藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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橘いずみと私
音楽の話題の続き。

橘いずみが好きだった、って話をひとつ前の記事で書いたけれど、1990年代
前半に聞いていて今も現役で聞いている当時の音楽は、相馬裕子、PSY・S、
鈴木祥子(この3組は今なおバリバリの現役で、普段持ち歩く12枚のCDには
必ず入っている)、東野純直、鈴里真帆、宇井かおり、西脇唯、井上昌己、
篠原美也子、ZARDなどなど。1990年代前半から半ばにかけての、ガールポップ
というムーブメントの影響をまともに受けて育った世代なので、女性の歌い手の
割合が非常に高い。

2000年に大学に行ってからはほとんどリアルタイムの音楽を聞いていない。
1990年代の音楽には一度聞かなくなってから改めて買い直したCDも多い。
だから、私の聞く音楽の世代は1990年代でほとんど止まっている。

私が当時は青春時代だったから、というのもあるけれど、当時は熱かったなぁ。
新しいCDの情報をいち早くキャッチしてはCDを買いに走ったっけ。お金が
なかったので、発売1ヶ月後のサンプル盤を狙って中古CD屋回りをしたりも
していた。最近の音楽は全然興味がない。音楽以外の趣味が圧倒的に多い
ので音楽にお金をかけられないし、現在持っているCDで満足しているので
新しい音楽を聞く必要がない、ということもある。

昨日、少し早い電車で草津に戻ったのだけど、なんだか欠乏感があるのに
気づいた。私はカバンがあれば容量いっぱいに強迫的に何か詰め込まないと
いけないタチで、東京で過ごす時間があれば用事を何か探して「上京している
うちにやっとかないと(←田舎モノ症候群)」って思う。安藤美保さんのお墓参りに
もう1年近く行っていないのが魚の骨が喉に刺さったように気にかかっているの
だけど、時間的にそこまですると仕事前の仮眠時間が取れないし、もう実家から
長野原草津口まで切符を買っちゃったし…と思ううちにそのまま電車に乗って
帰ってきてしまった。それでも途中の高崎で乗り継ぎが1時間近くあったので、
途中下車してサディスティック・ミカ・バンドのCDを買ってしまった。

私は何が足りないのだろう。何をそんなに強迫的に欠乏感を抱かないと
気が済まないのだろう。「寂しい」のだろうか?

孤独が嫌いな自分も、他人が精神的にそばにいてくれないとしんどい自分も
いる。その一方で、ものすごく人が嫌いな自分がいることも事実。東京に
いると人が多すぎてうんざりする。半日もいれば「もういい」って感じ。尋常で
ない電車内の人口密度の高さは、乗っているだけで神経をすり減らされる。
だから、私が東京に定住することはもう二度とないだろう。対人恐怖症気味の
自分と人懐っこい自分が私の中には同居しているけれど、そういう問題じゃ
なくて、東京の通勤電車のあの混雑は社会的犯罪の部類に入ると思う。

現在の私が孤独を意識することが多い、というのは、同じコインの表と裏の
ように寂しがりやと人嫌いの私が同居していて、人嫌いだから孤独な環境に
身を置こう、たとえ孤独じゃなくても孤独だという精神的環境に身を置こう、
としているからでもあって、でも寂しがりやなのでやっぱり孤独のまま何かを
するのも生きていくのもしんどい、ということでもある。そして、今は人を
遠ざける力の方が強く働いている、ということなのだろう。

私が孤独なのは、客観的に私が孤独かどうかとは関係ない。そして私が
孤独を選んでいるから私は孤独なのだ。他人と関わることで他人に自分の
人生を左右されたくないから、私は他人に自分の人生を左右されない人生
(孤独の本質的欲求とはそういうことだ)を送ろうとして、その結果として
孤独なのだ。

1日に300件から500件のアクセスがある私のブログが、ものすごくROMの
多いブログで、実はアクセスの割にコメントが少ない、というのは私本人の
パーソナリティが無言のメッセージを行間から発しているからだろう。
最近になってROMの方がコメントを下さることがあって本当に嬉しかった
のだけど、なかなか現実にコメントして下さる人は少ないだろうと思う。
でも読んで下さっている人がたくさんいることはデータから歴然としていて、
たとえ8〜9割がロボットソフトだとしても残りの人が相当いるのはありがたい。

今になって橘いずみを急に聞きたくなったのは、きっとこんな今の心境とも
リンクしているのだろう。自分では、このブログの書き主が橘いずみの大ファン
だった、というのは「やっぱりそうだろうな」と思うのである。

橘いずみの歌から伝わってくる感じと、私が自分の文章を読んで感じる感じ
とは、自分ではどこか共通点があると思う。Wikipediaの橘いずみの記事に、
彼女の歌を評して「ストイックなまでに自虐的」という表現があったけれど、
どこまでも自分を追及して「あーだこーだ」と四の五の言っている辺りがそう。
自分を許せない、のだろうか?相当な精神的な傷を負った人じゃないかと
私は推測しているし、でも会ってみると本人のパーソナリティはいたって
明るいんじゃないかと思うんだよね。こういう人は。私自身がそうだし。

橘いずみの「上海バンドネオン」「失格」「東京発」といった曲を聞きながら
この記事を書いている。1993年から1995年にかけての彼女の一連の曲は、
今聞いてもやっぱりいい。クサくてダサくて、でも熱くて一途で一生懸命に
生きている感じが伝わってくる。そんな橘いずみも昨年末に結婚したそうだ。
私にも、いつかそんな日が来るのだろうか。
| SHO | 携帯から | 18:26 | comments(0) | - |

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