藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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旅情とプロセス
この仕事、深夜は何もなければ(予約のFAXが立て込んでこなければ)ヒマな時もある。そういう時は
仕事に差し支えない限りは何をしていてもいいので、私は会社備品の時刻表を読んでいることが多い。

昨晩、いつものように旅行の計画を立てていて「なんだか楽しいな〜」と思った。就職して、
いろんな意味で旅行に対する制約が外れたことも大きいのだが、旅行の計画を立てるのって
こんなに楽しかったっけ?と思い出した気分だ。

それで思い出したのだけれど、私の旅は基本的に「目的地」がない。鉄道を夜明けから日が
暮れるまで乗りまわっているからなのだけれど、どこか決まった目的地に行くことが楽しみ
なのではなく、目的地までの旅のプロセスを楽しむことに旅行の大きな目的がある。

昨日の記事で、仙台まで来週往復してくる話を書いた。どうしても復路のコースを変えたかった
理由として「新幹線や両毛線は、当たり前すぎてつまんないから」と言うことを書いた。

社会人になっての旅行は、学生時代と違って鉄道は移動のための手段ではない。目的地に至る
までの旅のプロセスに(これは計画段階も含めて)旅の大きな目的がある。草津から仙台まで、
往路は現地でくりこま田園鉄道に乗る時間を確保するために新幹線を大宮で乗り継いで行くの
だけれど、この場合の鉄道は「移動手段」であって「旅行」ではない。最短時間かつ合理的な
値段で移動するための手段であって、新幹線に乗ることが目的で新幹線に乗るわけではない。

大枚をはたいて仙台まで行くのに、復路も同じように単なる移動ではたまらないのだ。だから
帰りは郡山で一泊して磐越西線に乗り入れることにした。泊まったことのない街で泊まるのは
いいものだ。磐越西線と、会津若松から乗り継ぐ会津鉄道、野岩鉄道の景色の良さは知っている。

間藤からわたらせ渓谷鉄道に乗るために日光へ抜けるとしても、新幹線で仙台から宇都宮に
抜けるのでは、せっかく大枚をはたいて行くのに気分としてたまらない。何よりつまらない。
たどり着くのは同じ日光でも、新幹線を使って宇都宮回りで着いた日光と郡山から会津若松経由で
深い山中を潜り抜けてたどり着く日光とでは、全然違う日光のような気がする。

時には勇気を持って断ることも必要なのだ、と最近思う。後輩に電話をかけて「ゴメン、やっぱり
初日の夜で合宿から離脱するよ」と伝えるとき、正直のところ怖かった。なぜ怖かったのだろう?
「せっかく誘ったのに」と気分を害されることも怖かったし「西村さんは今、短歌よりも電車に
乗ることを優先している」と見られることが怖かったのだ。学生時代は短歌会のリーダーとして
他の人を引っ張っていかなければいけない立場にあったし、引っ張っていくべきだと自分で思って
いたところもあった。そうでなければならない、と自分を追い込んでいた面もないとは言えない。

短歌はたぶん一生続けるし今も好きだけれど、今の私はほとんど歌を詠んでいない。でも、別に
短歌が嫌いになったわけではなく、私のリュックにはいつも歌集が何冊か入っている。今読んで
いる歌集は、主に啄木、白秋、牧水と言った近代歌人に真中朋久や松村正直などの現代歌人のもの。
時刻表片手に旅行の計画を立てながら、時々そういった歌集のページを開いて旅の短歌を読むのは
実に気分のいいものである。特に啄木の『一握の砂』に出てくる、北海道時代に詠んだ鉄道旅行の
短歌はいい。まるで自分がその場にいるかのように、私を旅の気分にさせてくれる。私にとって、
そういう意味で宮脇俊三と石川啄木の間にはなんの境界壁もない。

今は詠んでいなくても、いつかまた詠み始める日が来るに決まっている。でも、義務のように自分の
他の楽しみに優先して短歌に取り組まなければならない、と言う短歌との付き合い方は(世の中には
そういう歌人も多いように見受けられるけれど)良くない。短歌は趣味じゃなくて私の人生なんです、
と言う人なら良いけれど、他人にそれを強制するべきじゃないし、強制される筋合いもない。

学生時代の私だったら、たぶん短歌会の合同合宿には極力全日程参加したはずである。それはそれで
楽しいし有意義なものになるに違いないけれど、私が今やりたい旅行はそうじゃない。自分の時間と
お金を自分のままにコントロールしたくて就職したわけだから、勇気を持って自分の今やりたい旅に
踏み出すべきなのだ。それが結局は幸せになるということだし、いつか良い短歌に結実するだろう。

私にとって、寝るのも忘れるほどワクワクして楽しいのは時刻表を読みふけっている時であり、旅行の
計画を立てているときなのだ。そんなことを思い出した。旅の計画を練っている時、私の頭の中では
時刻表を読みながら旅の情景がビジュアライズされている。どんな風景に出会うのか、そして早朝の
冷たい空気を吸いながら始発列車に乗るためにホテルから駅に歩みだすときのドキドキ感を
思い出している。列車の車窓風景も、どんな未乗線区があって、どんな車両があって、どんな渓谷の
風景で…と頭の中でビジュアライズされていく状態で旅行の計画を練るのは、最高に楽しい。
| SHO | 短歌 | 18:01 | comments(0) | - |

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