藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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柳井商業高校残念
今日は阪神は2-1で負け。オールスターに主力がほとんど出場したので、まともに休めなかったことが
やっぱり響いているのかも。長期ロード前に不安を残す結果となった。中日は予想通り11連勝。
交流戦で一時はほどんど貯金を使い果たしたのに、本当に強いチームだ。

今日は高校野球最後の決勝が山口であった。結果は宇部商業が柳井商業を破って甲子園進出。
私の出身高専は柳井のすぐ近くにあるので柳井商業が出場できなくて本当に残念。それにしても
柳商が県大会決勝まで行ったのか…。大したものだ。
| SHO | 阪神タイガース | 22:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
湯治しながら働くということ
今、石原里紗の『ふざけるな専業主婦』を読んでいる。森永卓郎の『<非婚>のすすめ』ともども近いうちに
取り上げたい。この本の攻撃対象は主に専業主婦なのだけれど、私自身の現状にもすごく当てはまるところが
あって胸が痛い。いちいち「そうなんだよなぁ、今の自分って」と思うのだ。身につまされてため息が出る。

今、一番頭を抱えていることのひとつは「どの時点で社会人に復帰するか」ってこと。もはや大学に
戻ることは毛頭考えていない。20代をさんざん学生で使い尽くした挙げ句に卒業できなかったのは
残念だけど、30前にもなって自分の食い扶持も自分で稼げないと言うのが情けなくて嫌なのだ。

今や社会人時代の貯金が底をつきかけているので、携帯電話代(私はAir H"を使っているので
インターネットの接続料金も含まれる)と20年間買い続けている雑誌代だけにしか使えない。
短歌の歌集だって、もう半年以上自分のお金では一冊も買っていない。それまでは長期休みごとに
一冊は買うようにしていたのだけれど、もうそんな余裕はない。第二次世界大戦末期に燃料不足で
行動不能に陥った日本海軍の主力艦と同じ状態である。自分に最低限の経済力もない、と言うのが
本当に情けなくて仕方がない。そんな自分が恥ずかしいのだ。

でも、中途半端に職場復帰するのは職場にとってまず迷惑だし、自分の回復も遅らせるだけなのだ。
大家さんと話していても「今の(私の肌の)状態ではまだ働くのは無理だねぇ〜」と言われるような状態。
働き始めるとストレスで肌にリバウンドが来るのは避けがたいと聞く。どこで見切りをつけるのかに
なるけれど、まだしばらくは一刻も早く職場復帰できるよう風呂にせっせと入るしかないらしい。

『ふざけるな専業主婦』を読みながら、フリーターと専業主婦はどっちが偉い?なんてことを考えていた。
おそらく「どっちが偉い?」なんて質問がナンセンスな話で、どっちが偉いも偉くないもない。その中身に
よると言うのが私の意見。何も将来展望もないままフリーターをしているのが問題だ、と言うのは
その通りだと私も思うけれど、何の将来展望のないまま社会人をしたり専業主婦をしている人だって
たくさんいるでしょう、とも思う。おそらく問題の本質は「将来展望がないこと」であって、その人が
フリーターか社会人か専業主婦かと言うのは関係ないのだ。ただ、ひとつ言えることは「自分の食い扶持を
自分で稼いでいる時点で、少なくとも私は尊敬する」と言うこと。だって経済的に自立しているでしょう?
経済的に自立していない人が何を言っても、自分自身で思うけど説得力がないのだ。

学生という身分は湯治中と言う現状の隠れ蓑としてはとても有効なので、社会人復帰までは隠れ蓑と
させてもらうつもり。でも、いつから働こう。温泉療法医の話では半年以内には働けるようになると
言うことなので、今はひたすら我慢するしかないのだろう。働くのならちゃんと全力で働きたいのだ。
あぁ、早く働きたい。誰にはばかることなく自分の稼いだお金で生活し、貯金して自分の将来のために
投資したい、と言うのが今の夢だ。そうでないと、本を一冊買うのさえ自分自身が情けなくて恥ずかしいのだ。
そして、その夢を叶えるためには、どうしても経済的に再び自活する必要があるのだ。

私が草津で当面の仕事を探すつもり、と言うのは、働くストレスによる肌のリバウンド対策としても賛成だ、
と大家さんに言われた。草津であとどのくらい住むのだろう。2年あるいは3年だろうか。今の自然環境には
とても満足しているし、草津の人は総じて内側に入った人には優しい。好意を受けるときに変な勘ぐりを
しなくてもいい、と言うのは草津の人のとてもいいところだ。

転職するのなら35歳がひとつの限界年齢だろう。あと5年のうちに、私は自分の人生を立て直さないといけない。
もう、ただ闇雲に夢を見ているような年齢じゃない。焦っても仕方ないけれど、身体が回復しないことには
働けない。これだけは自分の意思ではどうにもならない。中途半端な社会復帰は職場にも自分にも迷惑なだけ。
ストレスをかけるのが湯治には一番良くないとされていて、重症者が入る時間湯と言う草津独特の治療法の
現場では「湯治している間は働くな」と厳命されているほどだ。

私は毎日ジレンマに悩んでいる。
| SHO | 湯治 | 06:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
巨人二桁借金到達!!!
なんども壁に跳ね返されてきたものの、巨人はとうとう二桁借金に到達。巨人の二桁借金は何年ぶりなのだろう。

今日は阪神戦が最初から最後までものすごい展開だったので、巨人戦を見ていた。まあ、阪神も今日みたいに
負ける日があるわね。13-0だから、明日に引きずることはないでしょう。それにしても今日は打たれ過ぎだけど。

中日が負けない。ヒタヒタと背後から迫ってきて4ゲーム差。直接対決で負け越せば一気に射程圏内に。
10連勝は本当にすごいなぁ。セ・リーグは逃げる虎と追う竜と言う展開がはっきりしてきた。明日も
中日には頑張ってもらいたいけれど、阪神にも必死で逃げ切って欲しい。阪神ファンとしてはハラハラする
展開になってきた。
| SHO | 阪神タイガース | 21:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
松原惇子 『クロワッサン症候群』
今月に入ってから、急に結婚だのいい男だのの指南書みたいなものを読み漁っている。結婚したくなった
のかと言われると逆で、「結婚したくない」自分を見つけてしまったのだ。急に気持ちが楽になったので
かえって結婚に関する本を図書館で借りては読み漁っている。草津の町立図書館はとても小さいので、
探し物に困らない反面で読みたい本がない可能性もかなりあるのが玉に瑕である。

この本の章立てを紹介しよう。
・クロワッサン症候群とは
・女性誌の影響力
 「女の時代到来」「クロワッサン御用達文化人」「拝啓 桐島洋子様」「向田邦子はOLの星だった」
・クロワッサン症候群の女たちは今
 「三十歳の留学」「企業でがんばる」「とらばーゆ人生」「マンパワーの女」「とにもかくにもウェディングベル」
・豊かな時代
 「自由が生んだ陥し穴」
・クロワッサンは変わった

さて、『クロワッサン』と言う女性情報誌があるのは名前だけ知っていたが、1980年前後に当時の
20代の女性の生き方に大きな影響を与えた雑誌らしい。『クロワッサン症候群』が出たのは1988年。
対象にしていた女性たちは当時30代半ばだから、1950年代生まれの女性たちと言うことになる。

でも、数日前に取り上げた『Smart晩婚講座』によると現代の晩婚化の犯人は1960年代生まれに
あるんだとか。われわれ1970年代生まれも晩婚化をどんどん加速させつつある犯人だと思うので、
時代が下るにつれて晩婚化がどんどん加速化しつつあるって言うのは本当なのだろう。
『クロワッサン症候群』では、1950年代生まれの女性を”クロワッサン症候群”の影響下にある人と
考えているが、1960年代生まれ、1970年代生まれと時代が下るにつれて、同じ症候群がより深度化した形で
現れているのではないだろうか。昨日取り上げた『ASIAN JAPANESE』は1995年発表だが、その影響を
20代初頭で受けた私自身が『クロワッサン症候群』をさらに深度化した形で影響を受けていると感じる。

クロワッサンが1979年から1981年にかけて組んだ特集にはこんなものがあるそうだ。

・女友達
・わたしの転身
・結婚からの解放
・新しい女性論の時代
・翔びたい心と翔べない現実
・離婚志願
・婚約解消
・女の転機
・結婚幻想は消えたか?
・ボーボワールは語る 結婚は女にとって危険です
・子供をつくらない生き方
・いい顔は歳とともにできあがる

つまり「脱・結婚」である。1978年から1981年にかけて、「クロワッサンは女がまともな結婚生活を
送ることをまるで罪悪であるかのように歌っていた」と著者は述べている。「女の自立」「結婚よりも仕事」
と言う思想に共感して仕事を持つことがステキに見え、その結果として30歳を過ぎても独身生活を余儀なく
されている人たちを著者は『クロワッサン症候群』と呼び、そして『クロワッサン症候群』は未婚者だけの
ものではない、と後の方で述べている。「結婚はしたものの、キャリアにあこがれ、主婦になりきれない
不完全燃焼の妻。離婚にあこがれ、主婦なのに水商売みたいな洋服なんか着たりして、カルチャースクールで
鬱憤晴らしする、そんなクロワッサン症候群の妻」も「違った意味のクロワッサン症候群」だと言うのだ。

以前紹介した『結婚の達人』によると、1950年代生まれよりもひとつ上の世代である1940年代生まれの
高等教育を受けた世代は「20代前半のうちに結婚に追い込まれてしまった世代」らしい。その反動として
「脱・結婚」と言う主張の流れが出来たのだと私は推測している。

当時の『クロワッサン』には市川房枝、犬養智子、桐島洋子、澤地久枝、加藤登紀子、吉行和子、
向田邦子と言った文化人がしばしば登場していたらしい。『クロワッサン症候群』では、彼女らに
共通する特徴を次のように挙げている。

・若くない。二十代から三十代の読者層に対して、四十代以上の文化人を起用している。
・キャリアウーマン。現役で仕事を持って活動している。
・普通の結婚をしていない。独身、未婚の母、離婚歴あり、熟年離婚、獄中の男と結婚など。
・知的な女
・美人はいない。

「結婚からの解放」と言う特集ページの中で読者がこう言っているらしい。

結婚したら何もできないという気がしてしょうがない。自由がない。何たって自分の時間がない。しかし、
クロワッサンに出てくる女たちはそんなこととは関係なく自分を持っている。私にもそんなことが
できるだろうか。


まるで、私が最近になって気づいた「結婚が閉じこめられるようなものであれば、したくない」と言う
感じ方そのものではないか。1979年当時の22歳の女性が感じていたことは、2005年の今、もっと一般化して
30歳を前にした男性が感じていることなのである。

『クロワッサン』で特集された文化人の中でも、特に大きな影響を与えたと『クロワッサン症候群』で
紹介されている桐島洋子、向田邦子の二人は、対照的な形で「脱・結婚」の生き方に終止符を打っている。
桐島洋子は1982年3月に結婚したことによって。向田邦子は1981年8月に飛行機事故で死去したことに
よって。そして登場人物の大黒柱を失った『クロワッサン』も質的転換を遂げていく。

そして、『クロワッサン症候群』は『クロワッサン』に影響されてシングルを続けている女性達が
1988年当時に何を思い何をしているのだろうか、と言う面接調査に移っている。面接した人数は約40人。
条件は「三十代で独身のOL」であること。果たしてシングルでいて良かったと思っているのだろうか、
と言うことが面接調査で知りたい最大のポイントのようである。

「三十歳からの留学」と言うテーマが章立ての中にあるように、この年代から30代のOLの留学は
盛んだったらしい。私が職業訓練校で出会った女性にもTOEICのクラスを卒業して現在留学している人がいる。
留学するのが目的なら、別に何も職業訓練校でTOEICの勉強しなくてもいいじゃない、と私は思うが。
NOVAかAEONでいいはずだ。たしかに職業訓練校だと授業料はタダだけどね。

閑話休題。
1987年当時で、3〜4年前から女性の留学は急に増えていたらしい。本当に勉強目的で行く人もいるが、
そのほとんどは「会社で5〜6年働いて、この辺で一息つきたいと思うんじゃないか」と言うのが
留学動機ではないか、とのことである。つまり「現状逃避」が目的だとこの本では書いている。

今はどうなのだろう。ひとつのサンプルで判断するのは危険だが、私が職業訓練校で出会った女性も
留学目的のわりには勉強に身が入っていないように感じた。私も海外で仕事をしていたから分かるのだが、
外国で暮らすだけが目的ならそれほど高いTOEICの点数は必要ない。暮らすだけが目的なら、未経験の場所に
飛び込んでいく度胸と少しの英語力があれば何とかなる。しかし、高度のコミュニケーションが目的なら
そうはいかないのだ。

再び閑話休題。
三十代、一流企業勤務の女性には、ある特色があるそうだ。それを著者はこんな風に表現している。

まず派手で若づくりだということである。単にオシャレだというのではなく、
見た感じ、話した感じが子供っぽい。


そして、その心境をこんな風に表現している。

OLを一生続ける気はしない。やっぱり結婚したい。しかし相手はいない。どうしよう。だからといって
騒ぐのもいい年してみっともない。なんとかなるわよ。そのうちに、そう自分にいい聞かせ、また明日も
職場にもどる。年とともに旅行にいっても気分はまぎらわなくなる。


”OL”を”今の仕事”に、”結婚”を”転職”に置き換えてみたら、ピタリと当てはまる人も多いのでは
ないだろうか。少なくとも昔の私はそうだった。

それはともかく、この取材では「私はクロワッサン症候群ではない」と言う人は40人中2人しかいなかったそうだ。
「どんな男性が理想か」と言う問いの答えが興味深い。こんな答えが出てくる。

・自立している男性
・自分によりかかりすぎない男性
・自分が仕事をすることを許してくれる男性
・疲れない人
・趣味とか波長の合う人
・ガツガツ食べる人でドーンとかまえた人
・身長170cm以上とは言わないけれど、男らしい男
・動物に例えれば熊タイプ。モグラタイプや鳥さんタイプは好みじゃない。

15年前の30代の女性とは言え「そんな条件を満たすような男、どこにおるかぁ〜!!!」と言いたいが、
男の側だって顔を付き合わせれば同じようなことを言っているから彼女らを責める資格はない。「理想の異性」と
「現実の異性」は違うから、異性を見極める「ここまではOK、ここからはダメ」と言うラインが必要になってくる。
1993年のヒット曲、広瀬香美の『ロマンスの神様』の歌詞では、合コンで男探しのチェック項目を具体的に
「年齢、住所、趣味に職業」とさりげなくチェックした挙げ句に「待っていました、合格ライン」と決めているが、
そうやって男を見極めるのは賢いと私は思う。チェック項目の中身が現実的かどうかが問題だけど。

『クロワッサン症候群』では、さんざん「結婚したい(けれど相手がいない)30代、独身の女たち」を
取り上げているが、最後に「一年以内に結婚する」と宣言して結婚にこぎ着けた女性の話が出てくる。
知っている限りの親戚や会社の上司、知り合いに頭を下げて回って、いい人を紹介してもらって結婚して
行くのだが、

彼女は今までかかげていた結婚の条件をすべて捨てたのである。平凡な家庭をもつために…。

と書いてある。先に紹介した『Smart晩婚講座』でも「晩婚のキーワードは逆転」と書いてあった。
「結局のところ、晩婚した女性たちの実態を探ると20代の頃の好み=結局のところ三高に代表される
自分よりも「うわての」男からぐるりと180度回転したところに着地している」と。現実に30代から
結婚していくって、こういう事なのかなぁ、と私は感じた。「いい人が現れたら結婚する」では、おそらく
通用しないのだ。考えてみたら、現代の就職戦線と同じではないか。今どき、30歳以降の再就職や転職で、
具体的な戦略も持たずに「いい仕事があれば転職する」ことが許されるような職場環境などありはしない。

『クロワッサン症候群』では、この事をこんな風に書いている。少し長いが引用する。

 自分がこの程度だと認めることは非常に屈辱的なことである。誰だって希望をもっていたい。しかし、
三十六歳という年は、ただむやみに夢を追っている年齢でないことは確かだ。
 自分の本心とは別に、世の中の風潮におどらされてきてしまった。そう気がついたら幸子さんのように
素直に認め、本来の自分に帰った方がいいと私は心から思った。
 幸子さんは自分がのせられていることに気がついた。そしてあわてて五〇パーセントオフにふみきった
のである。誰だって正札で売りたい。待ってて売れるものならば。しかし、現実は更におそろしいことに
五〇パーセントオフしたから必ずしも売れるものではないということだ。見切りが大事だ。そんなこと
わかっていても人間は商品じゃないからむずかしい。


最後の章「自由が生んだ陥し穴」の中で、著者はクロワッサン症候群の女性達の心境をこんな風に表現している。

 高等教育をうけ、社会をちょっとのぞいて結婚する予定だったお嬢さんたち。それが、女性誌を核とする
時代の波にあおられ、働く女になってしまった。仕事に対してビジョンや目的があったわけではなかった。
そしてはたと気がついたら三十半ば、不本意なシングル生活の毎日だ。
 一生、今の状態でいるなんて嫌だわ。一生OL続けるなんて嫌だわ。だからといって転職してもいい仕事
なさそうだし、一人で仕事するのも大変そう。私は、もともとキャリア志向の女じゃないのよ。あぁ…結婚して
今の生活から抜け出したい。


しかし「結婚して、すべてが解決するのだろうか。(中略)重度シンデレラコンプレックスは、
クロワッサン症候群の女が持つ大きな特徴である」とその直後で述べられている。そして、
「クロワッサン症候群は、自由業の女性にも、既婚の女性にもみられる」と指摘している。さらに
「クロワッサン症候群」を生み出した理由として「女性誌の影響」以外に3つの要因があると
指摘している。その3つとは、

・三十代、独身のOLたち自身がもつ依存心
・彼女たちをとりまく家族関係
・豊かな時代

である。それそれをくわしく説明すると

・自分で物を考え行動するのではなく、他者に依存して幸福にしてもらいたいとする甘い考えをもっている。
・三十すぎた立派な女が親の家に居候している。親は娘に甘え、娘も親に甘える。自立していない娘が、
 自立心のない子供を産み、自立していない大人を作り出す。
・三十すぎても、女性が仕事を得ることが、人材派遣会社の進出により可能になった。

と言うことだ。それを著者はこんな風に総括している。

高級レストランに食事にいったり、ゴルフ練習所にいったり、海外旅行にいったり…しかし、いくら、
こんなことをしていても心は晴れないのである。彼女たちは働いてこそいるが、ただ遊びの世界を
漂っているだけなのだから。


どうだろう。この問題は今や女性だけの問題ではなく、男女関係なく、より深度化した形で存在している
のではないだろうか。フリーターやニートの数は増え続け、新たな雇用形態を生み出す一方で全く職に
つかない若者も大幅に増加している。そして、さらに大事なことは、フリーターあるいはニートと言う形で
顕在化していない、現在は職に就き、あるいは学校に通っている若者が現実には大勢いると言うことだ。
その若者たちは、何かきっかけがあれば定職を離れ、あるいはニートになる。決して珍しい存在ではなく
「フリーター予備軍」あるいは「ニート予備軍」が大量に存在しているのが現代なのである。

結婚と就職とは似ている。一定の年齢を過ぎたら無計画に相手を変更するわけにはいかないと言う点において。
私は、結婚に関する本を読み漁りながら何を得ようとしているのだろう。
| SHO | 晩婚 | 07:25 | comments(2) | trackbacks(0) |
安藤、プロ初完投勝利!!浜中、右翼守備復活!!!
勝った勝った勝ったぁ!!!これで14カード連続勝ち越し!!!

9-1で阪神が完勝。2回表に1点先制した後で、2アウトから8点入れて合計9点。
金本、今岡の連続ホームランも飛び出して、見応えがあった…はずなのだけど、
惜しむらくは地上波放送開始前だったこと。見られなかった(涙)。

それにしても、2アウトから四球を挟んで連打、連打の猛攻とは素晴らしい。安藤が
ヒットを打っていなければ8点は入らなかったのだから安藤の打撃も立派なものだ。

ただ、解説の川藤さんが言っていた通り、3回以降は打線が沈黙して9-1のまま
今日はゲームセット。テレビの前にかじりついていた時間帯は1点も取ることが
できなかったのが残念と言えば残念。

8回からは、とうとう浜中が右翼の守備についた。守備機会もあり、無難にこなして
いるのを見るとやっぱり嬉しい。よくぞここまで復活した…と思う。

そして安藤は9回を十川のプロ初ホームランの1点に抑えて完投勝利。中継ぎ陣を
次の試合に温存できたと言う意味でも意義のある勝ちだった。
| SHO | 阪神タイガース | 20:58 | comments(0) | trackbacks(1) |
小林紀晴『ASIAN JAPANESE』
今、森永卓郎の『<非婚>のすすめ』を読み終わったところ。本当は酒井順子の『負け犬の遠吠え』を
読みたかったのだが、図書館でも人気が高くて貸し出し中。それで松原惇子の『クロワッサン症候群』を
借りてきた。「閉じこめられる結婚なら、したくない」と言いつつ結婚に関する本をどんどん読むのは
「結婚したくない自分」に気づいてから結婚に対する自分の感覚がすごくラクになったからだと思う。

これらの本は稿を改めて取り上げるが『クロワッサン症候群』を読んでいて「なるほどなぁ〜」と
思ったのは、20代に影響を受けた本や雑誌は、その後の将来を決定づけると言う意見。私自身にも
そんな本があり、その後の私の人生の方向を良くも悪くも決定づけてしまった。

私にとって20代の初めに出会って将来を決定づけてしまったのは、写真家・小林紀晴の
写真集『ASIAN JAPANESE』と賀曽利隆の『50ccバイク日本一周二万キロ』である。
今回は『ASIAN JAPANESE』を中心にお話ししていくことにする。

まず『ASIAN JAPANESE』について。この本を写真集と言う言い方は実は正確じゃない。文章の方が
はるかに量が多いくらいだからだ。内容は、著者が努めていた会社を辞めて3ヶ月間アジアを
放浪した旅と、そこで出会った日本人たちの記憶の記録だ。みな、さまざまな理由で会社を
辞めたり生き方を変えるための準備時間としてアジアに渡航し、ある人は自分自身の本質を
あぶり出すのに成功し、ある人はその結果として自殺し、また別の人は人生の新天地を見出し、
そしてある人は生涯の伴侶と出会った。いずれにしても、共通しているのは「自分自身の本質を
否応なしに目の前に突きつけられたかった」と言うことだ。嬉しかったり悲しかったり怒ったり
不安になったりする自分自身の姿をそのまま。

『50ccバイク日本一周二万キロ』は、賀曽利隆のライフワークである日本一周の第二弾。20代前半の頃、
私が会社を辞めて旅立った先が海外ではなく日本だった理由、そして自転車日本一周だった理由は
この本の影響によるところが大きい。ひたすら楽しく、教養深く、人と出会い、別れ、そして日本一周を
終えようとして感じるのは「自分はまだ日本のほんのさわりを知ったに過ぎない」と言うこと。
ひたすら好奇心にあふれた旅であり、人生を感じさせる本である。

そして私はせっかく入った大手企業を1年半で辞めて旅に出た。当時の私は入社当初から中間管理職の
座にあり、自分が高い高い下駄を履かされて雲の上を歩いていることがたまらなく嫌だったのである。
自分の実力もないのに地位だけ高いことに慣れていくことが嫌だったのである。雲の上をフワフワと
自分がどんな地面を歩いているんだか分からない生き方をするよりは、地面に叩きつけられても
自分の足で大地を踏みしめて生きて行きたかったのである。8年経った今に至るもまだ終わっていない、
長い長い青春彷徨の始まりだった。

この8年に私は自転車日本一周の旅に出かけ、受験勉強して大学に入り直し、予想をはるかに上回る
学力面のギャップを越えられずに休学したら交通事故と当時のストレスのダブルパンチで体調を壊し、
今は湯治しながら身体を治す毎日である。履いている下駄はだんだんと低くなってきたけれど、
まだスニーカーで地面を歩くには至っていない。でも、甘いも辛いも醜いもカッコいいも、
みんなひっくるめて自分自身を目の前に叩きつけられたかった、地面に叩きつけられたかった、
と言う希望は少しずつ叶ってきた気がする。失った8年と言う時間と引き替えにして。まだまだ
叩きつけられ足りないけれど、これからおそらくドンドンと自分自身を目の前に叩きつけられるのだろう。
生き方を変えるとは、そして見知らぬ土地に移住すると言う行為の本質は、きっとそういうことなのだ。

彷徨した8年は、長かったけれど無駄じゃなかった、と今にして初めて思う。まだ旅は完結して
いないけれど、もう一度働ける身体に戻ったら、そしてもう一度自分自身の稼いだお金で誰に
はばかることなく生きていくことができるようになれば、それで人生は幸福じゃないだろうか。

今の私の夢は、もう一度誰にはばかることなく自分の稼いだお金で生活し、人生設計を立てて
移住することだ。そう思えるようになって、初めて湯治が自分の中で積極的なものになった。

私自身も含めて、湯治に来る人のほとんどは不眠とかゆみと痛みと描けない将来展望に何度も
何度も自殺を考え、入るたびに激痛を伴う熱い湯に泣きたい気持ちで身を浸すのである。
18ヶ所ある草津温泉の共同浴場の中で私に効く泉質のお湯は2ヶ所しかない。「こんなお湯に
毎日入れていいですね」と外来の人にはよく言われるのだけれど、「そうですね」と笑いつつ
心の中で泣いていたことが何度あったことか。ようやく精神的に楽になってきた今月になって、
やっと焦らずに今後のことを考えられるようになってきた。

身体が治るまで医者の診断ではあと半年。それから完全復活まで胸算用では1年半。あと2年で、
必ず復活してやると思っている。この青春彷徨があと何年続くのか分からないけれど、必ず自分の
人生を立て直すんだ。そして自分の稼いだお金で誰にもはばかることなく生活していくんだ、と
思っている。

話がずいぶんそれてしまったけれど、20代に出会った本や雑誌は良くも悪くもその人の将来を
決定する、と言うことは言えると思う。私も、放浪するにしろ復活するにしろ『ASIAN JAPANESE』の
影響からは一生逃れ得ないのだろう。
| SHO | 湯治 | 20:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
逆まつげ
ここ何日か右目が痛くて充血していたら、一昨日になって逆まつげが眼球に刺さっている
ことを発見。しかも、よりにもよって涙腺のすぐ上に。けっこうな長さのまつげで、
どうしてこんなものがこんな場所に生えるのだろう…とガックリ。

普通なら眼科に行って取ってもらうところだけど、草津のお湯は眼病に良く効くらしくて
草津には眼科が一軒もないのだ。たしかに逆まつげで病院に行く人がそんなにたくさん
田舎の町にいるとは思えない。逆まつげがまだ白目を刺激しているだけで目のレンズに
当たっていないだけマシなのだけれど、日常生活がやりづらくて仕方ない。

今朝になって、意を決して毛抜きで逆まつげを引き抜くことにした。一歩間違えると眼球を
毛抜きでつついてしまうので非常に危険だけれど、以前に同じ方法でまぶたの裏の目ばちこを
潰した経験がある。照明で目元が完全に見えるように照らして、目一杯涙腺の上のまぶたを
引っ張って逆まつげの根元を眼球から浮かせてそーっと毛抜きを目の中に入れて、逆まつげを
挟んだところで一気に引き抜いた。何度も目の中に毛抜きを入れるのは怖いので、一発で
抜けてくれて良かった〜。

毛が抜けて異物はなくなったはずなのだけれど、まだ目の中に違和感がある。もう一本
生えていたって言うオチは頼むから勘弁して欲しい。
| SHO | 雑談 | 08:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
1試合47塁打!!!
今日の話題は阪神じゃないんですが…。
今日のイースタンリーグのロッテvs巨人戦で、ロッテが1試合47塁打のイースタン新、
7本塁打の同タイ記録をマークしたそうだ。また、ロッテの大松選手がタイ記録の
1イニング5打点を挙げたとか。1イニング5打点って、1イニングに2打席以上連続で
タイムりーを打たないとあり得ない数字。どんな試合やねん…。阪神vs巨人戦で、
ぜひ阪神の攻撃でそんな試合を見てみたい。

この試合、ロッテは5回に一挙10点を奪って23-3で勝ったそうな。こんな試合も
阪神の勝ちゲームで見たいな〜。もちろん相手は巨人で。2年前にはオールスター直前の
阪神vs巨人戦で2回までに10点以上入れて勝った試合があったし、逆に忘れもしない
野村監督の時代には開幕戦でたしか3-17の大惨敗を喫した試合もあって(この年の開幕投手は
星野伸之投手でしたね)、なんだかなぁって感じです。今日の試合はどうなるんだろうか。
| SHO | 阪神タイガース | 18:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
倉田真由美 『だめんずうぉ〜か〜』
一昨日のブログのコメントに書いた通り、倉田真由美のマンガ『だめんずうぉ〜か〜』を読んでいる。
1巻から3巻まで図書館で借りてきたのだけれど(4巻以降もあるの?図書館には3巻までしかない…)、
ゲラゲラ笑いながら読んで、でも心底笑えなかった。「これって、一歩間違ったら自分じゃん」
と思うと背中がゾッとした。こんな私は「だめんず予備軍」です。

「だめんず」とは「ダメ男」のこと。「だめんずうぉ〜か〜」とは、「男を見る目のない女の会」
のことなのだ。その名の通り、このマンガにはありとあらゆる種類の「ダメ男」と「信じられないくらい
男を見る目のない女」が登場する。これがノンフィクションなのだから怖ろしい。こんなマンガを
企画する『SPA!』誌に、呆れるのを通り越して感心した。倉田真由美と言えば『ゴージャスめし』も
面白かった(けどくらたまの絵は全然参考にならない。指南役の弘兼憲史の解説でやっと内容が
理解できる)けど、このマンガの企画は男性にとっても大いに参考になること請け合い。

意外なのは、まずくらたまはかなりの美人だと言うこと。目が大きくて切れ長で、自画像よりも
実物の方がよほど美人です。「だめんずうぉ〜か〜」会長のヨーコさんも美人(私は好みじゃないけど)で、
「なんでこんな美人がしょうもない男ばっかりつかまえるわけ???」と不思議でしょうがない。
でも、読み進んで行くと本当にしょうもない男ばっかり。毎回登場する「だめんずうぉ〜か〜」
会員の女性達は、男から見ても「そんな男、絶対にやめた方がいい」と思う”だめんず”ばかり
選んでしまうのだ。

とここまで読んでくれたあなたは、私が冒頭に書いた「私は”だめんず予備軍”です」って言葉を
思い出すかもしれない。今の時点では私は別にだめんずではないと思うけど、一歩間違うと私も
”だめんず”に転落しかねない。仮に自分から転落しなくても、お付き合いする相手を間違えると
私も”だめんず”の血の池地獄に突き落とされかねないのだ。

例えばこんなことがあった。これは今月本当にあった話。
今月の初旬に私は母親と大喧嘩したのだけれど、その顛末を父親に大文句言って愚痴っていたのだ。
その時、不満ついでに「車が欲しい」って言葉が飛び出した。草津に住んでいると、車がないのは
本当に不便で仕方がなく、何より車がないと上田のハローワークにも行けない。まともな就職活動を
したかったら、草津では車を持っていることが絶対条件なのだ。

でも、今思うと30歳を前にしたいい大人が親に「車が欲しい」とは情けない話ではないか。そんなに
車が欲しいのなら自分でお金を貯めて買えって話である。結局、私は身体がある程度まで治ったら
住み込みの仕事を草津で探して、自分で働いたお金で車を買い、さらに貯金して信州で暮らすための
仕事に必要な資格を取ることにしたのだけれど、その話を仲直りした母親に言う前に父親から
母親に車の話が行っていたらしい。もちろん母親の回答は「No」であった。

ここで「Yes」と言ってしまう女性は、おそらく「だめんずうぉ〜か〜」の会員になる資格が十分にあるのだ。
行き過ぎた母性本能は男をダメにするだけである。なぜなら男にとっては働かないでも何でも手に入る環境と
言うのはラクチンなもので、私のような生来の怠け者はついそれに甘えて溺れてしまうから。男が母性本能に
甘えて溺れてしまったら、新たな”だめんず”が1名誕生してしまう。「だめんずうぉ〜か〜」はもともとの
”だめんず”を好きになるだけでなく、おそらく”だめんず予備軍”の男を真性の”だめんず”にしてしまうのだ。
だから、いつまで経っても誰を愛しても”だめんず”ばっかり引いてしまうのである。

一昨日のブログのコメントに出てきた辛島美登里さんの『年下の彼』と言う曲がある。
今、アルバムが手元にないので歌詞のストーリーをうろ覚えで言うと、

1,年下の彼氏ができた。
2,ところが、彼氏の家に行くと彼氏が何かを隠そうとしている。
3,隠そうとしているものを見ると、冷蔵庫に見知らぬ女性との2ショットの写真が貼ってある。
4,最初は「年下の彼氏なんてすごいじゃん!」と応援してくれた友達たちも、1年も続けば
 心の中では「いつ別れるか」と期待している。
5,彼氏は写真について「たまたまだ」と弁解している。
6,つかまえた尻尾は放さない(と作中主体の女性は年上の余裕めいた感じで思っている)。
 私は彼と別れない。

と言うような歌詞である。
この彼氏の本命が2ショットの女性なのかどうかは、この歌詞だけでは分からない。でも、私がこの彼氏なら
作中主体の女性を今後は軽く見るだろうなぁ、と思うのだ。なぜなら扱いやすいから。「この人は自分を振って
別れるのが怖いのだ(何しろ30代の年上ですから)」と分かれば主導権はこちらのもの。この彼氏が年上の女性の
扱いに慣れた男性なら、この女性の追求を振り切ることなどおそらく造作もないだろう。なぜなら「この歳で
今さら別れるのが怖い」と言う足下を見られているから。「つかまえた尻尾は放さない」つもりで貢ぐだけ
貢いだ挙げ句にサッサと捨てられる可能性が大いにあるのではないだろうか。自分が足下を見られている
ことに気づかないあたり、この女性は典型的な「だめんずうぉ〜か〜」なのだ。

「男をダメにする女」と「男のやる気を引き出す女」がいるとしたら、「だめんずうぉ〜か〜」は前者なのだ。
”だめんず予備軍”のぐーたら青年である自分を振り返った時、お付き合いして一番危険なのはこちらの希望を
何でも叶えてくれる女性。だって、何でも叶えてくれるなら自分が働かなくてもいいから。「だめんずうぉ〜か〜」を
読んでいると、いわゆる「尽くす女」はこの男性心理を読めないで間違いを犯すらしい。

逆に、お付き合いして”だめんず”に転落せずに済みそうな女性は、おそらく男を常に
叱咤激励する女性。”だめんず予備軍”の男性は、「ホラ、タラタラしてないで頑張れ〜!」と
叱咤激励されることが必要なのだ。『だめんずうぉ〜か〜』に

「いいカップルは男が女のコントロール下にあるもんなんだよっ」

って書いてあるけれど本当にその通り。自分自身の経験で言っても、主導権を相手に渡した方が
(つまり、私は主導権を相手に渡しても大丈夫な相手を今までずっと好きになったきた=選んできた
わけだけど。)よく勉強してよく働いた。「頑張らなくてもいいよ」ってナデナデするのは絶対ダメ。
「頑張れ〜!!!」って尻を叩かれた方が”だめんず予備軍”の男は頑張るのだ。

「この人と一緒にいて自分は幸運かどうか、あるいはやる気にさせてくれる女性かどうか」と言うのは
だめんずな男性側から見た「脱だめんずな伴侶選び」の基本だと思う。男を叱咤激励してその気にさせる
しっかり者の女性って、魅力的だと思いませんか?

ここまで自分自身のことを書いていて、我ながらかなり情けない。まさしく”だめんず予備軍”である。
2年前の日本シリーズで、当時新婚だった阪神の藤本選手がサヨナラ犠牲フライを打ち上げた後の
ヒーローインタビューで「ここで打たないと家に入れてもらえないと思った」と話して星野監督に
「もう尻に敷かれとるんかいな」と笑われた、と言う話があったけれど、私は藤本選手を笑う気には
とてもなれない。
| SHO | 晩婚 | 07:19 | comments(2) | trackbacks(0) |
巨人自力優勝消滅!!!
ついにこの日がやってきた!!!
56試合を残して巨人の自力優勝が消滅。しかも阪神が直接引導を渡したとは嬉しい。
今日は台風だから野球の試合はないだろうと思っていたら、8時のNHKニュースで
台風情報の後に野球の情報が流れたのであわててチャンネル変更。先制と中押しは
見られなかったものの、ダメ押しの8回、9回の攻撃を見ることができた。

8回のチャンスは2アウトから。野球は本当に2アウトからが分からないもので、
連打をたたみかけて檜山、矢野の連続タイムリーで3点、さらに9回にはシーツの
3本目のホームランで突き放して快勝。8回表の時点での2点差ならまだ分からなかった
けれど、ダメ押しの4点で勝負あり。最後は藤川と久保田を投入してゲームセット。
井川にハーラーダービートップの10勝目がついた。巨人自力優勝消滅の瞬間を
この目で見ることができて嬉しい。

残り3球団のうち、やっぱり手強いのは中日。なかなか負けない。阪神とは完全に
我慢比べの状態。なんとか阪神に頑張って欲しい。
| SHO | 阪神タイガース | 22:35 | comments(2) | trackbacks(3) |
白河桃子『Smart晩婚講座 結婚難時代の処方箋』
今日も引き続いて恋愛・結婚関連の話。今回は白河桃子さんの
Smart晩婚講座 結婚難時代の処方箋』を取り上げる。

厳密に言うと、今回取り上げる読み物は本ではない。日本経済新聞に以前連載されて
いたもので、日本経済新聞社のHPにあるSmart Womanと言うコーナーに収められている
Webページである。

昨年、出生率1.29がショックとして伝わった。正確には私は全然驚かなかったけれど
新聞を読んでいる限りお役所では非常に驚いたらしい。人口推計の中位推計では
出生率は今後わずかずつ回復することになっているらしいが、おそらく下位推計の
ように出生率は今後しばらく下がり続けるだろうと私は見ている。

なぜ子供が生まれないかと言えば男女が結婚しないから。平均初婚年齢はどんどん上がり、
2003年の統計では夫が29.4歳、妻が27.6歳に達している。私が生まれた1975年には、
夫が27.0歳、妻が24.7歳だったらしいから、この30年間に2〜3歳は晩婚化が進んでいる
と言うことになる。

さて、晩婚講座の話である。
このページは女性の立場から女性向けに書かれたものなのであるが、なぜ結婚しないかと
言う理由を総括すると「だって、いい男がいないんだもん」と言うことになるらしい。
全31回の章立てを全て紹介するのは大変なので、前半だけ紹介することにする。

 ・第1回 あなたの「結婚しない女」度チェック
 ・第2回 空前の未婚時代に突入!
 ・第3回 本当に「結婚できない男 結婚しない女」の時代なのか?
 ・第4回 みんな本当に結婚したくないの?
 ・第5回 結婚を先延ばししたい理由って?(女編)
 ・第6回 結婚を先延ばししたい理由(男編)
 ・第7回 結婚はわりに合わない?
 ・第8回 結婚に求めるものって?
 ・第9回 王子様は絶滅寸前
 ・第10回 結婚したいけどできない男の条件
 ・第11回 お互いが見えない男と女
 ・第12回 お姫様を待つ乙女系男子たち

私自身について言えば、「閉じこめられるような結婚であれば、したくない」と
はっきり悟ったのはつい最近の話。少し前までは「結婚したい」派だったけれど、
それは「ある程度の年齢になったら、結婚しないのは人間としておかしいから」
くらいに思っていたからだと気づいたのだ。現実には結婚していない(あるいは
できていない)自分とのギャップに悩んだ挙げ句、自己カウンセリングしていた時に
ハタと気づいたのである。「なんだ、僕は結婚したくないんじゃん」って。
そう気づいて、すごく楽になった今日この頃である。

女性側から見た晩婚化の理由(つまり、結婚したくない理由だ)には

「仕事を持つ女性が増えて、女性の経済力が向上した」(66.1%)
「独身生活の方が自由である」(54.1%)
「結婚しないことに対する世間のこだわりが少なくなった」(35.5%)
「仕事のためには独身の方が都合がよい」(30.7%)

などが挙げられているそうだ。一方、男性側の晩婚化の理由としては

「独身生活の方が自由である」(59.6%)

が大きな理由となっているらしい。また、 結婚に対する負担も大きな要因らしく、

「非常に感じる(感じている)」(5.8%)、
「どちらかといえば感じる(感じている)」(30.5%)

と約3分の1の人は結婚に負担を感じているそうだ。負担の内容は、

「経済的負担」(68.9%)
「行動の自由が制約される負担」(33.2%)、
「仕事と家庭を両立させるのが困難な負担」(22.0%)

などが多く挙げられているらしい。自分自身が「結婚したくない理由」と重ねても
頷ける話である。私の場合は人生全体に対して「閉じこめられるのが嫌」と感じていて、
結婚は私の中で持っているイメージとして「閉じこめられる」最たるものだから、
と言うのが理由なのだけれど。

「行動の自由が制約される負担」とは、私の場合は「自分ひとりの時間が持てない」
あるいは具体的に「『自然の豊かな土地で、草津から車で2時間圏内の土地にIターンする』
と言う自分の住居移転希望の障害になる」と言うことでもある。これは私の場合だけど、
人生のどこかで自分の生き方を変えるに当たっては、彼女あるいは家族を説得することが
一番大変でかつ大切だと言うことは一般論として言えるだろう。そして、結婚が生き方を
変える障害になるのであれば、未婚の場合は最初からしないのもひとつの選択だろう。

…そう考える生物学的適齢期の人が増えてきたから、晩婚化も少子化も進むんだけどね。
こんなことを書きつつ、私は「この人とだったら一緒に自分が変わって行くのもいいな、
と思える人だったら結婚するのもアリかな」と書きながら思っている。そうでなければ、
例えば「回りがみんな結婚しているから」と言う理由で結婚する必要はないと思うのだ。

この取材をするにあたって、著者が必ず質問してきたことがあるそうだ。それは

「20代の頃、同じ人と出会っていたら結婚していましたか?」

と言う質問。ほとんどの人が「NO」という答えだったそうだ。そして、その章の最後では

「結婚に依存しない自分」になってからするのが「晩婚」なのかもしれません。
(中略)経済的に自立することだけが「依存しないこと」ではないのです。まず気持ちの問題。


と書いてある。精神的に結婚に依存しなくなってから結婚するのが晩婚と言いたいのだろう。

ところで、晩婚の必須アイテムとして、この書き物ではこんな人が挙げられている。

1,年下男
2,癒し系男
3,小さい男

いわば「3高」をひっくり返した形だ。実際に、晩婚の女性の多くが伴侶として選ぶ
男性の多くがこのタイプのどれかに当てはまるそうだ。私にも姉がいて最近結婚したの
だけれど、たしかにこのタイプのひとつに当てはまっている。

私自身は、実は年上の女性としかお付き合いしたことがない。別に年上専門と言うわけ
でもなく、単に「対等な話のできる人」「一緒にいて気持ちのラクな人」を選んでいたら
結果的に年上ばっかりだっただけの話である。最近は年下の女性でも対等に話のできる人が
周囲に増えてきたから、今後は年下の人とお付き合いすることもあるかもしれない。

何が言いたいかと言うと、本人にそれだけの魅力があるから年下の男性は年上の女性を
伴侶に選んだのだ、と言うこと。年下の彼氏ができると年上の女性って「もっと若い女性に
彼氏を取られるんじゃないか」って心配するみたいなのだけれど、そんな心配は全然いらない。
年上の女性はもっと自分の魅力に自信を持っていい。もし年下の女性に彼氏を取られたとしても、
それは「自分が年上だから」じゃなくて「その年下の女性の方が彼氏から見て人間として
魅力的だったから」なのだ。自分が年上か年下かと言うのは、別れの理由としてエクスキューズに
ならないと私は思う。だからと言って「愛があれば年の差なんて!」とは思わないけどね。

別に年上の女性を狙っていたわけではなく、魅力ある人を選んでいたら結果としてその人が
年上だった、と言うことが重要なのだ。晩婚の女性の伴侶に年下の男性が多く見られると言っても、
その点を押さえておかないと男としては見くびられているような気持ちになる。年下だからと
男を見くびらないでね、と思うのだ。

ある程度の年齢に達した年下男で年上の女性を選ぶ男性なら、年上女を愛するのと
同じ情熱で年下女でも愛せるんじゃないだろうか。要は相手の中身が問題なのである。
晩婚必須アイテムとして年下男を取り上げた章の最後でこんなことが書いてある。

 はるか年上(ちなみに5歳以上)の女性を伴侶に選ぶ男性はとりあえず、
形ではなくその人自身を見てくれている人が多いのです。
 今30代の終わりから40代で、同世代の女性を結婚や恋愛のターゲットとして視野に
いれている男性は、残念ながらほとんどいません。逆に女性たちが選ぶパートナーは
次の世代の男性たちです。なぜ彼らはひと世代も年上の女性を選ぶことができるのか。
それは女性たちが10年かけて達した結論「結局、年ではなく、その人」という答えを、
もう知っているからなのかもしれません。

| SHO | 晩婚 | 04:45 | comments(5) | trackbacks(0) |
谷村志穂『結婚しないかもしれない症候群』
1990年にベストセラーになった谷村志穂の『結婚しないかもしれない症候群』を
読んでいる。中身は20代から30代の結婚していない女性たちの生態のノンフィクション。
「独身女を襲う深刻な住宅事情」「保険という名の麻薬にすがる」「不倫の結末」
「猫という”彼”と暮らす」「Hanakoさんのワガママな結婚願望」「家が結婚の
邪魔をする」「子供だけは生もうと決意したとき」「男の子たちの症候群、そして
私たちの未来」と言う章立てでショッキングな内容が分かるが、読んでつくづく感じるのは

「これって、話をそのまま”男性”に置き換えても同じだよなぁ」

ってこと。15年前の男性はどうだったか分からないけれど、2005年に30歳を目前に
している独身男性としては、自分たちが現実に今抱えている悩みと同じことを15年前の
30歳前の独身女性が書いていることに「結局、いつの時代も同じじゃん」と感じる。

先日、両親と大喧嘩した時に私は『傷つきたくない症候群』だって父に言われたのだが、
それは両親の世代の『モラトリアム症候群』とよく似ているんだとか。同じ問題が違う世代で
繰り返されていて、名前が『モラトリアム症候群』『結婚しないかもしれない症候群』
『傷つきたくない症候群』とその年代で変わっているだけじゃないだろうか。
とても乱暴な言い方だけど。

この本の中には、結婚しないで子供だけ産むことを選んだ女性の話が出てくる。私の知って
いる人の中にもそういう人がいるし、谷村志穂と同じ世代で結婚していないアーティストの
音楽も聴いている。そういう人たちのエッセイも読むのだが、今の彼女らのエッセイを読んだり
音楽を聴いて、私は彼女らの現在の作品に敬意を払うことがどうしてもできないでいる。
人間として、何か足りないような傲慢さを感じて仕方ないのだ。彼女らと同世代の女性で
結婚していない友人や離婚して子供を育てている知り合いも私にはいて、私は彼女らに
関してはとても尊敬しているのだけれど。

私は、なぜ似たような生き方をしている同世代の片方にはどうしても敬意を払うことができず、
もう片方には敬意を払いたい気持ちになるのだろう。「自分の境遇を受け止めた上で
どう生きようか」と悪戦苦闘しているか否かなのだろうか。そう言ってしまうのは敬意を
払えない人たちに対して大いに失礼だけれど、私が敬意を払えない女性たちと言うのは
「私には生き方が魅力的に見えない人」なのだ。その人が経済的に自立しているかどうかと
その人の生き方が魅力的に見えるか否かは別の問題なのである。

私が嫌だなと感じる人たちは、みんな「現役」なのだ。女性としても社会人としても。
「誰にも迷惑をかけないで自分の人生に自分で責任を取っているわけだから文句ないでしょう」
と言われればその通りだ。むしろ私自身の方がよほど自立できていない30歳前なので言われると
ぐうの音も出ないのだけれど、でも、どんな美人であろうが創造的な仕事をしていようが
40歳になれば立派なオバサンだ。いくら頑張っても肌のツヤは落ちるし小皺も出るのである。
そこで「どうしよう。私はオバサンになってしまった…」と言える人は魅力的に見えるけれど、
そんな自分を認められずに何歳になっても10代から20代、せいぜい30代前半の精神状態で
行ったり来たりしているように見える女性もいて、そういう女性は(男性も同じですが)
どんな美人な40代でも魅力的には見えないのだ。

この場合の「現役」と言うのは「自分がいつまでも若いと勘違いしている人」と言う意味である。
「自分の年齢の実感がない人」と言い換えてもいい。自分はそういう40代にはなりたくないな、
と思うのだ。10年後も青臭い夢を追いかけているよりは「どうしよう。僕は40代のオジサンに
なってしまった!」とうろたえている方がずっといい。要は自己受容ができるか否かなのである。

竹内まりやに『心はいつでも17才(seventeen)』と言う曲がある。1番からだんだんと
描く年齢が上がっていって、「青春はこれからさ」と歌う「心はいつでも17才」が
時には25才、時には35才、そして最後は「でも、本当は本当は…本当は45才!」になって
終わるのだが、生々しくて聞いていられない反面、こんな風に自分の年齢をユーモア含みで
受け止められたら素敵だなぁ、とも思うのである。私は、いつまでも若くなんていたくない。
来るべき年齢が来たら(来るべき年齢っていつ?と言われそうですが、自分がそう感じた
年齢がその年齢なのでしょうね)ちゃんと年をとる人間でいたいのだ。

「30歳になって自立しようとしない人は、人間として何かが欠けている」と私は思う。
「自立」とは、この場合は経済的なことのみを指して言っているのではない。
精神的なものも含めて言っている。

現実には、私のように自立したくても現状ではできない人もいるわけで、そんな自分に
後ろめたい気持ちはすごく持っているけれど、今は物理的にできないわけだから
人の好意を受けたらいいのだと思っている。ただ、自分が将来、人へ好意を与えられる
ようになれば、その時は自分が頂いた好意を別の人(もしかしたら同じ人になるかも
しれないけれど)に与えようと思っている。それでイーブンではないだろうか。
この話は、古くから長距離旅行者の中では有名な話なのだけれど。

この本の最後の方にこんなことが書いてある。

「不安っていうのはきっと人間が生きている限り持ち続けなきゃいけないものなんだよね。
その不安をいかにとり込みながら楽しく生きていくのかってことがたいせつなんだもんね」


そうなのだ。そしてこんなことも書いてある。

「結婚していようと、していなかろうとも、何かがあれば人は十分幸せでいられる。
友だちや、愛や、音楽や、文学や、仲間や…。
そう考えると、<結婚しないかもしれない>というこのあいまいで所在のない立場が、
なんだかとってもゴキゲンに思えてきた。
どんどん欲ばりに、幸せな未来が考えられるような気がしてきた。」


私には、決してそうは思えないけどなぁ。むしろ、私は「自分の稼いだお金で生活が
できれば、それで幸せじゃない?」と言う自分自身の言葉の方に強い説得力を感じている。
| SHO | 晩婚 | 04:31 | comments(2) | trackbacks(0) |
オールスター第1戦終わって
オールスター第1戦は6-5でセ・リーグの勝ち。

でも、和田選手のホームランが認定されていれば
パ・リーグの勝ちだった。ランナーもいたのに(怒)!!!


せっかくの好ゲームだったのに、今もなんだかイライラしている。
今年は何試合も首をかしげるような審判の判定を見てきたが、審判が野球を
つまらなくして、どうするのだろう。今日の試合もテレビ映像を見ている限り
完全にスタンドに飛び込んだ西武・和田選手のホームランが、観客がキャッチしようと
した帽子の中に飛び込んでグラウンドに跳ね返ってきたのだ。事実はひとつしかない。
あれは間違いなくホームランだ。審判の判定が間違っている。

そして、もうひとつイライラさせられたのが実況&解説陣。今日の試合でMVPを
取ったのは横浜の金城選手だったのだが、彼が試合中のインタビューに応じた時に
解説の東尾修さんが本人に向かってこんな発言をしている。

「ついてないねぇ(アナの途中から入る)」
「あいやいやMVP取れたら最高だけどー、邪魔する清原がいるからね」
「せっかく活躍してもねー。もっと出りゃあ良いんだよ、もっとポンポン打ったら良いのよ。」
「もう一本打って活躍したらねー清原を抜けるけどねー。ちょっと清原がネックになってくるよねー」

これは金城選手に失礼でしょう。3安打3打点、試合を左右する場面で打ったのは
金城選手であって、清原選手じゃありません。彼はランナーもいない場面で
ソロホームランを打っただけ。もう1本のレフト前ヒットは、投げた松坂選手が
言っている通り、天井に当たっていなければレフトフライじゃないでしょうか。
東京ドームならスタンドインしていたかもしれませんが。どう見ても首を傾げる
話ですが、東尾さんは清原選手をMVPに選びたくて仕方なかったようですね。

オールスターはたしかにお祭りですが、実況&解説陣がお祭りしていてどうするんでしょう。
出てくる話は清原選手と長嶋さんとアテネオリンピックと上原選手と松坂選手ばっかり。
実況なんだから、ちゃんと「実況中継」に徹してもらいたいものです。

野球中継の視聴率が下がっているのは、巨人一辺倒の中継とくだらんおしゃべりの
実況&解説と、そして接戦の緊張感をぶち壊しにする審判の誤審にある、と私は
思います。審判は主審クラスも再教育を施すべきでしょう。誤審だらけの試合なんて、
白けて見ていられません。実況&解説も、自分のエピソードや長嶋さんなんて
どうでもいいから、試合の実況と解説に集中してもらいたいものです。そして、
中継テレビ局は巨人一辺倒の時代はもう終わったのだと感じて欲しいですね。
私が阪神ファンだからではなく、12球団がそれぞれに強くなってきたのですから。

今の巨人にはライバルとしても何の尊敬すべき要素も感じません。敵ながら天晴れと
言わせるのは、むしろロッテやソフトバンクではないでしょうか。中継テレビ局は
視聴率低下を嘆く前に本当に中継すべき優れた野球チームがどこなのかを見定める
必要があるのではないでしょうか。そして、あくまでも「実況中継」に徹して
欲しいものです。
| SHO | 阪神タイガース | 03:05 | comments(2) | trackbacks(0) |
オールスター
今、オールスターを見ている。

試合そのものは楽しいのだけれど、実況が酷すぎる。巨人と清原の話題ばかり。
巨人は3人しか出ていないんでしょうに。挙げ句に長嶋さんのメッセージとか
長嶋さんは今年のオールスターと関係ないでしょうに。解説も試合の流れとは
関係ない雑談ばかりでうるさい。こちらは試合を楽しみたいのにイライラする。

伊良部の最速を159km/hと言ったり(実際は158km/h)、セ・リーグの先発メンバーを
全員ファン投票メンバーと言ったり(実際は先発ピッチャーの巨人・上原は監督推薦)
解説もプロなんだからしっかり正確なデータを挙げてもらいたいもの。和田の
ホームランを審判が見逃して2ベースヒットで終わったり(あれがホームランなら
試合展開はかなり違っている)、本当に見ていてイライラする…。

解説陣もしゃべりすぎ。お茶の間のおしゃべりみたいな解説してないで、ちゃんと
真面目にやれ!!視聴率低下の一因はこの人たちののチンタラ実況&解説にも
あると思うぞ。この試合の流れから言って、ソロホームランしか打っていない
清原のMVPなんてありえないでしょう。金城なんて3安打放っているのに。

みんな、プロなんだからもっとしっかりしてくれ〜〜〜!!!(怒)

文句ばっかり言っていても仕方ないのでいいプレーを。
谷繁が川崎の盗塁を刺したプレー、里崎が荒木の盗塁を刺したプレーはさすが。
川崎は盗塁を決めているが、これもすごい。小笠原のホームランも見事だった。
渡辺俊の投球も見られて満足。あの地面スレスレから浮き上がってくるボールは
すごいなぁ。井端が盗塁のタイミングを逃していたもんなぁ。

阪神ファンだから本当ならセ・リーグを応援するところ、今回はパ・リーグを
応援してしまう。なんとか頑張って欲しい。
| SHO | 阪神タイガース | 20:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
タイムリー欠乏症
2日続けて阪神の話題。
今日は0-1で横浜に負け。昨日から1本のタイムリーも出ていない。事情は横浜も
同じなのだけれど、最後の最後で佐伯のタイムリーが出た。阪神は好機に金本が
何度も凡退しているから試合を決められない。これが4番の実力差だとは全く思わない
けれど、今回に限っては4番が決められたかどうかの差が最後に出た。

昨日は藤本のエラーが失点につながるし(藤本は、新人時代から1点もやれない
「ここぞ」と言う場面で流れを変えるエラーをしますよね)、阪神からオールスターに
6人も行って後半戦は大丈夫なの?と思ってしまう。阪神の選手たちは、オールスターに
出るヒマがあったら打撃練習と守備練習をした方がいいんじゃないだろうか。
| SHO | 阪神タイガース | 21:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
161km/h!!!!!
ついに横浜・クルーンが161km/hを出した!!!
延長12回の裏、打者赤星でとうとう出た160km/h越え。続く鳥谷にも160km/h。
どちらもファールになった。打った感想はどんな感じだったんだろうか。
決定的瞬間を見られて良かった〜。試合は1-1の引き分けだったけど、今日の
引き分けは勝ちに等しいだろう。3時間59分、いい試合だった。

| SHO | 阪神タイガース | 22:09 | comments(2) | trackbacks(1) |
渡辺美里を聴きながら
一昨日と昨日は夏祭り。神輿の声が遠く近くに響いて「夏だな〜」って感じ。
実は神輿に誘われていたのだけれど、とても行けるような皮膚の状態じゃないので
今年は断る。来年まで草津にいるなら、来年は担ぐことになるのかな。皮膚の調子は
相変わらず悪いのだけれど、それでも数日前よりはマシになってきた。

昨日の夕方から、ずっと音楽は渡辺美里をシャッフルで聴いている。渡辺美里には
冬の歌もあるのだけれど、やっぱり多いのは夏の歌。私はアルバム単位で渡辺美里を
聴くのはあんまり好きじゃない。理由は渡辺美里の曲は出来不出来がかなりはっきり
していて、アルバムを1枚通して全部好きと言うのはあまりないから。それでもあえて
好きなアルバムを1枚挙げるなら1988年のアルバム『ribbon』。これは名盤でしょう。
渡辺美里を知らない人でも『10years』を聴けば「あぁ、この曲ね」と言う同年代の
人は多いのでは?「あれから10年も これから10年も」と言うサビの部分が有名。

渡辺美里を聴き始めたのは中3の時なので、世代的には『サマータイムブルース』から。
今も聴いているのはこの年代の曲が中心。今イヤホンからかかっているのは1998年の
『太陽は知っている』なのだけど、私がリアルタイムで聴いていたのはここまで。
それ以降の曲はほとんど知らない。でも、たぶん渡辺美里の代表曲のほとんどは
知っているし持っているはず。

渡辺美里の曲の魅力って何だろう。私の好きな彼女の曲の多くは15年以上も前の曲
だけど、今聴いてもやっぱり楽しいし、聴いていて胸が熱くなる。それは昔を思い出すと
言う意味ではなくて、今もリアルタイムで聞けると言うこと。それはもしかしたら
私の中身が15年前から変わってないと言うことかもしれないけれど、それはそれで
かまわない。もっともアルバム『ribbon』に入っている『彼女の彼』の歌詞には
「ダッシュボード並んでいるカセット」と言うフレーズがあったりして、あぁ今と
違うなぁ、と思うことも事実だけれど。今ならMDどころかCDですよね。

私が中学生から高専生の頃は、回りにもかなり渡辺美里のファンがいた。高専に入った頃は
渡辺美里と辛島美登里のファンが多くて、少しするとZARDのファンが多くなって、僕も
そのいずれも聴いていた。高専最後の1年間まで渡辺美里を聴いていた人はあまりいなかった。
私自身も1991年の『Lucky』が渡辺美里のピークだったと思うので納得。私もそれ以降の
アルバムはあまり聴いていないし。

2ちゃんねるの年代別板に「渡辺美里を聴いていた世代集合!!」と言うスレッドが
あって、その中で「渡辺美里は出身地ではなくて、80年代に青春時代を迎えた世代を
背負っている。」と書かれてあって私も同意。TM NETWORKとかPSY.S、岡村孝子もそう。
当時のように、少し背伸びした心地で彼らの曲を聴くことはもうないけれど、
でも、30歳を目前にした今もやっぱり聴くたびに新鮮な気持ちになるのだ。
| SHO | 音楽 | 06:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
熊野灘のタンカー衝突事故と『海猿』
先日来、熊野灘で起きたタンカーの衝突事故がトップニュースになっている。
船内から行方不明の5名と見られる遺体が収容されたとか。痛ましいことだ。
事故から24時間で1名しか助からなかった時点で、おそらく残りの乗組員は船内に
閉じこめられたまま助からないだろう、と思っていたのだけれど、いざ現実に
乗組員がほぼ全滅と言う状況を知ると胸が痛む。ご冥福を祈ります。

ほぼ同日に、遠州灘でも衝突事故で砂利運搬船が沈没しているし、昨日は清水港で
日本郵船のコンテナ船が衝突事故を起こしている。視界50メートルくらいしか
なくても現代の船は平気で運航するのでこんな事故も起きるのだが、見張り不十分と
責めるだけでいいのか?と言うことを思う。

私の商船高専時代の卒業研究は海難事故の統計をまとめることだったのだけれど、
海難事故の多くは「見張り不十分」がからんでいる。専門用語で「視界制限状態」
と言う視界不良の状態では当直の人数を増やすことが肝要、と言うのが常道である。

しかし、乗組員が5名や7名の省力化が進んだ船で見張りを増員することは現実的に
難しいのだ。なぜなら、航行中の船舶は通常3交代の当直体制を組んでおり、しかも
事故を起こした当該船舶のような内航(国内航路)の船では当直1名で3交代するのが
ギリギリの乗員しか乗せていないからだ。視界50メートルの濃霧でも「通常運航」
と判断して当直1名で動かさないと、まともな休息も取れないだろうことは容易に
想像できる。それを支援するためのレーダーであり、自動衝突予防援助装置なのだが
それを扱う人間があくまでも1人であり、これ以上の人数の増員は事実上望めない、
と言うところに根本的な問題があるのだ。これが外航(外国航路)の大型船なら
船長が常にスペアとして待機しているので、視界制限状態の時はためらいなく呼ぶことが
できるのだが、乗員の少ない内航船で同じことができるはずもない。辛いけれど、
どうすることもできないのか、と思う。

話は変わる。
コンビニで『海猿』と言う漫画を立ち読み。海上保安庁のPSクラスの小型巡視船に
乗る新米の海上保安官が成長していく物語。沈没寸前の密航船から密航者を救出したり
拳銃密輸の現場を押さえる張り込みの話、あるいは主人公には船を下りたいほどの
トラウマに陥っても助けてくれる女性が出てくるのだが、私だったらもっと違う
結末にするだろうなぁ、と思う。どちらも主人公は命令違反を犯しながらも最後は
任務を成功させるのだが、私ならどちらも任務を失敗に終わらせる結末にするだろう。
私がストーリーを書くならば沈没寸前の密航船から人を救出できないままに沈没させる
だろうし、密輸入もまんまと成功されるだろう、本当に船を下りたいほど悩んだ時に
自分を抱きしめてくれる女性など描かないだろうな、と思うのだ。少なくとも、
私自身が悩んだ時にはそんな人などいなかった。それが現実なのだ。

主人公のような熱血漢の海上保安官なら、私なら一緒に乗りたくない。主人公の身も
毎回危険をさらしているけれど、他の乗組員にとって危険で仕方ないからだ。
例えば、本人達には悪いけれど密航者には他の保安官を危険に巻き込んでまで無理して
助ける義理はない。「密航する」とはそういうことなのだ。彼らに助かる権利などない
と言っていい。私も密航者を処理したことがあるけれど、『海猿』のストーリーは、
私にはすごく似非ヒューマニズムに思えて仕方ないのだ。

私も船に乗っていて事故に遭ったこともあるし、海賊に襲われたことも密航者を
見つけて官警に引き渡したこともある。現地の人にやむを得ず差別的扱いをせざるを
得なかったこともある。でも、それを誰が責められるのだろうか?責める人には
本当に責める権利などあるのだろうか?似非ヒューマニズムで言っているだけなら
私には何の説得力も感じないのだ。
| SHO | 海事 | 05:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
短歌バトン
10日ぶりの更新。いろいろあったのだけれど、体調がずっと悪い。
一昨日から寒気がして、身体から毒素が大量に吹き出している。
46℃の温泉につかりつつ寒気がするのは久しぶり。

吉浦玲子さんから短歌バトンが回ってきた。

■質問
□ 短歌を始めたきっかけを教えてください。
高校受験の参考書に俵万智のエッセイが載っていて、それが良かったので
自宅にあった『サラダ記念日』を読んだこと。 

□ 好きな歌人がいれば教えてください。

安藤美保 吉川宏志 田中拓也 松村正直 大口玲子 本多稜

□ あなたの好きな短歌を3首挙げてください。

髪止めにはさむ暑さと夏の青投げつけるべき人を待ちわぶ
安藤美保 『水の粒子』

オムライス食べながらふと母親の口癖なども思い出されて
松村正直 『駅へ』

モンブランの頂に立ち億年をゆるりと泳ぐ山々と逢ふ
本多稜 『蒼の重力』

□ あなたにとって短歌とはなんですか?

自分の気持ちを紡ぎだしてまとめるもの。

□ バトンを渡す3人の歌人。

天道なお 春畑茜 柴田瞳
| SHO | 短歌 | 12:22 | comments(2) | trackbacks(1) |
再び上田
湯治仲間の車で上田へ。
草津と上田の間は公共交通がなく、軽井沢回りになるので友人に乗せてもらえるのは
ありがたい。急遽決まったのだが、幸い上田のハローワークの担当者が時間を作って
くれたので面談することができた。

信州への移住は少し遅れそうだ。就職活動するためには車が必要で、そのための資金が
今は手元にないからで、もう少し身体の状況が良くなって、洗面器が白く濁るほどの
毒素が出なくなったら草津で当面の仕事を探そうと思う。まずは移住のために必要な
資金(車もそうだし、新しく職能を身につけるならその期間の生活を支える必要も
ある)を稼いでから移住する方が、時間はかかるけれど良いのではないか。身体をより
完全な状態まで治すことと、自活することがまずは最優先。自分の稼いだお金で
生活することができれば、それだけで幸せではないだろうか。

面談の後で、友人に何ヶ所か上田のショッピングセンターを教えてもらって買い出し。
草津よりも安い。だんだんと上田に住むイメージが自分の中でできつつある。
| SHO | Iターン | 05:47 | comments(2) | trackbacks(0) |
回転寿司
昨日は湯治仲間で佐久市の回転寿司へ。
草津は山の中なので、と言うよりも物流の終着点なので、基本的に生鮮食料品は
いいものが入ってこないし、入ってきても値段が高い。群馬原町や佐久、上田あたりに
買い出しに行くと、その値段と質の差にいつも驚かされる。

さて、土曜日の夕方から、突然回転寿司に行くことになった。目的地は長野県佐久市に
あって、草津からは車で1時間半。群馬県も草津まで来ると前橋や高崎に出るより
峠を越えて長野県側に出た方が近く、私はいまだに前橋や高崎へ行ったことがない。

今回行った回転寿司はほとんどのネタが105円均一とのことで、その代わりトロや
アナゴなどは1つの皿に1つしか入っていない。行ってみると土曜日の夜なので
カップルや家族連れで満席。15分くらいしか実際には待たなかったらしいのだけど
もっと待った感じがする。私はたまたま昼ご飯も食べていなかったので腹ペコで、
いただきますの挨拶も早々に食べ始めた。寿司ネタにハンバーグとかミートボールとかも
あってビックリ。でも、そういうものには手を出さずにひたすら魚ものばかり食べた。
結局、15皿食べた上にデザートを3皿。おいしかった。

後で卓球とダーツをしてから帰ったのだけれど、卓球は4人でリーグ戦をやって私は全敗。
ダーツは逆にほとんど上位に食い込んだ。でも、狙って当てられるほど上手くはないので
勝てたのはたまたま。それでも勝てるとやっぱり嬉しい。さんざん食べて遊んでから
草津に帰ってくると、もう日付が変わっていた。
| SHO | 湯治 | 06:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
山村雅康『人口減少時代の豊かな暮らしと仕事の場』
人口減少時代の豊かな暮らしと仕事の場
人口減少時代の豊かな暮らしと仕事の場

この本は、2005年2月2日付のこのブログで一度取り上げている。半年近く経った
今、何度も何度も読み返して感じることがあるので再度取り上げたい。

『人口減少時代の豊かな暮らしと仕事の場』は、著者が「現実的な自分の青い鳥
探しとして」始めた連載で、『楽園彷徨』と題して『月刊リゾート物件情報』
と言う雑誌に連載したものを単行本にまとめている。連載開始当時は静岡県の
朝霧高原に住んでいた著者は、連載の半ばで沖縄県知念村に移り住み、単行本
刊行後の現在は沖縄島内でさらに別の場所に居住している。日本国内で移住対象
として取り上げられた場所は30ヶ所。半数近くが琉球弧の諸島に集中しており、
それ以外にも生月島や周防大島、佐渡島など、著者のアンテナが向いた主な方向が
島嶼であることが分かる。

例えば東北地方で取り上げられているのは岩手県宮守村だけだったりと、私のように
本州島内で移住を考えている人には、もう少し本州島内でいろんな土地を取り上げて
欲しいなぁ…と言うことは思うのだが、著者のアンテナが向いた方向が島嶼なの
だから仕方ない。いずれにしても、自分で住む土地の情報は自分で集めなければ
ならないのだ。

前書きには、こんなことが書いてある。

移住をテーマにして日本を巡る旅は、自然と人間の生活のあり方を考える旅でも
ある。(中略)いま僕たちに与えられたテーマは、自然と人間生活の再生という
ことだ。二一世紀におけるこの星の自然をどうやって定義すべきか。そして
人間生活の再生とは自然との係わり合いの中で、どんな風に具体的な生活観を
伴いながら芽生えていくのだろうか。(中略)この本の執筆作業はその模索の
道程そのものであり、また移住という行為それ自体がホリスティックな自己再生の
旅なのである。


本書ではないが、著者のHP「楽園通信」の「自然暮らし」と言うコーナーの中で、
著者はこんなことを述べている。

先輩たちの暮らしぶりから僕が学んだことは、具体的な暮らし方のノウハウ
ではなく、いかに自分を見つめ、そしてその形にしていくのか。更にいえば、
自分の欲している自分の有り方が見つかれば、おそらく形は自然に構築される
のだろう、ということだった。だから、そこから始まる僕たちの場所探しの
放浪は、実のところ自分自身の有り方探しの放浪だったのである。


移住を具体化するに当たって、私はIターンのいろんなサイトを見て、必要とあれば
本を買っている。そして感じるのは「都会から田舎への移住も、田舎から都会への
移住も、本質的には変わらない」と言うことである。グリーンツーリズムや
グリーンライフを唱う本やサイトの中には、田舎生活が絶対の価値であるかの
ように人を煽っているものも散見されるが、著者はそういう立場を取っていない。
その人の人生において、その街でなければいけない住む理由のある人は都会で
あっても大いに住めばいい。われわれが田舎へ移住するのは、田舎でなければ
ならない理由があるからであって、それが都会だからダメ、田舎だから素晴らしい
と言うことではない、と言うことである。

これから移住を考える人、あるいは私のように移住を具体化しつつある人にとって、
この本は間違いなくひとつの羅針盤となる本である。しかし、羅針盤の中身は
「この土地の情報がよく載っているから」と言うものではない。掲載されている
土地についての基本的な情報はもちろん正確なものが場所ごとに載っているのだが、
そんなものは役場や市役所のHPを見ればより最新の情報が詳しく載っている。
大事なのは、「移住とは何か」を突き詰めて考える上での参考になる言葉が多く
載っていると言うことであり、それはどこに移住しようとも必要な、極めてベーシックな
移住の基礎知識なのである。
| SHO | Iターン | 23:19 | comments(2) | trackbacks(1) |
何を求めて移住する?
この半年の間に、私は信州への移住を真剣に考え始めた。湯治では8割方治れば
上出来だと言われている。湯治して一度完治しても、同じ暮らしをしていれば
10年近く経ってからアトピーが再発したと言う人にも会ったことがある。湯治が
終わっても、継続的な治療、日常のメンテナンスが必要だと言うことである。

移住先を求めるに当たって、移住地域を絞るのには困らなかった。草津以上に
治療に効果のある温泉はまだ見つけられていない。今後も継続的に草津温泉の
お世話になるとしたら、最大限でも週末に軽く日帰りできる圏内には住まざるを
得ない。「草津温泉から車で2時間圏内」と言うのが、物理的な条件だった。
だったら高崎や渋川と言った群馬県側でも2時間圏内なのだが、「空気の良さ」
「日常の肌のメンテナンスに使える温泉が車で30分圏内にある」と言う条件を
加えると、上州よりは信州の方が良い。そして何より、私は関東には住みたく
なかったのだ。信州と上州では気温も違い、湿度も違う。東京周辺で発生した
スモッグは、春になると暖気に乗って草津にまで上がってくる。そういう理由も
信州に決めた理由のひとつだ。

さて、信州への移住が具体化しつつある今、「何をして暮らすのか」と言うことで
頭を悩ませている。早くて3ヶ月、遅くとも半年以内には結論が出るであろうこと
なのに、まだ私は扉の前に立ったまま途方に暮れている。

上田のハローワークで求人検索をするたびに、私の条件に当てはまる仕事の少なさ、
そして給与水準の低さに愕然とし、暗澹たる思いになる。仮に信州に移り住んだと
しても、今のままの私では通用しない。何らかの職を身につけることは最低条件だが、
仮に何らかの職を身につけても、「信州に何を求めて移住するのか」と言う積極的な
理由が、身体的制約と言う消極的な理由以外におそらく必要なのだ。「身体的な
制約があるので信州に移住しました」だけでは、信州の厳しい冬は越えられないのだ。


移住の土地探しとは、詰まるところ自己再生の旅なのだ。自分と自分自身の人生
との関わり方をどう変えていくのか。おそらく移住しても移住前の自分と同じで
いられると言うことはあり得ない。移住に合わせて、自分のベーシックな部分は
変えず、でもそれ以外は思い切って自分を変えていく勇気が必要なのだ。

「移住」と「結婚」はよく似ているような気がする。未婚の私が言うのも何だが、
どんなにリサーチした上であっても、おそらく事前に思っていたのとは違うこと、
おそらく消極的な理由だけで一緒になったのではうまくいかないこと、でも過剰な
期待は禁物であることなどをなんとなく感じるのである。

私が信州に移住する積極的な理由とは何だろう。詰まるところ、私はどんな生き方が
したいのだろう。自分はどんな生き方がしたいかが分かれば、おそらく仕事や
環境は自然に決まっていくのだろう。身体的な理由だけでは、おそらく移住の
理由として不十分なのだ。

キーワードとして思うのは、できれば見知らぬ人と関わる仕事がしたいと言うこと、
そして常に自然の移り変わりを肌身で感じたいと言うことだ。そして、背広よりは
作業服を着る仕事の方がより自分らしい気がする。背広仕事が嫌いなわけでは
ないのだが、背広よりは作業着の方が好き。そして「あなたは何者ですか?」
と訊ねられたら、私は「技術屋です」と答えたいのだ。

私は信州とどう関わっていくのだろう。信州で私ができることとは何だろう。
私は信州で何をしたいのだろう。なぜ信州なのだろう…。消極的な理由だけでは
いけない、そんな気が強くしている。
| SHO | Iターン | 23:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
真島久美子『結婚の達人』
図書館から、今度はMADONNAの『THE IMMACULATE COLLECTION』を借りてきている。
いわゆるベスト盤。私も知っている曲が何曲もあってゴキゲン。

今、『結婚の達人(真島久美子著・講談社)』を借りてきて読んでいる。
湯治していてヒマだし、こういう本も面白そう、と思って借りてきたのだが、
読んで背筋が凍った。面白かったけど。

この本を読んで初めに瞼の裏に浮かんだのは、3月にGATB(一般職業適性検査)と
VPI(職業興味検査)を受けた時の結果。どうだったかと言うと、私が今まで選んできた
仕事や学校の専門と言うのは「出来ないわけではないけれど、かなりの努力が必要」
なものばかり。実際は、私はかなり多方面で職業適性があると診断されていたのに、
私はわざわざ自分に向いているとは言い難い仕事や専門ばかり選んでいたのだった。
これって「仕事」を「恋愛」に置き換えても同じような気がする…。今までの
自分の経験に照らしても。

この本の中で、「好きな人からは断られるのに、追いかけ回されるのは、嫌いな
タイプばっかり!」と言う女性の話が出てくる。その話は「今まで自分が理想化
してきた《男らしさ》と、忌み嫌ってきた父親の性格が一致するということに、
そのとき初めて気づいたのだ」と言う結末になるのだが、自分を振り返って見た時に、
自分が今まで理想化してきた《いい仕事》あるいは《女らしさ》と自分の忌み
嫌ってきたタイプの仕事、あるいは母親の性格とは…一致していないだろうか?
本当に、思うだけで背筋が凍ってくる。

昨年の末頃、私は職業訓練校に通っていて、父の見立てによれば、受ければ受かる
だろうと言われていたある企業の就職試験を受けようとしていたのだが、今考えると
受けられなくて良かったと思う。なぜなら、当時の私の状態と言うのは、とにかく
元いた業界に戻れればそれで良かったから。これを結婚症候群の人の「とにかく
結婚できればそれで良かった」と置き換えても同じことだろう。その後の結果を
考えると、これまた背筋が凍る思いがする。おそらく、私の身体は無意識に拒否反応を
出して就職活動そのものが立ち消えてしまったのだ。その結果として私は半年も
草津で湯治することになっているわけだが、仕事とは、あるいは恋愛あるいは
結婚とは、と考える絶好の時間になっていると思う。

日本では、出生率1.29が大きな問題として言われている。しかし、私にはこの数字は
あまりに遠い。子供がたくさんいると言う意味ではなく、出生に結びつくような
関係を構築できる状態に今ない、と言う意味である。そして「あなたは結婚に
何を求めていますか」と問いただされた時に、その答えを今の私は持っていない。
出生率1.29が問題なのではなく、そこに結びつく前提そのものが私の意識の中では
はるかに遠いのである。出生率1.29は私のような若年層の集合と言えないだろうか。

そして、今度は「結婚」を「仕事」に置き換えても同じことなのだ。結婚も仕事も、
自分が何を求めているのかが分からないのに、闇雲に動いてもうまく行かない
確率の方がはるかに高いだろうことは容易に想像できる。職業訓練校の授業で
言われた通り「自分を知ること」が戦略の第一なのだが、私もまだ自分自身を
良く知っているとは言い難い。

最近思うのは「夢も希望もなく選んだ方が、結局はうまくいくのではないか」
と言うこと。自分なりの夢や希望のボーダーラインを持つな、と言う意味ではなく、
夢や希望を過度に追わない方がいい、と言うことだ。だいたい現実は思っていた
ものとは違うので、違うだろうな、と諦めることも必要だと言うことである。
私の経験では、最初の期待が大きければ大きいほど結局はうまくいかないことが
多い。理想と現実とのギャップを乗り越えられないことに起因する苦い思い出が
多いのだ。

今、仕事にしろ恋愛にしろ思っているのは「根本的なところで『嫌い』でなければ
少々物足りない対象であってもGOサインを出してみてもいいんじゃない?」と言うこと。
根本的なところ、と言うのは直感と言い換えてもいいかもしれないし、先に述べた
どうしても譲れない1つか2つのボーダーラインと言い換えてもいい。

物事はやってみなくちゃ分からないことの方が多い。どんなに口で仕事論を語ろうと
恋愛論を語ろうと、体験で感じた裏づけなしに本当のところは分からない。体験も
しないで、イメージだけで自分の可能性を狭めるほど馬鹿馬鹿しいことはない。だから、
「一見良さそうに見えるけど、何か嫌だ」と言う虫の好かなさを感じない対象であれば、
少々物足りないなと感じていてもGOサインを出していいんじゃないかと思うのだ。
やってみなくちゃ、本当のところは分からないもの。

人間の幸福とは、突き詰めて言えば何なのだろう。「仕事と伴侶」と言うのは、
できれば私にとっては外したくないキーワード。でも、今の私はどのどちらにも
はるかに遠いところで湯治している。
| SHO | 晩婚 | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
夏本番
明日は亡くなった姉の誕生日。
特に何かしようとは思っていないけれど、亡くなってから今年で10年になる。
速いもんだ。突然死で私は死に目に立ち会っていないので、今も10年間会って
いないだけのような気がする。年子でほとんど双子みたいに育った姉だったけど、
今はあの世で何をしているだろうか。

朝、起きてから近所のコンビニに歩いていく途中で、鳥と蝉の声が響いてきたので
ウォークマンを外した。自然が身近にあるのが草津の大きな魅力。夏本番でも
気温25度と言うのが草津らしい。暑さが苦手なアトピー持ちとしてはありがたい。
肌の調子は最悪に近い。時々今も膿が出るし、肩や肘の内側の皮膚がボロボロと
鱗のように落ちる。本当に、あと半年以内に治るんだろうか。
| SHO | 雑談 | 23:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
必要以上に飛ぶ打球の卑しさ
今日から7月。

華原朋美の『LOVE BRACE』を図書館で借りてきた。懐かしい。
『keep yourself alive』、『I BELIEVE』、『I'm proud』と小室哲也が絶頂期のサウンド。
10年経って今聞き直してもやっぱりいい。華原朋美の歌がうまいとは思わないけど、
これが小室哲也好みの声なのか。特に高音域が下手で、globeのKEIKOとも共通する声。
globeも1stアルバムの『globe』は大好きなアルバムで持っている。globeも華原朋美も
2nd以降は持っていない。売れると懲りすぎるサウンドになるのが小室哲也の特徴なのか。
TM NETWORKがTMNになってから素直に聞けなくなったのと同じ轍を踏んでいる。

長嶋茂雄さんが7月3日の広島戦を観戦するとか。体調回復はいいことだけど、
マスコミが騒ぎすぎ。現役時代を知る人にとってはすごい選手だったらしいけれど、
私は第二次長嶋政権以降しか知らないのでいい印象は持っていない。FA選手を
根こそぎ巨人に持ってきて著しい戦力不均衡を生み出した野球界の極悪人。五輪監督を
2008年まで続けるとか正気の沙汰じゃない。彼以上に五輪監督にふさわしくて健康な
監督候補は他にいるだろうに。

『週刊ベースボール』の今週号のコラム『豊田泰光の「オレが許さん!」』で、
「東京ドームだけ、明らかに飛び方が違います」と言う西日本のある球団のスコアラーの
話が書いている。東京ドームのボールの飛び方はどう見ても異常。他球場なら入らない
外野フライが、広島市民球場なみの広さの右中間、左中間スタンドに入ってしまう。
巨人にホームランを打たれても、打たれた瞬間にそれと分かる当たりなら納得も行くが
東京ドームのホームランの多くは違う。アンフェアなホームランを見せられると
本当にガッカリ。あんなプレーを見せるなんてお客をなめている。

それと、気になっているのが『週刊ベースボール』に掲載されているミズノの
軟式バット「BEYOND MAX」の広告のキャッチコピー。「つまらない野球をしよう。」
とか「カンでは定位置だったのに。」と言うキャッチコピーは、これも野球選手に
対する敬意が感じられない。打球の伸びが売りの金属バットと言うことは分かるけれど、
プロを目指そうと言う少年野球の選手に向けたキャッチコピーとして恥ずかしいとは
思わないのか。巨人の使う「飛ぶボール」の製造元もミズノだし、その設計開発思想の
卑しさには目を覆うものがある。

必要以上に打球の伸びるホームランなど、たとえ阪神の主催試合でも見たくない。
ホームランはそれに値する打球が生み出してこそ価値のあるもの。巨人戦の視聴率の
低下を嘆く前に、野球界は本当に視聴に値するプレーを観客に見せているのか
考える必要があるだろう。
| SHO | 雑談 | 23:27 | comments(0) | trackbacks(0) |