藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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恋愛観など
日本一周の計画が具体化するに従って、具体的になりつつあるものが
もうひとつある。それは恋愛観。

私は基本的に夢を実現することが好きで、相手にも夢を実現して欲しいと
願っている。自分の夢はいつも応援して欲しいし、相手の夢が実現できない
理由を私のせいにして欲しくないし、私のせいで夢を諦めたりして欲しくない。
私は相手の夢を応援したいし、相手にも自分の夢を応援して欲しい。

それとポジティブ過ぎずネガティブ過ぎない人。ポジティブ過ぎる人と一緒に
いると、自分のネガティブな部分を否定されちゃうから窮屈で疲れるし、
ネガティブ過ぎる人はこちらがパワーを吸い取られてやっぱり疲れる。
私はけっこうネガティブなことをわーわー言うのも聞くのも好きだし、
ポジティブなことを言うのも聞くのももちろん好き。ポジティブな自分も
ネガティブな自分も、どちらも自分なのだ。どちらかだけなんてことはない。

日本一周が決まってから、相馬裕子のベストアルバム「Recollections」を
ずっと聞いている。彼女の歌は聞いているとランドスケープが浮かんでくる。
海を渡る風の匂いや、草原を渡る風の匂いがするのだ。目を閉じれば、沖縄の
海沿いや北海道の草の海の中を、ゼルビスに乗って疾走する自分の姿が
ありありと瞼の裏に浮かんでくる。

| SHO | 晩婚 | 18:43 | comments(0) | - |
自分への許可ということ
さっきの記事を書いていて、いや昨日気づいたことがある。

それは「なぜ、私には彼女ができていないのか?」って疑問。
気づいたのは「自分で、自分自身に対して、彼女を作っていいという許可をしていないから」。
そう、そうなのだ。

別に出会いがないわけでは今も昔も全くないし、むしろ魅力的な女性との出会いは多いはず
なのに(つまり、私が「いいな」と思う女性が、私の回りにはかなり多いってことです)
どうして彼女がいないのか?という疑問が、思いも寄らぬ方向から解けてきた。

気づいたきっかけになったのは、自分の中の優先順位がどうなっているかに気づいたから。
現段階では

第一位 バイク日本一周
第二位 上田への移住と仕事探し
第三位 幸せな結婚

って優先順位になっていて、つまり恋愛関係は現時点では第三位の優先度なのである。これらの
順位はそのまま先に実現すべき優先順位になっていて、時間的にもおそらくこの順になるだろう。
同時に全て実現してしまう可能性もないわけではないけれど。

でも、冷静に考えてみると特に「第一位」は「第三位」のためにはものすごく重要な条件で、
時系列がこの順なのはまさしくそうだろうなぁ、と思う。バイク日本一周という冒険は、
内なる敵と対峙して夢を実現していく、という作業の体験であって、思春期から青年期の男の子が
結婚前に通過するべきイニシエーション(通過儀礼)だと自分で思うから。私は、過去に挑戦した
ことはあるけれど、まだ人生におけるこのステージをクリアしていないのだ。だから30歳に
なった今、私は一刻も早く人生において現在通過すべきイニシエーションをクリアしたいのだ。

私の最大の親友が結婚することになった(実は口止めされていたのだけれど、もういいよね?)。
彼に現在の彼女ができたのは、まさしく彼が最大の宿願としていた挑戦を完了させた直後で、つまり
そういうタイミングで人は出会うように出来ているのだろうと思う。つまり、彼は無意識か意識的に
かは分からないけれど、自分自身に対して彼女を作る許可をその段階でしたのだと思う。そして、
彼は人生の次のステージに進むために宿願の完了を必要として、最後は猛スパートをかけたのだ。

私は彼の宿願の始動と達成の瞬間に立ち会っているのだが(だから我々は最大の親友なのだ)、
私も早く今のステージをクリアしたい。そして、そのための2年間の挑戦がこれから始まるのだ。
| SHO | 晩婚 | 18:38 | comments(0) | - |
幸せって何だろう?
昨日の夜から今日の昼にかけて、友人にすっごく長いメールを書いていて気づいたことがある。

幸せって、「なる」ものじゃなくて「気づく」ものなんだよなぁ、ってこと。

幸せを気づくための心のアンテナを研ぎ澄ますことが大事なのであって、形が決まった「幸せ」って
いう形を追い求めていくのは、ネクブサ風に言えば「海辺に行くためにジャングル行きのバスに乗る
ようなもの」だ。方法論的に間違っている。幸せを手に入れることが幸せになるための近道ではなくて、
今ある幸せに気づくことが幸せになる最短のルートなのだ。

今日の草津は、午後から雪が降ってきた。もう幸せで幸せで仕方がない。これで就職が決まれば、
思う存分にスキーができる。もちろん外出すると寒いので、今日は昼間のうちに風呂に行って
来ようかな、そんなことも思っている。
| SHO | 晩婚 | 15:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
ドライブよりバイクツーリングを
今、友人にメールを書いていた時に気づいたこと。

例えば彼女ができたとして、どんな関係でいたい?って聞かれたら、一緒にドライブするよりも一緒に
バイクでツーリングしたい。「中免持ちじゃないと絶対ヤダ!」って言っているわけじゃない。私も
中免はまだ持っていないしね。いずれ取るけど。相手がバイク持ちなら?もちろん私はOKです。

たとえば好きな人ができたとして、何を一緒に見たいですか?

という問いを考えた時に、自分の中で浮かんだのは「燃えるような夕焼けを一緒に見たい」ってことだった。
一緒に同じ感動をシェアしたいってことだ。それも、バイクで一緒に行けたら嬉しいな♪ってことも思った。

「燃えるような夕焼けを見ているとき」という答えは、

どんな時に幸せを感じますか?

の答えでもある。「爽やかな朝の景色を見ているとき」でも「オリオン座の骨格の中身まで見えるような、
満天の夜空を見ているとき」でも同じ。草津に住んでいたら自然の景色に感動することは毎日事欠かない。
それはもちろん、ひとりで見ても十分に楽しめるものであって、私は毎日感動しているのだけれど、その
感動を一緒にシェアする人がいて欲しいな、ってことも思うのだ。ひとりで見てるのって自己完結だから。
もうひとつ言うと、私はカウチポテトも大好き。って言うか、外に出ると感動することが多すぎるほどでも、
実際の行動は家の中でゴロゴロ…の方が圧倒的に多い。

話を元に戻す。
バイクツーリングと車のドライブの決定的な違いはいくつかある。大きくは、バイクは身体を直接
自然環境にさらして走ることと、バイクはそれぞれが自分のバイクを運転しなければならないこと、
の2つに集約される。密閉空間で同じ空気をシェアするのが車のドライブだとすると、開放空間で同じ
空気をシェアするのがバイクのツーリングだ。ふたりだけの世界を作りたいのなら車だろうけど、
自然とか空気感を共有したいのならバイクだと思うのだ。

「絶対に遠距離恋愛できないタイプ」の私は、本当はバイク派じゃなく車派なのだろうか?バイクだと
お互いの趣味が違う時は分離運転もできるし、私はそっちの方がいいと思うんだけど。
| SHO | 晩婚 | 07:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
なんでもない話題で長話するのが好きな人、求む!
さっきのバイクの話から続く。

こんな記事によると、

■相手があることで、なかなか思ったとおりのことにならない場合、
ひとつのやり方に固執してしまっている場合がある。

■そこから抜け出すには、
1:「それをする、手に入れることで、何が得られますか」という質問を
  繰り返していき、最終的には何のためにそうしようと思ったのか、に気づく
2:その最終的な目的のために、他に出来ることはないか探す

■関係なさそうに見えても、そうしたほうが早く最初望んでいた結果を得られる


のだそうだ。自分について考えてみた。

例えば、私は「バイクに乗りたい〜!」とも言っているし、「彼女が欲しい〜!」も言っているけれど、
彼女の方は自主規制中(笑)の状態である。当分は自分の生活を立て直すのが優先で、来年の2月に
空亡が明けるまでは「とにかく、これからに向けた土台作り!」の時期である。(いくら私が「常に誰か
隣にいないとダメなタイプ」でも、自分でこうやって納得している場合はストレスが少ないそうです)
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| SHO | 晩婚 | 04:23 | comments(5) | trackbacks(0) |
今日から初出勤
日付が変わって、今日から初出勤である。会社に昨日行ってきて、決まった。週末はある温泉入浴施設の
清掃係を、平日は、11月はけっこう暇なのだけど別の温泉入浴施設の清掃係をすることになった。もっとも、
公共入浴施設の掃除は夜に行うので、今日の昼間は暇である。ともあれ、仕事が決まってよかった。

それにしても、あまりにあっさり就職が決まったので、自分が就職したのだという実感がない。正直言って、
仕事の集合時間に遅れるのではないかと今から気が気で仕方ない。派遣の仕事って給料は派遣会社から
出るので(つまり私は派遣会社の派遣社員ってこと)仕事の現場から直接出るわけではないけれど、
クライアントに喜んでもらえる仕事をしたい。

私は高専の寮生活時代から「公共空間の掃除は好きだけど自分の部屋の掃除は大嫌い」なことで有名だった。
どういうことかと言うと、私は「自分の仕事で他人が喜ぶ顔を見るのが好き」なのだ。だから、私の仕事で
お客様が「わぁ、清潔なお風呂」と喜んでもらえるのなら嬉しいし、そう言ってもらえる仕事をしたい。

私は昔から「お金のために働く」ことが大嫌いだ。うちの親にはどうしても分かってもらえないのだけれど、
「金はいくらでもやるから馬車馬のように働け」って言われると、札束で頬をはたかれるような嫌な気持ち
になる。だから「プロだからお金のために働け」って言われるのも嫌い。そういう人にもいい仕事をする
人はたくさんいて、だから彼らの気持ちも尊重はするけれど、私はそういう信条じゃないのだ。「本当に
プロなんだったら、仮に一銭のお金にならなくても最大のパフォーマンスを見せたらいかが?」って思う。

おそらく、どちらの意見も間違いではない。私はどっちの意見もOKだと思う。ただ、信条が違うだけだ。

ぶっちゃけて本音を言えば、私は地位も名誉も欲しいし、お金だってたくさん欲しいのだ。「お金を稼げ!」
って人と「お金を稼ぐのが嫌い!」な人とは、表面的には逆のことを言っているけれど、本質的には全く同じ
ことを言っていると思う。「お金(or地位や名誉)のことが、私はとっても気になる」という点で。
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| SHO | 晩婚 | 03:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
記憶の封印
この記事によると(最近、同じ人の書いた記事ばっかり読んでる気がする…)

「同じ心の傷を持つ者同士は、会った瞬間、惹かれ合う。」

のだそうだ。正確には「『心の傷・病気の種類と深刻さ』がよく似ている」らしい。人は同じ波長の
オーラを発している人と仲良くなるらしく、似たような心の傷を抱えている人は、同じように傷ついた
人を見ると「この人だ!」と瞬間に分かってしまう(=惹かれる)のだそうだ。

「記憶を封印するほど辛い過去を持っている人」(←私)は、どういうわけか重大な心の傷を負った人と
毎回お付き合いしてしまう。その人が凍結した記憶を持つ人であることを知るとドキッとして惹かれる。
似たような経験を持っている人だというのは勘で分かるけれど、その記憶について私からお付き合いした
人に訊ねたことは一度もない。私がその人に訊ねられたこともない。本人自身が解凍するまで、訊ねては
絶対いけない類の質問なのだ。

私も過去の話をブログに書いたり友達に話したりはするけれど、大半は同じ記憶の話しかしない。それ
以外の、残るほとんど全ての記憶は私の中で多大の労力を使って凍結されている。思い出すこともないし
思い出したくもない。だから、私の前で話すときは私の過去のエピソードを話題に出さないで欲しい。
私の過去のエピソードを掘り起こされて、私が本心から楽しく話題に参加することはまずない。すごい
恥をかかされている気がして、猛烈に腹が立つか泣きたいほど悲しくなる。
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| SHO | 晩婚 | 21:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
自分を許せなかった自分
あんまり「晩婚」のテーマとは関係なくなっているけれど、先の記事で書いた「自分を許せなかった自分」の
ことについて書きたいので、書くことにする。

私は、どのようなことをした自分自身を許せなかったのか…。

「なりたくてなりたくて、ようやく実現した仕事を、たった1年半で辞めた」

ことだった。
プロフィールで公開しているように、私はもともと外国航路の航海士の仕事をしていた。外航の船乗りと
言えば、私と同学年の高専の同級生の中で、日本中で私しか就職できなかった超難関。でも、長年の夢が
叶った私は、その夢を1年半で放り出してしまった。

当時の私の給料はものすごく高くて、でも私は就職したものの失敗続きの劣等生だったので、ものすごく
高い給料がとてもプレッシャーになっていたのだ。実力をはるかに超える給料をもらっていたことが
とにかく嫌だったし、給料に見合う自分になる自信がなかったのだ。私は会社にそのことをこそアピール
するべきだったのだ。かなり無茶な要求はしてきたけれど、基本的に温かい会社だったのだから。

今なら、当時の自分とは違うアクションを取るだろう。おそらく「私の給料を下げて下さい。その代わり、
5年は陸上勤務に回さないで船に乗せて下さい。私はプロの”船乗り”になりたいのです」と会社に言う。
その上でどうしても認められないのなら、給料は低くても要求を認めてくれる同業他社に転職しただろう。

当時の会社の方針と言うのは、陸上勤務と海上勤務を半々にして、要するに「船乗りのことも分かる
陸上社員」を育成するために日本人を採用していたのだ。でも、私は陸上社員になりたかった訳では
なかったし、「金はいくらでも払うから、即戦力でバリバリ昇進してくれ」という方針に疑問を持って
いたのだ。なぜなら、船乗りは一人前の船長になるのに20年はかかるという難しい仕事なのだ。昨今の
日本船舶の信じられない事故の、その大きな原因は「腰掛けで船に乗せる」からだと私は思っている。
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| SHO | 晩婚 | 02:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
パレートの法則
さらにさらに『ネクラでブサイク彼氏は5人』の話の続きである。

パレートの法則、と言うものがあるそうだ。私も大学で経済学は習ったけど、知らなかったなぁ…。
こんな法則らしい。

パレートの法則とは、経済学者パレート(Vilfredo Pareto)が発見した法則で、社会全体の富の
80%は20%の人間に集中しているというもの。現在ではさらに一般化されて全体の20%が全体の
80%を独占するという意味で使われている。重要度の高い上位20%に集中すれば、全体の80%を
効率的にカバーできるという合理的な思考法という意味でも使われる。

                    (All About Japanより引用)

つまり、私と言う人間がいるとして「私のいいところの80%は私という人間の20%に集中していて、残りの
80%がダメダメでも、それで完璧な状態なのである」ってこと。そして「いいところである20%の質を上げる
ように努力していれば、ダメダメである残り80%はOKになる」ってことでもあるそうだ。

このことを知って、私が最初に思ったのは「私のいいところである20%って、いったい何だろう?」ってこと。
自分で自分を褒めることなど久しくなかったので、自分のどこがいいところなのか自分でも分からなく
なっているのある。つまり、私は「自分をよく知らない」ってことだ。気づいていないか忘れているだけ
かもしれないけれど。とにかく「あなたのいいところは何ですか?」って言われて自分で分からないって
ことは、私は久しく自分を全否定して生きてきた、と言うことなのだ。
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| SHO | 晩婚 | 22:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
私は甘え好き
ネクラでブサイク彼氏は5人』の話の続きである。寝たり起きたりご飯食べたりしながら、あまりに
面白くて、一昼夜かけてメルマガのほぼ全ての記事を読破してしまった。読むのに一昼夜かかるほど
メルマガの内容は量がすごく、その質もすごいのだ。

このブログでは何度も書いているように、私は甘えるのが大好きである。人から何かしてもらうのも大好き。
「ありがとう〜♪」と嬉しく受け取ってしまう方である。ただし、相手が見返りを求めていない場合に
限って。「甘えてもいいから、代わりに○×して〜♪」と言われると、その内容にもよるけれど、○×が
自分にとって負担な内容であれば、何もしてもらわない方がいい。「私は自分で自分をヨシヨシできるから、
あなたもそうして」と思うのだ。人に甘えられることがストレスに感じる人とは、お付き合いに発展しない
のかもしれない。

じゃあ「なぜ人に甘えるのが好きか」ということになる。それは、子供に戻れるから。私は基本的に子供の
ままでいるのが好きだし(大人になりたくない!って願望が自分にあるって2つ前の日記に書いた通り)、
自分の中の子供の部分を、そのままでいてもOK!って言われると非常に快適だし、精神的に楽である。
だいたい鉄道が好きで帆船が好きで、自転車で日本一周に挑戦したり、いつまでもロマン求めて乗りに
行っているわけだから、30歳になっても私の内面は子供のまま…なのだ。自分で言うのは恥ずかしいけど。

じゃあ、どんな人が合うと思う?って言われると、パッと浮かぶのは「子供好きの人。子供と一緒に
いることが好きで、子供をストレスに感じない人」だ。
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| SHO | 晩婚 | 20:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
北川涼子・辻耀子 『ネクラでブサイク彼氏が5人』
ありのまま.com」というサイトがある。
存在そのものは以前から知っていたので、ないかなないかな〜と探し回って、ようやく見つけたの
だけれど、特にメールマガジンの内容をWebで発表した「ネクラでブサイク彼氏が5人」というコーナーが
めちゃめちゃ面白い。でも、中身がものすごく濃いので、まともに全部読んだら数時間かかってしまう。
(速読には自信のある私が、日本シリーズを見ながら読み始めたのに、3時間で半分も読み終わらない…)

ネクラでブサイク彼氏が5人」は、要するにパートナーゲットのテクニックと、そのポイントを延々と
初級者向けから上級テクニックまで書いている。このメルマガを「面白〜い」と、そして「これを
読んでテクニック盗むもんね♪」と思っている私は、深層心理では「自分はいい男(いい女)を
ゲットできる」と確信しているんだとか。そうなんだ、知らなかった…。

目からウロコが落ちたのは、『自分の自己評価を自ら下げてしまう悪循環』の中に私がどっぷりハマって
いること。なぜなら「自分を否定したまま、今よりもよくなろうとしているから」。その通りなのだ。

対策としては、
『自己評価を自らどんどん下げてしまう悪循環に気付く』、
『誰よりもまず自分が自分の価値を見つけてあげる』
『もっともっと自分をよしよししてあげる』
なんだそうだ。これが、意中の人を射止めるための最短距離なんだとか。へー。
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| SHO | 晩婚 | 01:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
酒井順子『負け犬の遠吠え』
このブログで再三出てきているのが酒井順子の『負け犬の遠吠え』(講談社)。
紹介する紹介する、と言っていて全然紹介できていなかったので、思い立ったら紹介してしまおう。

さて、この本の章立てはこんな風になっている。

余はいかにして負け犬となりし乎

負け犬発生の原因
・負け犬と三十五歳
・負け犬と年齢
・負け犬と大人
・負け犬と少子化
・負け犬と都会
・負け犬と住居

コラム・負け犬ストーリー

負け犬の特徴
・負け犬と金/仕事
・負け犬と恋愛/結婚
・負け犬と依存症(アディクション)
・負け犬とファッション
・負け犬と家族
・負け犬の恐さ
・負け犬と純粋

コラム・オスの負け犬

負け犬の処世術
・負け犬と女の幸せ
・負け犬vs子持ち主婦
・負け犬と外見
・負け犬の先達
・負け犬と老後
・負け犬と友情
・負け犬と孤独
・負け犬の存在意義

負け犬と敗北
負け犬にならないための10ヶ条
負け犬になってしまってからの10ヶ条

2003年の秋に発売されてから大流行語となった「負け犬」と言う言葉。狭義の定義を改めて書くと、

・未婚
・子ナシ
・30代以上

の3条件を満たす女性のこと。離婚して今は独身の人ももちろん負け犬。20代だけどバリバリ負け犬体質
とか、結婚経験のないシングルマザーといった立場の女性も、広義では負け犬。最も重要な条件は
「結婚していない」と言うことだとか。同様の条件を満たす男性の場合は「オスの負け犬」と言い、
ちなみに、私もあと1週間で「オスの負け犬」の仲間入りをしてしまう(泣)。

現在、東京都下の30代前半の男性の半分以上が独身なんだとか。2002年時点の平均初婚年齢は
全国平均で男性が29.1歳で女性が27.4歳。東京都下に限れば男性が30.5歳で女性は28.4歳だとか。
もはや男性の平均初婚年齢は30歳を超えてしまっている!これはマジでビックリ。私も調べて初めて
分かったのだけど、予想以上に激しい平均初婚年齢の上昇っぷりだ。

最近結婚した、同い年の女友達と話していて「もし結婚していなかったら、そのうち東京とかに
出てきていたかもしれない」と言う話になって「もしそうなっていたら、『負け犬』になって
いた可能性はかなりあるよねぇ〜」と言うオチになった。あんまり積極的にボーイハンティングを
するタイプの女の子じゃないので、おそらくそうだろうなぁ、と私も思う。

都会は負け犬の巣窟、と言う話が『負け犬の遠吠え』には出てくる。負け犬にとって都会が
いかに快適な場所か、そして、『ブリジット・ジョーンズの日記』や『アリー・マイ・ラブ』、
『セックス・アンド・ザ・シティ』の例を出して、負け犬病は都会の風土病である、と言う。
たしかに、地場の負け犬がわんさといるところに加えて、地方から上京してくる負け犬予備軍が
次々と負け犬になっていくわけだから、なるほど東京都の平均初婚年齢は上昇の一途をたどる
わけである。これはもちろん男性についても言えるわけだけど。

負け犬がなぜ現代において大量発生しているのか。統計的には「高学歴の女性と低学歴の男性が
余っている」のだそうだ。つまり、高収入の女性と低収入の男性が余っている、と言うことらしい。

以前紹介した『Smart晩婚講座』では「独身の男も女もたくさんいるのに、誰に聞いても出会いがない」
要因として「『男は下、女は上』しか見ていないからだ」と書いている。それは実年齢だけの話だけ
ではなく、精神年齢だの収入だのといろいろな要因において。つまり、女性は年齢を重ねると加速度的に
ターゲットの男性が少なくなっていく。高キャリア・高収入の女性から見て「自分よりちょっと頼りがいが
あって、自分の仕事を認めてくれる男性」が30代半ば以上になっても独身で残っている可能性は限りなく
低いだろう。

一方で男性にとっても、年齢を重ねると自分のターゲット対象の女性との年齢差がどんどん開いていく
わけだから、いろんな意味で「下」の女性を求めている限り、やはり結婚できないのは当たり前、と言う
結論が出てくる。いくら女性が自分より「上」の男性を求めていると言っても、10歳も20歳も年上の男性が
だんぜん好み!と言う20代の女性がそうそういるとは思えないから。仮にいても、そういう女性はお金も
知名度もあって人間的な懐も相当広い人とじゃないと、一緒にならないんじゃないだろうか。

たびたびの引用で恐縮だが『Smart晩婚講座』によると、次の条件のうち7つ以上を満たす男性の場合は
「結婚できない人」である可能性が高いそうだ。

結婚したいけどできない男の条件

・恋愛経験がうすく、恋の修羅場を避けてきた(恋愛筋不足)
・「いい人」で終わってしまうことが多い
・忘れられない女性がいる
・女友達がいない(女性を同等の仲間とは思えない)
・守りが固く、受け身で、つけいる隙がない(女からみて手ごわい)
・何事にも優柔不断で決断しきれない
・1人の心地よさも知ってしまった
・結婚=子供=家庭と素直に思える(保守的な家庭で育っている)
・しっかり者で働き者の母親がいる
・若い女の子がどうしても好き(何事でも自分よりも下の女性が安心する)
・一度結婚したら離婚はない。いい父親になれると思っている
・男は仕事、女は家庭と思っている(家事は自分の領分じゃない)
・妻子を養うのは当たり前と思っている(不況下の経済的プレッシャー)
・結婚に対して過剰な夢や期待がある(自分の結婚だけは成功すると思っている)
・妻の座につく、運命のお姫様を待っている


これを男女ひっくり返すと「男性からみて、7つ以上満たせば敬遠した方がいい女性」もまた見えてくる。

・恋愛経験がうすく、恋の修羅場を避けてきた(恋愛筋不足)
・「いい人」で終わってしまうことが多い
・忘れられない男性がいる
・男友達がいない(男性を同等の仲間とは思えない)
・守りが固く、受け身で、つけいる隙がない(男からみて手ごわい)
・何事にも優柔不断で決断しきれない
・1人の心地よさも知ってしまった
・結婚=子供=家庭と素直に思える(保守的な家庭で育っている)
・しっかり者で働き者の母親がいる
・年上の男性がどうしても好き(何事でも自分よりも上の男性が安心する)
・一度結婚したら離婚はない。いい母親になれると思っている
・男は仕事、女は家庭と思っている(仕事は自分の領分じゃない)
・妻子を養ってもらうのは当たり前と思っている
・結婚に対して過剰な夢や期待がある(結婚したら幸せにしてもらえると思っている)
・夫の座につく、運命の王子様を待っている

そして『負け犬の遠吠え』では、オスの負け犬を次のように分類している。

・あまり生身の女性には興味のない人…オタ夫(つまりオタクのこと)
・女性に興味はあるけれど、責任を負うのは嫌な人…ダレ夫(面倒くさがりで孤独を愛する性格)
・女性に興味はあるけれど、負け犬には興味のない人…ジョヒ夫
 (自分はいい歳しているくせに「若い美人」をかしずかせたい)
・女性に興味はあるけれど、全くモテない人…ブス夫(う〜ん、コメントできない…)
・女性に興味はあるけれど、単にダメな人…ダメ夫
 (暴力、キレる、飲酒、薬物、ギャンブル、女癖悪い、仕事しない、マザコンなど)

これらについて、著者はこんな風に言っている。

以上のように、実に様々なタイプのオスの負け犬が日本には存在しています。と言うより、日本にいる
三十代半ば以上の独身男性というのは、オタ夫か、ダレ夫か、ジョヒ夫か、ブス夫か、ダメ夫のいずれか
なのです。メスの負け犬が大量発生するのも仕方のないところ、ではありませんか。


男性としては否定しがたいところだけど、コメントすると「でも、三十代半ば以上の独身女性の多くもまた、
これをひっくり返した人のどれかに必ず入るんだよねぇ」ってことになる。どういうことかと言うと、

・あまり生身の男性には興味のない人(ジャニーズ、SMAP、ヨン様症候群)
・男性に興味はあるけれど、とても面倒臭がりで、孤独を愛する人
・男性に興味はあるけれど、自分より「下」の男性には興味のない人
・男性に興味はあるけれど、全くモテない人
・男性に興味はあるけれど、単にダメな人

身の周りにそういう独身女性のいる人も多いでしょう?著者によると、女性の場合「二巡目狙いで行く」
(つまり離婚した男性との再婚を狙う)と言う人もいるらしいのだが、実はその男性が離婚した原因は、
彼が上の条件に当てはまる人だったから、と言うケースもままあるのだ。だから私は「離婚した人かどうか」は
相手を判断する材料として全く当てにならないと思う。

また『Smart晩婚講座』にはこんなことも書いてあった。

結婚したいけど結婚できない、または結婚しない男たちはかなり「乙女系」でした。
「もう結婚を前提とした恋愛しかしたくない」
「傷つくのが怖い」
「自分からは押せない」
などなど、取材ノートのどこのページをめくっても飛び出すのは乙女なセリフばかり。
これって一昔前の女の子のセリフと一緒ですよね。


一方で『負け犬の遠吠え』によると、

負け犬の二大特徴というものがあるとすれば、「恐い」ことともう一つ、「純粋」ということなのでは
ないかと、私は思う。同年代の勝ち犬と負け犬を比べてみても、負け犬の純粋性は、明らかに際立つのです。
負け犬は、もともとが純粋だから、負け犬になったのか。
それとも、負け犬になると、人は純粋化してしまうのか。
……としてみた時、「両方があてはまる」と言うことができましょう。


と書いてある。どういう事かと言うと、こんな発言。

「やっぱり結婚する相手は、心から愛しあえる人でないと…」
「もう、どうでもいいセックスなんて、しないの。一生愛し続けることができる人とだけ、セックスをする!」


男女ともに、結婚していない(あるいはできない)人の発言って似ているんだな、と私は思った。実際の
ところ、100%愛しあえる関係なんて、一生のうち1人でも築ければ万々歳、じゃないかと思うけどナァ。誠実で、
ある程度の性的魅力のある人で、なおかつ歳の無茶苦茶離れていない人であれば別にいいんじゃない?と
私は思うけど。話題が合う人、いつまでも話していて楽しい人であればなお良いけれど、その程度。

たぶん、この基準を満たす人で、お互いに「この人でいいか」と思える人をひとり見つけるのも大変なのだ。
「この人でいいか」じゃなくて「この人がいい!」と思える人じゃないと嫌だ、と言う人もいるかも
しれないけれど、そういう人はどうぞ探して下さい。でも、「私はこの仕事をするために生まれて
来たんだ!」と思える仕事を見つけるのと同じくらい難しいし、確率の低いことだろう。

私は自分の根底にはすごい人間不信があることも分かっているので、人間不信を治さない限り、本当に
お互い100%愛しあえる関係なんて築けるんだろうか…と言う不安はある。そんな私でも親友と呼べる
友達は数少ないながら何人かいるので、100%を求めなくても合格ライン以上の信頼関係を築ければ
それで十分なのかな、と思っている。

100%信頼して愛しあえる人じゃないと結婚できないなんて言っていたら、それこそ結婚など一生できない
だろう。100%に限りなく近い信頼関係を築いた友達にしても、一朝一夕でそういう関係を築けたわけでは
ないから。知り合ってから結婚するまでの短い期間で、お互いに100%愛しあえるような信頼関係を
築くなんて、おそらく無理だ。ある程度信頼できてお互いに愛せそうな人であれば「まぁいいかな」と
見切り発車しないと、結婚などできたものじゃない。
| SHO | 晩婚 | 01:01 | comments(2) | - |
森永卓郎『<非婚>のすすめ』その2
『<非婚>のすすめ』では、日本人の結婚を取り巻く環境の変化を「配給制から市場制へ」と表現している。
誰もが必ず結婚しなければ社会が許さなかった時代から、ライフスタイルが多様化する環境が整ってきた、
と言うことであるが、要は非婚と言う生き方を積極的にしろ消極的にしろ選ぶ人が増えてきたと言うことだ。
そして、非婚と並んで結婚のあり方にも変化が出てきたと指摘する。終身結婚制の終焉である。
終身結婚制の終焉とは、すなわち離婚率の増加を意味する。

1883年の日本の離婚率は38%に達していたそうだ。しかし、この数字は20世紀に入って急降下を始め、
10%前後で長らく推移する。その後1970年頃から徐々に上昇を始め、1995年時点では25%に達している。
この数字は現在も増加しており、2003年度の国民生活白書では以下のように指摘している。

2000年時点で40歳未満のコーホート(1961年以降に生まれた人)で顕著に離婚率が上昇しており、
同一コーホート内においては、特に10代、20代の若年期で離婚率が高くなっている。
 さらに、離婚件数を婚姻期間別にみると、特に婚姻期間が長い夫婦の離婚が大きく増えてきており、
「熟年離婚」の増加が数字でも裏付けられている。


補足すると、同白書によると1970〜75年生まれの夫の離婚率は20〜40%、1976〜80年生まれでは
40%代である。

話を戻すと、著者は終身結婚制を側面から支えたのは敗者復活を許さない再婚の仕組みであると指摘し、
「性、年齢別死・離別者に対する再婚率(1930〜1990年)から3つの点を観察している。

1,男女ともに若いうちは再婚の可能性が高いが、中高年になると急速に困難になる。
2,男性の再婚率に比べて女性の再婚率が極めて低い。
3,そうした中でも、女性の再婚率が1960年を境に急激に上昇してきている。特に中高年の上昇が著しい。
| SHO | 晩婚 | 04:07 | comments(0) | - |
森永卓郎『<非婚>のすすめ』閑話休題
1997年の『高齢社会白書』の「未婚率の挙げる晩婚化の理由」によると(どう言う意味?「未婚者の挙げる
晩婚化の理由」なら分かるけど…)晩婚化の最大理由としては多い順にこんなものが挙げられている。

1,結婚は必ずしも人生において必要ではないとする考え方が一般的になり,
 そもそも結婚を選択しない人が増えたため
2,女性の経済力が向上したため
3,現在の法的な結婚制度や慣行が個人の自由な生き方を求める若い世代の
 感覚とずれていて,わずらわしいと考える人が多いため
4,若い世代に経済的にゆとりがないため
5,男女ともに異性への要求水準が高くなりすぎて,適当と思われる相手を
 見つけることが難しくなっているため
6,単身で生活していくのに不自由でなくなったため
7,男女の出会いの場が十分でなく,適当な相手を見つけるのが難しいため
8,仕事と結婚生活の両立が難しいため
9,子育てへの欲求が衰えているために結婚の必要を感じない人が多いため

私自身が挙げるなら(もともとは、この質問は上位2つを複数回答)3と4かな。私の場合、結婚したくない
最大の理由は3。追加すると5と7もそうだと思う。別に結婚を否定しているわけではないけれど、他人と
結婚したら即幸せになれるなんて甘いんじゃないの?だって自分が幸せになるための結婚でしょ?

私は幸せになりたいし、その手段としての結婚なら大いにしたいと思うのだけれど、例えば長期休暇ごとに
長期海外ツアーに出かけることが生き甲斐の女性に、結婚したからと言って「せっかくの休みなんだから
家に一緒にいてよ」と言うのがどれだけナンセンスなことか。結婚したがために自分の夢の実現を断念して
萎縮していくパートナーの顔を見て旦那は幸せなの?と私は思うけど、そんなバカ男が現実にはいまだに
存在する。私には、そんな男がパートナーを「愛している」なんて信じられない。私は自分の夢を叶える
パートナーの顔を見るのが好きだし、話を聞くのも好き。その代わり私も自分自身の夢を追いかける邪魔を
されたくない。互いの夢の実現を邪魔しあう結婚なら、そんな結婚はしない方がいい。そう思いませんか?

当然、私は共稼ぎ志向だ。自分の食い扶持くらいは自分で稼ぐのが当たり前だし、そうしないとお互いに
限られた収入の中で夢を実現するなんて不可能だから。経済力の裏づけもなしに夢が実現できるなんて
あり得ない。お金が世の中の価値の全てではないけれど、現実に生活を維持する以上の収入もないのに
夢を実現なんて不可能なのだから。お金も就職も結婚も、それは幸せになるための現実的な手段なのだ。
お金は価値の全てではない。でも、お金がなければ現実には何も手に入れることができないのだ。

私の母親も60歳を前にして現役のワーキングマザーだし、私はその歳で新しいことに挑戦する母親の姿を
見てカッコいいと思う。私は幼稚園や小学校の頃から鍵っ子で、いつも家に帰ったらノートに書かれた
母の手紙と電子レンジで温めればいいだけの料理でご飯を食べていたけれど、それで寂しいなんて
思ったことはない。石原里紗の『ふざけるな専業主婦』『くたばれ専業主婦』の中で共働きの子供の話が
出てくるが、専業主婦の子供が愛情たっぷりに育てられていて共働きの子供に愛情が足りないと言う
思いこみは実際の調査に基づいていないと思う。
| SHO | 晩婚 | 08:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
森永卓郎『<非婚>のすすめ』その1
『だめんずうぉ〜か〜』や『Smart晩婚講座』に参考文献として出てきた森永卓郎の『<非婚>のすすめ』を
読んでいる。「晩婚化」とは初婚年齢の高齢化のことであり、これを最大化すれば「非婚化」に行き当たる。
検索サイトで「晩婚」とキーワードを入れて検索した中には、結婚していない若者に対してお説教を垂れる随想
あったりする。あまりに馬鹿馬鹿しい論理なので引用する。

結婚を自由のない束縛されるものと考えているあなた。それはあなたが幸せな結婚生活をイメージできない
ということにほかならない。(中略)しかしそれは結婚にその程度のイメージしか抱けないあなたの
イマジネーションが貧困だということにほかならない。人生についてのあなたのイマジネーションが
貧困だということにほかならない。


ちなみにこの文の著者は「我が家は早婚の家系で、(中略)私自身も24歳で結婚し、27歳で長男を
もうけた。3人の子供たちも私と同じ年まわりでみな結婚し、それぞれ2人ずつ子供がいる。」のだそうだ。
「幸せな結婚生活をイメージできない」のはその通りだが、それを「人生のイマジネーションが貧困だ」
と断定するのは如何なものだろう。大きなお世話である。「幸せな結婚生活をイメージできない」家庭に
育った多くの若者の家庭生活をこの人は想像したことがあるのだろうか。

また、仮に幸せな結婚生活をイメージできる家庭に育ったとしても、現代において若者が仮に結婚したくても
環境によっては安易に結婚できるとは限らないことも指摘したい。私の通っていた大学では半数の人が
大学院に進学する。この人の結婚した24歳と言う年齢では、まだ経済的に自立していないのである。
この状況下で安易に結婚することが、どれほど無責任なことなのか、この人は考えているのだろうか。

島根大学法文学部教授の廣嶋清志の論文、「人口学からみた性別 ―晩婚化・非婚化の原因と展望 」では、

晩婚化・非婚化はどのような階層においても進行した, より一般的な意味を持つ社会変化であると
いうことができる。 これは多くの曲折はあるとしても基本的には結婚を含む社会関係が全体的に自立した
個人間の関係へ変化する過程であり, また女性の社会的地位向上の過程ということができるであろう。


と結論づけている。私もこの意見に賛成である。

閑話休題。
『<非婚>のすすめ』の章立てを紹介する。

・第二の家族革命
 「『国策』につくられた戦後家族」「終身結婚制の終焉」
・日本型恋愛と結婚の謎
 「変貌する『愛の三角形』」「オンリーユーフォーエバー症候群」「経済体制と結婚システム」
・シングルライフの経済学
 「税制・年金は専業主婦優遇か」「結婚・住宅・子育てのコスト」
・非婚社会で何が起こるか
 「経済構造はこう変わる」「少子化時代の発想転換」

<非婚のすすめ>は1997年発行の本である。したがって、この本を取り巻く社会情勢は1990年代半ばだ。

高度成長期の合計特殊出生率は2.0〜2.2。出生率が2.08を下回ると長期的には人口が減るそうだ。
現代日本の中心的な家族形態と想定されてきた核家族が主流だった期間は高度成長期の15〜20年間と
言う非常に短い期間の話だとこの本では指摘している。戦前の家族形態は大家族が主流であり、1975年
以降はシングル世帯の爆発的な増加によって核家族比率は低下を続けているらしい。

著者は出生率低下の意味をこう指摘している。

1.57ショックの持つ本当の意味とは、家族の主流の形態がシングル世帯に移りつつあるときに、それへの
子育て環境の適応が遅れていることによって、子供が育ちにくい社会になってしまっているということ
なのである。


そして、その要因として以下のように挙げている。

1,夫婦が共稼ぎをしたりシングルを一生貫き通すことが社会や労働市場の変化で可能になったこと。
2,国民自身の冷静な経済的判断によって、不利な専業主婦が回避され、共稼ぎやシングル世帯が増えたこと。
3,共稼ぎ世帯やシングル世帯のまま子供を育てることに多くの困難が伴うこと。
4,晩婚化の進展。
5,生涯非婚率の上昇。結婚を延ばしたために結局は結婚できなくなってしまう人、あるいは
 積極的に非婚を貫く人の増加。
6,生涯非婚者に子育てを可能にする環境の不備。

著者は「核家族や標準世帯の仕組みは決して日本の歴史や文化に根ざしたものではなく、むしろ経済の
要請に基づいて政策的に持ち込まれたものだ」と指摘している。そして、その手段として「経済的な
誘導ではなく、国民全体を一種のマインドコントロールに巻き込むことによって達成された」とある。

具体的には、戦時中は「高度国防国家としての兵力量と労力を確保する」ために5人の子供を生むことが
奨励する構想があった。そのために結婚年齢を当時の実状より3年早めると言う構想まであったのだ。
この戦時人口政策が1947年から1949年生まれの「団塊の世代」につながっていくと指摘している。

一方で、戦後の高度成長期においては企業によって産児制限が誘導されている。その理由は「企業の
生産性向上と労務費削減」である。説明すると、戦後の企業は電産型賃金と呼ばれる賃金体系に
なっていて、家族が暮らしていくための必要最低限の給与を保証する目的で、会社で働いていない
配偶者や子供にも手当を支払う賃金体系になっている。いわゆる家族手当だ。従業員がたくさんの
子供を持つと会社の労務費が増えてしまうために、企業としては多産を防止したかったのである。

そして「戦時期も戦後復興期も、日本の家族が政府や企業の都合によって、コントロールされつづけてきた」
と指摘している。そのやり方はマンガや教育によるマインドコントロールを主体にしている。

出生率は、1960〜1975年の安定期を挟んで変動している。1947年の4.54から1960年の2.00へ。そして
1975年の1.91から2003年の1.29へと。安定期の前を第一の家族革命、安定期の後、現在に至るまでを
第二の家族革命と著者は名付けている。

出生率の低下幅で見ると、第一の家族革命では13年で56%低下したのに対して、第二の家族革命では
28年で32%しか低下していない。つまり、高齢化のインパクトがより大きかったのは第一の家族革命だと
著者は指摘している。しかし、家族の仕組みの変化と言う意味では第二の家族革命の持つ意味の方が
ずっと大きいとも指摘する。

現実に生まれた子供の数と人工中絶数の合計は、第一の家族革命の時期から安定期を経て1973年まで
280万人前後でほとんど変わっていない。これは、第一の家族革命の時期の出生率低下は主に人工中絶の
普及によって成されたことを意味している。それに対して、1973年以降の合計は一貫して急低下を始め、
1993年には158万人にまで減少している、と指摘している。このことから、著者は低成長期に入った
第二の家族革命の時期から家族の仕組み自体に大きな変化が起きている。その変化は世帯類型の
変化に表れている、と著者は指摘する。

このことから、第二の家族革命の本質は「世帯の単独世帯化」つまり家族のシングル化だと言うのだ。
平たく言うと「第二の家族革命というのは、結婚をする年齢が遅くなり、それが有配偶比率を低下させ、
その結果として出生率の低下が生じていると理解するのが最も常識的な捉え方」と言うわけだ。

つまり、同じ出生率の低下という現象が起こっていても、第一の家族革命の場合は家庭で生む子供の数が
減少していることが原因であるのに対して、第二の家族革命の場合は結婚している女性の比率が低下した
ことが原因になっている、と言うわけである。

そして、若年層の女性の非婚率は20代前半、20代後半、30代前半とタイムラグをおいて時代が
下るごとに上昇している。このことは、若年層の有配偶比率の低下が現在進行形で生涯非婚率の
上昇につながりつつあることを意味している。1992年の低位推計では16%の人が一生結婚しないと
予測されている。男女の構成比率が105:100であることから考えると、男性の場合は実に21%の人が
一生結婚しない(あるいはできない)ことを意味している。大・生涯非婚化時代の到来である。
| SHO | 晩婚 | 05:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
松原惇子 『クロワッサン症候群』
今月に入ってから、急に結婚だのいい男だのの指南書みたいなものを読み漁っている。結婚したくなった
のかと言われると逆で、「結婚したくない」自分を見つけてしまったのだ。急に気持ちが楽になったので
かえって結婚に関する本を図書館で借りては読み漁っている。草津の町立図書館はとても小さいので、
探し物に困らない反面で読みたい本がない可能性もかなりあるのが玉に瑕である。

この本の章立てを紹介しよう。
・クロワッサン症候群とは
・女性誌の影響力
 「女の時代到来」「クロワッサン御用達文化人」「拝啓 桐島洋子様」「向田邦子はOLの星だった」
・クロワッサン症候群の女たちは今
 「三十歳の留学」「企業でがんばる」「とらばーゆ人生」「マンパワーの女」「とにもかくにもウェディングベル」
・豊かな時代
 「自由が生んだ陥し穴」
・クロワッサンは変わった

さて、『クロワッサン』と言う女性情報誌があるのは名前だけ知っていたが、1980年前後に当時の
20代の女性の生き方に大きな影響を与えた雑誌らしい。『クロワッサン症候群』が出たのは1988年。
対象にしていた女性たちは当時30代半ばだから、1950年代生まれの女性たちと言うことになる。

でも、数日前に取り上げた『Smart晩婚講座』によると現代の晩婚化の犯人は1960年代生まれに
あるんだとか。われわれ1970年代生まれも晩婚化をどんどん加速させつつある犯人だと思うので、
時代が下るにつれて晩婚化がどんどん加速化しつつあるって言うのは本当なのだろう。
『クロワッサン症候群』では、1950年代生まれの女性を”クロワッサン症候群”の影響下にある人と
考えているが、1960年代生まれ、1970年代生まれと時代が下るにつれて、同じ症候群がより深度化した形で
現れているのではないだろうか。昨日取り上げた『ASIAN JAPANESE』は1995年発表だが、その影響を
20代初頭で受けた私自身が『クロワッサン症候群』をさらに深度化した形で影響を受けていると感じる。

クロワッサンが1979年から1981年にかけて組んだ特集にはこんなものがあるそうだ。

・女友達
・わたしの転身
・結婚からの解放
・新しい女性論の時代
・翔びたい心と翔べない現実
・離婚志願
・婚約解消
・女の転機
・結婚幻想は消えたか?
・ボーボワールは語る 結婚は女にとって危険です
・子供をつくらない生き方
・いい顔は歳とともにできあがる

つまり「脱・結婚」である。1978年から1981年にかけて、「クロワッサンは女がまともな結婚生活を
送ることをまるで罪悪であるかのように歌っていた」と著者は述べている。「女の自立」「結婚よりも仕事」
と言う思想に共感して仕事を持つことがステキに見え、その結果として30歳を過ぎても独身生活を余儀なく
されている人たちを著者は『クロワッサン症候群』と呼び、そして『クロワッサン症候群』は未婚者だけの
ものではない、と後の方で述べている。「結婚はしたものの、キャリアにあこがれ、主婦になりきれない
不完全燃焼の妻。離婚にあこがれ、主婦なのに水商売みたいな洋服なんか着たりして、カルチャースクールで
鬱憤晴らしする、そんなクロワッサン症候群の妻」も「違った意味のクロワッサン症候群」だと言うのだ。

以前紹介した『結婚の達人』によると、1950年代生まれよりもひとつ上の世代である1940年代生まれの
高等教育を受けた世代は「20代前半のうちに結婚に追い込まれてしまった世代」らしい。その反動として
「脱・結婚」と言う主張の流れが出来たのだと私は推測している。

当時の『クロワッサン』には市川房枝、犬養智子、桐島洋子、澤地久枝、加藤登紀子、吉行和子、
向田邦子と言った文化人がしばしば登場していたらしい。『クロワッサン症候群』では、彼女らに
共通する特徴を次のように挙げている。

・若くない。二十代から三十代の読者層に対して、四十代以上の文化人を起用している。
・キャリアウーマン。現役で仕事を持って活動している。
・普通の結婚をしていない。独身、未婚の母、離婚歴あり、熟年離婚、獄中の男と結婚など。
・知的な女
・美人はいない。

「結婚からの解放」と言う特集ページの中で読者がこう言っているらしい。

結婚したら何もできないという気がしてしょうがない。自由がない。何たって自分の時間がない。しかし、
クロワッサンに出てくる女たちはそんなこととは関係なく自分を持っている。私にもそんなことが
できるだろうか。


まるで、私が最近になって気づいた「結婚が閉じこめられるようなものであれば、したくない」と言う
感じ方そのものではないか。1979年当時の22歳の女性が感じていたことは、2005年の今、もっと一般化して
30歳を前にした男性が感じていることなのである。

『クロワッサン』で特集された文化人の中でも、特に大きな影響を与えたと『クロワッサン症候群』で
紹介されている桐島洋子、向田邦子の二人は、対照的な形で「脱・結婚」の生き方に終止符を打っている。
桐島洋子は1982年3月に結婚したことによって。向田邦子は1981年8月に飛行機事故で死去したことに
よって。そして登場人物の大黒柱を失った『クロワッサン』も質的転換を遂げていく。

そして、『クロワッサン症候群』は『クロワッサン』に影響されてシングルを続けている女性達が
1988年当時に何を思い何をしているのだろうか、と言う面接調査に移っている。面接した人数は約40人。
条件は「三十代で独身のOL」であること。果たしてシングルでいて良かったと思っているのだろうか、
と言うことが面接調査で知りたい最大のポイントのようである。

「三十歳からの留学」と言うテーマが章立ての中にあるように、この年代から30代のOLの留学は
盛んだったらしい。私が職業訓練校で出会った女性にもTOEICのクラスを卒業して現在留学している人がいる。
留学するのが目的なら、別に何も職業訓練校でTOEICの勉強しなくてもいいじゃない、と私は思うが。
NOVAかAEONでいいはずだ。たしかに職業訓練校だと授業料はタダだけどね。

閑話休題。
1987年当時で、3〜4年前から女性の留学は急に増えていたらしい。本当に勉強目的で行く人もいるが、
そのほとんどは「会社で5〜6年働いて、この辺で一息つきたいと思うんじゃないか」と言うのが
留学動機ではないか、とのことである。つまり「現状逃避」が目的だとこの本では書いている。

今はどうなのだろう。ひとつのサンプルで判断するのは危険だが、私が職業訓練校で出会った女性も
留学目的のわりには勉強に身が入っていないように感じた。私も海外で仕事をしていたから分かるのだが、
外国で暮らすだけが目的ならそれほど高いTOEICの点数は必要ない。暮らすだけが目的なら、未経験の場所に
飛び込んでいく度胸と少しの英語力があれば何とかなる。しかし、高度のコミュニケーションが目的なら
そうはいかないのだ。

再び閑話休題。
三十代、一流企業勤務の女性には、ある特色があるそうだ。それを著者はこんな風に表現している。

まず派手で若づくりだということである。単にオシャレだというのではなく、
見た感じ、話した感じが子供っぽい。


そして、その心境をこんな風に表現している。

OLを一生続ける気はしない。やっぱり結婚したい。しかし相手はいない。どうしよう。だからといって
騒ぐのもいい年してみっともない。なんとかなるわよ。そのうちに、そう自分にいい聞かせ、また明日も
職場にもどる。年とともに旅行にいっても気分はまぎらわなくなる。


”OL”を”今の仕事”に、”結婚”を”転職”に置き換えてみたら、ピタリと当てはまる人も多いのでは
ないだろうか。少なくとも昔の私はそうだった。

それはともかく、この取材では「私はクロワッサン症候群ではない」と言う人は40人中2人しかいなかったそうだ。
「どんな男性が理想か」と言う問いの答えが興味深い。こんな答えが出てくる。

・自立している男性
・自分によりかかりすぎない男性
・自分が仕事をすることを許してくれる男性
・疲れない人
・趣味とか波長の合う人
・ガツガツ食べる人でドーンとかまえた人
・身長170cm以上とは言わないけれど、男らしい男
・動物に例えれば熊タイプ。モグラタイプや鳥さんタイプは好みじゃない。

15年前の30代の女性とは言え「そんな条件を満たすような男、どこにおるかぁ〜!!!」と言いたいが、
男の側だって顔を付き合わせれば同じようなことを言っているから彼女らを責める資格はない。「理想の異性」と
「現実の異性」は違うから、異性を見極める「ここまではOK、ここからはダメ」と言うラインが必要になってくる。
1993年のヒット曲、広瀬香美の『ロマンスの神様』の歌詞では、合コンで男探しのチェック項目を具体的に
「年齢、住所、趣味に職業」とさりげなくチェックした挙げ句に「待っていました、合格ライン」と決めているが、
そうやって男を見極めるのは賢いと私は思う。チェック項目の中身が現実的かどうかが問題だけど。

『クロワッサン症候群』では、さんざん「結婚したい(けれど相手がいない)30代、独身の女たち」を
取り上げているが、最後に「一年以内に結婚する」と宣言して結婚にこぎ着けた女性の話が出てくる。
知っている限りの親戚や会社の上司、知り合いに頭を下げて回って、いい人を紹介してもらって結婚して
行くのだが、

彼女は今までかかげていた結婚の条件をすべて捨てたのである。平凡な家庭をもつために…。

と書いてある。先に紹介した『Smart晩婚講座』でも「晩婚のキーワードは逆転」と書いてあった。
「結局のところ、晩婚した女性たちの実態を探ると20代の頃の好み=結局のところ三高に代表される
自分よりも「うわての」男からぐるりと180度回転したところに着地している」と。現実に30代から
結婚していくって、こういう事なのかなぁ、と私は感じた。「いい人が現れたら結婚する」では、おそらく
通用しないのだ。考えてみたら、現代の就職戦線と同じではないか。今どき、30歳以降の再就職や転職で、
具体的な戦略も持たずに「いい仕事があれば転職する」ことが許されるような職場環境などありはしない。

『クロワッサン症候群』では、この事をこんな風に書いている。少し長いが引用する。

 自分がこの程度だと認めることは非常に屈辱的なことである。誰だって希望をもっていたい。しかし、
三十六歳という年は、ただむやみに夢を追っている年齢でないことは確かだ。
 自分の本心とは別に、世の中の風潮におどらされてきてしまった。そう気がついたら幸子さんのように
素直に認め、本来の自分に帰った方がいいと私は心から思った。
 幸子さんは自分がのせられていることに気がついた。そしてあわてて五〇パーセントオフにふみきった
のである。誰だって正札で売りたい。待ってて売れるものならば。しかし、現実は更におそろしいことに
五〇パーセントオフしたから必ずしも売れるものではないということだ。見切りが大事だ。そんなこと
わかっていても人間は商品じゃないからむずかしい。


最後の章「自由が生んだ陥し穴」の中で、著者はクロワッサン症候群の女性達の心境をこんな風に表現している。

 高等教育をうけ、社会をちょっとのぞいて結婚する予定だったお嬢さんたち。それが、女性誌を核とする
時代の波にあおられ、働く女になってしまった。仕事に対してビジョンや目的があったわけではなかった。
そしてはたと気がついたら三十半ば、不本意なシングル生活の毎日だ。
 一生、今の状態でいるなんて嫌だわ。一生OL続けるなんて嫌だわ。だからといって転職してもいい仕事
なさそうだし、一人で仕事するのも大変そう。私は、もともとキャリア志向の女じゃないのよ。あぁ…結婚して
今の生活から抜け出したい。


しかし「結婚して、すべてが解決するのだろうか。(中略)重度シンデレラコンプレックスは、
クロワッサン症候群の女が持つ大きな特徴である」とその直後で述べられている。そして、
「クロワッサン症候群は、自由業の女性にも、既婚の女性にもみられる」と指摘している。さらに
「クロワッサン症候群」を生み出した理由として「女性誌の影響」以外に3つの要因があると
指摘している。その3つとは、

・三十代、独身のOLたち自身がもつ依存心
・彼女たちをとりまく家族関係
・豊かな時代

である。それそれをくわしく説明すると

・自分で物を考え行動するのではなく、他者に依存して幸福にしてもらいたいとする甘い考えをもっている。
・三十すぎた立派な女が親の家に居候している。親は娘に甘え、娘も親に甘える。自立していない娘が、
 自立心のない子供を産み、自立していない大人を作り出す。
・三十すぎても、女性が仕事を得ることが、人材派遣会社の進出により可能になった。

と言うことだ。それを著者はこんな風に総括している。

高級レストランに食事にいったり、ゴルフ練習所にいったり、海外旅行にいったり…しかし、いくら、
こんなことをしていても心は晴れないのである。彼女たちは働いてこそいるが、ただ遊びの世界を
漂っているだけなのだから。


どうだろう。この問題は今や女性だけの問題ではなく、男女関係なく、より深度化した形で存在している
のではないだろうか。フリーターやニートの数は増え続け、新たな雇用形態を生み出す一方で全く職に
つかない若者も大幅に増加している。そして、さらに大事なことは、フリーターあるいはニートと言う形で
顕在化していない、現在は職に就き、あるいは学校に通っている若者が現実には大勢いると言うことだ。
その若者たちは、何かきっかけがあれば定職を離れ、あるいはニートになる。決して珍しい存在ではなく
「フリーター予備軍」あるいは「ニート予備軍」が大量に存在しているのが現代なのである。

結婚と就職とは似ている。一定の年齢を過ぎたら無計画に相手を変更するわけにはいかないと言う点において。
私は、結婚に関する本を読み漁りながら何を得ようとしているのだろう。
| SHO | 晩婚 | 07:25 | comments(2) | trackbacks(0) |
倉田真由美 『だめんずうぉ〜か〜』
一昨日のブログのコメントに書いた通り、倉田真由美のマンガ『だめんずうぉ〜か〜』を読んでいる。
1巻から3巻まで図書館で借りてきたのだけれど(4巻以降もあるの?図書館には3巻までしかない…)、
ゲラゲラ笑いながら読んで、でも心底笑えなかった。「これって、一歩間違ったら自分じゃん」
と思うと背中がゾッとした。こんな私は「だめんず予備軍」です。

「だめんず」とは「ダメ男」のこと。「だめんずうぉ〜か〜」とは、「男を見る目のない女の会」
のことなのだ。その名の通り、このマンガにはありとあらゆる種類の「ダメ男」と「信じられないくらい
男を見る目のない女」が登場する。これがノンフィクションなのだから怖ろしい。こんなマンガを
企画する『SPA!』誌に、呆れるのを通り越して感心した。倉田真由美と言えば『ゴージャスめし』も
面白かった(けどくらたまの絵は全然参考にならない。指南役の弘兼憲史の解説でやっと内容が
理解できる)けど、このマンガの企画は男性にとっても大いに参考になること請け合い。

意外なのは、まずくらたまはかなりの美人だと言うこと。目が大きくて切れ長で、自画像よりも
実物の方がよほど美人です。「だめんずうぉ〜か〜」会長のヨーコさんも美人(私は好みじゃないけど)で、
「なんでこんな美人がしょうもない男ばっかりつかまえるわけ???」と不思議でしょうがない。
でも、読み進んで行くと本当にしょうもない男ばっかり。毎回登場する「だめんずうぉ〜か〜」
会員の女性達は、男から見ても「そんな男、絶対にやめた方がいい」と思う”だめんず”ばかり
選んでしまうのだ。

とここまで読んでくれたあなたは、私が冒頭に書いた「私は”だめんず予備軍”です」って言葉を
思い出すかもしれない。今の時点では私は別にだめんずではないと思うけど、一歩間違うと私も
”だめんず”に転落しかねない。仮に自分から転落しなくても、お付き合いする相手を間違えると
私も”だめんず”の血の池地獄に突き落とされかねないのだ。

例えばこんなことがあった。これは今月本当にあった話。
今月の初旬に私は母親と大喧嘩したのだけれど、その顛末を父親に大文句言って愚痴っていたのだ。
その時、不満ついでに「車が欲しい」って言葉が飛び出した。草津に住んでいると、車がないのは
本当に不便で仕方がなく、何より車がないと上田のハローワークにも行けない。まともな就職活動を
したかったら、草津では車を持っていることが絶対条件なのだ。

でも、今思うと30歳を前にしたいい大人が親に「車が欲しい」とは情けない話ではないか。そんなに
車が欲しいのなら自分でお金を貯めて買えって話である。結局、私は身体がある程度まで治ったら
住み込みの仕事を草津で探して、自分で働いたお金で車を買い、さらに貯金して信州で暮らすための
仕事に必要な資格を取ることにしたのだけれど、その話を仲直りした母親に言う前に父親から
母親に車の話が行っていたらしい。もちろん母親の回答は「No」であった。

ここで「Yes」と言ってしまう女性は、おそらく「だめんずうぉ〜か〜」の会員になる資格が十分にあるのだ。
行き過ぎた母性本能は男をダメにするだけである。なぜなら男にとっては働かないでも何でも手に入る環境と
言うのはラクチンなもので、私のような生来の怠け者はついそれに甘えて溺れてしまうから。男が母性本能に
甘えて溺れてしまったら、新たな”だめんず”が1名誕生してしまう。「だめんずうぉ〜か〜」はもともとの
”だめんず”を好きになるだけでなく、おそらく”だめんず予備軍”の男を真性の”だめんず”にしてしまうのだ。
だから、いつまで経っても誰を愛しても”だめんず”ばっかり引いてしまうのである。

一昨日のブログのコメントに出てきた辛島美登里さんの『年下の彼』と言う曲がある。
今、アルバムが手元にないので歌詞のストーリーをうろ覚えで言うと、

1,年下の彼氏ができた。
2,ところが、彼氏の家に行くと彼氏が何かを隠そうとしている。
3,隠そうとしているものを見ると、冷蔵庫に見知らぬ女性との2ショットの写真が貼ってある。
4,最初は「年下の彼氏なんてすごいじゃん!」と応援してくれた友達たちも、1年も続けば
 心の中では「いつ別れるか」と期待している。
5,彼氏は写真について「たまたまだ」と弁解している。
6,つかまえた尻尾は放さない(と作中主体の女性は年上の余裕めいた感じで思っている)。
 私は彼と別れない。

と言うような歌詞である。
この彼氏の本命が2ショットの女性なのかどうかは、この歌詞だけでは分からない。でも、私がこの彼氏なら
作中主体の女性を今後は軽く見るだろうなぁ、と思うのだ。なぜなら扱いやすいから。「この人は自分を振って
別れるのが怖いのだ(何しろ30代の年上ですから)」と分かれば主導権はこちらのもの。この彼氏が年上の女性の
扱いに慣れた男性なら、この女性の追求を振り切ることなどおそらく造作もないだろう。なぜなら「この歳で
今さら別れるのが怖い」と言う足下を見られているから。「つかまえた尻尾は放さない」つもりで貢ぐだけ
貢いだ挙げ句にサッサと捨てられる可能性が大いにあるのではないだろうか。自分が足下を見られている
ことに気づかないあたり、この女性は典型的な「だめんずうぉ〜か〜」なのだ。

「男をダメにする女」と「男のやる気を引き出す女」がいるとしたら、「だめんずうぉ〜か〜」は前者なのだ。
”だめんず予備軍”のぐーたら青年である自分を振り返った時、お付き合いして一番危険なのはこちらの希望を
何でも叶えてくれる女性。だって、何でも叶えてくれるなら自分が働かなくてもいいから。「だめんずうぉ〜か〜」を
読んでいると、いわゆる「尽くす女」はこの男性心理を読めないで間違いを犯すらしい。

逆に、お付き合いして”だめんず”に転落せずに済みそうな女性は、おそらく男を常に
叱咤激励する女性。”だめんず予備軍”の男性は、「ホラ、タラタラしてないで頑張れ〜!」と
叱咤激励されることが必要なのだ。『だめんずうぉ〜か〜』に

「いいカップルは男が女のコントロール下にあるもんなんだよっ」

って書いてあるけれど本当にその通り。自分自身の経験で言っても、主導権を相手に渡した方が
(つまり、私は主導権を相手に渡しても大丈夫な相手を今までずっと好きになったきた=選んできた
わけだけど。)よく勉強してよく働いた。「頑張らなくてもいいよ」ってナデナデするのは絶対ダメ。
「頑張れ〜!!!」って尻を叩かれた方が”だめんず予備軍”の男は頑張るのだ。

「この人と一緒にいて自分は幸運かどうか、あるいはやる気にさせてくれる女性かどうか」と言うのは
だめんずな男性側から見た「脱だめんずな伴侶選び」の基本だと思う。男を叱咤激励してその気にさせる
しっかり者の女性って、魅力的だと思いませんか?

ここまで自分自身のことを書いていて、我ながらかなり情けない。まさしく”だめんず予備軍”である。
2年前の日本シリーズで、当時新婚だった阪神の藤本選手がサヨナラ犠牲フライを打ち上げた後の
ヒーローインタビューで「ここで打たないと家に入れてもらえないと思った」と話して星野監督に
「もう尻に敷かれとるんかいな」と笑われた、と言う話があったけれど、私は藤本選手を笑う気には
とてもなれない。
| SHO | 晩婚 | 07:19 | comments(2) | trackbacks(0) |
白河桃子『Smart晩婚講座 結婚難時代の処方箋』
今日も引き続いて恋愛・結婚関連の話。今回は白河桃子さんの
Smart晩婚講座 結婚難時代の処方箋』を取り上げる。

厳密に言うと、今回取り上げる読み物は本ではない。日本経済新聞に以前連載されて
いたもので、日本経済新聞社のHPにあるSmart Womanと言うコーナーに収められている
Webページである。

昨年、出生率1.29がショックとして伝わった。正確には私は全然驚かなかったけれど
新聞を読んでいる限りお役所では非常に驚いたらしい。人口推計の中位推計では
出生率は今後わずかずつ回復することになっているらしいが、おそらく下位推計の
ように出生率は今後しばらく下がり続けるだろうと私は見ている。

なぜ子供が生まれないかと言えば男女が結婚しないから。平均初婚年齢はどんどん上がり、
2003年の統計では夫が29.4歳、妻が27.6歳に達している。私が生まれた1975年には、
夫が27.0歳、妻が24.7歳だったらしいから、この30年間に2〜3歳は晩婚化が進んでいる
と言うことになる。

さて、晩婚講座の話である。
このページは女性の立場から女性向けに書かれたものなのであるが、なぜ結婚しないかと
言う理由を総括すると「だって、いい男がいないんだもん」と言うことになるらしい。
全31回の章立てを全て紹介するのは大変なので、前半だけ紹介することにする。

 ・第1回 あなたの「結婚しない女」度チェック
 ・第2回 空前の未婚時代に突入!
 ・第3回 本当に「結婚できない男 結婚しない女」の時代なのか?
 ・第4回 みんな本当に結婚したくないの?
 ・第5回 結婚を先延ばししたい理由って?(女編)
 ・第6回 結婚を先延ばししたい理由(男編)
 ・第7回 結婚はわりに合わない?
 ・第8回 結婚に求めるものって?
 ・第9回 王子様は絶滅寸前
 ・第10回 結婚したいけどできない男の条件
 ・第11回 お互いが見えない男と女
 ・第12回 お姫様を待つ乙女系男子たち

私自身について言えば、「閉じこめられるような結婚であれば、したくない」と
はっきり悟ったのはつい最近の話。少し前までは「結婚したい」派だったけれど、
それは「ある程度の年齢になったら、結婚しないのは人間としておかしいから」
くらいに思っていたからだと気づいたのだ。現実には結婚していない(あるいは
できていない)自分とのギャップに悩んだ挙げ句、自己カウンセリングしていた時に
ハタと気づいたのである。「なんだ、僕は結婚したくないんじゃん」って。
そう気づいて、すごく楽になった今日この頃である。

女性側から見た晩婚化の理由(つまり、結婚したくない理由だ)には

「仕事を持つ女性が増えて、女性の経済力が向上した」(66.1%)
「独身生活の方が自由である」(54.1%)
「結婚しないことに対する世間のこだわりが少なくなった」(35.5%)
「仕事のためには独身の方が都合がよい」(30.7%)

などが挙げられているそうだ。一方、男性側の晩婚化の理由としては

「独身生活の方が自由である」(59.6%)

が大きな理由となっているらしい。また、 結婚に対する負担も大きな要因らしく、

「非常に感じる(感じている)」(5.8%)、
「どちらかといえば感じる(感じている)」(30.5%)

と約3分の1の人は結婚に負担を感じているそうだ。負担の内容は、

「経済的負担」(68.9%)
「行動の自由が制約される負担」(33.2%)、
「仕事と家庭を両立させるのが困難な負担」(22.0%)

などが多く挙げられているらしい。自分自身が「結婚したくない理由」と重ねても
頷ける話である。私の場合は人生全体に対して「閉じこめられるのが嫌」と感じていて、
結婚は私の中で持っているイメージとして「閉じこめられる」最たるものだから、
と言うのが理由なのだけれど。

「行動の自由が制約される負担」とは、私の場合は「自分ひとりの時間が持てない」
あるいは具体的に「『自然の豊かな土地で、草津から車で2時間圏内の土地にIターンする』
と言う自分の住居移転希望の障害になる」と言うことでもある。これは私の場合だけど、
人生のどこかで自分の生き方を変えるに当たっては、彼女あるいは家族を説得することが
一番大変でかつ大切だと言うことは一般論として言えるだろう。そして、結婚が生き方を
変える障害になるのであれば、未婚の場合は最初からしないのもひとつの選択だろう。

…そう考える生物学的適齢期の人が増えてきたから、晩婚化も少子化も進むんだけどね。
こんなことを書きつつ、私は「この人とだったら一緒に自分が変わって行くのもいいな、
と思える人だったら結婚するのもアリかな」と書きながら思っている。そうでなければ、
例えば「回りがみんな結婚しているから」と言う理由で結婚する必要はないと思うのだ。

この取材をするにあたって、著者が必ず質問してきたことがあるそうだ。それは

「20代の頃、同じ人と出会っていたら結婚していましたか?」

と言う質問。ほとんどの人が「NO」という答えだったそうだ。そして、その章の最後では

「結婚に依存しない自分」になってからするのが「晩婚」なのかもしれません。
(中略)経済的に自立することだけが「依存しないこと」ではないのです。まず気持ちの問題。


と書いてある。精神的に結婚に依存しなくなってから結婚するのが晩婚と言いたいのだろう。

ところで、晩婚の必須アイテムとして、この書き物ではこんな人が挙げられている。

1,年下男
2,癒し系男
3,小さい男

いわば「3高」をひっくり返した形だ。実際に、晩婚の女性の多くが伴侶として選ぶ
男性の多くがこのタイプのどれかに当てはまるそうだ。私にも姉がいて最近結婚したの
だけれど、たしかにこのタイプのひとつに当てはまっている。

私自身は、実は年上の女性としかお付き合いしたことがない。別に年上専門と言うわけ
でもなく、単に「対等な話のできる人」「一緒にいて気持ちのラクな人」を選んでいたら
結果的に年上ばっかりだっただけの話である。最近は年下の女性でも対等に話のできる人が
周囲に増えてきたから、今後は年下の人とお付き合いすることもあるかもしれない。

何が言いたいかと言うと、本人にそれだけの魅力があるから年下の男性は年上の女性を
伴侶に選んだのだ、と言うこと。年下の彼氏ができると年上の女性って「もっと若い女性に
彼氏を取られるんじゃないか」って心配するみたいなのだけれど、そんな心配は全然いらない。
年上の女性はもっと自分の魅力に自信を持っていい。もし年下の女性に彼氏を取られたとしても、
それは「自分が年上だから」じゃなくて「その年下の女性の方が彼氏から見て人間として
魅力的だったから」なのだ。自分が年上か年下かと言うのは、別れの理由としてエクスキューズに
ならないと私は思う。だからと言って「愛があれば年の差なんて!」とは思わないけどね。

別に年上の女性を狙っていたわけではなく、魅力ある人を選んでいたら結果としてその人が
年上だった、と言うことが重要なのだ。晩婚の女性の伴侶に年下の男性が多く見られると言っても、
その点を押さえておかないと男としては見くびられているような気持ちになる。年下だからと
男を見くびらないでね、と思うのだ。

ある程度の年齢に達した年下男で年上の女性を選ぶ男性なら、年上女を愛するのと
同じ情熱で年下女でも愛せるんじゃないだろうか。要は相手の中身が問題なのである。
晩婚必須アイテムとして年下男を取り上げた章の最後でこんなことが書いてある。

 はるか年上(ちなみに5歳以上)の女性を伴侶に選ぶ男性はとりあえず、
形ではなくその人自身を見てくれている人が多いのです。
 今30代の終わりから40代で、同世代の女性を結婚や恋愛のターゲットとして視野に
いれている男性は、残念ながらほとんどいません。逆に女性たちが選ぶパートナーは
次の世代の男性たちです。なぜ彼らはひと世代も年上の女性を選ぶことができるのか。
それは女性たちが10年かけて達した結論「結局、年ではなく、その人」という答えを、
もう知っているからなのかもしれません。

| SHO | 晩婚 | 04:45 | comments(5) | trackbacks(0) |
谷村志穂『結婚しないかもしれない症候群』
1990年にベストセラーになった谷村志穂の『結婚しないかもしれない症候群』を
読んでいる。中身は20代から30代の結婚していない女性たちの生態のノンフィクション。
「独身女を襲う深刻な住宅事情」「保険という名の麻薬にすがる」「不倫の結末」
「猫という”彼”と暮らす」「Hanakoさんのワガママな結婚願望」「家が結婚の
邪魔をする」「子供だけは生もうと決意したとき」「男の子たちの症候群、そして
私たちの未来」と言う章立てでショッキングな内容が分かるが、読んでつくづく感じるのは

「これって、話をそのまま”男性”に置き換えても同じだよなぁ」

ってこと。15年前の男性はどうだったか分からないけれど、2005年に30歳を目前に
している独身男性としては、自分たちが現実に今抱えている悩みと同じことを15年前の
30歳前の独身女性が書いていることに「結局、いつの時代も同じじゃん」と感じる。

先日、両親と大喧嘩した時に私は『傷つきたくない症候群』だって父に言われたのだが、
それは両親の世代の『モラトリアム症候群』とよく似ているんだとか。同じ問題が違う世代で
繰り返されていて、名前が『モラトリアム症候群』『結婚しないかもしれない症候群』
『傷つきたくない症候群』とその年代で変わっているだけじゃないだろうか。
とても乱暴な言い方だけど。

この本の中には、結婚しないで子供だけ産むことを選んだ女性の話が出てくる。私の知って
いる人の中にもそういう人がいるし、谷村志穂と同じ世代で結婚していないアーティストの
音楽も聴いている。そういう人たちのエッセイも読むのだが、今の彼女らのエッセイを読んだり
音楽を聴いて、私は彼女らの現在の作品に敬意を払うことがどうしてもできないでいる。
人間として、何か足りないような傲慢さを感じて仕方ないのだ。彼女らと同世代の女性で
結婚していない友人や離婚して子供を育てている知り合いも私にはいて、私は彼女らに
関してはとても尊敬しているのだけれど。

私は、なぜ似たような生き方をしている同世代の片方にはどうしても敬意を払うことができず、
もう片方には敬意を払いたい気持ちになるのだろう。「自分の境遇を受け止めた上で
どう生きようか」と悪戦苦闘しているか否かなのだろうか。そう言ってしまうのは敬意を
払えない人たちに対して大いに失礼だけれど、私が敬意を払えない女性たちと言うのは
「私には生き方が魅力的に見えない人」なのだ。その人が経済的に自立しているかどうかと
その人の生き方が魅力的に見えるか否かは別の問題なのである。

私が嫌だなと感じる人たちは、みんな「現役」なのだ。女性としても社会人としても。
「誰にも迷惑をかけないで自分の人生に自分で責任を取っているわけだから文句ないでしょう」
と言われればその通りだ。むしろ私自身の方がよほど自立できていない30歳前なので言われると
ぐうの音も出ないのだけれど、でも、どんな美人であろうが創造的な仕事をしていようが
40歳になれば立派なオバサンだ。いくら頑張っても肌のツヤは落ちるし小皺も出るのである。
そこで「どうしよう。私はオバサンになってしまった…」と言える人は魅力的に見えるけれど、
そんな自分を認められずに何歳になっても10代から20代、せいぜい30代前半の精神状態で
行ったり来たりしているように見える女性もいて、そういう女性は(男性も同じですが)
どんな美人な40代でも魅力的には見えないのだ。

この場合の「現役」と言うのは「自分がいつまでも若いと勘違いしている人」と言う意味である。
「自分の年齢の実感がない人」と言い換えてもいい。自分はそういう40代にはなりたくないな、
と思うのだ。10年後も青臭い夢を追いかけているよりは「どうしよう。僕は40代のオジサンに
なってしまった!」とうろたえている方がずっといい。要は自己受容ができるか否かなのである。

竹内まりやに『心はいつでも17才(seventeen)』と言う曲がある。1番からだんだんと
描く年齢が上がっていって、「青春はこれからさ」と歌う「心はいつでも17才」が
時には25才、時には35才、そして最後は「でも、本当は本当は…本当は45才!」になって
終わるのだが、生々しくて聞いていられない反面、こんな風に自分の年齢をユーモア含みで
受け止められたら素敵だなぁ、とも思うのである。私は、いつまでも若くなんていたくない。
来るべき年齢が来たら(来るべき年齢っていつ?と言われそうですが、自分がそう感じた
年齢がその年齢なのでしょうね)ちゃんと年をとる人間でいたいのだ。

「30歳になって自立しようとしない人は、人間として何かが欠けている」と私は思う。
「自立」とは、この場合は経済的なことのみを指して言っているのではない。
精神的なものも含めて言っている。

現実には、私のように自立したくても現状ではできない人もいるわけで、そんな自分に
後ろめたい気持ちはすごく持っているけれど、今は物理的にできないわけだから
人の好意を受けたらいいのだと思っている。ただ、自分が将来、人へ好意を与えられる
ようになれば、その時は自分が頂いた好意を別の人(もしかしたら同じ人になるかも
しれないけれど)に与えようと思っている。それでイーブンではないだろうか。
この話は、古くから長距離旅行者の中では有名な話なのだけれど。

この本の最後の方にこんなことが書いてある。

「不安っていうのはきっと人間が生きている限り持ち続けなきゃいけないものなんだよね。
その不安をいかにとり込みながら楽しく生きていくのかってことがたいせつなんだもんね」


そうなのだ。そしてこんなことも書いてある。

「結婚していようと、していなかろうとも、何かがあれば人は十分幸せでいられる。
友だちや、愛や、音楽や、文学や、仲間や…。
そう考えると、<結婚しないかもしれない>というこのあいまいで所在のない立場が、
なんだかとってもゴキゲンに思えてきた。
どんどん欲ばりに、幸せな未来が考えられるような気がしてきた。」


私には、決してそうは思えないけどなぁ。むしろ、私は「自分の稼いだお金で生活が
できれば、それで幸せじゃない?」と言う自分自身の言葉の方に強い説得力を感じている。
| SHO | 晩婚 | 04:31 | comments(2) | trackbacks(0) |
真島久美子『結婚の達人』
図書館から、今度はMADONNAの『THE IMMACULATE COLLECTION』を借りてきている。
いわゆるベスト盤。私も知っている曲が何曲もあってゴキゲン。

今、『結婚の達人(真島久美子著・講談社)』を借りてきて読んでいる。
湯治していてヒマだし、こういう本も面白そう、と思って借りてきたのだが、
読んで背筋が凍った。面白かったけど。

この本を読んで初めに瞼の裏に浮かんだのは、3月にGATB(一般職業適性検査)と
VPI(職業興味検査)を受けた時の結果。どうだったかと言うと、私が今まで選んできた
仕事や学校の専門と言うのは「出来ないわけではないけれど、かなりの努力が必要」
なものばかり。実際は、私はかなり多方面で職業適性があると診断されていたのに、
私はわざわざ自分に向いているとは言い難い仕事や専門ばかり選んでいたのだった。
これって「仕事」を「恋愛」に置き換えても同じような気がする…。今までの
自分の経験に照らしても。

この本の中で、「好きな人からは断られるのに、追いかけ回されるのは、嫌いな
タイプばっかり!」と言う女性の話が出てくる。その話は「今まで自分が理想化
してきた《男らしさ》と、忌み嫌ってきた父親の性格が一致するということに、
そのとき初めて気づいたのだ」と言う結末になるのだが、自分を振り返って見た時に、
自分が今まで理想化してきた《いい仕事》あるいは《女らしさ》と自分の忌み
嫌ってきたタイプの仕事、あるいは母親の性格とは…一致していないだろうか?
本当に、思うだけで背筋が凍ってくる。

昨年の末頃、私は職業訓練校に通っていて、父の見立てによれば、受ければ受かる
だろうと言われていたある企業の就職試験を受けようとしていたのだが、今考えると
受けられなくて良かったと思う。なぜなら、当時の私の状態と言うのは、とにかく
元いた業界に戻れればそれで良かったから。これを結婚症候群の人の「とにかく
結婚できればそれで良かった」と置き換えても同じことだろう。その後の結果を
考えると、これまた背筋が凍る思いがする。おそらく、私の身体は無意識に拒否反応を
出して就職活動そのものが立ち消えてしまったのだ。その結果として私は半年も
草津で湯治することになっているわけだが、仕事とは、あるいは恋愛あるいは
結婚とは、と考える絶好の時間になっていると思う。

日本では、出生率1.29が大きな問題として言われている。しかし、私にはこの数字は
あまりに遠い。子供がたくさんいると言う意味ではなく、出生に結びつくような
関係を構築できる状態に今ない、と言う意味である。そして「あなたは結婚に
何を求めていますか」と問いただされた時に、その答えを今の私は持っていない。
出生率1.29が問題なのではなく、そこに結びつく前提そのものが私の意識の中では
はるかに遠いのである。出生率1.29は私のような若年層の集合と言えないだろうか。

そして、今度は「結婚」を「仕事」に置き換えても同じことなのだ。結婚も仕事も、
自分が何を求めているのかが分からないのに、闇雲に動いてもうまく行かない
確率の方がはるかに高いだろうことは容易に想像できる。職業訓練校の授業で
言われた通り「自分を知ること」が戦略の第一なのだが、私もまだ自分自身を
良く知っているとは言い難い。

最近思うのは「夢も希望もなく選んだ方が、結局はうまくいくのではないか」
と言うこと。自分なりの夢や希望のボーダーラインを持つな、と言う意味ではなく、
夢や希望を過度に追わない方がいい、と言うことだ。だいたい現実は思っていた
ものとは違うので、違うだろうな、と諦めることも必要だと言うことである。
私の経験では、最初の期待が大きければ大きいほど結局はうまくいかないことが
多い。理想と現実とのギャップを乗り越えられないことに起因する苦い思い出が
多いのだ。

今、仕事にしろ恋愛にしろ思っているのは「根本的なところで『嫌い』でなければ
少々物足りない対象であってもGOサインを出してみてもいいんじゃない?」と言うこと。
根本的なところ、と言うのは直感と言い換えてもいいかもしれないし、先に述べた
どうしても譲れない1つか2つのボーダーラインと言い換えてもいい。

物事はやってみなくちゃ分からないことの方が多い。どんなに口で仕事論を語ろうと
恋愛論を語ろうと、体験で感じた裏づけなしに本当のところは分からない。体験も
しないで、イメージだけで自分の可能性を狭めるほど馬鹿馬鹿しいことはない。だから、
「一見良さそうに見えるけど、何か嫌だ」と言う虫の好かなさを感じない対象であれば、
少々物足りないなと感じていてもGOサインを出していいんじゃないかと思うのだ。
やってみなくちゃ、本当のところは分からないもの。

人間の幸福とは、突き詰めて言えば何なのだろう。「仕事と伴侶」と言うのは、
できれば私にとっては外したくないキーワード。でも、今の私はどのどちらにも
はるかに遠いところで湯治している。
| SHO | 晩婚 | 22:08 | comments(0) | trackbacks(0) |