藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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歌が詠めない
この3週間の間、平均すると毎日20首のペースで歌を詠んできた私。ところが、昨日の夜から急に
詠めなくなってしまった。歌の方はほぼ固まりつつあり、あと数首入れ替えるために詠めばいいだけ
なのだけれど、掘り下げていくうちに「感情の停止信号」に当たったらしい。感情が凍結した
感じがしていて、詠もうとしても自動的に思考停止して歌を詠ませないのだ。頭が痛い。

この数日、ずっと胃が痛い。胃が痛い原因ははっきりしている。自分の中の未解決の心の傷まで
今回は掘り下げたからだ。今回用意した400首弱のうち、そのテーマについて詠んだ歌は60首あまり。
そこから先は、詠もうとするたびにブロックがかかって自動的に思考停止してしまう。感情が凍結して
しまうのだ。「感情の停止信号」と言うのは、きっと防衛本能なのだろう。思い出すことが危険な
ほどの影響を与えた記憶に対して、人は多大のエネルギーを使ってその記憶を「封印」するらしい。

それでも、私は記憶の封印を解こうとしている。

私は自分の子供時代のことを思い出すのも誰かに語られるのも嫌いだ。思い出すだけで、ましてや
他人に自分の子供時代を語られるとなると、まるで自分が辱められているような恥ずかしい、そして
激しく怒る気持ちになる。子供時代のアルバムも両親が持っているらしいが、私は見たいとも
思わないし、他人にも見せたくない。そこまで見るのも見せるのも嫌がるような写真なり記憶なり
ではない、と家族は言うのだが…。何をこだわるのか、と言われても見たくないものは見たくない。

私を殺すのに刃物はいらない。私に子供時代の記憶を思い出させ、さらにその出来事について他人から
言及するだけで、私の心には殺すのと同じだけの壊滅的なダメージを与えられるだろう。

私は家族関係において「ロスト・ワン」と呼ばれる「空気のような子」だった。今もって、自分の
アイデンティティを構成する全ての場所において、自分がその中心に座らなければならない場合を
除くと、アイデンティティの構成団体の中心の人間関係とは距離を取ろうとする傾向がある。
中心となる役割を引き受けるよりも、常に団体構成員の中のアウトサイダーであることを選ぶのだ。
結果として構成団体内の人間との関係が希薄になることに悩みつつも、わざわざ人間関係が希薄に
なるような団体内のポジションを選ぶのは、まさしく自分の基本たる構成団体である家族内での
自分の役割を周囲にも投影していると言えるだろう。そして、私は人生全体に対して常に冷笑的で
あることを自分に強いてきたとも思うのだ。

そして、私が構成団体に所属するたびに感じていた無力感は、まさに私が家族の中で獲得した無力感の
投影だとも言えるだろう。私は、身の安全を図るために常に敗者になることを選んできたのだろうか?
| SHO | 短歌 | 19:29 | comments(0) | trackbacks(0) |

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