藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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真島久美子『結婚の達人』
図書館から、今度はMADONNAの『THE IMMACULATE COLLECTION』を借りてきている。
いわゆるベスト盤。私も知っている曲が何曲もあってゴキゲン。

今、『結婚の達人(真島久美子著・講談社)』を借りてきて読んでいる。
湯治していてヒマだし、こういう本も面白そう、と思って借りてきたのだが、
読んで背筋が凍った。面白かったけど。

この本を読んで初めに瞼の裏に浮かんだのは、3月にGATB(一般職業適性検査)と
VPI(職業興味検査)を受けた時の結果。どうだったかと言うと、私が今まで選んできた
仕事や学校の専門と言うのは「出来ないわけではないけれど、かなりの努力が必要」
なものばかり。実際は、私はかなり多方面で職業適性があると診断されていたのに、
私はわざわざ自分に向いているとは言い難い仕事や専門ばかり選んでいたのだった。
これって「仕事」を「恋愛」に置き換えても同じような気がする…。今までの
自分の経験に照らしても。

この本の中で、「好きな人からは断られるのに、追いかけ回されるのは、嫌いな
タイプばっかり!」と言う女性の話が出てくる。その話は「今まで自分が理想化
してきた《男らしさ》と、忌み嫌ってきた父親の性格が一致するということに、
そのとき初めて気づいたのだ」と言う結末になるのだが、自分を振り返って見た時に、
自分が今まで理想化してきた《いい仕事》あるいは《女らしさ》と自分の忌み
嫌ってきたタイプの仕事、あるいは母親の性格とは…一致していないだろうか?
本当に、思うだけで背筋が凍ってくる。

昨年の末頃、私は職業訓練校に通っていて、父の見立てによれば、受ければ受かる
だろうと言われていたある企業の就職試験を受けようとしていたのだが、今考えると
受けられなくて良かったと思う。なぜなら、当時の私の状態と言うのは、とにかく
元いた業界に戻れればそれで良かったから。これを結婚症候群の人の「とにかく
結婚できればそれで良かった」と置き換えても同じことだろう。その後の結果を
考えると、これまた背筋が凍る思いがする。おそらく、私の身体は無意識に拒否反応を
出して就職活動そのものが立ち消えてしまったのだ。その結果として私は半年も
草津で湯治することになっているわけだが、仕事とは、あるいは恋愛あるいは
結婚とは、と考える絶好の時間になっていると思う。

日本では、出生率1.29が大きな問題として言われている。しかし、私にはこの数字は
あまりに遠い。子供がたくさんいると言う意味ではなく、出生に結びつくような
関係を構築できる状態に今ない、と言う意味である。そして「あなたは結婚に
何を求めていますか」と問いただされた時に、その答えを今の私は持っていない。
出生率1.29が問題なのではなく、そこに結びつく前提そのものが私の意識の中では
はるかに遠いのである。出生率1.29は私のような若年層の集合と言えないだろうか。

そして、今度は「結婚」を「仕事」に置き換えても同じことなのだ。結婚も仕事も、
自分が何を求めているのかが分からないのに、闇雲に動いてもうまく行かない
確率の方がはるかに高いだろうことは容易に想像できる。職業訓練校の授業で
言われた通り「自分を知ること」が戦略の第一なのだが、私もまだ自分自身を
良く知っているとは言い難い。

最近思うのは「夢も希望もなく選んだ方が、結局はうまくいくのではないか」
と言うこと。自分なりの夢や希望のボーダーラインを持つな、と言う意味ではなく、
夢や希望を過度に追わない方がいい、と言うことだ。だいたい現実は思っていた
ものとは違うので、違うだろうな、と諦めることも必要だと言うことである。
私の経験では、最初の期待が大きければ大きいほど結局はうまくいかないことが
多い。理想と現実とのギャップを乗り越えられないことに起因する苦い思い出が
多いのだ。

今、仕事にしろ恋愛にしろ思っているのは「根本的なところで『嫌い』でなければ
少々物足りない対象であってもGOサインを出してみてもいいんじゃない?」と言うこと。
根本的なところ、と言うのは直感と言い換えてもいいかもしれないし、先に述べた
どうしても譲れない1つか2つのボーダーラインと言い換えてもいい。

物事はやってみなくちゃ分からないことの方が多い。どんなに口で仕事論を語ろうと
恋愛論を語ろうと、体験で感じた裏づけなしに本当のところは分からない。体験も
しないで、イメージだけで自分の可能性を狭めるほど馬鹿馬鹿しいことはない。だから、
「一見良さそうに見えるけど、何か嫌だ」と言う虫の好かなさを感じない対象であれば、
少々物足りないなと感じていてもGOサインを出していいんじゃないかと思うのだ。
やってみなくちゃ、本当のところは分からないもの。

人間の幸福とは、突き詰めて言えば何なのだろう。「仕事と伴侶」と言うのは、
できれば私にとっては外したくないキーワード。でも、今の私はどのどちらにも
はるかに遠いところで湯治している。
| SHO | 晩婚 | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0) |

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