藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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パレートの法則
さらにさらに『ネクラでブサイク彼氏は5人』の話の続きである。

パレートの法則、と言うものがあるそうだ。私も大学で経済学は習ったけど、知らなかったなぁ…。
こんな法則らしい。

パレートの法則とは、経済学者パレート(Vilfredo Pareto)が発見した法則で、社会全体の富の
80%は20%の人間に集中しているというもの。現在ではさらに一般化されて全体の20%が全体の
80%を独占するという意味で使われている。重要度の高い上位20%に集中すれば、全体の80%を
効率的にカバーできるという合理的な思考法という意味でも使われる。

                    (All About Japanより引用)

つまり、私と言う人間がいるとして「私のいいところの80%は私という人間の20%に集中していて、残りの
80%がダメダメでも、それで完璧な状態なのである」ってこと。そして「いいところである20%の質を上げる
ように努力していれば、ダメダメである残り80%はOKになる」ってことでもあるそうだ。

このことを知って、私が最初に思ったのは「私のいいところである20%って、いったい何だろう?」ってこと。
自分で自分を褒めることなど久しくなかったので、自分のどこがいいところなのか自分でも分からなく
なっているのある。つまり、私は「自分をよく知らない」ってことだ。気づいていないか忘れているだけ
かもしれないけれど。とにかく「あなたのいいところは何ですか?」って言われて自分で分からないって
ことは、私は久しく自分を全否定して生きてきた、と言うことなのだ。
私は、ある事がきっかけで、自分自身を許すことが長くできなかった。どうしても、そうやってしまった
自分自身を許せなかったのだ。自責の念は、何をしようと何をされようと消えなかった。だから、深層
意識の中でわざわざ不幸になるように自分を仕掛けていたのだ。

ただ、いい加減、そんな人生を送ることはもう嫌で、疲れてしまったのだ。だって、不幸な人生を送る
ことは本当にしんどくて、辛いからだ。だから、自分をもう許すことにした。たとえ8割のダメな
部分があろうとも、それが私だし、それでいいのだ。自分のどこがいいのか自分で分からないんだから、
とりあえず「私にも2割はいいところがあって、2割がいいところであれば、それで完璧なんだ。2割の
いいところって、それはどこだろう?」と思うことにした。

誰かの役に立つことが好きなことかなぁ?本当に相手のためであれば、自分が少々損を(いや、かなり
損を)しても私は平気である。場合によっては、自分自身の命を賭けても平気だ(これは本当です)。
基本的に、相手にトクをさせることが好きな性格なのだ。たとえば旅行に一人で行ったとして、自分と
相手の両方のおみやげを買うだけのお金がないとしたらどっちのおみやげを買うか?自分のおみやげを
買うのを我慢して、間違いなく相手用のおみやげを買う(経験済み)。だって、その方が嬉しいから。

そして、相手から同じ様な好意を示してもらうことにも弱い。例えば虎キチが集まる居酒屋に行って、
大将から「おっ、阪神ファンか」と非売品のタイガースの粗品をもらったりすると、ものすごく嬉しい。
その店の値段が「これでもうかるのか?」ってほど安くて、もらった粗品が本当は値段のつく商品
だったりすると、間違いなくその店のファンになる。次の機会には、お酒を飲まない私が用もないのに
ふらっとその居酒屋に行くことになるわけですな。そういう好意のつながりが私は大好きだし、人が
私を大事にしてくれることが分かると、ものすごく嬉しくて、その人(あるいは同じ立場の別の人)に
好意のおすすわけをしたくなるのである。

つまり、私は本当は『私は、ちゃんと愛されている』と実感することが必要なタイプなのだ。自分が
愛されていると実感できるとすごくリラックスするし安心もするのだ。私は相手に尽くしてもらうことが
好きだし、いざという時には自分の何を犠牲にしても相手に尽くしたいと思っている。

そう考えてみると、私は今まで求める人の方向性が間違っていたケースもあるなぁ。合っていた場合も
あるけれど、こちらが多大の好意を示しているのに実らない場合は、ほぼ間違いなくタイプを間違えて
いたと思う。たとえばメールの交換であれば、私は基本的にはメールの返事が(自分が書いているのと
同じくらいの量と頻度で)欲しいタイプなのだ。

私はメールの長さと頻度が「どれだけ自分は愛されているか」の物差しになる人で、自分はメールを
しょっちゅう書くのに相手から全然返事が返ってこない、という状況は苦手である。尽くしたい方
なので、相手のことが好きなら相手から返事が来る前にメールをこっちから書くのだけれど、書いても
書いても返事のメールが返ってこなかったり、返事が来ても短いと、とても寂しいし不安になるのだ。

ここまで書くと、どういうタイプが自分には合っているのか、かなりはっきりしてきた。「子供好きで、
子供に甘えられることをストレスに感じない人」、そして「筆まめな人。長いメールを、相当の頻度で
書くことが好きな人」だ。私自身は「長いメールを相当の頻度で書く人で、なおかつ相当の頻度で
長いメールをもらうことが好き」であり、「何歳になっても基本的には子供」なのだ。
| SHO | 晩婚 | 22:47 | comments(0) | trackbacks(0) |

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