藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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清水の舞台から飛び降りる
「出雲」と「サンライズ出雲」の寝台券と指定席券はもう買ってしまったのだけれど、
いざ買ってこれから行くぞ、となるととても躊躇する自分がいる。なぜかと言うと、
ものすごく経済的な負担が大きいから。2泊3日のスキー遠征に予定していた予算の
倍近くかかってしまうのだ。当然、バイクを買うための予算にも大きく影響してしまう。
湯沢へ遠征するのと山陰へ旅行するのとでは距離が違いすぎるから、仕方ないんだけれど。
この機会を逃せば「出雲」に乗るチャンスは一生ないだろうしね。

それにしても、たかだか山陰へ旅行に行くのに、まるで清水の舞台から飛び降りるような
心境だ。誇張なしに目をつぶって飛び降りるような心境なのである。それだけ金銭的な
負担が大きいわけなんだけど、必要な周遊きっぷの値段を計算してため息ばかりついている。
現地でウロウロすることを考えると、たった2日の滞在でも周遊きっぷのゾーン券の元は
取れるので問題ない。たぶん、旅は楽しいものになるだろう。しかし、そのためにかかる
費用と、それが今後のお金のやりくりに及ぼす影響を考えるとためらわざるを得ないのだ。

今、自分の中ですごく大きなテーマになっているのは「これから、どうする?」ってこと。
自分の中にどんな野望があって、これからどのように生きて行きたいのか、自分に幸せに
なることを許可することが、きっと私は怖いのだ。身体的な制約はきっと何年もあるもの
ではないと思うので、草津を出てもいい、と言う日はきっと来るだろう。それからさぁどうする?
と考えると「分からない」。「これからどうしたいの?やりたいように生きていいんだよ」と
自分自身に問いかけても、自分で何をして生きて行きたいのかが本当に分からないのだ。

だから、今の私には明確なお金を使う基準と言うものがない。ダラダラとお金を使っていては
お金がいくらあっても足りないので、何かに集中投資したいのだけれど、自分の生きるルールと
言うかガイドラインになるものがないのだ。

無軌道に生きることはとても不安だ。不安なだけじゃなくて、実際に無駄も多い。人生に
無駄はない、と言う人もいるけれど、無駄なものはやっぱり無駄だと私は思う。間接的に
人生に役に立つことは多いけれど、無軌道に生きていたら、結局人生で何にもできない。
今聴いているのは鈴木祥子のアルバム『あたらしい愛の詩』。1999年のアルバムで、以前は
あんまり聴かなかったアルバムだけれど、なぜか今は心に沁みこんでくる。彼女の歌に
出てくる人は、先日発売された最新アルバム『鈴木祥子』に至るまで、みんなどこか不安定で、
安定したいんだけど安定したくない人たち。彼女自身がきっとそうなのだろうし、私もきっと
そうなのだろう。旅人と言うのとも何か違う。漂流者や放浪者と言った方がきっと正しい。

私は、自分がどこかにたどり着きたいのか、どこにもたどり着きたくないのかすら分からない。
いや、分からないってのは嘘で、現実の私を見る限り、無意識のうちに私は分かっている。
私の旅はどこにもたどり着きたくない旅なのだ。どこにもたどり着かないことを私は無意識の
うちに明確に決めているのだ。どこかにたどり着くことを、私は拒否し続けている。だって、
どこかにたどり着いた今ですら、ここからさらに引っ越してゆくことを夢見ているのだから。

そう言えば、鈴木祥子のアルバム『Long Long Way Home』の一曲に『どこにもかえらない』
って曲があった。英題はたしか『I'll be back nowhere』だ。この曲が発表されてから15年。
鈴木祥子もまた、どこかに帰りついたようには見えない。彼女がどこかを通過していることは
感じるけれど、どこかに「たどり着いた」わけではないんじゃないだろうか。

どこにたどり着くことも拒否したまま、私はこれからどこへ行くのだろう。私の職場の先輩にも、
「オレの夢はフーテンの寅さんになることなんや。だからオレはあちこちの旅館を渡り歩いて
いるんや。それはオレにとって旅みたいなものなんや」と言っている人がいる。私は彼が
その事を私に言ってくれたことが嬉しかった。おそらく多くの人には言わない、それが彼が
人生で感じた何かなのだろう。

どんな経緯があって彼がそんな人生を選んだのか私は知らない。旅館と言う職場には、
人に言えない辛さや心の傷を抱えた人がたくさんいる、と言うことも感じる。草津は
ある意味で人生の吹き溜まりだ。「どうしてこの人がこの仕事に?」と思うような人が
いるし、私もそう思われているかもしれない。私はそのいちいちを訊ねないし、知りたくも
ないし、知る必要もない。
| SHO | 雑談 | 08:25 | comments(0) | - |

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