藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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松原惇子『クロワッサン症候群』再び
以前、紹介したことがあるのだけれど、松原惇子の『クロワッサン症候群』を読み直している。

「クロワッサン症候群」は「女の自立、自立とはやしたてた女性誌の影響をモロに受けて、未だに
独身を続けている人」だと作者は定義している。そして、結婚はしたもののキャリアに憧れ主婦に
なりきれない女性や、離婚にあこがれてカルチャースクールで鬱憤晴らしをする女性もまた広義の
クロワッサン症候群だと言う。

この本の章立てを紹介しよう。
・クロワッサン症候群とは
・女性誌の影響力
 「女の時代到来」「クロワッサン御用達文化人」「拝啓 桐島洋子様」「向田邦子はOLの星だった」
・クロワッサン症候群の女たちは今
 「三十歳の留学」「企業でがんばる」「とらばーゆ人生」「マンパワーの女」「とにもかくにもウェディングベル」
・豊かな時代
 「自由が生んだ陥し穴」
・クロワッサンは変わった

今回、私が主に読んだのは本書の後半の女性たちである。キーオペレーターとしてパソコンを叩く
派遣会社で働く技術職の女性や、東奔西走して36歳で結婚に漕ぎ着けた女性の話だ。前半に出てくる
女性たち、30歳になって目的もなく留学する女性や留学から帰ってきた女性たちのページは、読んでも
あまり力が入らない。と言うよりも、あまり読みたくないな、って感じがした。自分が幸せになろうと
している最中に、自分から幸せになろうとはしていない人の情報を目に入れたくない、と言った方が
正しい。情報を目に入れてしまうとどうしても影響されてしまう自分がいるから。
とりわけ私が共感して読んだのは36歳で結婚に漕ぎ着けた女性の話。彼女の「結婚」を「就職」と
変えれば、まさしく私がたどった道のりな気がして、久しぶりに読んだら目頭が熱くなってしまった。
私自身も、男性版の「クロワッサン症候群」にかかっていたからだ。

私が20代を迎えたのは10年前の1995年。ちょうどバブルが弾けた後で、私のいた海運業界も株価が
大幅に落ち込んでいた頃である。私がすごく影響を受けたのは小林紀晴の『ASIAN JAPANESE』。
会社を辞めたカメラマンが、アジア各国を漂流旅行しながら各地で会った日本人旅行者を撮影した
写真集兼旅行記である。「何のために会社に勤めるのか分からないから、仕事を辞めて旅に出る」
と言うのは私がその後会社を辞めて旅に出た経緯と同じで、私はさらにその後「社会人を経て大学に
入りなおす」と言うところまで世の中の空気に乗せられてしまった。

世の中の空気に乗せられてしまったのは、私に自分と言うものが出来上がっていなかったし、自分の
生き方に確固たる自信がなかったからでもある。そして「何かに幸せにして欲しい」と言う依存心が
あったことも告白しなければならない。会社が幸せにしてくれる、大学が幸せにしてくれる、誰か素敵な
女性が私を幸せにしてくれる、そういう願望が自分にあったのだ、ってことも認めよう。「自分以外の
何か別のものが自分を幸せにしてくれる」と言う依存心が、結局は自分から幸せを遠ざけていたのである。

私はせっかくいい就職先に就職してもちっとも幸せではなかったし、いい大学に入っても不幸のどん底に
落ちていた。社会的なステータスのある仕事、社会的なステータスのある大学、傍から見ればどう見ても
成功した社会人大学生だったはずの私がちっとも幸せを感じられなかったのは、私は「社会的に成功して
いない人は人間としても価値がない」と言う価値観で生きていたからだ。社会人になっても大きな壁に
ぶつかったし、大学に入っても高専時代に軽々と解けた問題に手も足も全く出なかった時、私は自分が
生きる価値のある人間だとは思えなかった。ずっと私は自分の無価値感に苛まされていたのである。

もちろん、そうなったのには理由がある。私は「社会的に失敗した人間には生きる価値がない」と言う
価値観の親に育てられ、小学校の時から受験戦争に放り込まれて育った。小学校の頃からいじめられて
育ったし、かと言って「こいつらを叩きのめしてやる」と言う気にもなれなかった。生きるのが楽に
なったのは「合法的家出」の手段として船乗りの道を選び、中学校卒業と同時に親元を離れて山口の
高専に進学してからだ。高専時代もいじめられたけど、それ以上に教官方に恵まれて育った私は
のびのびと専門のやりたい勉強をしていた。でも、一生船乗りでいる気にはやっぱりなれなかった。
卒業当時には「30歳になったら船乗りを辞めて大学に入りなおす」と言っていた記憶がある。

船乗りになったのは、外国にいろいろ行きたい、と言うこともさることながら、まとめて休暇が取れる
ために大規模な旅行に行けることと、給料が良かったので旅行するのに十分なお金が貯められる、と言う
理由からだった。しかし、実際には休暇を70日も買い上げるほどの忙しさで航海中に起きた心臓疾患の
精密検査も受けさせてもらえなかったし、精神的にもこれはヤバイと思って精神科にも行ったけれど、
自分でSOSを出してくるような軽症の人に精神科はまともな対応をしてくれなかった。

逃げ込むように会社を辞めて、かねてからの夢だった自転車日本一周に挑戦し、途中で挫折して戻ってきて
大学に入り直したのだけれど、私の得意教科は小論文であって、数学と物理は大の苦手だったのだ!それで
一流と言われる大学の工学部に入ったものだから勉強についていけなくて、あえなく挫折。おまけに持病の
アトピー性皮膚炎が重症化して草津に来て、今に至っている。

今思うと、船乗りをやっていた頃に、あるいは大学在学中に悩んでいたことは何なのだろう、と考える。
私は「カッコいいキャリアアップ生活」ってヤツに踊らされていただけじゃないだろうか、と思うのだ。
収入が多くなければ就職しないで進学した方がマシ、だろうか?就職しなければ収入はゼロなのである。
「いい男と付き合うのでなければ、ひとりでいる方がマシ」と言っている女性と本質的には変わらない。
そんな事を言っているうちに年齢はどんどん積み重なってしまう。

30代になれば、ハローワークでは「就職するなら今が最後のチャンスですよ」と言われてしまう。
そう言われる前に学業に見切りをつけて就職しないと、本当に就職できなくなる。結婚できない30代の
女性の重度シンデレラコンプレックスのように、「今までの負けを取り返すようないい就職先を」と
思っている間に自分の経済的価値はどんどん下がってしまうのだ。

とにもかくにも結婚に漕ぎ着けた女性の話の中で、こんなくだりが出てくる。少し長いが引用する。

自分がこの程度だと認めることは非常に屈辱的なことである。
誰だって希望をもっていたい。しかし、三十六歳という年は、
ただむやみに夢を追っている年齢ではないことは確かだ。
自分の本心とは別に、世の中の風潮におどらされてきてしまった。
そう気がついたら幸子さんのように素直に認め、本来の自分に
帰った方がいいと私は心から思った。

幸子さんは自分がのせられていることに気づいた。そして
あわてて五〇パーセントオフにふみきったのである。誰だって
正札で売りたい。待ってて売れるものならば。しかし、現実は
更におそろしいことに五〇パーセントオフしたから必ずしも
売れるというものではないということだ。見切りが大事だ。
そんなことわかっていても人間は商品じゃないからむずかしい。


私が再就職を考えた心境と寸分変わりない文章である。私の親は「せっかくいい会社に入ったのに…、
せっかくいい大学に入ったのに…」と未練が残っているようだったが、現実的な判断として今の私が
それを押し通したら私は就職できなくなる、と私は感じたのだ。どこでもいいから就職したい、とは
言わないけれど、現実的に考えられる就職先の中で、一番いいご縁のところにまず就職して、まずは
そこで一生懸命働いて幸せになろう。「幸せな人生を送りたい。私は幸せになりたい」と考えたときに、
それが幸せになる一番現実的な方法だと私は気づいた。

ボイラー技士の募集に落ちたときに、思い切って「技術系」と言う看板も私は捨てた。それを言って
いたら年内に就職できないと考えたのだ。「何が何でも年内に就職する」と私は決めていたし、その
覚悟で就職口を探すには四の五の贅沢を言ってはいられなかった。結果的に、長年自分を苦しめて
きた余計なプライドを捨てることができて良かったと思う。

『クロワッサン症候群』に出てくる女性を見ていると、「どうしても結婚したいのなら、何が何でも
一年以内に私は結婚するんだ。と決めたら?」と思う。結婚したい、と言いながら結婚することから
逃げているように私には見える。結婚することで生じるどのようなことから自分は逃げようとして
いるのか考えることに意味はない。意味があるのは、結婚したいのなら現実に行動を起こすことだ。

行動を起こせばエラーが当然出てくる。思うような結果にならなかったとしたら、なぜそうなるのか、
次はどう行動していったらいいのか修正していけばいい。思うような結果にならなかった自分を責める
のではなく、「今、現実に行動している自分は偉いよね」と自分をヨシヨシ褒めてあげることも大事だ。
その繰り返しの中で、私は余計なプライドを捨てることに成功したのだ。

声を大にして言いたいことだけど、21歳で就職したとき、私は今の会社よりもはるかに給料が高くて
社会的ステータスの高い仕事に就いたけれど、とても幸せだとは言えなかった。就職を喜ぶよりも
30歳で仕事を辞めることばかり考えていた。自分の足元よりも遠くの雲の上を見ていたし、本当の
意味で幸せな就職だとは到底言えなかった。

今、私は30歳で再び就職しようとしている。私が20代の頃なら絶対に選ばないような小さな会社で
ずっと安い給料だけれど、私は今の会社に納得している。就職できて良かった、と心の底から思って
いるし、この会社でまずは一生懸命働いて幸せになろう、その後のことはその時また考えよう、と
思っている。
| SHO | 再就職 | 22:05 | comments(3) | - |

コメント
なんだか今日はにしむらさんの文章を読んで元気が出てきました。「幸せになろう」っていい言葉ですね。
| ライラ | 2005/12/19 1:09 AM |

本当に、幸せになりたいですよね。
でも、自分がけっこう幸せ体質では「ない」ことを先日発見して、
なるほどな〜と思いました。幸せ体質かどうかは、結構重要かも
しれません。
| にしむら | 2005/12/22 1:41 PM |

お久しぶりです。
がんばってくださいね。
| 内藤美知子 | 2007/06/13 5:50 PM |

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