藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
CALENDER
<< August 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
+RECOMMEND
+RECOMMEND
+RECOMMEND
+RECOMMEND
+RECOMMEND
+RECENT COMMENTS
+RECENT TRACKBACK
+CATEGORIES
+ARCHIVES
+LINKS
+PROFILE
+OTHERS
Coccoと離島とダークな話
最近、Coccoばかり聞いている。昨年の年末年始に沖縄に行った前後でも聞いていたけれど、離島に行きたい宣言をしてまたズブズブと深みにハマっている。

私が今ターゲットにしているのは奄美大島や徳之島であって沖縄ではないけれど、沖縄にもまたバイクで行きたい。日本一周の途中だった前回はグスクやウタキには行ったけど、久高島や摩文仁の丘には行けなかったし、現地滞在わずか3泊2日では一周するのがやっとだった。

Coccoの歌を聞いていると、沖縄のランドスケープが目に浮かぶ。その景色はとてもきれいで、実際に沖縄に行っても期待は裏切られなかった。「雲路の果て」が一番よく聞いているけど、「カウントダウン」、「樹海の糸」、「ジュゴンの見える丘」、「絹ずれ」なども好き。南の島の景色がはっきりと目に浮かぶ。

きれいでハードな音、きれいなメロディーに乗せて歌われるブラックな歌詞が好き。Coccoの初期の歌には死の匂いのする歌詞が多いので、「共感できる」という言い方をしたら引く人もいると思うけど、あえて「共感できる」と言おう。言えない気持ち、思っていても口にできない気持ちを歌ってくれるので、すごく癒やされる。

Coccoを聞きながら、今度はどこの離島に行こうかと考えている。天草下島、甑島あるいは五島列島の福江島や中通島が香川からバイクで1泊2日で往復できるのだが、できれば今回は絶海の孤島に行きたい。

日常から自分を切り離したいというのもある。なかなかバイクで外国には行けないから、日本の中の外国に私はバイクで行きたいのだが、それだけじゃない気もする。

板子一枚下は地獄の海を渡って、全然違うところに行ってみたいのだ。四国に住んでいると痛感することだけど、海というのはバリアであって、そこを渡るというのは橋がかかってなおリスクとお金が常に伴う。海を渡るだけで旅の難易度はグンと跳ね上がるのだ。何十回海を渡ろうともリスクは絶対に一定以下には減らないので、海を渡って四国に入ると毎回やれやれと思う。車や飛行機ではそこまで思わないかもしれないけど…。

Coccoの歌を評して「狂気」というキーワードがある。でも狂気というのは私だって人のことは言えない。だいたい1日1000km走る目的地まで1泊2日で往復したり、1泊2日でバイクとフェリーで絶海の孤島に行くことを本気で実現可能なプランとして計画している時点で、原動力になっている感情は何だろう?と考えると、ある種の狂気でないはずがない。

もちろん、こんなハードな旅は楽しくなかったらやらないけど、常に天気予報、特に風の予報を見ながらでないとできないくらい危険と隣り合わせであることも自覚している。それでもやるのかと問われれば、それでもやるのだ。もちろん可能な限り時間内に帰れるだけの対策をして。

それは、一見は過酷に見えるプランを立案して、実際に遂行する能力を持っている人にしかできない真似であって、私の特権だと思う。私は限られた時間内に最大限の遠距離までバイクで旅する能力を身につけることを望んで、勉強してそれを身につけたからできるのだ。

こんなことを書いたら、頭でっかちだと思う人もいるだろう。離れていく人も、もしかしたらいるかもしれないけれど、でも勉強もしないで1日1000kmをSSで連続して走れるかと言われたら、それは甘いんじゃない?ましてや運転の才能に欠ける私が実行しようとすれば、勉強するのは当然のこと。

Coccoの狂気に共感する部分と、自分自身にも内包する狂気とは根が同じだろう。たくさんの絶望と、言葉にできないたくさんの思いと、狂気に共感して癒される、いや狂気に共感しないと癒されない自分自身のある部分と、それらが混ざり合って私という人を構成している。

私は自分が無条件に愛される存在であることには全く自信がない。愛される実感を持って生きている人と接していると、残念ながら常に精神的な劣勢を感じながら生きている側の人間だ。

それでも、自分ではどうしようもない部分はともかく、自分でできる範囲については自分で自分を幸せにしようと生きている人間でもある。ダークな部分もブラックな部分も併せ持っているけれど、私にとって旅とは自分で自分を幸せにできる手段のひとつ。理屈を超えた存在でもあるけれど。

旅が人を幸せにするとは限らないよ?でも旅に出なければ、私は私の自己評価がもっと低かっただろう。自己満足かもしれないけど、私が他人にはそうそう真似のできない旅の記録を複数持っていることはささやかに誇って良いことだと思う。それは自分が生きていた証であり、いろいろ引き換えに犠牲にしたものがあったにせよ、私が旅に対して25年間、一生懸命に取り組んできた作品なのだから。
| SHO | 携帯から | 00:12 | comments(0) | - |

コメント
コメントする