藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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ステージを変える、パートナーを組む
学びのことを考えていた。

独身での学びはどうやらほとんど終わったらしい、ということはこのあいだの
チャクラヒーリングで確信になったのだけど、「ほとんど」なのはまだ終わって
いないから。最後に、いろんな意味で自分の生きるステージを変える、という
重要な作業がまだ残っていて、そのことを考えるとなんだか尻ごみするような
怖さがある。

これから住む場所も変えよう、仕事も変えよう、そして人生を一緒に送るための
家族関係も今までとは違う価値観のもとで生きていこう、すべてを新しく今の
自分の学びに合った形に変えていこう、と宣言しつつ、恐怖におののく自分が
いる。行動したら今までとはまったく価値観の違う世界に飛び込むことが
分かっているからものすごく怖い。全てがほとんど同じタイミングで変わる。
いや、自分の生きるステージを変化させていくことを選択するのだ。

もう、次のステージに行きなさい、と全てのものが告げている。そのために、
おそらく祖母から私への今生で最後の置き土産なのだろう。来週の関西
ツーリングは。生きている祖母と会うのはおそらく今生で最後になる、という
確信がなければ、おそらく吉野、天河へ今のタイミングで行くことはなかったろう。
そして、今回のツーリングは生まれ育った関西に行く最後の機会になるだろう。

次のステージに踏み出すための一歩を、始めることにしたのだ。自分のために
生きる、ということがつまらなく感じるようになったのなら(いや、ずっと前から
その感覚はあったんだけど…)まず自分の今できる範囲で誰か他の人の
ために、そして世界全体のために生きること。そして私に今できる行動って
一体なんだろう。行動することが生きることなら、今の私にできる行動って
いったいなんだろう。

私がこれまで執着してきたことのひとつに、仕事でも家庭生活でも「ひとりで
生きる」ってことがあった。それをもう手放す。仕事もひとりでする仕事じゃ
なくて誰かとチームを組む仕事にしたいし、今度は家庭生活も誰かとチームを
組むことを選ぶ。選ぶ、と宣言しつつものすごく怖い自分がいて、本当に
尻ごみしつつ自分で自分の背中を押している。大丈夫だ、と。今の私の
仕事上のパートナーとうまく行っている、そのエッセンスはなんなのだろう。
相手の存在を受け入れること、に集約される気がする。今の職場でうまく
行っているのは、いつも相手の存在に感謝するよう心掛けていることと
無関係ではないだろう。

誰かとパートナーになることを選びたい、というのは、これまでの自分の
価値観というより執着してきたもの、しがみついてきたものを手放したい、
ということであって、今までの自分のステージとは違うもののひとつに
人生でパートナーを組んでやっていく、ということがきっとあるのだ。

「チームを組む」「パートナーを組む」という言い方が最近多い。つまり、
それは今の私が「どういう人生を送りたいか」に対して基本的に持って
いる価値観であって、私が求めているパートナーシップとは対等な関係
なのだ。まぁ、実は今の仕事上のパートナーとは私の方が上司になるの
だけど、そんなことを意識するのは、う〜ん、いつも意識しているけれど、
それは対外的に外に出なければならない時にどちらが責任者として
外に出なきゃいけないか、ってことなのだ。

船乗り時代も基本的にそうだったけど、階級の違いは対外的な責任の
所在を明らかにするためのものであって、人と人とのパートナーシップ
という点では上司も部下も関係ない。必要な場面では協力するけれど、
逆に言えば責任の所在が明らかにならないパートナーではパートナーの
意味がないんじゃない?と思う。

今の職場のパートナーとうまく行っているのは、お互いに得意分野と
不得意分野を補完しあいながらも、決してお互いにお互いを頼っている
わけではないから。私はいざとなればいつでも一人で仕事をする覚悟で
一緒にいても仕事をしているし、それは相方も同じだろう。片方がもし
ミスをした結果としてミスが対外的に波及したら、対外的には私が
責められるわけだけど実のところ相手のミスでも私が相手に指摘は
しても責めることはしない。パートナーの私がダブルチェックを怠った
責任があるからで、パートナーとはそういうものだ。「パートナー」を
「上司」と読み換えても私にとっては同じこと。

「誰かとパートナーを組んだらどうなる?」と想像してみると、今よりも
ずっと豊かな人生になるような気がする。寂しくない、というだけじゃ
なくて、もっと豊かなプラスアルファがありそう。誰かとパートナーを
組むことは、きっと楽しい。
| SHO | 携帯から | 02:11 | comments(0) | - |

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