藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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アフガニスタンで行方不明の日本人、射殺体で発見される
アフガニスタンで行方不明になっていた日本人教諭が射殺体で見つかったと言う。ほんの1年前には
陸路でイラクに入って殺された若者がいたけれど、わざわざ好んで治安の悪い土地へ旅行に出かけて
死ぬ人には何の同情も感じない。ご家族や同僚、学生には気の毒だけど、あきらめてもらうしかない。

旅行保険も生命保険も、自ら望んで危険な場所に飛び込んでいった、こういう人たちに支払いをするの
だろうか?私が保険会社の担当職員なら、まず払いたくないケースである。いくら保険金をもらっても
自分から死にに行くような場所へ出かける人にどうして保険金を支払う義務があるのだろう。ペイする
だけの高額の保険をかけているのなら話は別だけど、そんな保険がこの世にあるのだろうか?

歌人、本多稜は学生時代のユーラシア大陸横断でアフガニスタンにも入国しており、こんな歌を残している。

右手のみで飯食ふことに慣れし頃「アフガニスタンをまだ見たいのか」

自動小銃突きつけられてパスポートを出せばJAPANの字が読めぬらし

旅にのみ己は在りと信じをり二十歳ユーラシアを横断す

本多が後に歌集「蒼の重力」を出した時に、その栞文で小池光がこんなことを書いている。

「リュックを背に世界を放浪する若者は珍しくないが、この歌のような土地土地の最深部まで参入して
しまった体験を持つものは稀だろう。まして彼等の中でそれを短歌に刻む者は稀にも稀、この作者以外には
見たことがない。(中略)ここには旅という冒険、旅という真率な行動がある。めざましくもあざやかな
行動のかがやかしさだ。忘れかけていた行動する青春をみるおもいだ。」

私はこの小池の見方に与しない。たしかにアフガニスタンへの入国体験を持つことは貴重な体験であるが、
あくまでも「貴重な体験」でとどめておくべきものであって、決して賛美の対象になるものではない。
小池の意見は「行動しなかったかつての若者」の見方であろう。外国に長期滞在したくらいで土地土地の
最深部まで参入したと思っている者がいるとしたら自惚れも甚だしい。おそらく本多自身はそうは思って
いないだろうし、むしろ「自分は土地土地の表面をかすって撫でただけなのだ」と思っているのではないか。

小池の文章には「旅という冒険、旅という真率な行動」や「忘れかけていた行動する青春をみるおもいだ」
と言う、このような旅を賛美する言葉が出てくるが、このような言葉が出てくること自体、小池は旅の
本質が分かっていない。著者の本多稜自身が歌集の覚書で書いている通り、

「旅とは、西アフリカの歴史的都市であろうと一幅の水墨画であろうと、その対象を通して自分を見詰め直す
ことだという考えに至った。自分の内側に如何に深く潜って元の地点に帰ってくるかで旅の価値は決まる。」

と言う見方こそが旅の本質を正しく突いている。アフガニスタンに入国したから何か偉いわけではないし、
まして現在の状況でわざわざ危険な移動手段で移動する旅行者など、無謀も無謀、ただの命知らずであって、
仮に生きて帰ったとしても何ら賞賛の対象になどならない。

ユーラシア大陸を横断した旅行者は果たして偉いのだろうか。そんな若者に「行動する青春」があると
したら、じゃあ「行動していない青春」って何なのだろう。小池は今回アフガニスタンで殺されたバカ者
どもにも「輝かしい行動する青春」なんて言葉を贈るのだろうか。行動力を発揮する場所を間違えた
バックパッカーを待っているのは、悲劇と絶望の結末でしかない。
| SHO | 短歌 | 04:02 | comments(0) | trackbacks(0) |

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