藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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柿の木と就職活動
突然、来月の仕事がなくなってしまった。
平たく言うと、先日うっかりやってしまったミスのせいなのだけれど、もう二度としてはいけないミス。
反省しなければ。反省はしなきゃいけないけれど、落ち込んでいる時間は私にはない。

二級ボイラー技士の国家試験には、受かったみたいだ。まだ実家には結果通知が来ていないので100%
信用するのは怖いのだけれど、信用しないで動かない時間もこれまた私にはないので、今日の午後から
さっそく中之条のハローワークに行ってきた。今はインターネットで合否が分かるので便利だ。

次に何の資格を取ろう、という話をしに行ったのだが、前回もお世話になった係官といろいろ相談した
結論は「とりあえず、就職しましょう。就職する中で考えていきましょう」ってことだった。それで、
草津のとあるリゾートホテルから求人が出ているので、履歴書と職務経歴書を書いて近日中に持って
行くことにした。もちろんハローワークから連絡してもらって、紹介状も出してもらった。
本当はもう一件、さる温泉旅館からもボイラー技士の求人が出ていたのだけれど、ハローワークから
大家さんに電話して、相談した末にやめた。第一希望のリゾートホテルに落ちたらまた考えるけれど、
とりあえずは第一希望のホテルに就職できるよう、全力を尽くすことだ。

私は今まで同時に二社の面接を受けたことって一度もなくて、これと思うところが見つかったら専願で
一本勝負するタイプ。その方が自分の生きるルールに沿っていると自分で思う。自分らしいって言うのかな。
別の局面では自分のその生きるルールを破ったことがあるけれど、長い目で見てルールを破ったことが
良かったことは一度もない。

今、これからやろうとしている仕事は、私が草津にいる間のセーフティネットであると同時に、将来的に
草津から脱出するための突破口でもある。草津に一年住んで、いろいろ裏側の事情もスピリチュアルな
意味での草津という土地の意味も見えてきた。それはもう一年住むことでさらに深度化されると思うのだ
けれど、草津というのは黙って流れに乗っているだけでは井戸に引き込まれて出られなくなる、強い引力の
ようなものを持っている土地でもある。ただ人生の流れに乗っているだけでは、草津の町から出られなく
なる可能性を持っているのだ。

草津というのは基本的に荒野の一軒宿が大きくなった町なので、もともと人間が大量に住むことを許された
土地ではないのだ。だから、あまりたくさんの人が草津に長い間住んではいけない。草津という町を
考える上で、この認識はとても大事だと思う。何も草津に限った話だけではなくて、日本中が構造的に
抱えている問題だと思うのだ。その土地に、物理的に何人の居住が自然界から認められているのか、
という認識は。それを超えて人間が居住することは、必ず自然の破壊を生み、自然をも含めた広い
意味での社会全体の秩序の崩壊を招くからだ。

中之条に向かう電車の中で、私にとって今、最も重要なメンターは誰か、ということを考えていた。私の
人生の中で、とても重要な役割を果たしてきたメンターは何人かいて、そして現時点での最も重要な
メンターは誰か、ということも私は認識している。もう何度も私のブログで名前が出ているけれど、
現時点で、私にとって最も重要なメンターは国際ラリーライダーの山村雅康さんだ。

幸せなメンターと出会うには?その2

という、あるブログの記事の中で、こんなことが書いてあった。少し長くなるけれど、引用する。

幸せなメンターと普通の人が出会うのは、なかなか高度で
容易ではないということをお伝えしました。

なぜ、幸せなメンターと出会うのは容易ではないのでしょう?

それにはいくつかの理由がありますが、一つ目の理由は、
幸せじゃないメンターは、目立つようにしているけれど、
幸せなメンターは意図的に目立たないようにしている、
というのがあります。
(中略)
2つ目の理由は、一つ目の理由と深い関わりを持っています。
幸せなメンターたちは、自分と対等に付き合ってくれる人と
付き合いたいと感じているし、それが彼らの生き方のルールでもあるということです。

幸せなメンターたちは、自分のビジョン、自分の人生の目的を大事にして
ビジョンに沿って生きています。

彼らは、そのビジョンに賛同する人、同調する人と
対等に付き合いたいと感じています。

自分と同じようなビジョンを持っていて、
そのビジョンの実現をしようと、自分の生き方に誠実な人に
力を貸したい、知恵を貸したいと感じるようです。


この基準に照らして、彼は私にとって間違いなく「幸せなメンター」である。私は彼と対等の関係だし
(歳は大きく離れているけれど、決して師匠と弟子の関係ではないってこと)、お互いに持っている
人生のビジョンに賛同し、同調しているからこそ彼は私のメンターなのだ。同じ記事には、こんな
ことも書いてある。

どうすれば、幸せなメンターと出会うことができるか?

それは、幸せなメンターに出会うチャンネルに、
チャンネルを合わせるということなんです。

幸せなメンターに出会うチャンネルに、
チャンネルを合わすとはどういうことかと言うと、
自分が幸せな人生を送ることを決める、
自分が生きたい人生はどんな人生なのかということにフォーカスする、
そして誠実に、人を対等に扱う。


山村さんの生きたい人生と私の生きたい人生は、表面的に見れば違うし、でも、スピリチュアルな部分では
お互いにお互いの生き方に敬意を払っている。お会いしていて感じることは、お互いの価値観の違いを
認めながらも、お互いがお互いの方向に向かって生きていることを確認し合うことが、とても楽しいと
いうことだ。

私は彼がパリ・ダカール・ラリーの日本人最多二輪出場者であることを知っているけれど、彼にその話を
訊ねたことはないし、訊ねる必要もない。もっと言えば、お互いに会っている短い時間で、そんな無駄な
話に費やす時間はない。話の核になるのはいつも、お互いにどのような生き方をこれからしようと思って
いて、それはいつ、どこで何を感じたことからつながっていて、そのミッション(と言っていいだろう)の
ために今はどのように生きようとしているのか、ということだ。本当にお互いに暇で一日話す機会が
あればパリ・ダカの話も聞いてみたいけれど、そんな暇は当分ないだろう。

考えてみると、今、私が「山村雅康さんと話す話題」として挙げたことは、私がハローワークでいつも
キャリアカウンセラーと話す話題であり、うちの大家さんと話す話題でもあり、昨日の朝、長野で友人と
話していた話題でもあり、つまり今の私にとって最も重要な話題だと言うことだ。他の無駄な話題を話して
いる時間は、今の私にはないのである。つまらないゴシップ話などを聞いていると、イライラしてくるのだ。

次は、まず第一希望のリゾートホテルに就職できるよう頑張ることだ。仮にダメでも、それが自分の
人生全体を否定されることでは決してない。でも、私の人生の価値観に沿う場所であれば、そこに入れる
ことが一番いいに決まっている。だから、私は頑張るのだ。

同じようなことを異性関係についても思う。たとえばある人を好きになったとして、その人との
お付き合いを断られたり、あるいは別れてしまったり、ということは決して私の人生全体を否定される
ことではない。また同じような波長の人を見つけて、その人とお付き合いすればいいだけの話だ。

でも、今目の前にそういう人がいるとしたら、やはり全力を尽くして取りに行くべきだろうな、と思うのだ。
自分の生き方の価値観に合う人が目の前にいるのなら、その人と過ごす時間が心底幸せなのであれば、
結果を心配せずに、全力を尽くして取りに行くべきだと思う。それが、生きるということだからだ。
たとえ一度誰かとうまく行かなくても、それで落ち込んでいる時間など私にはないのだ。そして、
その心意気を分かってくれる相手であれば、その人と人生の多くの時間を共有したいと思うのだ。

今日、中之条へ向かう電車の中で、川原湯温泉駅を出たところで見事な柿の木を見た。見事に実った
柿の木も、手入れする人がいないので柿の実を収穫する人が誰もいない。おそらく柿の実は地面に
落ちて、でも数年後には八ツ場ダムの底に沈むことが決まっているので、落ちた柿の実がこの木と
同じような見事な枝をつけることはもはやないだろう。でも、柿の木は今年も見事な実を実らせる。
おそらく来年も再来年も、ダムの底に沈むその時まで、あの柿の木はその生きる全力を振り絞って
見事な柿の実を実らせるのだ。

町田宗鳳は、その著書『エロスの国・熊野』の中で「追放と復活」というテーマを扱っている。そして、
その例として『古事記』でのスサノオノミコトと説教節『小栗判官』を引いている。どちらも、有り余る
才能を持ちながら徹底的に社会から追放された者が、熊野から復活を遂げる話である。そして、
追放から復活への「折り返し地点」として熊野を捉えている。スサノオノミコトにとっての「根の国」、
そして小栗判官にとっての熊野・湯の峰温泉は、私にとっての草津温泉であろう。社会から追放されて
追放されて最後に行き着いた先が、私にとっては草津温泉だったのである。

そして、「折り返し地点」で成就したことについて、スサノオノミコトの例で町田はこう書いている。

スサノオが「根の国」に入ることによって成就したのは、自己内部での変革のはずである。
それがどのような変革かといえば、意識と無意識、理性と本能、個人と集団の狭間で分裂、
苦悩していた自己を再統合させることに成功したわけである。スサノオは自分の本当に求めて
いたものの正体をつきとめ、それを他者ではなく自己の深奥に見つけたといってもよい。


先日受けた矢尾こと葉さんのリーディングの中で、「草津で療養生活を送っていたことは、
今後の人生においてとても重要な経験になる」というメッセージがあった。現時点での私の
解釈で言うと、「草津で療養生活を送った1年余りの時間がなければ、私は引き裂かれていた
自分自身の魂を再統合するのに成功したかどうか、甚だ疑わしい」ってことだ。

究極のところ、私が復活するのに必要なことは自分自身を本当の意味で許し、そして自分の親を
許すことだった。それなくして、私の復活はあり得なかったのである。

まだ社会的には私は復活が完了したわけではないけれど、心の奥深くで「たとえ今回の就職活動が
うまく行かなくても、それは私の魂や人生が否定されたことではない」あるいは「たとえ誰かに
お付き合いを断られたり、誰かに振られたりしても、それは私の人生や魂を否定されることじゃない。
仮にその人が本当に否定したのだとしても、だからと言って自分自身の魂や人生を否定する必要はない」
と自分に向かって言える自分になったのは、自分自身の人生も、そして親の人生も許すことに決めた
からだ。許すとは、事実をそのまま解釈なしに受け入れることなのだ。

ちなみに先日、天河神社でおみくじを引いたら、前回に続いて「凶」であった。そして私の引いた
おみくじには「スサノオノミコトを信仰しなさい」と書いてあった。その通りだと思う。まさに、
スサノオノミコトこそは私が陥ったのと同じ境遇から復活した神なのである。
| SHO | 再就職 | 21:42 | comments(0) | trackbacks(0) |

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