藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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記憶の封印
この記事によると(最近、同じ人の書いた記事ばっかり読んでる気がする…)

「同じ心の傷を持つ者同士は、会った瞬間、惹かれ合う。」

のだそうだ。正確には「『心の傷・病気の種類と深刻さ』がよく似ている」らしい。人は同じ波長の
オーラを発している人と仲良くなるらしく、似たような心の傷を抱えている人は、同じように傷ついた
人を見ると「この人だ!」と瞬間に分かってしまう(=惹かれる)のだそうだ。

「記憶を封印するほど辛い過去を持っている人」(←私)は、どういうわけか重大な心の傷を負った人と
毎回お付き合いしてしまう。その人が凍結した記憶を持つ人であることを知るとドキッとして惹かれる。
似たような経験を持っている人だというのは勘で分かるけれど、その記憶について私からお付き合いした
人に訊ねたことは一度もない。私がその人に訊ねられたこともない。本人自身が解凍するまで、訊ねては
絶対いけない類の質問なのだ。

私も過去の話をブログに書いたり友達に話したりはするけれど、大半は同じ記憶の話しかしない。それ
以外の、残るほとんど全ての記憶は私の中で多大の労力を使って凍結されている。思い出すこともないし
思い出したくもない。だから、私の前で話すときは私の過去のエピソードを話題に出さないで欲しい。
私の過去のエピソードを掘り起こされて、私が本心から楽しく話題に参加することはまずない。すごい
恥をかかされている気がして、猛烈に腹が立つか泣きたいほど悲しくなる。
私も本心では記憶を解凍したいと思っている。でも、記憶を解凍するのはひとりでは無理だ。解凍した
ところで自分の記憶が内包する、つらさのエネルギーに圧倒されて精神的に壊滅的な打撃を受けるから。
泣きたいほどのつらさなのである。だから「安全な関係」と私が認めない限り、その人の前で記憶を
解凍することは絶対にない。

じゃあ、今の私が記憶を解凍するとしたらどうするか?もちろんひとりでは無理なので信頼できる人に
お願いして甘えることになるのだけれど、「私はあなたに甘えたい」ってことを相手にはっきり言うと
思う。私は基本的に甘えるのが好きだし、記憶の封印を解く場合というのは、どうしても誰かに甘えて
支えてもらうことが必要だから。自力では解凍できないほどつらい記憶だからこそ、今まで封印して
生きてきたのである。でも、封印したままで生きていることはつらく悲しいことなのだ。

もちろん、解凍し終わったら最後には「甘えさせてくれて、ありがとう」って相手に言うと思う。人に
甘えるのは本当に気持ちよくてホッとするし、甘えてもらうのも同じくらいホッとする。時には、人に
甘えたり甘えてもらったりすることが私には必要なのだと思う。甘える一方でも甘えられる一方でも
ダメで、ギブ&テイクがいい。私が甘えたいと思う人、あるいは私に対して甘えて欲しいと思う人で
なければ、わざわざお付き合いする意味はないとさえ思う。だって、基本的に私は自分の機嫌くらい
自分で取れるのだから。自力ではカバーできないことを、協同してカバーし合うためにお付き合い
するんじゃないだろうか。
| SHO | 晩婚 | 21:39 | comments(0) | trackbacks(0) |

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