藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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日々の三箇条
今日は迷い、逡巡した一日だった。

今の私の生活に、三箇条を掲げるとしたら、こんなことかなぁ。
1、自分の人生を信頼しなさい。
2、日々、自分のベストを尽くしなさい。
3、生じる結果に、過度に執着しなさんな。

今朝の記事でも引用したけれど、山村雅康さんの「自然暮らし」の文章の中で、パリ・ダカール・ラリーの
ことについて書いた文章の中で、その作業の中で学んだ技術論としてこんなことを書いている。

詰められるところは徹底的に詰め、決して妥協をしないということ。 
「これでいい」ではなく「これがいい」というところまで完成度を
追求する。そして、その部分が納得の行く結果になったとしたら、
今度はいつまでも引きずらずに、スパッと頭の中から切り離すという
ことだ。


私は、今の職探しにそこまでの情熱を持って取り組んでいるだろうか。おそらく、今の全力は尽くして
いると言えるだろうなぁ。まだまだ完成度の足りないところはたくさん目につくけれど、人は自分の
キャパシティを超えることはできないのだ。将来的に伸びるかどうかはともかく、現状の私の力では
ここまでだと言うことは見えてきたのだから、それでいいではないか。自分を知るとはそういうことだ。
生きていればベストを尽くせなかった日だってある。今日だって、ベストを尽くしただろうかと考えると
反省すること、権現様の前で懺悔することがたくさんある。でも、日々そういう自分を許しなさい。
過去の過ちを勇気を持って許し、許したら頭の中から切り離しなさい。そして、生きている今と言う
瞬間にまたベストを尽くせばそれでいいのだ。人は自分のキャパシティ以上のことはできないのだから。

先の文章の続きは、こんな言葉である。

つまり、作業的にも、部品的にも膨大な量な訳だから、問題が解決した
なら頭の中で消去していく、ということ。そうしないと、次の問題に
フルチャージの状態で対峙できないのだ。言い方を変えるなら、その
アイテムを忘れてしまえるほどの完成度を目指す、ということだ。


ベストを尽くせなかった自分を許すのは、自分の過去の過ちを許さないと、今という瞬間にベストを
尽くすことができないからだ。過去の失敗に執着してしまうと、いつまでも意識の中では過去を生きて
しまって、今この瞬間を生きるということができないのだ。だから自分の過去を許し、許したら今度は
頭の中から切り離す必要があるのだ。

そういえば、大学の私の指導教官が飲み会の席で同じことを言っていた。「私は今と言う瞬間を生きて
いるんだ」と。当時はその言葉の意味が分からなかったけれど、今になって少しずつ分かりかけてきた。

先の文章の最後は、こんな言葉である。

勿論、競技なのだから順位は狙う。けれど、過度にそのことに捕らわれる
必要がない程に、得られることは多岐にあるのだから。


今の就職活動にも、同じことが言えないだろうか。就職活動を通して、私は日々「自分が生きている」
と言う実感を感じている。結果がうまく行く日も、うまくいかなくて落胆する日も、得られることが
たくさんある、と言うことは言える。だから、今の私の魂の方向は間違っていない、と思うのだ。
| SHO | 再就職 | 23:16 | comments(0) | trackbacks(0) |

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