藍青

〜晴れ時々日記〜 SHOがつづる短歌、旅行などなどの日記です。
香川県に住んでいるバイク好きです。愛車ヤマハYZF-R6の話も、書いていきます。
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松村正直「駅へ」と、私の価値観
松村正直という歌人に「駅へ」という歌集がある。発売当時は「フリーターの歌集」として有名だったのだが、フリーターをしながら全国を転々と定住しないで暮らした暮らし、そして結婚へとつながる話が歌集のストーリー。歌集の時点では別居婚だったのだが、子供ができて奥さんの働く京都に今は定住している。私は著者と面識があるのだけれど、今はもう京都が最も長くなったと昨年メールで話していた。

今日もよく働いたよと誰にともなくつぶやいてタイムカードを

二年間暮らした町を出て行こう来た時と同じくらい他人か

逃げ回り続けた眼にはゆうやみの色がかなしいまでにやさしい

温かな缶コーヒーも飲み終えてしまえば一度きりの関係

「まだ」と「もう」点滅している信号に走れ私の中の青春

辞めていったたくさんの人を思い出す私自身が辞めていく日に

もう子供の生まれない春が来ないかな河口に続く空を見ている

こうやって家族四人が揃うのは十二年ぶり(きっと最後だ)

遠き日の三つの誓い「結婚しない・就職しない・定住しない」

七年で六つの町に暮らしたり僕は僕から出られないまま


これらの歌は、まるで私自身が詠んでいるんじゃないかと思うほど私は共感して読んでいる。私自身、最近の10年だけでも仙台、市川、草津、西条、そして丸亀と移り住んでいるけれど、私は結局私にしかなれなかった。

この歌集の解説で吉川宏志が「温かな〜」の歌について「人間関係についての(歌集前半部での)志向がはっきりとあらわれている歌である。(中略)ある理由から彼は、他者と濃密な関係になって傷つけあうよりも、お互いにドライな間柄でいたいと考えるようになったからだ。」と書いている。

私の中にも、同じ葛藤がある。結局、この歌集の後半部から著者は恋をし、結婚し、そして歌集の後で奥さんの住む土地に定住することになるのだが、私は36歳になった今も、この歌集の前半部から何ら変わることがない。「他人と深く関わることへの恐怖」という点では、むしろ著者より徹底している気すらする。

今の私は、世間的に見れば結婚はしていないけれど就職も定住もしている。でも、内面的な実態を言えば「結婚も、就職も、定住も」どれもしていない。20代からずっとそうで、今もそう。

それを放浪癖という言葉でくくって良いのかどうかは、私にも分からない。でも、本音で言って就職とは「旅に出るための資金稼ぎの手段」でしかない、のだし、定住とは「戸籍がないと生活に支障があるから」でしかない。

たぶん、今の仕事の、うまく行っていない状況の本質的な原因はここのような気がする。おそらく、私のいろんな部分に真剣味が足りないように周囲からは見えるのではないだろうか。本当はそれは違うのだけど、たぶん理解してはもらえない、と諦めている。

私にとって価値観の中心はずっと「旅」だった。今までもそうだったし、これからもきっとそう。私は自分の価値観に忠実なだけなのだけど、自分の価値観に忠実であればあるほど現在の環境とは軋轢を生み、現在の環境に順応しようとすれば自分の心が軋みを上げる。それが今の状態だ。

じゃあどうすれば良いのか。それが分からないから困っている。
| SHO | 短歌 | 06:29 | comments(2) | - |
1年前とは別人
今年の角川短歌賞を、京大短歌会出身の澤村斉美さんが
受賞した、らしい。「らしい」となっているのは確認した
わけではないからで、もう1年も短歌雑誌を買っていない。
そういえば、もう歌壇賞の応募時期かぁ。

澤村さんは私と同世代の大学短歌会の元主力メンバーで、
「全国学生短歌大会2001」の実行委員のひとり。彼女が
最初に短歌関係のメジャーな賞を取るとは。すごいなぁ。
東北大学短歌会時代の友人と「すごく嬉しいけれど、
心中穏やかじゃないなぁ」と話をした。どちらも本音。

私が昨年の歌壇賞を最後に短歌を完全に休止したのは
はっきり言えば短歌やっててつまんなかったからで、
自分の歌も周囲の歌も全く良いとは思えなかったし、
ある意味で所属結社の『心の花』にもついていけない
部分があった。それは今でもあるけれど。

1年前の私と今の私は全く別人だ。
今、履歴書に趣味を書くとしたらバイク、スキー、温泉と
言ったところで、昨年なら鉄道、短歌、スキーと言った
ところだったろうから、全然違う。このブログも昨年の
今ごろと今とでは全然雰囲気も話題も違うはず。住んで
いるのは相変わらず草津だけれど、草津に来る前と草津に
来てから2年が経過した今とでは、同じ人間でも中身と
いうかコンピュータなら基本ソフトが全く入れ替わった
くらいの違いはある。つまり生き方が変わったってこと
かもしれない。私を取り巻く現実が1年前とは全く違うと
言うことは。

私が当時、短歌に行き詰まっていたのは生き方に行き
詰まっていたというのと同義語であって、自分のために
歌を詠むのか、誰かに評価されたいがために、自分の
無価値感を埋めたいがために短歌を詠むのか分からなく
なっていた。周りの歌人の方々のアドバイスも何か自分の
欲しかった答えとは違っていたのだけれど、それは私の
内側に答えがあるからだと今は分かる。逆に言えば私の
内側にしか私の求める答えがなかったのだ。

じゃあ、今は生き方に行き詰まっていないのだろうか?
行き詰まっているかいないか、今はそういうことを全く
考えなくなったし、意識も全然しないし、生き方が行き
詰まっているのかどうか意識する必要も感じない。
現実に起こっている客観的な事態と、それを行き詰まって
いると判断するか否かは別の問題だ。行き詰まっていると
考えれば、いつまで経っても行き詰まっているのだろうし、
行き詰まっているかどうか考えることなんて、生きるため
にはどうでもいい、と言えば本当にどうでもいい。つまり
行き詰まっているか否かは自分の内面の投影でしかない。

今の私と来年の今ごろの私も、また全く違った人間だろう。
来年はおそらく北海道にいると思うし、なぜ北海道かと
言えば、私自身の内面の変化に伴って生きる場所も変わる、
ということに他ならない。自分の内面の変化に合わせて
環境も追従して変わっていくのだ。

内面を変えるためにはまず環境を変えることだ、というのも
真だと思うけれど、一方では、どんなに客観的な環境を
変えても、内面が変化しない限り内的な現実は変わらない、
というのも真だと思う。内面が変化すれば、客観的な環境は
変わらなくても勝手に内的な現実は変わっていくものだろう。

短歌の話に戻すと、「たかが短歌じゃないか。こんなもん」
と今は思っている。どうでもいいと言えば本当にどうでも
いいし、どうでも良くないと言えばどうでも良くない。
短歌が良く詠めることと、その人が幸せになることは全く
別の問題だ。結婚することとその人が幸せに暮らすことは
全く別の問題であるのと同じように。

名歌をたくさん残した過去の歌人の中にも、半径10km以内に
寄って欲しくない人はたくさんいる。そういう人とは勇気を
持って接触を避けることが肝心だ。自分は短歌を良く詠める
ようになりたいのか、それとも幸せになりたいのかをよく
把握することはとても大事な分岐点で、それを間違えると
短歌がいくら上手くなってもちっとも幸せじゃない‥という
ことになる。

それはそうで、短歌の賞を受賞することと本人が幸せになる
こととは、人生において全くの別問題なのだ。歌人としては、
短歌賞を受賞できるものなら受賞した方が良いに決まってる。
でも、幸せな人生を保証してもらうために、自分の無価値感を
埋めるために短歌賞を狙う、受賞するのだとしたら、受賞して
一時的に幸せにはなれても、本人が生き方を変えない限りまた
同じ現実が待っているだろう。短歌賞の受賞が永続的に幸せな
人生を保証するわけでは全くないだろう。

付け加えておくと、これは澤村さんが受賞したから書いている
わけだけど、私の脳裏に浮かんでいるのは何人かの過去の
受賞者であって、決して澤村さんじゃない。そして、ともすれば
自分の無価値感を埋めるために短歌賞への応募をしがちな
自分への戒めでもある。

結婚もそうなのかな、と思う。結婚したから幸せになれる
わけじゃないよ、というのはよく聞くことだけど(私は結婚
したことがないけど)、幸せになるために結婚するわけだけど
結婚したから幸せになるわけじゃない、結婚することがイコール
幸せな人生を保証するものじゃない、ってことは思う。結婚は
幸せになるためにするものであって、結婚が幸せな人生を
運んできてくれるわけじゃないと思うのだ。

独身でも幸せな人生を送る方法はいくらでもあるし、独身で
幸せになれない人が、結婚したから幸せになれるとは思えない。
幸せになるケースもあると思うけれど、それは結婚したことで
本人が生き方を変えたケースじゃないだろうか。結婚することと
幸せになることは別問題。誰かが幸せを運んできてくれるわけ
じゃない。自分が幸せになるんだ。そしてお互いに幸せになる
ために結婚するんだ。それを間違えちゃいけない。

私の場合、就職がそうだったな。たぶん他の人もそうだと思う。
1年前と比べて、今の私は正社員として就職していることも
大きな環境の変化だ。正社員として就職して、間違いなく私は
幸せになったと思うのだけれど、環境が変わった以上に私の
内面が変化しつづけている。正社員になったことは私にとって
大きな脱皮で、でも近い将来に再び大きな脱皮の時期を迎える
だろうという予感はあるし、脱皮すべき時期に脱皮することが
これからの人生にとって大事なのだろう。

独身でも幸せになる方法はいくらでもある、とさっき書いた。
そうなのだ。それに気づいたことがすごく大きかった。その
延長として結婚があるのなら、それはそれで嬉しいな、と思う。
それと同じように、幸せな人生の延長として短歌賞を受賞できる
のなら、私も受賞したい。
| SHO | 短歌 | 02:35 | comments(0) | - |
書写終了
先日来取り組んでいた、梶原さい子『ざらめ』の書写が昨日で終了、昨日の夜からは早坂類の
第一歌集『風の吹く日にベランダにいる』の書写に取り組んでいる。早坂類のこの歌集は
とても自由な感じのする歌集で、私が短歌同人誌『かばん』所属時代の初期に、私の歌を
見た東直子さんに「西村さんの歌って、早坂類さんの歌みたいですね」と言われたことがある。

私の歌は『かばん』に入った後からおかしくなって、今なお直っていない。おかしくなった、
と言うのは歌が変になったと言うことではなく、自分の好きな自分の歌ではなくなった、と
言うことだ。自分の好きな自分の歌ではなくなったってことは、やっぱり歌が変になった、
と言うことかもしれない。とにかく自分の歌からすごく窮屈な感じがしていて、『かばん』に
入る前後あたりの伸びやかな自由な感じがなくなった感じがずっとしている。

それで、以前の歌の歌い方を忘れてしまったので、どんなものだったか思い出すために早坂類の
歌集を書写しようと思ったのだ。私の中では今「オリジナルの状態を思い出す」と言うことが
すごく大きなテーマになっていて、小学生に上がる前のもっと子供時代に、僕は何をいつもして
いたんだっけ、何がいつも楽しかったんだっけ、いつもしていたことは何だったっけ、と、自分が
もともとオリジナルとして持っていたものが何だったのかを思い出そうとしている。子供の頃の
私が好きだったものって、いったいなんだったのだろう。今の私は思い出していないのだ。

『風の吹く日にベランダにいる』の頃の早坂類の歌はとても自由で、私にとってはとても自由で
懐かしいな感じがする。私にとって『心の花』に所属していることはとても大事なことだけれど、
もっと前に『かばん』に所属していたことが、ものすごく大きな意味を持っている。私の歌が
曲がってしまったのは、『かばん』に入った頃から人に媚びる歌を詠むようになったからなのだ
けれど、その前に詠んでいた歌はどんなものだったのだろう。今から『かばん』に戻るつもりは
ないのだけれど、『かばん』入会前後の頃までの歌を取り戻したいと思っている。
| SHO | 短歌 | 14:19 | comments(0) | - |
久々に短歌の話題を
久しぶりに短歌の話題を。
今、読んでいる歌集は河野美沙子の『無言歌』と梶原さい子の『ざらめ』。前者は先週末に帰省した時に
買ってきて(新作の歌集を買うのは、たぶん1年ぶり)、後者は東北大学短歌会の縁で送って頂いた。
今、『ざらめ』をスポット的に一首単位で書写しながら、どう感想を返そうか考えているところ。

頬づえの凝視のくしゃみの三人のサトウカナコが棲める教室

釜底のお焦げのような香ばしき欺瞞を持ちて人に逢いたり

『ざらめ』にはこんな歌が出てきていて、魅力的だ。頂いた歌集をスポット的に書写すると言うのは
初めての経験だけれど、それだけの価値のある歌集でなければ書写しないし、『ざらめ』は私に対して
書写したいと思わせるだけの価値のある歌集だと言うことだ。私は梶原さんご本人との面識はあるけれど、
短歌会の歌会以外の場では知らないので、彼女の知らなかった一面を垣間見たような気がして魅力的だ。

どちらも塔短歌会の会員の歌集で、私の持っている歌集は自分の所属する『心の花』以外では
『塔』会員の歌集が特に多い。6年半前に『かばん』から移籍しようと考えたときに候補に挙がったのが
『心の花』と『塔』で、さすがに候補の両頭だっただけのことはある。私は結局『心の花』に
移籍したし、その判断を今も後悔していないし、これから結社を移籍することも考えていない
けれど、『塔』に移籍してもそれはそれで楽しい短歌ライフだったかな、と思うことがある。

ただ、私にとっては『心の花』の方が縁が深かったと言うことだと思うし、俵万智と安藤美保と言う、
私が短歌を始めたきっかけの人と、短歌で最も影響を受けた人の両方が所属していたわけだし、
当時所属していたNIFTY-Serveの短歌フォーラムには『塔』の新規会員になる人がとても多くて、
それがうざかったと言うこともある。それともうひとつ、『塔』の拠点は京都で、『心の花』は
東京を拠点にする結社だと言うことも見逃せない。私にとっては京都よりも東京の方が縁が深い。

他に『佐佐木幸綱歌集』と牧水賞歌人特集の佐佐木幸綱編を買ってきた。結社の人間として、
自分の結社のリーダーについてある程度の知識を持つことは教養かな、と思った。それにしても
1700首入って1900円の文庫本は高いのか安いのか。個人的には安いと思うけれど、文庫本に
1900円とは、どう考えても一般向けの値段ではない。

なぜ1年ぶりに歌集を買い始めたかと言うと、先日、大学短歌会の合同合宿に参加してすごく刺激を
受けたから。「このままではいけない。もっと上手くなりたい」と思ったから。幸いにして直接
露呈することはなかったけれど、大学休学の2年間は短歌活動も事実上休止していたので、実力が
大きく落ちたことを感じたのだ。それが大学短歌会の合同合宿で露呈しなかったと言うことは、
ホッとした反面で物足りなくも思った。2年前から進化していない私の歌の読みで太刀打ちできて
しまう、と言うことは歯がゆくもあるのだ。
| SHO | 短歌 | 18:38 | comments(0) | - |
短歌合宿
2年半ぶりに学生短歌会の合宿に行ってきた。
今回は、私の出身母体である東北大学短歌会のほかに、早稲田短歌会、京大短歌会、
國學院大學短歌会が集まった。一昨日は全体歌会と牛タン、昨日は吟行会と宴会で、
今日は自由観光の後に解散、と言うスケジュールだったのだけれど、私は以前にも
書いたように初日のみの参加。とても楽しくて、もっと一緒に時間を過ごしたかった。

参加した今となっては「やっぱり1泊した方が良かったかなぁ」なんて思うけれど、短歌的に
万全じゃない状態で合宿に参加することに、非常にプレッシャーを感じていたことも事実。
「ものすごく短歌に対して真面目なんですね」とお茶会で言われたけれど、そうじゃない。

私の同世代は、おそらく近年最強だろうと言われるメンバーが揃っていた。学生短歌会を
卒業した今、それぞれがそれぞれの場所で若手の有力歌人として活躍している世代なのだ。
そして彼らと合宿で過ごす時間は、お互いにとっては他流試合であって、とても楽しみで
あった半面、ちゃんと短歌について勉強をしていないと、とても歌論で太刀打ちできない
怖さもあったのだ。だから、大学休学以来の2年間休止していた私は、彼らの中にもう一度
入ることがとても怖かったのだ。自分が万全の状態にないことが分かっていたからだ。

早稲田の歌会の中で、私の名前はしばしば出ていたと言う話を聞いた。前回参加した、
2003年夏の京都合宿の時にパネリストとして発表した時に、早稲田の歌をほとんど
全否定に近いくらい叩いたかららしい。

今回、感想として「叙景歌が私以外にほとんどなくて、みんな叙情歌ばっかりですね」
ということを言った。良し悪しの評価はあえて避けたのだけれど、本音を言えば、私は
それが良いことだとは全く思わない。歌の基本は写生にあると思うし、多くの人が歌の中で
扱っていたような、頭の中のイメージを正確に表現するためには写生の訓練が欠かせない、
と言うのが私の持論だ。ただ、それを大上段に振りかざすほどの自信が今の私にはない。

それは技術として持つべき写生詠の重要性に自信がないのではない。第一線から自分が
長く離れていた、と言うことが、バリバリ第一線の後輩たちの歌を全否定する意見を
言うことをひるませたのだ。自分の中に今、自分の意見を押し通すだけの積み重ねがない
ことを感じているからだ。結局、後輩たちの問題ではなく私自身の内部の問題なのだ。
自分が先輩としておそらく求められていることを考えると、言うべきだったのか?と
改めて思ったりもする。

一日だけの参加だったけれど、新しいメンバー達とも知り合えたし、参加して本当に
良かったと思う。やっぱり二日目までいるべきだったかなぁ、と少し後悔したりもした。
改めて短歌は楽しい、面白いと再確認できたのは、短歌活動を長い間休止していた私に
とって何よりの収穫だった。新しく知り合った人たちにも、ぜひ仲良くして欲しい。今後とも
いろんな機会に会って一緒に短歌を楽しんで欲しい。

ただ、一方で社会人としては早く帰ってきた決断が間違っていなかったと思うことも事実。
昨日は夕方の5時前に草津に帰ってきたのだけれど、帰りの電車に乗っている頃からとても
疲れていて、結局夜の9時には寝てしまった。早い時間に群馬の近くまで帰ってきていたから
他の予定を省略して早く帰ってこられたけれど、仙台を遅い時間に出たのでは草津帰着も
遅い時間になっていたことは間違いない。

昨晩は12時間寝ていたのだけれど、社会人になって、休暇が取れるときは最低1泊はきちんと
草津で休養を取る必要を感じてもいる。病み上がりの身体には、一週間仕事に入る前には
最低1泊の休養が必要なのだ。毎日が夜勤なので、そうでないと身体の疲れが十分取れないのだ。
| SHO | 短歌 | 16:11 | comments(0) | - |
明日から仙台
明日の仕事明けから、退学の挨拶のために仙台へ行ってくる。
大学退学かぁ。結局6年かかって卒業できなかった。最後の2年間は休学していて、そのうち
1年半は草津に住んでいた。仙台を離れて2年しか経っていないとは思えないほど、仙台は遠い遠い
土地になってしまった。もはや、仙台に住むことはもう二度とないだろう。

私の同級生の多くは、私の退学と期を同じくして大学院を修了する。私も、彼らと同じ輪の中で
大学院を修了したかったな。せっかく国立大学の社会人AO入試の第一期生として入学したのに、
私の社会人同級生3人の中で学部卒業に漕ぎ着けたのは結局1人しかいない。

どうすればよかったのだろう。今となっては全てが遅すぎるのだけれど、命を失わずに済んだ
だけでも良かったと言うべきなのだろうか。3年半前の秋のある日に、自殺していれば今の私は
これだけ幸せを感じることもなかったはずだ。

久しぶりに春畑茜さんの第一歌集『振り向かない』を開いた。こんな歌が目に付く。

救急車、ストレッチャーに胃洗浄…なぜか記憶はたったそれだけ

つづまりは死にぞこないと思うとき「ぶざま」なる語のうかびて消えず

欝を抱きぽつりぽつりと上る坂夕焼けてゆく空に向かって

これらの歌を読むたびに、自殺準備状態以上の状態になったことのある人には、何年が経っても
ありありと昨日のように浮かぶ記憶があることだろう。同じ歌集の別の連作には、こんな歌もある。

負けたくはない…ない…ない…と口ずさみうす紅のマニキュアを塗る

まだできる、もうできない、と迷いつつ食パンの耳かじり尽せり

思い出が危うく吾を壊す夜突っ立ったまま馬鈴薯を煮る

ひと切れのアップルパイに癒されてしまうさみしくわれの何かが

されどなお吾は生きゆく春雷を伴う雨の激しき中を

久しぶりにページをめくりながら、なんだか疲れてしまうのだけれど、こんな歌もある。

消したはずなのにわたしの声がする もしもあの時 どうしてもっと…

こんなはずではなかったのなかったの…花屋の隅に散るチューリップ

洗ってもぬぐってもまだありありと手にしみついている挫折感

パレットの絵具を洗い流したり永遠に開かぬ扉を描いて

この歌集には、毎年、春になると決まって思い出す歌がある。それはこんな歌。

せつなくも弾む心よ自販機の「春一番」に春を感じて

今の私はそれなりに幸せだ。仕事の休みは、日数こそ少ないもののかなり自由に取ることが
できるし、何よりも今の私は心身ともにある程度は健康だ。草津に暮らしていることを考えれば
決して厳しい生活をしているわけではないし、会社にもそれなりに大事にしてもらっていると
感じる。会社の人も、みんな優しい。だからいいじゃん、とはならないのが人生で、それでも
やっぱり仙台で暮らした4年間は、人生で最も惨めな思いをして過ごした時期のひとつである。
この先どう生きようと、仙台で暮らした4年間を肯定することなどしない。

仙台に住んでいた当時、私が重度の欝症状だとどれだけ訴えても聞いてくれる人はいなかった。
自分が危ない状態にあると自覚できているうちは重度じゃない、と言うことなのか、それとも
単に重度の欝を抱えた学生が多すぎて無関心だっただけなのか。

今も時々、もしあの時に自殺していたら大学のAOセンターの教授たちは首が飛んだのだろうか、
と思うことがある。少なくとも社会人AO入試を行った大学上層部に激震が走っただろうことは
間違いないのだけれど、それでも誰も責任を取ることもなく、私の家族と友人たちが悲しむだけで
記憶の中に風化されたのだろうな、と思うと、自分の命の重さについてやりきれない気持ちになる。

そして、そんな私の当時の短歌を読んで「短歌の素晴らしさを再認識した」歌人の栗木京子さんは
私が作品を提出した二週間後に自殺したと聞いたら、どのような反応を示したのだろうか。独特の
視線と技術を持つ歌人であることは認めつつ、この一点で、私は彼女の短歌眼を信頼する気にならない。
栗木京子に限らず、人間の生き死にさえ批評のための食い物にしてしまう歌人と言う生き物の
浅ましさには、自分の命の尊厳を侵されているような気さえする。

私は短歌も鉄道も、そのものは大好きだけれど、短歌オタクも鉄道オタクも嫌いだ。短歌オタクは
良くて鉄道オタクは良くない、ってことはない。鉄道の最高級個室寝台に泊まって見学者を迎えた
感想として「鉄道ファンよりもスキー客の方が人間として上等なのだろうか」と書いたのは
宮脇俊三だけれど、おそらくそんなことはない。どんな趣味を持っているかが問題じゃなくて、
その人の中身が問題なのだ。どちらの業界にも素晴らしい人はたくさんいるし、どうかなと思う
人もまたたくさんいる。短歌も鉄道も「オタク」は嫌いだ、と言い切ってしまうと、両方に友人を
多く抱える私は大いに差し障りがあるのだけれど、友人の中には私の言わんとすることが分かる
人もまた多くいると思う。

今の私は、ほとんど歌を詠んでいない。近代歌人の歌集は買って読んでいるけれど、現代歌人の
最新の歌集はもう1年以上買っていない。修辞に命を賭け、常に最新の歌集を読み漁っていないと
歌人として価値がないと思い込んでいる人たちの輪に加わることに、なんだか疲れてしまった。
そんなことよりも、人生にはもっと大事なことがあるのに、と言う違和感を私は今、持っている。

明後日から始まる大学短歌会の合同合宿に参加することは純粋に楽しみだ。初日で僕は抜けます、
と後輩や他短歌会の友人に告げるとき、完全に第一線から退いた自分を見つけてとても寂しい
気持ちがあった。短歌をやめることはおそらく一生ないし、どうせまた詠み始めるに決まって
いるから心配はしていないけれど、今は短歌よりも別の趣味を優先したい。スキーにしても
鉄道旅行にしても、人生の中で今経験しないと経験できないことをもっと経験したい。

旅行にしても短歌にしても、西村一人はやっぱり名前の通り「一人」に戻って行くのだな、
と思う。私の本性はとても無口だ。私の中には、誰も知らない私がいる。「一人がつまらない
ことを思い知るために一人旅するようなものだ」と言ったのは高倉健だけれど、結婚していく
友人を見て羨ましく思う反面で、やっぱり人付き合いに疲れてしまう自分もいる。
| SHO | 短歌 | 10:25 | comments(5) | - |
旅情とプロセス
この仕事、深夜は何もなければ(予約のFAXが立て込んでこなければ)ヒマな時もある。そういう時は
仕事に差し支えない限りは何をしていてもいいので、私は会社備品の時刻表を読んでいることが多い。

昨晩、いつものように旅行の計画を立てていて「なんだか楽しいな〜」と思った。就職して、
いろんな意味で旅行に対する制約が外れたことも大きいのだが、旅行の計画を立てるのって
こんなに楽しかったっけ?と思い出した気分だ。

それで思い出したのだけれど、私の旅は基本的に「目的地」がない。鉄道を夜明けから日が
暮れるまで乗りまわっているからなのだけれど、どこか決まった目的地に行くことが楽しみ
なのではなく、目的地までの旅のプロセスを楽しむことに旅行の大きな目的がある。

昨日の記事で、仙台まで来週往復してくる話を書いた。どうしても復路のコースを変えたかった
理由として「新幹線や両毛線は、当たり前すぎてつまんないから」と言うことを書いた。

社会人になっての旅行は、学生時代と違って鉄道は移動のための手段ではない。目的地に至る
までの旅のプロセスに(これは計画段階も含めて)旅の大きな目的がある。草津から仙台まで、
往路は現地でくりこま田園鉄道に乗る時間を確保するために新幹線を大宮で乗り継いで行くの
だけれど、この場合の鉄道は「移動手段」であって「旅行」ではない。最短時間かつ合理的な
値段で移動するための手段であって、新幹線に乗ることが目的で新幹線に乗るわけではない。

大枚をはたいて仙台まで行くのに、復路も同じように単なる移動ではたまらないのだ。だから
帰りは郡山で一泊して磐越西線に乗り入れることにした。泊まったことのない街で泊まるのは
いいものだ。磐越西線と、会津若松から乗り継ぐ会津鉄道、野岩鉄道の景色の良さは知っている。

間藤からわたらせ渓谷鉄道に乗るために日光へ抜けるとしても、新幹線で仙台から宇都宮に
抜けるのでは、せっかく大枚をはたいて行くのに気分としてたまらない。何よりつまらない。
たどり着くのは同じ日光でも、新幹線を使って宇都宮回りで着いた日光と郡山から会津若松経由で
深い山中を潜り抜けてたどり着く日光とでは、全然違う日光のような気がする。

時には勇気を持って断ることも必要なのだ、と最近思う。後輩に電話をかけて「ゴメン、やっぱり
初日の夜で合宿から離脱するよ」と伝えるとき、正直のところ怖かった。なぜ怖かったのだろう?
「せっかく誘ったのに」と気分を害されることも怖かったし「西村さんは今、短歌よりも電車に
乗ることを優先している」と見られることが怖かったのだ。学生時代は短歌会のリーダーとして
他の人を引っ張っていかなければいけない立場にあったし、引っ張っていくべきだと自分で思って
いたところもあった。そうでなければならない、と自分を追い込んでいた面もないとは言えない。

短歌はたぶん一生続けるし今も好きだけれど、今の私はほとんど歌を詠んでいない。でも、別に
短歌が嫌いになったわけではなく、私のリュックにはいつも歌集が何冊か入っている。今読んで
いる歌集は、主に啄木、白秋、牧水と言った近代歌人に真中朋久や松村正直などの現代歌人のもの。
時刻表片手に旅行の計画を立てながら、時々そういった歌集のページを開いて旅の短歌を読むのは
実に気分のいいものである。特に啄木の『一握の砂』に出てくる、北海道時代に詠んだ鉄道旅行の
短歌はいい。まるで自分がその場にいるかのように、私を旅の気分にさせてくれる。私にとって、
そういう意味で宮脇俊三と石川啄木の間にはなんの境界壁もない。

今は詠んでいなくても、いつかまた詠み始める日が来るに決まっている。でも、義務のように自分の
他の楽しみに優先して短歌に取り組まなければならない、と言う短歌との付き合い方は(世の中には
そういう歌人も多いように見受けられるけれど)良くない。短歌は趣味じゃなくて私の人生なんです、
と言う人なら良いけれど、他人にそれを強制するべきじゃないし、強制される筋合いもない。

学生時代の私だったら、たぶん短歌会の合同合宿には極力全日程参加したはずである。それはそれで
楽しいし有意義なものになるに違いないけれど、私が今やりたい旅行はそうじゃない。自分の時間と
お金を自分のままにコントロールしたくて就職したわけだから、勇気を持って自分の今やりたい旅に
踏み出すべきなのだ。それが結局は幸せになるということだし、いつか良い短歌に結実するだろう。

私にとって、寝るのも忘れるほどワクワクして楽しいのは時刻表を読みふけっている時であり、旅行の
計画を立てているときなのだ。そんなことを思い出した。旅の計画を練っている時、私の頭の中では
時刻表を読みながら旅の情景がビジュアライズされている。どんな風景に出会うのか、そして早朝の
冷たい空気を吸いながら始発列車に乗るためにホテルから駅に歩みだすときのドキドキ感を
思い出している。列車の車窓風景も、どんな未乗線区があって、どんな車両があって、どんな渓谷の
風景で…と頭の中でビジュアライズされていく状態で旅行の計画を練るのは、最高に楽しい。
| SHO | 短歌 | 18:01 | comments(0) | - |
歌が詠めない
この3週間の間、平均すると毎日20首のペースで歌を詠んできた私。ところが、昨日の夜から急に
詠めなくなってしまった。歌の方はほぼ固まりつつあり、あと数首入れ替えるために詠めばいいだけ
なのだけれど、掘り下げていくうちに「感情の停止信号」に当たったらしい。感情が凍結した
感じがしていて、詠もうとしても自動的に思考停止して歌を詠ませないのだ。頭が痛い。

この数日、ずっと胃が痛い。胃が痛い原因ははっきりしている。自分の中の未解決の心の傷まで
今回は掘り下げたからだ。今回用意した400首弱のうち、そのテーマについて詠んだ歌は60首あまり。
そこから先は、詠もうとするたびにブロックがかかって自動的に思考停止してしまう。感情が凍結して
しまうのだ。「感情の停止信号」と言うのは、きっと防衛本能なのだろう。思い出すことが危険な
ほどの影響を与えた記憶に対して、人は多大のエネルギーを使ってその記憶を「封印」するらしい。

それでも、私は記憶の封印を解こうとしている。

私は自分の子供時代のことを思い出すのも誰かに語られるのも嫌いだ。思い出すだけで、ましてや
他人に自分の子供時代を語られるとなると、まるで自分が辱められているような恥ずかしい、そして
激しく怒る気持ちになる。子供時代のアルバムも両親が持っているらしいが、私は見たいとも
思わないし、他人にも見せたくない。そこまで見るのも見せるのも嫌がるような写真なり記憶なり
ではない、と家族は言うのだが…。何をこだわるのか、と言われても見たくないものは見たくない。

私を殺すのに刃物はいらない。私に子供時代の記憶を思い出させ、さらにその出来事について他人から
言及するだけで、私の心には殺すのと同じだけの壊滅的なダメージを与えられるだろう。

私は家族関係において「ロスト・ワン」と呼ばれる「空気のような子」だった。今もって、自分の
アイデンティティを構成する全ての場所において、自分がその中心に座らなければならない場合を
除くと、アイデンティティの構成団体の中心の人間関係とは距離を取ろうとする傾向がある。
中心となる役割を引き受けるよりも、常に団体構成員の中のアウトサイダーであることを選ぶのだ。
結果として構成団体内の人間との関係が希薄になることに悩みつつも、わざわざ人間関係が希薄に
なるような団体内のポジションを選ぶのは、まさしく自分の基本たる構成団体である家族内での
自分の役割を周囲にも投影していると言えるだろう。そして、私は人生全体に対して常に冷笑的で
あることを自分に強いてきたとも思うのだ。

そして、私が構成団体に所属するたびに感じていた無力感は、まさに私が家族の中で獲得した無力感の
投影だとも言えるだろう。私は、身の安全を図るために常に敗者になることを選んできたのだろうか?
| SHO | 短歌 | 19:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
歌壇賞準備中
現在、歌壇賞の準備中です。

9月末〆切の30首連作なのですが、現在すでに準備は8割方終わっています。あとは最後にどの歌を入れて
どの歌を落とすか、と言う段階。新しい歌を入れたいのは山々なのですが、30首連作の悲しさで
これ以上入れられない、どの歌を落とそうか(泣)、と言う段階です。現段階で400首弱の中から選んで
いるので、歌の合格倍率は13倍堯福陰◆院─法4年半も応募していて、こんな事態は初めてです。

今までは1回の応募に100首詠むのに四苦八苦していたのに、今回は3週間弱の準備期間で400首です。
もともと多作型と言われている私ですが、当時の月産150首で「多い」と言われていたのに、今回は
その2.5ヶ月分を半月あまりで楽に突破とは。「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」じゃありませんが、
まだまだ詠めと言われれば詠めそうな雰囲気です。でも、出せるのはたった30首なんですよねぇ…。
我ながら贅沢な悩みだ。

私が初めて応募したのは2001年の短歌研究新人賞なのですが、その時にある歌人の方から言われた
いくつかの心構えを今になって反芻しています。「美は細部に宿る。歌の一字一句まで気を配りなさい」
あるいは、これは一般論として言われたことですが、「他の人に自分の歌を見せて意見を聞くのは
いいけれど、あくまでも参考にしなさい。最後はたとえ対立してでも自分の感覚を信じなさい」などなど。
今思うと、私は最初に指導してもらった(と言う言い方はおかしいのですが、歌を見てもらった)人に
恵まれていたと思います。とにかく繰り返し言われたのは「自分の感覚を信じろ」と言うことでした。

今、たまに他の人の歌を私が見ることもあるのですが、やっぱり「たとえ私の意見と対立しても、
最後はあなた自身の感覚を信じなさい」とアドバイスしている自分がいます。歌を客観視できる
目を養うこともとても大事で、でも最後には自分を信じることができないと歌がアドバイスした人の
ものになってしまいます。今は、できるだけ歌を客観視できる目を養いつつ、でも最後には自分を
信じて細部まで詰めていくだけです。〆切まであと3週間あろうと、決して手は抜かないつもりです。
| SHO | 短歌 | 03:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
アフガニスタンで行方不明の日本人、射殺体で発見される
アフガニスタンで行方不明になっていた日本人教諭が射殺体で見つかったと言う。ほんの1年前には
陸路でイラクに入って殺された若者がいたけれど、わざわざ好んで治安の悪い土地へ旅行に出かけて
死ぬ人には何の同情も感じない。ご家族や同僚、学生には気の毒だけど、あきらめてもらうしかない。

旅行保険も生命保険も、自ら望んで危険な場所に飛び込んでいった、こういう人たちに支払いをするの
だろうか?私が保険会社の担当職員なら、まず払いたくないケースである。いくら保険金をもらっても
自分から死にに行くような場所へ出かける人にどうして保険金を支払う義務があるのだろう。ペイする
だけの高額の保険をかけているのなら話は別だけど、そんな保険がこの世にあるのだろうか?

歌人、本多稜は学生時代のユーラシア大陸横断でアフガニスタンにも入国しており、こんな歌を残している。

右手のみで飯食ふことに慣れし頃「アフガニスタンをまだ見たいのか」

自動小銃突きつけられてパスポートを出せばJAPANの字が読めぬらし

旅にのみ己は在りと信じをり二十歳ユーラシアを横断す

本多が後に歌集「蒼の重力」を出した時に、その栞文で小池光がこんなことを書いている。

「リュックを背に世界を放浪する若者は珍しくないが、この歌のような土地土地の最深部まで参入して
しまった体験を持つものは稀だろう。まして彼等の中でそれを短歌に刻む者は稀にも稀、この作者以外には
見たことがない。(中略)ここには旅という冒険、旅という真率な行動がある。めざましくもあざやかな
行動のかがやかしさだ。忘れかけていた行動する青春をみるおもいだ。」

私はこの小池の見方に与しない。たしかにアフガニスタンへの入国体験を持つことは貴重な体験であるが、
あくまでも「貴重な体験」でとどめておくべきものであって、決して賛美の対象になるものではない。
小池の意見は「行動しなかったかつての若者」の見方であろう。外国に長期滞在したくらいで土地土地の
最深部まで参入したと思っている者がいるとしたら自惚れも甚だしい。おそらく本多自身はそうは思って
いないだろうし、むしろ「自分は土地土地の表面をかすって撫でただけなのだ」と思っているのではないか。

小池の文章には「旅という冒険、旅という真率な行動」や「忘れかけていた行動する青春をみるおもいだ」
と言う、このような旅を賛美する言葉が出てくるが、このような言葉が出てくること自体、小池は旅の
本質が分かっていない。著者の本多稜自身が歌集の覚書で書いている通り、

「旅とは、西アフリカの歴史的都市であろうと一幅の水墨画であろうと、その対象を通して自分を見詰め直す
ことだという考えに至った。自分の内側に如何に深く潜って元の地点に帰ってくるかで旅の価値は決まる。」

と言う見方こそが旅の本質を正しく突いている。アフガニスタンに入国したから何か偉いわけではないし、
まして現在の状況でわざわざ危険な移動手段で移動する旅行者など、無謀も無謀、ただの命知らずであって、
仮に生きて帰ったとしても何ら賞賛の対象になどならない。

ユーラシア大陸を横断した旅行者は果たして偉いのだろうか。そんな若者に「行動する青春」があると
したら、じゃあ「行動していない青春」って何なのだろう。小池は今回アフガニスタンで殺されたバカ者
どもにも「輝かしい行動する青春」なんて言葉を贈るのだろうか。行動力を発揮する場所を間違えた
バックパッカーを待っているのは、悲劇と絶望の結末でしかない。
| SHO | 短歌 | 04:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
松村正直 『駅へ』
まだ草津の部屋は仮住まいなので、短歌に関する本も主力部隊は実家に置いてある。そんな中で、
草津に持ってきている歌集もそれなりの数があり、読む機会がある。

草津に住んでからもうすぐ7ヶ月、この間で最も読む頻度が高かった歌集は松村正直の『駅へ』である。
2001年にながらみ書房と言う出版社から発行された著者の第一歌集で、フリーターの出した歌集として
発行当時は歌壇でかなり話題になった。今でこそフリーターの歌集も決して珍しくはないと思うが、
その嚆矢となった歌集である。歌集冒頭の一首

フリーターですと答えてしばらくの間相手の反応を見る

が、歌集前半の著者の歌、そして生き方のスタンスをそのまま表している。

著者は大学を卒業してから岡山、金沢、函館、福島、大分と移り住んで現在は京都に住んでおり、この歌集は
函館以降の歌が収録されている。函館在住当時に、やはり函館に住んだ歌人、石川啄木の本を手に取った
ことが短歌を始めるきっかけになったらしい。「就職しない、定住しない、結婚しない」と言う「3ない」を
実践して、日本各地を転々と移り住んでいた頃の歌が歌集の前半を占め、歌集の最後の方になって結婚に
つながる恋の歌、そして結婚生活の歌が出てくる。

私も当時の彼と似たような環境で今は生きている。当分は草津に住むつもりだけれど、これを「定住」と
呼ぶのかどうか。おそらく現状では「長期一時的居住者」と言った方が正確であろう。身分の不安定さ、
歌と生き方の全ての底流に流れている人間不信、傷つけあうよりはドライな関係を求める心理、そして、
寂しさと自由を手にしながら一人の時間を楽しめる一人上手さは、歌集前半当時の著者の生き方で
あると共に、私の今の生き方そのものでもある。

歌集の中でも、もっとも私がよく口ずさんでいる歌を紹介しよう。

可能性ばかり広がる空っぽの町迷いつつ歩きゆくのみ

別に今住んでいる草津の街が空っぽの町ってわけではない。ただ、今はまだ可能性ばっかりで
まだ何も中身が伴っていない、空っぽの財布のような将来生活を抱えて湯治するしかない、
何も保証されていない生活である。そんなことを思う時、町を歩きながら、風呂に入りながら、
折に触れてこの歌を口ずさむのだ。『駅へ』の歌集前半から、何首か好きな歌を挙げる。

再びも三度も同じ旅ならばくるりくるりと無邪気な夕陽

逃げ回り続けた眼にはゆうやみの色がかなしいまでにやさしい

「まだ」と「もう」点滅している信号に走れ私の中の青春

ああ夜ごと胸の内なる古井戸にからんころんと落ちる小石よ

愛情であるならむしろガムテープよりもセロハンテープくらいの

本当に、愛情であるならセロハンテープくらいの方がいい、と思う。ガムテープくらいベッタリと
した愛情は、真綿で首を絞められる思いがする。他人と楽しむ時間は思いっきり楽しいのだけれど、
何か辛いことやうまく行かないことがあった時、あるいは一通り他人との楽しい時間が終わった時、
無性に私は一人になりたくなる。一人で空港の展望デッキから夜の滑走路を見ていたり(私は羽田空港の
展望デッキ「Bird's eye」が東京周辺で最も好きな場所なんですが)、あるいは夜の無人駅でひとり、
ベンチに寝袋を敷いて眠りにつく時に、やっと好きな自分自身に帰れる気がしてホッとするのだ。
ひとりの時間がなくなると、私は喉を締め上げられるような気持ちになる。寂しがり屋の反面、
結婚生活には向かないタイプだろうかと思ったりもする。

商業と工業激しく競り合って一点差にて商業が勝つ

特急に胸のあたりを通過されながらあなたの言葉を待った

もう怯えないで歩いて行けばいい結婚指輪を指でなぞりぬ

君の住む町の夜明けへ十二時間かけてフェリーで運ばれてゆく

随分と大きな夢であったのに言葉にすればこれっぽっちか

歌集後半になると結婚につながる恋の歌、そして結婚生活の歌が出てくるが、私は歌集後半の歌については
それほど共感も憧れも抱いているわけではない。自分自身の生活の実感とはかけ離れているから理解が
追いつかない、と言った方が正確だろう。歌集を読み進むと、著者は結婚してなおもしばらくは
(大分在住の頃に、京都在住の女性と結婚したようだ)別居生活を選んでいることが分かる。
子供が出来た現在は京都に移住したようであるが、20代の頃に追うともなく追っていた理想が
やがて現実生活の中に取り込まれていくのを見るようで、とても興味深い。

野田知祐のエッセイの中で、若き日のヨーロッパ旅行の時に、自分も若い頃は世界を放浪していた
と言うおじさんに言われた言葉を思い出す。松村正直にも、そして私自身にも当てはまると思うのだ。

「若い頃は一種の狂気のようなもの。思う存分に旅すればいい。ある年齢になれば、
自分の器にふさわしい場所、そして自分の器にふさわしい仕事に落ち着くものだ」

松村正直のホームページ「松村正直の短歌
| SHO | 短歌 | 00:59 | comments(2) | - |
短歌バトン
10日ぶりの更新。いろいろあったのだけれど、体調がずっと悪い。
一昨日から寒気がして、身体から毒素が大量に吹き出している。
46℃の温泉につかりつつ寒気がするのは久しぶり。

吉浦玲子さんから短歌バトンが回ってきた。

■質問
□ 短歌を始めたきっかけを教えてください。
高校受験の参考書に俵万智のエッセイが載っていて、それが良かったので
自宅にあった『サラダ記念日』を読んだこと。 

□ 好きな歌人がいれば教えてください。

安藤美保 吉川宏志 田中拓也 松村正直 大口玲子 本多稜

□ あなたの好きな短歌を3首挙げてください。

髪止めにはさむ暑さと夏の青投げつけるべき人を待ちわぶ
安藤美保 『水の粒子』

オムライス食べながらふと母親の口癖なども思い出されて
松村正直 『駅へ』

モンブランの頂に立ち億年をゆるりと泳ぐ山々と逢ふ
本多稜 『蒼の重力』

□ あなたにとって短歌とはなんですか?

自分の気持ちを紡ぎだしてまとめるもの。

□ バトンを渡す3人の歌人。

天道なお 春畑茜 柴田瞳
| SHO | 短歌 | 12:22 | comments(2) | trackbacks(1) |
記憶をとどめる
今、過去の記憶を急速に忘れて行っているのを感じます。机に向かいながら、
過去の記憶を短歌の形でとどめることを始めています。おそらく、あと10年したら
私の過去の記憶は相当消えていると思いますので。忘却は精神衛生上いいと
書きましたが、一方で残した方がいい生の記録もある。過去を忘却する前に
今一度思い出して短歌に記録しておくべき歌もある、と言うことです。
| SHO | 短歌 | 04:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
遠くなる過去
歌人の塚本邦雄さんが亡くなったそうです。
私は面識がなかったのですが、私が初めて短歌雑誌に依頼原稿で歌を載せたのは
今はなき『短歌朝日』の塚本邦雄特集だったので、ご冥福をお祈りします。

昨日の夜から今朝にかけて、軽い気持ちで詠み始めたら一気に40首あまり詠めて
しまいました。実働4時間くらい。今まで準備していた「心の花賞」の準備作品と
入れ換えるかもしれないので中身は公表できませんが、ほとんどが写生詠です。

忘れようとしていたわけではないけれど、過去がどんどん遠くなって行きます。
10年前の記憶なんて、ほとんど今は忘れてしまっていますね。でも、聞いている
音楽は10年前とあまり変わっていなかったりして。忘れることは精神衛生上
とても良いことだと思います。

そのうち取り上げるかもしれませんが、最近はTHE BOOMをよく聞いています。
彼らの音楽はカッコ悪いけど、聞きながら考えてしまいます。「生きているから
時間が過ぎるのか、時間を潰すために生きているのか」って。

過去を振り返らないために10年の時間が必要でした。そのために失った時間は
とても長く感じたけれど、今振り返ると嬉しくも悲しくもない。多くの人が
くぐってきた道を私もくぐるだけです。

人は個別に絶対的に孤独な存在である、と思います。それはどんなに人付き合いが
上手くなろうと回りにどんなに支えてくれる人がいようと変わりません。人の悲しみ、
苦しみは共感することができても、その人に成り代わって喜ぶことも痛みを
引き受けることもできない。

ただ、その人の道を行くだけなのだと思うのでした。
| SHO | 短歌 | 03:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
地味な歌
先日提出した短歌研究新人賞の詠草について、ある歌人との話の中で

「今回はおとなしい歌が多いねぇ〜」

と言う話になりました。
新人賞の受賞と言うと、人目につくような歌と言うか、パッと印象に残る歌を詠めるか
と言うことも大事だと思うのですが、地味でもいい歌と言うのはあって、そういう歌の方が
自分らしい歌だと感じます。一首一首の完成度の高い歌を生み出す打率は上げていきたいと
思っていますが、人目につく歌にこだわる必要はないんじゃないかと思うんですね。

今回は、いろんな意味で中途半端に終わってしまった感があるので、それが今の実力だと
認めるしかありませんが、一首一首の歌の完成度と言う点では最後に入賞した3年前よりも
進化していると思っています。ただ、今回は自分自身の中での歌を評価する軸がフラフラ
ぶれていたと感じるので、歌を読んで評価する訓練が必要なのでしょう。今後の課題です。

野球でも、体幹がしっかり残っていないといいバッティングはできないと言いますが、
目線がぶれているとしっかりボールを見て捉えることができない、と言うわけです。
やっぱり、そう考えると歌をよく読むことが大事、と言う平凡な結論になります。
平凡ですが、重要な結論ではないでしょうか。歌をよく読むためには、一首を深く読む
能力を磨かなければ、と思います。
| SHO | 短歌 | 17:32 | comments(2) | trackbacks(0) |
短歌研究新人賞の応募詠草を昨日提出したのですが、なんとも歯切れの悪い中途半端な
感じが今もまだ拭えずにいます。今の実力と諦めてまた精進するしかないのですが、
成果が全くなかったわけではありませんでした。

一番の成果だと思うのは、今回の壁にぶち当たったことで佐藤佐太郎、与謝野晶子、
佐佐木信綱と言った、今までより上の世代の歌を読むようになったこと。今までは
読む必要を感じなかったから読まなかっただけですが、現代の歌人の歌を読んでいても
なんかしっくり来ない。特に思わず書写したくなるような写生詠や叙景歌と言うのは
全然見かけないので、上の世代の歌を読むようになりました。

今の流行りからは外れているのかもしれませんが、写生詠や叙景歌は作歌の基本だと
思うのですが。情報を手に入れるチャンネルが増えたからかもしれませんが、
バーチャルリアリティはあくまでもバーチャルに過ぎない、と言うことを考えた上で
使わないと情報に振り回されるだけだと思います。

これからまた精進だなぁ。それにしても首が痛くて本を読めないのは困ったものです。
| SHO | 短歌 | 22:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
原稿終わり
今日、〆切ぎりぎりで短歌研究新人賞の応募詠草を送りました。やれやれ…。
間に合ったのはいいのですが、不満たらたらです。あと一首、どうしても交換したかった
歌があったのですが、これを置き換える歌が百何十首の中に一首もありませんでした。
やむを得ず、今日の午前中いっぱいで切り上げて原稿用紙に起こし、送ることにしました。
ベストを尽くしたとは思いますが、これが今の実力か、と思うと充実感や達成感と
言うよりは苦い思いでいっぱいです。

おまけに、今日は阪神が大差で負けている…。今、見ているのですがなんとも不満たらたら。
日本ハムは攻めきれないで巨人に同点にされているし、あぁ〜不満だ〜(叫び)!!
| SHO | 短歌 | 20:55 | comments(2) | trackbacks(0) |
市外局番
実家に帰ってきました。草津だとよく眠れるのですが実家だと眠れず、起き出して
短歌の原稿をまとめているところです。

いま駅に着いたところ、と母に言う市外局番今日は押さずに 吉川宏志『青蝉』

こんな歌があります。この歌集が出た頃は、まだ携帯電話が普及していなかったの
でしょう。実家のある駅に着いたら「着いた」と言う連絡を入れるのは今も昔も
同じでも、当時は公衆電話から実家に連絡を入れていたから生まれた歌です。
現代ではもはやあり得なくなった歌で、こんなところにも時代の流れを感じます。

昨日、私も実家のある駅から家に電話を入れて、その瞬間にこの歌を思い出しました。
「そう言えば、こんな時代もあったんだなぁ」って。今じゃ携帯からなので、実家の
電話番号はメモリーに入っていますから市外局番の有無は考える必要なし。あえて言えば
市外局番は最寄りの駅からであろうとなかろうと入れる必要がありますね。私の場合は
電話を入れますが、現代ではメールで「今、着いたところ」と親に知らせる人も多いのでは
ないでしょうか。

伝えることは同じでも、時代によってそのやり方が違う。そんなところを結果的にうまく
すくい上げた一首だと思います。もちろん「時代」と言うことは当時意識して作歌された
わけではないと思いますが、時代をうまく切り取った一首と言えるのではないでしょうか。
| SHO | 短歌 | 04:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
『DIE UNENDLICHE GESCHICHTE』 by Michael Ende (ミヒャエル・エンデ『果てしない物語』)
今、ミヒャエル・エンデの『果てしない物語』を読んでいます。
この本は映画『The never ending story』の原作。私が借りて来た本は岩波書店の
エンデ全集のもので、上下二冊に分かれています。ものすごく長くて、今ようやく
上巻を読み終えたところ。映画は何度も見ているのでだいたいのストーリーは知って
いますが、原作と映画はストーリーが少しずつ違っているようです。

私が好きな歌人、安藤美保さんがこの本を好きだった(この本に限らず、ヨーロッパの
児童文学ものが大好きだった)そうですが、私はまだ読んだことがありませんでした。
そもそも児童文学ものを読むのはほとんど20年ぶりに近いと思います。こんなに
この世界が面白かったとは。かなり分厚い本ですが、半日もかからずに上巻を読み終えたので、
下巻もアッと言う間に読み終わりそうです。私の知り合いはこの本を最後まで読み切ることが
できなかったそうですが、私は(苦もなく、とはいかないかもしれませんが)おそらく
読み切れるでしょう。読書の才能はある方だと思いますので。

日本の古典の現代語訳ものは、子供の頃にほとんど全て読んだことがあります。『古事記』
『平家物語』『義経記』『太平記』『雨月物語』『東海道中膝栗毛』『南総里見八犬伝』
などなど…。語り始めればキリがないほどよく読みました。今思うと、ほとんどの
日本の古典は読んだことがある、と言うのは貴重な財産でしたね。外国の方と日本の
文学の話になった時に、全く臆せずに話ができるから。

話がそれましたが、この物語はバスチアンという現代の少年の物語とアトレーユという
ファンタージェン(と言うファンタジーの世界)の少年の冒険物語が同時進行で進んで
行きます。インクの色がバスチアンの時は赤、ファンタージェンの時は青になって、
境の区別がちゃんとできるようになっています。

この本の中で「何かを望んで、それがとうていかなえられない望みであると分かって
いるうちは、おそらく何年でも、自分がそれを望んでいると固く信じている。ところが
突如、その夢の望みが現実にかなえられそうになると、ただもうそんなことを望まなければ
良かったと思うものだ」と言う一節があって、本当にその通りだなぁ、と思いました。
本の中の夢の世界と現実の世界との対話と融合が、この本を貫く大きなテーマになって
いますが、この本の抱えているテーマは自分自身の今抱えていることにも大きく
関わっていて、読めば読むほどため息をつくばかりです。

ある頃から、私はファンタジーの世界を避けてノンフィクションものばかり読むように
なっていました。なぜファンタジーの世界を避けるようになったのか、それがいつ頃から
なのか全然覚えていないのですが、どうしてなんだろう。

よく分からないことだらけですが、面白いので続いて下巻も読むことにします。しばらく
ファンタジーの世界に遊んできますが、ではではごきげんよう。
| SHO | 短歌 | 17:47 | comments(0) | trackbacks(1) |
しんどい…。
短歌研究新人賞の応募準備、22首のまま動いていません。
正確に言うと、5首足して5首削ったので22首のまま。あと8首。しんどい…。

こんなにしんどい短歌研究新人賞も初めてです。詠んでも詠んでも、足下から
崩れていく砂山を登るような感じがします。
| SHO | 短歌 | 15:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
短歌量産体制
久しぶりに『THE NEVER ENDING STORY』のサントラを聴きながら書いています。
私はこの映画大好きなんです。

さて、短歌研究新人賞の準備は、半分くらい終わったところです。34首に絞り込んだ
ものをさらに18首に絞り、定数の30首に足りない残り12首はこれから詠みます。
単純計算で、今のところ定数の5倍くらいは詠まないといけない勘定です。だから、
これから一週間で60首くらい詠まなきゃいけないかな。準備を始めた5月初旬から
草稿をまとめた5月半ばまでで100首近く詠んでいるので、時間の余裕はありませんが
一週間で60首近くは詠めるでしょう。

今、佐佐木信綱の『短歌入門(集文社刊)』を読んでいます。作歌の心構えの基本、
歌心から一首がどう成り立つかまで書いてあって、とても参考になります。

毎年5月は『短歌研究新人賞』の応募を控えているため短歌月間なのですが、短歌を
一気に量産していくのは楽しいですね。今の私は、歌を詠むギヤがトップに入って
いる状態です。5月は短歌的には私にとって最大のハイシーズンなのです。
| SHO | 短歌 | 10:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
短歌研究新人賞
久々のブログ更新です。
このところ、連日『短歌研究新人賞』と言う短歌界の登竜門のひとつに応募する
ために連日徹夜、徹夜の連続で、昨日の朝に完徹でようやく草稿をまとめて少し
息をついたところです。そうしたら昨日は朝の8時過ぎに寝て起きたら夜の8時過ぎ!
ご飯を食べてニュースをチェックして風呂に入ったら12時過ぎ。そのまま眠くなって
再び寝て、起きたら4時半。で、風呂に行って…と言う感じで、なんと16時間も
寝てしまいました。

それにしても、あぁ〜眠い。これから風呂に入って寝ます。こういう時に風呂を
飛ばして寝ると、目覚めてからかなり悲惨な目に遭うことが分かっているので、
意地でも入ります。

今日は尻焼温泉に自転車で行こうかと思っていたら、だんだん空が低くなってきて
気温も下がってきたのでやめて寝ました。

もっといろいろ書こうと思ったのですが、頭が働かないので今日はここまで。
| SHO | 短歌 | 23:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
私の選者は?
実家経由で、短歌誌『心の花』の5月号が転送されてきました。
『心の花』を発行している短歌結社・竹柏会は現存する一番古い短歌結社で、
私はこの結社に所属しています。

さて、昨年から『心の花』は選者ごとに五十音順で会員の歌が表示されるように
なっています。そして、各選者が選んだ特選が何人か選者ごとの巻頭に表示されて
います。この形式になる前は、選者に関係なく会員の五十音順で各会員の歌が
並んでいました。「誰が自分の選者なのか」を明確にするために、昨年からこのような
方式に変更されたようです。

私は長らく休詠していましたので、誰が自分の選者なのか注目していました。
『心の花』は会員が選者を選べないシステムなので、それはとても気になるのです。
昨年来、若手特集号に八首出した以外は完全に休詠していて、自分の選者が誰なのか
私は知らなかったのです。

私の選者は谷岡亜紀さんでした。
選者陣の中で、一番私が自分の選者になって欲しい人が自分の選者であることに
かなりホッとしました。なぜ谷岡亜紀が自分の選者にふさわしいと自分なりには
思うかと言うと、彼もまた『第三の世界』を知っている人だから。私の根本的な
思想と言うか発想と言うか、ルーツめいた部分、私の歌の一番分かって欲しい部分を
『心の花』の選者陣の中でおそらく一番理解できる選者だろう、と思うからです。
私は谷岡亜紀さん本人も知っているし、彼の歌集も読んでいるのでそう感じます。

私の人生観、根本的な生き方の発想には、もう8年ほど前になりますが半年間アフリカに
行っていたことが大きな影を落としています。日常ではフィリピン人と働き、
仕事先ではアフリカ人と働いていたのですが、彼らの生き方や人生観はその後の
私の人生にとても大きな影響を与えています。おそらくその影響を切り離して
私の歌を読んだのでは、ある意味で私の歌を正しく読めないだろうと思うくらいに。

今回、選者のコメント欄に次の一首が特選外の注目作のひとつに挙げられていて
嬉しかったです。

二両きりの電車が町を抜け出して夕日の見える駅に着くなり

八首送ったうち五首が取られていましたので、残り四首も掲載します。

春を待つ気分にあらずゆっくりと走る二両の電車に乗りたい
夕焼けのきれいな駅、と思う間もなくカーブする二両の電車
ヘッドライトに照らされている車止めの古枕木に雪が積もりぬ
そうこんな終着駅に降り立ってどこへ行きたかったのかわれは
| SHO | 短歌 | 06:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
読み応えのない号
実家に帰ってきたりした都合で、更新がしばらく滞りました。今は実家にいます。
週明けには草津に帰ります。

身体が治っても、当分は草津に通える範囲に住む、と言うことは親の承諾をもらったので
(いい年してってところですが、長男はこういうところが何かと大変)身体が治り次第、
群馬県か長野県で仕事を探すのは間違いなさそうです。今のところ、長野県上田市が
候補の筆頭です。

今日、「短歌研究新人賞」応募のために『短歌研究』の5月号を買ったのですが、
実に読み応えがありませんでした。88人の歌人に歌と文章を書いてもらうって企画は
毎年やっているのかな?相変わらずの顔ぶれが何か詠んで書いて、それで何が面白いん
でしょう。「短歌研究新人賞」の応募用紙が目的で買いましたけど、そうでなかったら
1000円近いお金を出すのがもったいない内容ですね。そんなお金があったらスキーマップルの
一冊でも今の私は買いたいです。レジに向かいながら「これ、お金を出して買うほどの
価値があるのか?」と自問自答しつつ、とても複雑でした。

短歌がつまんないとは全然思いませんが、相変わらずの固定されたメンバーが死ぬまで
順々に賞をもらっていって、死んだら死んだで特集号を組まれて、特集号はその人を
褒め称える記事が嫌と言うほど並んで、と言う変化のなさがとても嫌です。旧来の
結社に私は所属してますし、所属する意義を否定するものでもありませんが、
延々と内輪誉めのピラミッド構造になっているのは、私はどうかと思います。

スキーシーズンが終わったので、スキーに関する本は書店に並んでいません。東京に
いる間に、何かスキー関連の本が欲しいと思っています。読み物ではなく、来シーズンに
行くスキー場を検討する上で参考になるものが望ましいです。実家に帰ってから、
歴代の『鉄道ジャーナル』誌が特集したスキー列車の特集記事と列車追跡を読んで
いるのですが、とても面白いです。今はもうOBになってしまいましたが、大学の
鉄道研究会の現役時代であれば、機関誌『青葉』の私の研究テーマは「スキー列車の
変遷について」になっていたことでしょう。
| SHO | 短歌 | 23:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
NHKスペシャル『ケータイ短歌』を見て
一昨日の話になりますが、NHKスペシャルで『ケータイ短歌』の特集をやっていました。
携帯電話を使った短歌コミュニケーションについての特集番組です。

番組では、十代の短歌コミュニケーションとして、高校の授業における短歌
コミュニケーションの取り組みを、二十代の短歌コミュニケーションとして
カップルの短歌と引きこもりの方の短歌を取り上げていました。

番組そのものは面白かったです。出てくる歌はお世辞にも上手いとは思いません
でしたが、コミュニケーションの手段として短歌を用いる、と言うのは短歌の
最も基本的な使われ方のひとつだと思うので、いいんじゃないでしょうか。
以前、あるシンポジウムで「相手に読まれることを想定して短歌を詠むか」
と言う質問をしたところ、私自身を除くシンポジウムのパネラー全員に「想定
しない」と言う回答をされてガックリ来たことがありますが、今回紹介された
人たちにはコミュニケーション手段としての短歌が生きていて、好感を持ちました。

ただ、番組全体として暗いですね。あれでは、短歌を面白そうだとは思っても
「短歌って楽しそう!」とは思わないんじゃないでしょうか。だって、紹介された
人が短歌をコミュニケーション手段としては使っていても、短歌を楽しいと感じて
いるのかどうかは非常に疑問なんですよね。

番組の中では紹介されなかったのですが、ケータイ短歌を使ったイベント
「テノヒラタンカ」のリーディングイベントが本来は紹介される予定だった
そうです。私の大学短歌会関係の友人も「テノヒラタンカ」に創設時から関わって
いて、彼女のリーディングもあったみたいなので楽しみにしていたのですが、
紹介されなくてとても残念でした。彼女らは本当に楽しんで短歌とつき合って
いると思うし、短歌の楽しさを良く知っている人たちだと思うので、実際の
番組中で紹介された人たちよりも、より紹介されるのに適当な人選だと思うの
ですが…。時間の関係でカットしたんだと思いますが、カットするべき人選を
間違えているな、と感じました。カップルの方の短歌とか、引きこもりの方の
短歌に割く時間が長すぎるんじゃないでしょうか。歌のクオリティから言っても、
もっと短く紹介するだけで十分だと思うんですが。

NHKの特集番組を2日連続で取り上げていますが、どちらの番組も以前の同種の
番組と比べてクオリティが大幅に落ちているな、と言う印象です。面白いと言えば
面白かったけど、それはもともとの素材の面白さなんであって、それをNHKの取材班が
どう料理して面白い番組にするか、と言う点では、どちらもかなり不満が残りました。
この番組のクオリティでは、受信料分の価値はないなぁ、と言うのが私の評価です。
| SHO | 短歌 | 05:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
やっと提出
今日は『心の花』の歌稿締め切り日。今日までなので、仕方なく速達で出しました。
編集部の人、ごめんなさい〜。

今月は歌を詠んでいるので出すことにしたのですが、今回は5月号用のはず。
前回出したのはたぶん昨年8月号の若手特集号だと思うので、9ヶ月ぶりの
詠草提出と言うことになります。ずいぶん長い間休詠していました。

今月に入ってぼちぼちと詠んでいた歌をさて出そうとしたのですが、どうしても
納得の行くものがなく、そのうちに歌がスラスラッと出来てしまったので、
10分か15分で詠んだ一連の8首を出すことにしました。そちらの方が、ずっと
書きためていた歌よりもいい、と自分の中では思うからですが、10分や15分で
8首詠めるってのは、私の大きな強みであり弱みでもあります。

単発で詠んだ歌よりも連作で詠んだ歌の方がいい、と私は言われます。自分でも
そう思うのですが、連作を詠む時って、どうやっているかなぁ?気がついたら
8首すらすらと詠めていて、それを詠み終わった後で細かい言葉の調整(これは
絶対に必要です)を行って終わり、と言うパターンの方が、うまく行くケースが
多いのです。穂村弘さんの『短歌という爆弾』で私が紹介された「かばん」の
15周年朗読コンサートの時も、「前日の夜まで考えていたのですが、詠めなかった
ので今詠みます」と8首即詠をやったものでした。あれと同じで、そのメカニズムは
今もって本人もよく分かりません。

強いて言えば、私の中の意識の蓋が開く時に自分でも納得のいく歌が詠めることが
多いのです。私の中の意識の蓋は、自在に開けられるようになればいいのですが、
自分ではコントロールできたためしがありません。理性的に詠んだ歌は、私の場合は
やっぱりつまらない。自分でもつまらないと思います。

「理性的に詠んだ歌はつまらない」と言うのは、歌が本来は本能的に詠むもの、
理性はそれを補完するものだと言うことが大きいのではないでしょうか。
他の人にとって歌が本来どう詠むべきものと定義されているかどうか、と言うことは
関係ないですよ。私にとってはそうなんです。

「面白い歌は面白いのであって、本能で詠もうと理性的に詠もうと関係ない」
と言ってしまえばそれまでですが、歌のタネというか勘所と言うか、ここで感動
させようとしているな、と言うのが透けて見える歌はやっぱりいやらしい。
日本語として詠んで、頭の中にイメージの構築できないような歌もやっぱり
私はつまらない。イメージだけで成り立っている歌も、もちろんいい歌はたくさん
あるけれど、そればかりだと地に足が着いていない感じがして気持ち悪い。

歌人の吉浦玲子さんのブログ「湖蓮日日」に「歌人への5つの質問・短歌が
できるとき」と言うものがあります。URLは下記の通りですので、興味のある方は
ぜひ読んでみて下さい。なかなか面白いです。

http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/2800700

何らかの形で頭が空っぽになると言うか、異界の何かとつながると言うか
(これは言い過ぎかな)そういう状態の時に私は歌が詠めるんですが、その状態と
言うのはうまく言葉では表せません。いつも呼び込めればいいと思いますが、
本気で呼び込むためには、息を整えたりしてちゃんと「気」の準備をすることが
必要なようです。

それにしても、細かい歌の断片をかき集めて詠む、と言う人のなんと多いことか。
そういうことをやった歌に納得した歌があまりない私としては、よく分からない
話です。でも、緻密な歌を詠むのにはそちらの方が良さそうな気もするし・・・。
頭の中で31文字単位で歌が浮かぶ、と言うのは本当に私の大きな強みであり
大きな弱みです。

買い物に行って帰ってきたのが夕方の6時。ちょっと眠くなって寝たら、起きたら
夜の11時でびっくり。これから晩ご飯なのに、風呂もこれから行くのに・・・。
こんな生活じゃあ、朝が起きられないじゃないですか。困ったものです。

気がついたら、吉野に行くまであと一週間しかありません。そろそろ本腰を入れて
旅行の計画を立てる時が来たようです。行きのプランはほぼ決まっているのですが、
帰りのプランがまだ立っていません。
| SHO | 短歌 | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
久しぶりに短歌を
今回、草津に来て数ヶ月ぶりに歌を詠み始めています。

短歌そのものはずっと読んでいましたが、自分で歌を詠むことは
この数ヶ月間全くできませんでした。どう詠んだらいいのか
分からない、と言う状態にあったので、ひたすら人の歌を読む
ことしか出来ませんでした。それすら中身の濃い読み方ができずに
いました。

歌については、常々さらりと一度読んだだけではいけないと感じて
います。もちろん全く興味の湧かない歌を読んでも仕方ないですが、
本当にいいと思う歌集であれば、密度の濃い読み方をすべきだと
言うのが持論です。具体的には、私の場合は書写をします。
一首の読み落としもなく読むには、これが一番いいと思っています。

今回、この数ヶ月に頂いた歌集の中でちゃんと読めていない歌集を
何冊か持ってきています。田中拓也『直道』、佐藤理江『箱船』、
真中朋久『エウラキロン』。そしてまだ書写の完了していない
本多稜『蒼の重力』、そして数ヶ月以内に読んだ歌集の中で面白かった
柴田瞳『月は燃え出しそうなオレンジ』と島田幸典『no news』。

他に佐藤佐太郎と与謝野晶子の文庫本歌集と万葉集と古今和歌集。
短歌雑誌を何冊か。そして『新潮国語辞典』。愛用の電子辞書にも
広辞苑が入っているのですが、ちゃんと調べたければ紙の辞書の方が
いいでしょう。

自分の中で、何かを削ぎ落として行きたい気分です。捨てるべきものが
たくさんあります。草津に滞在する3ヶ月の間、削ぎ落とすべき刃を
研ぎに研ぎ上げたいと思っています。
| SHO | 短歌 | 18:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
田中拓也歌集 『直道(ひたちみち)』
短歌結社竹柏会「心の花」の先輩、田中拓也さんから第二歌集
『直道(ひたちみち、本阿弥書店)』が届きました。

『直道』は造語ですが、あとがきによると『常陸風土記』に
「常陸国」の由来として「直通(ひたちみち)」と言う記述が
あるとのこと。旧国名「常陸国」である茨城県に在住する著者の
生きる姿勢をも表しているようです。帯文に記された歌を何首か
引いてみましょう。

しろがねの雨走り去り夕されば筑波は淡き霧纏いたり

我は我の生を生きたし 垂直に降る東国の雨に打たれて

みどりごを抱きたる浅き夢醒めて雪の香のする水を飲み干す

海原の果てに生まるる群雲を父と見ており 父を見ており

桂馬にはなれぬ一生の一瞬を貫く如き突風が吹く

第11回歌壇賞受賞作『晩夏の川』の収録された第一歌集『夏引』から
4年、20代後半に確立した田中拓也の歌のスタイルの延長線上に
この歌集は存在しています。

田中拓也の歌のスタイルは男らしさや真っ直ぐさが前面に出た詠み口が
特徴です。佐佐木幸綱の帯文には「スリリングである。危険のにおいが
する。」と書いてありますが、私には安定したスタイルと得も言われぬ
もどかしさが同居しているように感じられました。安定したスタイルを
持つことは鋭い峯の上を走っているようなもので、峯のどちら側にも
いつ落ちるか分からない、そんな危うさを感じます。

君の名をいとおしみつつ朝髪の乱るるままの頬に手を当つ

浜茄子の白く輝く早朝の汀に響く遠き口笛

冷え切った川ずんずんと流れゆき千のコトバも流れゆくかも

あとがきの中で、著者は「『この歌集で、青春に決着をつけたい』
というようなことを言っていた。そのコトバは、ある意味では
実現し、ある意味では実現しなかった。」と書いてあります。

「青春に決着がついた」部分として、現在32歳の著者は職場で中堅の域に
差し掛かりつつあり、求められる仕事の質も変わり始めている、と述べて
います。
短歌界における著者への期待、あるいは私自身が持つ著者への期待も
4年前とは変わりつつあります。目標とする先輩のひとりとして尊敬して
いるからこそ、直道の先に見えてくるものへの期待と、そして不安を
感じてしまうのです。

父と子を貫くものを畏れつつ冬の港に魚を購う

故郷は逃げ水のごと霞みたり 近寄らば消え離れなば見ゆ

ふと人を思えり 遠き追憶の汀を走る銀の自転車
| SHO | 短歌 | 00:27 | comments(1) | trackbacks(0) |
島田幸典歌集 『no news』
このサイトはもともと「短歌と旅行」に関する日記を書くサイトです。
音楽とか旅行の話も好きなのですが、短歌に関する記事はブログ開設
以来全く書いたことがありませんでした。

サイトのコンセプトの最初に短歌と書いている以上、さすがにそれは問題だと
思いますので、汚名返上(?)のために最近手に入れた歌集の話をしたいと
思います。

島田幸典の第一歌集『no news(砂小屋書房)』は、2003年の現代歌人協会賞
を受賞しています。現代歌人協会賞と言うのはその前年に出た第一歌集の
中から最も優れている歌集に贈られる賞で、その受賞は短歌界では大変名誉
なことです。代表的な歌や好きな歌を何首か引くと、こんな歌たちです。

先回りして黄昏ているような小春日の No news is good news!(いや、なんでもないさ!)

水面を破る背鰭の照りは見ゆ感情の機敏手にとるように

なに喰わぬ顔して猫が戻りくる角度できみのメール届きつ

あさく反る橋を二台の自転車がちがう速度で渡りゆくなり

負けかたが大切ならば冬の日を吸い込みながら閉じる噴水

眦の思いのほかに深かりと別れの際に丁寧に見き

朝曇り映す午前の水の面を背鰭に裂きて鯉は潜れり

三国が溶けつつ消ゆる頂は万年雪に覆われていつ

陽の色が微風になじむ日の暮れの旅の金沢、もう帰ろうか

あとがきの中で、著者は「『目新しいことひとつない(no news)』青年期で
あったが、そのありふれら事柄でさえ、的確にコトバで捉えたと実感できる
瞬間はごく稀にしか訪れない。生活体験の平凡さ、退屈を相殺するような、
言語体験としての新鮮さを求めて、短歌を作りつづけてきたように思う。」
と述べています。18歳から29歳までの358首を、発表順、初出形態に拘らずに
編集したそうです。

この歌集には、地名がよく出てきます。北山、淡海(おうみ。琵琶湖のこと
です)、木屋町、東京府、太田川、聖橋、富士、出町、下鴨、蛭ヶ小島、
奈良、蛤御門、金沢などなど。地名の多くに京都の地名が詠まれていますが、
現在の地名を詠んでも過去の地名を詠んでも、目に現在の景色を映しながら
意識は過去と現在を行き来しているように感じられます。歴史への並々ならぬ
知識と興味をお持ちのようです。

この歌集、惜しむらくはamazon.comで表紙の写真が載っていません。
ぜひ、表紙が載るようになってもらいたいものです。
| SHO | 短歌 | 20:32 | comments(0) | trackbacks(0) |