藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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3年近くぶりの投稿
3年近く日記を休んでいましたが、再開します。

昔の内容しかここにはアップされていないのですが、ずいぶんジタバタしていたなぁと思うことしきり。

今は香川県に引っ越して、住んでいます。群馬から愛媛に転職し、転勤で香川へ。運命のいたずらには、驚かされるばかりです。

バイクは今年3月に、念願のヤマハYZF-R6に乗り換えました。さらに通勤用のキムコ、グランドディンク125Zも加わり、バイクライフを楽しんでいます。
| SHO | Iターン | 20:00 | comments(0) | - |
entry
昨日は仕事明けに仮眠してからバイクの冬眠準備。まず
レッドバロンで冬眠前の点検。各部注油とエンジンオイル
交換。あと1000kmで前輪が限界らしい。2000km乗ったからな。
1ヵ月半足らずのうちに。

それから富岡に行って、限度いっぱいまで給油してバイク屋へ。
格安で冬季保管を引き受けてもらえて感謝感謝。バイクとキーと
ヘルメットを預ける。あとは春までバイクには乗らない。近くの
駅まで送ってもらうと、一気にホッと安心感がやってきた。常に
バイクに乗っていると緊張しているのだ。いつ事故を起こすん
じゃないかと。

昨日はそのまま碓氷峠を越えて上田駅前の安いビジネスホテルで
泊まった。晩御飯は回転寿司。帰ってから働かない頭でパソコンを
触ろうとしたがやっぱり頭が働かず、午前1時には就寝。

せっかくのホテルなのに、朝6時には目が覚めてしまう。自分の
神経がかなり過敏になっているのを感じる。もともと枕が変わると
眠れない性質で、外泊の最初の1泊目はそんなに眠れないのだけど、
せっかくの休みなのに眠れないのはもったいなく悔しい。睡眠が
長時間うまく取れないのは、きっと休みのたびに睡眠のリズムが
変わることもあるのだろうけれど。

朝から最後の手直しをして、チェックアウト時刻直前にホテルを
出て駅構内のドトールでさらに見直し。もう移住前に上田に来る
ことはないだろうから、昼食は駅近くのイタリアン・レストラン
「パパ・オルソ」でパスタを食べる。ここの店員は私=バイクで
来ると思っているのだが今回は公共交通機関で。冬だものね。

最後にハローワークで手直ししてリクナビからエントリーしよう
としたら時間切れ。電車とバスを乗り継いで、軽井沢経由で
16時半に草津に帰ってから再度エントリー作業にとりかかる。
2時間もかかって、ようやく第1希望のエントリーを終えた。
それにしても、こんな面倒くさい作業をみんなよくやるものだ。
もう2度とやりたくない。第2希望まではエントリーのつもり
だけど、1件送ったところで疲れてモチベーションが下がったので、
続きはまた明日。

結局、このまま明日の朝まで仕事なので24時間の徹夜決定。何の
ために上田で泊まってぐっすり寝ようと企画したのか分からない。
せっかくの休みなのに夜は眠れなくて昼間の変な時間に眠い
なんて。このまま草津にいても体力やモチベーションがジリ貧に
なるのは目に見えており、なんとしても第1希望で受かって欲しい。
今はもうそれだけだ。

もうエントリーは終わった。サイは投げられたのだ。北海道に
行けるか否か、あと1ヶ月以内には分かるだろう。
| SHO | Iターン | 19:40 | comments(0) | - |
真冬日
数ヶ月ぶりにパソコンでブログを書く。実に気持ちがいい。
やっぱりパソコンの書き心地じゃないとね。携帯端末は
携帯端末なので。それでも、まだキーボードを打ち慣れて
いないので間違いがある。指が変なところに触れてしまう
ようだ。

今日と明日は真冬日。これでは明後日にバイクを使うことは
難しそう。いよいよ本格的な冬がやってきた。そろそろ
バイクもふもとに下ろさないと、本当に春まで脱出させる
ことができなくなる。平日でもいいから、使える日に
昼前から脱出させるしかないのか。

職務経歴書が進まない。本当に、書き方が分からない。
1年前に書いたばかりだというのに、どうしてこんなに分から
ないのだろう。当時と今では転職のセールスポイントも動機も
ぜんぜん違う。昨年は昨年のベストを尽くしていたけれど、
今年は今年でさらに難しい。

スティービー・ワンダーを聞きながら職務経歴書を書いている。
もう、泣き言を言っている場合じゃない。とにかくやらないと。
あんまり進まないのでビリー・ジョエルの「Uptown Girl」に
変えた。ゴキゲンな曲ばっかり。こんなことやっているから
進まないのか。またエンヤに戻そうかな。なんて言いながら
今聞いているのは「Just the way you are」。本当にいい曲。

今度はカーリー・サイモンの「You're so vain」に変えた。
これも本当に好きな曲。以前、真夜中テレビでやっていた
「北斗星」の前面車窓ビデオのBGMばっかりだ。「北斗星」が
登場してから18年。中学生時代はそのビデオばっかり飽きずに
見ていた(18年たった今でも飽きない)。まさか本当に北海道に
住むとは当時は思わなかったけどね。でも「北斗星1号」で
北海道に行くという夢はまだ実現していない。

あぁ、早く北海道に住みたいな。住むのなら来月までに何とか
して就職活動を片付けよう。北海道へ来月行くつもりなら、
もう今はどうしてもやらないと。エントリーしないと就職活動は
始まらない。いや、就職活動はエントリー前に半分は終わって
いるんだけど、今はそのために頑張っている段階。

欲しいものを「欲しい」というのは本当に難しい。だからこそ
今は産みの苦しみを味わっているのだろう。泣き言なんて
言っていられない。今はとにかくやらないと。
| SHO | Iターン | 17:49 | comments(0) | - |
明日はリーディング
久しぶりにマイパソコンからの更新である。5ヶ月ぶり。

う〜ん、実に快適。やっぱり使い慣れたキーボードは
いいですな。親指でも相当な速さで打てるのだけれど、
キーボードはほとんど考えるのと同じ速さで打てるので
スピードがぜんぜん違う。

明日、もう一度矢尾こと葉さんのリーディングを受けてくる
ことにした。この3週間ほどなんとなく気が乗らなくて
職務経歴書を書いていなかったのだけれど(パソコンが
ぶっ壊れていて書けなかった、という事情はありますが)
来週からいよいよ書き始めることになりそう。Officeを
実家で再インストールする予定なので、ほとんどこれで
復旧ということになる。ただし、これから半年間は
またパソコンがぶっ壊れてもWARDが絶対に使えないと
まずいので、予備機を確保する目的でW-ZERO3は購入する
つもりだ。これから半年は一生の正念場なのだ。

パソコンがぶっ壊れたこの5ヶ月間、まさか予備機として
持っていた京ぽんでこんなに長く持たせるとは思わなかった。
なんとか情報処理はしていたけれど、京ぽんの能力では
かなり限界が見えていて、パソコンでなら使えていた
一部のインターネットの機能を削減して使っていたことも
事実。この半年に要求される予備機としての能力は、
明らかに京ぽんの能力を超えたものになるので代替する
ことにした。

この3週間の感覚は、職務経歴書を始めるのがおっくうと
いうか、職務経歴書を書き始めるともう後戻りできないので
怖い、という感覚に近い。変化することをものすごく怖いと
感じる感覚がある。変化することが怖いと感じることを
自分に許可したから感じるわけだけど、その怖さに圧倒
されるほどだ。書かない理由ばっかり探しているようだ。

親密になればなるほど本当の自分を見せられない自分がいる。
ごくわずかな友人を除けば、私は今も昔もあまり自己開示を
しないしする必要も感じない。このブログではかなりの
自己開示をしているが、逆にこのブログは家族には教えて
いない。以前持っていたホームページは家族もその存在を
知っていたけれど、ホームページからブログへは何の
アナウンスもなく移行したので、ホームページのみしか
知らない読者の多くはブログに移行した時点で消滅したはず。

もっとも、これだけ自己開示している場を家族に読まれたく
ない、という感情が働いていることも確か。たとえば私と
私の姉はとても仲がよいけれど、お互いのプライベートに
ついては子供の頃からほとんど知らない。私は姉と姉の
旦那がいつどんなきっかけで知り合ったのか知らないし、
興味はあるけど、聞いたこともなければ聞く必要も感じない。
大事なのは姉夫婦がいつ、どこで知り合ったかではなく、
姉夫婦がうまく行っているのかどうかなのだ。

私は家族と過ごすのがあまり好きではない。うちの家族は
私が子供の頃、寄ると喧嘩ばかりしていたので家族旅行など
私にはもってのほか。一緒に外食するのも、私以外の人が
みんなで行ってくる分には良いけれど自分も行くのは
今もって好きではない。自分が自分でいられない場所と
いうか、そのままをさらけ出したら文句が降ってくるから
リラックスできないし、そんな痛い思いをするくらいなら
初めからひとりの方がいい、と思っている。

自分の中に無価値感が今も根強く残っていることは自覚
している。「好きなように振舞ってはいけない」「親の
意向と違うことをしてはいけない」という制限がかかった
子供時代だったことを思うと猛烈に腹が立つのだけれど、
今はもう腹が立っても良いんだ、と思う。かつては腹が
立つという感情すら封印していた。自分の感情を押し殺して
生きてきた期間が私は長かったのだ。

「本当の自分を見せたら嫌われる」という怖れは家族を
通して出来上がったもので、そうやっているうちに私は
他の人と一緒にいても楽しもうとはしなくなったし、
いつも冷静でいよう、いつも醒めた視線でいようと思う
ようになった。たとえばYOSAKOIを踊っても、踊りに
熱中できない自分がいるのだ。踊りながら醒めていて
熱中できない、というのはとても悲しく辛かった。

自分には生きているだけで価値がある、なんて言えるの
だろうか。そう言い切れる人がどれくらいいるのだろうか。
自分に対して生きている価値があると言い切れないのに、
どうして他人に対して生きる価値があるなんて言えるの
だろう。そういうことを思うのだ。

たとえば大きなバイクが欲しかったり(草津で使うには
アネーロで必要十分なんだけど、大型バイクを見ると
「いいなぁ〜」と思ったりする)、あるいは大きな企業に
勤めている友人を見たり、あるいは自分の夢を実現して
いる人を見ると羨ましかったり、それはどうしてだろう?
と考えてみると、他人に認められたいから、他人に認め
られることを通して自分の無価値感を補いたいから、
という構図が見えてくる。たとえば結婚だって、そういう
理由で結婚するなら違うと思うんだよね。第一に相手に
対して失礼だと思うし。

今もそうで、幸せになってなおさらに幸せになりたい
理由はと考えると、幸せとはベクトルが違う方向で、
もっと経済的に豊かになったら、あるいは社会的に
ステータスが高いといわれる立場になったら、もっと
自分を認めてあげられるようになるのに、という感情も
やっぱりあるのだ。それはあると認める。でも、おそらく
そういう立場になったらなったで自分を認められるの?と
考えると、そういう世界にいる限り、やっぱり上には上が
いるので認められないんじゃないの?と思ったりもする。

自分の心の中の痛みを感じてもいいんだ、と思うと本当に
痛かったりする。そちらにフォーカスしてみると、自分の
心の痛みを感じることがいかに恐ろしいことか。痛みを
感じないように感じないようにしていたことが分かる。
痛みを感じる許可を自分にしないと、とても感じきれる
ような痛みじゃない。

昔から、私は「お金、お金」と言って働くことが嫌いだった。
でも、その一方でよりお金の稼げる仕事を、と考えて生きて
きたことも事実。権力とかお金に対して嫌悪感を持ちながら
それに対する興味とか欲求もすごく持っている。本当は
私は見栄も張りたいし権力もお金も欲しいのだ。欲しい、
と言っていいのだと思う。もちろんやせ我慢にはやせ我慢の
美学があって悪くないのだけど、やせ我慢では得られないから。

ともあれ、明日はもう一度リーディングを受けてくる。
北海道移住と船乗りへの復帰に当たって、心の奥深くの動機を
知りたい、というのが理由。単に見栄なのか、それとももっと
大きな動機があって突き動かされているのか。職務経歴書を
書くに当たって、自分が主張したい点、なぜこの仕事で
なければならないのか、なぜ北海道で働きたいのかを明確に
したいのだ。
| SHO | Iターン | 03:17 | comments(0) | - |
W-ZERO3に買い換える話
パソコンは相変わらず復旧せず。
だんだんイライラしてきた。この半月というもの状況が
変化しないことに。いや、湯治が最終の上がり湯の段階に
入っただけでも十分な変化なのだけど、職務経歴書が
いつになっても書けない。いや書かない自分に腹が立つ。
それって言い訳して先延ばしいるだけじゃん。

今週末は帰省するのだけど、W-ZERO3を買うかもしれない。
とにかくWARDが使えなくて困っている。母艦で書いたほうが
楽なのは承知しているし、今週末には母艦にもOfficeを
再インストールする。今、職務経歴書が書けないのは、
パソコン復活時に工場出荷状態に戻したため、Officeが
インストールされていないのが大きい。

基本は母艦となるパソコンで書くとしても、会社で
休憩時間に職務経歴書を書いたり、あるいは手を加えたり、
なんと言っても高速通信回線を使ってメールやファイルを
やりとりしたければ、やっぱり現在使っている京ぽんでは
ダメで、どうしてもW-ZERO3の性能が必要になってくるのだ。

それでも、京ぽんがインターネット携帯だったおかげで
どれほど助かっているか分からないのだけれど。
おそらく、京ぽんでなければ私のインターネット環境は
もっと早期に破綻していただろう。

それにしても、パソコンがここまで復旧できないとは
思わなかった。復活してなおとても危険な状態なので、
とても安心してインターネットを使える状態にはない。
一時的には予備アドレスの@niftyを復活させてWebで
データをやりとりしないといけないかもしれない。
あるいは送信はniftyで、受信はTigers-net.comで、
とか、そういう役割分担は今後必要になるだろう。

現在の京ぽんも、発売当時は画期的なPDAだったのだけれど、
W-ZERO3に買い換えたら一貫してモバイル路線を歩み
つづけているなぁ。初めて買った富士通OASYS pocket3が
1995年に買って、メールアドレスを取得したのが1996年の
3月だった。それからNECのモバイルギアMC-K1、MC-MK32と
なって、パソコンのIBM Think Pad 535、Think Pad 240に
いったん統合されて、IBM Think Pad R50と京ぽんという
役割分担に再び分離されたのが一昨年のこと。

小型キーボードのPDAでパソコン通信デビューしたので、
W-ZERO3ほど小さなキーボードとなると分からないけれど、
一般論としてフルキーボードじゃなくても私は対応できる。
今だって京ぽんで相当の長文も書くし、ブログの記事も
京ぽんからアップしている。

それにしても、お金を考えると使いたくないんだよな。
これから転職が控えているのに。そうは言っても転職する
ために職務経歴書を書く必要があって、そのためにPDAを
買うというジレンマに陥っている。もちろんパソコンを
買い換えることも考えたけど、それなりの性能のものを
求めたらやっぱり高くて一括では買えない。現在のR50の
HDD容量も十分に余っているし、それならPDAで我慢して
パソコンはスタンドアローンの母艦として使う方が
いいんじゃないか、という方向に現在は傾いている。

ともあれお金がまたかかってしまいそうで、頭が痛い。
| SHO | Iターン | 01:17 | comments(0) | - |
パソコン復旧せず
気がついたら、もう9月4日だ。
すっかり草津は秋。もうこれが最後の草津で迎える秋にする
つもりなのだけど、パソコンが復旧しないもので不安な毎日。
パソコンを買い換えようか、と思ったり、いやいや2年しか
使っていないしHDDはまだまだ余っているんだから、と思ったり
揺れ動いている。

いずれにしても、パソコンが復旧しないと職務経歴書を
書けないので転職活動も本格稼動できず、メールも使えないと
必要な場所に必要なメールを送ることすらできない。携帯を
先に買い換えるべきか、パソコンを買い換えるべきか…。
いずれにしても早急に結論を出さないといけない。

ボーナスが出たのはいいけれど、パソコンを買えるほどの
お金じゃないし、来年の春に転職するならば、なおさら今から
お金を貯めないといけない。英語の勉強をこれからしないと
いけないことを考えると、なおさら今お金を使うわけには
いかない。悩ましいところだ。

先日、信州中野のブックオフで徳永英明の「Live」を見つけた。
1990年に発売された限定生産のライブアルバム。これに収録
されているバージョンの「あなたのために」という曲が大好きで、
でもテープでしか聞いたことがなかったので、見つけてとても
嬉しかった。会社への行き帰りで毎日聞いている。

仕事中にある事件があったのだけれど、相手がどこの誰で
あろうと毅然とした対応をすることは大事。どういう基準で
判断するか、後で振り返ると私はDuty Officerとして、
Responsible Officerとして対応することを決めていた。

1日10時間、当直時間を預かる者として誰かに媚びることは
職責上許されない。どんな立場の人であろうと、Visitorで
ある以上は私の側に施設とお客様の物品の管理責任があり、
何かがあれば私は過失責任を問われる立場にある。だから
それを侵そうとする者に対しては、たとえその者も当館に
関わるVisitorであろうと、毅然として対応をする義務が
私にはある。

責任には権限が伴い、権限には責任が伴う。これは当たり前
のこと。必要とあれば私は権限上の強制力を発動することも
あるし、その場合に強制力を発動させた全責任は私にある。
それがResponsible Officerということだ。私の仕事観の
根幹には、今なお士官としての職業観と誇りが息づいている。
それは人を指揮する立場にある責任者としての職業倫理だ。
船内を館内と言い換えれば、私の仕事は昔と変わらない。

転職まであと半年。すんなり行くだろう、だけではなくて
今すべきことをきちんとこなさなければ。パソコンが
正常に稼動しない状態のまま、私はとても不安だ。

昨日の記事を書きながら、結婚したいとはずっと思っている
けれど、今は封印なのは転職と北海道移住が現在の最大目標で
あるためで、誰か特定の相手ができることは転職の最大の
障害になりかねない、と警戒しているのが遠因だと気づいた。

結婚したいとはずっと思っているけれど、結婚に依存はしなく
なったかな。昔は結婚したら、あるいは誰か特定の相手が
いれば幸せになれると思っていた。今は半分あきらめの部分も
あるし、冷静に感じた結果として、そうじゃないと思う。
幸せになる方法は独身のままでもいくらでもあるし、でも
結婚しないとできないこともあるんだろうな。それに、
やっぱりひとりだと寂しいということも大きい。職場に
やってくるカップルのお客様が仲良くしているのを見ていると、
正直に書くととても羨ましいし。

私が環境を変えようと思う理由のひとつは、今の職場環境は
熟年で独身の人が多いことも大きい。もう7年前になるけれど、
私が短歌結社を変えた理由の大きなひとつは、彼氏もちの
若い女子は多かったけど、彼女もちの男子が少なかったことも
ある。彼らの何人かは今は結婚しているけれど、私の望む
人間形成の場としてふさわしくない、と当時判断したからだ。

周りに独身が多いと自分も独身になってしまう…という判断は
間違っていないと思うけれど、環境を変えてもやっぱり回りに
独身の人が多いってことは、私の側の生き方の問題なのだ。
独身になっちゃう生き方を私が今までしてきた、独身である
ことを本心ではずっと望んできた、という証拠に他ならない。
周囲の環境は、本心で何を望んでいるかの反映なのだから。

私は生き方を変えることも、自分の周囲の環境を変えることも
すごく恐ろしい。今、ありありとそれを感じていて、本当に
生き方や生きる場所を変えられるのか、とても不安だ。
| SHO | Iターン | 05:08 | comments(0) | - |
傷つくのが怖い
今日も雨の中を沢渡へ。
危うく風邪を引くところで、帰ったらすぐにフリースを着て電気ヒーターの
前で熱い紅茶を飲んだ。そのまま羽毛布団と毛布にくるまって、ようやく
じわっと汗が出てきたところ。もうメッシュジャケットの季節は終わりだなぁ。

自分の中で、「傷つくのが怖い自分」がいることを最近自覚した。恋愛に
してもそうだけど、生き方全般を変えようかなぁ、今までの生き方を変える
ことを、そろそろ自分に許可しても良いんじゃない?と思うようになった。

今は、今までの生き方を変えたくてうずうずしているというか、自分に
合わなくなった古い服を脱ぎ捨てて、新しい服に着替えたいと言う感覚に
近い。他人と深く関わることを避ける、あるいはひとりで生きることを自らに
強いる今までの生き方が、今の自分にはもう合わなくなってきたのを感じる
のだ。だから新しい生き方をしたい、受け入れたい、と思うようになった。

私は傷つくのが怖い。うまく行きそうなものほど、もしそれがうまく
行かなかった時のことを心配してしまう。だから恋愛も北海道移住も転職も、
潜在意識でうまく行きそうだと認識しているものほど真剣に怖い。

怖い怖いと言いながら、断固として北海道移住と転職の方向に向かうと宣言
しているのは、私はうまく行きそうなものほど怖いのだとはっきり自覚した
からだ。新しい事態を受け入れることで、もしかすると心が傷つくかも
しれないことを、私は受け入れると決めたからだ。
| SHO | Iターン | 20:29 | comments(0) | - |
北海道が怖い・その2
最近、「北海道が怖い」「移住が怖い」ってことをよく書いている。本心を
言えば「やったら絶対楽しいだろうけど、やったら絶対楽しいだろうから
怖い。もし実現しなかったら…と考えると怖い。絶対実現する!という
自信がない」ってことになる。実現したら楽しいだろうなぁ、って思う
ことが、もし実現しなかったら…と思うとたまらなく怖いのだ。そう、私は
北海道移住と望む仕事に就くことが、実現することも実現しないことも
怖いのだ。でも、どっちも怖いのなら実現した方が良いに決まっている。

実現しないのが怖いのは、転職と北海道移住は本心から実現したいからだ。
本心から実現したいことが実現しないことで、挫折感を味わうのが怖いのだ。
だったら言い訳して最初からチャレンジしない(=実現しない)ことを
選んだ方が良いのかな、とか思ってしまう自分がいる。でも、転職と移住に
最初からチャレンジしないことで、私はもっと挫折感を味わうはずなのだ。

何よりマズイのは、チャレンジして実現しないのなら自分の人間としての
誇りは傷付かないけれど。チャレンジしないでチャンスを見過ごすことは
自分にとって最大の屈辱なのだ。セルフイメージも大幅に下がるし自分に
誇りや自信を持つこともできなくなる。だから結果を心配しないで今は全力で
チャレンジしなければ。そうすることが自分に自信と誇りを持つことになる。

「どんな大人になりたいか」と考えたら、私は自分に自信と誇りを持って
いる人、と答えたい。どんな人が好きか、と考えたらやっぱり自分に誇りを
持っている人。女性なら、内省的で繊細な人。ともすればネクラと取られがち
だけれど、私はネクラな人が好き。もちろんネアカな人も悪くないけどね。

逆にダメなのは内省的で繊細な人を装ったガサツな性格の人。本来がガサツな
人はガサツなままでいてくれた方が気を使わないでいいから良いのだけれど、
繊細な人に憧れるのか変に繊細ぶった文章を書いたりすると気持ち悪い。
そんなこともしても、本来が内省的で繊細な性格の人(つまり私)には分かる。

私だって、北海道移住も転職も顕在意識レベルでは、実現しなかったら自分への
信頼が崩れる気がして怖い。いくら潜在意識では自信を持っていると言っても。
私は傷つきたくない。失敗することで心が傷つくのが、たまらなく怖いのだ。
| SHO | Iターン | 01:19 | comments(0) | - |
リーディング再び
矢尾こと葉さんのリーディングを受けるために東京に行ってきた。ついでに
上野の光輪でバイクのタンクバックを買って、八重州ブックセンターで
吉川宏志の第三歌集「海雨」を買ったら昼ご飯を食べる時間がなくなった(泣)。

午後からリーディングを受けた。前回は3時間半の最長不倒記録を樹立したが
今回は2時間。転職と、それに伴う北海道移住に関する私の潜在意識の結論は
「すんなり行くんじゃないかなぁ〜。ただし言うべきことをちゃんといえば」
だった。つまり潜在意識レベルでは転職と北海道移住をともに「大丈夫」と
OKしているってことだ。

北海道移住が怖いのは、自分が大きく変化していくことが分かっているから。
自分の中に、変化することを怖れる気持ちがあるのだ。北海道移住と聞いて
ワクワクするかと言われたらワクワクするから、怖い気持ちはワクワクする
気持ちの裏返し。ワクワクする気持ちと恐怖は、同じ気持ちの裏返しなのだ。

いざ北海道移住OKとなると、北海道移住できない理由を探してしまう。
私の気持ちの中では、北海道移住は本当に恐怖以外の何物でもないのだ。
本当に第一希望の会社に採用されて北海道へ移住してしまうと、親よりも
幸せになってしまう。何かの間違いで…と言いたいくらいの気持ちはある。
自分の幸せを自分で壊してしまいたい自分が、確かにいる。潜在意識が
OKしているほどの第一希望ならなおさらのこと。本当に怖いのだ。

とにかくやるしかない。できない自分探しをして幸せを壊し続けますか?
それとも思い切って幸せになる方に足を踏み出しますか?と考えると、
ここで思い切って幸せになりたい。踏み出したら幸せになる確率が100%
ではないけれど、少なくとも50%はある。でも踏み出さなければ幸せに
なる確率は0%のままだ。とにかく私は幸せになりたいし、目をつぶっても
断固として幸せになる方向に人生の舵を切ると決めたのだから。

考え過ぎかもしれない。
でも、私は幸せになりたい。今が幸せじゃないわけじゃないけど、今よりも
もっと幸せになりたい。だから転職も北海道移住も具体化するんだ。
| SHO | Iターン | 18:17 | comments(2) | - |
北海道が怖い
北海道、北海道、来年の春には北海道♪と言っているうちに、北海道へ
行くのが本当に恐ろしくなってきた。理由も分からないのに本当に恐ろしい
ってことは、あえてやるべきなのだろう。怖いってことは分かるけど、
なぜ北海道がそんなに怖いのか。おそらく本当にやりたいことが北海道に
あるからなのだろう、と考えている。「恐ろしい、怖い。でも冷静になって
考えてみたら、なぜ怖いのか、端から見たらさっぱり合理的な理由がない」
ってことは、本当にやりたいことがそこにある可能性がある。

ガツンとやられたなぁ、と思うのは大学に進学したこと。大学の勉強以外は
進学してホント良かったと思っているのだけど、勉強だけは進学して手痛い
失敗だった。就職して大学を退学してからの私の人生は大幅に好転している
ので、やはり大学を退学して正解だったのだろう。でも、草津で2年にも
及ぶ闘病生活をしなければ、気づかなかったことかもしれない。もっと早く
大学に見切りをつけて海に戻るんだった。

「生まれ変わったら何になりたい?」という質問はライフワークを探すのに
有効な質問らしい。私は即答で、生まれ変わったらもう一度船乗りになりたい。
だから私は海に戻るべきなのだ。今生きている時間のうちに。手に職を
取り戻したら、今度はもう二度と手放さない。

船乗りを辞めた直後に、父の知り合いの税理士とお会いした時に言われた
言葉が今も心に引っ掛かっている。「海と船の話をする時に、実にいい顔を
する。普通は辞めた仕事の話はしたがらないものなのに。」私にとって、
船乗りという仕事は自信と誇りの最大の源泉だった。それは今もってそうだ。
だから大学に入って私は深刻なアイデンティティ・クライシスに陥ったのだ。

よく考えるのは、今度の転職は何のためにするのか、ということだ。自分の
ために、とかそんなことじゃなくて、名声のため?お金のため?人から
良く思われたいため?そういう理由でなら、最後の
転職理由としては間違っている。どういう理由で現在の第1希望の会社を
選んでいる?「船乗りに戻る気はありませんか」「乗船履歴をつけるために
船に乗る気はありますか」という言葉が殺し文句になっていることは確か。
でもそれだけで100%信用するのは危なすぎる。第一に、他の業務に回される
可能性だって十分にあるのだ。

自分の人生を信頼するしかない。「なるようになるさ」と諦めるのではなく、
「人は必ず幸せになるように出来ているのだ」と信じて何事にも当たるしかない。

私は生きがいを感じて充実した人生を送りたい。全てのことは、そのための
手段に過ぎない。私は第1希望の職場に何を期待しているんだろう。海運
業界に対する夢ははっきり言って色あせているし、今さら航海士の仕事に
戻っても、そこに求めているものが「外国航路の航路士をしているなんて
カッコいいだろうな」(←今はそんなこと全然思ってませんが)なんてこと
だったら意味がない。親や世間に認められたい自分はいないだろうか?
別にいても良いのだけれど、それを期待して転職活動するのなら、やっぱり
違うと思うのだ。自分の無価値感を補填するために転職活動しても良い
けれど、それに支配された転職活動なら違うと言いたいのだ。

私はどう生きて行きたいのだろう。

ウチの旅館には、大型バイクでお泊まりのお客様がよく来る。なぜ大型バイク
なのか?私自身、自分の愛車でウチの職場に乗りつけようとは全く思わない
のだけれど、自分の無価値感を補填するために大型バイクに乗る人もきっと
いるだろう。私がウチの旅館に泊まりたくないのは、自分の器に合って
いなくて居心地が悪いから。カワサキ・アネーロはユースホステルやとほ宿や
ライダーハウスの軒先に止めてこそふさわしい。逆にハーレーがライダー
ハウスの軒先に止まっていたら、やっぱりおかしいだろう。ハーレーを買う
お金があるなら、もっと良いお宿に泊まったら?と思う。

他人を批判したい時、批判したい内容がそっくりそのまま自分へのメッセージで
あることが多い。だから私は他人を批判したくなることは必ずしも悪く
ないと感じている。ただし「無意識から自分へのメッセージ」という
フィルターを意識しながら文句も批判もすることが大事だけど。
| SHO | Iターン | 02:55 | comments(0) | - |
来年は北海道
子供の頃、どんな出来事だったかは忘れたけれど、「ひとりでさすらって
生きるんだ」と思って、その延長線上に今の私がいる。子供の頃に「僕は
こう生きるんだ」と思った自分自身との契約だけど、そろそろ解除しよう。
そろそろ生き方を変えていいんじゃない?違う生き方もあるというか、
もういいよ。バイク日本一周の旗は下ろさないし下ろす必要もないけれど、
自分の人生が急激に変わりつつある以上、子供の頃の傷にいつまでも固執する
気がいつか消えつつある自分がいる。きっと、人生が変わるってこういう
事なんだ。これからも傷がぶり返すことがきっとあると思うけど、それを
ひっくるめて、きっと人生なんだ。

過去の傷に固執し続ける人生を選ぶ人を愚かだとは思わない。過去の傷に
固執し続ける人生を選ぶか否かは単なる選択の問題で、同情する必要もないし
バカにする必要もない。相手の人生を信頼して、ただ黙って見守ってあげる
しかない。それ以上の手出しをする必要はない。その人の人生なのだから。

幸せになるとは自分を受け入れることだ。自分を受け入れることが幸せに
なることだ。別に嫌だったら無理に受け入れなくても構わない。自分を
受け入れる自分も受け入れたくない自分も、全部ひっくるめてみんな自分
なのだから。受け入れる自分も受け入れたくない自分も、全部ひっくるめて
自分なのだと認知することが自分を受け入れるってことなんだ。受け入れる
ことが良いことでもなければ、受け入れたくない自分がいて、そんな自分を
受け入れたくないことが悪いことでもない。全ては選択の問題。

来年の今ごろは、きっともう北海道だ。考えるだけでワクワクする。やりたい
仕事が北海道の企業で見つかりそうだから、あくまでも仕事をするために
北海道に渡るのだけれど、週末には旅人に、ひとりのツーリングライダーに
戻れる。そんな生活を私は送りたい。それが来年に向けての私の夢だ。
| SHO | Iターン | 08:22 | comments(0) | - |
懲りてない
北海道に移住する、とハローワークで決めてから2日が経って、「来年の
今頃は北海道か〜」と考えると、だんだん怖くなってきた。バカな決断を
したんじゃないか、と思ったりもして、なんだか北海道移住なんてとても
遠い話のように感じる。でも来年の今頃は北海道なんだぞ、と考えると
とてもブルーになってくる。ないものねだりなんだけど、山陰とか信州とか
他の候補だった土地のことがどんどん浮かんできて、しかも、100%満足
とはいかないかもしれないけれど、もはやリスクの少ない土地と言える
上田を捨ててまで北海道に行こうとするなんて、なんてバカなことを考えて
いるんだろう、と思ってしまう。限りなくリスクの高い選択じゃないか。

私は典型的な行動派タイプで、行動しながら後で検証するタイプ。だから
気がつくとハイリスク・ハイリターン人生真っしぐらで、成功も多いが
後で「失敗だった〜(泣)」と後悔したり痛い目に遭うことも相当多い。
第1志望の企業が北海道だからって、縁もゆかりも
ない土地にいきなり行くことを決めて宣言するなんて、我ながら懲りてない。
| SHO | Iターン | 02:35 | comments(0) | - |
重要な決定・続き
先の記事の続き。
上田のハローワークで決定したことは、つまり上田が移住の第1候補から
滑り止めの移住先に変わったことを意味する。上田のハローワークの
キャリアカウンセラーが承諾どころか、私が縁もゆかりもない、登別温泉
だって効くかどうか分からないのに苫小牧に移ることを積極的に勧めたのには
驚いたが、私にとって何が本当の幸せなのか、気づいた上での判断なのだろう。
とてもありがたかった。1年半もお世話になって上田へ移住することを
前提に話を進めていたのに、話をくつがえして戻るべき道に戻ろうとする
ことを、私はとても気が咎めていたのだ。

上田が滑り止めになったことは決して無意味ではない。どうしてもダメなら
上田に住めば良い。さらに言えば私は在職者なので、当面食べて行くのは
とりあえず困らない。だから安心して全力でぶつかることができるのだ。

船の現場に戻ることだけが船乗りに戻ることじゃない。陸上で船員として
働く働き方もあるし、私はむしろそうしたいのだ。

船乗りというアイデンティティに象徴される私の生き方って何だろう。
人生の目的って何だろう。おそらく船乗りに戻るか否かが問題じゃない。
でも船乗りという言葉は大事なキーワードなのだ。

私は幸せになりたい。足元からワクワクする方向に足を向けたい。「こうで
なければならない」と自分を枠で縛ることはないけれど、「この道だけが
道じゃないよ」と本来進みたい方向に目を背けて生きるのはもっと問題だ。
自分の気持ちに蓋をして生きることと、一方向に進むべき方向を限定する
ことは紙一重で、良く似ているけれど何かが違う。自分で「こうすることが
幸せなんだ」と思い込もうとすることと、本当に幸せなことは何かが違う。
違和感がある、というのは大事なことで、足るを知ることと、違和感を常に
感じながら「私は幸せなんだから」と思い込もうとすることは何かが違う。
でも、その違いのポイントって何だろう。私はもう分かっている、というか
もう気づいている気がするのだが。

「私は船乗りに戻る」ってさっき書いた。現場に戻るかどうかは分からない
けれど、「船乗り」として仕事のできる場所に行くと書いた。何が自分を
幸せにするのだろう。私にとって1番幸せなことって何なのだろう。
私はもう気づいていると思う。いや、ずっと前から気づいていたはずで、
気づいても行動しないことで「安心」していたのだ。自分がいつまでも
不幸でいられることで「私は悪くない」と被害者でいられるからだ。でも、
およそ世の中に起こることで自分に何らかの責任のないことなどない。
確かに不幸に陥った原因に責任はないかもしれないけれど、不幸で居続ける
ことを選択するならそれは本人の責任なのだ。つまり、自分の幸せにずっと
目を背け続けるのなら、それは本人の責任なのだ。だから私は自分に許可を
した。私は今よりももっと夢と幸せと冒険に満ちた人生を送っても良いと。
| SHO | Iターン | 15:41 | comments(0) | - |
重要な決定
昨日、上田のハローワークでとても重要な決定をした。

決定してから気づいたのだ。私はどうありたいのか。どういう生き方を
したいのか。それはあまりに私の人生の根幹にあり過ぎて気づかなかった。
私は何のために生まれてきたのか。何が今なお私の自信と誇りとキャリアの
最大の根幹なのか。それこそが私の最大のアイデンティティなのだと。

さんざん自分のありたい自分の生き方を探して迷ったけれど、それは私の
本当に足元にあった。足元過ぎて気づかないほどに。

私は「船乗り」に戻る。
現場に戻れるかどうかは分からないけれど、「船乗り」として仕事のできる
場所に行く。私はずっとそうしたくて、でも自分に許可を出せなかったのだ。
でも、本当はずっとそうしたかったし、自分にそうしてあげたかったのだ。
だから私は自分に許可をした。
| SHO | Iターン | 04:22 | comments(0) | - |
「これでいい」のか「これがいい」のか
昨日の話の続きである。
上田なら上田で、どこに住むか、という問題がある。
改めて自分の知っている上田の範囲を考えてみると、
私の知っている、というか行ったことのある上田とは
鳥居峠から旧真田町にかけてと上田の中心街、そして
塩田平にかけての一帯に過ぎない。草津との便を考えると
住むにしてもその辺りにならざるを得ないかもしれない
のだが、それにしても上田のことを知らなさ過ぎる。

どんな景色のところに住みたいんだろう。どんなところを
私は求めているんだろう。そう考えると、まだまだ私の中で
自分のありたい生き方というか自分のありたい住み場所と
いうか、そういうものが出来上がっていないことに気づく。

「これでいい」のか「これがいい」のか。
まだ、今の私は「これでいい」段階の上田しか知らない。
上田以外にも苫小牧とか志向がブレているのは、そこまで
自分の中で何を求めているのか追求が出来ていないから
でもある。どうでもいいけどどうでも良くないことを
言うと私は非電化単線のローカル線の近くに住みたいと
思っていたりもして(上田にも単線のローカル線は
あるけれど、残念ながら電化路線である)、そういうことを
考えると上田は満たしてはいない。

「これでいい」段階だから上田なのだろうか。それとも
「これがいい」場所が上田周辺に見つかるのだろうか。
自分がどのようにありたいのか、自分の中でどうしても
譲れないこだわりがひとつやふたつはあるはずで、
完全に条件を満たしていても最後は相性ってものもある。
そこにあるものを好きになるのか、好きだからそこに
あるようになるのか、どちらも同じ結論に最後はなる
ような気がするのだが‥。

バイクにしてもそうだ。
私の新しい愛車になったカワサキ・アネーロはもともと
欲しかったバイクではなくて、日本一周に使うバイクを
探していた当時はブログには名前を伏せていたが、実は
山村雅康さんの紹介で知ったバイクである。私は当初は
ホンダ・ゼルビスが欲しかったのだ。だから今の愛車との
出会いは「お見合い」である。「恋愛」ならゼルビスを
買っている。

バイク選びをしていた当時、どうしても山村さんと私の間で
意見が合わなくて、山村さんが4車種ほど挙げたバイクの中で
唯一ピンと来たのがアネーロだったのだ。振動の問題で
単気筒のバイクは避けたい、と思っていたものの、4車種の
中で唯一2気筒だったというのは後で知った。とにかく
挙げられたバイクの中で唯一ピンと来たのがアネーロだったのだ。

ただ、今思うのは、ゼルビスじゃなくてアネーロで
やっぱり正解だったのかも。ってこと。どういうことかと
いうと、奥志賀林道から雑魚川林道を通って秋山郷へ
抜けているときに、舗装林道ながら路肩が崩れていたり
山側から落石が流れ出していたりして走りにくい場所が
何ヶ所かあって、そういう場所を走るのなら、やっぱり
オフロードにある程度は対応したバイクじゃないとダメ
なのだ。ゼルビスも、もうひとつの候補だったZZ-R250も
完全なオンロードバイクなので、こういう場所は苦手
だろうな、と思ったのだ。

アネーロは、私の知る限りでは国産唯一の「オフロードに
入ることを考慮した4ストの250ccツアラーバイク」である。
風防はないものの、ハーフカウルがついているので中速域
までは風防効果がある。本格的なオフロードバイクでは
ないものの、剣山スーパー林道をこれで走破したという記録も
あるし、私も日本一周で北海道の函岳へ登るためにアネーロを
選んだという経緯がある。ゼルビスやZZ-Rでは、何十キロもの
ダートが続く道北スーパー林道に入るのは物理的に無理で、
どうしても250ccのツアラーでここに入りたければ、アネーロ
以外に選択肢はなかったのだ。

私は、買うならツアラーというこだわりがあったので、
やっぱりアネーロで良かったのかな、と思う。深い青の
車体色も気に入っている。ゼルビスだったら絶対に赤!と
決めていたのだけれど、私が好んで身に付ける色の代表的な
色が深い群青色なのだから(つまり「藍青」だ)、やっぱり
これで良かったのかもしれない。恋愛ではなくお見合いだった
けれど、結果的にはこれで良かったのかなぁ、と思っている。

私がバイクを買うときに挙げた条件は、以下の4つだった。

1、オンロードが主体であるものの、オフロードに入ることを
 考慮したバイクであること。
2、長距離ツーリングに適したバイクであること。
3、振動、騒音の少ないバイクであること。
4、250ccバイクであること。

4つを全て満たすバイクは、結果的にはアネーロしかなかった。
日本で販売されている全ての車種のバイクの中で、ただ1車種しか
全てを満たすバイクはなかったのである。「にしむらさんに
アネーロを推した人は、本当にすごいですね」とレッドバロンで
言われた。まさしく「これでいい」のではなく「これがいい」
レベルまで追求して選ばれた1車種なのである。

そこまでの自分のありたい姿が、移住に関しては描けている
だろうか。まだ私には描けていない自覚がある。上田に関しても
上田のどこに住むのか、あるいは上田周辺のどこに住むのか、
どういう場所を求めているのかによっても住むところの条件は
全く変わってくる。そこまでの追求が自分の中にはまだできて
いないという自覚が、私の中にはある。
| SHO | Iターン | 01:17 | comments(0) | - |
焦りと不安とあと半年
自分のありたい自分の生き方、というものについて考えていた。
この数日書いていることだけど、「いつも彷徨していたい」のは
本当にそうで、でもそこから先がまだ見えていない。

苫小牧と上田と、主に上田についての資料をいろいろ調べながら、
でもまだハローワークとリクナビnext以外の転職機関に登録する
ことに躊躇している自分がいる。登録すれば確実に動き始める
わけだけど、早ければ来年の春には草津を離れるつもりなので、
やっぱり動き出さそうと思う一方、何かとても怖いのだ。
動き出すと、今までの一応安定した部分は足元から消えて
なくなることになる。違う次元へチャレンジすることになる
のが、リアルにすごく怖いのだ。

つまるところ、自分のありたい自分の姿に向かってはっきりと
動き出すのが私は怖いのだ。現状維持でいいや、と思ってしまう
自分も確かにいる。清水の舞台から飛び降りるような覚悟で
目をつぶって動き出すことになるのだろうな、きっと。

このブログで何度も何度も引用している言葉だけれど、
山村雅康さんが初めて東京から移住したときのことを
こう書いている。

僕たちは、都会から移住し、既に自然暮らしを実践している先輩たちの
もとを訪れ、話を聞いたり暮らしぶりを見せてもらったりしていた。
どの暮らしぶりも、その人らしさがにじみ出ていて素敵だった。
うらやましかった。建物にしても、回りの環境にしても、全てはその人の
在り様が形になっていて、つまりはその人の作品と呼べるものだった。
果たして自分にそういったものが、形作れるのだろうか。そこまで
きちんと自分が在りたい形が、僕の中には形成できていないという
自覚があった。
(中略)
先輩たちの暮らしぶりから僕が学んだことは、具体的な暮らし方の
ノウハウではなく、いかに自分を見つめ、そしてその形にしていくのか。
更にいえば、自分の欲している自分の有り方が見つかれば、おそらく形は
自然に構築されるのだろう、ということだった。だから、そこから
始まる僕たちの場所探しの放浪は、実のところ自分自身の有り方探しの
放浪だったのである。


今の私の心境と寸分違わない。あと半年。逃げ場のない思いと
一緒に、あと半年で何が何でも自分のありたい生き方は、
そして形は見つかるのだろうか。そんな焦りにも不安にも似た
思いで今はいっぱいだ。
| SHO | Iターン | 04:30 | comments(0) | - |
どんな仕事に就くべきか?
自分の中に「いつも放浪していたい」という強力な希望がある
のを感じる。そういうDNAが私の旅行好きや、一ヶ所で一生
暮らそうという執着があまりない、あるいは今こうして就職して
いるのに次の移住を考えたりする大きな原因を生んでいるのだと
思うのだけれど、たとえば信州、たとえば北海道に転職したと
して、私は一生そこに住むのだろうか?

リクナビNEXTを見ながら、そんなことを考えてしまうのだ。
私がたとえば北海道や信州に移住したとして、移住することが
目的化していないだろうか?と考えると全くNOとは言えない
自分がそこにいるのだ。転職したり移住したりすることそのものが
目的になっている限り、どんなに転職してもおそらく私の場合は
目に見える現実は同じだろう。

私は移住先に何を求めているのだろう。それが明確にならないと
やっぱり何をやっても同じだと思うのだ。もっと言えば、移住だけ
じゃなくて、新しい仕事の内容に何を求めているのか、さらに
遡れば私は人生に何を求めているのだろう。何を成し遂げたいと
願っているのだろう。それがはっきりしないことには、どうにも
ならない問題だと思うのだ。

今の仕事は、転職として成功だっただろうか?転職というより
再就職だけれど、短期的に見れば「ひとまず成功」だろう。
今、こうして新しい環境に向けて動き出すだけの経済力と
体を治すという草津本来の在住目的を両立しているからだ。
つまり、草津で暮らす、草津で働く目的が明確になっているから
「成功」と言えるのだ。でも、そうじゃない人は今の仕事に
就いてたくさん見てきた。サービス業は決して向かない仕事では
ない、と感じる一方で、今の仕事は今回だけでいいなぁ、と
思う大きな要因は、昼夜逆転の生活で体が辛いこともあるけれど
長期的に見て自分を成長させる場所じゃない、と感じるからでも
あるのだ。今の仕事内容では大してキャリアにならない、と
感じるからでもある。

だからと言って今後1年以内に草津を離れるのはまだ早すぎる。
体が完全に治らないと、草津を離れてもいずれまた草津に戻って
来なければならなくなる。それを避けたければ、やっぱり今は
きっちり体を治すべきだと思うのだ。今はそれが最優先なのだ。
仕事の内容云々よりも。

残念ながら、今後の転職では未経験職種を目指さざるを得ない。
地方の海運会社や港湾代理店に転職する、という手もあるけれど、
そういう求人って出るのだろうか?それに長年業界を離れていれば
当然スキルだって落ちている。今はキャリアがほとんどゼロに
近いと言っていいくらいなのだ。旅館業界は、今回だけでいいと
思っているので当然パス。そうなると、何が残るのだろう?
やっぱり、自分に力をつけて未経験の業種にチャレンジするより
他ないじゃないか。

でも、やっぱり私は一生で何をやりたいのだろう。自分のできる
仕事を探すことはとても大事なのだけれど、自分に何ができるのか
今の私は全然知らない、分からない。年齢のハンディは年々増す
わけで、いつ草津を離れるかという選択と同時に何の職種に就く
のかという選択も時間が迫っている。やるなら早いほうが良いに
決まっている。かと言って準備をしないで挑戦できるほど若くも
ない、ということもまた痛感していることなのだ。

海外を放浪したい、できれば海外に駐在して仕事をしたい、
というのは基本的に持っている希望のひとつ。そして、
その前段階としてバイク日本一周があるのもひとつ。
どうしてもやりたい、と思うことであるか?想像してみて
ヒヤリと怖いことかと言えば、リアルに怖い。もし失敗したら?

いずれにしても、海外に目を向けている企業であること、というのは
キーワードになりそうだ。そして人と接する仕事であること。

フロント勤務の仕事が自分に向いている、この仕事は自分にとって
強みがある、と感じるのは予備校と温泉旅館で通算6年のフロント
業務経験から感じること。強みの中身とは?お客さんの苦情応対や
世話をすることに、根本的にアレルギーがないこと。ポジティブな
要因ではなく、「この仕事をする上で最大のネガティブな要因が
自分にない」という点でフロント業務は根本的に向いていると思う。
他業種と合わせてフロント業務経験6年で培ったお客様対応の
スキルというかノウハウというかコツには、ある程度の自信は
あるつもり。

具体的には、やっぱり海外に目の向いた旅行会社かなぁ。だから
国内&一般旅行業務取扱管理者の資格を取るのだし。この資格は
旅行会社のフロント窓口業務を行うのに必須の資格だからだ。
そして旅行会社のフロント窓口業務というのは、GATBという
適職診断で私の適職と出た仕事のひとつである。

そうすると、信州にしろ北海道にしろ、温泉の問題さえ解決すれば
私の場合は「海外に目の向いた旅行会社のフロント業務」の仕事に
絞って活動すれば良い、のだろうか?それだけが仕事の全てでは
ない気がするのだけれど、ひとつの方針にはなるだろう。
| SHO | Iターン | 02:28 | comments(0) | - |
ワクワク、ドキドキ
今日の記事の続き。
「本当にワクワク、ドキドキすることかどうかには、怖れや不安感がセットで
ついてくるかどうかがバロメーターになる」という話だけど、どんな仕事を
イメージしたら不安になる?と考えるとさっぱり分からない。今までリアルに
感じないようにしていたのかもしれないけれど、それでは答えが見つからない
わけだ。答えが見つからなくて途方にくれる自分を見つけて、でも答えは
自分が一番良く分かっているはず。ずっと見て見ぬふりをしていただけだと
思うけれど、もう感じてもいいんだよ、と自分に対して思う。本当に怖い
から見て見ぬふりをしているんだろうけど。

バイク日本一周については、できる自信があるから怖くも何ともない。
それは良いけれど、どんな仕事に就きたいのだろう?どんな仕事が私には
できるのだろう?

北海道の温泉で、皮膚病に効くと名高いのは豊富、温根湯、川湯、登別の
各温泉。登別以外は見事に不便な場所にあるので、やっぱり登別が最有力の
候補だな。まだカタログデータに過ぎないけれど。

| SHO | Iターン | 15:42 | comments(0) | - |
ハイリスク・ハイリターン
人生でやりたいことが見つからな〜い、と言っていたら、読んでいる
メールマガジンに

「安心感を求める気持ち」を強く持ちすぎていると、「怖さ・不安感」を
感じないで済むジャンルでばかり、「ライフワークややりがい」を
探そうとしてしまう

ってことが書いてあって、なるほど〜と思った。

先週末、東京に行ってきたのだけれど、結局は職業訓練校時代の友人と
会って、それはそれでものすごく有意義で楽しかったのだけれど、
本当は別の友人によっぽど会いたいと思っていたのだ(って↑の記事を
読んで気づいた)。でも、会社を出て「今日の昼には東京だな〜、
せっかく東京に出るんだから、昼ご飯くらい誰かと食べたいな〜」と
思ったのに、携帯電話にかけた手が凍りついたので電話しなかったのだ。

手が凍りついた、というのは「電話するのが、ものすごく怖かった」
って一言に尽きる。別に何か喧嘩したわけでもないし、別に会うことに
何ら問題はおそらくないだろうと思うのに。もし問題があるとすれば、
それは近い将来、私が間違いなく恒久的に東京を離れること、もっと
言えば、体が完治したら北海道に行こうと思い始めていることを知られる
ことがものすごく怖かったのだ。知られたら嫌われることはおそらく
ない‥と思うけれど。ただ、電話をかけようとした瞬間にものすごく
恐怖感に襲われて、電話をかけるのをやめたのだ。

なぜ北海道なのだろう、という疑問は自分の中に根強くある。草津で
ことが済むことであれば、別に草津を離れる必要はないのだ。なぜなら
草津は少なくとも私の病気の治療には効く、ということが証明済みだから。
ここにとどまることは、私にとってとても「安心感」があることなのだ。
もしこれから私が上田じゃなく北海道に移住することになったら、
どれほどの下準備をしたとしても、草津じゃない温泉に移るという
時点で私にとってはものすごくリスクの高い選択なのである。

それにしても、北海道への移住そのものに私の場合は矛盾がある。
なぜなら草津でなく北海道である最大の理由のひとつが「安定」に
あるからだ。身体的な面ではなく、経済的な面での。それが道央の
札幌周辺、という選択になっているのは、現実的な選択とは言え
「安定感を求めるが故の選択」であることは間違いない。つまり、
じゃあ北海道に行ったからと言って自分の本当にやりたいことが
見つかるのか、と考えると「既存の枠内では、見つからない可能性が
高い」と自分で分かっているってことなのだ。

しかし、同じメールマガジンにはこんなことが書いてあった。

「もし明日死ぬとすれば、今現在の自分の人生を振り返ってみて
どう思いますか?後悔、誇れない感じ、やり残し感がありますか?
それとも、意外とすっきりと納得できていますか?」

私の答えは「後悔や誇れない感じはある。しかし、それは
安心を求めるが故にやらなかったから、という部分と
リスクを取って挑戦した結果として、失敗したまま回復する
ことができなかったから、という部分の両面がある」だ。
ただ、自分の中でとても大きいのは、残念ながら後者の
後悔の方が大きいのだ。「自分の夢が叶ったのに、自分の意志で
それを手放してしまった」ということが、私にとっては今までの
人生で最大の後悔なのだ。

しかし、その状態のままでいれば「やらなかったゆえの後悔」を
していたことも間違いなく、じゃあどちらを選べば良かったの
だろう?と考えると、答えが出ない。

私の性分には、どちらが合っているのだろう?少なくとも
自分に大企業の社員が勤まるとは思いにくく、夢を追いかければ
ハイリスク・ハイリターンの人生に必然的にならざるを得ない
じゃないか、と自分では思うのだが‥。
| SHO | Iターン | 03:02 | comments(0) | - |
北海道IJUターンフェア
昨日は会社が終わってから強行軍で東京に行ってきた。水道橋の東京ドーム
シティで行われたIJUターンフェアに参加するのが目的。長野県と北海道が
希望だけど、長野県の隣に住む私が長野県のブースに行く必要はない。
北海道のブースに張り付くことになった。

企業の方に話を聞いたりしたのだけれど、求人の多いIT企業の場合、私が
30歳からの転職であることが最大のネックらしい。1日でも早く技術職の
仕事に戻るよう言われてしまった。しかも、未経験者である私の場合、
収入は下手すると群馬で現在もらっている水準より低い。予測されたこと
とは言え、30歳になったことと技術職を長く離れてしまったことの不利を
痛感せずにいられなかった。

大学に早く見切りをつけるんだった、と地談太を踏みたい気分だけど、
判断を間違えたのは私だ。決断が遅れたことが健康を損なう原因になり、
にっちもさっちも行かない湯治生活をこれから2〜3年はまだ送らなければ
現実にいつしか焦っていた。

職業訓練校時代の友人と昼ご飯を食べる。1時間あまり話をしているうちに、
私は人生で何をしたくて北海道に渡るのか見失っている自分に気づいた。
表面的な就業条件の良し悪しに振り回されて、自分が人生に求めている
ものが何なのか、なぜ転職するのか、人生で為すべきことが何で、自分の
向かうべき方向は何なのか、年齢に焦ってその話が置き去りになっていた。

腹をくくらなければ。より良い条件を求めて転職することなどあり得ない
のだと。表面的な待遇の良さに惹かれて転職するのではなく、もっと仕事の
本質を見なければ。私はあまりに表面的な条件に目を奪われていた。

私の場合、もし北海道に渡るなら真っ先に考えるべきは温泉の確保だ。
それを決めないと、全ての前提が崩れる。札幌圏の収入水準は、草津や上田と
比べても決して高くない。転職する場合、現在以上の収入に期待はできない。
いくら田舎でも、さすが群馬は関東圏なのだ。

千歳市のブースで話を聞いたりしてから秋葉原のヨドバシカメラでCD
ウォークマンと携帯用の小型スピーカーを買い、午後3時前の新幹線で
引き返して新前橋へ。日本一周の相棒となるべきKLE250アネーロの現車を
確認する。青がもう少し深い色だともっと好みなのだけど、状態は良さそう。
初対面のアネーロは意外に大きくて、ライディングポジションはオフ車の
それだ。足着きも良くて身長173cmの私が乗ると両足を着いて膝が少し余る
くらい。本当は少し前傾姿勢のバイクに乗りたかったのだけれど、オフロードに
入れるバイクであるアネーロの場合、この乗車姿勢はやむを得ないのだろう。

もう一台選べるならゼルビスなんだけどなぁ、と言っていたら「にしむらさんは
やっぱりゼルビスよりアネーロって感じがしますよ」と言われた。何となく
なんだけど、林道とかオフロードを重視しそうな気がするそうだ。私の
知り合いでゼルビスとアネーロの両方を知っている人には、全員に口を
揃えて「にしむらさんはゼルビスよりアネーロ」と言われている。そして、
ゼルビスでは若干車格が小さいとも。乗ってみた感想として、アネーロは
私の場合は大きくも小さくもないジャストサイズで、現在CRM50に乗って
いる私の場合は何の不安もなく乗れるとも言われた。

それにしても、初めて自分の中排気量バイクで公道を走るのは不安なものだ。
現車確認が終わった瞬間に、とても不安になった。このバイクで草津まで
帰れるんだろうか…。日本一周よりもそちらがまず心配になってしまった。
| SHO | Iターン | 00:10 | comments(0) | - |
北海道に何を求めるのか
明日、私にとっては平日なのだけれど、東京まで行ってくる
ことにした。なぜかというと、明日は北海道IJUターンフェアが
東京・水道橋の東京ドームシティで開かれるからで、憎っくき
巨人軍の本拠地に行くのはこれが初めてである。他の場所の方が
良かったけれど、こればかりは言っても仕方がない。

もちろん今回は新幹線で往復する。行きはともかく帰りの新幹線は
高崎で寝過ごさないよう気をつけねば。帰りには、新前橋で
途中下車してアネーロの現車確認もしてこなければ。とにかく
今日は仕事が終わってから次の仕事までにほとんど眠れそうにない。
電車の中でなるべく寝るようにしなければ。

冬には北海道へ行こうと思っている。私の個人的な夢のひとつが
「北斗星1号」で北海道へ行くことでもあり、ニセコと小樽天狗山で
スキーを滑ることでもあるからだが、登別や定山渓と言った温泉が
本当に自分に対してよいのかどうか(私はどちらも入ったことがない)
確認に行く意味もある。草津と同程度に有名なのは登別だけれど、
もし登別が体の日常のメンテナンスに使えるとOKが出れば、移住の話は
一気に上田から北海道へ傾く可能性がある。そうなったら、現実的な
移住先は札幌の南部、具体的には千歳や苫小牧、室蘭などが候補になる。

交通機関の便利さから選択すれば、特に千歳は登別と札幌の
両方への交通の便が抜群であり、大いに選択の対象になる。
今日のIJUターンフェアには恵庭市と千歳市も来るので、どんな街
なのか非常に興味がある。紋別市も来るのだけれど、現実問題として
就職先を考えると、紋別ではなぁ‥。あんまりまともな就職先が
なかったり、あっても私の条件とは合わない可能性が相当あるなぁ、
と思う。先入観で決めてはいけないんだけど。

ともあれ、「自然暮らし」がしたいのか、「自然に近いところで
暮らしたい」のかと考えたら、言うまでもなく私は後者。だから
草津に住んでいると言っても自然とは全然関係のない仕事を
しているし、本当に大平原の真っ只中で暮らせと言われたら
やっぱりイヤだろう。草津や山口県の周防大島の自然環境には
納得もしているし好きだけれど、生活のこと(特に経済的な問題)
を考えると、もう少し都会の方がいいのかな、と思う。

今日、今週初めに注文した北海道移住についての本が2冊届いた。
さっそくお金を振り込んで、今読んでいるところ。

群馬では、というよりも草津ではどうしても実現できないこと、
それでなおかつ北海道でなければならないことはなんだろう。

1、今以上に経済的にゆとりのある生活
2、なおかつ現在の気候条件を維持すること

先に2の話になるけれど、現在の気候条件を維持したい、と
いうのは、草津の気候条件は本当に私にとって合っている
からである。具体的には内陸性の乾燥した気候で、夏の気温が
25度を超える日が頻繁にはないこと。昨日の草津の最高気温は
なんと14度だったのだから、いかに草津が涼しいか分かるだろう。
この気候条件を手放さないで、なおかつ今よりも経済的に
ゆとりのある生活を送りたいと思ったら、北海道に行くしか
ないのかな、と思うわけである。上田では気候条件の点で
どうしても現在より暑くなることが分かっているから。

それでも、北海道には草津に替わりうる温泉がない、となれば
上田にするしか選択肢はない。上田はもともと現実的な選択から
出てきたものだし(北海道なら札幌近郊という選択も、また
就職先の豊富さや就業条件などの非常に現実的な計算から
出てきた選択である)、その部分はやっぱり移住に必要なものの
ひとつなのかな、と思う。今までの経験から言えることは、
夢と憧れだけでIターンをするのならやめた方がいいってことだ。
もちろん、上田に文化都市としての側面を求めたように、
夢と憧れの部分もまた重要なものではあるのだけれど。

ともあれ、大事なことは上田なら上田で、北海道なら北海道で
何をしたいのか、ということだ。草津での移住がある程度は
成功したと言えるのは、体を治すという目的がはっきりして
いるから。自分がどんな人生を送りたいのか、それを実現する
ための現実的な手段として移住があるのであって、上田や北海道に
移住することが人生の目的ではない。そのことはしっかり頭に
留めておかねばなるまい。

今の仕事をなぜ続けているか、と聞かれたら、QOLを向上する
ためだ。QOLを向上させるには元手としてある程度の経済力が
必要で、草津には体を治しに来ているとしても、どうしても
今の私にはある程度の経済力が必要だから私は正社員なのだし、
今の私はどうしても正社員の給料と待遇を必要としているのだ。
2〜3年後、最長でも3年後には草津から出て行く準備のために。

私の人生はどん底まで落ちたけれど、自分の生活を向上させる
ために仕事を頑張るんだ、と言えることは、それはそれで
とても幸せなことだと思う。発展途上国的なハングリーさかも
しれないけれど、自分の人生を自分で切り開いていく経験が
できることは、それはそれで非常に意味のあることだ。
| SHO | Iターン | 01:26 | comments(0) | - |
僕が移住に求めるもの・草津の嫌なところ編
今日の草津の最高気温は17度。明日の最高気温は15度の予報。7月中旬で
この気温とは恐るべし草津。やっぱりこの気候は捨てがたく、自分に合った
気候という点で草津には文句のつけようがない。100%の満足度と言える。
本州の山岳地帯か北海道以外でこの気候はあり得ないだろう。

さて、その草津で不満な点はこんなところ。
・労働条件が悪い。労働条件の改善が望めない。
・基本的に生き延びるのが精一杯の土地であって、何かを生み出す土地じゃない。
・もう少し景色に広がりが欲しい。やや窒息感がある。
・あまり世界に対して広がりがある土地じゃない。
・良くも悪くも伝統のある町。祭への参加を強制されないのは良いところ。

草津への不満は「いろんな意味で広がりがない」と「労働条件が悪い」の
ふたつに集約されそうだ。このふたつは、草津ではどう頑張っても解決しない。
買い物の不便さは、休日に群馬原町や上田、あるいは一気に東京まで出れば
済ませられるので、そう感じない。

じゃあ、北海道に住めばこれらの問題は解決するのだろうか?

解決するかもしれないし、解決しないかもしれない。場所にも仕事にもよる、
というのが現実的な答えだろう。ただし、何を求めて北海道に移住するのか、
自分が人生に求める絶対の価値観が何で、なぜこの土地なのかがはっきり
しないと移住の土地探しはうまく行かないだろう。どうしてもこだわりたい
ポイントがひとつやふたつはあるはずで、それを満たさないと移住そのものが
失敗する可能性が高い。草津への移住がある程度は成功と言えるのは、
どうしても草津でなければならない理由があって、その中で比較的条件の
合う仕事を探したからだ。

じゃあ、私が仕事に求める条件ってどんなものだろう。
・定時で上がれること。
・休日や有給休暇を消化できること。
・海外に出張できる仕事だといいな。
・給料が良いといいな。
・「私はこの仕事に就いてます」と胸を張りたい。

以前も書いたことだけど、具体的な業種がさっぱり浮かんで来ないのだ。
でも、これらの条件を満たしたければどんな仕事が良いのだろう。以前は
船乗りで、海外にも行けたしその仕事には本当に誇りを持っていたけれど、
働きすぎで心身ともにおかしくなったから辞めたのだ。

私は過度に仕事に人生を支配されたくない、というポリシーを持っていて、
だからこそのIターンなのだけど、このポリシーがくせ者で、ある程度以上の
実力がないと、自分の意思で自分の人生をコントロールすることは実現
しづらいのだ。だから努力しなくちゃいけないのだ。
| SHO | Iターン | 23:37 | comments(0) | - |
僕が移住地に求めるもの・草津の良いところ編
北海道移住の話の続き。
信州移住と北海道移住とを比べた時に、どちらが怖いかと言えば、間違い
なく北海道移住の方が怖い。なぜなら、北海道の方がより正確に自分の
実力が暴かれる気がするから。私は自分が恐怖と感じていることを直視
する勇気がないのだ。私は自分の本当の実力を知るのが怖いのだ。そして
もちろん、自分が幸せになることも怖い。

さらに信州と北海道、どちらに住めたらより良いかと考えると、草津の
どこが好きでどこが嫌か、ということを考えるのが極めて重要だ。草津に
満足しているところ、不満なところはこんなものだ。

・景色がいい。
・気候が乾燥していて、かつ冷涼である。
・田舎町であり、かつ東京との交通が至便である。
・裏山に雪質抜群の大規模スキー場があり、町民は安く滑れる。
・極めて良質の温泉があり、いつも無料で入れる。

特に草津の夏と冬の過ごしやすさは100%の満足度だ。どこに移住すると
しても手放したくない、草津の最も気に入っているところ。具体的には、
夏の最高気温が25度を頻繁には越えない土地であること。冬もマイナス15度
までは草津で経験済みで許容範囲。つまり、年間を通した気候がマイナス15度
〜プラス25度の範囲でかつ乾燥した気候であること。本州でこれらの
気候条件を、交通機関の便利さを含めて満足する土地はそうそうなく、
つまり草津は私にとって生物学的に極めて過ごしやすい場所と言えるのだ。
おそらく上田よりも草津の方が。温泉と仕事に求める諸条件さえ解決すれば、
北海道の方が上田よりも良いのではないか、と考える有力な根拠である。

草津に生える代表的な植物はコマクサとシャクナゲと白樺。つまりこれらの
植物が、北海道と絡めて考えると「白樺の多く自生するところ」が気候条件的に
最も満足する可能性が高いのだろう。私の知ってる範囲では、宗谷本線沿いの
天塩川流域がそうだけど、冬はマイナス15度以下まで下がるので辛いなぁ、
と思ったりもする。道北は大したスキー場もないし。

| SHO | Iターン | 14:36 | comments(0) | - |
北海道に住む!?
私はずっと長野県上田市に移住することを考えていて、
実は今週も(仕事が平日だけど)上田のハローワークまで
行って来るのだが、そうしながらも、少しずつ心の奥から
むくむくと別の移住候補地が浮かび上がってきている。

その移住候補地は、なんと「北海道」。
上田が最終の移住地ではない、という予感はある(けど
どうなるか分からない)ものの、自分の心の中にその3文字が
あることに気づいたときに最初に思ったのは「本当に!?」
だった。だって有効求人倍率が全国トップクラスに低くて
そういう場所であるってことは、つまり一般的には給料も
休日もあんまりない場所だ、ってことは今までのIターン活動の
経験則で知っているから。まぁ、その点は信州も同じだけれど
北海道は信州よりももっと就業条件が悪そう‥って印象すらある。

私はIターンを真剣に考え始めてから2年近くになるけれど、
鳥取、島根、宮城、そして現在住んでいる群馬、さらに長野と
あちこちの求人情報に今まで目を通し、ある場所では実際に
就職活動を行い、あるいは現在も就職活動の準備中である。
それらの経験から理性で考える限り、北海道は道央の札幌周辺を
除けばあまり都会からのIターン希望者にとって良い条件で
働ける土地とは言えない。

もちろん何を求めて北海道に移住するのかにもよるので答えは
一概に言えないのだけれど、私の場合は自然が近くにあること、
空気が乾燥して冷涼な気候であること、そして何より公共交通
機関が発達していて便利な土地であること、品揃えの良い本屋が
近くにあること(私は短歌を趣味としているため)という条件が
加わるため、これらの条件を満たす土地はかなり限られる。
現実問題として、特に本屋の条件は道内では札幌以外にないだろう。
札幌で手に入らないものは、東京か京都に行かないと短歌関係の
書籍は手に入らない。

夏の暑さを除けば、現時点の最有力移住候補地である長野県
上田市はそれらの条件をかなりよく満たす土地なのだ。また、
上記の一般条件の他に私の場合は「草津温泉に代わりうるほどの
温泉が、車で一時間半圏内にあること」という絶対の付帯条件が
加わるため、なおさら住むことのできる土地は限られる。むしろ、
足を引っ張る制約条件の中では「温泉」こそが最も大きいとすら
言える。残念ながら私は「好きな土地だから移住します」とは
言えない体なのだから仕方ない。

私の友人には北海道の大学に進学してそのまま札幌にいついて
しまった人がいるけれど、彼にしたって独立開業したり、でも
うまくいかなくてサラリーマンというより勤め人生活に戻ったり
苦労しながら現在も北海道に住んでいることを知っている。

私も群馬の生活は決して甘いものじゃないけれど、つまりIターン
するのは夢と憧れだけではうまく行かないってことなのだ。私が
群馬で今の仕事があるのも、上田で「ここに、果たして僕が就く
べき仕事があるのかなぁ」と考え込んでしまうのも、どちらも1年
あるいはそれ以上に通いつづけて、あるいは実際に住んで地元との
ネットワークを持っているが故に言えることなのだ。普通は、
そういう地元のネットワークを移住候補地に築くことが最初の難関
なのである。そこまでIターンについて知っているにも関わらず、
なぜ今さら「北海道」なんてキーワードが浮かんできたのだろう。

つまりは、いわゆる「北海道病」ってやつなのだ。
1992年以来北海道には12回行っていて、自転車日本一周での
道内一周2ヵ月半の滞在、というのを筆頭に、春夏秋冬すべて
2回ずつ以上行ったことがあり、大学時代もインターンで札幌に
2週間住んだことがあり(インターン先がJR北海道だったので)、
インターン募集の時に募集要項を見て「絶対にJR北海道じゃ
ないとイヤだ!」と他の人を押しのけて行ったのだ。さらに
言えば初渡道前の高専時代の5年間、私はJR北海道の広報誌
「THE JR HOKKAIDO」を定期購読していた。現在もバイク雑誌の
北海道特集号は必ず買うし、最新の北海道0円マップもA4判に加えて
ポケット版まで持っていたりする。今年の夏は北海道には
行けないことが分かっているんだけどね。でも来年はもしかして
スキーとバイクツーリングで冬と初夏の2回行くかもしれない。
最新情報の雑誌を持っているにも関わらず、今も北海道特集の
雑誌は鉄道、バイクを問わずついつい買ってしまう重症ぶりなのだ。

さらに言えば、現在の居住地は、本州の中でも道央地方に極めて
気候が近いといわれている場所なのだ。白樺が多い植生もそうだし、
7月に最高気温18度の日があるような本州の町はそうそうないだろう。
ちなみに昨日の草津の最高気温は20度。最高気温が30度を上回る日は
年に何日もなく、空気の乾燥した草津の気候は私にとって極めて
過ごしやすいのだ。草津からの移住後も、できればこの気候環境を
保ちたいという気持ちはある。「いっそ北海道が‥」と思う理由の
ひとつは、夏の暑さという点では上田は盆地で暑いからなのだ。
最低気温が7月でも15度を下回る日がある、草津なみに涼しい土地と
なると道央でも札幌はダメで、もっと標高の高い地方か、あるいは
道東、道北になる。

これだけ条件を並べ立ててみて、とりあえず資料集めだけはしたら?
という気になっている。それで北海道Iターンの体験記集を2冊注文して
通販で買うことにした。今のところ、最有力候補地は長野県上田市、
という希望を崩したわけではないし、でも上田が本当に良いのかどうか
自分の中でIターンに何を求めるのか、さらに仕事にもどんなものを
求めるのか、人生にはどんな生き方を求めるのか、なぜ北海道なら
北海道なのか。あるいは上田だったらどうして上田でなければならない
のか、そういうことを突き詰めて考えなければいけないのだ。単に
草津温泉に近い土地でかつもっとも諸条件が整っている都市だから、
という理由は至極真っ当な理由なのだけど、何かがもうひとつ足りないと
感じているのだ。上田が悪いわけでは全くないのだけれど、何かが
まだもうひとつピンと来ないというか。上田なら上田で、さらに
ピンとくる何かが私は欲しいのだ。
| SHO | Iターン | 03:19 | comments(1) | - |
ワーカホリックと通勤電車の混雑について
午後になって、書類が全てそろったので求人先のリゾートホテルに提出しに行って来た。担当者の方は
今日の午後から日曜日にかけてお休みとのことで、連絡は月曜日以降になるとのこと。結果的には、
今日は滑りに行っても良かったのだけれど、書類が仕上がっていないのに初滑りに行っても楽しくない
から、これで良かったのかも。とにかく、午後までかかったので初滑りはおあずけ。けっこうな人が
今日は来ていたらしい。これだけ雪質のいい天然雪が降ったのだから、そりゃ当然だろう。

でも本当に、今日は滑りたかった…。滑れなくて本当に残念。人生の一大事が控えているから、私以外の
人は「応募書類がまだ仕上がってないから今日は滑りに行かない」って言ったら「そりゃそうだ」と納得
していたけどね。明日以降は有料なので、リフトの町民シーズン券を買うまでスキーはおあずけだ。

今日、サイトの今朝の記事に山村雅康さんからコメントを頂いた。コメントにお返事を書きながら、
とてもいろいろ感じることがあったので記事にしたい。
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| SHO | Iターン | 00:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
長野の市街地に思う
今日は雨。最高気温は13度だとか。寒い。
先日、長野電鉄に乗っていたら思いがけない人から携帯にメールが来た。E954の試験で仙台に
来てます…というメール。一度お会いしたきり、しばらくお互いに連絡を取っていなかった方なので、
本当に嬉しかった。

残念ながら私は一年半前に仙台から引っ越したので、今回お会いすることはできなかったのだけれど、
今日になって電話で話したら業界の話や鉄道ネタで盛り上がって嬉しかった。草津には鉄道の
廃線跡はあっても現役の鉄道は長野原か湯田中まで行かないとないので残念。時々、ふらっと
乗りに行きたい時がある。先日乗った長野電鉄とか、たまに行く上田交通なんていいな。近所の
吾妻線は景色がいいのだが、どちらかと言えば穏やか系の景色ではなく激しいので、ふだん見る
のなら穏やか系の塩田平や善光寺平の鉄道がいい。

先日も話した鈴木祥子の京都移住の話である。
一般的には、こういうのってIターンとは言わないのかもしれないけれど、私は彼女の場合も立派な
Iターンだと思う。京都は以前から大好きな憧れの街だったらしいのだけど、まさか本当に移住する
とは思っていなかったとか。”あ〜、いいところだな〜いつか住みたいな〜住めたらな〜”といつも
お題目のように唱えていたら、思いがけずタイミングが揃ってしまったらしい。本人も書いている
けれど"comes a time"ってヤツだ。Iターンとは「どこに移住するか」が問題ではなく「なぜ、そこに
移住するのか」が問題なわけだから、この場合も立派なIターンだろう。移住地が閑散地域か大都会か
というのはIターンの本質じゃない。本質的なものはどこに移住しようと変わらない。

一昨日も信州に行って来たけれど、良かったな〜。佐久よりは上田とか善光寺平(長野市街を除く)
の方が私は好き。長野の市街地も一昨日行ったけれど、私は上田の方が独自の町並みっぽくて好きだ。
長野も以前は善光寺を象った駅舎がドーンと構えていて「いかにも長野でっせ!」という感じだった
のだけれど、一昨日行ったら、なんだか普通の地方都市だった。街を歩いていて、周囲の山並みが
ほとんど見えないのが不満。市街地を少し外れたら、盆地を取り囲む山々がドーンと見えて圧倒的
なのに…こんなに市街地化しちゃってもったいない。長野はこれ以上都会化する必要はないと思う。

そうは言っても良いところもあって、一昨日は権堂のアーケード街に行って来たら夜の6時を回って
いたのにほとんどのシャッターが開いていた。人が多すぎると感じるほど混雑はしていないけれど、
それでもたくさんの人が来ていて、いかにも昭和から続く商店街の風景に久しぶりに浸れたのは
嬉しかった。品揃えがちょっとダサくて、中高年向け過ぎるのは気になったけど。東京と同じものを
買うなら、やっぱり東京に出ちゃうのかな、と思ったりもした。権堂よりも、長野駅前の方が今は
若者の街なのかもしれない。

それと、気になったのは長野電鉄の地下鉄。どの駅も壁とか照明が暗くて、エスカレーターや
エレベーターもほとんど整備されていなくて、階段もなんだか急で、まるで昔の大阪市営地下鉄
千日前線のようだった。もう10年以上千日前線には乗っていないから今はどうか知らないけれど、
とにかく長野の地下鉄は暗い!もっと照明を明るくして壁を塗り替えないと。地下化してから
そろそろ25年が経つので、リニューアルの時期じゃないだろうか。ついでに、走っている電車も
営団日比谷線のお古で内装も40年前のままなので、見方を変えるとずいぶんレトロな地下鉄である。

一方で、佐久はどうして嫌かというと、新幹線ができて新市街”しか”なくなってしまったから。
新市街の隣に旧市街があるのだが、旧市街で買い物をする用事がないので新市街に行ってしまう。
佐久平の駅前にあるイオンなんて便利極まりなくて、その中だけで用事が全部終わってしまうので
私はそれ以外の佐久の街を車窓からしか知らない。でも、新市街はたしかに便利だけど、新市街だけ
では文化の香りが全然しないのだ。住宅展示場の中を歩いているかのような違和感がある。

上田がいいと思う理由はそんなところにもある。古本屋があって、おいしいパスタ屋があって、それらが
並んだり奥まったりしている旧市街が、リニューアルされながら今も存在している。広い車線を持つ
アーケード街が並ぶ景色は秋田県の能代などにも共通する雰囲気だが、寂しいわけでもなく、上田にも
市内循環バスで行ける近さにイオンがあったりして、古いものと新しいものが渾然一体とまとまっている。

上田駅とその駅前は新幹線開業と上田交通の高架化に伴ってリニューアルされたけれど、市街地も適度に
リニューアルされているのでつながりの違和感がない。でも、メインストリートから一歩外れると昔の
街並みが広がっていたりする。河岸段丘に沿って開けた市街で、高層建築物も少ないので広々と見通しが
良くて、空や遠くの山がよく見える。特に刺激的な街というわけではないけれど、上田の、歴史と新しさが
違和感なく混じり合った雰囲気が好きだ。歴史のある中小の地方都市だけど、新しさも感じるのだ。

歯を根っこから抜くか抜かないか、という状況になったので、来週、東京に帰省して別の歯医者に
行って来ることにした。東京は、帰る用事がなければ帰らない、今やすっかり遠い町になってしまった。
| SHO | Iターン | 12:23 | comments(2) | trackbacks(0) |
最高気温14度
今日の草津の最高気温は14度だったらしい。
このところ、昼間も灰色の霧がたちこめて陰鬱な天気が続いている。

今、陰鬱と書いたけれども、私はこの天気も草津らしくて好きだ。明るい天気ばかりが草津の
天気ではない。気温といい、景色といい、ここはどこか本州離れしている。陰鬱な霧は哲学的とも
言えるし、気持ちが自分の内側に向かっていく天気でもある。とても静かで根暗で、まるで
everything but the girlの音楽を聞いているかのようだ。なんだか北海道の小さな町に住んで
いるような気にさせてくれる。道が狭いのとセイコーマートがないのは北海道と違うけれど。

今日は、パソコン関係の用事で大家さんのところに昼前に行き、そのまま午後までワイワイと
しゃべっていた。話題は草津の町計画のことから仕事のこと、就職のこと、上田のこと、
車のことなどさまざま。気がついたら3時間以上おじゃましていた。

自分で話しながら、自分が日本中のいろんな街を見ることで養った眼で、草津の街のことも
見ているのだと気づいた。そして、改めて自分には都会の生活よりも田舎の方が合っていると思う。
田舎には田舎のしがらみも不便さもあることは分かってきたけれど、それを差し引いても私には
田舎のリズムが合っている。東京に住むことを考えたら、たとえ娯楽がなくて収入も仕事も
限られたとしても、私にとってはここはパラダイスだ。

生きて街を歩くだけでホッとするような、どこかパワーが充電されるような街と、生きて街を
歩くだけでパワーが磨り減っていくような街と言うものが確かにある。それは心の持ちようだと
言う人もいると思うけれど、そういう人は土地の持つ磁力みたいなものの大切さを分かってない。
同じ生きていくのなら、住んで街を歩くだけで心が充電される街を拠点とした方が、生きるのは
ずっと楽だ。心の持ちようだけでモチベーションがなんとかなる、と言う人は、自分にとって心が
楽な土地にしか住んだことがないだけのことだろう。

大家さんの家を出てきた後で、とても癒されている自分に気づいた。草津に住んでいて、
私だってやはり寂しいのだ。でも、たぶん私の感じる「寂しい」と言う気持ちは、たとえ
私が草津に住もうと上田に住もうと、そして東京に住もうと変わらない類のものだろう。
本質的に人は孤独だと思うし、だからこそ自由をある程度制限されても他の人と繋がろうと
するんじゃないだろうか。

草津に住んでいて、時々寂しくてやりきれない時が私にもある。むしろ、そういう時間の方が
ほとんどだと言った方がいいかもしれない。だからこそ、人との出会いは貴重だと思う。
草津で出会った人たちのおかげで、どれだけ自分が救われているかと思うと、ただただ感謝の
気持ちでいっぱいである。
| SHO | Iターン | 00:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
冬近し
草津は、だんだん肌寒くなってきた。最高気温が20度に達しない日が出てきて、出かける時も
リュックの中に長袖シャツを一枚入れている。鉛色の雲が出るようになって、いよいよ冬支度が
近づいてきた、と言う感じ。さすがは北海道なみの気候。標高1200mは本州にあって本州じゃない気候だ。

今月の13日で、草津に来てからちょうど1年が過ぎた。もう1年なのか、まだ1年なのかよく分からない。
ひとつはっきりしているのは、この1年の間に私は草津で当分は定住することを決め、そのために
動き始めていることだ。今日、商工会議所で草津の求人案内をもらってきた。できれば9月中に、どんなに
遅くとも10月までには働き始めたい。そうでないと、スキーを楽しむためのお金が稼げないから。
草津に住む楽しみの中で、スキーの占める割合は私の場合かなり高い。かなり身体の治った現在、
1年の3分の1以上の期間をスキーするためだけに草津に住むと言っても全然大げさじゃない。雪質も抜群に
いいし、街から車で5分の近さだし、パウダー好きのスキーヤーにとってこの町はパラダイスだろう。

草津の鉛色の空の下、冬の楽しみは何かと言われたらやっぱりスキー。今年の2月に始めたので
今シーズンが2年目になるが、もっとうまくなりたいし、滑ることそのものが好きだ。これだけ自然環境の
厳しい土地に住んでいて、何か冬の楽しみでもなければやっていけるものではない。移住に当たって、
何か土地に適応した特技なり楽しみなりを持っている、と言うことはとても大切なことではないか。

日本最大の温泉リゾート、と言う虚飾の仮面を取り去って考えてみると、草津は厳しい自然の真っ只中に
ある寒村だ。草津の市街そのものはこのクラスの町としては充実しているものの、町からどこに行くのも
急な斜面を下りるか山越えするかしかない。標高1200mの高所にあり、あらゆる物流の終着点であり、
この周辺の水系では人間の住める最奥の集落だ。気象の変化も激しく、1年の3分の1は雪に閉ざされる。
鉄道が開通するまで、冬は集落の全員が六合村や長野原に下山して越冬したと言うくらい厳しい土地だ。

それでも、この町の空はとても広い。東京のビル街に住むよりも、よほど広々とした空が広がっている。
もちろん大平野の関東平野や、あるいは島嶼から見る水平線まで広がる空と比べるとその質が違うのだ
けれど、周囲の標高1000mから2000mを超える山々に抱かれているわりに、とても空が広く感じるのだ。
1年住んで、だんだんとこの町を好きになっている自分がいる。

自分で決める前に、身体の都合で半強制的に決まってしまった現在のIターン先だけれど、この町で
どれくらい住むのかは分からない。当分は住むつもりだけれど、2〜3年かもしれないし、もっと長いの
かもしれないし、あるいはいずれ何年かのうちに草津を離れるのかもしれない。でも、どうなるにしても
今の私に言えるのは、圧倒的な自然環境に抱かれて生活する感覚は、決して悪くないと言うことだ。
| SHO | Iターン | 18:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
再び上田
湯治仲間の車で上田へ。
草津と上田の間は公共交通がなく、軽井沢回りになるので友人に乗せてもらえるのは
ありがたい。急遽決まったのだが、幸い上田のハローワークの担当者が時間を作って
くれたので面談することができた。

信州への移住は少し遅れそうだ。就職活動するためには車が必要で、そのための資金が
今は手元にないからで、もう少し身体の状況が良くなって、洗面器が白く濁るほどの
毒素が出なくなったら草津で当面の仕事を探そうと思う。まずは移住のために必要な
資金(車もそうだし、新しく職能を身につけるならその期間の生活を支える必要も
ある)を稼いでから移住する方が、時間はかかるけれど良いのではないか。身体をより
完全な状態まで治すことと、自活することがまずは最優先。自分の稼いだお金で
生活することができれば、それだけで幸せではないだろうか。

面談の後で、友人に何ヶ所か上田のショッピングセンターを教えてもらって買い出し。
草津よりも安い。だんだんと上田に住むイメージが自分の中でできつつある。
| SHO | Iターン | 05:47 | comments(2) | trackbacks(0) |
山村雅康『人口減少時代の豊かな暮らしと仕事の場』
人口減少時代の豊かな暮らしと仕事の場
人口減少時代の豊かな暮らしと仕事の場

この本は、2005年2月2日付のこのブログで一度取り上げている。半年近く経った
今、何度も何度も読み返して感じることがあるので再度取り上げたい。

『人口減少時代の豊かな暮らしと仕事の場』は、著者が「現実的な自分の青い鳥
探しとして」始めた連載で、『楽園彷徨』と題して『月刊リゾート物件情報』
と言う雑誌に連載したものを単行本にまとめている。連載開始当時は静岡県の
朝霧高原に住んでいた著者は、連載の半ばで沖縄県知念村に移り住み、単行本
刊行後の現在は沖縄島内でさらに別の場所に居住している。日本国内で移住対象
として取り上げられた場所は30ヶ所。半数近くが琉球弧の諸島に集中しており、
それ以外にも生月島や周防大島、佐渡島など、著者のアンテナが向いた主な方向が
島嶼であることが分かる。

例えば東北地方で取り上げられているのは岩手県宮守村だけだったりと、私のように
本州島内で移住を考えている人には、もう少し本州島内でいろんな土地を取り上げて
欲しいなぁ…と言うことは思うのだが、著者のアンテナが向いた方向が島嶼なの
だから仕方ない。いずれにしても、自分で住む土地の情報は自分で集めなければ
ならないのだ。

前書きには、こんなことが書いてある。

移住をテーマにして日本を巡る旅は、自然と人間の生活のあり方を考える旅でも
ある。(中略)いま僕たちに与えられたテーマは、自然と人間生活の再生という
ことだ。二一世紀におけるこの星の自然をどうやって定義すべきか。そして
人間生活の再生とは自然との係わり合いの中で、どんな風に具体的な生活観を
伴いながら芽生えていくのだろうか。(中略)この本の執筆作業はその模索の
道程そのものであり、また移住という行為それ自体がホリスティックな自己再生の
旅なのである。


本書ではないが、著者のHP「楽園通信」の「自然暮らし」と言うコーナーの中で、
著者はこんなことを述べている。

先輩たちの暮らしぶりから僕が学んだことは、具体的な暮らし方のノウハウ
ではなく、いかに自分を見つめ、そしてその形にしていくのか。更にいえば、
自分の欲している自分の有り方が見つかれば、おそらく形は自然に構築される
のだろう、ということだった。だから、そこから始まる僕たちの場所探しの
放浪は、実のところ自分自身の有り方探しの放浪だったのである。


移住を具体化するに当たって、私はIターンのいろんなサイトを見て、必要とあれば
本を買っている。そして感じるのは「都会から田舎への移住も、田舎から都会への
移住も、本質的には変わらない」と言うことである。グリーンツーリズムや
グリーンライフを唱う本やサイトの中には、田舎生活が絶対の価値であるかの
ように人を煽っているものも散見されるが、著者はそういう立場を取っていない。
その人の人生において、その街でなければいけない住む理由のある人は都会で
あっても大いに住めばいい。われわれが田舎へ移住するのは、田舎でなければ
ならない理由があるからであって、それが都会だからダメ、田舎だから素晴らしい
と言うことではない、と言うことである。

これから移住を考える人、あるいは私のように移住を具体化しつつある人にとって、
この本は間違いなくひとつの羅針盤となる本である。しかし、羅針盤の中身は
「この土地の情報がよく載っているから」と言うものではない。掲載されている
土地についての基本的な情報はもちろん正確なものが場所ごとに載っているのだが、
そんなものは役場や市役所のHPを見ればより最新の情報が詳しく載っている。
大事なのは、「移住とは何か」を突き詰めて考える上での参考になる言葉が多く
載っていると言うことであり、それはどこに移住しようとも必要な、極めてベーシックな
移住の基礎知識なのである。
| SHO | Iターン | 23:19 | comments(2) | trackbacks(1) |
何を求めて移住する?
この半年の間に、私は信州への移住を真剣に考え始めた。湯治では8割方治れば
上出来だと言われている。湯治して一度完治しても、同じ暮らしをしていれば
10年近く経ってからアトピーが再発したと言う人にも会ったことがある。湯治が
終わっても、継続的な治療、日常のメンテナンスが必要だと言うことである。

移住先を求めるに当たって、移住地域を絞るのには困らなかった。草津以上に
治療に効果のある温泉はまだ見つけられていない。今後も継続的に草津温泉の
お世話になるとしたら、最大限でも週末に軽く日帰りできる圏内には住まざるを
得ない。「草津温泉から車で2時間圏内」と言うのが、物理的な条件だった。
だったら高崎や渋川と言った群馬県側でも2時間圏内なのだが、「空気の良さ」
「日常の肌のメンテナンスに使える温泉が車で30分圏内にある」と言う条件を
加えると、上州よりは信州の方が良い。そして何より、私は関東には住みたく
なかったのだ。信州と上州では気温も違い、湿度も違う。東京周辺で発生した
スモッグは、春になると暖気に乗って草津にまで上がってくる。そういう理由も
信州に決めた理由のひとつだ。

さて、信州への移住が具体化しつつある今、「何をして暮らすのか」と言うことで
頭を悩ませている。早くて3ヶ月、遅くとも半年以内には結論が出るであろうこと
なのに、まだ私は扉の前に立ったまま途方に暮れている。

上田のハローワークで求人検索をするたびに、私の条件に当てはまる仕事の少なさ、
そして給与水準の低さに愕然とし、暗澹たる思いになる。仮に信州に移り住んだと
しても、今のままの私では通用しない。何らかの職を身につけることは最低条件だが、
仮に何らかの職を身につけても、「信州に何を求めて移住するのか」と言う積極的な
理由が、身体的制約と言う消極的な理由以外におそらく必要なのだ。「身体的な
制約があるので信州に移住しました」だけでは、信州の厳しい冬は越えられないのだ。


移住の土地探しとは、詰まるところ自己再生の旅なのだ。自分と自分自身の人生
との関わり方をどう変えていくのか。おそらく移住しても移住前の自分と同じで
いられると言うことはあり得ない。移住に合わせて、自分のベーシックな部分は
変えず、でもそれ以外は思い切って自分を変えていく勇気が必要なのだ。

「移住」と「結婚」はよく似ているような気がする。未婚の私が言うのも何だが、
どんなにリサーチした上であっても、おそらく事前に思っていたのとは違うこと、
おそらく消極的な理由だけで一緒になったのではうまくいかないこと、でも過剰な
期待は禁物であることなどをなんとなく感じるのである。

私が信州に移住する積極的な理由とは何だろう。詰まるところ、私はどんな生き方が
したいのだろう。自分はどんな生き方がしたいかが分かれば、おそらく仕事や
環境は自然に決まっていくのだろう。身体的な理由だけでは、おそらく移住の
理由として不十分なのだ。

キーワードとして思うのは、できれば見知らぬ人と関わる仕事がしたいと言うこと、
そして常に自然の移り変わりを肌身で感じたいと言うことだ。そして、背広よりは
作業服を着る仕事の方がより自分らしい気がする。背広仕事が嫌いなわけでは
ないのだが、背広よりは作業着の方が好き。そして「あなたは何者ですか?」
と訊ねられたら、私は「技術屋です」と答えたいのだ。

私は信州とどう関わっていくのだろう。信州で私ができることとは何だろう。
私は信州で何をしたいのだろう。なぜ信州なのだろう…。消極的な理由だけでは
いけない、そんな気が強くしている。
| SHO | Iターン | 23:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
だらだら、結論出ず
昨日も一日ダラダラ。体調ももうひとつ。なんだかピリッとしない一日。
今後の進路のころで考えるも、結論出ず。仙台で指導教官から提案された
進路を上田で噛み砕いて消化したところ、今のところ2通りの進路あり。
どちらも実行するなら来年4月に信州への移住を実行することになるも、
そのための試験があって、試験の準備が大問題。特に片方はそれが差し
迫っている。
今度はたとえ学生生活を送っても完全に自活の方向で考えているので、
それが実行できるかが問題。学費の問題もあるからなぁ。卒業できない
まま終わらざるを得ない今の大学はともかく、今後の大学卒業はどうする?
と言う問題も未解決。まるで喉元に刺さった骨のよう。

今、読んでいる本はこんなもの。

山村雅康 『人口減少時代の豊かな暮らしと仕事の場』
編集工房安曇野 『信州で暮らしませんか?』
佐藤誠・篠原徹・山崎光博 『グリーンライフ入門〜都市農村交流の理論と実際』
現代農業2005年5月号増刊 『「グリーンライフ」が始まった!』

グリーンライフもいいけれど、指導教官から提示されたものはちゃんと
マーケティングされた具体的な話。国際物流の仕事に従事していた私が
見てもなるほどと思うもの。
上田で行政の関係機関に行った時にも感じたけれど、今の日本で離農が
進むのは当たり前。特に若年者の就農が極めて難しくて離農が簡単で、
なおかつ農業の未来を語れる人がいないから。「グリーンライフ」も
いいけれど、もっと若者が現実として「いっちょ、やったるかい」と
思うような話題を打ち出しては?
内需ばかりに目を向けないで、これからは日本も農産品の輸出を
考えないと生き残れないのでは?世界をマーケットにできる品目で
生き残っていこう、と言う前向きな考えが必要だろう。
そんな農業青年、探せばけっこういそうな気がするんだけど…。

10年後に日本の農業はどうなっているんだろう?と言う答えが、
定年就農と若者のグリーンライフだけでは寂しすぎる。グリーンライフの
教科書や特集本を読んでいるうちに、だんだん腹が立ってきた。

収入も少なく、支出も少なく、と言う生活が悪いと言っているのではなく、
現実の問題として「お金もないから余所へ情報収集にも行けない」のでは
日本の農業が発展するわけがないでしょう、と言っているだけ。
行政のIターン就農についても、新たに土地を買って機械を買って…と
言う完全自営の人しか考えていないから若者が居着かないはず。
それが依然として主流なのは分かったけれど、現実問題として
若年者は参入するなと言っているようなものだと言うことが
どうして分からないのだろう。

「なぜ新規就農のハードルが極めて高いのか」は関係機関でさんざん説明を
受けたけれど、「どうしたら若年者が(第一次産業しか産業のない)田舎で
居着くことができるのか」については全然アイデアがないようだ。私には、
もっとやり方があるように感じられるんだけど。

口でいくらIターン歓迎ですよと言っていても、田舎の過疎化が進んでいく
のは、現状では必然と言わざるを得ない。新規参入へのハードルの高さを
唱うだけで、語るべき未来がないからだ。
未来を語れない地場産業に若年者が居着くとでも思っているのだろうか?
| SHO | Iターン | 02:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
帰ってきました
予定よりも1日遅れましたが、今日、草津に帰ってきました。
道中のことは改めて更新しますが、月曜日の晩から2泊3日ほど長野県上田市
周辺に滞在してきました。成果もたくさんありましたが、それ以上に己の手に職の
なさを強く感じたのと、当初予定よりもはるかにたくさんのお金が飛んだ割に、
近々もう一度上田に行かなくちゃいけないのとで、かなりへこんで帰ってきました。

昨日は別所温泉の北向観音と下之郷の生島足島神社に参拝してから不動産屋へ
行って上田の住宅事情(一人暮らし向け)を調べてきました。今日は朝から上田の
ハローワークで求職者登録と、Iターンに向けた下準備として職業適性検査を受けて
きました。

『信州で暮らしませんか?』と言う本にも書いてあったのですが、自分はなぜ
この街を選んだのか、この街でどう生きていきたいのか、地方でも通用する
手に職は何かあるか、どんなことが強みでどんなことが弱みなのか、まずは
自分自身を知ることがIターンの第一歩だとハローワークで言われました。
職業適性検査と、キャリアの棚卸しのための紙を渡されて今度上田に行くまでに
仕上げていかないといけないのですが、それらの結果を踏まえて上田でもう一度
相談することになっています。

私の場合、長野県上田市を選び、その中でも意中の地域が既にあるのですが、
「なぜ上田なの?」と言う理由については比較的容易に答えられました。
それは草津から車で2時間圏内の街で、なおかつ皮膚病に効く温泉とスキー場が
近くにあること。実家のある東京方面との行き来が予想されるため、ある程度
以上は便利であること。もともとの出身地である大阪方面との行き来も比較的
容易であること。夏の湿潤気候は私のアトピーにとって辛い環境であるため、
空気が乾燥していること。そして上州側と比べて空気がきれいであること。
などなどの必要条件を全て満たす場所が上田市だったのです。

今日は適性検査を受けていたら軽井沢から草津に抜ける直通バスを乗り逃がして
しまい、軽井沢から新幹線を使って高崎経由で吾妻線を使って草津に帰って
きました。帰りの電車の中では、お金がかかり過ぎたことと、今回の目的は
全て果たしたものの再度の上田来訪を余儀なくされたことで、かなりガックリ
していました。

次回、上田に行く時は、もっと下調べをちゃんとしてから行こうと思います。
今回も下調べはしたつもりだったんですが・・・。アクシデントもあったものの、
見積もりが甘かったなぁ、と自分を責める気持ちもいっぱいです。もちろん、
下調べをしたからと言ってその通りに行くとは限らないし、予想とは違った
結果になった時に、それをどう修正していくかが大事なんですけどね。

上田のハローワークで職業検索をしていたのですが、今までの自分の手に職を
つけていたものが全く役に立たないことに愕然としました。Iターンだ住宅事情だ
ハローワークだと来ているけれど、自分はただIターンごっこを遊んでいるだけ
なんじゃないか、とまで思いました。この場所で生きていくためには、自分には
足りない能力がある。観光じゃないんだ、仕事を探すんだと言いながら、
ハローワークや不動産屋に観光に来ているだけなんじゃないか、そんなことの
ために、たくさんの貴重なお金と2泊3日の時間をただ費やしたのか?と思うと
いたたまれない気持ちになりました。お金ばっかり費やしただけで、別においしい
ものを食べてきたわけでもないのに。

Iターンへの第一歩は踏み出しました。でも、まだ第一歩です。まだ遅くない。
これから就職活動が具体化する半年から一年の間に、何とかして食べていける
何かを身につけなければ、そんなことを思いました。
| SHO | Iターン | 21:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
草津のお湯で人口集中について考える
今日は皮膚の調子が悪く、温泉につかると激痛が・・・。
身体から膿の臭いがする、と言うのも実に久しぶりです。

こんな日は誰かと風呂に入って楽しむ気分にはなれなくて、最近よく行く
「煮川の湯」へ。ここは3人くらい入るといっぱいになるので、ほとんど
混まないお湯なのです。いつも人がたくさん入っている「白旗の湯」とは
大違いです。

と言うわけで「煮川の湯」に行くと誰もいません。やったー、と風呂に入ると、
脱衣所の扉が開いて人が・・・。瞬く間に増えて、狭い狭い「煮川の湯」に、
なんと8人も人が入ることになりました。そのうち6人はひとつのグループ。
そもそも「煮川の湯」みたいに狭いところに6人で押し掛けると言う神経が
分かりません。普通の神経なら「煮川の湯」に入るのはやめておく人数です。
しかも、話を横で聞いていると、どうも「煮川の湯」が初めてではないらしい。
明らかに確信犯です。

ただでさえ今日は皮膚をお湯につけると痛くて仕方ないのでストレスがたまって
いるのに、どうなっているんだ!と言うところですが、無神経集団が上がった後も
3〜4人のグループが次々にやってくると言う異常事態。ため息をつきながら、
「バランス」について考えていました。

私は東京が嫌いなわけでは別にありませんが、自分が住みたいとは思わないので
出ていこうとしています。過度の人口集中と、それに伴う移動機関の環境は、
私のような地方出身者から見れば「異常」としか言いようのないもの。首都圏の
通勤電車の混雑の異常ぶりは、もはや「犯罪」あるいは「人権侵害」の域に
達していると思いますが、現実にはそれでも東京への人口集中は止むことなく
続いています。

これは、どこかでバランス感覚が崩れているのではないでしょうか?街そのものが
持っている人口のキャパシティを超える人口が現実に集まり、その事を異常だと
気づかない神経が、どこかバランスを崩していると言っているのです。

もちろん現実には気づいている人もたくさんいると思いますし、通勤電車に
ストレスを感じながら生活している人もたくさんいるでしょう。でも、現実には
東京近郊で暮らすことを選んでいる。私のように東京脱出を現実に考えている人も
少なからずいると思いますが、実数として東京に留まる人数よりははるかに少ない。

東京以外に生活の場はないのでしょうか?あるいは東京に留まり続ける理由って
なんでしょうか?その事について、意識的に明確に答えられる人はいいんです。
でも、ただなんとなく東京に出てきて、なんとなく毎日通勤電車に詰め込まれて、
それがもし不満なら、そのまま東京で生きていていいのか?と言うことを思うのです。
もし本気で不満ならば、生きる場を変えることもひとつの選択肢として考えて
いいのではないでしょうか?

私自身について言えば、相当な不満を持ちながらも「煮川の湯」あるいは
「白旗の湯」に入り続けなければならない理由があります。湯治のために
草津に来ていて、症状の関係で私が入れるお湯はこの2つしかないからです。
正確に言えば水で薄めたお湯ならば私でも入れますが、それでは湯治の意味が
ありません。

草津に長期で湯治に来ている、と言うことについて、「いいね、恵まれているね」
あるいは「温泉に長期なんて、いいなぁ」と言う人も多くいます。

長期で湯治ができることは、たしかに恵まれており、幸せなことです。
でも、身体さえ万全であれば、誰が草津のお湯に長期で入るものか、と言うのが
湯治者の本音です。呑気に草津の共同浴場を比べ湯しながら入れる一般の
観光客が、私から見ればどれほど羨ましいことか。毎日毎日、痛みあるいは
絶え間ないかゆさに耐え、今現在そして将来の不安に耐えながら毎日を暮らして
いるのが湯治者の現実なのです。「治療と分かっていなければ、誰が入るものか」
と思うほど、草津のお湯は湯治者にとって痛いのです。

話がそれましたので戻します。
草津の共同浴場は、「大瀧の湯」「西の河原露天風呂」と言う有料施設を除けば
ほとんどが地元客のために作られており、一度に数人しか入れません。湯畑の
横にある「白旗の湯」だけはキャパシティが多いですが、あくまでも例外的な
ものです。

そこへ5人を超える人数で押し掛ければ、混み合って当たり前。たしかに観光客向けに
各共同浴場の場所を記したパンフレットが配られていますが、自分たちの人数で
入れる風呂かどうかは、脱衣所から中をのぞけば分かるでしょう?分散して
別々のお湯に入るなり、何か工夫をしないといけない。そこへそのままの人数で
入ろうとすることが異常であり、バランス感覚の欠如だと言うのです。

バランス感覚とは違いますが、風呂上がりに、身体を拭かないで脱衣所に行く人が
多いのも目につきます。そんなことをしたら脱衣所の床がベタベタになるでしょう?
今日も注意したのですが、けっこういい年したおじさんでも忘れていることが
多い。「あぁ、そうかそうか」と拭いて下さるのはいいのですが、言われないと
気づかないのかなぁ?「脱衣所の床がベタベタになるので」と言うと納得して
拭いて下さる方がほとんどですが、おじさんに「身体を拭いてから上がって
くれませんか」と言ったら「なんで?」と言われたことすらあります。そんなの、
小学生の時に親から習わなかった?と耳を疑うのですが、現実には知らない人が
圧倒的に多いですね。地元の人はさすがにそんな人はいませんが。

この人たち、自分の家では風呂から上がるときに身体を拭かないの?と思いますが、
実際には身体を拭く人の方が珍しいのでしょうか?もしそうだとしても、やっぱり
おかしいと思います。

だいぶ話が飛びましたが、バランス感覚の問題は、当人が気づかないと分からない
のかもしれない。今日は激痛で風呂の中でうめいていたので余計にそう感じたの
かもしれませんが、多すぎる人数と言うのは、その人の存在だけで強いストレス源に
なることを感じたのでした。
| SHO | Iターン | 23:41 | comments(2) | trackbacks(0) |
『信州で暮らしませんか? 30人が綴るIターン物語』
昨日も少し触れましたが、
『信州で暮らしませんか? 30人が綴るIターン物語(編集工房安曇野 編)』
と言う本が届きました。長野県にIターンした人、30人のそれぞれのIターンに
伴う物語を一冊の本にまとめたものです。

もともとは2002年に「新・信州人倶楽部」と言う長野県内Iターン者を中心とした
団体が行った「Iターン大賞」と言う体験論文のコンテストに寄せられた作品たちで、
作品の表彰などが終わってから、有志でこれを一冊の本にまとめよう、と言うことに
なって作られた本だそうです。これから長野県内にIターンしようと考えている人の
参考になれば、と言うこともあったようですが、一年間の販売で今はもうほとんど
売れてしまったとか。私も、あと一年Iターンを決断するのが遅ければ読めなかったかも
しれないんだなぁと思うと自分の運の良さを感じます。

中身は、Iターンした人のそれぞれの立場によって

1,私の新天地(転職したグループ)
2,そしてまた春が(就農したグループ)
3,至福の午後に(定年退職したグループ)
4,犬と暮らす生活(女性の立場・視点)
5,それぞれの雨上がり(そのほかのグループ)

の5つのグループに分かれています。私自身は1,の「転職するグループ」に
該当しますので、このグループが一番参考になっていますが、他のグループが
参考にならないと言う意味では決してありません。

信州が自分にとって新天地かと言われると、別に「そうかなぁ?」と言う感じ
なんですけどね。「ここを自分の新天地にするんだ!」と力んでいるわけでも
ないですし。身体的な条件と相談して、なおかつ居住地域として要求する条件に
沿いそうな場所、と言うことで考えているので、「もしここでうまく行かなかったら・・・」
と考えると恐ろしいほどです。「何としてもここで踏ん張るんだ!」と言う気概だけは
持っているつもりでいます。

私が読み進める中で、特に参考になると感じたのは、当地での生活が都会(特に東京)
とどう違うのか、どういう風に信州での生活に順応したのかがそれぞれの視点で
書かれていること。信州にIターンする人の半数が定住に至らないと言うことが
書かれてあって、甘くないんだなぁ、自分はどうなるんだろう、と思いました。
長野だってなかなか仕事もないらしいし手に職もない。大学だってこのまま
中退しそうだし・・・と読みながら落ち込んだりもしました。

Iターンは決して甘くない、と書かれていることは、とても参考になります。
それでも、どうしても長野県の東信地方にIターンするのか?と考えると、自分は
この街で何をして生きていきたいんだろう、と考えてしまいます。

草津から車で一時間半圏内であること。そして在住地域から車で30〜40分圏内に
通常の治療に使える皮膚病に効く温泉があり、スキー場があること。交通至便であり、
JRの「みどりの窓口」が近くにあること。自然が豊かであること。そして関東平野
ではないこと。と言う条件の元で選ぶと東信地方が浮かんでくるんですが、
そこで何をして生きて行きたいの?と考えると、まだ結論は出せません。

今は、ひとつひとつIターンに向けたステップを刻んでいると思います。Iターンとは
結局は自分自身のあり方、生き方を探す旅なのだ。資料を集め、あらゆる情報を
集めたら、今度は現地に行ってみよう。そしてまた考えよう。そして今は身体を
治すことに専念しよう。自分の中で徐々に具体化しつつあるIターンの条件を
見つめながら、私の旅はまだまだ続いていることを感じています。
| SHO | Iターン | 12:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
自然に囲まれていれば、人は幸せになれるのか
タイトルの答えは、「No」でもあるし「Yes」でもあります。私の場合は。

なぜ最初に「No」が来ているのか。それは、私自身の体験から、
「自然に囲まれているだけでは、十分ではない」と感じるからです。

私は高専を卒業して船乗りになって、世界中を回っていました。船乗りなんて
いつも大自然に囲まれていて、いい仕事じゃない、と言う考え方もあるけれど、
私自身はずっと不満に思っていたことがありました。

それは「海が遠い」と言うこと。意外かもしれませんが、私が乗っていたのは
外国航路の大型船だったので、私の目線は海面からかなり高いところにあったのです。
どういうことかと言うと、五感で海そのものを感じられる環境ではなかったのです。

もともと帆船が大好きで、海の匂いを目一杯に嗅ぎながら船乗りへの階段を
上がってきた私にとって、自分の職場環境が海からある意味で切り離されて
いることは非常に苦痛でした。そして、札束で頬を叩かれるかのように働くことも
また、非常に苦痛でした。そう言いながら大学は土木工学科の海上交通工学を
専攻と、また同じような系統のところを選んでしまったわけですが、身体的な
レベルで、修正できないほどの生き方のズレが出来てしまっていた。それが
結果的に療養生活を余儀なくされた遠因のひとつです。

長野県は農業が盛んなので、例えば青果の卸売り会社に入ってみたとする。
事務なり営業なりで入ったとして、私は自分の扱う出荷物を見てどう思うだろうか?
おそらく「出荷物を生産する現場に立ち会いたい」と思うんですね。海象気象の
影響なんて関係なく突き進めるほど大型のコンテナ船よりも、海象気象の影響を
どう読んで航行していくかが面白さであり醍醐味である帆船に惹かれるように。
私は「現場」が好きなのであって、その成果を紙の上で右から左に回す仕事には
魅力を感じない人間なんだと思います。それだったら、東京で勤めていても
同じじゃない?と思うんです。もちろん自然環境などは違いますけど。

つまり、それって農家をやりたいってことなのか?と思うと想像するだけで
ゾッとするんですが。私の父方の親戚は今も農家をやっていますのであり得ない
話ではない、と思います。ただ、それにしても私は農業なんて関係もないところで
暮らしてきたし、農業に関して何にも知らないわけですから、何でまたそんな
大変で儲からなさそうな仕事の話が出てくるわけ?と自分で思います。まぁ、
長野県は第一次産業が盛んなので、これもあり得ない話ではないんですが。

人は、自然に囲まれていれば幸せなんだろうか?Yesでもあると思います。
ただ、そこにいるだけでいい程の自然と言うものが圧倒的に存在していることも
事実。草津なんかは、夕方に買い物しに歩くだけで、あるいはスキー場のリフトで
山の中腹に上がるだけで幸せな気持ちになります。それほど大きな山の景色が
広がっているのです。だからと言って草津に定住する気になるかと言われると
ちょっと違うんですが。

一年と言う限られた療養期間の間で、身体を治し、次の人生についての基本的な
ガイドラインを立てることが今の私の仕事です。次の人生をどう組み立てて行こうか、
楽しみながら深めて行きたいと思っています。一年後の今頃には、何らかの
見通しをつけて移住することができれば、と思っています。

この問題については、また考えてみたいと思います。
| SHO | Iターン | 13:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
Iターンのあり方とは
今、Iターンに関するある本を注文しています。
その本はIターンに関する体験談を集めた本で、私自身が今考えている地域への
移住に対して間違いなく参考になるだろう、と思います。

Iターンに関して、いろんな人が口をそろえて言うのは「そこで何がしたいの?
何を求めてIターンするの?どんな生き方を選ぶの?」と言うこと。私自身も、
それを本気で考える時期に来ています。

私の場合、群馬県か長野県、と言う土地が今クローズアップされています。
もっと具体的には、群馬県西北部か長野県のしなの鉄道沿線から飯山線沿線。
理由は「草津へのアクセスが容易だから」です。今住んでいる草津の地理条件が
気に入っているからでもあるし、何かあった時に安心して身を任せられる温泉として、
草津へ身近にアクセスできる場所に住みたい、と言う身体上の都合も大きいです。

例えば、私は実家が千葉県なのですが、千葉県から草津へは最低4時間かかります。
お金も当然、それに比例した額がかかる。正直、身体の状態がちょっと悪いときに
アクセスできる条件ではないのです。

もうひとつ、これは能動的に意固地になって決めるとマズイな、と思っているの
ですが、「何を求めて移住するか?」と同様に「どんな生き方を選ぶのか?」
そして「どんな仕事を選ぶのか?」と言う問題もあります。

正直、特に後者は意固地になって決められる問題ではないかもしれません。
職業選択の自由が少ないかもしれないからです。でも、「どんな生き方」と言う
点に関しては基本線をちゃんと押さえておかないと失敗するなぁ、と思います。

ある土地に住みたければ、やっぱりその土地の基幹産業と言うものがある。それに
乗ることがいいことかどうかは分からないけれど、例えばまたサラリーマンを
やりたいのか、自営業を何かしたいのか。何らかの公社や組合で勤めたいのか。
職種は第一次産業か第二次産業か第三次産業か。住む土地によっては、特定産業
以外の職業選択の自由がほとんどない場合だってあり得ます。ある程度は流れに
乗りつつ、でも流されないで決めたいと思っています。

Iターンに何を求めているかと言うと、「ある程度は、自分のペースで生きて行きたい」
と言うことです。会社のペース、組織のペースに合わせて生きるのもある程度は
必要かもしれないけれど、身体の調子が悪いときには手近に頼れる温泉に行きたい。
せっかくスキーを覚えたので、できれば週末とかに手軽に出かけられるスキー場が
あったらいいな。等々、いろいろあります。

東京にいると、とにかく人が多すぎて自分の時間がない。通勤電車なんて、
私はあれは人権侵害だとずっと思っています。どうして高速道路や新幹線や
ダムにばかりお金が使われて、首都圏の通勤電車の混雑緩和にもっと多額の
お金が使われないのか、私には理解できません。

そんな話をすると「でも、みんなそれを我慢しているんだよ」と言う声があるかも
しれません。でも、通勤電車が嫌ならば通勤電車の殺人的混雑が存在しない
土地に住めばいい。人工物ばかりで自然の景色が手近に見えないのが不満ならば、
自然が手近に見える土地に住めばいい。手近に安心して治療に使える温泉を置いて
おきたければ、温泉地の近くに住めばいい。いつでもスキーをしたければ、スキー場の
近くに住めばいい。それだって、立派な生き方の選択でしょう?東京だけが
暮らすべき場所ではないのですから。

私は今年30歳になります。もう、自分の年齢と競争しながら生きる世界からは
降りると決めたのです。そんなことをしているから心身ともに病気になったんだから。
生き方を今までとは変えることが、今の私には必要だと思うのです。生き方を
変えなかったら、たとえアトピーが完治して東京に戻ろうとも、また同じ問題が
待っている。私は、心の病気も身体の病気も、同じ思いをするのはもう二度と
ゴメンです。だから、生き方を変えようと思うのです。

別に東京が悪いわけでも大学がある仙台が悪いわけでもないけれど、おそらく
私にはそれらの場所で要求される生き方が合っていないのです。だから、
自分のペースで生きられる場所、自分の奥底からの欲求を満たす場所へ移住する
ことを考えているのです。

このページからリンクしている山村雅康さんのHP「楽園通信」の中にある、
「自然暮らし」と言う文章の中で、山村さんがこんなことを書いています。

   先輩たちの暮らしぶりから僕が学んだことは、具体的な暮らし方のノウハウ
   ではなく、いかに自分を見つめ、そしてその形にしていくのか。更にいえば、
   自分の欲している自分の有り方が見つかれば、おそらく形は自然に構築される
   のだろう、ということだった。だから、そこから始まる僕たちの場所探しの
   放浪は、実のところ自分自身の有り方探しの放浪だったのである。

まだ、私はそこまで言える段階にまで達していません。でも、必ず自分の欲して
いる自分のあり方を見つけて見せる。そう思っています。それが、私にとっては
年齢から解放された生き方と言うことなのです。
| SHO | Iターン | 09:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
次の旅
今日は朝から吹雪。昨日はそんなに夜更かししたわけじゃないんですが、朝起きると
すごく寒いし、なんだか身体は疲れているし・・・と言うわけでスキーは今日はなし。
窓の外を見たら吹雪いています。道理で寒いわけだ・・・。

2002年6月29日に、私は子供の頃からの宿願であったJR20000km全線完乗を成し遂げ
ました。子供の頃からの宿願を果たす、と言うことは人生において素晴らしいことで、
それはそれでとても価値のあることなのですが、ひとつの旅の終わりは次の旅の始まりを
意味してもいました。正確に言うと、私の場合は前の旅が終わってから3ヶ月ほど
何もしない時期があって、実際に「次の旅」が始まったのは2002年の9月からでした。
そして、今も「次の旅」の途中にいます。

旅の終わりはどこへ行くのだろう。と考えることは楽しい作業でもあるけれど、
苦しい作業でもあります。先が見えないからです。「この年齢にはちゃんと就職して
いたいなぁ」「この年齢には結婚していたいなぁ」「どんな仕事があるんだろう」
等々、考え始めると喉が苦しくなって絶望感に襲われてしまいます。絶えず年齢と
競争しながら人生を選び取っているからです。競争に負けてドロップアウトしたら
人生がどうなるんだろう、と言う強迫観念に常に追われている、と言ってもいいです。

人生の中で、たとえば結婚が遅くなったとして、あるいは昇進したりする競争に負けて、
競争社会からドロップアウトしたとして、それが「不幸」なのだろうか?と思うのです。

もちろん生物学的な意味では、特に前者は間違いなく不幸であるんですよ。でも、
生物学的な意味を除いて考えてみた時、やっぱりそれでも本当に不幸なんだろうか、
と言う疑問はやっぱり残ります。人生の中で、常に年齢に伴う強迫観念にかられて
生きることが本当に幸せなことなんだろうか?と言ってもいい。

例えば私は今年30歳になりますが、30歳になったら年収何百万かもらっていて、
結婚しているか、していなくてもステディーな関係の誰かがいて、もしかすると
子供もいるとする。30歳の人としては幸せのパッケージパックみたいですよね。

でも、それで私は本当に幸せだろうか?幸せの本質って違うんじゃないだろうか、
そんなことを思うんです。パッケージパックを手に入れたとして、生きていて
楽しいでしょうか?パッケージパックを手に入れることは、幸せのある典型的な形で
あって、それを手に入れることが幸せを約束してくれるわけじゃないでしょう。

今、私はアトピーを完治させるために仕事も大学も全て休んで治療に専念している
状態です。だから、先の基準で言えば、私はどう考えても「不幸」でしょう。
でも、もし病気にならなかったら、何歳になっても年齢と競争して強迫観念に
襲われたままだったかもしれないと思います。そんな生き方に無理が来て、ひずみが
広がってとうとう破綻したのが今の状態だと私は思っています。

今は「旅の終わりを予想することに意味はない。大事なことは今ここにいる旅の過程を
楽しむことだ」と思うようになりつつあります。そして、今ここにいる旅の過程を
楽しめる場所に住もう、と言うことももうひとつ重要なファクターになりつつあります。
だから自然の豊かな土地への移住が生き方の選択肢に入っているのです。

自然に囲まれた場所で暮らしたい、と言ったって、「どんな仕事があるんだろう」
「嫁の来る当てはあるんだろうか」「年収が減って旅行になんて行けるの?」
等々、考え始めるとすぐに喉の辺りが苦しくなってきます。でも、実はそんな心配は
あまり意味がない。

その心配は、結局何を心配しているのかと言うと「いい年して仕事も収入もないの?」と
言われたり、「早く嫁をもらって安心させろ」と言われたり、「貧乏でみじめな
思いをするんじゃないか」と考えたり、つまり「社会からドロップアウトした落伍者」と
(特に自分の親から)見なされることが怖い、と言うことだと(私の場合は)思います。

だから開き直れ、と言うつもりはありません。やっぱり怖いものは怖いのですから。
でも、他人の評価を気にして生きるよりも、自分はそれで幸せなの?と言う心の声を
大切にして生きた方が、結局は幸せになれる気がする。他人はこんなことを言うかも
しれないけれど、あなた自身はどうなの?本当にそれで幸せじゃないの?と思う。
あんまり考えて心配しすぎないことですね。

人生の中って、何かひとつの時期が終わってから、また次の時期が始まって・・・と
言うことの繰り返しですよね。このひとつの「時期」の単位を私は広い意味で「旅」と
呼んでいますが、私の場合「次の旅」の途中にいて、まだどこに住むことになるのか
さっぱり分かりません。でも、今生きている旅の過程を楽しむことがまずは大事
なのだと思います。
| SHO | Iターン | 13:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
山村雅康『人口減少時代の豊かな暮らしと仕事の場』
人口減少時代の豊かな暮らしと仕事の場
人口減少時代の豊かな暮らしと仕事の場
山村 雅康

昨日、草津に行く前に、新宿駅で25分の乗り換え時間を利用してダッシュで
サザンスクエアの紀伊国屋書店まで往復。『人口減少時代の豊かな暮らしと
仕事の場(山村雅康著・批評社)』と言う本を買ってきました。とても楽しみに
していた本です。

実は1月25日発売で27日には店頭に並ぶと聞いていたのですが、27日に紀伊国屋本店と
三省堂新宿店を回っても入荷しておらず、昨日は秋葉原の書泉ブックマートで
探しましたがやっぱり入荷しておらず、草津に行ってしまうと通販で取り寄せる
しかないので、最後の賭けで今日はスーツケースを引きずりながら走って紀伊国屋へ。
ご存じの方も多いと思いますが、新宿駅南口からサザンスクエアの紀伊国屋までは
かなり距離があるので、新宿駅に戻って高崎行きの特別快速に乗り込んだ時には
汗びっしょりになってしまいました。

さて、この本は以前このサイトでもご紹介した『月刊リゾート物件情報』と言う
雑誌の連載『楽園彷徨』の単行本です。全国各地の30ヶ所の土地と、マレーシアの
土地を「新たな移住先を探す」と言う視点から紹介しています。

ところで、この本は面白いことに紀伊国屋本店では「社会政治」、紀伊国屋
新宿南店では「貿易」のコーナーに置かれていました。私の手元にあるレシートにも
「社会政治 ¥1890」と書かれています。

私は、てっきりこの本はIターン関連本の置いてあるコーナー、すなわち国内旅行コーナーや
アウトドアコーナーに隣接した場所に置かれるものだと思っていたので、かなり意外でした。

たしかにテーマそのものは社会政治に関わるもので、そういう見方もできるんだなぁ、と
思いましたが、私自身の中では「自然暮らし」のIターンコーナーに置くのがふさわしいかな、
と思っていました。『月刊リゾート物件情報』がどうしてIターンコーナーに置かれていない
のか不思議ですが、この本がIターンコーナーに置かれていないのも、同じくらいに
不思議なことです。『月刊リゾート物件情報』も『人口減少時代の豊かな暮らしと
仕事の場』も、想定される主な読者層は、これからUIターンを考えている人たちだと
思うのですが。

本の売場の話が長くなりましたが、この本はたくさんの要素を含んでいます。
たしかに社会政治に関わる堅い話としても読めるし、一方でIターンを考える人が
読む本として気軽に読める内容でもあります。ただしオールモノクロなので、
写真の臨場感と言う点では残念です。以前に同じ内容を著者の山村雅康さんご本人の
ページ「楽園通信」で愛読していましたが、カラー写真も素晴らしいのです。
話がそれましたが、精神のあり方と言うものに常に焦点を当てながら書かれた
作品たちでもあり、「新たな移住地を探すということは、究極のところどういう
行為なのか。自分の中のどういう要素がそうさせるのか。」と言うことを常に
追求しています。

この本は移住地探しの旅でもありますが、だからと言って田舎暮らしを勧めている
わけでは決してありません。「移住する」行為は自己探求と言う心の旅の途上で
たどり着いた結果であり、自己探求の結果が自然に囲まれた生活とは限らない
からです。人によっては都会に移り住むことが自己探求の結果である場合もある
だろうし、一口に自然暮らしと言っても、風土、人間環境、産業など移り住む要素は
たくさんあるのです。そして、著者の山村さんご本人は土地の「気」がピピッと来るか
どうかが移住に対する最後の決め手になっているようです。

Iターンを考え続けている一人として、私はIターンはある種の精神的な行為である、
と言う考え方には賛成です。自己探求の結果としてIターンがあるのであって、
決してIターンが自己目的化してはいけないのです。

主な読者層の想定を考えると不思議ではありますが、この本が「社会政治」の欄に
書店から位置づけられていることは意味のあることでしょう。Iターンとは、厳しく
自己を問う行為であると同時に、同じくらい厳しく社会を問う行為でもあると
思うからです。
| SHO | Iターン | 00:25 | comments(2) | trackbacks(0) |
Iターンに思う
今日から一週間ぶりに職業訓練に復帰しました。
身体をおかしくしていたもので、なんだかまだ慣れていません。
耳も英語耳だったものが戻ってしまったし、まだ身体からは
膿が少しずつ出ているのでケアも欠かせません。

今日は、帰宅してから久しぶりにIターン関連サイトをのぞいていました。
もともとIターン指向の強い私は、草津でのプチ移住生活(って言うか、
ただの湯治です)をそれなりに楽しんでいました。毎日が雪に閉ざされる
生活も初めてでしたし、一日の最高気温が毎日零度に達しないと言うのも
初めて。雪の降る中を体調不良の身体で歩くのは辛かったですが、
色濃い自然の風情に毎日感激していました。

ところで、Iターンするに当たって問題なのは仕事もそうですが、
一番心配なのは「新しい人間関係を築けるだろうか・・・?」と
言うことです。私自身、昨年から今年にかけて草津という雪深い山里に
2ヶ月ほど住んで、土地の人にいろいろ優しくしてもらいながらも
都会とは何かと違う田舎のシステムに戸惑いを覚えているところです。

私は出身大学の関係で宮城県のIターンに登録しているのですが、
とりあえず今年いっぱいは身体の治療のために働けそうにありません。
宮城県からは求人情報が定期的に送られているのですが、どんな形で
何をして働く?と言うことが見えないので、なかなか手につきません。

他にメールで定期的に情報を送ってもらっているのは島根県。
今日、見ていたIターン関連のサイトは島根県に関するものでした。
なぜ島根?と言うのは自分でもよく分かりません。身体が治ったら、
お金をなんとか貯めて島根県にも旅行に行きたいものです。

どんな土地にIターンするにしろ、最終的にはピピッと来るものを
信じていくしかないのでしょうか。まだ決めなくていい立場ですが、
決めなくていいと言うことが何となく不安です。
| SHO | Iターン | 00:24 | comments(2) | trackbacks(0) |
『楽園彷徨』に思う
今日、バイトの昼休みに近所の書店の前を通ったところ、
『月刊リゾート物件情報』なる雑誌を見つけました。

この雑誌、私にとっては幻の雑誌でした。私のページから
リンクさせて頂いている、国際ラリーライダーの山村雅康さんの
ホームページ『楽園通信』には、『楽園彷徨』という連載コラムが
あって、それはもともとこの雑誌に連載されていたものを
著者である山村さんが転載したなのです。

ところが、どこで売っているのかさっぱり分からないほど
マイナー(なのかな?)な雑誌で、雑誌の存在を知ってから
数年間、一度も私は見たことがなかったのです。それが、
こんな身近な店で売っているなんて。

この『楽園彷徨』という連載コラムは、自身もIターンを
経験した著者が、「自身も新しい移住先を探すつもりで」
日本中の土地を紹介するコラムです。

このコラムには、目も眩むような素晴らしい土地が毎回出てきます。
でも、その中のどこをつかみ取るかはその人次第。例えばある人には
住むことが許された土地であっても、他の人には許されないなんて
ことはざらにあります。

なぜ自分はこの土地に選ばれたのだろう、あるいはこの土地を
選んだのだろう、という問いを突き詰めていくと生き方の問題に
突き当たらざるを得ない。その答えは人それぞれであっていいと
思うのです。

『リゾート物件情報』には、いわゆるリゾート地の物件情報しか
掲載されていませんが、都市に移り住むことだって、あるいは
「どこにも移住しない」ということだって、「移住」を真剣に
考えた先の結果としてあり得ます。

要は、どこに移住するかと言う外面的な事柄が大事なのではない、
移住することを考える心の在処こそが、移住のもっとも重要な
要素なのでしょう。

『楽園彷徨』は、人も羨むリゾート地を毎回巡っていますが、
行為としての移住を勧めているわけでは決してありません。
まず移住ありきではなく、人はどう生きるのかという問いの結果と
して移住という選択があるのだと訴えています。「移住する」とは
「移り住む」ことに過ぎないのです。例えば沖縄に移住したからと
言っても小笠原に移住したからと言っても、決して偉いわけじゃない。
移住する行為の外面ではなく、その心のあり方こそが大事だと訴えて
いるのです。

私自身も、実はIターンを考えています。私の場合は大学の研究室に
研究生として残りたいと言う理由でIターン先は自動的に決まって
いて、今はそのための再就職を目指して職業訓練校に通っています。

参考までに、山村雅康さんのHP『楽園通信』は以下のURLです。
もし興味があれば、ぜひこのコラムをごらんになってください。
http://yamamura.info/top.html
| SHO | Iターン | 00:06 | comments(0) | trackbacks(0) |