藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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海技者フェア
今日は早出で日曜出勤。

今日はもともと神戸で海技者フェアという海技従事者(船乗りの国家資格を持っている人)の就職、転職フェアがあって、それに行く予定だった。ところが台風の影響で今日が日曜出勤になり、あえなく潰れた…はずだった。

入場が14時で締め切られるので、お昼の12時までかかる予定通りのスケジュールでは参加は無理だった。でも一応、もし早く行ける状況になれば行けるように(こんなチャンスは滅多にないのだ!)、履歴書も書いてスタンバイだけはしておいた。

そうしたら、仕事が11時に終わった!12時なら完全アウトなのだが、11時なら急げば何とかなりそう。急いで帰って普段着に着替えて、12時前の特急で神戸へ。スーツなんて着ると転職活動中と一発でバレるので、スーツに着替えたのは新幹線の中。

新幹線で新神戸に着いたのが13時21分。タクシーを飛ばして、間に合いました!海技者フェアは15時で終わってしまうので1時間だけだけど、それでも参加できないより全然マシ。

結果は、3社回って1社は履歴書の提示を求められたので、履歴書を渡しました。私の経歴が生かせそうな会社だったので(英語OK、航海士としてケーブル敷設船の乗船経験有り、タグボートを使ったデッドシップの操船経験など…)、どうなることやら。履歴書を持ち帰って社内で検討するとのこと。油断はできないけれど、興味を持ってもらえて嬉しい。母校の先輩がたくさんいる会社みたい。

実は、海技者フェアの会社以外にもう1社、こちらはたぶん書類選考は通るのではないか、と期待しているのだけれどどうなるか分からない会社があって、今のところ書類が通るかもしれない会社が合計で2社かな。

でも、人事のこういうのって、最善を期待しながら最悪を予期して動かないといけないからね。今日お会いした会社は「なぜこの会社なのか」をいくらでも言えるし、もう1社も今のところ人の良さそうな印象。でもこういうのって、どんなに印象が良くても分からないんだよなぁ…。

それより驚いたのは、母校の教官に会ったり、母校の卒業生を多数紹介されたり、練習帆船「日本丸」時代の次席一等航海士が私のことを覚えていて声をかけてきて下さったり、いろんな人とお会いしたこと。狭い世界だけれど、母校のつながりというだけで親しく話ができて、学閥って良いなぁと改めて感じる。

大学は分からないけど、商船高専には学閥というものがあって、違う学校の人は何か雰囲気が違う。出身校によって雰囲気が違うのだ。ちなみに私の出身校は…、どこかのんびりしていて、おっとりした雰囲気の人が多い(ような気がする)。

海技者フェアの終了後に某海運会社の面接官(上司も部下も母校の卒業生)と話がはずんで、新神戸までタクシーを使うはずだった先方と結局地下鉄三宮駅まで一緒に歩いたりしたのも楽しかった。母校の話題だけで、どうしてこんなに盛り上がれるのだろう…。私も母校が本当に大好き。卒業後もいろいろお世話になっていて、母校には足を向けて眠れません…。

神戸は私の出身地。一緒に帰りませんかと誘われたのだけど、少し神戸の町を歩いて帰りたいので三宮駅でお見送りして、ただいま三宮センター街のマクドナルド。ここは30年前から変わってないねぇ〜。
| SHO | 海事 | 17:26 | comments(3) | - |
全面補償!?あり得ない。
北海道根室市沖の漁船転覆事故で、来日したZIM社の社長は「遺族側から事故の責任とそれに伴う補償を
全面的に負うよう求められた確約書への署名を求められた」という。拒否したらしいが当たり前だ。

遺族側のやっていることは常識がなさ過ぎる。こんな人たちと直接交渉する必要はないんじゃないのか。
海難審判も始まっていない段階で全面的に補償しろなど、虫が良すぎる。何度も述べているように、
今回の状況で漁船側に責任が全くないなど絶対にあり得ない。遺族のあまりの常識のなさに腹が立って
仕方がない。

ZIMが事故を起こしたのが自分たちの会社の船だと認めたのは3日。来日して海上保安庁を訪れて、記者
会見を行ったのが4日。北海道に向かって遺族に直接謝罪したのが7日だ。今回の事故については、
ZIMの対応は速かったし、現段階で可能な最大限の誠意は示していると思う。遺族側が自分たちに何の
落ち度もないと考えているような常識のない人たちなら、以後の事故処理は海難関係の保険会社に
間に立ってもらった方がいいのではないか。

記事によると、確約書は、ZIM社側が「衝突の責任と救助の遅延が乗組員7人の死亡の原因となったことを
認め、衝突から発生した全損害額を支払うことに同意する」とした内容だと言う。ゴダー社長は「調査結果に
応じて責任は出てくる。すべての結果を得なければならず、ここでの署名は出来ない」と述べたそうだ。

それはそうだろう。交通事故を自分が起こした時のことを考えてみるといい。交通事故で賠償比率が
100対0になることなど、お互いに法規上で同格の立場であり、なおかつ両方が動いていた場合には
まずあり得ない。そんな常識的なことが、なぜ分からないのだろう。遺族の中には車で人身事故を
経験した人が誰もいないのだろうか?

ましてや今回は海難審判が始まってもいない段階である。再三述べているように、海難審判が始まれば、
今回の事故状況で漁船側に全く責任がないなどと言うことはあり得ないことが証明されるだろう。
漁船側が海上交通の基本ルールを遵守していれば、今回の事故は起きていないケースであろうことは、
今までの日本国内の報道の内容を総合すれば明白だ。

北西に向かっていた漁船と南西に向かっていたコンテナ船が衝突したのだ。この状態で互いに他の船舶を
認めたと仮定すると、海上衝突予防法に則れば避航義務があるのは漁船側だ。遺族側も漁協関係者も、
その常識が分かっていれば全額補償を求めるという非常識なことは言えないだろう。「海上交通の最も
基本的なルールを知りませんでした」では知らないことそのものが罪だし、もし知りながら知らない
ふりで補償を求めているのなら悪質極まりない。

しかも視界は良く、風も波もほとんどなかったという。死亡した漁船の乗組員が海上交通の基本ルールを
守っていれば、今回の事故は明らかに防げた。それを漁船側が100%の賠償を求めるとはどういうことだ。
ここまで海上交通の基本ルールを知らない人たちが漁船に乗っているのか、と思うと本当に腹が立つ。
商船乗りは毎回命の縮む思いをしながら漁船を避けて安全運航に努めていると言うのに、漁船乗りと
その遺族たちはいったい何様のつもりなのだろうか。

別の記事によると、船内の機器が事故の直前に漁船の接近を警告していたにも関わらず回避措置を
取らなかった、とある。しかし、「直前」とは衝突の何分前を指すのかが分からないと回避することが
できたのかどうか分からない。もうひとつ言うと、私が船乗りだった当時の最新式レーダーにはそんな
警告装置は付いていなかった。何が言いたいかと言うと、コンテナ船側の見張り不十分もまたおそらく
明白で、相当の責任はあるだろう、ということである。しかし、あくまでも「相当の責任」であって、
100%コンテナ船側が悪いなどと言うことは今回のケースではあり得ないだろう。
| SHO | 海事 | 06:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
斉藤一好『一海軍士官の太平洋戦争』
今、旧日本海軍の士官だった、弁護士の斉藤一好さんが書かれた『一海軍士官の太平洋戦争〜等身大で
語る戦争の真実〜(高文研)』を読んでいる。それと並行して豊田穣『四本の火柱〜高速戦艦勇戦記〜』
も読んでいて、さらにその前には豊田穣『マレー沖海戦』も読んでいる。もう一冊、手元には江畑謙介
『軍事力とは何か〜日本の防衛を考えるために〜』もある。

ここ数日の私の記事を読まれた方は分かるように、私の元の職業はプロの航海士だ。商船高専時代は
かつての海軍を連想させるような就学環境で学び、船乗りをリタイアした今も、その環境を選んだことを
後悔したことはない。このブログ、そしてブログ開設前のホームページを『藍青』と名づけたのは、私が
かつて乗り組んでいた練習帆船『日本丸』の船首像の名に由来している。

さて、この本は、著者が日米開戦を連合艦隊旗艦『長門』艦上で迎えてから敗戦を太平洋上の潜水艦
『イ四〇〇』で迎え、さらに終戦後に弁護士として数々の事件に携わった経歴をたどった自伝である。
この中には、開戦から敗戦に至るまでのさまざまな作戦に参加して感じたこと、見聞きした生の
戦場の有様、どんな指針の下に作戦をしていたのか。そして戦中戦後を通じて今はどのように
太平洋戦争を振り返っているのかが書かれている。

まず、開戦当時に著者が乗り組んでいたのは戦艦『長門』。開戦時の連合艦隊旗艦であり、現存する
ならばぜひ私が見学したい艦船のひとつある。残念ながら、連合艦隊所属艦船で現在も見学可能な
状態で保存されているのは横須賀にある日露戦争当時の連合艦隊旗艦・戦艦『三笠』しかない。それは
さておき、開戦前日の午後四時に総員を後甲板に集めて艦長から開戦の訓辞があった時、著者は怖れ
おののいたという。

興味深いのは、この時の長門運用長が「君たちは早く結婚しなさい」と言っていること。なぜなら、

日本が米国と戦って勝つ見込みはない、日本がアメリカを屈服させるためには、
日本軍をアメリカ本土に上陸させねばならないが、そんなことは不可能であるから。


からだ。また

海軍には、勇者は家庭をかえりみないで任務に当たるものだという者がいるが、
それは誤りである。真の勇者は家庭を愛し、その上で後顧の憂いなく奮闘するものである。


とも言っている。前者は常識論として「なるほど」と思うが、興味深いのは後者。旧海軍に「勇者は
家庭を顧みないで任務に当たるものだ」と言っていた人がいる(旧陸軍でも同じだろう)のを読んで、
深く納得するところはないだろうか。旧軍の悪しき伝統は、家庭をおろそかにした就業形態への意識の
甘さという形で、今も日本の社会に深く根づいているのだ。

戦後、反戦運動が大きく巻き起こっている。しかし、自衛隊に反対した人にも、家庭を顧みないで働く
ことが美徳だと言う価値観で働いてきた人、あるいは上司として部下をそのように働かせてきた人は
数多いのではないか。表面的な日本の自衛力の整備には反対しても、旧軍隊と同じ価値観が今なお
生き続けていることを日本の社会は意識しているのだろうか。

また、先の長門の運用長は

日本海軍は米海軍と比較して、戦術的には優れているが、戦略的には劣っている。

とも述べている。短期的なその場その場の戦いには強くても、長期的にどう戦えば勝ち目があるかという
研究がなされていない、という意味であろう。これは、現在の日本の防衛計画に私が感じることでもある。
三万キロに及ぶ日本の海岸線とその大陸棚の、どこに日本が死守しなければならない天然資源と領土があり、
それを脅かす対象は何で、どのような方法で脅かされており、どのような形で防衛するのかという視点が
なく、ただ闇雲に隻数を減らして大型艦船でシーレーンを防衛しようとしているように見えてならないのだ。

また、連合艦隊の行動が石油の無駄遣いではないか、という批判に対して「君は山本長官を批判するのか」
とケプガン(士官室の先任者)にたしなめられた、という話も、日本社会に今なお息づいている伝統と
かぶりはしないだろうか。上官が決めたことに思考停止した状態で従うことをよしとする伝統と、似た
ようなことが数々の社会問題を引き起こしているのではないか。

私もかつてはバリバリの制服族であり、厳然たる階級社会の中で働いていた。階級社会では上官の命令は
絶対だが、例えば安全運航を脅かす上官命令が発せられたとしたら、士官として従うべきは安全運航を
守るためのGood Seamanshipであって上官命令ではない。士官とはそういうものである。士官には高い
倫理性が求められており、高い倫理性を備えているからこそOfficerと名乗れるのである。事件や事故が
起これば責任を問われるのは船長と現場のResponsible Officer(責任者・この場合は当直士官)であり、
だからこそ士官には最下級の士官であっても広範な権限と良好な待遇が与えられているのである。

私は士官として発揮すべきリーダーシップについてそのように教育されてきたけれど、私が仕えた船長の
中には「船長が白といえば、たとえ黒いものでも白なんだ」と言い放った人も中にはいた。旧海軍の
エピソードを読むにつけ、昔も今も両方の人がいるのだな、と思わずにはいられない。

士官とは階級社会でのエリートだが、商船高専以外の日本の教育機関において(私の通っていた大学も
エリート大学のひとつだったのだが)、私は「エリートとは何か」という教育を受けたことはない。広範な
権限を持つべきエリートの予備軍が、エリートとしての精神教育を受けずに社会の中枢に送り込まれるとは、
本人にとっても日本の社会にとっても不幸なことである。日本社会で起こる様々な不祥事の、本質的な
原因は「エリートに要求されることは何かを知らない人が、エリートとして人の上に立つ」ことにある。

エリートとしての精神教育とは、「人の上に立つ立場として身につけておかなければならない倫理性を
養う教育」のことである。職務上の大きな権限を持つ人間として身につけておかねばならない2つの柱は
「高度の職業能力」と「高度の倫理性」である。どれほどの職業能力を有しようと、高度の倫理性を
備えない人間にエリートたる資格はない。少なくとも、私はそう教えられているし、そう思っている。

つづく
| SHO | 海事 | 09:00 | comments(1) | - |
イスラエル船の心痛を推し量る
昨日の記事について、一日考えていた。

もし自分の操船で衝突させたとして、今、漁船と衝突した大型コンテナ船の乗組員や船長はどれほど
やりきれない気持ちで過ごしているだろう。いかなる理由があろうとも、自分の操船で7人の人命を
奪ったことは事実なのだ。彼らが善良な船乗りなら、一生悔やんでも悔やみきれない出来事に違いない。

しかし、今まで入った事故情況だけから推測して、大型コンテナ船にはどんな回避の方法があっただろう。

VHFと言う無線で連絡を取ったのだろうか。しかし、沿岸漁業の漁船の乗組員がいきなり英語で呼び出された
として、とっさに漁船乗組員に英語が理解できたとも考えにくい。沿岸漁業の乗組員にとっさの英語が
理解できるのだろうか。

事故当時は深夜だったが、風も波もなく、視界は良好だったと言う。VHFで呼びかける以外に、緊急時の
連絡方法として汽笛を鳴らすと言う方法がある。これも警笛目的の他に、汽笛の短音の組み合わせで
本船の操舵方向を知らせられるよう、汽笛の吹鳴方法が海上衝突予防法で決まっている。しかしレーダー
の追跡画像の報道を読む限り、南東に向かう大型コンテナ船は北西に転舵している。つまり回避運動を
取っているのである。

報道では、

根室市の漁業者の間では、「北米航路」の現場海域は、大型船が頻繁に行き交う過密航路であることは
知られていた。通常、大型船と交錯する際には漁船側が進路を変えたり、エンジンを止めてやり過ごしたり
するのがほとんどという。


と書いてある。これが落石への帰港途中のことであれば、漁船側が避航するのは当たり前だ。なぜなら
両船の位置関係から法律上の避航義務は漁船側にあるからだ。事故時の海況から言って、今回の事故は
まともな見張りをしていれば絶対にあり得ない事故なのだ。そんな漁船が、たとえ汽笛を鳴らされても
警告を発せられたのが自分の船だと気づくだろうか。

事故が起こった以上、コンテナ船の側にも非はあったに違いない。しかし、それ以上に漁船の側がまともな
見張りをしていれば法律上はあり得ない事故なのだ。今、私は第三者だから漁船側を相当責めているけれど、
自分が衝突させた側だとしたら、とてもそんな風に相手を責める気にはならなかったに違いない。本当に、
コンテナ船の乗組員が気の毒だ。

考えれば考えるほど、どうすれば避航できただろう、と思ってしまう。コンテナ船は海上衝突予防法の国際版
である国際海洋法98条の「援助を与える義務(他船に対する迅速な救助活動や通報を義務として課して
いる)」違反ではないか、との指摘がされており、漁船を認識していたとすればもちろんその違反に当たる
わけだが、報道では「海上衝突予防法上の避航義務は、事故当時の両船の位置関係から見て漁船の側に
あった可能性が高い」と言う点について触れていない。これではフェアな報道とは言えない。

日本人だから犠牲者を出した日本人側に立って報道した方が世間受けはいいだろう。でも、この事故について
取材している記者は、報道を読む限り、海上交通の最も基本的なルールが分かっていない。「右側通航。
他船の左舷灯を視認した側が避航し、他船の右舷灯を視認した側は進路・速力を維持しなければならない」
と言うのは海上衝突予防法の基本ルールである。何度でも言う。南西に向かうコンテナ船と北西に向かう
操業中でない漁船が交錯した場合、衝突を避けるために避航の義務があるのは漁船の側なのである。
| SHO | 海事 | 21:51 | comments(5) | trackbacks(0) |
根室沖の漁船衝突事故の状況を推測する。
今回の事故は納沙布岬の南東沖で起きており、沿岸レーダーの追跡によると「大型船は納沙布岬の南東沖を
南西方向に進んでいたが、現場付近で北西方向へ針路を変えた。しばらくして再び南西の方向へ進み始め、
レーダーから消えた。」とある。この証言が正しいとなると、コンテナ船が衝突前に漁船を認識していたと
考えられる。落石漁港に帰港途中だった漁船は北西に向けて航行していたと考えられるから、この場合の
海上衝突予防法上の避航義務は漁船の側にある。

また、事故当時の海況は「現場付近は曇りで、風や波はほとんどなく、視界は良好だった」とある。その
状況で大型船のレーダーが19トンもある漁船を探知できなかったとは考えられない。情報を総合すると、
このコンテナ船が当て逃げしたのはまず間違いないのではないか。

今回の衝突事故について、コンテナ船の擦過傷は左舷側にあったという。漁船の擦過傷は右舷側にあった
既に判明しているため、つまり同航状態(両船が同じ方向を向いた状態)で衝突したと考えられる。
これは先のレーダー画像によるコンテナ船の航跡を裏付けており、両船の擦過傷もそれを裏付けている。
この場合、コンテナ船の緊急回避のための操舵方向は間違っていない。避航義務は漁船の側にあるため、
危険なほどに接近するまでコンテナ船の側は進路・速力を維持する義務がある。大型コンテナ船の進路が
北西を向いた瞬間に衝突したとすると、漁船側の見張りは全く機能しておらず「衝突して初めて大型
コンテナ船に気づいた」可能性すらある。

また、コンテナ船の擦過傷は20〜30mの長さがあるのに対して漁船の擦過傷は右舷船首から側面にかけて
存在している。このことから、小さな相対角度を持って同航状態で衝突したと考えられる。この場合、
反航状態(両船が互いに向き合った状態)で衝突した場合に比べて衝突の衝撃は格段に小さく、かつ衝突
した漁船の側にとっては容易に転覆する状況だと考えられる。漁船で唯一生き残った乗組員が「岩か何かに
乗り上げたような衝撃があった」と証言しているが、漁船は高速で航行するコンテナ船に対して小さな相対
角度を持って右舷船首から衝突し、そのまま高速で航行するコンテナ船に押しのけられるような状態で、
右舷後方から突き上げられるように傾斜し、コンテナ船に乗り上げるように転覆したのではないだろうか。
この場合、漁船が転覆したのはほんの一瞬だろう。

漁船の乗組員の証言と沿岸レーダーの追跡画像が示す衝突時の状況を総合すると、漁船が一瞬で転覆した
こともコンテナ船側が「衝突の認識はなかった」と証言するほど事故の衝撃が少なかったことも、私は
事実だろうと推測している。ただし、コンテナ船が避航動作を取らない漁船の存在を認識していたことは
間違いないのではないか。衝突の可能性のある船舶が本船と安全に航過するまで目視で確認しなかったと
言う点で、このコンテナ船に海上衝突予防法上の過失があったことは間違いないだろう。

現時点で判明している事故状況が全て正確に伝えられていると仮定すれば、今回の事故の大きな原因が
漁船側の見張り不十分にあることは疑いの余地がない。そして互いに他の船舶を視認した時点で、
海上衝突予防法上の避航義務が漁船側にあった可能性も非常に高い。漁船乗組員の家族とその同僚が
逆恨みして大型船舶に怒りを爆発させたところで、似たような事故はいつか必ず起こるに違いない。
コンテナ船が当て逃げしたことは確かに大きな問題だ。しかし、それ以前の問題として漁船側が十分な
見張りをしていなかったことが、今回の事故の直接原因ではないだろうか。

今までも、似たような事故は日本のそして世界の海のあちこちで起きているだろう。そんな事故の記事を
漁船乗組員の誰もが読んだことがないとは考えづらい。しかし報道を読んでも他人事のように考えては
いなかったか。今までの海難審判の報道から、大洋航海中の安全な避航距離は何マイルなのか漁船の
乗組員は研究していただろうか。仮に何十年の操業歴で一度も衝突したことがなくても、一生で一度衝突
事故を起こせば事故が起きる確率としては十分だ。「衝突しなければいい」と言う甘い考えの下に操船して
いるとしか思えない漁船が、私の経験では多すぎる。その認識が変わらない限り、今回と似たような事故が
今後も繰り返されることは間違いない。

いずれにしても、事件の真相究明の鍵を握るのは両船の海図とコースレコーダー、そして沿岸レーダーが
示す両船の航跡だろう。現時点では、あくまでも上に述べたことは私の推測に過ぎない。その3つを照合
してみれば、もっとリアルな事故の真相が分かるはずだ。
| SHO | 海事 | 00:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
イスラエルの船会社・衝突を認める
根室沖で発生した漁船転覆事故について、イスラエルの船会社ZIMは、同社の船が漁船と衝突して転覆させた
ことを認めて謝罪した
と言う。喜ばしいことと言えば喜ばしいが、私は単純には喜べないと考えている。

塗料片の照合により、コンテナ船「ZIM ASIA」がサンマ漁船「第三新生丸」に衝突したことはほぼ疑いない
こととなった。決定的な証拠をつかまれた以上、事件への関与をこれ以上否定することが得策でないと判断
したために認めたのではないか。当初、事件への関与を否定していたことについて同社の会長は「事故当時は
船長が甲板上にいなかったので、『知らなかった』という話にうそはないだろう。海の男が転覆した船を
見て立ち去ることはあり得ない。自分が同じ立場に立つこともあるからだ」と述べているが、海の男が
転覆した船を見捨てて相手船舶の乗組員を溺死させた例など、海難審判の歴史を紐解けばいくらでもある。

会長の言う、センチメンタルなシーマンシップの発露にだまされてはいけない。事実は「衝突した上に
当て逃げした」のだ。決定的な証拠をつかまれてもなお否定し続ける、ならず者でないだけマシだと
思うが、もし決定的な証拠をつかまれなければ、ZIMが事件への関与を認めたとは考えづらい。沿岸
レーダーにも引っかからない大洋航海中であれば、あるいは治安のあまり良くない国の中小の船会社の
コンテナ船であったとしたら、証拠を隠滅して今回の事件が迷宮入りした可能性は十分にあるだろう。

事件への関与を認めて捜査に協力する、と表明したことは「うちの会社は、ならず者の船会社とは違う」
と世間に対してアピールする狙いがあったと考えるべきではないか。日本にそれだけの国力がなければ、
そして相手がイスラエルでなければ、証拠を隠滅されて迷宮入りした可能性のある事件ではないだろうか。
少なくとも、私にとって今回の事件は、イスラエルという国がどの程度信用に値する国かどうかを占う
試金石になっている。

話題は少し変わる。

前述の当ブログの記事のように、私は両船の見張り不十分が衝突の直接原因だろうと推測している。
19トンもある漁船をキャッチできないレーダーなど考えられないし、4万トンもあるコンテナ船を
キャッチできないレーダーなど絶対にありえない。そして、大洋を直進するコンテナ船がわざわざ漁船に
衝突するような操船をしたとも考えられない。操縦性能が大きく上回る漁船側が、安全な航過距離を
無視した操船をして衝突した可能性も十分あると私は推測している。

しかし、コンテナ船は衝突を避けるための回避運動を取ったのだろうか。また、汽笛で危険を知らせる
こともしたのだろうか。衝突した認識がないとしたらどちらも取っていないことになるが、19トンの
漁船に衝突するまで気づかないとしたら、仮に霧の中で衝突したとしても相当ずさんな見張りを
していたことになる。

正直に言うと、私はコンテナ船の乗組員の方に同情的なところがある。犠牲者を出した漁船の乗組員
には申し訳ないが、19トンの漁船の操縦性能をもってして大洋を直進するコンテナ船に衝突したとは、
普段からよほどずさんな航過距離で航行していたのだろうと思っている。コンテナ船の側から見れば、
今回の事故は漁船側の自業自得だと言う側面もあるのだ。

漁船からは安全に思っているかもしれないが、高速で運動性能の悪いコンテナ船は毎回命の縮む思いで
操船しているのだ。今回の衝突を機に「安全な航過距離」についての認識を改めて欲しい。7名の人命が
失われたことは痛ましい。しかし「俺たちの父ちゃんを返せ」と叫んでも、その父ちゃん達は返ってこない。
漁船乗組員が今回の事故から学ぶべきことは、大洋航海中において安全な航過距離とは何マイルのことか
認識し直すことなのではないか。安全な航過距離を無視して大型船舶に接近する漁船を回避することは、
大型船舶にとっては非常に難しい。
| SHO | 海事 | 23:07 | comments(1) | trackbacks(0) |
根室沖漁船転覆事故の衝突船舶特定される。
根室沖の漁船転覆事故で、転覆原因はコンテナ船との衝突、相手船舶はイスラエル船籍の「ZIM ASIA」
(41507トン、乗組員21人)と断定したらしい。転覆した本船と、衝突船舶の塗料片照合の結果だと言う。

相手船舶の乗組員は「衝突したという認識はない」と答えている。衝突して通報もしなかった船舶の
乗組員だから、そりゃ当然そう答えるだろう。事故発生時刻は転覆船舶の時計が止まった時間から
ほぼ推測されており、この時間の両船舶のコースレコーダーと海図上の位置を照合すれば、事故の
状況をある程度は推測することができる。転覆船舶には右舷船首から船尾にかけて衝突跡があるが、
衝突直前にどのような回避動作をしたのかによって衝突舷は変わるため、現時点ではどのような
事故状況だったのかはっきり特定することはできない。

ただ、4万トン級のコンテナ船と言うことから相手船舶はパナマックスと呼ばれるサイズの大型コンテナ船
だと想像できる。19トンの小型漁船と衝突しても気づかなかった可能性は、残念ながらゼロではない。
仮に気づいたとしても、大洋航海中の大型コンテナ船の運動性能は非常に悪い。近距離で気づいた場合、
回避運動をしても衝突を避けられなかった可能性はあるのだ。

ただ、事故時の視界がどれくらいだったのかにもよるし、19トンもある漁船をレーダーでキャッチ
できなかったとは考えづらい。全く気づかずに衝突したとすれば、衝突原因は両船の見張り不十分だ。
転覆した漁船の当直航海士が死亡しているため、正確な事故状況を推測することは難しいのだが、
同じくコンテナ船の航海士だった私の経験から推測すると、一方的に相手船舶の見張りが不十分だった
とも考えづらい。

私もブリッジに立って相当数の漁船を見てきたけれど、漁船側も相当なめた操船をしていることが多く、
しかも漁をしていない漁船の操縦性能はコンテナ船とは比べ物にならないほどいい。はっきり言って
漁船は大型コンテナ船の通航の妨げになっており、漁船の群れて操業する海域を航行する時には毎回
「ぶつけたらどうしよう」と命の縮む思いをして運航に当たっていた。今思い出しても胃が痛くなるほどだ。
操業中の漁労船舶に対して、一般船舶は(たとえ19トンの漁船に対する4万トンのコンテナ船でも)
海上衝突予防法上の避航義務がある。しかし、今回の事故は帰港中の事故であるため、法律上は
一般船舶同士の関係であり、互いに右舷灯を確認した船舶同士、あるいは互いに相対方位の変わらない
船舶同士の避航動作のどこかに問題があって衝突事故が発生したと考えるべきだろう。

死者にむち打つようで悪いが、漁船側の避航動作にもまた相当の問題があった可能性が高いと私は見て
いる。仮に霧の中を航行していたとしても、4万トンもあるコンテナ船が大洋航行しているのである。
こちらは間違いなく、レーダーでキャッチできないわけがない。高速で直進している(はずの)大型
コンテナ船が衝突の危険のある船舶かどうか、レーダー画面を注視していればARPA(自動衝突予防
援助装置)が表示するはずだ。当て逃げして救助しなかったとすれば相手船舶に重い責任があるが、
衝突に至るまでの過程において、相手船舶に100%の非があったとは、どう考えても私には考えづらい。
| SHO | 海事 | 17:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
熊野灘のタンカー衝突事故と『海猿』
先日来、熊野灘で起きたタンカーの衝突事故がトップニュースになっている。
船内から行方不明の5名と見られる遺体が収容されたとか。痛ましいことだ。
事故から24時間で1名しか助からなかった時点で、おそらく残りの乗組員は船内に
閉じこめられたまま助からないだろう、と思っていたのだけれど、いざ現実に
乗組員がほぼ全滅と言う状況を知ると胸が痛む。ご冥福を祈ります。

ほぼ同日に、遠州灘でも衝突事故で砂利運搬船が沈没しているし、昨日は清水港で
日本郵船のコンテナ船が衝突事故を起こしている。視界50メートルくらいしか
なくても現代の船は平気で運航するのでこんな事故も起きるのだが、見張り不十分と
責めるだけでいいのか?と言うことを思う。

私の商船高専時代の卒業研究は海難事故の統計をまとめることだったのだけれど、
海難事故の多くは「見張り不十分」がからんでいる。専門用語で「視界制限状態」
と言う視界不良の状態では当直の人数を増やすことが肝要、と言うのが常道である。

しかし、乗組員が5名や7名の省力化が進んだ船で見張りを増員することは現実的に
難しいのだ。なぜなら、航行中の船舶は通常3交代の当直体制を組んでおり、しかも
事故を起こした当該船舶のような内航(国内航路)の船では当直1名で3交代するのが
ギリギリの乗員しか乗せていないからだ。視界50メートルの濃霧でも「通常運航」
と判断して当直1名で動かさないと、まともな休息も取れないだろうことは容易に
想像できる。それを支援するためのレーダーであり、自動衝突予防援助装置なのだが
それを扱う人間があくまでも1人であり、これ以上の人数の増員は事実上望めない、
と言うところに根本的な問題があるのだ。これが外航(外国航路)の大型船なら
船長が常にスペアとして待機しているので、視界制限状態の時はためらいなく呼ぶことが
できるのだが、乗員の少ない内航船で同じことができるはずもない。辛いけれど、
どうすることもできないのか、と思う。

話は変わる。
コンビニで『海猿』と言う漫画を立ち読み。海上保安庁のPSクラスの小型巡視船に
乗る新米の海上保安官が成長していく物語。沈没寸前の密航船から密航者を救出したり
拳銃密輸の現場を押さえる張り込みの話、あるいは主人公には船を下りたいほどの
トラウマに陥っても助けてくれる女性が出てくるのだが、私だったらもっと違う
結末にするだろうなぁ、と思う。どちらも主人公は命令違反を犯しながらも最後は
任務を成功させるのだが、私ならどちらも任務を失敗に終わらせる結末にするだろう。
私がストーリーを書くならば沈没寸前の密航船から人を救出できないままに沈没させる
だろうし、密輸入もまんまと成功されるだろう、本当に船を下りたいほど悩んだ時に
自分を抱きしめてくれる女性など描かないだろうな、と思うのだ。少なくとも、
私自身が悩んだ時にはそんな人などいなかった。それが現実なのだ。

主人公のような熱血漢の海上保安官なら、私なら一緒に乗りたくない。主人公の身も
毎回危険をさらしているけれど、他の乗組員にとって危険で仕方ないからだ。
例えば、本人達には悪いけれど密航者には他の保安官を危険に巻き込んでまで無理して
助ける義理はない。「密航する」とはそういうことなのだ。彼らに助かる権利などない
と言っていい。私も密航者を処理したことがあるけれど、『海猿』のストーリーは、
私にはすごく似非ヒューマニズムに思えて仕方ないのだ。

私も船に乗っていて事故に遭ったこともあるし、海賊に襲われたことも密航者を
見つけて官警に引き渡したこともある。現地の人にやむを得ず差別的扱いをせざるを
得なかったこともある。でも、それを誰が責められるのだろうか?責める人には
本当に責める権利などあるのだろうか?似非ヒューマニズムで言っているだけなら
私には何の説得力も感じないのだ。
| SHO | 海事 | 05:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
列島トラック3万キロを見て
今日、NHKスペシャルでトラックドライバーの同乗記録がありました。
私も運輸業界にかつていたのですが、見ていて辛かったです。時間に追われ、
睡眠時間の不足と戦い、家にも帰れず、事故を常に恐れながらの仕事。安全とは
ほど遠い環境でも安全を保たねば仕事にならない。私が運輸業界にいた頃に感じて
いたことが、さらに深度化して今は存在していると言う事実。私は仕事を辞めて
正解だったのかどうか、考えてしまいました。正解だったとは言えないけれど、
かと言って間違いだったともやはり思いません。

登場するトラックドライバーが一仕事の単位を「航海」を読んでいるあたり、
実際の船乗りだった私には気持ちが分かります。

長崎に住むドライバーが名古屋に住む娘さんの婚約者と会うシーンがありましたが、
仕事との兼ね合いで娘さんとの時間をなかなか作ってあげられず、一度キャンセルして
二週間してようやく会えたシーンがありました。私も乗船中に船長の娘さんが
突然結婚することになって、その電話の取り次ぎと第一報を当直航海士として
受けたことがありますので、その時のことを思い出しました。なかなか、家族の
大事な場面に立ち会えないんですよね。こういう仕事って。離婚して子供4人を
育て上げて、「娘は自分のことを許してくれないのではないか」と語っていた
シーンがとても印象的でした。

今、朝日新聞富山版で昨年の海王丸座礁事故を扱った特集をしています。
http://mytown.asahi.com/toyama/
私も乗船中に事故にあった経験がありますが、事故に遭わなければ仕事を辞めて
いなかっただろうと思う反面で、事故にあった後でショックと重責を天秤に掛けて
結局辞めた自分が弱かったとも思います。でも、一度事故を起こせば大変な結果を
招くことが分かっていて、自分がその当事者から逃れ得ることは仕事を続けている
限りあり得ないこと。私の回りにも船を下りた人が他にいますが、事故の影響が
社会的に甚大である大型船舶の場合、船を下りる決断が間違いだったとは到底言えない
とも感じます。

NHKスペシャルで最後に言っていた言葉がとても印象的でした。

「もし今が30歳くらいだとしたら、人生をやり直したい。運転手じゃなくて」

まるで私に向かって言われたような言葉。次の瞬間「どうやり直す?」とテレビに
向かって問うている自分がいました。答えは、まだ分かりません。
| SHO | 海事 | 23:59 | comments(2) | trackbacks(0) |
海賊行為の心のケアと外国人船員
この数日、にぎわせているニュースにマラッカ海峡で起きた海賊騒ぎがあります。

日本人が連れ去られた、と言うことで日本で話題になっていますが、この手の
話題が起こるたびに歯がゆく思うのは、日本は海洋国家であり、輸出入の99%を
船舶に頼っている、と言う実状があまりに認識されていない、と言うことです。
そして、海賊行為に関する限り、その数は年々世界的に増加傾向にあります。
実家に帰らないと海賊行為に関する統計資料がないので実数を今ここで示すことが
できないのですが、マラッカ海峡周辺や大地震で大被害を出したインドネシアの
アチェ州などは世界的に有名な海賊の出没海域です。

日本人乗組員が精神的なショックを受けている、日本に近いうちに帰国させる
つもりだ、と言うことをニュースで報道していました。精神的なショックを
受けるだろうな、と言うことは容易に想像がつくのですが、気になったのは
外国人船員の受けた精神的ショックについての報道がなされていないこと。
日本人だけ報道していれば、それでいいのか?と言う疑問を感じました。

今回襲われたのは日本のオーシャンタグボートですが、日本人船員の他に外国人の
船員が乗り組んでいます。私が昔、船に乗っていたときはフィリピン人船員と
一緒に仕事をしていましたが、今や外国人船員は日本船籍の外航船と言えども
欠かせないパートナーとなっています。人件費削減のため、職員(職員とは
士官のこと。航海士、機関士などの役職に就く高級船員のことです。一般の
船員のことは部員と言います)の一部に日本人を乗せている以外は全て外国人
船員で運航されています。事実上、彼らがいなければ運航が成り立ちません。

ここは日本ですから、日本人の報道が真っ先になるのは仕方ないことだとしても、
日本人船員の心のケアが話題になるのであれば、外国人船員の受けた心の傷の
こともちゃんと考慮され、また報道されるべきなんじゃないでしょうか。
海賊行為によって傷つけられた心に日本人も外国人もありません。外国人船員も
また、日本人船員と同じように恐怖におののき、でもお金のためですから仕事を
辞めるわけにはいかないんだ、と言う状況の人もまた大勢いるのです。

私は本物の海賊に襲われたことが2回あります。1回はスリランカのコロンボで、
もう1回はナイジェリアのラゴスで襲われました。私は海賊に襲われたよりも
別件の事故の方が長く心の深い傷となっていますが、いずれにしろ職務上の
アクシデントが起きなければ、もっと正確に言えば、アクシデントによって
傷ついた心のケアがきっちりなされていたならば、仕事を辞めずに済んだのでは
ないか、と言う思いが今でも残っています。もう全ては過去の話ですが、ある
意味では過去になっていない。今もかつての職務上のアクシデントで苦しみ
続けているのです。

海賊行為とは一方的で理不尽なもの。レイプに似たものだと言っていいでしょう。
断じて許すわけにはいきません。日本では、野球の四国独立リーグに愛媛マンダリン
パイレーツと言う球団がありますが、過去の村上水軍に思いをはせたと言っても
ずいぶん呑気な、と言うか無神経な球団名だと思います。日本では海賊にロマンを
感じる人がけっこういるように感じますが、もし本当に海賊に襲われたならば、
そんなことは言えなくなるほど、海賊行為とは怖ろしいものです。海賊の脅威は
今もなくなっていない。世界中で増加しつつあり、国際問題になっています。

行方不明になっている日本人船員の一刻も早い無事の帰還を祈るとともに、
海賊行為によって傷ついた船員たちが、国籍を問わず早急に適切な心のケアを
受けられることを心から願ってやみません。
| SHO | 海事 | 01:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
新防衛大綱への憂慮
木曜日に発表になりましたが、新しい防衛体制の大綱が決まって、護衛艦の
数は現在の54隻から47隻に減らされるとか。私はシーレーンの保護が大丈夫
なのかとても心配しています。

中国原潜領海侵犯事件でクローズアップされましたが、それ以前から中国海軍の
調査船は日本の排他的経済水域で繰り返し無許可の調査活動を行っています。
東シナ海の中間線に引かれている日本と中国の排他的経済水域の境界ラインも、
中国は大陸棚を主張して日本のすぐ側まで中国の排他的経済水域だと主張
しています。沖の鳥島も島ではなく岩礁だからと主張して、無許可の調査
活動を行っています。東京都が対抗措置として周辺での漁業操業を行うと
発表しましたが、当然のことです。

中国海軍による排他的経済水域での無許可調査や領海侵犯事件が頻繁に
起こっている今日、一方的に海上自衛戦力を削減することは日本の現在権益を
侵害されることにつながりかねません。海上権益の保持に対して日本政府が
消極的であることを、私はどうかと思っています。
| SHO | 海事 | 06:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
編集後記で雑誌を買う
水曜日の話ですが、『世界の艦船』の2005年1月号を買ってきました。

今回の特集は「護衛艦のすべて」ですが、残念ながらこの特集が目的で
買ってきたわけではありません。私が買ったのは「海王丸」の被災状況を
カラーグラフで特集していたから。年始号なので1500円と高いし、昨年の
1月号も「海上自衛隊」の特集で全艦船を特集しており、6月号では
「自衛艦の建造 その計画と設計」で設計思想について特集しており、
11月号では「日本vs中国 そのシーパワーを比較する」で日中両国の艦艇を
特集しているので、情報として今月号はそれほど新味がないのです。

それでもこの雑誌を買ったのは、もうひとつ理由があります。編集後記に
編集長のコラムが毎回載っているのですが、「よく言ってくれた!」と
納得させられることが多いのです。記事そのものはもうひとつ新味がない
けれど、編集後記を読んで雑誌を買ってしまった、と言うことが私は過去にも
あります。雑誌の編集思想と言うものが大事だと私は思うからです。

『世界の艦船 2005年1月号』の編集後記では、11月12日の中国原潜領海侵犯
事件についてこう触れられています。

「領海侵犯した潜水艦を、中国の漢型原潜と確定し、駐日中国公使に厳重抗議
した。独立国として当然のことである。(中略)問題は首脳会談を直前に
控えて中国を刺激することを避け、国籍不明のままお茶を濁そうという
声が、与党内からも出ていたことである。領海侵犯は国家主権の侵害であり、
これを不問に付してまで押し進めるべき友好関係など、一体どこの世界に
存在するのであろうか。日中友好と今回の抗議は、まったく別次元の話で
ある事を明記しておきたい。」

私も、この意見に全く同感です。領海侵犯した場合、領海内で撃沈されても
中国は文句を言える筋合いではないのです。それを不問に付そうと言う動きが
政府内にあったと言うことには、日本国民として強い憤りを覚えます。

こういう主張を、ちゃんとマスコミがしてくれないと困るのです。よく言って
くれた、と私は思うし、その意見を支持する姿勢として私は雑誌を買うのです。
| SHO | 海事 | 06:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
海王丸離礁
24日に、先月下旬に台風のため富山湾で座礁した練習帆船『海王丸』が
漂着先の防波堤から離礁しました。大きなクレーン船に吊り下げられて。

海王丸のマストの高さは55mあり、船の長さも110m、総トン数も約2500トン
あります。決して小さな船ではありませんが、クレーン船に吊り下げられると
どこの小舟かと思ってしまいます。

私は海王丸の姉妹船、日本丸のメインマスト最上端に登ったことがあります。
海面上55mと言うのはとんでもない高さで、瀬戸大橋や横浜のベイブリッジの
桁下高さが、なんとかこのクラスの帆船が通れる高さです。そのマストの
上端をゆうゆうと超える高さに巨大な滑車を吊して、そこからワイヤーで
2500トンの船体を持ち上げているなんて。クレーンの高さはゆうに100mを
超えるのではないでしょうか。

写真を見ていると自分自身の身体で覚えている遠近感がすっかり狂って
しまって、作業の写真を見ても起重機船の大きさが分かりません。
大昔なら廃船にするしかなかったような重傷の海王丸を、いつも簡単に
持ち上げてしまう日本のサルベージ技術に、感心するばかりかポカンと
上を見上げて圧倒されてしまいました。

それにしてもお金がいくらかかるんだろう・・・。想像もつかない世界の
話です。
| SHO | 海事 | 04:42 | comments(2) | trackbacks(0) |