藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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懐かしきガールポップ
1990年代を通じて、ガールポップと言われる女性歌手のムーブメントがありました。
「ガールポップ」と言うテレビ番組もあり、同名の雑誌もありました。合同でライブを
行ったりもして、今はなき日清パワーステーションがいつも会場として使われていました。
特徴なのは、いわゆる「歌手」もいましたが「シンガーソングライター」が多かったこと。
少なくとも、作詞か作曲のどちらかは歌い手本人が行っているケースが多かったのです。

ガールポップの中でも、知名度で代表格を言うと森高千里、谷村有美、久宝瑠璃子、篠原涼子、
岡本真夜、華原朋美と言ったところ。雑誌ではMAXとか安室奈美恵も表紙によく取り上げられて
いましたね。でも、ガールポップらしいのはそれより少し知名度が下の人たちで、橘いずみ、
加藤いづみ、井上昌己、相馬裕子、西脇唯、鈴里真帆、篠原美也子、鈴木祥子、宇井かおり、
熊谷幸子などなど。ガールポップに該当する女性歌手はまだまだいますが、私が実際に聞いて
いたのはこのくらい。これだけ名前を出して全員分かるアナタは相当なマニアです。

私は1975年生まれなので彼女らの世代よりはやや下になります。なんで聞いていたかと
言われたら、彼女らのルックスのせいと言えなくもないですが、私は自分よりも少し上の
世代の身近な成功話や日常の話を雑誌『Girl Pop』で読むのが好きでした。この中でも、
特に鈴里真帆は私と世代がほとんど同じこともあり、同世代的な連帯感を感じていました。
やや奥手だった私は、10代後半はまだ恋に憧れている世代でもありましたし、同世代から
少し上の世代の恋愛の歌も魅力的でした。純粋に音楽も良かったですけどね。

彼女らのムーブメントの最盛期は1993〜1996年くらいでしょうか。1998年頃から2000年頃に
かけて続々とメジャーレーベルからの契約を切られる人が出てしまい、結婚して活動を
休止した人も多くいたので、活動休止の期間を挟まずに現役でメジャーレーベルに残って
いる人は多くありません。私が知っている限りでは、上に挙げた人の中では鈴木祥子だけ。
でも、彼女らの多くは現在は独立レーベルを立ち上げたりインディーズで生き残っています。

私自身がGirl Popの多くのアーティストから離れていったのは1998年頃から。ちょうど
ムーブメントが終わりを迎える頃ですが、ある程度成功した彼女らの音楽が次のステップに
踏み出して、楽曲が私にはいいとは思えなかったことが最大の要因。同世代の連帯感みたいな
ものを感じていたのが、勝手にディープな恋愛の曲ばっかりになって、「別に恋愛の曲を
聞きたいわけじゃないんだけどなぁ。恋愛の曲なら他にいくらでも代わりはいるのに」と
別の人の曲を聞くようになった、と言うのが真相です。私の場合、TM NETWORKなど、
彼女らよりも少し上の世代の音楽を本格的に聴くようになったのがこの頃です。

ちょうどその頃、雑誌『Girl Pop』も売れ筋の人ばかり取り上げるようになって、あんまり
知られていないシンガーソングライターを探すのが面白かったのに、他の音楽雑誌と差別化が
図れなくなってきたことで余計に興味がなくなって行きました。生き残る道がなかったわけじゃ
ないのに、自分で自分の首を絞めて行った人が多かったのではないでしょうか。多くの人が
今も活動していますが、現在も新しいアルバムが出たら買って聞く、と言う人は少ないです。

今、この日記を書きながら西脇唯と鈴里真帆を聞いています。どちらも一時期は相当にハマッた
ものですが、今聞いてもやっぱりいい音楽。特に鈴里真帆のデビューアルバム『Girly』は、
1995年の青春のアルバムとして必聴の一枚です。
| SHO | 音楽 | 05:34 | comments(0) | trackbacks(0) |

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