藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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レイキ伝授その後
先週の金曜日にレイキの伝授を受けた。伝授の前後で劇的な変化は今のところ
ないのだが、レイキの歴史に出てくる話や伝授の際に私のオーラを見て
言われたことが、後から改めて裏付けられて驚いている。

先週帰省した時に、シャーリー・マクレーンの『アウト・オン・ア・リム』と
『ダンシング・イン・ザ・ライト』、五来重の『山の宗教 修験道』などを
持ち帰った。私は不動明王のパワーを受け取っている、とティーチャーから
言われたのだが、山伏は大日如来と不動明王と一体なりと教えており、
山伏の格好は不動明王の尊容を象っている。私に非常に縁のある数字は3
なのだが、3という数字は修験道でも大事な数字である。吉野大峯修験の
ご本尊である金剛蔵王権現とは三仏が一体となって現れたものだ。

さて、悩んでいることがある。今年7月の蓮華奉献入峯に参加するか否か
ということである。

私の本質が行者であれば参加すべきであろう。山の行より里の行、と
言いながらも、山に入らなければ山伏ではなく、行者とも言えまい。
しかしながら、今は日本一周に備えて貯金している身である。往復の交通費を
入れて数万円かかる修行への参加は、日本一周にかなりの資金的打撃を
与えかねないのである。

しかし、決して修験道に明るいとは言えないティーチャーから、私が
不動明王からパワーを受け取っているとの話が出ると(つまり、それは私の
オーラのみを見て言っているのだ)、やはりその実在を信じないわけには
いかない。私が伝授を受けている最中に、私には分からなかったけれども
別のオーラがやって来た、という話もある。

修験道の目的である即身成仏の考え方も、レイキを通じてどうなる、という
ものの見方と合致していて興味深い。修験道では、行者の修行は大日如来
または不動明王そのものになるのが目的であり、その験力は仏の力を降臨
するのではなく、自らが仏として験力を行使するのである。レイキでは
自らが神であり生きとし生けるもの全てが神であることに気づくことに
結果としてなるらしい。それがレイキの目的ではないが、結果として気づか
ざるを得なくなるようだ。

私達が自ら験力を使えるのも、修行を積んだ行者が験力を使えるのも、
そして修験道の行者が祈祷師として昔から現実生活の民間信仰に深く関わって
きたのも、レイキを知るにつれてそれらは事実だと納得をせざるを得ない。
人々の現実生活に関わる祈りに応えられない宗教では宗教の意味がなく、
そして迷信と言われようとも修験道とその行者は庶民の祈りの要求に良く
応えてきたのである。
| SHO | 修験道 | 02:09 | comments(0) | - |

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