幸綱編を買ってきた。結社の人間として、
自分の結社のリーダーについてある程度の知識を持つことは教養かな、と思った。それにしても
1700首入って1900円の文庫本は高いのか安いのか。個人的には安いと思うけれど、文庫本に
1900円とは、どう考えても一般向けの値段ではない。

なぜ1年ぶりに歌集を買い始めたかと言うと、先日、大学短歌会の合同合宿に参加してすごく刺激を
受けたから。「このままではいけない。もっと上手くなりたい」と思ったから。幸いにして直接
露呈することはなかったけれど、大学休学の2年間は短歌活動も事実上休止していたので、実力が
大きく落ちたことを感じたのだ。それが大学短歌会の合同合宿で露呈しなかったと言うことは、
ホッとした反面で物足りなくも思った。2年前から進化していない私の歌の読みで太刀打ちできて
しまう、と言うことは歯がゆくもあるのだ。
| SHO | 短歌 | 18:38 | comments(0) | - |
コメントスパム
トラックバックスパムや異常なアクセス数に続いて出てきたコメントスパム騒ぎだけれど、
他のプロバイダに引っ越す人が出てき始めた。これだけ無策だと当たり前の話で、Tigers-net.comの
無策ぶりは呆れるのを通り越して「ここ、セキュリティ関係者を置いているのか?」って考えて
しまう。内部事情は全く知らないのだけれど、現在のセキュリティ責任者はクビにした方が
いいんじゃないだろうか。サポートセンターに電話をかけても、IPで拒否ができるとか回答に
ならない回答しかしないし、ここまで来ると個人の責任を超えてTigers-net.comと言う
プロバイダの組織そのものに危機感がなさ過ぎると感じてしまう。会員数が減ってからあわてて
対策を取っても遅いというのに。

先日、ブログのhtmlを書き換えたと言う話をしたけれど、効果がない。どうも、ブログの
サーバーに直接コメントを送られているようだ。ユーザーに徒労感ばかり残すようなプロバイダの
無策ぶりを見ていると、昨年のトラックバック騒ぎの頃の責任者は辞めちゃったのかな〜とか
考えてしまう。システムに問題があると言うよりも、システムとセキュリティの担当者に問題が
あると言った方がたぶん正しい。こういう問題があるからTigers-net.comが問題なのじゃなくて、
利用者の苦情に全く応えようとする姿勢が見えず、謝っては逃げてばかりいるから問題なのだ。
対策を鋭意検討中です、では何にもしていないのと同じだ。利用者は結果を求めているのだ。

先日、帰省した時に西脇唯のアルバムを何枚か持って帰ってきた。
西脇唯は90年代の半ばから後半にかけて活躍したシンガーソングライターで、私は明けても
暮れても西脇唯ばっかり聞いていた時期がある。私のペンネームの由来が彼女から来ていると
言えば、どれほど私が彼女の歌を好きだったか分かるだろう。どちらも提供曲だけれど、彼女の
代表作は森口博子が歌った「ETERNAL WIND〜ほほえみは光る風の中〜(ガンダムF91の主題歌)」と
LINDBERGのヒット曲「JUMP」だ。
もう何年も聞いていなかったのだけれど、久しぶりに聴くといいなぁ〜と思って持って帰ってきた。

今、聴いているのはZARDのベスト盤。私の音楽趣味は1990年代半ばで止まっていて、それ以降に
出た曲はほとんど知らない。最新のヒットチャートは全く知らないと言っていい。テレビの
深夜番組はしょっちゅう見ているんだけどね〜。「いい!」ってCD屋に買いに走りたいような
曲があんまりない。最近買った最新のCDって槇原敬之の「Life In Downtown」くらいだ。
| SHO | 雑談 | 18:07 | comments(0) | - |
また帰省
明日は休み、なのであるが、また帰省しなければいけない。今月もう3回目の東京だ。
もういい加減にうんざり。休みごとに東京に行ったり仙台に行ったり、まぁ仙台は
仕方がないのだけれど、今回は親に呼び戻されたので実家に一泊しなくてはいけなくて、
さらにうんざりである。最近、草津で丸々休みを消化するときはだいたい東京へ行く
用事をキャンセルして草津にいるような状態だ。

休みが1日しかないので、夜は極力草津に帰りたいのだけれど、今回はそれができない。
うちの親は、人の身体を気遣うわりには本人が一番迷惑なことをしているのに気づかない。
「田舎暮らししているんだから、休みのたびに東京に戻ってくる面倒臭さはつきもの」
なんだとか。こちらは大阪から東京に行くよりも遠い場所に住んでいるのだから、
全く迷惑な話だ。東京まで帰るのに、door to doorで4時間から5時間もかかると言うのに。

本人が無自覚なのだから言いようがないのだが、うちの親って子供の幸せを願っていない
わけではないけれど、子供が親よりも幸せになるとすごく嫉妬して機嫌が悪くなる。あるいは
今回みたいに子供にとって迷惑なこと(東京に呼び戻すこと)をして子供のせっかくの休日を
台無しにしてしまう。私は草津には基本的に気に入って住んでいるわけだから、東京へ月に
何度も帰るのは経済的にもその他の面でも迷惑だし、休日のたびに往復8時間も潰されるのは
我慢がならない。

先日、姉とメールで「幸せ恐怖症」についての話をしていて、親の嫉妬について私も姉も
ずっと感じながら、どこか遠慮をしながら生きてきたんだよね、と言う話になった。
親に言わせれば私たち姉弟は「好き勝手して生きてきた」ってことになるのだけれど、
実際には姉も私も相当親に気を使って遠慮しながら生きてきたのだ。結婚した今、姉は
ようやく解放された感じがするという。姉を解放してくれた義兄には感謝するばかりだ。
私自身について言えば、草津で就職する時に生じた騒動の数々でようやく「私は幸せに
なってもいいんだ」って思えるようになったのかな。

うちの親は早くに結婚したので、たぶん若い頃に「本当ならこう生きたかった」と言う
生き方をできなかったのだと思う。だから子供が自由に生きているのを見ると無意識の
うちに嫉妬して妨害したくなるのだろう。本人には子供の人生を妨害している意識は
全くないので始末に終えないのだけれど、自分が子供を呼び戻せば呼び戻すほど子供は
親を避けるようになる、と言うカラクリに自分で気づかない限り、親は子供から疎まれる
ことになるのだろう。子供には子供の人生があるし、子離れできていないのは親なのだ。

昨日、とても嬉しいメールをもらった。本当に嬉しくて、メールをもらってから一日経った今も
メールを読み返してはほくそ笑んでいるのだけれど、自分の本心ではこう思っているけれど
なかなか表には出していない、表面的にはなかなか認めたがっていない、という自分の部分を
ちゃんと見ていてくれる人がいる、と言うことは本当に幸せなことで、なんだか安心した。
自分のことをちゃんと見ていてくれる人がいるんだ、この人は自分のことを分かってくれている、
分かろうとしてくれている、と思うとすごく嬉しかった。何が幸せって、自分のことを
分かってくれる他人がいることが一番幸せなことだと思う。

今の仕事に就いてから痛感していることだけれど、私は基本的に人に喜んでもらうことが
好きで、自分自身だけのために生きるのは本当は好きじゃない。って言うか、自分のため
だけに生きるって、なんだかつまんない。孤独を敵とし友とし…と言うのはずっと感じて
生きてきたことで、人との関わり合いがすごく苦手で疲れる反面、人と関わらない人生って
のもどうかと思う。
| SHO | 雑談 | 19:46 | comments(1) | - |
短歌合宿
2年半ぶりに学生短歌会の合宿に行ってきた。
今回は、私の出身母体である東北大学短歌会のほかに、早稲田短歌会、京大短歌会、
國學院大學短歌会が集まった。一昨日は全体歌会と牛タン、昨日は吟行会と宴会で、
今日は自由観光の後に解散、と言うスケジュールだったのだけれど、私は以前にも
書いたように初日のみの参加。とても楽しくて、もっと一緒に時間を過ごしたかった。

参加した今となっては「やっぱり1泊した方が良かったかなぁ」なんて思うけれど、短歌的に
万全じゃない状態で合宿に参加することに、非常にプレッシャーを感じていたことも事実。
「ものすごく短歌に対して真面目なんですね」とお茶会で言われたけれど、そうじゃない。

私の同世代は、おそらく近年最強だろうと言われるメンバーが揃っていた。学生短歌会を
卒業した今、それぞれがそれぞれの場所で若手の有力歌人として活躍している世代なのだ。
そして彼らと合宿で過ごす時間は、お互いにとっては他流試合であって、とても楽しみで
あった半面、ちゃんと短歌について勉強をしていないと、とても歌論で太刀打ちできない
怖さもあったのだ。だから、大学休学以来の2年間休止していた私は、彼らの中にもう一度
入ることがとても怖かったのだ。自分が万全の状態にないことが分かっていたからだ。

早稲田の歌会の中で、私の名前はしばしば出ていたと言う話を聞いた。前回参加した、
2003年夏の京都合宿の時にパネリストとして発表した時に、早稲田の歌をほとんど
全否定に近いくらい叩いたかららしい。

今回、感想として「叙景歌が私以外にほとんどなくて、みんな叙情歌ばっかりですね」
ということを言った。良し悪しの評価はあえて避けたのだけれど、本音を言えば、私は
それが良いことだとは全く思わない。歌の基本は写生にあると思うし、多くの人が歌の中で
扱っていたような、頭の中のイメージを正確に表現するためには写生の訓練が欠かせない、
と言うのが私の持論だ。ただ、それを大上段に振りかざすほどの自信が今の私にはない。

それは技術として持つべき写生詠の重要性に自信がないのではない。第一線から自分が
長く離れていた、と言うことが、バリバリ第一線の後輩たちの歌を全否定する意見を
言うことをひるませたのだ。自分の中に今、自分の意見を押し通すだけの積み重ねがない
ことを感じているからだ。結局、後輩たちの問題ではなく私自身の内部の問題なのだ。
自分が先輩としておそらく求められていることを考えると、言うべきだったのか?と
改めて思ったりもする。

一日だけの参加だったけれど、新しいメンバー達とも知り合えたし、参加して本当に
良かったと思う。やっぱり二日目までいるべきだったかなぁ、と少し後悔したりもした。
改めて短歌は楽しい、面白いと再確認できたのは、短歌活動を長い間休止していた私に
とって何よりの収穫だった。新しく知り合った人たちにも、ぜひ仲良くして欲しい。今後とも
いろんな機会に会って一緒に短歌を楽しんで欲しい。

ただ、一方で社会人としては早く帰ってきた決断が間違っていなかったと思うことも事実。
昨日は夕方の5時前に草津に帰ってきたのだけれど、帰りの電車に乗っている頃からとても
疲れていて、結局夜の9時には寝てしまった。早い時間に群馬の近くまで帰ってきていたから
他の予定を省略して早く帰ってこられたけれど、仙台を遅い時間に出たのでは草津帰着も
遅い時間になっていたことは間違いない。

昨晩は12時間寝ていたのだけれど、社会人になって、休暇が取れるときは最低1泊はきちんと
草津で休養を取る必要を感じてもいる。病み上がりの身体には、一週間仕事に入る前には
最低1泊の休養が必要なのだ。毎日が夜勤なので、そうでないと身体の疲れが十分取れないのだ。
| SHO | 短歌 | 16:11 | comments(0) | - |
コメントスパム対策
仙台へ行っている間に大量のコメントスパム攻撃があり、しかも今までになく手の込んだ攻撃を
かけられたので、手のうちようがなかった。数分間のうちに40通のコメントスパムをやられたの
だけれど、IPアドレスも全て変更の上に送信元のメールアドレスやコメント先のURLも違う。
とりあえず削除しないといけないのだけれど、抜本的な対策を取ることにした。

まず、コメントのURLとメールアドレスは表示不可に変更した。他にも何点かの対策を取ったの
だけれど、コメントスパムの送信者が読むかもしれないので書かない。ブログのhtmlファイルの
タグを変更して、現状では考えられる手を打った。テンプレートで提供されているブログのタグを
書き換えるなんて初めての経験だけど、ホームページを以前は運営していたので、ある程度は
HPをhtmlタグで作成する知識があるので、あるサイトで公表されている防御策を使用して
タグを書き換えた。

Tigers-net.comのコメントスパム対策なんて待っていられないし(これだけ大量の被害が出ている
のに、まだ全く何の対策も講じられていない。遅い!遅すぎる!!)、いたちごっこになるのも
分かっているし、メールや自分のページのURLを善意で教えて下さる方の情報を受け取ることができなく
なるのは、ブログ本来の素晴らしい機能を殺すことになるので本当につまらないし、悲しい。でも、
今回のコメントスパム攻撃に対処するためには他に方法がなかった。残念ながら、敵はものすごく
巧妙な攻撃を仕掛けてくる。これがおそらく自動送信なのだから、何という技術の進歩かと思う
反面で、それを悪用する輩の存在に憤るばかりだ。
| SHO | 雑談 | 15:23 | comments(0) | - |
明日から仙台
明日の仕事明けから、退学の挨拶のために仙台へ行ってくる。
大学退学かぁ。結局6年かかって卒業できなかった。最後の2年間は休学していて、そのうち
1年半は草津に住んでいた。仙台を離れて2年しか経っていないとは思えないほど、仙台は遠い遠い
土地になってしまった。もはや、仙台に住むことはもう二度とないだろう。

私の同級生の多くは、私の退学と期を同じくして大学院を修了する。私も、彼らと同じ輪の中で
大学院を修了したかったな。せっかく国立大学の社会人AO入試の第一期生として入学したのに、
私の社会人同級生3人の中で学部卒業に漕ぎ着けたのは結局1人しかいない。

どうすればよかったのだろう。今となっては全てが遅すぎるのだけれど、命を失わずに済んだ
だけでも良かったと言うべきなのだろうか。3年半前の秋のある日に、自殺していれば今の私は
これだけ幸せを感じることもなかったはずだ。

久しぶりに春畑茜さんの第一歌集『振り向かない』を開いた。こんな歌が目に付く。

救急車、ストレッチャーに胃洗浄…なぜか記憶はたったそれだけ

つづまりは死にぞこないと思うとき「ぶざま」なる語のうかびて消えず

欝を抱きぽつりぽつりと上る坂夕焼けてゆく空に向かって

これらの歌を読むたびに、自殺準備状態以上の状態になったことのある人には、何年が経っても
ありありと昨日のように浮かぶ記憶があることだろう。同じ歌集の別の連作には、こんな歌もある。

負けたくはない…ない…ない…と口ずさみうす紅のマニキュアを塗る

まだできる、もうできない、と迷いつつ食パンの耳かじり尽せり

思い出が危うく吾を壊す夜突っ立ったまま馬鈴薯を煮る

ひと切れのアップルパイに癒されてしまうさみしくわれの何かが

されどなお吾は生きゆく春雷を伴う雨の激しき中を

久しぶりにページをめくりながら、なんだか疲れてしまうのだけれど、こんな歌もある。

消したはずなのにわたしの声がする もしもあの時 どうしてもっと…

こんなはずではなかったのなかったの…花屋の隅に散るチューリップ

洗ってもぬぐってもまだありありと手にしみついている挫折感

パレットの絵具を洗い流したり永遠に開かぬ扉を描いて

この歌集には、毎年、春になると決まって思い出す歌がある。それはこんな歌。

せつなくも弾む心よ自販機の「春一番」に春を感じて

今の私はそれなりに幸せだ。仕事の休みは、日数こそ少ないもののかなり自由に取ることが
できるし、何よりも今の私は心身ともにある程度は健康だ。草津に暮らしていることを考えれば
決して厳しい生活をしているわけではないし、会社にもそれなりに大事にしてもらっていると
感じる。会社の人も、みんな優しい。だからいいじゃん、とはならないのが人生で、それでも
やっぱり仙台で暮らした4年間は、人生で最も惨めな思いをして過ごした時期のひとつである。
この先どう生きようと、仙台で暮らした4年間を肯定することなどしない。

仙台に住んでいた当時、私が重度の欝症状だとどれだけ訴えても聞いてくれる人はいなかった。
自分が危ない状態にあると自覚できているうちは重度じゃない、と言うことなのか、それとも
単に重度の欝を抱えた学生が多すぎて無関心だっただけなのか。

今も時々、もしあの時に自殺していたら大学のAOセンターの教授たちは首が飛んだのだろうか、
と思うことがある。少なくとも社会人AO入試を行った大学上層部に激震が走っただろうことは
間違いないのだけれど、それでも誰も責任を取ることもなく、私の家族と友人たちが悲しむだけで
記憶の中に風化されたのだろうな、と思うと、自分の命の重さについてやりきれない気持ちになる。

そして、そんな私の当時の短歌を読んで「短歌の素晴らしさを再認識した」歌人の栗木京子さんは
私が作品を提出した二週間後に自殺したと聞いたら、どのような反応を示したのだろうか。独特の
視線と技術を持つ歌人であることは認めつつ、この一点で、私は彼女の短歌眼を信頼する気にならない。
栗木京子に限らず、人間の生き死にさえ批評のための食い物にしてしまう歌人と言う生き物の
浅ましさには、自分の命の尊厳を侵されているような気さえする。

私は短歌も鉄道も、そのものは大好きだけれど、短歌オタクも鉄道オタクも嫌いだ。短歌オタクは
良くて鉄道オタクは良くない、ってことはない。鉄道の最高級個室寝台に泊まって見学者を迎えた
感想として「鉄道ファンよりもスキー客の方が人間として上等なのだろうか」と書いたのは
宮脇俊三だけれど、おそらくそんなことはない。どんな趣味を持っているかが問題じゃなくて、
その人の中身が問題なのだ。どちらの業界にも素晴らしい人はたくさんいるし、どうかなと思う
人もまたたくさんいる。短歌も鉄道も「オタク」は嫌いだ、と言い切ってしまうと、両方に友人を
多く抱える私は大いに差し障りがあるのだけれど、友人の中には私の言わんとすることが分かる
人もまた多くいると思う。

今の私は、ほとんど歌を詠んでいない。近代歌人の歌集は買って読んでいるけれど、現代歌人の
最新の歌集はもう1年以上買っていない。修辞に命を賭け、常に最新の歌集を読み漁っていないと
歌人として価値がないと思い込んでいる人たちの輪に加わることに、なんだか疲れてしまった。
そんなことよりも、人生にはもっと大事なことがあるのに、と言う違和感を私は今、持っている。

明後日から始まる大学短歌会の合同合宿に参加することは純粋に楽しみだ。初日で僕は抜けます、
と後輩や他短歌会の友人に告げるとき、完全に第一線から退いた自分を見つけてとても寂しい
気持ちがあった。短歌をやめることはおそらく一生ないし、どうせまた詠み始めるに決まって
いるから心配はしていないけれど、今は短歌よりも別の趣味を優先したい。スキーにしても
鉄道旅行にしても、人生の中で今経験しないと経験できないことをもっと経験したい。

旅行にしても短歌にしても、西村一人はやっぱり名前の通り「一人」に戻って行くのだな、
と思う。私の本性はとても無口だ。私の中には、誰も知らない私がいる。「一人がつまらない
ことを思い知るために一人旅するようなものだ」と言ったのは高倉健だけれど、結婚していく
友人を見て羨ましく思う反面で、やっぱり人付き合いに疲れてしまう自分もいる。
| SHO | 短歌 | 10:25 | comments(5) | - |
コメントスパム
この4日ほど、立て続けにコメントスパムの被害に遭っている。

どんなものかと言うと、frankenを名乗るところからスパム先のURLだけ十数行も羅列したコメントが
つけられている。従来のトラックバックスパムの内容を、そのままコメントしたような感じだ。

同じ記事にばかりコメントが付くので、該当記事のコメントを「受け付けない」設定に変えたのだが、
やっぱりコメントされている。トラックバックを「受け付けない」設定にした時と同じで、単に
コメント非表示にされているだけでコメント禁止と言う意味ではないらしい。毎回IPアドレスを
変えているので、IP拒否にしても全然効果がない。管理者側にとって「受け付けない」設定とは
コメントそのものを拒否している状態のことを言うのだが、相変わらずブログ画面上にコメントが
表示されないだけで管理者にはコメントスパムが届いている。これではコメントを受け付けない
設定の意味が全然ない。またサポートセンターに苦情を言わないといけないな。

同じ記事にばかりコメントされているので、考えた末にとうとう該当記事をブログから削除する
ことにした。いたちごっこなことは分かっているけれど、当面のコメントを完全に拒否したければ
該当記事を削除するしかなさそうだ。Tigers-net.comの馬鹿野郎!オマエが中途半端で意味のない
コメントやトラックバックの拒否設定をするから、こちらの記事を削除しなきゃいけなくなった
じゃないか!コメントスパムの送り主にも腹が立つけれど、前回のトラックバックスパム騒ぎの
教訓が全然活かされていないTigers-net.comのサポートセンターにはもっと腹が立つ。
| SHO | 雑談 | 08:46 | comments(9) | - |
旅情とプロセス
この仕事、深夜は何もなければ(予約のFAXが立て込んでこなければ)ヒマな時もある。そういう時は
仕事に差し支えない限りは何をしていてもいいので、私は会社備品の時刻表を読んでいることが多い。

昨晩、いつものように旅行の計画を立てていて「なんだか楽しいな〜」と思った。就職して、
いろんな意味で旅行に対する制約が外れたことも大きいのだが、旅行の計画を立てるのって
こんなに楽しかったっけ?と思い出した気分だ。

それで思い出したのだけれど、私の旅は基本的に「目的地」がない。鉄道を夜明けから日が
暮れるまで乗りまわっているからなのだけれど、どこか決まった目的地に行くことが楽しみ
なのではなく、目的地までの旅のプロセスを楽しむことに旅行の大きな目的がある。

昨日の記事で、仙台まで来週往復してくる話を書いた。どうしても復路のコースを変えたかった
理由として「新幹線や両毛線は、当たり前すぎてつまんないから」と言うことを書いた。

社会人になっての旅行は、学生時代と違って鉄道は移動のための手段ではない。目的地に至る
までの旅のプロセスに(これは計画段階も含めて)旅の大きな目的がある。草津から仙台まで、
往路は現地でくりこま田園鉄道に乗る時間を確保するために新幹線を大宮で乗り継いで行くの
だけれど、この場合の鉄道は「移動手段」であって「旅行」ではない。最短時間かつ合理的な
値段で移動するための手段であって、新幹線に乗ることが目的で新幹線に乗るわけではない。

大枚をはたいて仙台まで行くのに、復路も同じように単なる移動ではたまらないのだ。だから
帰りは郡山で一泊して磐越西線に乗り入れることにした。泊まったことのない街で泊まるのは
いいものだ。磐越西線と、会津若松から乗り継ぐ会津鉄道、野岩鉄道の景色の良さは知っている。

間藤からわたらせ渓谷鉄道に乗るために日光へ抜けるとしても、新幹線で仙台から宇都宮に
抜けるのでは、せっかく大枚をはたいて行くのに気分としてたまらない。何よりつまらない。
たどり着くのは同じ日光でも、新幹線を使って宇都宮回りで着いた日光と郡山から会津若松経由で
深い山中を潜り抜けてたどり着く日光とでは、全然違う日光のような気がする。

時には勇気を持って断ることも必要なのだ、と最近思う。後輩に電話をかけて「ゴメン、やっぱり
初日の夜で合宿から離脱するよ」と伝えるとき、正直のところ怖かった。なぜ怖かったのだろう?
「せっかく誘ったのに」と気分を害されることも怖かったし「西村さんは今、短歌よりも電車に
乗ることを優先している」と見られることが怖かったのだ。学生時代は短歌会のリーダーとして
他の人を引っ張っていかなければいけない立場にあったし、引っ張っていくべきだと自分で思って
いたところもあった。そうでなければならない、と自分を追い込んでいた面もないとは言えない。

短歌はたぶん一生続けるし今も好きだけれど、今の私はほとんど歌を詠んでいない。でも、別に
短歌が嫌いになったわけではなく、私のリュックにはいつも歌集が何冊か入っている。今読んで
いる歌集は、主に啄木、白秋、牧水と言った近代歌人に真中朋久や松村正直などの現代歌人のもの。
時刻表片手に旅行の計画を立てながら、時々そういった歌集のページを開いて旅の短歌を読むのは
実に気分のいいものである。特に啄木の『一握の砂』に出てくる、北海道時代に詠んだ鉄道旅行の
短歌はいい。まるで自分がその場にいるかのように、私を旅の気分にさせてくれる。私にとって、
そういう意味で宮脇俊三と石川啄木の間にはなんの境界壁もない。

今は詠んでいなくても、いつかまた詠み始める日が来るに決まっている。でも、義務のように自分の
他の楽しみに優先して短歌に取り組まなければならない、と言う短歌との付き合い方は(世の中には
そういう歌人も多いように見受けられるけれど)良くない。短歌は趣味じゃなくて私の人生なんです、
と言う人なら良いけれど、他人にそれを強制するべきじゃないし、強制される筋合いもない。

学生時代の私だったら、たぶん短歌会の合同合宿には極力全日程参加したはずである。それはそれで
楽しいし有意義なものになるに違いないけれど、私が今やりたい旅行はそうじゃない。自分の時間と
お金を自分のままにコントロールしたくて就職したわけだから、勇気を持って自分の今やりたい旅に
踏み出すべきなのだ。それが結局は幸せになるということだし、いつか良い短歌に結実するだろう。

私にとって、寝るのも忘れるほどワクワクして楽しいのは時刻表を読みふけっている時であり、旅行の
計画を立てているときなのだ。そんなことを思い出した。旅の計画を練っている時、私の頭の中では
時刻表を読みながら旅の情景がビジュアライズされている。どんな風景に出会うのか、そして早朝の
冷たい空気を吸いながら始発列車に乗るためにホテルから駅に歩みだすときのドキドキ感を
思い出している。列車の車窓風景も、どんな未乗線区があって、どんな車両があって、どんな渓谷の
風景で…と頭の中でビジュアライズされていく状態で旅行の計画を練るのは、最高に楽しい。
| SHO | 短歌 | 18:01 | comments(0) | - |
インターネット予約デビュー
もう何年も愛用している旅行計画ノートが、残り少なくなってきた。

この仕事、3泊までは休みが普通に取れることが分かったので、九州だの四国だのに出かけても
十分に楽しめることが分かって楽しい。今まで乗ったことのないローカル線に乗るのは楽しい。
今まではお金がなくて私鉄ローカル線に積極的に乗ることはできなかったものの、これからは
私鉄のローカル線にも乗ろう、と時刻表を相手に計画を立てているところだ。

社会人になって、積極的にビジネスホテルや特急、新幹線を使うようになった。学生時代とは
時間とお金の価値が逆転したなぁ、と自分で思う。昨日は生まれて初めてインターネットで
ホテルの予約を取ったのだけれど、職場で毎日受け取っているインターネット予約のFAXの
原本を自分が書いていると「みんな、こうやってウチの旅館に申し込んで下さっているんだなあ」
と感じて感慨深かった。なんでも経験してみるものだ。

もう1年も前からインターネットの予約サイトには登録していたのだが、泊まると言ったら
『全国安い宿情報』で探して電話をかけるか、あるいは寝袋を持っていって駅で寝る、と言う
パターンが多かったので実際に使ったことはなかったのだ。世の中の人は、みんなこんな風に
予約を取っているんだ、と感心したのだけれど、実際にやってみるとすごく時間がかかった。
次回からは、今回よりも時間短縮するのかもしれない。

宮脇俊三さんの『時刻表二万キロ』を最近また読んでいる。石川啄木の『一握の砂』なども。
旅行記や旅の短歌を読むのは楽しい。『時刻表二万キロ』を読むなら姉妹編の『汽車旅十二ヶ月』も
併せて読むと、同時期の違う旅行の記事が書いてあって楽しい。JRは全部乗ってしまったけれど、
次は第三セクター鉄道と私鉄のローカル線を中心に乗りたいな、と考えている。幸いにして
廃止になった国鉄転換路線には全て乗っているのだが、11月廃止予定の神岡鉄道は未乗なので
近いうちに乗りに行かねばならない。

神岡鉄道と一緒に愛知環状鉄道、明知鉄道、長良川鉄道に乗って2泊3日のコースを考えて
いるのだが、1泊は高崎で泊まるので、これなら休みが2泊でも乗れそうだ。中部、北陸方面から
夜行で帰ってくるのなら、前夜のうちに高崎まで戻ってきて泊まった方がはるかに楽だし、
朝もゆっくりできる。値段は夜行を使うのに比べて高くなるけれど、それは仕方がない。
あるいは、富山から前橋か桐生まで夜行高速バスを使うか、かな。急行『能登』を使っても
いいけれど、値段はともかく、早朝着なのでゆっくり眠れるかどうかが問題だ。朝の4時に
高崎で叩き起こされるのは、正直つらいものがある。それなら富山からいったん金沢に出て
『北陸』に乗った方がいいかなぁ、とか思ってしまう。

さて、もう昼の3時だ。風呂に入ってから、もう一眠りすることにしよう。あと5連勤で
次の休みが来る。
| SHO | 雑談 | 15:17 | comments(0) | - |
旅行計画
来週、大学へ退学の挨拶に行って来るので、その前後に旅行を計画している。今回は
往路でくりはら田園鉄道に、復路にわたらせ渓谷鉄道と上毛電気鉄道、そして余裕があれば
上信電鉄に乗る計画を立てている。

日光と足尾を結ぶ足尾町営バスが1日4往復しかなく、これを軸にして前後の計画を立てた結果、
復路は前日の晩に仙台を発って新幹線で郡山泊。朝は郡山から磐越西線〜会津鉄道〜野岩鉄道
〜東武鉄道と乗り継いで昼前に日光へ到達し、バスで通洞へ抜けてからわ鉄で桐生へ、西桐生から
上毛電気鉄道に乗り継ぐプランになった。朝の7時前に郡山を出発すれば、芸術的に接続が良く、
途中の桐生で昼ごはんを食べる時間も確保して、上信電鉄を省略すれば夕方に、乗っても
夜の9時には草津へ帰着するプランが出来上がった。

私だって好きで草津を離れているわけではないし、勤務の前日は草津でゆっくり休みたい。
それらの事情も考慮して、さらに短歌合宿に参加する兼ね合いも考えてこのプランに落ち着いた
のだが、結果的にはこれしかないだろう、と言えるほどの傑作が出来上がった。ひとりで
悦に入っているところだ。短歌合宿には、結局は初日の夕食後まで一緒にお付き合いして、
彼らが宿に向かうところで「では」と私は上り最終の郡山行き新幹線に飛び乗ることにした。

どちらにしても2日目の朝までしかお付き合いできなかったわけだし、今回は貴重な磐越西線と
会津鉄道に乗るチャンスの方を大事にしたい。後輩には申し訳なかったが、今回は全面的に
未乗の鉄道路線に乗ることを優先したプランにした。

おそらく仙台に行くことは当分ないだろう。往路は時間の関係で大宮で新幹線を乗り継いで
仙台に向かうのだが、復路まで同じコースではつまらない。北関東を走る両毛線は退屈だし、
常識的過ぎて小山から両毛線で帰る気にはならない。郡山から会津若松と日光を経由して
草津に帰るなんて、考えるだけでも素敵なプランではないか!常識的なルートとは全く
違った顔を見せてくれそうだ。それに景色の良さも折り紙つきである。

JRを全線完乗してから、私鉄に乗りに行こうという気にはならなかったものの、最近になって
私鉄に乗りに行くのもいいな、と思うようになってきた。社会人になって、今までよりも
少しお金の余裕ができたことが大きいのだけれど、乗ったことのない鉄道に乗るのはいつも
ワクワクする。

今回、短歌合宿の参加日程を短縮しても鉄道に乗りに行くことにしたのは、「しなくては
ならない」気持ちで合宿に参加してもつまらないな、と思ったから。勇気を持って、
今やりたい旅をやることにしたのだ。せっかく誘ってくれた後輩には本当に申し訳ない
のだけれど、仙台から草津に戻る旅というのは、かねてからの懸案だったわ鉄と上毛電鉄に
乗るには絶好の機会なのだ。
| SHO | 雑談 | 20:15 | comments(0) | - |
ハレの時間
new Aeon
new Aeon
Yae

先日、実家に帰ったときにyaeの『new Aeon』をCDで持って帰ってきた。今まではパソコンにしか
入っていなかったのだ。今、聴いているのだけれど、いい。相変わらず良くて、独特の世界に
引きずり込んでくれる。このアルバムの収録曲が天河神社でライブされたと言うのが納得できる
世界を持っていて、いかにも天河神社が好きそう(天河神社に縁のある人にも好かれそう)な
曲の世界を持っている。どう説明したらいいのか分からないけれど、とにかくそうなのだ。

草津はすっかり暖かくなった。
暖かい、と言っても昼間の気温がようやく零度を超えるようになった程度で、夜間はまだ零下まで
下がる日の方が多いのだけれど、路面の雪が融け、屋根の雪が融け、次第に春が近づいてきたことを
感じる。今月は仙台に行く以外は節約生活して、来月には原付を買いたい。

自分に対しての深い問いかけができる、と言うのはこの仕事のいいところだ。夜間、ひとりきりか
せいぜいふたりで仕事をしている。相方も無口な方なので、彼が冗談を飛ばす時でなければ、夜の
事務室はとても静かである。深夜、耳で当直しているので気配とかすかな物音に耳を凝らしつつ
考えている時間が長い。

7月の蓮華入峯修行には参加したいと思っている。2年ぶりに大峯山に登拝する、と言うことだ。
なぜ参加するのか、と言われたら、修験道の重要行事だから、と答えるしかないのだが、
大峯山の、独特の空気が好きだからでもある。行場独特の空気で、女人結界門をくぐると
とたんに空気がガラッと変わる。凛として背筋が思わず伸びるような、そんな空気だ。

私はそれだけでも女人結界を今後も残すべきだと思うが、遺憾なことには男女差別だとして
一部の人権保護団体から槍玉に上がっている。宗教的伝統であり、修験道最大の霊山である
大峯山が女人禁制なのは女性を貶めているからでは全くないのだが、「女人禁制」と言う
だけで「男女差別だ」と反応する人がいる。全く愚かなことだ。

なぜ入峯修行を求めるのだろう。それは、修行とは「ハレ」の場だからだ。「ケ」の日常を
抜け出してより大きなものに一心不乱に身を投げ出す行為そのものがハレなのである。
人によっては、コンサートの場がハレの人もいるだろうし、旅に出ている時間がハレの人も
いるだろう(私がそうだ)。ラリーに参加している瞬間がハレの人だって、いるに違いない。

行に入る時の戒めに「行の回数でその人を量るな」と言うものがある。いい加減な気持ちで
行に入るな、何度行に入ったことがあったとしても、心のゆるみを持って行に入るな、
初参加の人も、一心不乱に行に励んだならば、一回の参加でも何ら畏まる必要はない。
と言うことだ。「行の回数」を「年齢」と置き換えても良いが、いたずらに年齢を重ねる
ことが、必ずしも心の成長を意味するものではないことに気づく人は多いだろう。

行に入る以上、経験の多少に関わらずその人は山伏である。そして、山伏である以上は
年に何度かは、せめて一度は山に入るべきだと私も思う。山に入るとは、自分が山伏である
ことを確認し、全身で自然の息吹を感じて精一杯拝み倒すことでしか得られない何かを得る
ための大事な時間なのである。私は得度もしていなければ信徒として正式に登録している
わけでもないけれど、ハレの時間を持つために修行に参加すべきだとはいつも思っている。
| SHO | 修験道 | 15:43 | comments(0) | - |
成長することと成功すること
最近、いろんな瞬間に「気づく」ことが多い。気づいたことをそのままにしておくのは
もったいないので、なるべくその瞬間に近いうちにメールなりブログなりで記録しておく
ようにしている。

最近、気づいたことはこんなこと。
1、「こういう仕事に就きたい」と思っていた仕事と
 「こういう生活は絶対にイヤ」と言うライフスタイルが
 一致していたこと。つまり「こう働くべきだ」と言う
 刷り込みと言うか思い込みが自分の中にあったってこと。
2、「一生ここで働きなさい」と言われると私はかえって
 ダメなこと(つまり、いろんな意味で人生を拘束される
 ことが私はダメなんだと思います)。
3、人に喜んでもらうことが、私は好きだということ。
4、私は、草津に住むことを「許されている」なぁってこと。

また、「自分の望むライフスタイルと一致しているかどうか」で物事を判断する習慣も
徐々についてきたようだ。その繰り返しの中で浮かんできた、自分の望むライフスタイル
とはこんなものだ。

1、日の出とともに働いて、日暮れとともに休みたい。
2、常に豊かな自然に囲まれて生活したい。
3、海外とつながりのある仕事がしたい。海外にも住んでみたい。
4、ほどほどに働いて、人生の自分の時間を大切にしたい。仕事は
 成長するための手段であって、成長の結果として成功することは
 大いに結構だけれど、仕事で成功することが人生の目的じゃない。
5、お客さんの顔が見える仕事がしたい。お客さんが喜ぶ顔を
  実際にこの目で見たい。人を喜ばせたい。

今の仕事については、そこそこ満足している。ただし、一点だけ満足していない点がある。
それは「長期的に見て、継続的な自分の成長につながるだろうか?」ってこと。短期的には
十分に成長につながると思うのでいいのだけれど、一生夜警でいいのだろうか?答えは否だ。

人生の中で、拘束されることがダメなんだな、と気づいたときに、果たして結婚することが
本当に私の望むライフスタイルに合致しているのだろうか?ってことも思った。「結婚しなくては
ならない」と言う思い込みに動かされていただけじゃないの?ってことも思う。そして、
結婚だけじゃなく、仕事についても以前就いていた国際物流業などは私の望むスタイルには
全く合致しないな、と言うことも感じる。私の通っていた大学についても全く合致しない。

私は中学受験のあの雰囲気が嫌いだ。あの雰囲気は、私がかつて勤めていた会社、そして
かつて通っていた大学と共通の雰囲気を持っている。人を追い詰め、追い詰めて効率だけを
追求する組織。それが組織のアイデンティティなのだから、嫌な人は去ればいいのだけれど、
自分が喜怒哀楽を持つひとりの人間としてではなく、紙やボールペンと同じ消耗品のように
扱われることが、自分の人間性を否定されるような気がして私はたまらなく嫌なのだ。
そんな中で働いてステータスと高額の収入を得たとして、私は幸せだろうか?今までの
経験からはっきりしている。そういう環境で過ごしている間、私はとても不幸だった。

ここまで書いて、自分の人間性を否定しているのは結局は自分自身だと気づく。それは
自分自身の価値観と違っているよ、と言うことを強烈に感じるのだ。自分の望む価値観に
反しているから、長く居ると自分を否定して生きることに鈍感にならざるを得なくなるのだ。

毎日、日経新聞を読んでいて気づいたことだけれど、国際競争にさらされる企業に私が
就職して朝から晩まで365日「世界と繋がっている」ことを実感して働くとして、それが
本当に幸せだろうか?それよりも、朝日に輝く山脈の神々しさや、流れる雲を通して
世界と繋がっていることを実感して働く方が、私にとっては幸せなんじゃないのか?そんな
ことを思うのだ。「世界を相手に戦うこと」が格好いい生き方だなんて、誰が決めたの
だろう。自分が勝手にそう刷り込まれて思い込んでいただけではないか。

結局、社会的なステータスで物事を判断すると誤るってことなのだ。自分の中に思い込みが
あったことを認めることも必要だし、認めたうえで「じゃあ、どういう生き方をすれば
自分はもっと毎日ワクワクとして生きられるのだろう」と日常を再点検する必要がある。

今、友人から借りた森林インストラクターの教本を仕事中の暇な時間に読んでいる。
森林インストラクターになると決めたわけではまだないのだけれど、人に何かを教える
インストラクターの仕事が自分に合っているかなぁ、ということは感じる。高専時代に
「西村君は、いずれは高専に戻って教官になるんでしょ」とたくさんの人に言われたけれど、
何らかの技術を身につけて先生になるのもいいなぁ、なんてことも思う。それが全てでは
ないと思うのだけれど、私はもっと成長したいし、成長した結果として成功するのなら
それはとても嬉しいことだ。
| SHO | 雑談 | 18:58 | comments(0) | - |
短歌合宿
一昨日は、結局仕事が終わってそのままバスに飛び乗り、高崎から新幹線を使ってお昼には
実家に帰ってきた。母の作っておいてくれたキャロットスープとコロッケで昼ごはんを食べて、
父のパソコンのデータ移行作業に取りかかった。

作業は夕方までに終わり、夕方の6時前に実家を出て帰りは最終の特急「草津」で帰った。
夜の10時には草津に帰れるので本当にありがたい。これがバスだと所要時間が1時間増えて
しまい、夜の1時間が出発を1時間早めるか到着が2時間遅れるかの違いになるので、草津で
早く寝たいことを考えるとその差は非常に大きい。帰宅したら着の身着のまま寝てしまった。

翌日は8時半に起床。だいぶ身体はすっきりした。とりあえず、また一週間頑張ろう。

再来週に迫った大学短歌会の合同合宿の全容が分かった。とりあえず仙台で初日は
一泊することになりそう。2日目の朝に離脱するか、それとも2日目の晩に離脱して
前橋・高崎行きの夜行バスで草津に帰るか。本当は初日の夜に離脱しようかとも
思ったんだけど、それでは参加の意味がないことは重々承知しているし、後輩も
引き止めてくれているので、とりあえず合宿初日の夜は仙台に泊まることにした。

社会人でなければ2日目の晩に離脱、と言うことも考えられるのだが、出雲に行った
帰りに夜行明けで草津に戻って仕事に入ったら、仕事中が眠くて仕方がなかったのだ。
社会人として、これではいけないことは確かで、疲れが残るようなことになるのなら
当直に入る前日の晩には草津に帰り着いた方がいい。

とりあえず、2日目の朝に離仙するか夜に離仙するかは当日任せにすることにした。
今考えても結論が出そうにない。
| SHO | 雑談 | 12:24 | comments(0) | - |