藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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9.11の日本人遺族を描いた番組に思う
NHKの教育テレビで、9.11の日本人遺族たちの特集をやっていました。

私は日本で正社員として働いていたことはありません。正確に言うと、日本の企業では働いていましたが
外国で仕事をする職種でしたので、仕事を辞めて日本に帰ってきたときにすごくとまどったのを今も
よく覚えています。

例えば、仕事を辞めてから大学に入学したら「改憲反対」のビラを大学生が配っていたりする。でも、海外で
働いていた人間として言うと、今の憲法九条の方がよほどどうかしています。もし海外で紛争が起きて、
日本人の安全が保たれない状態になったとしたら、誰が在外日本人を守るのでしょうか?アメリカが守るん
でしょうか?あるは他の国ですか?とんでもない。日本人を守ってくれるのは自衛隊しかいないんです。

具体的に言いましょう。もう25年前の話ですが、イラン・イラク戦争で死んだ日本人は全員が船員でした。
私が学生時代の指導教官には当時の体験者が大勢いましたが、荷役の最中に戦争が勃発して、係船索を
引きちぎって港から脱出した話や、上空から分かるように船体に大きな日章旗をペイントしてペルシャ湾に
向かった話、そして命からがら日本に帰ってきたら「ご苦労さまでした」と言う横断幕を掲げられて終わり
だったという話を聞いたことがあります。アメリカのタンカーの場合は護衛の軍艦がつきますが、日本船舶の
場合は護衛艦の一隻もつきません。

今ならば日本に原油を運んできてくれるタンカーの乗組員のほとんどは日本人じゃありませんが、再び
湾岸地域で大きな紛争が起こったとして、じゃあ乗組員が日本人じゃなかったら日本の国として何も
しないんですか?企業の一員として働いているとはいえ、日本のために働いて貢献している外国人だって
大勢いるんですよ?その人たちにだって家族はいるんですよ?その人たちを守るのは、日本の義務なん
じゃないですか?なぜなら日本は受益者であり、多くの外国人に支えられて日本と言う国は存在して
いるからです。日本は軍隊を持つな、海外に行くな、と言うのは、当事者意識に欠けた考え方です。

この番組の中に、息子を亡くした父親の短歌が載っていました。そして、犠牲者に対する日本政府の
対応についての不満の声も。犠牲者に対して、国として何か対応を考えているのか、と言う質疑に
対して、考えていない、と言う回答の話も。おそらくそうだろうな、と思います。国家レベルでも
そうだし、個人レベルにおいても、日本人は驚くほどテロや戦争に無関心だと思います。

犠牲者の遺族から「前向きに」と言う言葉がありました。もちろん、その方はそれまでもこれからも
そうやって生きていくのだし、それでいいと思うのですが、「前向きに」生きられない人はどうなの
でしょう?前向きに前向きに生きてきて、突然その人生を断ち切られたら?何をしていても虚しい
気持ちになった人に、なんと言葉をかけたらいいんだろう。あるいは、どんな言葉をもってしても
癒せないものを心の中に抱えている人は、そういうものを心の中に抱えていることが罪なのか?そんな
ことを思ったりもします。

何かあった時に、日本人は「前向きに」ってことを言い過ぎる。そんなことを思います。本当に悲しい
ときには静かにそっとしておいてくれた方がいい場合だってある。悲しんでいる人に「前向きに」とか
「頑張れ」って言ってしまえるのは、共感する心がないというか、当事者意識に欠けるというか、
そういう事ではないでしょうか。

9.11の後に詠まれた著名な歌人の短歌について、前述の遺族の方が「客観的すぎる」とおっしゃって
いましたが、私も似たようなことは常々感じます。技術的な問題で云々言うべきじゃないテーマの歌に
対して、全般的に日本の著名歌人は冷たすぎるというか、ステレオタイプの反応しかできていないように
私には感じられるのです。おそらく彼らの反応は普通の日本人的な対応でしょう。一見温かそうな言葉
とは裏腹に、私は事件に対する彼らの驚くほどの無関心さを感じるのです。

日本で戦争が起こって欲しくない。そう思います。でも、それは日本以外で戦争が起こってもいい、と言う
ことではありません。戦争なんて起こらないなら起こらない方がいいに決まっている。でも、世の中には
力という言語しか理解できない人も、残念ながらいます。そういう人種がもし力でねじ伏せようとして
きたら?やはり力で対抗するより他はないんじゃないでしょうか。

9.11の狙いが何だったのか、本当のところ私は分からないのですが、テロをしかけた上部組織に対して
アメリカが報復攻撃をしかけたのは、私は当然だと思います。国益と国民を守るため、と言うのは
大義名分に過ぎないと言われるかもしれません。でも、個人レベルではどうしようもない範囲で、
それまでの生活を突然断ち切られたらどうしますか?何千人という人が無差別に殺されて、国として
何の対抗措置も取らないとしたら、それこそ政府の対応に問題があるんじゃないでしょうか。私が
アメリカ国民だったとしたら、アメリカ政府が対抗措置としてアフガニスタンに攻撃しなかったら
政府に対して怒ると思います。おそらく、自分が当事者だったら当然怒るだろうと思うのです。

繰り返しますが、日本で戦争が起こって欲しくはありません。でも、私が戦争が起こって欲しくないのは、
もし日本で戦争が起これば私は戦争に行くつもりだから。もし起これば自分が戦争に行くつもりだから、
私は戦争が起こって欲しくはないと願っています。そして、そういう意味での当事者意識は日本には欠けて
いるよなぁ、と私は常々思っています。
| SHO | 雑談 | 00:19 | comments(0) | trackbacks(1) |

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9.11 とイスラエルパレスチナ問題
NHK の「9.11 日本時遺族の4年」とイスラエルのガザ撤退のドキュメンタリーを続けて2本見た。 「9.11」の 憎しみを持って生きる事も出来るけど、そういう母の元で育った私の子供たちはどうなる? 毅然とした態度を持ってテロに屈しないというけど私はテロに屈した事
| しょころぐ。 | 2005/10/12 8:30 AM |