藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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フィットネスクラブで奥駆を思う
今日は鍼を打っていないので、光線を当ててからフィットネスクラブに
行って来ました。自転車を50分×2セット漕いでから、サウナに入って
すっきりと身体の老廃物を出してきました。今週はずっと皮膚の調子が
悪くて、身体の表面近くに老廃物が溜まっているような感じがずっと
していたのです。

エアロバイクを漕ぎながら、暇なので音楽を聴きながら今日買ったばかりの
『修験道っておもしろい!(田中利典著、白馬社)』を読んでいました。
そんなことをしているうちに、なんだか変な感覚に襲われました。

1時間近く漕いでいた時のこと。「エアロバイクを漕いでいると、身体の
老廃物がどんどん出ていく感じがして気持ちいいなぁ。蓮華入峯修行に
行くとこれが1日、奥駆に行くと1週間もこれが続くんだなぁ。なんて
素晴らしいんだろう」と思った瞬間に、「今と言う時間が一瞬であり、
同時に永遠でもある」と言うことを実感として身体の中で感じたのです。
身体の中で複数の次元が流れているけれど、その実体は同じであるとでも
言いましょうか。

『修験道っておもしろい!』の中で、修行の目的として「山と一体になる
ことを目指す」と言うことが書いてあります。1991年に亡くなった長谷川恒夫
さんと言う登山家が、最後になったウルタル曲と言う山に登る前に
「今回の登山のテーマは、調和です」とおっしゃっていたのですが、
これと同じようなことを言っているなぁ、と感じました。

私はこの意見に異を唱えるつもりはありませんが、「時間そのものと
一体になることを目指す」と言い換えても同じことだろうとも思いました。
そして時間と一体になる瞬間というか、その感覚は実はフィットネスクラブに
いてもできることなんだなぁ、と言うのが、当たり前なんですが驚きでした。

一瞬と永遠が実は同じものだと身体の実感で感じると言うか、このまま
ずっとエアロバイクを漕ぎ続けていたいような、ただ自分がそこに「ある」
と言う感覚に襲われたのは初めてでした。話には聞いていましたが、いざ
自分がなってみると、複数の次元に自分がいるとしか言いようのないような
変わった感覚でした。

どこで修行するかが大事なのではなくて、究極的にはどういう感覚を
目指すかが大事なのでしょうか。この感覚がずっと続くようにと思い
ましたが、実際にはわずかな時間だったはずです。運動を終えてみると、
自分の身体が空洞であることを感じると言うか、自分の身体と魂が
同じ空間座標に位置している別物であると言うか、なんとも言えない
感覚でした。

私はサウナに入る前のシャワーは必ず熱い湯を浴びるのですが、
シャワーの熱いお湯を浴びると思わず足がガクガクと震えて、腰が
落ちそうになるほど気持ちよかったです。こんな感覚も初めてです。
究極の快感とはこのようなことを言うのでしょうか。今まで何千回と
シャワーを浴びたことがあるはずですが、こんな感覚も初めてでした。

奥駆は、行ずることによって身体レベルで「感ずる」ことに大きな意義が
あるのかと私は理解しています。まだ蓮華入峯だけで奥駆への参加経験は
ない私ですが、「奥駆に参加することには大きな意義があるけれど、奥駆で
なければ身体レベルで感ずることができないか」と言うと、そういうものでは
ないのでしょう。無心に漕ぎ続けることが大事なのだと言う気がしました。
| SHO | 修験道 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |

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