藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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二級ボイラー技士
今日は、予定通りに中之条のハローワークへ行って来た。

朝、起きてまず歯医者へ。抜歯の抜糸(シャレです)を行うためである。ついでに歯石も取ってもらった。
歯医者にかかるのは、ずいぶん久しぶりだからなぁ。歯石もずいぶん溜まっていたはずだ。

それから行きつけの甘味処でぜんざいを食べてから、バスと電車を乗り継いで中之条へ。ところが、
着いてみると中之条のハローワークは全然駅前じゃなくて、四万温泉行きのバスで10分くらい
揺られたところにあった。ぽつんとひとりバス停に降り立つと、近所はさんざん通っているはずなのに、
まるで見たことのない景色。どこか旅行先に来たような気分になった。

そう言えば、今日は草津も中之条も見事な晴れである。秋晴れではなく、もう冬晴れの空気だ。空の色や
真っ赤に色づく木々を見るだけで心が震える。山間地である草津や、その周辺地域は今も大自然の真っ直中に
ある。ちょっと数十年に一度の雪が降れば交通が途絶しかねない、そんな危ないバランスの上に立つ街である
ことを思う。圧倒的な大自然の中で生活していると言うのは、快感そのものだ。

さて、中之条のハローワークでは、大変よくして頂いた。
昨日、親と電話で話していて「草津にいるうちに、何か資格を取りなさいよ」って話になった。風呂の中で
ふっと「二級ボイラー技士はどう?」と浮かんできた。正確には、先日来ずっと二級ボイラー技士のことは
意識の中で浮かびつ沈みつしていたのだ。さっそくインターネットで調べてみたのだけれど、二級ボイラー
技士の講習会の案内が全然見つからない。インターネットで手に入る情報には限りがあるので、それで
ハローワークへ行くことにしたのだ。
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| SHO | 再就職 | 22:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
なんでもない話題で長話するのが好きな人、求む!
さっきのバイクの話から続く。

こんな記事によると、

■相手があることで、なかなか思ったとおりのことにならない場合、
ひとつのやり方に固執してしまっている場合がある。

■そこから抜け出すには、
1:「それをする、手に入れることで、何が得られますか」という質問を
  繰り返していき、最終的には何のためにそうしようと思ったのか、に気づく
2:その最終的な目的のために、他に出来ることはないか探す

■関係なさそうに見えても、そうしたほうが早く最初望んでいた結果を得られる


のだそうだ。自分について考えてみた。

例えば、私は「バイクに乗りたい〜!」とも言っているし、「彼女が欲しい〜!」も言っているけれど、
彼女の方は自主規制中(笑)の状態である。当分は自分の生活を立て直すのが優先で、来年の2月に
空亡が明けるまでは「とにかく、これからに向けた土台作り!」の時期である。(いくら私が「常に誰か
隣にいないとダメなタイプ」でも、自分でこうやって納得している場合はストレスが少ないそうです)
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| SHO | 晩婚 | 04:23 | comments(5) | trackbacks(0) |
原付か軽自動車か
Crash! Boom! Bang!
Crash! Boom! Bang!
Roxette

Tourism
Tourism
Roxette

日付が変わって一昨日から働き始めた。
夜の仕事なので(注:カタギの仕事です)仕事が終わったらそのまま風呂に直行。昼間はとりあえず
暇な日がしばらく続く。11月はもうひとつ平日昼間の仕事があるのだけれど、時間も短いし今月と
来月は試運転期間と言ったところ。これで身体が慣れてくれば、もうひとつ仕事を入れたい。草津の
社会人は午前、午後、夜と違う職場で仕事をしている人が多いのだけれど、私もその仲間に入りそうだ。

11月はヒマなので、明日は歯医者帰りに中之条のハローワークに行って来ようかな、と思っている。
ちょっと、資格を何か取ろうかなぁ、と思っている。早く定職を探したいし、何か資格を取れば
それだけ時給の高い仕事を見つけられる可能性もあるし。来年の春には、絶対に軽自動車か原付を
手に入れるつもりなので、そのために仕事の質を上げる必要があるのだ。特に、もし車を手に入れる
つもりなら、原付に比べて維持費が相当高くつくのだから。

現時点で短期的に予想される収入から、最も現実的なのは来年春の時点で原付を手に入れること。
スポーツバイクか実用車か、ということで悩んではいるけれど、以前乗っていた原付がスクーター
だったので、今回はどちらにしてもマニュアル車にするつもり。ツーリングに行きたいので、50cc
でも長距離走行を考えた車にするつもりだ。まだ一応は学生なので、学割を使って中免を取れるなら、
それがもちろんベスト。車とバイクは一長一短あるけれど(草津は冬はバイクが使えないしネ)、
運転して気持ちがいいのは断然バイクだ。
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| SHO | 旅行 | 02:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
許すとは成仏させること
数日前に『自分を許せなかった自分』という記事を書いた。
ものすごい反響があったようで(コメントは来ていませんが、すごいアクセス数です)、感謝感謝である。
いつもこのブログを読んで下さっているみなさま、今、このブログを開いて下さった方(あなたですよ!)、
本当にありがとうございます。最近、延々と自分のセルフイメージが崩れてしまったことについて書いて
いますが、どうぞ読んで下さい。自分で読んでも恥ずかしい話がいっぱいありますが…(笑)。

今回はその続き。
これまたさっき思ったことだけど、「『誰かを許す』ことは、怨念を成仏させることに似ている」と思う。
先日の記事の場合は私が自分自身を許すことが課題だったわけだけど、自分を含めた誰かを「許せない」
ってことは、とてもストレスのかかることなのだ。「許せない」ってことは「オマエを呪ってやる〜」と
言っているのと同じことなのだ。

「人を呪うと、ものすごく本人も疲れる」ってのは、人を呪ったことのある人なら分かることでしょう。
私は、人を自分を、そして自分自身の運命を呪ったことが何度もあります。でも、いくら自分の運命や
私自身の芯の弱さを呪っても、私の人生はちっとも好転しなかった。
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| SHO | 再就職 | 01:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
「本当の自分」っているのか?
草津は紅葉真っ盛り。観光客が今日もたくさん来ている。
夕方、ぶらぶら買い物しに街を歩いていると感激する。毎日感激しても、まだまだ足りないくらい。今日は
夕方から雲が上がって、それまではずっと雨だったので紅葉の赤と他の木の色が混じり合ってとてもきれい。

こういう景色を見ると、う〜ん、やっぱり草津でないと、と思う。東京では絶対に見られない景色。私が
草津あるいは上田に住みたいと言って「そんな山の中に住んでいいの?」と言われたことがあるけれど、
私は草津の自然環境には十分満足している。私がもともと海育ちで海が好きなことを知っているから
質問されたんだけど、草津の自然環境は本当に素晴らしい。毎日街を歩いていて感動する。

晴れた日の朝には本白根山と逢の峰の間のコルにあるゴンドラの山頂駅がよく見える。もはや地元民である
私の目には、草津の街を見下ろすスキー場の各ポイントが頭に入っている。清水沢コースの傾斜33度の
場所からも草津の街がよく見えるのだけれど(草津の街が見えるコースとしては、ここが最も標高が高い)、
あと1ヶ月あまりでスキーが解禁だなぁ〜と思うと、毎日とてもワクワクする。

テクテク家まで歩いて帰りながら、「『本当の自分を探す』って言うけど、『本当の自分』っているのか?」
ってことを考えていた。今つくづく思うのは「『本当の自分』は『居る』というより『在る』」ってこと。
私は「自分は本当はどういう人間なのか、正しいセルフイメージを持つ」ってことが「本当の自分を探す」
意味だと思う。「自分はどういう人間なのか、自分の本性はどういう人間なのか知りたい」って言った方が
正確だと思う。

なぜ「自分の本性を知りたい」と思うかと言うと、ふだんの生活の中で「我慢する」ってことが多すぎるから。
鈴木祥子の『月とスナップショッツ』という曲の中に

「本当の自分を探したい」だなんて、流行だね

という歌詞が出てくるのだけれど、「自分の本性を知る。自分はどんな人間なのか直視する」ことはとても
大事で、こんな歌詞が出てくるのは、誤ったセルフイメージを持っている人がいかに多いかってことだろう。
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| SHO | 雑談 | 19:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
今日から初出勤
日付が変わって、今日から初出勤である。会社に昨日行ってきて、決まった。週末はある温泉入浴施設の
清掃係を、平日は、11月はけっこう暇なのだけど別の温泉入浴施設の清掃係をすることになった。もっとも、
公共入浴施設の掃除は夜に行うので、今日の昼間は暇である。ともあれ、仕事が決まってよかった。

それにしても、あまりにあっさり就職が決まったので、自分が就職したのだという実感がない。正直言って、
仕事の集合時間に遅れるのではないかと今から気が気で仕方ない。派遣の仕事って給料は派遣会社から
出るので(つまり私は派遣会社の派遣社員ってこと)仕事の現場から直接出るわけではないけれど、
クライアントに喜んでもらえる仕事をしたい。

私は高専の寮生活時代から「公共空間の掃除は好きだけど自分の部屋の掃除は大嫌い」なことで有名だった。
どういうことかと言うと、私は「自分の仕事で他人が喜ぶ顔を見るのが好き」なのだ。だから、私の仕事で
お客様が「わぁ、清潔なお風呂」と喜んでもらえるのなら嬉しいし、そう言ってもらえる仕事をしたい。

私は昔から「お金のために働く」ことが大嫌いだ。うちの親にはどうしても分かってもらえないのだけれど、
「金はいくらでもやるから馬車馬のように働け」って言われると、札束で頬をはたかれるような嫌な気持ち
になる。だから「プロだからお金のために働け」って言われるのも嫌い。そういう人にもいい仕事をする
人はたくさんいて、だから彼らの気持ちも尊重はするけれど、私はそういう信条じゃないのだ。「本当に
プロなんだったら、仮に一銭のお金にならなくても最大のパフォーマンスを見せたらいかが?」って思う。

おそらく、どちらの意見も間違いではない。私はどっちの意見もOKだと思う。ただ、信条が違うだけだ。

ぶっちゃけて本音を言えば、私は地位も名誉も欲しいし、お金だってたくさん欲しいのだ。「お金を稼げ!」
って人と「お金を稼ぐのが嫌い!」な人とは、表面的には逆のことを言っているけれど、本質的には全く同じ
ことを言っていると思う。「お金(or地位や名誉)のことが、私はとっても気になる」という点で。
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| SHO | 晩婚 | 03:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
記憶の封印
この記事によると(最近、同じ人の書いた記事ばっかり読んでる気がする…)

「同じ心の傷を持つ者同士は、会った瞬間、惹かれ合う。」

のだそうだ。正確には「『心の傷・病気の種類と深刻さ』がよく似ている」らしい。人は同じ波長の
オーラを発している人と仲良くなるらしく、似たような心の傷を抱えている人は、同じように傷ついた
人を見ると「この人だ!」と瞬間に分かってしまう(=惹かれる)のだそうだ。

「記憶を封印するほど辛い過去を持っている人」(←私)は、どういうわけか重大な心の傷を負った人と
毎回お付き合いしてしまう。その人が凍結した記憶を持つ人であることを知るとドキッとして惹かれる。
似たような経験を持っている人だというのは勘で分かるけれど、その記憶について私からお付き合いした
人に訊ねたことは一度もない。私がその人に訊ねられたこともない。本人自身が解凍するまで、訊ねては
絶対いけない類の質問なのだ。

私も過去の話をブログに書いたり友達に話したりはするけれど、大半は同じ記憶の話しかしない。それ
以外の、残るほとんど全ての記憶は私の中で多大の労力を使って凍結されている。思い出すこともないし
思い出したくもない。だから、私の前で話すときは私の過去のエピソードを話題に出さないで欲しい。
私の過去のエピソードを掘り起こされて、私が本心から楽しく話題に参加することはまずない。すごい
恥をかかされている気がして、猛烈に腹が立つか泣きたいほど悲しくなる。
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| SHO | 晩婚 | 21:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
自分を許せなかった自分
あんまり「晩婚」のテーマとは関係なくなっているけれど、先の記事で書いた「自分を許せなかった自分」の
ことについて書きたいので、書くことにする。

私は、どのようなことをした自分自身を許せなかったのか…。

「なりたくてなりたくて、ようやく実現した仕事を、たった1年半で辞めた」

ことだった。
プロフィールで公開しているように、私はもともと外国航路の航海士の仕事をしていた。外航の船乗りと
言えば、私と同学年の高専の同級生の中で、日本中で私しか就職できなかった超難関。でも、長年の夢が
叶った私は、その夢を1年半で放り出してしまった。

当時の私の給料はものすごく高くて、でも私は就職したものの失敗続きの劣等生だったので、ものすごく
高い給料がとてもプレッシャーになっていたのだ。実力をはるかに超える給料をもらっていたことが
とにかく嫌だったし、給料に見合う自分になる自信がなかったのだ。私は会社にそのことをこそアピール
するべきだったのだ。かなり無茶な要求はしてきたけれど、基本的に温かい会社だったのだから。

今なら、当時の自分とは違うアクションを取るだろう。おそらく「私の給料を下げて下さい。その代わり、
5年は陸上勤務に回さないで船に乗せて下さい。私はプロの”船乗り”になりたいのです」と会社に言う。
その上でどうしても認められないのなら、給料は低くても要求を認めてくれる同業他社に転職しただろう。

当時の会社の方針と言うのは、陸上勤務と海上勤務を半々にして、要するに「船乗りのことも分かる
陸上社員」を育成するために日本人を採用していたのだ。でも、私は陸上社員になりたかった訳では
なかったし、「金はいくらでも払うから、即戦力でバリバリ昇進してくれ」という方針に疑問を持って
いたのだ。なぜなら、船乗りは一人前の船長になるのに20年はかかるという難しい仕事なのだ。昨今の
日本船舶の信じられない事故の、その大きな原因は「腰掛けで船に乗せる」からだと私は思っている。
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| SHO | 晩婚 | 02:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
パレートの法則
さらにさらに『ネクラでブサイク彼氏は5人』の話の続きである。

パレートの法則、と言うものがあるそうだ。私も大学で経済学は習ったけど、知らなかったなぁ…。
こんな法則らしい。

パレートの法則とは、経済学者パレート(Vilfredo Pareto)が発見した法則で、社会全体の富の
80%は20%の人間に集中しているというもの。現在ではさらに一般化されて全体の20%が全体の
80%を独占するという意味で使われている。重要度の高い上位20%に集中すれば、全体の80%を
効率的にカバーできるという合理的な思考法という意味でも使われる。

                    (All About Japanより引用)

つまり、私と言う人間がいるとして「私のいいところの80%は私という人間の20%に集中していて、残りの
80%がダメダメでも、それで完璧な状態なのである」ってこと。そして「いいところである20%の質を上げる
ように努力していれば、ダメダメである残り80%はOKになる」ってことでもあるそうだ。

このことを知って、私が最初に思ったのは「私のいいところである20%って、いったい何だろう?」ってこと。
自分で自分を褒めることなど久しくなかったので、自分のどこがいいところなのか自分でも分からなく
なっているのある。つまり、私は「自分をよく知らない」ってことだ。気づいていないか忘れているだけ
かもしれないけれど。とにかく「あなたのいいところは何ですか?」って言われて自分で分からないって
ことは、私は久しく自分を全否定して生きてきた、と言うことなのだ。
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| SHO | 晩婚 | 22:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
私は甘え好き
ネクラでブサイク彼氏は5人』の話の続きである。寝たり起きたりご飯食べたりしながら、あまりに
面白くて、一昼夜かけてメルマガのほぼ全ての記事を読破してしまった。読むのに一昼夜かかるほど
メルマガの内容は量がすごく、その質もすごいのだ。

このブログでは何度も書いているように、私は甘えるのが大好きである。人から何かしてもらうのも大好き。
「ありがとう〜♪」と嬉しく受け取ってしまう方である。ただし、相手が見返りを求めていない場合に
限って。「甘えてもいいから、代わりに○×して〜♪」と言われると、その内容にもよるけれど、○×が
自分にとって負担な内容であれば、何もしてもらわない方がいい。「私は自分で自分をヨシヨシできるから、
あなたもそうして」と思うのだ。人に甘えられることがストレスに感じる人とは、お付き合いに発展しない
のかもしれない。

じゃあ「なぜ人に甘えるのが好きか」ということになる。それは、子供に戻れるから。私は基本的に子供の
ままでいるのが好きだし(大人になりたくない!って願望が自分にあるって2つ前の日記に書いた通り)、
自分の中の子供の部分を、そのままでいてもOK!って言われると非常に快適だし、精神的に楽である。
だいたい鉄道が好きで帆船が好きで、自転車で日本一周に挑戦したり、いつまでもロマン求めて乗りに
行っているわけだから、30歳になっても私の内面は子供のまま…なのだ。自分で言うのは恥ずかしいけど。

じゃあ、どんな人が合うと思う?って言われると、パッと浮かぶのは「子供好きの人。子供と一緒に
いることが好きで、子供をストレスに感じない人」だ。
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| SHO | 晩婚 | 20:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
バントや進塁打を打てる野球を
日本シリーズが昨日終わった。
阪神の4連敗。ロッテに一気に押し切られて、そのまま終わってしまった感じだ。

私自身は、勝敗はどうなっていたか分からないと思う。でも、日本シリーズの阪神の戦い方には
正直イライラした。あれではロッテが優勝したのも当たり前。なぜって?金本と今岡が打てなかった
とか、そんなことはどうでもいい。赤星も出塁できなかったけれど、そんなものは結果論。「勝敗は
どうなっていたか、そんなものはどうでもいい」と言うのは、日本シリーズでは岡田監督の采配に
大きな問題があったと思うからだ。

第一戦の第一打席で赤星が出塁した後、打者鳥谷の時にどうして送らなかった?二球目のファールは、
鳥谷がヒッティングしていなかったら赤星は盗塁できたでしょう?送りバントでも楽々と二塁へ行けたと
思う。どちらのチームも中継ぎ以降がいいわけだから、とにかく何が何でも先取点が欲しい場面
だったはず。進塁打を打てない鳥谷の技術(今、何を自分がすべきか分かってない)も問題アリ
だけど、強襲でヒットを打たせようとする岡田監督の采配もどうかと思う。

それに、第一戦で井川が打たれた後に、どうしてすかさずJFKを投入しなかった?第二戦で負けた後に
「甲子園に戻って出直しや」って言っていたけれど、出直ししているヒマに日本シリーズは終わって
しまうよ。そんな悠長なセリフを言っている場合じゃないんだよ。

「何が何でも勝ちに行く」ような、例えば4連投でJFKを投入するような采配で負けたのなら納得も行く。
だって、試合展開は一方的な劣勢だったんだから、早めにJFKを投入する展開でも仕方ない。でも、岡田監督
の采配には「この試合を落としたら後はないんだ」と言う一戦必勝のトーナメントを戦っている緊張感は
感じられなかった。まるでシーズンを戦っているような悠長な采配だからファンは怒っているんだよ。

千葉で二敗したあの時点で、あと2つ負けたら終わりなんだよ?それも二戦で20点も取られて1得点でしょう?
「甲子園に帰って出直しや」って、第二戦まではシリーズがまだ開幕していなかったのか?あの采配では、
そう言われても仕方ないと思う。関東のファンをなめとんのか、と私は思いましたよ。
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| SHO | 阪神タイガース | 18:44 | comments(4) | trackbacks(0) |
北川涼子・辻耀子 『ネクラでブサイク彼氏が5人』
ありのまま.com」というサイトがある。
存在そのものは以前から知っていたので、ないかなないかな〜と探し回って、ようやく見つけたの
だけれど、特にメールマガジンの内容をWebで発表した「ネクラでブサイク彼氏が5人」というコーナーが
めちゃめちゃ面白い。でも、中身がものすごく濃いので、まともに全部読んだら数時間かかってしまう。
(速読には自信のある私が、日本シリーズを見ながら読み始めたのに、3時間で半分も読み終わらない…)

ネクラでブサイク彼氏が5人」は、要するにパートナーゲットのテクニックと、そのポイントを延々と
初級者向けから上級テクニックまで書いている。このメルマガを「面白〜い」と、そして「これを
読んでテクニック盗むもんね♪」と思っている私は、深層心理では「自分はいい男(いい女)を
ゲットできる」と確信しているんだとか。そうなんだ、知らなかった…。

目からウロコが落ちたのは、『自分の自己評価を自ら下げてしまう悪循環』の中に私がどっぷりハマって
いること。なぜなら「自分を否定したまま、今よりもよくなろうとしているから」。その通りなのだ。

対策としては、
『自己評価を自らどんどん下げてしまう悪循環に気付く』、
『誰よりもまず自分が自分の価値を見つけてあげる』
『もっともっと自分をよしよししてあげる』
なんだそうだ。これが、意中の人を射止めるための最短距離なんだとか。へー。
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| SHO | 晩婚 | 01:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
「学びの場」になる職場とは?
今日は朝から会社に行って来て、ちょっといろいろ相談事をしていた。
先日提案された職場だと、まだ完全な防御機能ではない私の皮膚では不安が残る…ということで、午後また
お電話します、と言うことになっていったん帰宅。とりあえず、昨日はほとんど寝ていなかったので寝る。

会社からの電話で目が覚めて、別の職場を紹介される。時間が短い代わりに時給はいい。早ければ今週末から
入ることになりそう。でも、その仕事は夜の仕事(って言い方が悪いですが、カタギの仕事です)なので
昼間はヒマで、昼間は別の仕事を入れてもいいですよ〜って話なので、前から気になっていた別の職場にも
電話してみる。夜になって話を聞くことになった。

まだ、自分の中では判断がついていない。リハビリを兼ねていることもあるけれど、できれば一刻も早く
自活状態に戻したい。でも、それで焦って皮膚の状態が戻ってしまったのでは元も子もない。だから
セーブしたい気持ちもあるし、その一方では早く自活したいことも事実なのだ。冬になるとスキーを
したいけど、自活していなければスキーはできないのだ。

身体が大丈夫でさえあれば、本当は一刻も早くフルタイムで働きたい。「焦ってはいけない」と言う声と
「でも、自活できるだけの給料をもらわないとスキーできないよ」と言う声が自分の中で交錯している。

せっかく草津に住んでいるのに、お金がなくて冬にスキーができないとなれば、何のために草津に住んで
いるのかと言う理由が半分近くなくなってしまう。スキー場が開くまであと1ヶ月。身体を考えると焦って
はいけない。でも、今シーズンの初めから滑りたければ、お金を稼ぐための時間が限られているのだ。

自分にとっての縁の向いている方向は、いったいどっちなんだろう。縁の向いた方向であれば間違いは
ないと思うけれど、まだシンクロニシティを体感するところまでは言っていない。まだ、私のセンサーは
完全復調と言うわけではないようだ。もっと研ぎ澄ませなければ。

まだまだ、私の心は「名誉心」や「競争心」そして「不安」や「怖れ」で満たされている。シーズンの
初日から滑りたいという「欲」、人なみ以上に働きたいと言う「競争心」、そして、仕事しても身体は
大丈夫なのだろうかと言う「不安」や「怖れ」が私の判断を大いに狂わせている。私の心はまだ
安息にはほど遠いところにいる。

私にとって、学びの場となる職場はどこなんだろう。実利的な観点もないわけじゃないけれど、もっと
スピリチュアルな立場で学びになる職場は、どういう仕事になるんだろう。そういう観点で仕事を探そう。

何でもやってみれば学びになるよ、という考え方もあり、それはそれで一理ある。しかし、スピリチュアル
な立場で学びになる場所とそうでない場所というものは存在すると思う。スピリチュアルな立場で考えて
みた時に、そこで学ぶべきことが終わっているのであれば、その地にこだわる必要はない。肝心なのは
スピリチュアルな立場で自分を成長させてくれる場なのかどうか、ということだ。
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| SHO | 雑談 | 17:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
Yae 『New Aeon』
new Aeon
new Aeon
Yae

『New Aeon』はYaeのファーストアルバム。2001年6月に発売された。
発売の翌年には、この中の数曲が天河神社でも奉納されている。いかにも天河神社で奉納されそうな
音楽で、聞いていると螺旋を描くようなイメージが浮かぶ。Yaeの音楽はまた懐かしく、聞いていると
吉野や天河の静かな夕暮れや、山上ヶ岳の素晴らしい朝日が瞼に甦る。心を吉野や天河に飛ばしたい時に、
私はYaeの音楽を聞く。Yaeの音楽を聞いて感じる感触は、吉野や天河や山上ヶ岳の土地から感じるそれと
よく似ているのだ。穏やかで、落ち着いていて、そして寂しい。

Yaeの音楽は寂しく、きらびやかで、そして静かだ。間違いなく日本の音楽でありながら、日本だけの
音楽ではない感じ。どこかアフリカやアジアの国の宗教音楽を聞いているような感じもする。ニュー
エイジミュージックらしいニューエイジミュージック。Yaeは普段からヘブライ語で歌ったりしている
そうである。外国語の歌も何曲かあるが、取って付けたような歌い方ではなく、外国語で歌うという
ことがこの人にはなじんでいる。

異界とまるで通じているかのような感じがする。Yaeの音楽から感じる感触は、聞いていてとてもホッと
する。神社や寺などをコンサート会場として好んで使うのも、聞いていて納得するのだ。神社や寺にいて
感じるホッとする感じと、Yaeの音楽の感触とは共通するものを感じるから。朝な夕なの読経の声と、
とてもよくシンクロしそうな感じ。Yaeの声は、寺社紹介のビデオのBGMに使っても違和感ないだろう。

天河に引かれる人には、この人の良さはよく分かってもらえるのではないだろうか。天河は遠く、
私はYaeの声を聞きながら今日も天河へと意識を飛ばすのである。
| SHO | 音楽 | 02:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
思い切りネガティブな話
日付が変わって昨日の夜、友人から電話がかかってきた。いろいろ話をしているうちに、だんだん話が
ヤバイ方向に行ってしまった。「これ以上話し出すとどんどんヤバくなるからやめようか」と言うことで
その話は終わったのだが、「もう30年も生きたのに、まだ半分にもならない」と言う考え方は、とても
危険だと自分でも思う。電話口で、どんどん自分の口が勝手に危ない方向へ進みかけてしまった。

「長生きなどしたくない」とはっきり口に出している以上、言霊が存在するのなら、自分が繰り返し口に
している言葉からの影響は不可避だろう。私の病気が、アトピー性皮膚炎という、徹底的に神経も生活も
破壊し尽くすにも関わらず、どうやっても死に至らない病気であることは私にとって非常に象徴的だ。
アトピー性皮膚炎は、どんなに長生きしたくなくても、どれほど辛い期間が長く続こうと、直接病気が
もとで死ぬことはない。死ぬことがあるとすれば、精神を破壊し尽くされた挙げ句に自殺することだけだ。

湯治に来る人は、ほとんど誰もが一度ならず繰り返し自殺の誘惑に襲われる。私だって例外じゃない。
でも、身体がほぼ治りかけている今、もう自分の絶望の原因をアトピーのせいにはできない。どれほど
精神が破壊し尽くされようとも、身体だけが生きよう生きようと動き続けていることが恨めしく思える。
まだ、私自身の身体の保水能力は枯れきっていないどころか、まだまだ元気に動き回ろうとしているのだ。
まだ私の精神は重力から、そして自分の身体から解放されないのかと思うけれど、身体の寿命は尽きる
どころかますます元気になる一方だ。精神はこれほど身体から解放されて出て行きがっていると言うのに。

精神が身体から強く出ていこうとするたびに心臓が痛い。心臓には、精神を身体に結びつけておく鍵の
ような役割があるのだろうか。異界に連れて行かれるように死ぬ人の死因に心臓発作が見られるのは、
心臓が壊れるとはすなわち精神を身体に結びつけておくための鍵が壊れてしまうことを意味するのでは
ないかと思う。鍵が壊れてしまえば、精神は身体から解放されてするりと抜けてしまうのかもしれない。

そんな中、あるブログで、明らかに私の発言に向けたエールの言葉があった。こんなにネガティブな
記事の多い私でも、そうやって、もがいてあがいている部分を応援してもらえることは素直に嬉しい。
本当に、ありがとうございます。読んでめちゃくちゃ嬉しかったです。
| SHO | 雑談 | 00:40 | comments(1) | trackbacks(0) |
ROXETTE 『Room Service』
Room Service
Room Service
Roxette

最近、ROXETTEをヘビーローテーションで聞いている。
ROXETTEはスウェーデンの男女デュオである。1980年代後半に登場してから1990年前後に全米で
大ヒットを飛ばし、今も活動している。北欧独特の哀愁漂うメロディもあるのだが、もっとポップな作品も多く、
同じスウェーデン出身で1970年代に大ヒットしたABBAよりもロック寄りの音作りをしている。

私がROXETTEの曲を好むのは、彼らの音楽はとにかく楽しんで作っているから。そしてメロディも良く、
男性のペールと女性のマリーのどちらのボーカルも素晴らしい。彼らの曲のなかでも、初のベスト盤の
『Don't Bore us - Get To The Chorus!』に収録されている『June Afternoon』や、
このアルバムに収録されている『Looking For Jane』などは、厳しい冬を知っているがゆえの明るい歌。
ただ明るい、たとえばカリフォルニア出身のグループの歌とは、同じ明るさでもその質がかなり違う。
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| SHO | 音楽 | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
生あることは本当に幸せか
今日は派遣会社の面接。採用そのものは、あっさり決まってしまったのだが、仕事の内容について後で
両親に電話したら大反対された。電話で大喧嘩。自分が怒っている状態に疲れた。身体が鉛のように重い。

自分自身のなかで、繰り返しあぶり出されている問題が「自己価値」の問題。私は、自分が自己価値の
高い人間だという風には育てられなかったけれど、この歳になって誰かにそう育てられなかったと言うのも
どうかと思う。自己価値を健全に高く持つか低くしか持てないのか、この歳になれば誰のせいにもできない
自分自身の問題なのだ。私の自己価値は高くない。人生に絶望しているし、荒んでいるなと自分で思う。

親との関係の問題は、そのまま今の私の生き方の問題でもある。

身体が治りつつある今、たとえ身体が完全に治っても私の中にある絶望と空洞はなくならないことが
はっきり分かっている。身体がいつ治るか分からないから絶望しているのではなく、身体がたとえ完全に
治ったとしても絶望し続けようという自分の心の動きすら感じる。自己イメージの問題だと分かっている
けれど、自分のこれからの人生をイメージした時に、明るくバラ色の人生をイメージできない。これが
「学び」だとすれば、私はこのことから何を「学んで」いるのだろう。

私にとって、死とは依然として休息を意味している。それも、自分からそこに近づくことの許されない
休息。休息に近づくためには、まだ無限とも思える長い時間が横たわっている。平均寿命まで私が生きる
としたら、あと50年近い途方もない時間。私の人生は、30年生きてもまだ半分にもならないのだ。こんなに
生きたのに、私の人生はまだ半分にもならないのだ。これに絶望しなくて、何に絶望すると言うのだろう。
私の人生は「さまよえるオランダ人」そのものだ。
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| SHO | 雑談 | 01:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
末っ子体質
私は三人姉弟の末っ子である。
姉二人で男は私だけ。こういう構成だと「姉貴にこき使われる弟」と「姉貴に可愛がられる弟」の2種類が
あるのだが、幸い私は後者で、二人の姉とは仲がいい。だからかどうか、私は基本的に末っ子体質の
甘え上手である。ただし、相手が年上の場合に限って。

三人姉弟以上の場合、末っ子は甘えん坊の傾向がある、と私自身を見ていて思う。我ながら人に甘えるのが
上手い。甘やかされて育ったんだナ、と言われるとその通りなのだが、気がつくとちゃんと自分のして欲しい
ように相手を動かしてしまっている。自分で言うと「甘え慣れ」しているのだ。堂々と甘えていると言うか、
甘えても良い場面でさえあれば甘えても良いのだと思っている。

そんなわけで、私は基本的に甘えたい方である。自分が甘えるのも好きだが、相手から甘えられるのも好き。
甘えることにも甘えられることにも罪悪感は特に感じない。ただし、甘えていい場面と甘えてはいけない場面
というものがあって、それを間違えるとただ迷惑なだけなのだけれど。

なりたい自分を自分に許そう」というコラムを読んでいたら「自分がこう扱われたいという気持ちを
そのままストレートに外見にアウトプットすること」と書いてあった。自分が丁寧に扱われたかったら
少しフォーマルな格好をしなさい、ということだ。あるいは、もっと気楽に扱われたかったらカジュアルな
格好をするのも同じことだろう。自分が心の中でして欲しいと願っていることと、その人の外見や服装が
異なっていると、自分が求めている扱いを周囲からしてもらうことは難しくなってしまうそうだ。

「なりたい自分を自分に許す」ことは、そういう意味では大事なのだが、一方ではただの勘違いになって
いることもある。いい歳したオバサンがひらひらのミニスカートを履いていたりすると、見た目にも
痛々しい。「私の足を見てーっ!」とアピールしていることは分かるのだが、年齢や立場に応じた格好を
わきまえなさいよ、と言うことも思う。私はひらひらのミニスカートを履いた壮年の女性を年齢を重ねた
大人の女性として扱う気にはならない。
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| SHO | 雑談 | 02:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
白根は雪
白根山に雪が降ったらしい。今日は雲がかかっていてよく見えなかったけれど、雲は明らかに雪雲だった。
出歩くと、頬に当たる空気が冷たくて気持ちいい。冬の空気だ。

草津国際スキー場は12月3日オープンだそうだ。あと1ヶ月あまり。働き始めるタイミングとしては、もう
ギリギリだろう。これ以上延ばすとスキーに行くお金が間に合わなくなってしまう。町民にならないと
シーズン券も安くならないので、次に帰るタイミングで住民票を草津町に移さなければ。

先日、帰省した時にスキーショップへスキーを見に言った。今シーズンは昨シーズンの最後に使った
OGASAKAのレンタルスキーを使う予定で、今シーズンいっぱいかけて私向けにチューニングする話に
なっている。来シーズン以降はどうなるか分からない。もしかするとスキー板を買うかもしれない。
昨シーズン、今シーズンと2シーズン滑れば自分の好みのスキーもはっきり分かるし、社会人に戻れば、
マイスキーを買ってもいいだろう。1シーズンや2シーズン落ちのモデルでも構わない。快適に滑れればいい。

お茶の水のスキーショップで店員と話していて、ホームゲレンデによって、どのスキー板を選ぶかは
変わるかもしれない、と思った。「ホームゲレンデによって」というのは正確な表現ではない。
「どんな雪質のゲレンデを滑るのか」によってスキー板は変わると言った方が正しいそうだ。

例えば、私のホームゲレンデは草津国際である。ゲレンデのベースが標高が約1200mでトップは2176m。
標高が高いため、草津の雪質は抜群にいいそうだ。他のスキー場を知らないから分からないけど、たしかに
草津の雪はサラサラの粉雪だ。ドカ雪が降ろうものなら、緩斜面ではスキー板が埋もれて前に進まない。
新潟のスキー場の雪はそんなことはなく、もっと雪質が重いと聞いている。だから、草津で滑りやすい板が
新潟で必ずしも滑りやすい板とは限らないんだそうだ。それぞれの雪に合わせた板やチューニングでないと、
滑りやすかったり滑りにくかったりするらしい。さて、来シーズンにはどの板を買おうか。
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| SHO | スキー | 23:04 | comments(2) | trackbacks(0) |
類は友を呼ぶ
こんな記事によると、世の女性の、パートナーの男性への要望の第一位は「頼りがい」で、
不満の第一位は「頼りがいがない」ことなんだそうだ。なるほどねぇ〜と目からウロコが落ちた。
『smart晩婚講座』でも『負け犬の遠吠え』でも、「自分より上」な男性を求める女性心理について書かれて
いたけれど、「自分より上な男性の方がいい」人は、つまり「頼りがいのある男性」を求めているわけだ。

じゃあ、私が頼りがいのある男性になろうと思ったか?全く思わなかった。事実として女性の要望には
そういうものが多いのだということは分かったけれど、自分がそうじゃないのに、無理やり「頼りがいの
ある男性」を演じるのもしんどい。無理やり演じたところで疲れるだけだし、どこかで破綻が来てもっと
悲惨なことになるのも嫌だ。別に強くない自分なのに、無理やり強いふりをしなきゃいけないのは辛いのだ。
仕事上、自分がリーダーシップを取る場面では「強いふり」をしなきゃいけない場面もあるけれど、それは
リーダーという立場上要求されているわけであって、仕事を離れれば強いふりをする必要はない。

先日の日記にも書いたけど(参照元の著者は先日の「オーラ」の話と同じです)、お付き合いする人とは
「自分と波長の合う人」なんだそうだ。「自分と同じ波長の人」つまり「自分と同じ色のオーラを発散して
いる人」とも言い換えられる。「好きなんだけど、なんか波長が合わない」人とは、つまり「好きだけれど、
波長が合ってない」ということらしい。

そう考えてみると、「類は友を呼ぶ」と言うのは本当のことのようだ。同じ趣味でつながっていたり、
根本的に似たような価値観を持っている人同士でくっつく、というわけである。参照元のコラムでは
「素敵な彼が出来たら、その人に頼りたい・・・♪」と思っている人には「素敵な彼女が出来たら、
俺のこと支えて欲しいなぁ♪寄りかからせて欲しいなぁ♪」と思っている人がくっついてきて、だから
「んもう!頼りない人ね!」となる、というカラクリが語られているのだが、私が「自分より上」を
求める女性とお付き合いしたことがないのは(年齢でも、年収でもいろんな意味で)、私にも
「自分より下」な人を求める発想がないからかもしれない。

今までお付き合いした人で、一番楽だった人とは、お互いに頼り合うところがあった。どちらも「一人では
生きていけない」タイプだったので、問題もあったけれど、それはそれは精神的に楽だった。

最近、睡眠時間がやたらと長い。
今日も2時には布団に入っていたのに、携帯電話のアラームが鳴った7時半にはきっちりとアラームを止めて
(ちなみに目覚ましのアラーム音は「六甲おろし」)、次に起きたら11時半。冗談交じりに「こんなんで
社会復帰できるんかなぁ〜」と思ってしまう。まぁいいか。今日は休日だし。
| SHO | 雑談 | 14:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
NHK「日本の、これから」に思う
日本シリーズが始まった。今日は中盤に崩れて10-1のボロ負け。クリーンアップが得点圏でノーヒット
じゃねぇ…。1回表に四球で出塁した赤星を進塁させられない鳥谷といい、今日は負けるべくして負けた
戦いだった。霧のために7回で試合が終わってしまったけれど、9点差を8回と9回で逆転できるとは
思えないから、あれで良かったんじゃないだろうか。僅差で負けるよりもサバサバとした気分だ。
また明日。ふがいない片岡はスペンサーに変えて、クリーンアップも明日こそは勝って欲しい。

日本シリーズの中継が終わってから、NHKの「日本の、これから」と言う番組を見ていた。若者の
失業、無業問題について語る番組だった。

若者の自立と支援について、ゲストの放送大学の先生が最後に「自立は権利。支援は甘やかすこと
ではない」と言っていた。その通りだ。そして、その認識が全世代的に薄いように感じられた。

若者のうち、自立している人はいい。過酷な状況から社会人として会社を興して勝ち上がった人も出席者
にはいた。「自分たちを甘やかさないで欲しい」という意見もあった。熟年層からも「若者を甘やかすな」
という意見が散見された。

しかし、生活に絶望し、人生に絶望した若者はどうなるのか。彼らに、「甘えるな、自立しろ」と言った
としても、どう自立しろと言うのだ。絶望とは、そんな甘いものじゃない。絶望とは、生きる気力を、
自分の人生を切り開いて行こうという気力すら奪うものだ。「甘えるな」と言われてどうにかなる
ものでは決してない。「頑張れ」と言われても、どう頑張ったら分からないほど絶望している人に、
そこからどう頑張れと言うのか。頑張り方があるのなら、こっちが教えて欲しいくらいだ。

自分で起業した若者から「支援は必要ない」という意見もあったが、世の中はそんなバイタリティのある
人ばかりではない。どんなバイタリティのある人でも、人生の中で思わぬ転落をすることもある。生きる
気力すら奪う絶望というものが、この世の中には間違いなく存在するのだ。自分がその状態になってから
「行政の支援が必要ないなど言うんじゃなかった」と言っても遅い。「行政の支援は必要ない」という
言葉は、少なくとも一部の若者にとっては死刑宣告に等しいのである。
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| SHO | 再就職 | 00:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
人との出会いと親友のこと
先ほど、オーラの話について書いた。
同じサイトの別のコラムによると、その人と初めて出会った「時と場所」のシチュエーションは、その後の
お互いの未来を暗示しているそうだ。このコラムでは恋人同士について書いてあるが、きっと他の人間
関係の場合も同じに違いない。「いつ、どんなシチュエーションで出会った人か」はものすごく重要だと
いうことである。

精神的に上り調子の時に出会った人とは、やはりいい出会いで、互いに発展していく関係だそうだ。
一方で、自分が下降気味の時や精神的にどん底にいる時に手を差し伸べてくれるように現れた人は
その時だけの出会いで、自分自身のステージがワンランク上がった時に自然と縁遠くなってしまう
ことが案外多いそうだ。

私にも親友と呼べる友人が何人かいるが、どんなシチュエーションで出会ったか、覚えているケースは
多くない。もともとどんな間柄から始まった友達か、くらいは覚えているけれど。そもそも私の人生で
上り調子だった時期の方が少ない。数少ない上り調子の時期に出会った人について言えるのは、少なくとも
お互いにとってお互いが幸運を運んでくる存在であった、ということである。

例外もひとりいる。
彼は現在に至るまで私の最大の親友で、もう15年以上のつき合いになるのだが、共通の趣味を持って
いるのに、出会った場所は全然趣味の場所とは関係なかった。同じスイミングスクールに通っていて、
プールの待合室で鉄道関係の雑誌を読んでいた私に彼が声をかけてきたのである。彼もまた鉄道ファン
だったからだ。スイミングスクールのクラスは、たしか初めは同じだったと記憶している。

その時、私は中学校時代でも最悪の頃で、しょっちゅう喧嘩して相手を怪我させたと言っては親が学校に
呼ばれていた(柔道部で、部活の後に水泳を習っていたから、力は強かった)頃で、人付き合いが
今よりもずっと下手だった私はいじめられっ子だった。生活としては最悪の状況だった。一生のうちで
最悪かと言われるとさらに酷い時代を経験しているけれど、とにかく良い時期ではなかった。事実、
中学校時代の私の同じ学校の友人で、今もつき合いのある人は誰もいない。一生の友人と出会う
タイミングとしては最悪だったろう。「同じ学校の友人で」と書いたのは、彼は、隣町にあるうちの
中学とは仲の悪い中学の生徒だったのだ。
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| SHO | 雑談 | 00:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
オーラって?
今日は日付が変わってから帰宅してすぐに寝たのに起きたらもう昼で、特に予定もないので超ヒマだった。
ヒマでヒマで仕方ないので、日記も必然的に超長文になっている次第である。だったら部屋をもう
ちょっと片づけたら…と自分で思うのだが、なかなかそうはならない。とにかく、パワーが有り余って
仕方ないので、そろそろ働こうと思う。この有り余ったパワーを社会に還元しないとバチが当たりそうだ。

さて、今日の先ほどまでの日記の中で「オーラ」って言葉が何回も出てきた。最近、よく読んでいる
30's style」というサイトの中で、「オーラ」についてスピリチュアルな観点から書いてある記事が
あって、へーっと思いながら読んだ。自分と同世代のコラムニストがこういうサイトに書き込んでいる
のを見ると、たしかに自分も30代に突入したのだなぁ、と思う。

その中のひとつのコラムで、こんなことが書いてあった。

オーラと言うと、綺麗なオーラと濁ったオーラがあり、綺麗な(クリアな)オーラにみんなが引き寄せられ、
快適に感じる・・・という思い込み(誤解)をしているかたもおられます。
でも、それは違います。

正解は、『自分と近いオーラの状態ならば、より快適に感じる』のです。

つまり、赤いオーラの人は、同じく赤、もしくは赤に近い色だと快適に感じます。


つまり、書泉グランデの鉄道コーナーで熱心に本を読む鉄道マニアのオーラを「気持ち悪〜っ」と
遠くから敬遠していた私は、彼らとは違う色のオーラを放っていたらしい。それが自分のオーラの色に
対する自覚不足でないことを心から祈っている。
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| SHO | 雑談 | 22:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
書泉グランデの鉄道マニアに思う
昨日、神保町にある書泉グランデに行ったときのこと。
書泉グランデというのは知る人ぞ知る鉄道マニアの聖地で、鉄道に関する本の品揃えでは、大阪梅田の
旭屋と並んで全国トップじゃないだろうか?ってくらいの書店。ここは21日発売の鉄道雑誌が20日には
店頭に並ぶため、昨日そのまま草津に帰る予定だった私は鉄道雑誌を買うためにここに来たのだった。

予定通りに鉄道雑誌を買った後、同じフロアにある海運関係や軍事関係のコーナーをのぞいてから
バイク雑誌のコーナーへ行った。ちょうど鉄道コーナーとは隣り合わせの場所にあって、バイク雑誌の
コーナーから見ると鉄道コーナーがよく見える。平日の昼間だというのに、鉄道コーナーにはいい歳した
大人がたくさんいた(私もそのひとりなのだけど)。

どうして、鉄道ファンって「いかにもオタク」なオーラを出しているんだろう?服装もオーラも、なんだか
ダサダサというか気持ち悪いというか、とにかく「半径1km以内に近づかないで」って言いたくなる感じなのだ。

私が入学した時の大学の鉄道研究会もそうで、ひとつ上の先輩と協力して頑張っているうちに、4年後には
見た目もかなりまともな人が(中身はやっぱりマニアだけど、本質的に健全になった)入ってきてくれる
ようになった。それでも、鉄研会員はなかなか増えてくれない。学内生協のどの書店にも鉄道雑誌は平積みで
置かれていた(つまり学内に相当数の鉄道ファンがいる)というのに。

いわゆる「オタク」の集まっている場所というのは気持ち悪くて、私も寄りつかないようにしているし、
他の健全な鉄道ファンだって寄りつきたくないのだろう。「書泉グランデ」の鉄道コーナーはマニアの巣窟
なので私もあまり好きじゃない。鉄道関係のマニアな出版物や旅行記も増えてきたけれど、私は全然興味が
ない。興味がないから書店で読んでも全然面白くない。それはバイク関係の出版物においても同じだけれど。

旅行とか趣味というものは、人間が生きるのには本質的に「どうでもいい」ことのひとつだ。それは人生の
潤滑剤になるけれど、決して燃料にはならない。ほとんどの人にとって、旅行や趣味は時間やお金を「積み
減らす」ものであって、旅行をすることで生活に必要な時間やお金が増えるわけではないだろう。余暇とは
そういうものだからこそ、実施に高い価値があるのだと私は考えている。潤滑剤はエンジンをスムーズに
回すために不可欠なものだけど、それ自体が燃料となるわけではない。
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| SHO | 雑談 | 17:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
抜歯
昨日は、CDからハードディスクにコピーしていたら遅い時間になってしまい、結局4時間しか寝ないで
起床。10時頃に家を出て都心にある歯医者へ。たまたま父と全く同じ時間に予約したため、2人で出かけて
築地にあるおいしいパン屋でパンを買って昼食とした。

顎全体と患部のレントゲンを取ったのち、しばらく待たされてから私の番に。すでに草津で治療した事情は
述べてあったのだが、先生は一目見るなり「残念ですが、この歯は残せません」。一層でも歯の固い部分が
残っていればなんとかできるそうだが、レントゲンで見てもスカスカになってしまっているのだ。その場で
抜歯決定。それも一気には抜けないため、上下前後に4分割しての抜歯となった。痛くなかったのは幸い。
私の場合、親知らずもいずれ抜かなければならないため、この歯を抜いた跡へ親知らずを移植するという。
その方が価格も安いそうだ。ブリッジか入れ歯かインプラントか、と言っていたのでホッとした。

歯医者を出てから地下鉄で新御茶ノ水へ移動し、L-Breathでシュラフカバー購入の相談(購入せず)、
minamiでスキー購入の相談(購入せず)、書泉グランデで鉄道コーナーと二輪コーナー、地図コーナーと
スキー雑誌コーナーへ(雑誌一冊購入)、三省堂でスキーのゲレンデガイド、教本DVD、地図コーナー、
短歌コーナーと回り(ライトマップル「中国・四国版」購入)、それから散髪に行って、再度小川町に
戻ってから地下鉄で岩本町へ。ヨドバシカメラでCDウォークマンを修理に出してから、昨日も行った
阪神タイガースファン御用達の立ち飲み屋へ寄って、1時間ほどだべってから新宿へ。この店に来たのは
まだ昨日の話なのに、もうずっと前のような気がする。
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| SHO | 雑談 | 13:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
秋葉原にびっくり
実家に帰省した。

ある資格についてのテキストを、すでにその資格についている友人から貸してもらえることになり、
集合場所として指定されたのは、秋葉原にある阪神ファン御用達の立ち飲み屋だった。私はまだ
飲めないのでお茶だったのだが、阪神の優勝決定シーンと今季全試合ハイライトを肴にとても楽しい
時間を過ごした。阪神ファンの集まる店、というものがどんなものか知らなかったので、とても嬉しい。
それにしても、今日集まった4人はみんなもともと自転車関係の友人なのに、なぜ阪神ファンばっかり
だったんだろう…。とても謎だ。

ただし、集合場所をその店に指定したのは、私なら必ず気に入る店だったからだと後で聞いた。
今まで、その友人達の前で阪神の話なんてしたことがないんだけどなぁ…。私のブログのおすすめ欄に
『六甲おろし』のシングル盤があることから、私が阪神ファンと分かったそうだ。

派遣社員だけど、近々社会復帰する予定であること、そして、それに伴って転居する予定である
ことを大家さんに通告した。移転先も大家さんに世話してもらう形になるので、今後も現在の
大家さんとの関係は切れない。たまたま、移転先として考えているアパートの大家さんも来ていて
紹介して頂いた。ほぼ間違いなく、近いうちに草津で私は働き出すだろう。

さぁ、いよいよ人生の大海原に再び踏み出す時が来た。まだヨチヨチ歩きではあるけれど、この一年は
体調不良でほとんど何もできない状態であったことを考えれば、ものすごく大きな一歩には違いない。

今日は久しぶりにバスに乗って帰ってきた。今年の春に新車に交代していて、どこのメーカーかと
見てみると、日産ディーゼルのシャーシに西日本車体工業の車体を乗せた車だった。シートの厚みが
ずいぶん増して、豪華になった。これでレッグレストがあれば、4列ながら夜行便に充当できそうだ。
ただ、まだ新車の匂いが車内に籠もっていて、少し車酔いした。完全固定窓なので匂いの逃げ場が
ないのだ。これは本当に困った。

練馬から先、新宿まではラッシュ時間帯で所要時間が読めないので、バスを練馬で降りて都営地下鉄で
岩本町へ。岩本町と秋葉原は目と鼻の先なのだ。久しぶりに来た秋葉原駅周辺は様変わりしていて、
さっぱり分からない。とりあえずヨドバシカメラで電気接点の接点復活剤と予備のヘッドフォンを
買っておく。現在のCDウォークマンがリモコン、ヘッドフォンともに接点不良の状態なのだ。
もう一年近く酷使しているのだから無理もない。

帰宅してから、ROXETTEのCDをiTunesに取り込んでいる。ROXETTEはスウェーデンの男女デュオで、
1980年代後半から現在に至るまで第一線を走り続けているミュージシャン。ABBAの音楽は耳から
全部覚えているのでいちいち持ち歩く必要がないくらいなのだけど、ROXETTEの音楽は草津にいて
頭の中で流れることが多く、喉が乾いた時に水を飲むように、今日は帰って即聞いていた。改めて
聞くと、メロディラインが本当に素敵でポップで、そしてカッコいい。聞いていてワクワクする。
| SHO | 雑談 | 02:50 | comments(2) | trackbacks(0) |
自分のことについて
と言っても、自己紹介を読みたい方はどうぞ私のプロフィールを見て下さい。最低限のことしか書いて
いませんが、「何にこだわっている人か」はよく分かる内容だと思います。

昨日のブログで、「私は、本当は寂しがり屋なのだ」という話をした。いや「自己イメージと本来の自分の
違いというのは人生の納得度に大きく影響する」って話を書いたつもりが大きく脱線したのだ。

さらに自分自身のことを書くと、私は超面倒くさがり。部屋の掃除ほど、どうやったらいいのか困るもの
はない。公共空間はきれいにするけれど、プライベートな空間はすっごく汚い。超面倒くさがりなのは
料理も同じで、味覚には自信があるからマズイ料理を作っていない自信はあるけれど、料理のやり方と
なると超適当。それどころか、料理そのものが面倒くさいので、総菜を外で買ってきても全く気になら
ない。もともと寮生活が長かったので、どんな下手な料理でも作ってくれたものはおいしく食べる自信は
ある。たまにはおいしいものを食べたくなるけれど、普段は日本食もどきの日本食でも(社会人時代は
外国人のコックだったのでそうだった)全然気にならない方である。だから、料理を作ってくれる人が
いたら大歓迎。自分が料理を毎食作るよりは、作ってもらったものをおいしく食べる方が絶対いい!と
思っている。

よく言われるのが「マイペース」ってこと。過干渉は大嫌い。今いる短歌結社だって、在籍している
最大の理由は「あれやれ、これやれ、と干渉してこないこと」なのだから推して知るべしであろう。
とにかくピント外れで一方的な干渉が嫌い。短歌のことを考えていないわけじゃない(むしろ、そんじょ
そこらの皆勤賞会員より考えているぞ!)から放っといてくれ、と思うのだ。在籍7年目ともなれば、
安藤美保の歌が好きだからだとか佐佐木幸綱シンパと言われるとちょっと違うとか、そんなことは
どうでもいい。「自分のスタンスでいさせてくれる結社だから」在籍しているのである。

…あぁ、こういう話をしていると、短歌結社の選び方については、今の結社に入る前に所属していた
同人誌時代から今の結社の初期にかけて深くお世話になっていた、N女史の影響も大きいかもしれない。
選歌や短歌に関するモロモロのことについて、今思うとN女史と私は全く違う歌を詠むにも関わらず
似たような感性をもって当たっていたのだ。まだ短歌の右も左も分からなかった時代に基礎を作って
くれたことを、私は今も深く感謝し尊敬している。

うー、眠くなってきたので、続きはまた後で。
| SHO | 雑談 | 00:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
あなたは孤独好きですか?
あるコラムを読んでいた時に「自己イメージと本来の自分が異なっているかどうかは、その人の人生に自分で
納得が行っているかどうかと深く関連がある」ということを書いてあって、深く納得するところがあった。

たとえば私自身の場合。
私は単独行動を取ることが現実として多いし、今日の、ひとつ前の記事で書いているように、みんなでつるんで
何かに熱中するのを嫌がる傾向にある。ひとり醒めている。あえて言えば、あえて自分は醒めようとしている。
「僕はひとりの方がいい」とよく口にもしている。このブログでも度々口にしているように。

でも、自分で気づいていることがある。おそらく、私自身の本質は(って自分で自分のことを正視して語る
のは非常に怖いのだが)決してひとりでは生きられないタイプなのだ。そのことは、今までも、そして今も
自分の行動にいくつかの矛盾があることから分かる。例えば信仰の話で言えば、天河にはひとりで行くけど
祭りの日に行けるならその方が楽しいし、ホッとする。吉野に行く時は必ず金峯山寺へ修行に行っている。
それも回峰行のような単独で行うものではなく、登拝や断食といった団体行動を選んでいる。そして、それが
けっこう楽しい。本当に単独行が心から好きであれば、洞川から大峰山へ単独で登拝すれば済む話であろう。

また、大学時代には短歌会と鉄道研究会という2つのサークルのどちらにも深く関わっていたし、短歌会では
全国学生短歌大会を一緒に企画したり何度も合同合宿したりして、当時の思い出はおそらく一生の宝物だ。
大学入学前は『海星』という練習帆船でボランティアをしていたし、さらにその前から大学時代にかけて、
鉄道関係の、その筋では有名なイベントの幹事を経験したりもしている。いずれも、単独行だけが好きな
人なら必要のない経験だろう。いずれもいい思い出になっているのは、他人と仕事することも私は好きなのだ。
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| SHO | 雑談 | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
天河神社のこと・再び
以前も日記に書いたことがあるけれど、吉野のさらに山奥、熊野川水系の最上流部にある奈良県天川村に
天河大弁財天社という神社がある。私は今まで2002年9月、2005年3月と訪れたことがあって、吉野に行く
時には必ず前後で行けないか検討している。無理やり行っても効き目のない神社で、この神社に行く時は
運命の赤い糸を引っ張りつつ、いくつもの見えない関門を通り抜けるような旅になる。

でも、天河は玉ねぎの中心みたいな場所で、たどり着いたからといって何かあるわけじゃない。そこには
ただ空がある。見えない関門をくぐり抜けてたどり着いた宇宙の中心は、空なのである。空にたどり着いて、
また釈然としない思いを抱えながら帰路につく、という旅を過去2回は繰り返している。

天河は、心霊世界とか精神世界の人にはパワースポットとして有名らしい。でも、私はいろんな人が言う
ようなパワーを感じたり何かをする、ということはなかった。その筋では有名という宮司の柿坂さんとも、
祭りでお見かけはしたけれど、何か積極的に話したことはない。どちらかと言えば、天河天河と騒いだり
ワークショップを開いて拝んだりする人を、ちょっと引き気味に敬遠している。自分のことを棚に上げて
言うと、天河には天河しかないのに、彼らは天河以上のものを求めているような気がして気持ち悪いのだ。

私は天河神社も吉野も修験道も信仰しているけれど、それは私が信仰しているという個人の問題であって、
他人をそれに巻き込んで一緒に拝みたい類のものではない。天河の神様がいるとしたら、だからこそ私には
個人での信仰という形をもって学ばせているのかもしれない。

私も天河にはとても惹かれるものを感じる。でも、天河はあくまでも天河であって、私には天河以上の
何ものでも天河以下の何ものでもない。天河は天河だ。
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| SHO | 修験道 | 14:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
とてもいい一日
ロッテが優勝した。31年ぶりだそうだ。
だから、もちろん私が生まれてから初めてのロッテ優勝。
実家は千葉県にあるので、ロッテの優勝はとても嬉しい。

今日は朝から歯医者。問題の歯は、上部は巨大な穴が開いていて組織もスカスカでもうボロボロらしい
のだが、根っこの骨はまだ治療可能かもしれないという。抜くにしても、歯を抜く道具がつかむ場所が
ないので、歯茎を切り開かないと抜くことができないかもしれないとか。いずれにしても、東京で医者に
行って相談することにしよう。

歯医者から出てくると、近くに甘味処の看板が見える。両親が先日来た時にたまたま見つけた店に
違いないので、入ってぜんざい(東京ではおしるこって言うのかな?でも、つぶあんだからぜんざい)
を注文する。隣で定食を食べているお嬢さん(って言うか姉ちゃん)は近所のホテルで働いていて、
目の前にあるホテルの寮に住んでいるそうだ。客層はいかにも地元の客ばっかり。こんな店がある
とは知らなかった。いい店見つけた。というわけで、夕方もう一度訪れることになる。

ぜんざいを食べてからいい気分で店を出て、光泉寺からテクテク湯畑に向けて石段を下りる。湯畑の
一角にある本屋に入ると今シーズンの全国版スキー場ガイドが出ている。内容を見ると、なかなか
詳しくて分かりやすいので買った。山と渓谷社の『スキー&スノーボード全国ゲレンデガイド2006』
というもの。日本全国のゲレンデ559ヶ所を完全網羅しているのがすごい。ロコ・スキー場ガイドも
充実していて、福島県只見町の只見スキー場や奈良県天川村の洞川スキー場まで乗っている。詳しい〜。

それから風呂に入り、いったん部屋に帰ってから草津ローカルの人材派遣会社に電話。まだ履歴書は
用意していないので、とりあえず話を聞きに行く。派遣ってどんな仕事なのかから始まって、分からない
ことをいろいろ教えてもらった。いい感触。たぶん近々履歴書を持って面接に行くことになるだろう。
現在の派遣社員の中にアトピーで草津へ湯治に来ている女性がいるらしく、話が速くて助かった。
病み上がりなので、初めは残業のない5〜6時間程度の仕事から始めて、無理がなかったら少しずつ
業務時間を延ばしていく方が身体の負担や心配が少ないんじゃないか、という。全くその通りだ。
働くことそのものがずいぶん久しぶりなので、その点は多いに不安なのだ。

いい気分で人材派遣会社を後にして、ぜんざいを食べた店に舞い戻る。ちょうどお客は私だけで、
本日用意していた最後の定食を食べられた。ご飯とみそ汁を除くおかずが10皿もあって超豪華。
これで700円は絶対に安い。もっと遅くまでやっている近所の店を教えてもらったりしながら、
結局1時間以上おかみさんと話をしていた。

気分良く部屋に帰ってテレビでパ・リーグのプレーオフ第5戦を観戦。ロッテは12安打を放ちながら
拙攻の連続で点が入らず、イライラする展開。第4戦と第5戦だけで6併殺しているんじゃないだろうか。
でも、8回の表に里崎のフェンス直撃の2ベースヒットでようやく逆転。その1点差を小林雅英が
守りきってロッテが優勝した。12安打で3点しか取れなかったのだから、普通なら負けてもおかしく
ない展開だけれど、それ以上にソフトバンクが打てなさすぎた。プレーオフは5戦ともロースコアの
緊迫した試合が続いていた。日本シリーズではどうなることだろうか。

夜中を過ぎてから、千葉ロッテファンの友人と1時間くらい長電話。野球の話をしていたはずが、気が
ついたら短歌の話になっていた。最近、久しく短歌の話をする機会がなかったので嬉しい。それは
向こうも同じだったようだ。学生時代の短歌会つながりの友達って、本当にいいなぁ。それにしても、
ふたりで意見が一致したのだけれど、2001年前後に学生短歌会で活動していたメンバーは、今思っても
そうそうたるメンバーがそろっていた。近年の学生短歌会では間違いなく最強メンバーだろう。自分が
その中心メンバーの一員であったことを、今も本当に誇りに思う。

夜中に電話で盛り上がっていたら目が醒めてしまい、寝られなくて日記を書いている次第。もっと早く
布団の中には入っていたんだけどな〜。ともあれ、昨日はとてもいい一日でした。
| SHO | 雑談 | 03:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
函館ミートハウスのこと
詳しくブログを見て頂くと、リンクとプロフィールが少し変わっていることにお気づきのことと思う。
何を変えたかと言うと、北海道函館市のライダーハウス「ミートハウス」についての記述とリンクを
加えた。「ミートハウス」は、私が自転車日本一周当時にどっぷりハマりこんでいたライダーハウスで、
私は北海道に上陸早々ここで一週間沈没していたのだった。その一週間は天候不順の日が多くて、
自転車に乗れなかったってこともあるんだけどね。

自転車日本一周の1998年にどっぷりハマりこんで以来、「ミートハウス」のことはいつも気にかけながら、
実は一度も行っていない。1998年以後に北海道に行ったことが2度しかないし、両方とも用事は札幌や
稚内だったので函館は通過していたのである。昨年まで仙台に4年も住んでいて、一度は行くだろうと
思っていたのだが、毎年夏になると東京でバイトをしたりしていたので、結局行かずじまいだった。
何度か電話をかけたりはしていて、そのたびに「戻ってこ〜い!!」と言われていたんだけど…。

函館ミートハウスそのものは、1989年に開設されたらしい。毎年ここで大連泊していく人がいて、
そうしてミートハウスで沈没していった人たちのことを「ハマリーズ」と言っている。私は1998年に
ハマったので10期生で、宿主のオヤジさんに名付けてもらった(選択権があるわけでなく、「オマエは
○×だぁ〜!」と決まっていくのだが)キャンパーネームは「赤べこ」。名前の由来はよく分からない。
今でもミートハウスのハマリーズ台帳には当時の私の連絡先が書いてあるはずである。

ミートハウスって「meathouse」って書くのか?いえいえ「meethouse」である。宿主の本業は八百屋で
あって肉屋ではない。人との出会いとかつながりあいを大事にしよう、ということから名付けられたの
だろうと私は勝手に推測しているが、たぶん大きく外れてはいないだろう。

私がホームページを閉鎖してブログを開設してから、そろそろ1年になる。ミートハウスのページの
リンクを更新していなかったので管理人さん(この人もハマリーズのひとり)に変更通知のメールを
送ったところ、連絡先変更は知っていたらしい。あれ?お知らせしてあったっけ?「たまにはミートにも
遊びにきて下さいね」と返事に書かれてあって、そうだなぁ、また行かなきゃ、と強く思った。

北海道をツーリングしたり放浪するライダーには独特の習慣というか風格というか、そういうものを
持っている人が多い。実際、良くも悪くも変な人も多いのだけれど、しばらくご無沙汰をしていても
ふらっと遊びに行けばまた受け入れてもらえる度量の広さみたいなものが北海道の旅人たちにはある。

私も、今夏は久しぶりに北海道まで行ってきて、稚内のライダーハウス「みどり湯」に泊まって、
7年前と変わらない北海道をツーリングする人たちの有様が懐かしかったし嬉しかった。しばらく
北海道とはご無沙汰している人でも、北海道を放浪した思い出を一生の宝にしている人は多いのでは
ないだろうか。私自身も、もちろんそのひとりである。
| SHO | 旅行 | 00:53 | comments(0) | - |
ガックリ…_| ̄|○
ロッテが連敗した…。

昨日の9回裏に小林雅英がまさかの4点差を追いつかれて、そこから明らかにおかしくなった。今日も
ズレータに2本打たれた以外は完全に守っていたんだけどなぁ…。昨日の一敗は、結果的にはただの
一敗では済まないかもしれない。あれはシーズンを通して最悪の負け方だった。九分九厘までロッテの
優勝を信じていたのに。あと一勝して優勝するのが、いかに難しいかと言うことだろう。

応援している方も、昨日いったん気持ちが切れてしまったものを立て直しながら応援していた。
一度気持ちが切れてしまうと、本当にやりにくい。それはロッテの選手や応援団も同じだろう。
心のどこかで諦めてしまう自分に蓋をしながら応援していたのは昨日の九回表までのソフトバンクも
そうだったろう。あの同点押し出し四球で、完全にソフトバンクは立ち直ってしまった。それほど
までに、昨日の小林雅英の罪は重い。

パ・リーグでは、私が応援しているのはロッテと楽天なので、もちろん今回のプレーオフはロッテを
応援している。千葉には実家があるし昨年まで仙台に住んでいたし。阪神を応援しているのは私が
もともと西宮の出身だからなので、結局は地元のチームを応援している。

タイにされてしまったけれど、明日、なんとかロッテには頑張って決めて欲しい。
| SHO | 阪神タイガース | 21:36 | comments(0) | trackbacks(0) |
長野の市街地に思う
今日は雨。最高気温は13度だとか。寒い。
先日、長野電鉄に乗っていたら思いがけない人から携帯にメールが来た。E954の試験で仙台に
来てます…というメール。一度お会いしたきり、しばらくお互いに連絡を取っていなかった方なので、
本当に嬉しかった。

残念ながら私は一年半前に仙台から引っ越したので、今回お会いすることはできなかったのだけれど、
今日になって電話で話したら業界の話や鉄道ネタで盛り上がって嬉しかった。草津には鉄道の
廃線跡はあっても現役の鉄道は長野原か湯田中まで行かないとないので残念。時々、ふらっと
乗りに行きたい時がある。先日乗った長野電鉄とか、たまに行く上田交通なんていいな。近所の
吾妻線は景色がいいのだが、どちらかと言えば穏やか系の景色ではなく激しいので、ふだん見る
のなら穏やか系の塩田平や善光寺平の鉄道がいい。

先日も話した鈴木祥子の京都移住の話である。
一般的には、こういうのってIターンとは言わないのかもしれないけれど、私は彼女の場合も立派な
Iターンだと思う。京都は以前から大好きな憧れの街だったらしいのだけど、まさか本当に移住する
とは思っていなかったとか。”あ〜、いいところだな〜いつか住みたいな〜住めたらな〜”といつも
お題目のように唱えていたら、思いがけずタイミングが揃ってしまったらしい。本人も書いている
けれど"comes a time"ってヤツだ。Iターンとは「どこに移住するか」が問題ではなく「なぜ、そこに
移住するのか」が問題なわけだから、この場合も立派なIターンだろう。移住地が閑散地域か大都会か
というのはIターンの本質じゃない。本質的なものはどこに移住しようと変わらない。

一昨日も信州に行って来たけれど、良かったな〜。佐久よりは上田とか善光寺平(長野市街を除く)
の方が私は好き。長野の市街地も一昨日行ったけれど、私は上田の方が独自の町並みっぽくて好きだ。
長野も以前は善光寺を象った駅舎がドーンと構えていて「いかにも長野でっせ!」という感じだった
のだけれど、一昨日行ったら、なんだか普通の地方都市だった。街を歩いていて、周囲の山並みが
ほとんど見えないのが不満。市街地を少し外れたら、盆地を取り囲む山々がドーンと見えて圧倒的
なのに…こんなに市街地化しちゃってもったいない。長野はこれ以上都会化する必要はないと思う。

そうは言っても良いところもあって、一昨日は権堂のアーケード街に行って来たら夜の6時を回って
いたのにほとんどのシャッターが開いていた。人が多すぎると感じるほど混雑はしていないけれど、
それでもたくさんの人が来ていて、いかにも昭和から続く商店街の風景に久しぶりに浸れたのは
嬉しかった。品揃えがちょっとダサくて、中高年向け過ぎるのは気になったけど。東京と同じものを
買うなら、やっぱり東京に出ちゃうのかな、と思ったりもした。権堂よりも、長野駅前の方が今は
若者の街なのかもしれない。

それと、気になったのは長野電鉄の地下鉄。どの駅も壁とか照明が暗くて、エスカレーターや
エレベーターもほとんど整備されていなくて、階段もなんだか急で、まるで昔の大阪市営地下鉄
千日前線のようだった。もう10年以上千日前線には乗っていないから今はどうか知らないけれど、
とにかく長野の地下鉄は暗い!もっと照明を明るくして壁を塗り替えないと。地下化してから
そろそろ25年が経つので、リニューアルの時期じゃないだろうか。ついでに、走っている電車も
営団日比谷線のお古で内装も40年前のままなので、見方を変えるとずいぶんレトロな地下鉄である。

一方で、佐久はどうして嫌かというと、新幹線ができて新市街”しか”なくなってしまったから。
新市街の隣に旧市街があるのだが、旧市街で買い物をする用事がないので新市街に行ってしまう。
佐久平の駅前にあるイオンなんて便利極まりなくて、その中だけで用事が全部終わってしまうので
私はそれ以外の佐久の街を車窓からしか知らない。でも、新市街はたしかに便利だけど、新市街だけ
では文化の香りが全然しないのだ。住宅展示場の中を歩いているかのような違和感がある。

上田がいいと思う理由はそんなところにもある。古本屋があって、おいしいパスタ屋があって、それらが
並んだり奥まったりしている旧市街が、リニューアルされながら今も存在している。広い車線を持つ
アーケード街が並ぶ景色は秋田県の能代などにも共通する雰囲気だが、寂しいわけでもなく、上田にも
市内循環バスで行ける近さにイオンがあったりして、古いものと新しいものが渾然一体とまとまっている。

上田駅とその駅前は新幹線開業と上田交通の高架化に伴ってリニューアルされたけれど、市街地も適度に
リニューアルされているのでつながりの違和感がない。でも、メインストリートから一歩外れると昔の
街並みが広がっていたりする。河岸段丘に沿って開けた市街で、高層建築物も少ないので広々と見通しが
良くて、空や遠くの山がよく見える。特に刺激的な街というわけではないけれど、上田の、歴史と新しさが
違和感なく混じり合った雰囲気が好きだ。歴史のある中小の地方都市だけど、新しさも感じるのだ。

歯を根っこから抜くか抜かないか、という状況になったので、来週、東京に帰省して別の歯医者に
行って来ることにした。東京は、帰る用事がなければ帰らない、今やすっかり遠い町になってしまった。
| SHO | Iターン | 12:23 | comments(2) | trackbacks(0) |
歯医者なのに歯が痛くない
今週に入ってから、左奥歯の未処置歯の歯肉が腫れ上がった。腫れた部分を押さえなければ痛くはない
のだが、腫れ上がって歯に干渉するなので噛みにくいこと甚だしく、今日になって歯医者に行った。

もともと、長年の未処置歯で歯の奥まで大きな穴が開いており、そこを塞いでいた詰め物が外れたのが
遠因なのだけど、なんと歯の奥が腐っていて、それが化膿して歯肉が腫れ上がったらしい。もうこの歯は
ボロボロで、レントゲンを取ってもらったら、両側の歯ははっきり白く見えるのにその歯はほとんど
透き通っていた。おそらく抜かないといけなくなると言う。土台を残すことも、たぶんできないそうだ。

抜くにしても、抜こうとした瞬間にボロッと割れてしまうらしく、おそらく三本の根っこごとに割って
抜かないといけなくなるそうだ。差し歯にするための土台もたぶん残せないとのことで、1本だけ
入れ歯にするか、ブリッジと言って両隣の歯に固着させる人工の歯を作ることになるという。
どっちにしても、すぐにはできないそうだ。

もっと驚きなのは、歯を削ろうと何しようとちっとも痛くなかったこと。神経を以前抜いてしまったから
なのだけど、神経がなくて全く痛くなかったから処置が遅れたという一面はある。なくなって初めて
分かることだけど、痛くてもやっぱり神経って必要なものなのだ。唯一痛かったのは大穴を塞いでから
歯肉を強く押して中の膿が出てくる道を作ったとき。うがいをしたら、血に混じって真っ黄色の膿が
出てきた。少しずつ膿が出てくるだろうという。さっきから腫れた部分を舌でずっと圧迫しているの
だけれど、今のところ膿は出ていない。

化膿止めの抗生物質と胃薬と口の中の洗浄剤と痛み止めをもらって帰ってきた。痛み止め以外は
1日3回飲まないといけないらしい。うちの父も若い頃から入れ歯が1本あったので、入れ歯にする
のは別に違和感ないのだけど、親子そろって若い頃から入れ歯とは、なんだか情けない話である。

そういえば、プレーオフ第2ステージの第3戦が今日だとばかり思っていたら、なんと明日らしい。
ロッテ対ソフトバンクなんて今季最高のカードだと思うけれど、これを地上波で中継しないなんて
もったいない。昨年のプレーオフの視聴率が悪かったかららしいのだが、今年のつまんない巨人戦
よりもよほど中身の濃いゲームが期待されると言うのに。巨人戦の視聴率が悪かったらプロ野球
そのものをテレビ中継しなくなるというのは、左から右へ両極端に行きすぎると思う。今どき、
巨人戦よりも中身の濃いゲームなんていくらでもあるのだ。
| SHO | 雑談 | 17:45 | comments(4) | trackbacks(0) |
長野電鉄全線完乗
昨日は車で菅平から須坂へ抜け、須坂で湯治仲間と分かれて長野電鉄に乗った。私が須坂に着く1分前に
屋代行きが発車してしまったので、3分後に発車する湯田中行き特急に乗ることにして全線フリー切符を
買う。2日間有効なのだけれど、今回使えるのは1日だけでもったいない。それでも全線乗れば元は取れる
のだけれど。

前から、ずっと乗りたいと思っていた2000系の特急で湯田中へ。来年引退なんてもったいない。でも、
新造から冷房化以外にほとんど改造もされずに50年近く働いてきたのだから、現在では奇跡だろう。
湯田中では10分で折り返して再び須坂へ。今度は屋代線に乗るのだが、接続が悪くて30分近くある。
駅の1階にあるミスタードーナツでドーナツを買って昼食。屋代線はすごいローカル線で、2時間に
1本しか列車がない。木島線が廃止になった時に、よく一緒に廃止にならなかったものだと思う。
もともとは河東線という線名だったのを物語るように、木島線も屋代線も分岐駅から直進する。
現在の本線である長野線が急カーブで分岐していくのとは対照的だ。

廃止になった木島線は未乗車ながら沿線をドライブしたことがあるのだけれど、電車に揺られていると
屋代線も木島線と雰囲気がよく似ている。窓を開けて風を入れるといい気持ち。陽射しが思いのほか
強くて、日向にいるとけっこう暑い。屋代では折り返しが30分あるので駅前に出てCD屋と本屋へ。
地元の本屋には農業関係の本がいろいろ置いてあって面白い。結局、今回は何も買わずに引き返した。

松代、小布施など途中下車したい駅もたくさんあるのだけれど、今回は時間の都合で途中下車ができず、
普通列車で長野まで往復して須坂で湯治仲間と合流。篠ノ井の近くにあるハンバーグレストランで
夕食を食べてから、松代〜真田の峠を越えて草津に帰った。
| SHO | 旅行 | 08:07 | comments(0) | - |
早寝早起き
最近、おそろしく早寝早起きである。
昨日も寝たのが10時過ぎで今朝起きたのが朝の5時半。実は、すでにちょっと眠い…。少し前までは
寝るのが朝の8時や9時で起きるのが昼の3時とか4時だったので、完全に生活リズムが昼夜逆転した。
いや、これはいいことなんですけどね…。今までの生活リズムがおかしいので。

昨日はずっと本を読んでいた。今読んでいるのは『日本史 有名人の父たち』、神渡良平『マザー・
テレサの旅路』、手島悠介『ナターシャ チェルノブイリの歌姫』など。これらは大家さんから借りた
もの。他には図書館から借りている豊田穣『四本の火柱 高速戦艦勇戦記』とか宮本雅史『「特攻」と
遺族の戦後』ってところ。『四本の火柱』は持っていて、実家に置いてあるのだけれど面白いので借りて
きた。『「特攻」と遺族の戦後』は、帯文に櫻井よし子が「この人たちへの感謝なしには、日本人は
戦後の繁栄と幸福を享受する資格はないとさえ思う」と書いてある。私も全く同感である。

今日はこれから朝風呂に入って、湯治仲間と小布施に行って来る予定。ぶどう狩りに行くのだけれど、
私はぶどうが苦手で食べられないので(ジュースとかジャムなら好きだけど、生のぶどうはダメ)
たぶん現地では別行動になる。小布施にはいろいろ見る場所もあるし、来年引退予定の長野電鉄
2000系にも乗りたいので楽しみ。

今日もBGMは鈴木祥子。今まで興味なかったアルバム『私小説』時代の曲がなんだか気になっている。
聞くとなんだかけだるくて、でもやっぱり鈴木祥子の曲でいい感じ。鈴木祥子の曲は1995年のアルバム
『snapshots』からガラッと変わってしまって、私はそれ以前の繊細な曲の方が好きなのだけれど、
『snapshots』以後の曲も本質的には以前と変わっているわけじゃない。ただ、けだるさとか嫌らしさ
が前面に出るようになったというだけ。敬遠してきたけれど、これはこれで悪くないかも。

そう思うまで10年かかったというのは、私がもう『snapshots』を出した頃の鈴木祥子の年齢になって
しまったということもあるのだろう。年齢を重ねたから共感できるものがあるというか。若い頃って、
嫌らしさを前面に出しても平気になってしまう感覚を毛嫌いしていたからな〜。それが以前ほどは
気にならなくなって、むしろ楽しむようになったのは、自分も年を取った証拠なのかもしれない。

若さゆえの潔癖な部分っていうのがあって、年を取るとその潔癖な部分では自分を維持できなくなって
来るのかもしれない。やりきれなくなってくる、と言うか。だから、どこかで露悪的に自分を出さざるを
得なくなってくるのだろう。30歳を過ぎてからもあまりに清廉潔癖な人だと「この人、本当にそうなの?」
と疑ってみる心もあるし、そんな人は敬遠したくなってしまう。「シッシッ、あっちに行って」と。

鈴木祥子のホームページを読んでいると、京都に引っ越した鈴木祥子の近況がコラムに書いてある。
草津に住んでいる私とは全然違う環境なんだけど、有名観光地に地元民として住む楽しさは共通して
いて「そうそう」と共感してしまう。京都について「生活するのが楽しい街」とあって、私は京都って
景色が閉鎖的で息苦しくて嫌いな街なのだけど、コラムを読んでいると京都に住むのも楽しそうだ。

私が好きで住もうと思って時々訪れている上田の街も、好きじゃない人は好きじゃないのかもしれない。
そんなに刺激の強い街ってわけじゃないし。気候も穏やかで文化的だと私は思うけれど、同じ盆地の街
なのに、どうして京都と上田という街に対する評価が私の中でこんなに違うのだろう。

うぅ、それにしても眠いなぁ…。早起きって気持ちいいけれど、どうしてこんなに眠いのだろう。
| SHO | 雑談 | 08:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
トップ会談終わる
村上ファンドのトップと阪神電鉄のトップが昨日、会談した。

球団持ち株会社を設立して株式売買の受け皿にしようという村上さんの提案は、球団株の実質的な保有者は
誰かという議論を骨抜きにしようという意図が透けて見えるもので、インチキ以外の何者でもないだろう。
現在、さらに阪神電鉄株の買い増しを進めているともいう。今の時点で、もう十分に敵対的な買収をして
いるのであって、阪神電鉄としては早急な対抗策を採る必要があるのではないか。この期に及んで村上さん
の言葉を信用しているようでは、危機意識がなさすぎると言われても仕方ない。

球団経営には興味がない、という村上さんの発言はおそらく真意だろう。球団経営に興味があるのでは
なく、阪神電鉄の株価を上げた上で誰かに高く売って儲けることが目的であって、全ての発言はその
目的のためにあると言って間違いあるまい。だから「村上タイガース」になる心配はないと思うが、
阪神の一勝一敗で株価が大幅に上がったり下がったりするのは野球賭博ではないか。

今だって優勝すれば株価が上がったりするけれど、大半のファンにとっては阪神球団も阪神電鉄も
投機の対象として見ているわけではないだろう。これが球団株を実質的に上場するようになれば、
球団株を持ったばかりに損をしたり得をしたりする人が出てくる。お金がからむと人間の性格は
変わる。純粋に文化として阪神タイガースのファンではいられなくなる人の方が普通だろう。

何よりも、阪神の球団株を持っている人が球団の保有者であるという考え方に違和感がある。阪神球団は
誇るべき関西の文化であり、関西を遠く離れた関西出身者にとっても日常に深く根づいている。球団株を
上場することで、球団はファンのものではなく株主のものになる。それはおかしい。株を買えないような
貧乏な阪神ファンにファンたる資格はないとでも言うのだろうか。

今回のことについて、ナベツネさんが村上さんに対して

「偽善者でインチキ野郎だ」
「野球協約では実際的な所有者について規制してある」
「株主の名義にかかわらず、実際的な保有者が問題。持ち株会社でごまかそうとしても実際的な
所有者が移動すれば(オーナー会議で)承認できない」
「ファンが全部株主になるわけじゃない。偽善的なことを言っちゃあいかん」

とコメントしているが、全部その通りであろう。村上さんの真意は阪神球団の株価を上げて高く売る
ことにあると私は考える。村上さんのいう「私は阪神ファン」と言う言葉に惑わされてはいけない。
せっかくダメ虎から立ち直って3年間で2度優勝したファンの喜びに冷や水をぶっかけたのだ。球団も
ファンも、彼の発言の如何に関わらず冷静に見守り、早急な買収対策を進めるべきであろう。
| SHO | 阪神タイガース | 06:22 | comments(2) | trackbacks(0) |
公衆浴場は誰のためのもの?
この日記をつけている最中に、トラックポイントをうっかり指で叩いたら画面が消えてしまった。IBMの
パソコンは、この5年ほど大衆化路線に突っ走った間に本当にダメになった。今の機種は買い換えてちょうど
1年になるのだけれど、以前のIBMのパソコンは、初心者には使いにくくてもキーボードが使いやすくて
質実剛健ないいパソコンだったのに…。昔を知っているだけに、今のIBMのパソコンは不満で仕方ない。

三連休が終わった。でも、昼過ぎに風呂に行くとたくさん人がいる。私は空いた風呂が好きなので
あまりこういう状態は好きじゃない。仕方ないので黙って風呂に入っていると、あろうことか
オヤジがひとり煙草を吸いだした。全木造の古い公衆浴場の中で!

注意すると「ダメですか」と煙草を消してくれたのはいいけれど、公衆浴場で煙草を吸うな、と言うのは
当たり前だろう。煙が室内に篭って煙いし、それ以前にここは古い木造なのだ。失火したらこのオヤジは
どう責任を取るつもりなのだろう。草津のこの風呂にはもう何度も来ているみたいだったが、こういう
勘違いオヤジがけっこういる。オヤジがこんなことをしていたら「今どきのワカモノは…」なんて言えない
のも当たり前だろう。ワカモノに注意されるようなことをオヤジがするなよな、と思う。

草津温泉でも、地元の人と観光客の間のトラブルはしばしば発生しているらしい。私の知っている範囲
では、大半が「タオルを持って入れ」だの「かけ湯してから入れ」「風呂から上がる前には身体を拭け」
「風呂場で煙草を吸うな」「風呂に水を入れるな」「深夜に風呂で騒ぐな」などなど、観光客側の基本的な
マナー欠如に起因するものが多い。もっとも、選挙前には地元の者同士で、今度の選挙は誰に入れるかで
ワンワン盛り上がっていたら観光客に「そういう話を聞きに来たんじゃないんですから、トーンを落として
もらえませんか」と注意されたこともある。

草津には18ヶ所の公衆浴場があるのだが、地元の人が入りに来ている公衆浴場にも観光客が押し寄せて
来ると、ゆっくり風呂に入れないので困る。湯田中温泉などは観光客と地元の客の入る風呂を分けて、
地元の人が入るお湯には鍵をかけて観光客が入れないようにしているところもあるらしいが、その方が
いいと私も思う。地元の者同士では自然に暗黙のマナーのようなものがあるのだが、観光客の多くは
お互いに気持ちよく入るためのマナーがなっていないのだ。

地元の人には話しかけるのが礼儀みたいに思っているところもあるし(旅行番組の影響だと思うけど、
疲れてたり体調が悪いときは黙って風呂に入りたい)、湯に足をつけては「熱っちい!!」とか言って
水で薄めようとしている(水で薄められると、病気を治す効果がなくなる)のを見ると、注意したく
なくても注意せざるを得ない。若者だけがそうかと言えばとんでもない。いいオヤジがタオルも持たずに
風呂に入って来たり、身体を拭かずに風呂から上がろうとするなど日常茶飯事である。

「公衆浴場は地元の人のためのものか、それとも観光客のためのものか」という議論もある。本当はお互いの
ためのものなのだけれど、あえて言えば地元の人のためのものだろう。別に草津の温泉を独り占めしている
わけじゃないけれど、「観光」ではなく「日常」あるいは「治療」の目的で入っている人も大勢いる。
観光客と地元の人や湯治客の違うところは、地元の人や湯治客にとって草津の湯は(もっと言えば特定の
公衆浴場の単位で)「ここでなければならない」湯なのである。たくさんの湯めぐりをしているうちの
一ヶ所として草津の湯に入る観光客とは、生活の中に占める比重が全く違うのである。

しかし、一方では草津の公衆浴場は重要な観光資源であり、観光客を迎え入れざるを得ないという泣き所
でもある。草津の公衆浴場が全部、観光客を追い出したとしたら草津温泉のお客はガタッと減るだろう。
観光客と湯治客、あるいは地元の客をどこで区分けするのかと言う問題もある。厳密に区分けすることは
非常に難しい問題なのである。

野沢温泉では防犯上の理由で夜11時から朝5時まで風呂を閉鎖するように変えたという。おそらく防犯上の
理由だけではないだろうことは容易に想像がつく。しかし、湯治に来ている人にとっては、風呂は24時間
入れる方が望ましい。24時間いつ体調が悪化するか分からないからだ。症状によっては、自分の身体を
人目にさらしたくない場合だってある。

結論として言えるのは、地元の湯治客としては、やはりマナー違反の観光客には注意せざるを得ないと
言うことだ。そして、できればお互いに気分を害したくはない。観光客の側も、観光で温泉に来るのなら
マナーをきちんと守って欲しいのである。湯治客や地元の人にとっては、温泉はオンリーワンなのだから。
| SHO | 湯治 | 23:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
地図を買う楽しみ
本屋に行って、週刊ベースボール増刊の阪神タイガース優勝号と、地図を2冊買ってきた。前者は今年の
阪神の全選手を紹介しており、また野球の専門誌の増刊だけあって内容も詳しく、的確だ。阪神が
ちょっと優勝したから特集するような雑誌とは中身の質が違うので買った。優勝記念グラフは、他に
デイリースポーツの優勝記念グラフも併せて買っているが、ともにダメ虎時代から阪神を温かく応援
してくれている。ファンとして本当に嬉しい。

さて、今日の本題は地図についてである。
買ったのは「ライトマップル 中部版」と「ライトマップル 新潟県版」の2冊。中部版は東は草津から
西は大阪まで中部地方を広くカバーしており、旅行の計画を立てるにも旅のお供にも便利なので買った。
新潟県版は、ズバリ「佐渡」が目的である。関東版のライトマップルにも佐渡は書かれているのだが、
縮尺が30万分の1で(他の地方は20万分の1)全然詳しくない。詳しい地図が欲しければ、新潟県版を
買うしかないのである。

これで、手持ちのライトマップルは全国版、東北版、関東版、中部版、長野県版、新潟県版と6冊。
草津から見て、東と南には全く興味がないのと、現状では関西以西にツーリングすることは考えて
いないことが分かる。草津に住んで、わざわざ関東平野へツーリングする気にはならないからなぁ…。

他に北海道版のツーリングマップルを持っている。北海道だけツーリングマップルなのは、要求する
情報の量と質が他の地方と北海道では全く違うから。宿泊場所としてのライダーハウス情報や、
何十キロもガソリンスタンドのない閑散地方を走るためのGS情報などは北海道を走るために欠かせない
ものであり、ライトマップルではカバーできない。両者の値段は倍以上違うのだが、北海道だけは
ツーリングマップルを買う必要がある。

こうしていろいろ買いそろえたのだけれど、ライトマップルでも買わなかった北海道版と、買った
けれど全国版にはかなり不満がある。北海道版については、ページが少なくてペラペラのくせに
値段だけは一人前に高いこと。全国版については、地形がよく分からないことと高速道路に平行
する国道や3桁の地方国道、あるいは道道、県道の距離表示がないこと。全ての人が高速道路で旅する
わけじゃないのだから、できる限り詳しい距離の表示は必要だ。細かく区切って表示しろと言って
いるのではない。例えば下道で室蘭から札幌まで何キロあるのか分からないことが問題なのである。

全国版は、私の場合は旅行のラフプランを立てるために使う。だから20万分の1の地図(地方版のライト
マップルや、分厚い全国版ロードマップの縮尺)では縮尺が小さすぎて役に立たない。都市と都市の
間がだいたい何キロくらいあるのかという情報は、時間配分や予想される疲労度、宿泊場所、到着時間や
燃料消費を計算する上でものすごく重要なデータなのである。

50万分の1とかの全国版の地図でラフプランを立てたら、今度は20万分の1クラスの地図で地域の情報を
集める。インターネットも駆使したりして、行ってみたいポイントがあればその時に10万分の1クラスの
地図を見て詳しく調べることになる。場合によっては1万分の1以下の詳しい地図で調べることもある。
今ならインターネットで地図検索ができるので、大変便利だ。

私は「風の向くまま気の向くままに…」という旅はあまり好きではない。自分で何度もやってみて、
旅の密度が薄い気がするので、事前にある程度ちゃんとプランを立ててから旅に出る。旅に出てから
ハプニングで旅程を変更することはしょっちゅうあるけれど、一本のガイドラインを持っているかどうか
は旅程をどのように変更するかの大きな基準になる。行き当たりばったりの旅では、旅の時間や旅程が
もったいないような気がして仕方ないのだ。

旅に出る前に旅程を組み立てることにこだわるのは、もともと鉄道ダイヤによる制約の大きい鉄道旅行派
の出身だからだろうか。バイクや自転車だと制約は少ないものの、フェリーや目的とするポイントに
よっては大きな事前の制約がかかっている場合がある。離島に渡ったりする場合は特にその制約が
大きく、間違えると島に渡れなかったり本土に帰ってこれなかったりすることもある。天候の悪化で
帰れなかったりするのは仕方ないとして、事前に予想されるミスで旅程を無駄にすることは避けたいと
思うのだ。だから、地図にもそれだけの性能を求めるのである。

その人の旅は、その人の人生にどこか似ているという。
私の場合も、おそらくそうなのだろう。一本のガイドラインを持っていればハプニングがあっても対応が
利く反面、ガイドラインのない人生になると全くダメだ。我ながら無駄の多い人生になってしまう。地図
というのは、旅行のガイドラインを立てる上で重要な情報である。細部は後からいくらでも変更すると
しても、ラフなガイドラインは旅にも人生にも欲しいと思うのだ。そして、人生のガイドラインを立てる
のは本当に難しく、情報が少ない。
| SHO | 旅行 | 07:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
草津は秋
今日の昼前に、両親は帰った。無事に楽しんで帰ったようで何よりだ。

この数日間で、草津は一気に秋になった。
いや、正確にはずっと前から秋だったのだけれど、数日間降り続いた雨が上がった朝、白根山が一気に
紅葉したのである。朝晩は冷え込むので、電気ストーブが欠かせない。最高気温が15度を切るように
なり、最低気温が10度を切る日が出てきたこの頃、そろそろこたつも出さなければなるまい。

聞く音楽をCarly Simonからevery thing but the girlに移しながら、さっきまで「ヒマだなぁ〜」と
思いながらネットサーフィンしていた。一年前はヒマなことがまるで罪悪ででもあるかのように感じて
いたっけ。今年の2月に草津に帰ってきてからも、ずっと長い間身体の不調に悩まされてきたので、ヒマ
ではあっても何かしようという気にはならなかった。今は、体調不良の時期でも以前の体調の良かった
時期のようで、人生のエアポケットの中にいるようである。無風の真空地帯のように、自分の回りに
だけ風が吹いていない。働かなきゃ働かなきゃ、と言いつつまだ働いていないのは、惰眠をもう少し
だけ味わっていたい休日の朝のようなものであろう。

ヒマで体調も悪くはなくて、かつ何もすることがない、というのは自分自身に対する問いかけの時間に
なる。「さて、これからどうする?どこで、何をして生きる?」という問いかけの時間に。

「どこで、何をして」の部分は、短期的にはほとんど選択肢がない。「どこで」については、身体を
完全に治すという必然の理由があるから、草津から動くことは当分考えられないだろう。「何をして」
については、草津には観光しか特筆すべき産業がないので、観光業のどこかに組み込まれて仕事をする
ことになるだろう。長期的には草津から出て信州側に移ることを考えているのだけれど、そのために
どんな職を身につけたらいいのか、とりあえず働いてみないと何とも言えない。大家さんとそんな話を
よくするのだけれど「とりあえず働いてみないと、ここから先は分からないよね」って話になる。

ずっとしばらく心が荒んでいる。心が荒んでいるのはなぜだろう。別に今に始まった話ではないのだ
けれど、心が荒んでも自分ではどうケアしたらいいのかが分からない。
| SHO | 雑談 | 23:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
全面補償!?あり得ない。
北海道根室市沖の漁船転覆事故で、来日したZIM社の社長は「遺族側から事故の責任とそれに伴う補償を
全面的に負うよう求められた確約書への署名を求められた」という。拒否したらしいが当たり前だ。

遺族側のやっていることは常識がなさ過ぎる。こんな人たちと直接交渉する必要はないんじゃないのか。
海難審判も始まっていない段階で全面的に補償しろなど、虫が良すぎる。何度も述べているように、
今回の状況で漁船側に責任が全くないなど絶対にあり得ない。遺族のあまりの常識のなさに腹が立って
仕方がない。

ZIMが事故を起こしたのが自分たちの会社の船だと認めたのは3日。来日して海上保安庁を訪れて、記者
会見を行ったのが4日。北海道に向かって遺族に直接謝罪したのが7日だ。今回の事故については、
ZIMの対応は速かったし、現段階で可能な最大限の誠意は示していると思う。遺族側が自分たちに何の
落ち度もないと考えているような常識のない人たちなら、以後の事故処理は海難関係の保険会社に
間に立ってもらった方がいいのではないか。

記事によると、確約書は、ZIM社側が「衝突の責任と救助の遅延が乗組員7人の死亡の原因となったことを
認め、衝突から発生した全損害額を支払うことに同意する」とした内容だと言う。ゴダー社長は「調査結果に
応じて責任は出てくる。すべての結果を得なければならず、ここでの署名は出来ない」と述べたそうだ。

それはそうだろう。交通事故を自分が起こした時のことを考えてみるといい。交通事故で賠償比率が
100対0になることなど、お互いに法規上で同格の立場であり、なおかつ両方が動いていた場合には
まずあり得ない。そんな常識的なことが、なぜ分からないのだろう。遺族の中には車で人身事故を
経験した人が誰もいないのだろうか?

ましてや今回は海難審判が始まってもいない段階である。再三述べているように、海難審判が始まれば、
今回の事故状況で漁船側に全く責任がないなどと言うことはあり得ないことが証明されるだろう。
漁船側が海上交通の基本ルールを遵守していれば、今回の事故は起きていないケースであろうことは、
今までの日本国内の報道の内容を総合すれば明白だ。

北西に向かっていた漁船と南西に向かっていたコンテナ船が衝突したのだ。この状態で互いに他の船舶を
認めたと仮定すると、海上衝突予防法に則れば避航義務があるのは漁船側だ。遺族側も漁協関係者も、
その常識が分かっていれば全額補償を求めるという非常識なことは言えないだろう。「海上交通の最も
基本的なルールを知りませんでした」では知らないことそのものが罪だし、もし知りながら知らない
ふりで補償を求めているのなら悪質極まりない。

しかも視界は良く、風も波もほとんどなかったという。死亡した漁船の乗組員が海上交通の基本ルールを
守っていれば、今回の事故は明らかに防げた。それを漁船側が100%の賠償を求めるとはどういうことだ。
ここまで海上交通の基本ルールを知らない人たちが漁船に乗っているのか、と思うと本当に腹が立つ。
商船乗りは毎回命の縮む思いをしながら漁船を避けて安全運航に努めていると言うのに、漁船乗りと
その遺族たちはいったい何様のつもりなのだろうか。

別の記事によると、船内の機器が事故の直前に漁船の接近を警告していたにも関わらず回避措置を
取らなかった、とある。しかし、「直前」とは衝突の何分前を指すのかが分からないと回避することが
できたのかどうか分からない。もうひとつ言うと、私が船乗りだった当時の最新式レーダーにはそんな
警告装置は付いていなかった。何が言いたいかと言うと、コンテナ船側の見張り不十分もまたおそらく
明白で、相当の責任はあるだろう、ということである。しかし、あくまでも「相当の責任」であって、
100%コンテナ船側が悪いなどと言うことは今回のケースではあり得ないだろう。
| SHO | 海事 | 06:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
原付佐渡島ツーリング計画中
昨日から両親が来ている。
と言っても彼らは私の部屋に泊まっているわけではなく、近くのリゾートマンションで泊まっている。
昼間は草津を観光案内して、夜はご飯も一緒に食べてから「では」と別れて私は部屋に帰ってくる。
これくらいの関係が、親とはちょうどいいなと思う。あんまり遠いと困ることもあるし、かと言って
これ以上に近いと私の方が疲れてしまうのだ。何はともあれ草津のリゾートライフを満喫している
ようで何よりだ。

今、佐渡島についてインターネットで調べている。来年には車が欲しい〜!と言っているものの、
草津で現実に稼げそうな給料から生活費を差し引くと思ったほどお金が貯まらないので、本当は
4駆の軽自動車が希望なのだけど2駆になるからもしれず、そのお金もなかったら原付だなぁ、と
思っている。上田へ行くなら鳥居峠という草津よりさらに標高の高い通年通行の峠が凍らない時期で
ないと乗れないけれど、昼間なら3月中旬から11月までは乗れるらしい。冬場は運転しない、と割り
切るのなら原付は最も維持費の安い交通手段である。

スクーターも実用的な乗り物なのだけれど、もしかすると50ccのまともなバイクにするかも。
スクーターでなら1日300km弱の長距離運転をしたことは何度もあるのだが、バイクと比べると
どっちが楽なんだろう。50ccバイクと言っても、例えばカブとかMATEあたりとTS50とかYB-1では
実用車とスポーツバイクと言う違いがある。どっちがいいかなぁ。

カッコいいのはスポーツバイクなのだけれど、普段のことを考えると上田やら佐久やら信州中野やら
まで『買い出しに行く』ってことを考えなきゃいけない。どっちが荷物を積みやすい?って考えると
スクーターがやっぱり一番便利で、次に荷台を持っている実用車で、スポーツバイクは50ccに関する
限り最も積載量が少ない。

で、お金を貯めたら来年の春か夏は北海道だぁ!と言っているのだけれど、実際問題として草津から
北海道に行くには最短で片道1日の休みが必要だし、これもまたお金がかかる。そこで、縮小案として
佐渡島ツーリングもいいかなぁ、と思ったりしているわけだ。自転車日本一周では寄らなかった島だし、
ラリーライダーの山村雅康さんから佐渡島は気持ちのいい場所だと聞いているからでもある。

原付でも2日あればぐるっと一周はできそうだし、(1日中走るつもりなら原付でも1日で一周できる
だろう)、フェリーが新潟の他に直江津から出ているので、直江津なら草津から5時間くらい原付で
走れば着くから、仕事が終わってから仮眠して、夜中スタートすれば朝一番のフェリーに間に合う
計算になる。温泉もあるし、じっくり回りたければ2日間では回り尽くせない奥深さと聞いているし、
北海道の代わりに行く原付ツーリングの目的地として面白いんじゃないだろうか。

草津の場合、新潟や北陸、信州方面に出かけるなら、東京出発に比べてほぼ半日から1日ほど片道の
所要時間が少ないのが大きな魅力だ。例えば私が東京に住んでいたとしたら、原付で佐渡島に行く
なら関東平野を出るまでがまず大変で、それなら大洗まで行って北海道に渡った方がずっと楽、と
いう結論が走る前から出てしまう。

逆に草津からのアクセスがかなり不便なのは静岡県と福島県に行く場合。関東平野を走らないから
楽…かと思いきや、福島県なら尾瀬を越えられないので山王峠か六十里越を越える必要があり、
静岡県も富士川沿いか天竜川沿いを除くと南下ルートがないので、たとえば寸又峡温泉に行き
たければ、一度静岡まで南下してから再度北上する形になる。かなり遠回り。

それにしても、何らかの交通手段を買うのはまだ来年の話。ツーリングの計画を立てるのは楽しい
けれど、その前に長い冬だ。今日は夕食を食べながら母とスキーの話で盛り上がっていたのだけれど、
テレビでスキーを観戦するのは好きなのにスキーをしたことはない父は蚊帳の外で、母からさかんに
「来年の冬(今シーズンのこと)に草津に滑りに来ない?」と勧められていた。車を運転するのが
好きな父なので、実家の車では草津に来られない冬はあんまり興味なさそうである。
| SHO | 旅行 | 23:04 | comments(0) | - |
「つまらない」気持ち
田口ランディのコラムマガジンの中に、こんな記事があった。彼女自身が陥った鬱状態についてのコラムである。

コラムマガジンの中に「上繋がりの人々」というコラムがあって、それをもう一度読みたくなって
探していたのだが、このコラムを読んで私も深く納得するところがった。

 25日、クリスマスの朝刊を読んで、ジャック・マイヨールさんが亡くなったことを知った。(中略)
新聞では、ここ数ヶ月「孤独だ」と漏らし、ふさぎ込んでいたという(中略)世界中に彼を好きな人が
いても、彼に好きな人がいなければ、そして彼が好きになった人が、彼を好きにならなければ、人は孤独
なんだ。(中略)海に潜る彼は、なにか不思議な自然の力と繋がっているかのように感じられた。地球と
いう惑星と一つに繋がっているかのごとく感じられた。それでも、人は、自ら死を選んだりするのだな。
このことは、私には少なからずショックだった。彼は孤独と言えばずっと孤独だったような気がする。でも、
あるとき、孤独であることが「つまらなく」なってしまったのかな……。


先日、地図と時刻表を広げながら北海道ツーリングの計画を立てていた。もちろん今すぐに実行する
わけではないのだが、私の頭の中には常にいくつかツーリングやスキーツアーの計画があって、それらが
実行のタイミングになった瞬間、「時が満ちた時」に実行している。今年の夏も突然北海道に行って来た
のだが、計画そのものは何ヶ月も前から立てていて、突然実行するタイミングが来たからそれを実行に
移したのである。

草津から北海道行きのフェリーが発着する新潟港や直江津港までの地図を見ながら、あぁでもない、
こうでもない、とやっているうちは良かったのだが、道内のツーリングマップルを広げて計画を練って
いるうちに、少しずつ気持ちが引いてきた。そして、突然ストンとつまらなくなってしまった。道内には、
まだ行ったことのない観光スポットがたくさんあるでしょう。陸路で渡道するなら、途中の東北地方にも
絶景ポイントがたくさんあるでしょう。で、それで?So what?

それは自転車で日本一周をしていた時に、時々襲われた感情ともよく似ている。延々と果てしなく続く旅が
つまらなくなった、という意味では決してない。楽しみなポイントも、その先にたくさんある。でも、だから
何なの?旅に出ればたくさんの観光地があり、たくさんの景色があり、たくさんの人とも出会うだろう。
でも、だから何なの?つまんない。ただ全てが空しいだけだ。

常識的に考えると「つまらない」と感じているのは私であって、つまり私は私の意志で自分を「つまらなく」
している、と思いがちだし、世の中の人はおおむね、そう思っているのだろうなあ。

でも、私は違うと思った。私が経験した「つまらない」は、私の意志ではなく、なにか否応もなく私に取り
憑いてしまった灰色のもやもやによって引き起こされていて、私の意志なんかでは断じてなかった。

だから私は「人間は気のもちようだよ、楽しいことを考えれば楽しくなるさ」といような慰めを言う相手を、
本当に疎ましく思った。冗談じゃないよ、違うよって。私の意志じゃない、私がつまらなくしてるわけじゃ
ない、否応もなく、なにかの力によって私は「つまらなく」なってる……って。


この人の言っていることは、私の感じている「つまんない」とよく似ている。私の言葉で言えば、何かに
よって生きる力を吸い取られているような感じがするのだ。部屋が掃除できないのも、料理する気になら
ないのも、こうして呆然とパソコンの前に座っているだけで何時間も時間が過ぎてしまうのも、仕方ない
じゃないか。生物としての生命維持機能がただ機械的に私を生かしているだけで、外を出歩いても人と
話しても、無意識のうちに壊滅的な自分の内側に蓋をしているからとても疲れる。部屋のパソコンの前に
ペタンと座り込むと、もうそこから一歩も動きたくない。立ち上がってトイレに行くこと、ゴミの日の朝に
ゴミ置き場にゴミ袋を持っていくこと、洗濯してから、乾燥した衣類を取りに1階のコインランドリーまで
下りて行くこと、そしてお腹が空いても立ち上がって何か料理しに台所へ行くことすら億劫に思えるほどだ。

私は今、生きることへの興味をもう長い間失っている。私の精神に壊滅的な打撃を与えたものが何なのか
思い出せないほどに。虚脱状態のまま、何か新しいことを始めようとする精神行動がとても辛いのだ。

田口ランディは、自分の夢を内的な現実として認識し、友人に助けを求めることによって解決したという。
そして、鬱状態から回復した後にこんなことを書いている。

世界は一日として同じ環境というものがなく、連動して面々と変化している。私の感受性はその変化を
とらえられない。そして気がつくと、変わっているんだ。私がその変わった世界の枠の中に捕らえられて
しまったのは、自分が変わりそこねたからだ。何らかの事情があって、私は私にこだわりすぎて、世界の
枠組みに捕らえられてしまった。いままでだったら、そんなものに影響されずに、するりと枠の外に逃げ
られたのに、急に有名人になってこの環境に適応しているうちに逃げそびれたのだ。


私自身、自分自身が変わりそこねた人間であることは自覚している。自分の強力なアイデンティティを
自ら捨てた後で、それに代わる自分の新しいアイデンティティをイメージすることができなかったのだ。
時間が止まったまま何年もの時間が過ぎた。以前のアイデンティティの記憶はようやく風化しつつあるが、
記憶が風化することは新しいアイデンティティが定着することと必ずしもイコールではない。新しい
アイデンティティが不在のまま古いアイデンティティが風化しているわけで、つまり私の身体には
何らのアイデンティティも不在のまま時間だけが過ぎている。

別のコラムでは、9.11の事件の後でこんなことを書いている。

ダライ・ラマ十四世がブッシュ大統領に宛てた手紙を読んだ。「あなたが考えてください」とあった。
自分で考えて道を選べと。もしかしたらダライ・ラマ十四世は「あなた個人の霊性に従って道を選びなさい」
と言いたかったのかもしれない。

| SHO | 雑談 | 05:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
斉藤一好『一海軍士官の太平洋戦争』
今、旧日本海軍の士官だった、弁護士の斉藤一好さんが書かれた『一海軍士官の太平洋戦争〜等身大で
語る戦争の真実〜(高文研)』を読んでいる。それと並行して豊田穣『四本の火柱〜高速戦艦勇戦記〜』
も読んでいて、さらにその前には豊田穣『マレー沖海戦』も読んでいる。もう一冊、手元には江畑謙介
『軍事力とは何か〜日本の防衛を考えるために〜』もある。

ここ数日の私の記事を読まれた方は分かるように、私の元の職業はプロの航海士だ。商船高専時代は
かつての海軍を連想させるような就学環境で学び、船乗りをリタイアした今も、その環境を選んだことを
後悔したことはない。このブログ、そしてブログ開設前のホームページを『藍青』と名づけたのは、私が
かつて乗り組んでいた練習帆船『日本丸』の船首像の名に由来している。

さて、この本は、著者が日米開戦を連合艦隊旗艦『長門』艦上で迎えてから敗戦を太平洋上の潜水艦
『イ四〇〇』で迎え、さらに終戦後に弁護士として数々の事件に携わった経歴をたどった自伝である。
この中には、開戦から敗戦に至るまでのさまざまな作戦に参加して感じたこと、見聞きした生の
戦場の有様、どんな指針の下に作戦をしていたのか。そして戦中戦後を通じて今はどのように
太平洋戦争を振り返っているのかが書かれている。

まず、開戦当時に著者が乗り組んでいたのは戦艦『長門』。開戦時の連合艦隊旗艦であり、現存する
ならばぜひ私が見学したい艦船のひとつある。残念ながら、連合艦隊所属艦船で現在も見学可能な
状態で保存されているのは横須賀にある日露戦争当時の連合艦隊旗艦・戦艦『三笠』しかない。それは
さておき、開戦前日の午後四時に総員を後甲板に集めて艦長から開戦の訓辞があった時、著者は怖れ
おののいたという。

興味深いのは、この時の長門運用長が「君たちは早く結婚しなさい」と言っていること。なぜなら、

日本が米国と戦って勝つ見込みはない、日本がアメリカを屈服させるためには、
日本軍をアメリカ本土に上陸させねばならないが、そんなことは不可能であるから。


からだ。また

海軍には、勇者は家庭をかえりみないで任務に当たるものだという者がいるが、
それは誤りである。真の勇者は家庭を愛し、その上で後顧の憂いなく奮闘するものである。


とも言っている。前者は常識論として「なるほど」と思うが、興味深いのは後者。旧海軍に「勇者は
家庭を顧みないで任務に当たるものだ」と言っていた人がいる(旧陸軍でも同じだろう)のを読んで、
深く納得するところはないだろうか。旧軍の悪しき伝統は、家庭をおろそかにした就業形態への意識の
甘さという形で、今も日本の社会に深く根づいているのだ。

戦後、反戦運動が大きく巻き起こっている。しかし、自衛隊に反対した人にも、家庭を顧みないで働く
ことが美徳だと言う価値観で働いてきた人、あるいは上司として部下をそのように働かせてきた人は
数多いのではないか。表面的な日本の自衛力の整備には反対しても、旧軍隊と同じ価値観が今なお
生き続けていることを日本の社会は意識しているのだろうか。

また、先の長門の運用長は

日本海軍は米海軍と比較して、戦術的には優れているが、戦略的には劣っている。

とも述べている。短期的なその場その場の戦いには強くても、長期的にどう戦えば勝ち目があるかという
研究がなされていない、という意味であろう。これは、現在の日本の防衛計画に私が感じることでもある。
三万キロに及ぶ日本の海岸線とその大陸棚の、どこに日本が死守しなければならない天然資源と領土があり、
それを脅かす対象は何で、どのような方法で脅かされており、どのような形で防衛するのかという視点が
なく、ただ闇雲に隻数を減らして大型艦船でシーレーンを防衛しようとしているように見えてならないのだ。

また、連合艦隊の行動が石油の無駄遣いではないか、という批判に対して「君は山本長官を批判するのか」
とケプガン(士官室の先任者)にたしなめられた、という話も、日本社会に今なお息づいている伝統と
かぶりはしないだろうか。上官が決めたことに思考停止した状態で従うことをよしとする伝統と、似た
ようなことが数々の社会問題を引き起こしているのではないか。

私もかつてはバリバリの制服族であり、厳然たる階級社会の中で働いていた。階級社会では上官の命令は
絶対だが、例えば安全運航を脅かす上官命令が発せられたとしたら、士官として従うべきは安全運航を
守るためのGood Seamanshipであって上官命令ではない。士官とはそういうものである。士官には高い
倫理性が求められており、高い倫理性を備えているからこそOfficerと名乗れるのである。事件や事故が
起これば責任を問われるのは船長と現場のResponsible Officer(責任者・この場合は当直士官)であり、
だからこそ士官には最下級の士官であっても広範な権限と良好な待遇が与えられているのである。

私は士官として発揮すべきリーダーシップについてそのように教育されてきたけれど、私が仕えた船長の
中には「船長が白といえば、たとえ黒いものでも白なんだ」と言い放った人も中にはいた。旧海軍の
エピソードを読むにつけ、昔も今も両方の人がいるのだな、と思わずにはいられない。

士官とは階級社会でのエリートだが、商船高専以外の日本の教育機関において(私の通っていた大学も
エリート大学のひとつだったのだが)、私は「エリートとは何か」という教育を受けたことはない。広範な
権限を持つべきエリートの予備軍が、エリートとしての精神教育を受けずに社会の中枢に送り込まれるとは、
本人にとっても日本の社会にとっても不幸なことである。日本社会で起こる様々な不祥事の、本質的な
原因は「エリートに要求されることは何かを知らない人が、エリートとして人の上に立つ」ことにある。

エリートとしての精神教育とは、「人の上に立つ立場として身につけておかなければならない倫理性を
養う教育」のことである。職務上の大きな権限を持つ人間として身につけておかねばならない2つの柱は
「高度の職業能力」と「高度の倫理性」である。どれほどの職業能力を有しようと、高度の倫理性を
備えない人間にエリートたる資格はない。少なくとも、私はそう教えられているし、そう思っている。

つづく
| SHO | 海事 | 09:00 | comments(1) | - |
旅愁を誘われる音楽
今、鈴木祥子の『Long Long Way Home』を聞いている。その前はenyaの『The Celts』。旅に出たい。
旅先と言ってもいい場所に住んでいるのに、まだ足りないのかと我ながら思うが、旅に出たいものは出たい。

インターネットで鈴木祥子について検索していたら、こんなサイトにヒットした。『Long Long Way Home』
について、こんなコメントが載っている。

鈴木祥子は旅する音楽家である。べつに各地を旅行しながら音楽活動を行っているという意味ではない。
つねに旅人の視点、あるいは旅する精神の持ち主とでも言ったらいいだろうか。そもそも人間には2つの
タイプがある。共同体の一員であることにこだわる村人型と、ひとつの共同体に安住できずに(本当の?)
居場所を常に探し求める旅人型。はっきり分類できるわけではないが、皆それぞれにどちらかの傾向をより
強く持っているのではないか。言うまでもなく、鈴木祥子は後者であろう。


そうなのだ。私が1990年前後の鈴木祥子の歌を好きなのは、彼女は旅人の視点で歌を書いていたからなのだ。
おそらく、精神的な意味で彼女自身が旅人だったのだろう。物理的にはひとところに定住していても、心は
常に帰るべき場所、安心して帰れる場所、精神的な安住の地を求めて彷徨っていたに違いない。

鈴木祥子の曲で、私が最も好きな曲のひとつに『モノクロームの夏』という曲がある。こんな歌詞である。

サイダアの泡のようなモノクロームの夏が行く 
つま先で履くサンダル 知らない路地へ迷い込む
いつか そっと
あの角を曲がれば会えるような気がした
日傘のレースの上 風が踊ってる
白い日差し 腕の中に溶けて
目を閉じたらふたりの肩越しに燃え落ちてゆく夕日
モノクロームの夏が逝く

天気雨通り過ぎて
古いピアノが懐かしい歌を歌う
あの角を曲がれば会えるような気がした
時が止まる場所で今も笑ってる
夏を止めて 永遠の中に
透き通ったフィルムに焼き付けて 会えなくなる前に
モノクロームの夏が逝く


メロディと一緒に聞くと、目の前に懐かしい情景がいくつも浮かんでくる。それらは甘くて切なくて、
でももう二度と返っては来ない。私は、いつもそんな風景を求めて旅を続けているような気がする。
おそらく、たどり着く場所などないのだろう長い旅を。

同じように私を惹きつけてやまない曲がenyaの『Storms in Africa』。アルバム『Watermark』に収録
されているバージョンでは歌詞がはっきり聞こえないが、シングル盤『The Celts』に収録されている
part 兇箸いΕ弌璽献腑鵑任浪了譴はっきりと聞こえる。こんな歌詞である。

Though I walk through warm sands in Africa
winds will grow soon to storms in Africa.

How far to go I cannot say.
How many more will journey this way?

Dark skies fall on black earth and ivory.
Far from your sun clouds now close over me.

How far to go I cannot say.
How many more will journey this way?

Storms have come!
Rains wash the earth away.
Dark skies fall down into another day.
Rains have now come from storms in Africa.
Time will go on through storms in Africa.


サビの部分で繰り返されているのは

How far to go I cannot say.
How many more will journey this way?


と言う言葉。日本語では

「あとどのくらい遠くまで行くのか私には分からない。
この旅は、あとどのくらい続くのだろう?」

と言う意味である。まさしく、今の私もそんな気持ちだ。今もそうだし、昔もずっとそうだった。

物理的に帰る場所はあっても、私には精神的に帰れる場所がない。孤独な一人旅がいかにつまらない
ものか思い知るために旅しているようなものだけど、どのくらいその旅が続けば終わりが来るのか
私にも分からない。伝説の『さまよえるオランダ人(Flying Dutchman)』では、不老不死のさまよえる
オランダ人船長は最後に「永遠の愛を捧げる女性と出会うこと」で救われる。救われるとは、救済を
放棄すること、そして死ぬことを許されるということなのだが、まさしく、死ぬこととは私にとって
救われることと同義だ。あとどのくらい生き続けなければならないのだろう、と思うことほど深い
絶望はない。平均寿命まであと50年?考えただけでゾッとする。生き続けなければならないのなら、
50年も永遠も今の私にとっては同じだ。

『さまよえるオランダ人』のことをモチーフにして歌を詠んだことがある。歌の出来が良くない、と
いうことで新人賞の応募作としてはボツになったのだが、心の中を叫べば叫ぶほどいい歌が詠めない
とは、いったいどういうことだろう。それでも私にとって繰り返し詠まずにはいられないテーマである。

『Storms in Africa』には思い出がある。私の一生を決定づける出来事のいくつかがアフリカで起こった
ということもあるし、この曲を聞くたびに、私の脳裏にはSail Osaka '97という帆船レースで見た、
佐多岬沖を疾走する帆船の群れがありありと浮かんでくる。私の人生の中で、最良の思い出をひとつ
挙げろと言われたら、このレースだろう。練習帆船『海星』のトレーニーとして参加したこのレース
こそが、私の今までの人生で最良の思い出なのである。
| SHO | 音楽 | 01:18 | comments(0) | trackbacks(1) |
イスラエル船の心痛を推し量る
昨日の記事について、一日考えていた。

もし自分の操船で衝突させたとして、今、漁船と衝突した大型コンテナ船の乗組員や船長はどれほど
やりきれない気持ちで過ごしているだろう。いかなる理由があろうとも、自分の操船で7人の人命を
奪ったことは事実なのだ。彼らが善良な船乗りなら、一生悔やんでも悔やみきれない出来事に違いない。

しかし、今まで入った事故情況だけから推測して、大型コンテナ船にはどんな回避の方法があっただろう。

VHFと言う無線で連絡を取ったのだろうか。しかし、沿岸漁業の漁船の乗組員がいきなり英語で呼び出された
として、とっさに漁船乗組員に英語が理解できたとも考えにくい。沿岸漁業の乗組員にとっさの英語が
理解できるのだろうか。

事故当時は深夜だったが、風も波もなく、視界は良好だったと言う。VHFで呼びかける以外に、緊急時の
連絡方法として汽笛を鳴らすと言う方法がある。これも警笛目的の他に、汽笛の短音の組み合わせで
本船の操舵方向を知らせられるよう、汽笛の吹鳴方法が海上衝突予防法で決まっている。しかしレーダー
の追跡画像の報道を読む限り、南東に向かう大型コンテナ船は北西に転舵している。つまり回避運動を
取っているのである。

報道では、

根室市の漁業者の間では、「北米航路」の現場海域は、大型船が頻繁に行き交う過密航路であることは
知られていた。通常、大型船と交錯する際には漁船側が進路を変えたり、エンジンを止めてやり過ごしたり
するのがほとんどという。


と書いてある。これが落石への帰港途中のことであれば、漁船側が避航するのは当たり前だ。なぜなら
両船の位置関係から法律上の避航義務は漁船側にあるからだ。事故時の海況から言って、今回の事故は
まともな見張りをしていれば絶対にあり得ない事故なのだ。そんな漁船が、たとえ汽笛を鳴らされても
警告を発せられたのが自分の船だと気づくだろうか。

事故が起こった以上、コンテナ船の側にも非はあったに違いない。しかし、それ以上に漁船の側がまともな
見張りをしていれば法律上はあり得ない事故なのだ。今、私は第三者だから漁船側を相当責めているけれど、
自分が衝突させた側だとしたら、とてもそんな風に相手を責める気にはならなかったに違いない。本当に、
コンテナ船の乗組員が気の毒だ。

考えれば考えるほど、どうすれば避航できただろう、と思ってしまう。コンテナ船は海上衝突予防法の国際版
である国際海洋法98条の「援助を与える義務(他船に対する迅速な救助活動や通報を義務として課して
いる)」違反ではないか、との指摘がされており、漁船を認識していたとすればもちろんその違反に当たる
わけだが、報道では「海上衝突予防法上の避航義務は、事故当時の両船の位置関係から見て漁船の側に
あった可能性が高い」と言う点について触れていない。これではフェアな報道とは言えない。

日本人だから犠牲者を出した日本人側に立って報道した方が世間受けはいいだろう。でも、この事故について
取材している記者は、報道を読む限り、海上交通の最も基本的なルールが分かっていない。「右側通航。
他船の左舷灯を視認した側が避航し、他船の右舷灯を視認した側は進路・速力を維持しなければならない」
と言うのは海上衝突予防法の基本ルールである。何度でも言う。南西に向かうコンテナ船と北西に向かう
操業中でない漁船が交錯した場合、衝突を避けるために避航の義務があるのは漁船の側なのである。
| SHO | 海事 | 21:51 | comments(5) | trackbacks(0) |
根室沖の漁船衝突事故の状況を推測する。
今回の事故は納沙布岬の南東沖で起きており、沿岸レーダーの追跡によると「大型船は納沙布岬の南東沖を
南西方向に進んでいたが、現場付近で北西方向へ針路を変えた。しばらくして再び南西の方向へ進み始め、
レーダーから消えた。」とある。この証言が正しいとなると、コンテナ船が衝突前に漁船を認識していたと
考えられる。落石漁港に帰港途中だった漁船は北西に向けて航行していたと考えられるから、この場合の
海上衝突予防法上の避航義務は漁船の側にある。

また、事故当時の海況は「現場付近は曇りで、風や波はほとんどなく、視界は良好だった」とある。その
状況で大型船のレーダーが19トンもある漁船を探知できなかったとは考えられない。情報を総合すると、
このコンテナ船が当て逃げしたのはまず間違いないのではないか。

今回の衝突事故について、コンテナ船の擦過傷は左舷側にあったという。漁船の擦過傷は右舷側にあった
既に判明しているため、つまり同航状態(両船が同じ方向を向いた状態)で衝突したと考えられる。
これは先のレーダー画像によるコンテナ船の航跡を裏付けており、両船の擦過傷もそれを裏付けている。
この場合、コンテナ船の緊急回避のための操舵方向は間違っていない。避航義務は漁船の側にあるため、
危険なほどに接近するまでコンテナ船の側は進路・速力を維持する義務がある。大型コンテナ船の進路が
北西を向いた瞬間に衝突したとすると、漁船側の見張りは全く機能しておらず「衝突して初めて大型
コンテナ船に気づいた」可能性すらある。

また、コンテナ船の擦過傷は20〜30mの長さがあるのに対して漁船の擦過傷は右舷船首から側面にかけて
存在している。このことから、小さな相対角度を持って同航状態で衝突したと考えられる。この場合、
反航状態(両船が互いに向き合った状態)で衝突した場合に比べて衝突の衝撃は格段に小さく、かつ衝突
した漁船の側にとっては容易に転覆する状況だと考えられる。漁船で唯一生き残った乗組員が「岩か何かに
乗り上げたような衝撃があった」と証言しているが、漁船は高速で航行するコンテナ船に対して小さな相対
角度を持って右舷船首から衝突し、そのまま高速で航行するコンテナ船に押しのけられるような状態で、
右舷後方から突き上げられるように傾斜し、コンテナ船に乗り上げるように転覆したのではないだろうか。
この場合、漁船が転覆したのはほんの一瞬だろう。

漁船の乗組員の証言と沿岸レーダーの追跡画像が示す衝突時の状況を総合すると、漁船が一瞬で転覆した
こともコンテナ船側が「衝突の認識はなかった」と証言するほど事故の衝撃が少なかったことも、私は
事実だろうと推測している。ただし、コンテナ船が避航動作を取らない漁船の存在を認識していたことは
間違いないのではないか。衝突の可能性のある船舶が本船と安全に航過するまで目視で確認しなかったと
言う点で、このコンテナ船に海上衝突予防法上の過失があったことは間違いないだろう。

現時点で判明している事故状況が全て正確に伝えられていると仮定すれば、今回の事故の大きな原因が
漁船側の見張り不十分にあることは疑いの余地がない。そして互いに他の船舶を視認した時点で、
海上衝突予防法上の避航義務が漁船側にあった可能性も非常に高い。漁船乗組員の家族とその同僚が
逆恨みして大型船舶に怒りを爆発させたところで、似たような事故はいつか必ず起こるに違いない。
コンテナ船が当て逃げしたことは確かに大きな問題だ。しかし、それ以前の問題として漁船側が十分な
見張りをしていなかったことが、今回の事故の直接原因ではないだろうか。

今までも、似たような事故は日本のそして世界の海のあちこちで起きているだろう。そんな事故の記事を
漁船乗組員の誰もが読んだことがないとは考えづらい。しかし報道を読んでも他人事のように考えては
いなかったか。今までの海難審判の報道から、大洋航海中の安全な避航距離は何マイルなのか漁船の
乗組員は研究していただろうか。仮に何十年の操業歴で一度も衝突したことがなくても、一生で一度衝突
事故を起こせば事故が起きる確率としては十分だ。「衝突しなければいい」と言う甘い考えの下に操船して
いるとしか思えない漁船が、私の経験では多すぎる。その認識が変わらない限り、今回と似たような事故が
今後も繰り返されることは間違いない。

いずれにしても、事件の真相究明の鍵を握るのは両船の海図とコースレコーダー、そして沿岸レーダーが
示す両船の航跡だろう。現時点では、あくまでも上に述べたことは私の推測に過ぎない。その3つを照合
してみれば、もっとリアルな事故の真相が分かるはずだ。
| SHO | 海事 | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
イスラエルの船会社・衝突を認める
根室沖で発生した漁船転覆事故について、イスラエルの船会社ZIMは、同社の船が漁船と衝突して転覆させた
ことを認めて謝罪した
と言う。喜ばしいことと言えば喜ばしいが、私は単純には喜べないと考えている。

塗料片の照合により、コンテナ船「ZIM ASIA」がサンマ漁船「第三新生丸」に衝突したことはほぼ疑いない
こととなった。決定的な証拠をつかまれた以上、事件への関与をこれ以上否定することが得策でないと判断
したために認めたのではないか。当初、事件への関与を否定していたことについて同社の会長は「事故当時は
船長が甲板上にいなかったので、『知らなかった』という話にうそはないだろう。海の男が転覆した船を
見て立ち去ることはあり得ない。自分が同じ立場に立つこともあるからだ」と述べているが、海の男が
転覆した船を見捨てて相手船舶の乗組員を溺死させた例など、海難審判の歴史を紐解けばいくらでもある。

会長の言う、センチメンタルなシーマンシップの発露にだまされてはいけない。事実は「衝突した上に
当て逃げした」のだ。決定的な証拠をつかまれてもなお否定し続ける、ならず者でないだけマシだと
思うが、もし決定的な証拠をつかまれなければ、ZIMが事件への関与を認めたとは考えづらい。沿岸
レーダーにも引っかからない大洋航海中であれば、あるいは治安のあまり良くない国の中小の船会社の
コンテナ船であったとしたら、証拠を隠滅して今回の事件が迷宮入りした可能性は十分にあるだろう。

事件への関与を認めて捜査に協力する、と表明したことは「うちの会社は、ならず者の船会社とは違う」
と世間に対してアピールする狙いがあったと考えるべきではないか。日本にそれだけの国力がなければ、
そして相手がイスラエルでなければ、証拠を隠滅されて迷宮入りした可能性のある事件ではないだろうか。
少なくとも、私にとって今回の事件は、イスラエルという国がどの程度信用に値する国かどうかを占う
試金石になっている。

話題は少し変わる。

前述の当ブログの記事のように、私は両船の見張り不十分が衝突の直接原因だろうと推測している。
19トンもある漁船をキャッチできないレーダーなど考えられないし、4万トンもあるコンテナ船を
キャッチできないレーダーなど絶対にありえない。そして、大洋を直進するコンテナ船がわざわざ漁船に
衝突するような操船をしたとも考えられない。操縦性能が大きく上回る漁船側が、安全な航過距離を
無視した操船をして衝突した可能性も十分あると私は推測している。

しかし、コンテナ船は衝突を避けるための回避運動を取ったのだろうか。また、汽笛で危険を知らせる
こともしたのだろうか。衝突した認識がないとしたらどちらも取っていないことになるが、19トンの
漁船に衝突するまで気づかないとしたら、仮に霧の中で衝突したとしても相当ずさんな見張りを
していたことになる。

正直に言うと、私はコンテナ船の乗組員の方に同情的なところがある。犠牲者を出した漁船の乗組員
には申し訳ないが、19トンの漁船の操縦性能をもってして大洋を直進するコンテナ船に衝突したとは、
普段からよほどずさんな航過距離で航行していたのだろうと思っている。コンテナ船の側から見れば、
今回の事故は漁船側の自業自得だと言う側面もあるのだ。

漁船からは安全に思っているかもしれないが、高速で運動性能の悪いコンテナ船は毎回命の縮む思いで
操船しているのだ。今回の衝突を機に「安全な航過距離」についての認識を改めて欲しい。7名の人命が
失われたことは痛ましい。しかし「俺たちの父ちゃんを返せ」と叫んでも、その父ちゃん達は返ってこない。
漁船乗組員が今回の事故から学ぶべきことは、大洋航海中において安全な航過距離とは何マイルのことか
認識し直すことなのではないか。安全な航過距離を無視して大型船舶に接近する漁船を回避することは、
大型船舶にとっては非常に難しい。
| SHO | 海事 | 23:07 | comments(1) | trackbacks(0) |
迷惑トラックバックについて、現時点での対策
昨日のトラックバックスパムについて、Tigers-net.comのサポートセンターに苦情のメールを送ったところ、
さっそく夕方になって回答が来た。

こういうところは甲子園の阪神戦をブロードバンド中継してくれるとか言う問題以前に大事なことであり、
だからこそ住所変更でいったん解約した後で改めて入り直したのだ。お客からの苦情に対する迅速な
レスポンスにはいつも感心する。Tigers-net.comの、プロバイダとしての本質に関わるいいところだと思う。

9月27日以来のトラックバックスパムは、その発信元のホストが既に特定されている。特定IPを拒否しても
IPを変えて再度トラックバック攻撃をしかけてくるため、特定のドメインそのものからのアクセス(トラック
バックを含む)を拒否する設定に変えたらしい。これで、少なくとも今までの発信元からT-blogにアクセス
することそのものができなくなった。

ユーザー側からトラックバック拒否ができるよう、遅滞なく変更しろと要望を出したものの、そんな一朝
一夕に設定変更ができないだろうということも分かるので、しばらくはこれで様子を見るしかないらしい。
段階を踏んでいるとは言え、要望を出したその日のうちにそれなりの対策を取っていることも事実だ。
本質的な対策になっていない事に不満は残るものの、今回の事件の個別対応としてはよくやっていると思う。

とは言うものの、昨日から新しい記事を投稿するたびに新着記事に対するトラックバック攻撃を1件受けている。
現時点でのトラックバック攻撃の総数は158件。この記事を投稿したらまたトラックバック攻撃を受ける可能性が
あるので、今度やられたら159件だ。大規模攻撃は防ぐことができても、今度はゲリラ戦か…と思うと頭が痛い。
| SHO | 雑談 | 18:30 | comments(2) | trackbacks(0) |
根室沖漁船転覆事故の衝突船舶特定される。
根室沖の漁船転覆事故で、転覆原因はコンテナ船との衝突、相手船舶はイスラエル船籍の「ZIM ASIA」
(41507トン、乗組員21人)と断定したらしい。転覆した本船と、衝突船舶の塗料片照合の結果だと言う。

相手船舶の乗組員は「衝突したという認識はない」と答えている。衝突して通報もしなかった船舶の
乗組員だから、そりゃ当然そう答えるだろう。事故発生時刻は転覆船舶の時計が止まった時間から
ほぼ推測されており、この時間の両船舶のコースレコーダーと海図上の位置を照合すれば、事故の
状況をある程度は推測することができる。転覆船舶には右舷船首から船尾にかけて衝突跡があるが、
衝突直前にどのような回避動作をしたのかによって衝突舷は変わるため、現時点ではどのような
事故状況だったのかはっきり特定することはできない。

ただ、4万トン級のコンテナ船と言うことから相手船舶はパナマックスと呼ばれるサイズの大型コンテナ船
だと想像できる。19トンの小型漁船と衝突しても気づかなかった可能性は、残念ながらゼロではない。
仮に気づいたとしても、大洋航海中の大型コンテナ船の運動性能は非常に悪い。近距離で気づいた場合、
回避運動をしても衝突を避けられなかった可能性はあるのだ。

ただ、事故時の視界がどれくらいだったのかにもよるし、19トンもある漁船をレーダーでキャッチ
できなかったとは考えづらい。全く気づかずに衝突したとすれば、衝突原因は両船の見張り不十分だ。
転覆した漁船の当直航海士が死亡しているため、正確な事故状況を推測することは難しいのだが、
同じくコンテナ船の航海士だった私の経験から推測すると、一方的に相手船舶の見張りが不十分だった
とも考えづらい。

私もブリッジに立って相当数の漁船を見てきたけれど、漁船側も相当なめた操船をしていることが多く、
しかも漁をしていない漁船の操縦性能はコンテナ船とは比べ物にならないほどいい。はっきり言って
漁船は大型コンテナ船の通航の妨げになっており、漁船の群れて操業する海域を航行する時には毎回
「ぶつけたらどうしよう」と命の縮む思いをして運航に当たっていた。今思い出しても胃が痛くなるほどだ。
操業中の漁労船舶に対して、一般船舶は(たとえ19トンの漁船に対する4万トンのコンテナ船でも)
海上衝突予防法上の避航義務がある。しかし、今回の事故は帰港中の事故であるため、法律上は
一般船舶同士の関係であり、互いに右舷灯を確認した船舶同士、あるいは互いに相対方位の変わらない
船舶同士の避航動作のどこかに問題があって衝突事故が発生したと考えるべきだろう。

死者にむち打つようで悪いが、漁船側の避航動作にもまた相当の問題があった可能性が高いと私は見て
いる。仮に霧の中を航行していたとしても、4万トンもあるコンテナ船が大洋航行しているのである。
こちらは間違いなく、レーダーでキャッチできないわけがない。高速で直進している(はずの)大型
コンテナ船が衝突の危険のある船舶かどうか、レーダー画面を注視していればARPA(自動衝突予防
援助装置)が表示するはずだ。当て逃げして救助しなかったとすれば相手船舶に重い責任があるが、
衝突に至るまでの過程において、相手船舶に100%の非があったとは、どう考えても私には考えづらい。
| SHO | 海事 | 17:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
無関心ゆえの無知
昨日は姉の死からちょうど10年だった。命日なので、2年前に亡くなった祖父と併せて供養したらしい。
もう10年なのかまだ10年なのか分からないが、とにかく姉が突然死してから10年が過ぎた。

NNNドキュメントで、交通事故で息子を亡くした交通事故検察官が起こした裁判を取り上げていた。交通事故の
現場は、私もよく知っている、私の通っていた大学構内だ。いつも花束が手向けられていたから、誰かの
交通事故死亡現場だとは分かっていたけれど、まさかその全容をこんなところで知るとは思わなかった。

警察の捜査のずさんさについて今回は取り上げられていた。明らかにずさんであることが判明してもなお
警察の初動捜査のずさんさの責任が問われない、二審判決に怒りがこみ上げるが、この判決がおかしいと
思う一方で、でも、これと同じことがそこら中にあるなぁ、とも感じた。

自分と直接の係わりを持たない他人の死についての無関心さと言う意味では、警察の捜査レベルでも
国家の実務者レベルでも、もちろん個人のレベルでも変わりあるまい。先日取り上げた9.11の日本人
犠牲者の遺族に対しても、日本の国家として何の保障も考えていないと言う事実、そして北朝鮮に
拉致された日本人被害者とその家族に対する政府の無関心さを見るにつけ、でも、これは日本では
普通の対応なのだと感じる。彼らを怒るというよりも、彼らはごく普通の日本人的な対応をしている
のだと感じるのだ。だから彼らだけを非難することは間違っている。彼らと同様、自分もまた普通の
日本人であり、同じ文化を共有している以上は同じ状況なら同じ対応を取ると考えるべきだからだ。

以前、大学を不登校だった時期がある。
その時の事を歌にして、メジャーな歌壇の賞に応募したところ、入選はしなかったものの、選者の
ひとりからコメントがあった。今、その号が手元にないのでうろ覚えで書くと「苦しみを詠うことに
よって救われている。その事に短歌の力を感じる」と言うものだった。

しかし、応募から10日あまり経ったある日のこと、私はあと一歩で自殺するところだったのだ。大学の
しかるべき相談室にSOSを求めることで自殺を思いとどまったのだが、その時すでに私の精神状態は
壊滅的なまでに破壊されていた。その応募作が私の遺作にならなかったのは、ただの偶然に過ぎない。

私はその頃、大学短歌会では中心メンバーのひとりだったので、私が自殺した場合、そのつながりから
その選者へと私が自殺したことを告げられた可能性はある。その選者は、もし私が自殺していたとしたら
何とコメントしていたのだろう。生きるか死ぬかと言う辛い体験を詠った歌に対して「救われている」と
短歌の素晴らしさをコメントしたこの選者は、結局のところ他人事として私の歌を語ったに過ぎない。
短歌の素晴らしさを、そんな局面の歌についてのコメントで語れること自体が、その選者の偽善者ぶりと
無関心さを示しているように私には感じられたのだった。

でも、おそらくその選者は普通の善良な一般人だろう。特に悪意もなくそのコメントを発したのに違い
ない。メジャーな新人賞の選者をするような著名歌人が、こんなに人の気持ちに無関心なのか!?と
見損なった気持ちは今でも持っているが、だからと言って殺してやりたいような気持ちになるかと
言えば、そういう気持ちにはなるけれど、この人の反応は日本人として普通の反応だろうとも思う。
この選者だけじゃなく、無関心ゆえの無知は日本人の大きな病だろう。もちろん私も例外じゃない。

国家レベルのマクロな話から個人レベルのミクロな話に至るまで、日本人は他人の不幸には全く無関心な
傾向がある。自分に同じ不幸が降りかかってから初めて悔やむのだが、そんな段階で悔いてももう遅い。

国家の防衛に対して無関心なのも、有事の在外日本人の保護に対して無関心なのも、有事にノコノコと
旅行客が紛争地域に入っていくのも、拉致被害者の家族の気持ちを尊重しつつも実効ある断固とした措置を
日本政府が取らないのも、交通事故のずさんな初動捜査を認定しながら裁判所が捜査のやり直しを
命じないのも、生きるか死ぬかの状況を詠った歌に対して「この人は詠うことによって救われている」
とコメントできてしまうのも、みんな根っこは同じなのだ。

表面に出ているひとつの出来事だけを責めるのはたやすい。しかし、根っこにある他人への無関心さに
自分で気づかない限り、これらのどれひとつとして解決はしない。
| SHO | 雑談 | 01:31 | comments(3) | trackbacks(0) |
迷惑トラックバック・4回目
迷惑トラックバックについての記事も、残念ながらもう4回目になってしまった。

今日の18時から19時半にかけて、迷惑トラックバックが32件あった。これで9月27日以来の攻撃件数は155件。
出元のIPをアクセス拒否したくても、T-blogの現在の設定ではコメントの拒否しかできない。仕方ないので、
苦情のメールをTigers-net.comのサポートセンターに送った。

ユーザー側の我慢ももう限界に近づいているだろう。IPのアクセス拒否をしたところで、IPを変えて再び
同じ攻撃をかけられることは十分に予想できた。プロバイダ側にしても、まさかひとつのIPをアクセス拒否
すれば大丈夫とは思っていまい。もしそう思っていたのなら、考え方が甘すぎる。

「大丈夫かなぁ」と9月27日時点でのTigers-net.comの対応を聞いて思っていたのだが、やっぱり同じ攻撃に
遭っている。これでもなおトラックバック拒否がユーザー側でできるよう設定変更しないのであれば、
もう今度はプロバイダ側の怠慢と言われても仕方ないのではないか。最も悪いのはもちろんトラックバック
攻撃をしかけて来る側なのだが、ユーザー側から見れば適切な対応を取れないプロバイダ側も同罪だ。
「早急どころか、遅滞なくトラックバック拒否が可能なように設定変更して欲しい。もはやユーザーの
我慢は限度に近づいている」とサポートセンターへのメールには書いたのだが、聞き入れられるだろうか。

今回のトラックバックのホストとIPを曝しておく。前回とほぼ同じだ。たぶん同一犯人ではないだろうか。

pl1052.nas921.o-tokyo.nttpc.ne.jp
219.102.20.28
| SHO | 雑談 | 21:39 | comments(3) | trackbacks(0) |
9.11の日本人遺族を描いた番組に思う
NHKの教育テレビで、9.11の日本人遺族たちの特集をやっていました。

私は日本で正社員として働いていたことはありません。正確に言うと、日本の企業では働いていましたが
外国で仕事をする職種でしたので、仕事を辞めて日本に帰ってきたときにすごくとまどったのを今も
よく覚えています。

例えば、仕事を辞めてから大学に入学したら「改憲反対」のビラを大学生が配っていたりする。でも、海外で
働いていた人間として言うと、今の憲法九条の方がよほどどうかしています。もし海外で紛争が起きて、
日本人の安全が保たれない状態になったとしたら、誰が在外日本人を守るのでしょうか?アメリカが守るん
でしょうか?あるは他の国ですか?とんでもない。日本人を守ってくれるのは自衛隊しかいないんです。

具体的に言いましょう。もう25年前の話ですが、イラン・イラク戦争で死んだ日本人は全員が船員でした。
私が学生時代の指導教官には当時の体験者が大勢いましたが、荷役の最中に戦争が勃発して、係船索を
引きちぎって港から脱出した話や、上空から分かるように船体に大きな日章旗をペイントしてペルシャ湾に
向かった話、そして命からがら日本に帰ってきたら「ご苦労さまでした」と言う横断幕を掲げられて終わり
だったという話を聞いたことがあります。アメリカのタンカーの場合は護衛の軍艦がつきますが、日本船舶の
場合は護衛艦の一隻もつきません。

今ならば日本に原油を運んできてくれるタンカーの乗組員のほとんどは日本人じゃありませんが、再び
湾岸地域で大きな紛争が起こったとして、じゃあ乗組員が日本人じゃなかったら日本の国として何も
しないんですか?企業の一員として働いているとはいえ、日本のために働いて貢献している外国人だって
大勢いるんですよ?その人たちにだって家族はいるんですよ?その人たちを守るのは、日本の義務なん
じゃないですか?なぜなら日本は受益者であり、多くの外国人に支えられて日本と言う国は存在して
いるからです。日本は軍隊を持つな、海外に行くな、と言うのは、当事者意識に欠けた考え方です。

この番組の中に、息子を亡くした父親の短歌が載っていました。そして、犠牲者に対する日本政府の
対応についての不満の声も。犠牲者に対して、国として何か対応を考えているのか、と言う質疑に
対して、考えていない、と言う回答の話も。おそらくそうだろうな、と思います。国家レベルでも
そうだし、個人レベルにおいても、日本人は驚くほどテロや戦争に無関心だと思います。

犠牲者の遺族から「前向きに」と言う言葉がありました。もちろん、その方はそれまでもこれからも
そうやって生きていくのだし、それでいいと思うのですが、「前向きに」生きられない人はどうなの
でしょう?前向きに前向きに生きてきて、突然その人生を断ち切られたら?何をしていても虚しい
気持ちになった人に、なんと言葉をかけたらいいんだろう。あるいは、どんな言葉をもってしても
癒せないものを心の中に抱えている人は、そういうものを心の中に抱えていることが罪なのか?そんな
ことを思ったりもします。

何かあった時に、日本人は「前向きに」ってことを言い過ぎる。そんなことを思います。本当に悲しい
ときには静かにそっとしておいてくれた方がいい場合だってある。悲しんでいる人に「前向きに」とか
「頑張れ」って言ってしまえるのは、共感する心がないというか、当事者意識に欠けるというか、
そういう事ではないでしょうか。

9.11の後に詠まれた著名な歌人の短歌について、前述の遺族の方が「客観的すぎる」とおっしゃって
いましたが、私も似たようなことは常々感じます。技術的な問題で云々言うべきじゃないテーマの歌に
対して、全般的に日本の著名歌人は冷たすぎるというか、ステレオタイプの反応しかできていないように
私には感じられるのです。おそらく彼らの反応は普通の日本人的な対応でしょう。一見温かそうな言葉
とは裏腹に、私は事件に対する彼らの驚くほどの無関心さを感じるのです。

日本で戦争が起こって欲しくない。そう思います。でも、それは日本以外で戦争が起こってもいい、と言う
ことではありません。戦争なんて起こらないなら起こらない方がいいに決まっている。でも、世の中には
力という言語しか理解できない人も、残念ながらいます。そういう人種がもし力でねじ伏せようとして
きたら?やはり力で対抗するより他はないんじゃないでしょうか。

9.11の狙いが何だったのか、本当のところ私は分からないのですが、テロをしかけた上部組織に対して
アメリカが報復攻撃をしかけたのは、私は当然だと思います。国益と国民を守るため、と言うのは
大義名分に過ぎないと言われるかもしれません。でも、個人レベルではどうしようもない範囲で、
それまでの生活を突然断ち切られたらどうしますか?何千人という人が無差別に殺されて、国として
何の対抗措置も取らないとしたら、それこそ政府の対応に問題があるんじゃないでしょうか。私が
アメリカ国民だったとしたら、アメリカ政府が対抗措置としてアフガニスタンに攻撃しなかったら
政府に対して怒ると思います。おそらく、自分が当事者だったら当然怒るだろうと思うのです。

繰り返しますが、日本で戦争が起こって欲しくはありません。でも、私が戦争が起こって欲しくないのは、
もし日本で戦争が起これば私は戦争に行くつもりだから。もし起これば自分が戦争に行くつもりだから、
私は戦争が起こって欲しくはないと願っています。そして、そういう意味での当事者意識は日本には欠けて
いるよなぁ、と私は常々思っています。
| SHO | 雑談 | 00:19 | comments(0) | trackbacks(1) |
今日から10月
昨日はささやかに飲んで阪神の優勝を祝った。とても嬉しい。今日から10月である。

今年の巨人は1軍2軍ともに目の前で胴上げされたらしい。今までさんざんいい思いをしてきたのだから、
今年くらい…と巨人に対しては思ってしまうけれど、今季を象徴するような悲惨な出来事ではある。
昨日の阪神は負け。酔っ払い状態で東京へ移動して来たのに違いないから仕方ないけれど、2年前は
優勝翌日に先発だった井川がしっかり抑えて勝ったんだっけ。優勝コメントが慣れてきた、と言う
報道を読んだけれど、次は日本シリーズだ。いくらなんでも日本シリーズにも慣れてきたってことは
ないだろう。2年前の忘れ物をぜひ取り戻して欲しい。

昨日は、結局夕方になって歌壇賞の作品を提出。9月半ばまでは調子よく詠めていたのだけれど、それ以降は
短歌モードに入ろうとするたびに「バチン!」と集中力が切れてしまって、全く詠めなかった。子供時代を
思い出すこと自体がやっぱりイヤだ。思い出すだけで壊滅的なダメージを受けるって、どういうことだろう。
子供の頃の話を楽しげに話す人を見ると、うらやましい反面でおぞましくもある。

郵便局に行った後でそのまま買い物に行ったものの、肝心のスポーツ新聞を買い忘れて、風呂に入るついでに
もう一度買いに行った。もう夜だったのでコンビニ以外では売ってなかった。結局、買ったのはスポニチと
報知とトーチュウ(東京中日スポーツ)の3紙。報知とトーチュウを買ったのは、イヤミな気持ちも少しある。
トーチュウはともかく、スポーツ報知は甲子園の巨人戦で胴上げじゃなかったら買っていないだろう。自分の
払ったお金のいくらかが、ナベツネの懐に渡るなんてとんでもないことだ。だから2年前はスポーツ新聞4紙は
買ったけれど、報知だけは買わなかった。

昨日の最高気温は13度で最低気温は10度を下回ったらしい。夜になると吐く息が白くなってきた。空も鉛色で、
空気が冬の匂いになってきた。草津に初雪が降るまで、あと1ヶ月だ。
| SHO | 阪神タイガース | 09:03 | comments(0) | trackbacks(0) |