藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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『エロスの国・熊野』
体の具合は、日一日と良くなってきています。
現在、最も良くない両肩と頭部についても、膿の下から新しい皮膚が再生
しつつあるようです。場所によっては、もうかさぶたが剥がれ落ちかけて
います。生気を失って死に絶えた皮膚が生まれ変わっていくまでの過程は、
まさしくrebornという言葉の通りです。

今、草津で『エロスの国・熊野(町田宗鳳著・法蔵館)』と言う本を読んでいます。
著者は現在、東京外国語大学の教授ですが、この本はアメリカ在住の
1996年に書かれていて、アメリカ・プリンストン大学助教授と言うのが当時の
肩書きになっています。14歳で京都の臨済宗大徳寺に出家、34歳で寺を飛び
出してハーバード大学神学部へ留学、のちに博士号を取得してプリンストン大学
助教授に就任しています。

章立てを見るとこの本の狙いがつかみやすいと思いますのでご紹介します。
初めから順に「追放と復活」「民族の原郷」「神と自然」「死と自然」
「エロスの国・熊野」そして「熊野の現代的意味」です。

さて、この本は最初に「追放と復活」をうたっています。自己を取り巻く、
ことごとく全てのものから、そして自分自身のあるべき姿から追放されるこの
状況を、どう受け止めて、どう復活のための「折り返し点」を見つけ出すのか、
心の中の長い長い旅がこの本のテーマです。そして、日本国内で歴史的に
「折り返し点」としての役目を背負ってきた場所のひとつとして「熊野」を
紹介しています。

「折り返し点」を経て復活するまでの過程に必要なものとして、この本では
エロスと言う要素に焦点を当てています。そして、そのエロスとは生きる環境を
取り巻く自然に他ならない、と言っています。

また、最終章で「熊野の現代的意味」と言うことに一章を割いています。
そして最終的な意図として「熊野の話をきっかけにして宗教と自然の関係を
明確にし、われわれ一人一人が混迷の時代を生き抜いていくための方向を
模索することにある」と書かれています。つまり、紀伊半島にある熊野と
言う地理的な場所に本の主眼があるわけではない、と言うことです。

そして、「本当に個人が自己発見するためには、人口過密の都会では無理なのでは
なかろうか。熊野における山林修行もその典型の一つだが、昔の修行者は
深山幽谷に入り、霊的エネルギーとしてのエロスを受けることによって自分たちの
意識を深化していった。現代の宗教家だけが自然から遊離していて、なおかつ
精神を啓蒙できるとは考えにくい。」とこの章を締めています。

今は山深い温泉で湯治に入っていますが、身体の快復もさることながら、
最近特に感じるのは心の快復です。毎日身近に雪の山岳地帯を臨み、林の中を
歩き、温泉の流れる音に耳を浸していると、自然と自分自身が一体になるような
体験、と言うものが確かにあるのです。この本の内容と自分自身の現在の
体験を重ね合わせて、心身ともに本当に快復を遂げるためには、自然と一体だと
感じる体験が必要なのではないかと思えてなりません。あまり意識していませんが、
人間だって自然の一部なのですから。
| SHO | 修験道 | 16:32 | comments(0) | trackbacks(0) |

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