藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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自分を許せなかった自分
あんまり「晩婚」のテーマとは関係なくなっているけれど、先の記事で書いた「自分を許せなかった自分」の
ことについて書きたいので、書くことにする。

私は、どのようなことをした自分自身を許せなかったのか…。

「なりたくてなりたくて、ようやく実現した仕事を、たった1年半で辞めた」

ことだった。
プロフィールで公開しているように、私はもともと外国航路の航海士の仕事をしていた。外航の船乗りと
言えば、私と同学年の高専の同級生の中で、日本中で私しか就職できなかった超難関。でも、長年の夢が
叶った私は、その夢を1年半で放り出してしまった。

当時の私の給料はものすごく高くて、でも私は就職したものの失敗続きの劣等生だったので、ものすごく
高い給料がとてもプレッシャーになっていたのだ。実力をはるかに超える給料をもらっていたことが
とにかく嫌だったし、給料に見合う自分になる自信がなかったのだ。私は会社にそのことをこそアピール
するべきだったのだ。かなり無茶な要求はしてきたけれど、基本的に温かい会社だったのだから。

今なら、当時の自分とは違うアクションを取るだろう。おそらく「私の給料を下げて下さい。その代わり、
5年は陸上勤務に回さないで船に乗せて下さい。私はプロの”船乗り”になりたいのです」と会社に言う。
その上でどうしても認められないのなら、給料は低くても要求を認めてくれる同業他社に転職しただろう。

当時の会社の方針と言うのは、陸上勤務と海上勤務を半々にして、要するに「船乗りのことも分かる
陸上社員」を育成するために日本人を採用していたのだ。でも、私は陸上社員になりたかった訳では
なかったし、「金はいくらでも払うから、即戦力でバリバリ昇進してくれ」という方針に疑問を持って
いたのだ。なぜなら、船乗りは一人前の船長になるのに20年はかかるという難しい仕事なのだ。昨今の
日本船舶の信じられない事故の、その大きな原因は「腰掛けで船に乗せる」からだと私は思っている。
次に、まだ私は大学を辞めていないけれど、大学の話である。
会社を辞めた私は、今度は超一流と言われる国立大学の花形の学部に進学した。でも、物理と数学が
あまりに出来ずに2回も留年して、とりあえず卒業の見込みもないので休学して今に至っている。状況と
しては仕事をしていた時の状況とよく似ており、このまま大学を辞めた場合、今までと同じ思考パターン
では「せっかく希望した大学の希望の研究室に配属されたのに、何も研究できないで大学を辞めた」ことが
トラウマになる可能性を持っている。

さすがに一流大学と言われるだけあって、うちの大学は生半可な勉強量では卒業できない。ナミダナミダの
4年間を過ごして休学した今、うちの大学に限らず「大学を卒業できた」人には掛け値なしに尊敬の思いを
持っている。どんなに七転八倒しても私にはできなかった大学卒業を、ほとんどの学生は苦もなくして
しまうのだ。「ほとんどの人が苦もなくできることが、自分は涙の出るような辛い思いをしてもできない、
という事が世の中には存在する」のを痛感したのは、幸せなことだったと今は思う。

それにしても、ほとんどの同級生は普通に卒業して今や修士課程を終えようとしているのに、私は2回も
留年した挙げ句に、なぜ卒業できそうもない状況なのだろう。たぶん、私自身の能力がないのではなく、
今までの私のやり方が間違っていたのだ。じゃあ、私はこれからどうすればいいのだろう?どんな
アクションを取ればいいのだろう。

もう30歳になってしまったし、今の私は社会人に戻りたい。その一方で、せっかく大学に入ったのに
途中で投げ出してしまうのは辛く、悲しい。だいたい4年の時間と多大な学費がもったいないじゃないか。

勉強がうまくいかず、大学に行けなくなって毎日部屋で泣いていても4年間休学しなかったのは「長年熱望
していた仕事を、私は1年半で放り出してしまった。同じように、望んで望んでようやく入った大学の勉強を
ここで放り出したら、自分は生きる価値さえない」と思っていたからだ。そして、毎日それほど辛い思いを
していることを親しい人に相談することはできなかった。プライドがそれを許さなかったのだ。今は無駄な
プライドだったと思うけど、とにかく当時はそうだった。私にはとても長く辛い4年間だったのだ。

でも、私は大学の勉強がとことん出来なかったので、実際に学校にヘルプを出しまくって個人TAを何度も
つけてもらったりしている。つまり、私が大学時代に「何のアクションもしていない」と言う批判は全く
当たらない(でも、そういう批判をされたことは友人からも家族からもある)。学校が何もしなかった、
という批判もおそらく当たっていないだろう。双方がお互いの領分の中でベストの努力はしたけれど、
どこかお互いのやり方が間違っていたのだ。努力はしたけど、全く効果が上がらなかったのだから
そのやり方は間違いだったのだ。結果を受け入れるべきだろう。

こうして過去の自分を振り返ってみると、ある意味で、私のケースは大学を辞めても仕方ないな、と思う。
私が船乗りの仕事を投げ出した状況とは全く違うのだ。船乗りに関しても当時の自分を思うと仕方ないと
思うけれど、今思う最大の反省点は「対処の仕方、会社へのアピールの仕方が間違っていた」ことだ。
大学の場合も対処の仕方は間違っていたけれど、相手に十分なアピールはできたと思うし、私が危機的
状態にあることは大学側も理解してくれたと思う。

大学にいた頃の私に対して今の私がアドバイスするとしたら「卒業の見込みがないから、さっさと
方向転換した方がいい」と言うだろう。さっさと方向転換せずに4年間を空費したことは、私の身体も
ボロボロにしたし、精神状態も完全に崩壊させてしまった。今思うと、私が「うちの大学をなんとか
卒業しよう、その前に進級しよう」とやっていたことは無駄な努力である。エネルギーを使う方向が
根本的に間違っていたと思うのだ。

「私、大学の勉強が全然できないんですけど、どうやったら進級できますか」と相談するんじゃなくて
「私、うちの大学を卒業できそうもないんですけど、どうしたらいいですか」と指導教官にさっさと
相談すれば良かったのだ。大学の勉強が難しすぎて、とても4年で卒業できそうな内容じゃないのは、
結果から言えば、遅くとも2年生の頃には分かっていたのだから。無駄なプライドで毎日泣いている間に
進路変更の時期を逸したと思う。

無駄なプライドは捨てることだな〜と自分で思う。大学で苦労した辛い経験は、決して無駄ではない
だろう。どんな仕事に就こうとも、どんな専門を選ぼうとも。それに、たしかに数学と物理が極端に
できなかったと言っても、それは私のダメダメな80%の一部に過ぎない。数学と物理ができないから
私の人生や人格が全否定されるわけではないのだ。大学を中退したとなったら、そりゃあ世間的には
人生や人格が全否定される可能性はかなり高くなると思う。それで困ることは実際にあるだろうけれど、
大学に拘って卒業できないまま30代半ばになったら…その方が余計に悲劇なんじゃないだろうか。

大学を結果的に辞めることになるのは、今となっては仕方ないと思う。それはあきらめているんじゃ
なくて、これ以上大学に拘って今の大学に在学しても、卒業できる見込みははっきり言ってないから。
私の実力がありませんでした、すみません。そう言って進路変更すれば、少なくともこれ以上の時間の
無駄からは解放される。野球で言えば「6点も取られてしまったけれど、7点目は絶対にやらないぞ」
と言うことである。「点」を「年」と置き換えれば私の大学在籍年数だ。集中力を切らして「もういいや。
8点でも10点でも入れてくれ」と言うほどもったいないことはないのである。ゲームはまだ終わって
いないのだから。

船乗りの頃と大学にいた頃、ふたつの時代には共通項がある。
船乗りだった頃も在学にいた頃も、私は「ブレーキとアクセルを同時に踏んでいる」状態だったのである。
今の状況から逃げ出したい気持ちと、今のポジションを手放したくない気持ちがどちらも非常に強く、
板挟みで私の心身はボロボロになっていったのだ。車はブレーキとアクセルを同時に踏むと最も乗り心地が
悪い。前にも後ろにも動くことができず、車自体も速く痛むのだ。

たとえば好きな人がいるとして「この人が好き。告白したい」という気持ちと「でも、告白して振られる
のがこわい。自分を全否定される気がする」という両方の気持ちの板挟みになったとしたらどうだろう。
その状況はものすごくストレスを感じるんじゃないだろうか。「状況を打開したい気持ち」と「今の
ポジションを失うことが怖い気持ち」が拮抗していると、強烈なストレスを感じるのだ。まして、それが
4年も続いたとしたら…私が身体を壊して、精神状態もボロボロに崩壊したのは無理もないと思う。
そして、私の努力は全く無駄な努力だったなぁ、と今にして思うのである。

今の私だったらどうするだろう。状況によって答えを使い分けるけれど「なるべく早く告白する」か
「その女性をあきらめて、もっと自分と仲良くなれそうな他の女性を探す」かな。「告白したいけれど
告白するチャンスがない」状態はストレスを感じるだけで時間の無駄だから。

片想いのまま終わる相手って、結局のところその人は「告白できそうなチャンスを作ってくれない」のだ。
やっぱり私も傷つくのは怖いわけで「自分と仲良くなってくれそうにない人には初めから告白しない」のだ。

私が告白するとしたら「お互いに知り合いや友達だったのが、急速に親しくなった一瞬の、勢いで告白する」
ことが多い。だから、その人とお付き合いするかどうかは最初の数回のデートで決まる。お付き合いする人は
その間に急速に親しくなる一瞬があるし「延々と友達だった人、何度も二人で会って結論が出なかった人」に
告白して成功したためしがない。

もっと言えば、ふたりで会うようになる前にメールをやりとりしている時点で(用事の場合も、プライベートな
メールの場合もありますが)お付き合いする可能性のある人かどうかは分かる。こちらが一方的に押し掛けて
メールを送っている場合はまずダメだし、向こうからも高い頻度で長いメールが返ってくる場合は、高い確率で
その人も好意を持ってくれている。私も恋愛経験が多い方ではないけれど、「お付き合いに至る可能性のある
人かどうかは、ふたりで連絡を取り合うようになった早い段階で分かる」と経験的に思う。

ふたりで会うようになった早い段階で「お互いに好意を持っている人」じゃないと告白はしないし、
告白するのに必要な「エイッ」という背中を押す勢いも感じないのだ。だいたい、相手も自分に向けて
好意的に盛り上がった一瞬を狙わないと、告白の成功率も高くないでしょう。そのチャンスがない人とは
縁がないし、そういうチャンスを作れない女性は、仮にその人が魅力的でも彼氏が出来にくいと思う。
「男は誘うのが決め手、女は誘わせるのが決め手」と言うのは恋愛の基本なのだ。

話がそれた。
もう一度自分の状況の話に戻すと、こんなことが言えると思うのだ。

「その場で自分がうまくやっていけるかどうかは、自分が
住み着く前のやりとりや、住み着いて間もない間に分かる」

「しばらく住んでも快適さを全く感じない場が、自分が我慢すれば
その後に快適になる可能性は非常に低い」

もちろん、これには落とし穴があって、その落とし穴にハマっていなければの場合です。落とし穴にハマって
いた場合、この結論が変わる可能性があります。

その落とし穴とは何か?

「自分の中に不純な動機や余計なこだわりがある場合」

です。不純な動機や余計なこだわりがある場合は、その動機やこだわりを取り除いて判断した時に感じ方が
変わる可能性があります。それでもやっぱり好きになれない場であれば、その場で過ごす時間は無駄です。
自分に合った他の場を探しましょう。
| SHO | 晩婚 | 02:52 | comments(0) | trackbacks(0) |

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